● 万聖節前夜には、死者が家族を訪ねに来る。 だがその夜には、邪悪な魔女や精霊たちもやって来る。 だから私達は仮面を付けて身を隠し、火を灯して彼らを遠ざける。 火を消してはいけないよ、ジャックのランタンは悪い霊だけを遠ざけてくれるから。 ● 「ま、迷信だろうが」 ジャック・オ・ランタンのいわれについての過度に詩的で独自解釈の混じった資料を読み上げた後ざっくりと切って捨てた『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)が、その紙をくしゃくしゃにしてしまい込む。 「――だいたいにして、迷信や伝説が生まれる背景は親が子を叱るための教訓的な必要悪か、史実を伝える口伝の末に何かが変わっていったものかなわけだが、果たして神秘に触れる前ならともかく、今の君たち三高平市民にとって、これらは『迷信』で切って捨てて良いものだとおもうか?」 「いいから早く話せ」 くどくど長々と持って回った言い回しをする売らない占い師に、いらついたリベリスタが結論を促した。 唇の端を歪めるようにあげて、菫はリベリスタに向き直る。 「つまり、だ。ジャック・オ・ランタンは実在するということだ。神秘的な意味で」 もちろん伝承のままの存在ではないがね。そう続けた菫は重そうな袋をリベリスタに押しつける。ずっしりとした袋の中を覗きこむと、土台の付いた松明が詰め込んであった。 「ああ、肩がこった……それを広場で並べてくれ。 まっすぐ、廊下をイメージするような形で頼む。火をつける許可は貰ってあるんだが、今日のことを説明に回らなきゃならんのだ。形さえできれば、夜になりゃランタンを持ったアザーバイド、ジャックがその間を歩いて行くだろう。勝手にゲートを開けて勝手に来て、端まで歩き終えたら勝手に帰る」 通り過ぎるだけの異世界の住人は、弱い存在ではないらしく。叩きだすより素直に通りすぎてもらったほうが早くて安全なのだという。 「歩いてる時、ジャックが時々落とす蛍火があるんだ。 そいつは、見ている人の会いたい人物の姿をとる。それが『死者が訪ねに来る』伝承の正体だろう。 実際には蛍火を見る人が、見たい姿に見えるだけ。幻想殺しがあればただの蛍火にしか見えない。 1分もすれば火は消える――逢瀬としては短いだろうが」 少しだけ、菫は言葉を切って溜息を吐いた。 「……会えない人というのは、段々思い出せなくなっていくものだ。 相手の顔が、写真の顔しか思い出せなくなって、声も消えていく。人の記憶とはそういうものだ。 だが、少しの追懐にひたるくらい、許してやらんと心が持たんぞ」 戦い続ける日々の心に、休息を。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月16日(土)23:33 |
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■メイン参加者 13人■ | |||||
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● 「さすが揚羽さん、一応占い師だけあってハロウィンにも詳しいね!」 「いや、その……なんだ、本場の人間にそう言われるのは、悪いことではないんだろうが」 並んだ松明に火をつけて回る狐面の菫は、少し渋い顔をする。ツァイン・ウォーレスの生地であるアイルランドで、伝播してきた一神教と土着神話が結びついて出来たのがハロウィンなのだ。 「誰か、会いたい奴でもいたのか?」 菫の不躾な言葉に、受け取った仮面を被りながらツァインは首を振った。 「特に会いたい奴はいねぇけど」 収穫祭をもととした祭りだとも言われるハロウィンだ。死者を明るく迎えるのが大前提、なのだが。このあたりは火が灯された他は静かなものだ。 「皆暗くなんねぇか心配でさ」 小声でそう続ける。 ツァインが日本で過ごした時間も既に長い。死者と向き合う時、静かに――または盆踊りなど盛大な乱痴気騒ぎで――それを迎えるのがこの国だと理解もしていた。 「いつまでもウジウジしてたら死んだ奴も不安になる。何人が笑ってお別れ言えるかねぇ……」 「――ああ」 誰が漏らした声だろうか。 松明の回廊に、炎とは違う色の燐光が漂い始める。 来訪者がこの世界への扉を開いたのだと、神秘とつながる者たちには言わずともわかる。 「来たわね」 梅子は、何やら真剣なものを湛えた表情で、そう口にした。 アザーバイド、ジャック・オ・ランタンは用意された回廊を静かに歩き続ける。その歩はゆっくりとしている。ジャックの提げたランタンの中に火の点いた石炭のようなものが見て取れ、それは時折、ほろと火を空に落とした。 「ふむ、案の定何も見えないか。いやしかし螢火自体は綺麗なものだ」 ユーヌ・プロメースは仮面の奥で目を僅かに細める。死者に思うことなど何もないと断じる彼女には、その光はただの火だ。とはいえ神秘を纏うそれは、ホタルが舞う様とも、炭の残り火とも違っていた。 踊っている。 薄く明滅し、赤や緑やと色を変え、風や重力に惑わされること無く自由に振る舞う蛍火にはおそらくそれが一番似合う表現だっただろう。幾つかの蛍火が、それぞれ身勝手なようで統制のあるようなかたちを見せては舞い遊び、揺蕩い、徐々に薄くなって消えていく。 ユーヌはしかし、ちらりと視線を蛍火から隣の斬風 糾華へと移した。 (さて、糾華には何か見えているのか居ないのか) 「螢火は綺麗ね。だからこの光景の向こうに『あちら』を感じるのはわかる気がするわ」 その視線の意図を悟ってか。仮装姿の糾華は顔を背け、広場の中心から少し離れた。 「……死んだ人とは自分の中で想いの決着は付いているから。 だから、ここで見る気もないし、見たくないわ。……両親や死んでいった皆の事で立ち止まるのは、また今度にしたいから。だから今は静かに立ち去って欲しいな」 広場の隅の、よくわからないオブジェに腰をかけると、足を揺らす。そうか、とだけ呟いてユーヌは糾華の隣でオブジェに凭れた。 「しかし、頼りなさげな光自体も魂のようだな」 彼女の目には変わらず、ただ光がゆらめき消えていくばかりだ。ふらふら頼り無く掠れて消える、それ。 ――故人の記憶も何もかも、流され消え行く時の砂。 感傷に似た言葉が口をついて、今度は糾華が目だけでユーヌの横顔を見た。 「飛び交う螢火は人魂は魂の表れで、儚く舞う蝶は人の魂に例えられるわ」 「ああ、蝶は魂を運ぶと言うが。蛍火より糾華の方がそれっぽいな、アークでは? うっすら儚いよりも、何だかんだて図太く中々に死ににくそうなのが」 「同業なのかしら? あれらと私も――なんて、無闇矢鱈に死を扱ってるわけでもないものね」 蛍火が、蝶のように羽ばたいた気がした。 糾華はふるふると首を振って、口元に薄い笑みを浮かべる。 「それに、生きてるほうが、ずっと良いわ。 まあ、フィクサードの間で死神のように思われているんだったら、何も問題ないわね」 ユーヌは軽く肩をすくめた。 「まぁ、春に紋白、夏に揚羽、秋に大和蜆、冬に綺蝶。 春夏秋冬飛び交う蝶に怯える姿が見えるなら、それはそれで愉快なことになるな?」 不意に蛍火がふたりの傍を飛び交う。 何気なく指を差し出せば、それは蜜を求める蝶のように指先に触れ、消えた。 会えなくなった会いたい人に会える。とても優しい事であり優しい時間だろう。 そう結城 "Dragon" 竜一は考える。 「だからこそ、それを傍受する権利は俺にはない。――そんな思いを胸に秘め梅子で遊びに行こう!」 その考えが何故その結論に至るのかはともかく。虎仮面とタキシード姿の竜一は梅子の横にそそそ、と近寄ると、びしっとばかりポーズを決める。 「やあ、梅子! 今日もかわいいね! そんな梅子の可愛さに惹かれて、ジャック・オ・ランタンもここにくるのかな」 「プラムよ。あと、あたしがかわいいのはいつものことなのだわ」 しれっと流す梅子の鼻から上を隠すヴェネツィアンマスク越しの目は、しかし竜一の方を見ようともしない。少しの違和感に、さりとて竜一もその程度で引っ込んだりはしない。 「そんな梅子にも出会いたい人がいるのかな……ちょっと妬け」 「パパ……」 まったく聞いてない梅子の言葉に、竜一の喉がぐぅと鳴った。 はたちになったばかりの姉妹の、父親がどんな人物なのか竜一は知らない。 おそらくある意味では、梅子自身も知らないのだ。 「あたしは、パパのかわいいプラムでいられてる……?」 蛍火越しに見えているのだろう誰かに向けて両手を伸ばすその表情は、いつもよりずっと幼くて。 竜一はその手を捕まえてみた。 「揺らぐ蛍火に照らされる梅子の横顔は、実にチャーミングだよ」 「へぅっ!? ちょ、ちょっとなによ、まだいたの、むしろ見てたの!?」 不意打ちで現実に連れ戻された梅子の声は、驚いたものか照れたものかよくわからない。 「――という感じで梅子遊び終了ですが、梅子さん。どうでしょう、少しはどきどきしてくれましたか?」 「なにをしたいのよあんたは――って、あ!」 巫山戯た仕草の竜一に抗議しようとした拍子、梅子は弾かれたように蛍火を探したが――その手と黒羽が一度しょげかえったように下がり、その後どちらも高い位置でばたばたと騒がしく振り回され暴れだした。 「本当に! 何を! したいのだわ竜一は!!」 「よしよし、おこるなおこるな、嘘は言ってないよ、いいこいいこ」 撫でられて更にムキー!! と騒がしくなる梅子はもう、いつもどおりの梅子だった。 ● となりに気配がある。いつもどおりに絡められる指も覚えている。 彼女の顔はいつだって思い出せる。 ――おそらくいま、傍らにあるのはいつものように、皮肉げに口角を上げた笑顔。 口を開くことが出来るのならきっと、その言葉は『私といるのになにをつまらなそうな顔をしてるの?』 「大丈夫だからさ。まだ、無理はしてるけど」 御厨・夏栖斗は仮面を深くかぶり直す。 「顔、みちゃったら、なんか前に進めない気がしてさ……これは僕の意地っぱりなんだけどね」 苦笑を浮かべているだろう。夏栖斗はその確信を、確認することはしなかった。 一分もすれば消える、消えてしまうまぼろし。 その時間は長いようで短く――ちらりと見た腕時計の風防に、彼女の姿があった。 「んじゃ、またな」 目を閉じて告げた、叶うことのない別れのあいさつ。まぶたを開いた時にはもう、風防のガラスには彼女の姿はなく。代わりに見覚えのある男の姿が映っていた。 「おう」 「誰かに会った?」 軽く手を上げた新田・快の顔がなにやらすっきりしたように見えて、夏栖斗は何気なく問いかける。 「実家の父親。 ――街の小さな酒屋を、小さいながらもこだわりのある店として進化させていくことを止めない親父だった」 快は「もう会った」のだろう。彼が話すのは、アークに来るより前の事だ。快の父親は、酒販免許を持つ店がコンビニへと鞍替えをしていくのも少なくない中で『酒屋』であり続けることを選んだのだ。 「まだ実家に居た頃の俺は、いくらかの「予習」を経つつ、二十歳の頃は学費を稼ぐために酒屋やバーでアルバイトをしていた。酒の道に関わってみようと思ったのは、そんな親父の背中を見ていたことが理由なのもあるだろう」 「そっか」 夏栖斗が頷くのを見て、快は慌てて手を振った。 「こう言うと故人っぽいけど、生きてる。 それどころか四十代の現役バリバリ。『新田酒店の屋号は貸してやるけど、息子だから自動的に店が継げると思ったら大間違いだ』なんて言われてて」 春、快が今年度の抱負を叫んだ時に夏栖斗はその場にいなかったのを思い出し、簡単に説明する。 「でもそういえば三高平に来てから、一度も実家にに帰ってないな。内定の報告も兼ねて、戻ってみるか」 「ああ――」 夏栖斗は笑う。笑ってから、少しずつ遠のいていくジャック・オ・ランタンの背中を見た。 「ほんと度し難いよね」 その言葉は、自分自身に向けられて。 早世のアクションスターが使用したデザインのマスクを付けて、ジェイド・I・キタムラが向き合っていた男。その姿がゆっくりと薄らいでいく。赤いネクタイがやけに印象的だった。 気障で、伊達男で。 赤いネクタイは目立つとわかっていて身につけていた男だった。相手に特徴的な服を見せておけば、それを外した時印象が分からなくなるからと、それを愛用したのだ。例えば依頼人を疑う時、顔をしっかり覚えられていてはやりにくいことこの上ない――そういった技やイロハを教わった探偵稼業の先輩。その姿が見えなくなった頃、ジェイドの腕に唐突に、人の感触がした。 「!?」 「今日の私は『バンシー』でーす。 とは言え、私って泣きませんから……頬っぺに涙メイクで表現しております。かっこいー♪」 ユウ・バスタードはじゃれるような仕草で、ジェイドから顔を隠す。 「私ってば知っての通りの経歴なんで、両親も幼馴染も覚えてないんですよねー。 ヤクザの鉄砲玉時代の仲間は居ましたけど、皆もう……」 使い捨てられたフィクサード。保護されるまでの自分を、彼女はそう表す。だとすれば、その仲間達の行く末も、想像は難くない。 「会いたい人は……そう、ですね。『教会』でお世話になった神父さんかな。 ホント、菫さんの言う通りで顔も声も思い出せなくなってますけど。 ……うん。そう、そうですね。いつもそんな仏頂面でした」 彼女の視線の先の蛍火が、ちりと揺れる。 「何度言っても、無精ひげを生え散らかして。綺麗にすれば男前なのにね。 そっか……ジェイドさんにもどこか似てるのかな……」 折角のメイクが流れちゃったー、と。頬から落ちたビジューを拾うユウ。それを聞いてか聞かずか。ジェイドは胸ポケットから金属製の葉巻ケースを取り出す。 「――これが、先輩の遺品だ。 最後までカッコ付けて死にやがった。それ以来、俺が煙草を吸うのは特別な時だけにしたんだよ」 葉巻を一本出して、それに火を点ける。 「……俺がこのケースを渡す相手は、見つかるかな」 紫煙は夜の空気に紛れ、においだけがかすかに残り、漂う。 煙の流れた先には、ジェイドの店でアルバイトをしている少女――朝町 美伊奈が、真摯な表情でジャック・オ・ランタンを見つめている姿があった。 (皆に会いに来たの。……『あの日』、フィクサードに殺された、孤児院の家族の皆) あの日、美伊奈は窓の外からそれを見ていた。見ているだけだった。 顔を覆い隠す仮面を被り、ゆっくりじわりと通りすぎようとするジャック・オ・ランタンにお辞儀をした。 「私があの時、直ぐに走って助けを呼びに行っていれば、全員とは言わないまでも、きっと沢山助かってた……皆は、私のせいじゃないと言ってくれるけど……でも」 それは間違いなく私のせい。私が見殺しにしたの。 美伊奈はそれを言葉にせず、ただ手放さない決意とともに心に押し懐く。 「だからこそ、一目だけでも会わなきゃいけない。私一人で、向き合わなきゃ」 目の前でこぼれた蛍火に、じっとその視線を寄せた美伊奈は何を見たのか、その火が消える直前に、小さく何かを口にした。その言葉は仮面の中で霧散し、誰にも聞こえはしなかった。 去年誂えた仮装で、シエル・ハルモニア・若月は綿谷 光介に寄り添う。 シエルにとっては写真で見ただけの、光介の姉の姿が見えるかどうか。一抹の不安もあったが、実際に目にしてみれば、それは光介の見たものと同じ姿だった。 溌剌として陽気な、気ままそうな女性の姿を取った幻想の蛍火に、光介の足は知らず歩み寄る。 写真だけでは伝わりきらぬ仕草や表情――これが在りし日の、光介の姉の姿なのだろう。シエルは蛍火の彼女に微笑みを返す。 (其処に在るは幻だとしても……お伝えしたいのです……。『貴女様に安心して欲しいという気持ち』を……) 飛びついてすがりそうにも見える光介に手を伸ばしたまぼろしは、向けられた笑みに、同じように微笑み返す。仮面の奥の瞳に涙を浮かべながら、光介は姉の手に、己の手を伸ばす。 すべてが変わってしまった、あの事故の夜。自分だけが助かって、同じ車にいた父と姉は――。 「ねぇ、姉さん? どうしてボクを置いて逝ってしまったの? どうしてボクだけ、そっちに行けなかったの? ボクはまだ……のうのうと生きていていいの?」 まっすぐに見れば、否が応でも思い知らされる。 7つ離れているはずの姉と自分の歳が、少しづつ近づいている。 「ねぇ、何か言ってよ、姉さん……」 ぽつ、と地面に、手に、雫が伝い落ちる。涙の感触で我に返った光介を、シエルは優しく抱擁していた。 「シエル、さん……」 姉と同じ年頃の、愛しい人。光介はそう考えかけて、強く首を振った。 代わりじゃない。代わりだなんて思ったことない――! そんな光介にシエルは微笑みかけ、そっと囁く。 「ちょっとだけお姉様のこと、妬けちゃいますね。 お姉様は『大切な思い出として』……もう光介様の一部なのですから。 ……されど私は……そんな光介様だからこそ惹かれた……。 厳密には……光介様とお姉様を好きになったのだと最近思うのです。 だからお姉様と光介様、お二人を幸せにして……みせます」 優しさと強さのあるその言葉に、光介は、少し強めにシエルを抱き返した。 「……いまだけは。貴方の胸で、余韻の涙をふかせてほしい――」 硬い髪を大雑把に後ろへ撫で付けた、がっしりとした風貌の男。 書生服がいささか窮屈そうなその姿を、最初に見た時は十八ほどの年の頃に見えたのが、今、相対するのは背広を着こなし、顔と体に歳月を刻んだ男の姿。変わらないのは、その瞳に宿した強い生気。 「源太郎さん」 一条・永が呼びかけたのは、十三年前に鬼籍に入った、彼女の伴侶の名。 幼馴染みとして育ち、それでも革醒した彼女には夫婦として共に老いることはできなかった男の名。 記憶のままの笑った顔に、脳裏に響く豪快な笑い声はかすれひとつない。 『俺はお前の亭主で、お前は俺の女房。それでいいじゃねえか』 病床に伏した夫との最後の会話は、当然のように告げられたその言葉と、若いころと変わらぬ笑顔。 「……お酒、飲みすぎないでくださいね。源太郎さん」 応えぬ幻影に声をかけ、永は微笑む。これでいい。いずれまた、会えるのだから――。 「会いたい人かあ。私が貴女に会いたいだなんて言ったら、不思議な顔をされるかな」 それとも、微笑むだけかな――などと。纏向 瑞樹の思考は、取り留めもなく流れ続ける。 彼女の『記憶』がどうしたことか瑞樹の手に委ねられてから、8ヶ月ほどか。 (同じ血が欠片でも流れてるから? 似通った性質を持っているから? ――うん、分からない) 瑞樹の前を歩いていく、ジャック・オ・ランタン。 (私は貴女じゃなくて、貴女は私じゃない。私は私で、貴女は貴女だもの) だから、分からない。 蛍火が、一人の少女の姿を映し出し――黒いポニーテールの少女は、瑞樹へと柔和に笑いかける。 「ありがとね」 瑞樹はただ一言、彼女へとそう声をかけた。 (わからない。でも、感謝してる。この記憶があったから、今、ここに居る私がある――今の幸福がある) 幻影だったとしても、ただ彼女にそれを言いたかっただけなのだ。 瑞樹は蛍火が消えるまで、ただじっと、蛇巫の少女を見つめ続けていた。 ● 「俺すげぇ好きなんだよね、死者と笑って向き合おうって考え方。 多分さ、こういう文化が根付いたのは沢山の人が本当にあっけなく簡単に死んでいった歴史があるからだと思うんだ。死が身近だったから、乗り越える術が自然と文化に溶け込んだんじゃねぇかな~」 ひとのかずだけ、生がある。生の数だけ、死も待ち受けている。 来訪者の消えた先をしばらく見つめてから、うんと伸びをしてツァインが呟いた。 「……なんて! さぁさ! 見送りも終わったし、皆と南瓜のタルトでも食いに行こーぜ梅子っ!」 「タルトなら歓迎なのだわ、梅入りのフルーツケーキは嫌だけど!」 「待て、火の片付けを手伝ってからに……!」 とっとと逃げた梅子達を恨めしげに見送ると、菫は自分の頬を軽くつねった。 「やっぱり、ぴちぴちだっただなあ、若い頃のおらのお肌……」 大げさな溜息を吐いてから、菫はさてこの松明をどこから片付けようかと唸り始めた。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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