●リミット・オブ・デス かちかちと時計が回る。壁掛けでも腕時計でもない、それは人の肉体と癒合した異形の時計。 「ミッションクリアまでの所要時間、5分ジャスト……風間さん、記録更新でしょうか」 掌に発現した時計をしげしげと眺め、感情の薄い女の声が響く。体が重い。目の前の光景が見えない、理解出来ない。 「ったりめーだろォ? こんな雑魚エリューションなんて探すのさえ早けりゃあっという間だって、なァ……ボウズ?」 方や、昂揚した口調でまくし立てる男の声。誰かに語りかけたかと思えば、宙に浮く感覚……どうやら、自分に対してだったようだ。視界が暗い。目の前の男も又、肉体の所々がおかしい。具体的に言えば、硬質なのだ、全体的に。 いや、だが自分は怪我なんてしていなかった。だが、それでも視界がひらけない。距離感が足りない。だから、床に『何が』転がっているかなんてわかりっこない。生気を失ったそのディテイルを見忘れたわけが無い、しかし、しかし。 「わーりィなぁ。お前の母親は人じゃないからな?」 殺しちまったわ――その言葉を聞き届ける前に、喉からは絶叫が迸り 「静かにして下さい、瀬上さん。会議の途中に、思考をダダ漏れにされては困ります」 「……おまえが勝手に読んだんだろう、御咲。その件で俺に謝る道理はないぞ」 「まあ、まあ。狗堂さんが欠けた穴を埋めるのに重要なお二人がその険悪さでは、下に示しがつかないでしょう。落ち着いて」 「「日下部は黙っていろ」なさい」 「――賑やかなのはいい。事の重要性を理解しているのなら、だが」 そこまで、波長があったようにするすると言葉が浮かぶことを喜んでいる自分を感じている。とあるビルの会議室に居並ぶのは、『ツァラトゥストラ』――少なくとも、鴻上(こうがみ)は正当な組織だと思っている――で各々の計画を担当する面々と、それらを統括する代表者の姿。先日、アザーバイドの討伐に横槍を入れられ、対ヴァンパイア部隊が壊滅したことに関する会議の途中であったことを思い出す。 「で、次善の策はあるのだろう?」 「は……邪魔をしてきた面々についてはこちらでは把握できませんでした。恐らくは、新興のリベリスタ組織で間違いないかと。私に、ひとつ機を。丁度――放置できない場を知っておりますので」 「ああ、任せる……先達の利を知るのはいい。愚を追うことは、赦さない」 ●汝、救うべきを問う 「選民的フィクサード組織『ツァラトゥストラ』、ヴァンパイア討滅部隊『トゥート・ヴァンピア』の壊滅及び構成員の捕獲……少なくとも、一定の打撃を与えるとともに、情報を引き出すことに成功したことは有益だった、と考えます。結果として、カレイド・システムの精度を上げることに成功しました」 以前の報告書と、聴取結果を纏めたレポートを並べ、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はそう切り出した。聴取結果を見るに、かの組織についての詳細なデータもあるようだが……彼女はその中から、ある人物についての記述を取り出した。次いで、モニタには未来の映像を。 「『クレイ・マキーナ』……メタルフレーム、及びその類似種を狩ることを主として構成された部隊のようです。といっても、当該部隊リーダーである『鴻上 牧人(こうがみ まきと)』は構成員には情報収集をさせることをメインとして、彼単独で動くことでその実力・及び情報の暴露を最小限に抑えているようです。聴取結果から、彼が高位のプロアデプトであることまでは判明しました」 つまり、詳細な実力などは判明していないということか。スキルによっては、相当な苦戦を強いられるということでもある。それに、単独でも十分動ける実力を備えているとも言える。何れにせよ、簡単な相手ではない。 「彼が次に狙うのは、フリーのリベリスタ『御門 公平(みかど こうへい)』が管理する孤児院です。鴻上の目的は飽くまでも御門ですが、戦闘間、孤児院の子供たちが巻き込まれる可能性は決して低くはありません……それに」 そこで言葉を切り、和泉は顔を上げる。その瞳が揺らぐのを見て、リベリスタの誰がその依頼を断れよう。 「親を二度失う悲しみを、彼らに背負わせたくはありません――何としても、鴻上を止めてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月25日(月)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●純潔な闘争 「――どうしても、ですか? 貴方も俺も、運命に愛された者同士だろう。それに報いることを善となぜ思えない?」 御門 公平は焦っていた。珍しい客人だと思って迎え入れようとした矢先に、男は無造作にナイフを取り出してきたのだから。それだけではない。相手はごく一般的な外見をしながら、その実自らと同じフェイト保有者。であるなら、彼は自分のことを知った上で襲撃に現れたということになる。話し合いは、絶望的だろう。 「言葉にするに足る理由など無いよ。私はただ復讐したいだけだからね」 「復讐……?」 「そう、復讐だ。私のごく個人的なね。だから気にしなくていい。君は、素直にその命を明け渡すだけで」 「お断りします。私にだって守るものがありますから。お引き取りください」 「そうか。では、それごと頂いて帰ると」 男はなおも泰然として動かない。本気で殺しに来ている、と公平が判断し、得物を持ち上げた瞬間――この世ならざる意思の糸が、男――鴻上を背後から締め上げ、次いで音速を纏った刃が、次々とその体を食いちぎった。 「何かと思えば、この前の『ヴァンパイア狩り』の仲間か」 「所詮は強いだけのプロアデプト、か。鴻上 牧人。お前を倒しに来た」 「貴ッ……!?」 糸を繰り、公平の前に現れたのは『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)。『機鋼剣士』神嗚・九狼(BNE002667)もまた、バスタードソードを構え、じりと鴻上に迫る。次いで、残り六名のリベリスタもめいめいに布陣を張り、公平の前を遮った。 「こっちは任せて、ガキ達を宜しく、御門さん」 「何で、私の名前を」 「詳しい話は後。此方は任せなさいよ、護るものがあるのでしょう?」 「しかし、他人に任せるばかりには出来ません。私も」 「俺達はリベリスタだ。詳しい説明なんざしてる暇はねぇ、ガキ共連れてどっか行きやがれ!」 自らの前に立ち、口々に自らを退かせようとするリベリスタ――『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)、『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)の三人に、公平は驚いたように一歩、引く。自らよりずっと若いであろう彼らの気迫は、その全てが自分と、子供達へ向いている。ならば、自分はそれに応えるのが義務だろうと考える。前途ある者同士、その意志を汲む必要があった。 「この場は私たちに任せろ」 「……わかった。一分、いや五十秒でいい。すぐに戻る。無理はするなよ」 「その提案が無理ってもんだぜ、無理してこその主人公ってなァ!」 ダメ押しのように撤退を告げた『鋼鉄の信念』シャルローネ・アクリアノーツ・メイフィールド(BNE002710)の声に応じた御門に、零六は軽口を返した。この状況下で聞き届ける軽口の、どれだけ安心出来ることか。公平が走り出したと同時に、剣戟音が大きく響いた。 「成……程、狗堂が邪魔されたという、新興の組織か。面白い、早々にそちらから出向いてくれるとはな!」 孤児院へと掛けていく御門を目で追いながら、鴻上は静かに、しかし苛立ちを隠さずにリベリスタ達を見据えた。全身を絡めとる気糸を強引に引きちぎり、僅かに振りかぶり、気糸を振り下ろす。拘束を解いてから動作に移るまでの動きの速さは、同じ技術を得る余地のある『A-coupler』讀鳴・凛麗(BNE002155)でさえも関知するに遅れを取るレベルだ。 咄嗟に回避できたのは、鉅と零六の二人のみ。他の面々は、その初撃に往々にして弱点を貫かれ、命に干渉される不快感を全身で味わうこととなった。だが、それでも九狼の言葉通り、「強いだけのプロアデプト」であることに代わりはない。一撃で膝を屈するほどではなかったのは重畳であった。 「メタルフレームが、義手義足をはめて生活する普通の人とどう違うというのですか?」 胸元に手を当てた凛麗の体から光が立ち上り、全員を次々と包んでいく。命を穢された感覚は即座に溶け消え、再び活力を呼び戻す。 「大人の屁理屈に子供達を巻き込むんじゃねぇよ!!」 光を纏ったまま突進する『雪花の守護剣』ジース・ホワイト(BNE002417)の一撃を受けてわずかによろめく鴻上を、真空刃が次々と襲う。彼のプロテクターの正面を撫で付けていくそれらを意思の欠けた目で見据える彼だったが、それでも彼は揺るがない。慌てることも、口惜しがることもしない。不気味なまでに冷静だ。 「屁理屈……ハハ、言ってくれる。残念だがその指摘は誤りだ。『屁理屈』は理屈をつけようとして理が通らなかったときの言葉だ。私のそれは理屈でも、屁理屈ですらもない。ただの感情論だ」 「じゃあ、尚更ね。過去しか見てない奴なんてそれこそ害悪だわ。お引き取り願いたいものね」 エナーシアが、ショットガンの銃身を震わせて一気に弾丸を吐き出させる。当たるを幸いにぶちまけた弾丸の雨は、迷いなく彼を打ち据えるが、足元から立ち上る土煙を浴びて尚、彼は小さく笑うだけ。 「さぁ、おっぱじめようぜぇ!喧嘩をよ!」 「ああ、始めよう。但し、掛け値なしの命のやり取りを、だがね」 興奮気味に、否、己を奮い立たせるために咆える猛を前に、鴻上は尚も冷静に宣言した。 ●純粋すぎる殺意 「この間の連中……名前負けも良いところで拍子抜けしたぞ」 「失敬。狗堂はあれで直線的な人物だからね。後先の無い、結論が先に来る話を好むのは当然のことなのだ……ああも簡単に敗けるとは予想外だったがね」 「お前と俺とでは、色々と真逆なんだな」 肉体を更に加速させ、九狼が小さく呟く。無頼漢を気取る彼と、表面上は紳士然とした鴻上。物理的戦術に徹した彼と、神秘に秀でた鴻上――尤も、これは九狼の印象論であり、必ずしも正確とは言い切れないが。 「さあ、そればかりは何とも。零細なのでね、私達も……互いを知れと言うのは難しい話だ」 そして、鴻上は尚も冷静。速度が如何に早くとも、一撃が如何に重くとも、初撃をかわしてしまった以上、残るパターンを避け切るのは彼にとって、そう難しい課題ではなかったと言えよう。 「……皆、状況は把握してるわね」 今より更に後方へ、互いの最大射程から外れるにはぎりぎりの位置を策定しようとしたエナーシアだったが、戦場において中央にほど近い位置に陣取った鴻上、その射程から逃れるには些か戦場は狭すぎた。冷静な彼女なりの策が、この時ばかりは裏目に出たということか。ならば、とエナーシアが選んだのは凛麗の傍ら。一対多の状況下で、相手が出し惜しみをするとは考えにくい。それ故の選択だ。 「要は、彼奴を後ろに通すな、よ」 噛んで含めるように、告げる。それを理解したリベリスタ達の行動に、迷いは存在しなかった。 「貴様らは自分達と違うものを、私たちは自分達の思想と違うものを、それぞれ敵とみなし、戦闘が起きた」 地を蹴り上げ、シャルローネは真空刃を巻き上げる。一拍早く鴻上に突き刺さった猛のものを沿うように打ち込んだ筈だが、それでも彼女の精度と鴻上の思考力とを天秤にかければ、後者に軍配が上がるのも致し方ない。 「結局、互いが『気に食わない』だけではないか」 「ご明察だよお嬢さん。どれだけ道理を騙ったところで、結局はそれだ。お互いが気にくわないものをねじ伏せる為の戦いだ。ただ、それだけなのだ」 「アンタの相手はこの俺だ。さっきの奴を殺したいのなら、俺を殺してから行きな」 零六は、命を削る。回復手段が欠けているとか、そんなことを一切計算に入れずに、雷光を全身に纏って一撃に命をかける。『痛みは報酬、傷は勲章』……彼が聞き、育った環境下においてそれは血肉となって力となった。その証明を果たす好奇であることも、事実。 「いい覚悟だ。君も、そして他のメタルフレームにも。それに供した全ての命に……贖ってもらうのもいい」 その言葉の意味を零六が理解するより幾分か早く、気糸が再び全員を貫いた。しかし、そこに痛みは存在しない。先の攻撃手段とは又違う、全員を狙う技――正しく、ヘル・マキーナの発動の瞬間であった。 「――ッ!」 「ぐ……アッ」 他のメンバーに異常はなかった。凛麗は、辛うじて間に合ったエナーシアのカバーで不発に終わった。速度を活かして回避する者も居た。彼らの共通認識は、体内の力を僅かなり奪われた、それだけ。だが、ジースにとってそれは死活問題ですらあった。回復手として機能できるその場唯一のリベリスタが、回数を極端に制限されるという不利。そして、反応が顕著なのは、メタルフレームである零六と九狼の二人。気糸がのたうち、機械化部分を這う嫌悪感。実質的には他のメンバーと同等の影響しか受けていないにも関わらず、力を奪う際の微電流がメタルフレームにとってのある種の天敵だったということか。 「もっと……もっとだ!」 だが、それでも零六の心は折れない。九狼も戦いを放棄しない。逆境にあってこその主人公であり、苦痛に克ってこその英雄である。方向性がどこにあろうと、彼らはそこを違えない。 「もっともっと楽しもうじゃないかァ!」 「ちッ……!」 ヘル・マキーナの衝撃を想像よりも早く押し返した彼らに毒づく鴻上に、エナーシアの銃撃が迫る。回避を試みる彼だったが、既にその全身は鉅の放った気糸によって捉えられ、指の一本すら動かせない状況にある。次々と突き刺さる銃弾の雨、連続する攻撃。彼の防御に阻まれて届かない攻撃があったとて、後ろに弾かれ、または波状的に襲いかかる攻撃が全て無駄であろうはずもない。 「流れはこちらのものだ。……逃れられると思うな」 冷静に告げる鉅を見返す鴻上の瞳は、それでも尚諦めない。戦闘が続く限り、「戻る」と彼が言った限り。「あれ」は必ず戦場に戻る―― 「待たせた。彼を打倒するのなら、私も戦わなければ」 「御門さん、子供達は……!」 「こんなこともあろうかと、というのは違うけどね。身の安全は確保した。心配は無いよ」 冷静に返し、大剣を振りあげる御門の姿は、鴻上にとって福音であり勝機。その距離を埋める為に行動を開始しようとした彼だったが、無論そんなことが通用するほど、リベリスタ達の包囲と攻撃はやわではない。 鴻上を迎え入れるように持ち上げられたシャルローネの右足が、圧倒的な圧力を以て振り下ろされる。地面に倒れ伏した鴻上の視界を埋めたのは、十字を象った光だった。 ●闇よりも尚濃く 「もしもし正義の主人公、神守零六でーす。 オタクのお掛けになった相手は現在電話に出ることが出来ません。 響く打撃音の後にメッセージをお願いしまーす」 『……!?』 零六の言葉の後に、小さな打撃音が続いたことに、携帯電話の向こうの人物は息を呑んだ様子であった。尤も、鴻上は既に手足を縛られ、加えて猿轡もされ、自害は愚か返答もままならない様に拘束されていたため、零六の仕掛けたそれはフェイクだったのだが。 「貴方達はどうして私達を憎むのでしょうか?」 やるべきことをやり尽くした感のある零六から携帯電話を受け取り、凛麗が電話の向こう側へ問う。自分達と違う存在を憎む人物、憎む組織。看過できるものではないし、知らないで済まされる問題でもない。 『どうして、か。面白い話をするね、近頃のリベリスタは』 先の驚きから立ち直った様子で、短い返答が続く。向こう側の人物からすれば、電話を取られる事すら想定外だったろうが……会話をするということは、戯れとして容認しているということだろうか。 『各々を憎む者達には理由がある。それは間違いないだろう。だが、我々の総意としての理屈はひとつだ。大袈裟な大義でもなく、難しいことでもない。僕達は飽くまで、見苦しいから排除してるだけだよ』 「ふん、ただのジーニアスの仲良しごっこ組織ではないか」 その言葉を横で聞いていたシャルローネは、その言葉を切って捨てた。同じジーニアスであれ、こうも思想が違うと吐き気すら憶える点もあるのだろう。みたくない現実を排除するだけの組織に、意義など無い。 『まあ、自由に評するといい。鴻上を拘束されたのは痛手かもしれないが、少なくともクレイ・マキーナは彼一人で全てではないのだから』 ぶつり、と電話が途切れる。無音が続く受話器から耳を外し、凛麗は小さく頭を振った。ざらついた意思が耳ではなく脳を響かせる。ありったけの呪詛が聞こえる。その源が、直ぐ側の鴻上であることは疑いようもなく、その思考を問うことを止める権利も彼女にはあった。 それでも、彼女は暫くはその感情を拒絶することはしなかった。 アーク本部に戻った時、多くの人間がこの呪詛を聞くことがないように、と。 「……なあ、御門さん」 「何だい、少年?」 「ジースだ。……その、子供達と会っていって構わないかな」 一部始終を見届けたジースは、御門にそう問いかける。小さな命の拠り所。自分達が、そして御門が守った場所を見ておくことで、より強い決意を手にできるならば、それは必要だと感じているし、そうしたいと思う。果たして、御門の返答は快いものであり。エナーシアや猛も交え、孤児院には暫し賑やかな声が響いたことだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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