●『樂落奏者』 誰かが言ってた。『お伽噺はいつだってハッピーエンドがくるのよ』って。 誰かが言ってた。『縁破が居れば幸せだよ』『ヨリちゃん、一緒に居ようね』って。 阿呆やな、そんな事出来へんやん。ほんまに、阿呆やな、そんな事無いやん。 あたしにはもう、そんな素敵なお終いなんて、見えへんもん。 『樂落奏者』仇野・縁破は青い瞳を細めて笑う。 羽をもがれれば鳥は飛べないし、足が無ければ地にも立てない。誰が一番哀れであるか。 簡単なことなのに、どうしてこんなに喪失感があるのか。 拝啓、リベリスタ諸君。黄泉ヶ辻糾未『は』死にました。今居るのは唯の嗤い女やろ? ご機嫌麗しゅう、リベリスタ諸君。皆さんがあたしの大切な人を殺しました。もう何も残らないやろ? 人間とは、大切な何かを喪失した時に感情も喪うそうだ。 そう、生きる意義を与えてくれたのは『彼女』だったのだから。 生温く両親に愛された事の無い仇野縁破にとっての『唯一無二』はもう居ない。 「――愛されたがりが馬鹿を見る。愛されたがりはそれでも夢を見続ける。 嫌われたくないって、イイコの仮面を被ってな。夢を見続けるんや。 幸せ者には当然解らん感情やろね? 分かり合えへんって判ってたのにな。 さぁさ、皆様、お待ちかねの舞台の幕は上がります! ご案内はワタクシ、『樂落奏者』仇野縁破。チョーお気軽にヨリハちゃんとお呼び下さい! 本日の演目は……演目は……ふふ、クスクス――アハハハハハハハハ!!!! なァ、殺してみィ? 正義だとか愛情とか微温湯に満足しきった阿呆共! あたしが死ななかったら他の誰かが何処かで死ぬかもしれない。そういう世界に生まれた事を後悔したらええんや。 あたしの名前は『黄泉ヶ辻』の仇野縁破! 素敵な皆さんの案内人でございます! 腐りきった脳みそを見たる! ほら、頭蓋骨開いてその脳みそを見せてみィ?」 もう、手には何も残らないなら――全部全部、殺してやる。 ●Synopsis かの『ウィルモフ・ペリーシュ』のアーティファクトを身体に取り込んだ女がいた。 日本フィクサード主流七派のひとつ、『黄泉ヶ辻』の首領が妹『黄泉ヶ辻糾未』という女だ。 兄の様になりたいと祈った女は身体の中身からアーティファクトに――『憧憬瑕疵』に食われていった。危険な代物が災厄を及ぼすのはリベリスタ、フィクサード、どちらにも同じことなのだろう。 リベリスタ達が彼女と関わり始めたのは丁度、少女が美しい黒蝶に変わる前だった。 人を甚振り、死なぬ様にと絶えず遊び続ける黄泉ヶ辻に出会ったフィクサードの前に存在した長い黒髪の女。彼女に付き従うフィクサード達は決まって『あの子の遊びに付き合ってるんだ』と笑い続けて居た。 その『あの子』こそが黄泉ヶ辻糾未だった。 女は『兄』に焦がれ、兄と同じ逸脱した領域へ足を踏み入れようと狂気に食われ始めたのだろう。 彼女の中で嗤い続ける『お姫様』をリベリスタは封印せんと幾度か交戦を繰り返した。 その『お姫様』を制御する力を黄泉ヶ辻糾未は持ち合わせてはいなかった。 アーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』とその存在を同じくするアザーバイド『禍ツ妃』。 嗤い続ける『お姫様』に蝕まれた女はもう長くないだろう。 次第に喪われると分かっている命でも、彼女の中に巣食うモノは強大だ。 ちっぽけな器であれど、収まっているからこそその被害は大きくない。 『イレモノ』を喪った『お姫様』がどうなるかは分からない。その前に、『お姫様』を壊してしまえばいい。 その結果に至ったのは『リベリスタ』としては当たり前だったのかもしれない。 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が予知したのは『黄泉ヶ辻のフィクサードがノーフェイスを連れては廃遊園地で暴れている』という単純な情報だった。 それならば倒さなければいけない。崩界を促すエリューション、アーティファクトを所有している。 ただ、それだけが『事実』として存在している。 その『事実』の上に成り立った、もう一つの仮定をお話ししよう。 仇野縁破は黄泉ヶ辻糾未を護るためにこの場所を護り続けるだろう。 彼女が死ぬこと無きよう、彼女の使ったアーティファクトを手に、何人たりとも寄せ付けず、彼女のなりたかった『狂気』にさえも飲まれる事を厭わぬだろう。 そう、殺しに来るならば、全てを殺してしまえばいい。彼女を護るために一番の手段なのだから―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月19日(火)23:02 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●その場所はまるで、誰かのようだねと。 ――×されたいなら、×してあげる。 呪いの言葉の様に、粛々と。 子供の様に、駄々を捏ねて。 囁く言葉に笑みを浮かべた少女は小さく礼をして丸い橙の瞳を見詰めている。 賞賛は何時だって、『舞台女優』に与えられた。喝采の拍手はこの寂しい場所に響いている。 廃れた遊園地に響いた無機質な音の余りの明るさに苦笑を浮かべずには居られなかっただろう。 「キレイだよ」 囁いた言葉に、笑った少女は―― ●ひとりぼっちはもう飽きた。 幾許か廃園になってから暫く経つのか。 廃園済みの遊園地は人の手を加えられないせいか荒れ果て、朽ちて行こうとしていた。 ゆっくりと足を踏み入れた時、感じる『遊園地』の騒がしさがない事にいくばくかの不安を覚えながら『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)はPrism Misdirectionを握りしめてゆっくりと歩いていく。 耳を澄ませる『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)の紅潮した薔薇色の頬は何処か蒼白く感じる人形の様なリンシードとは対象的だ。灯璃の様子は『遊園地を楽しみにしてきた子ども』の様にも思える。 周辺を警戒する『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)がぴたり、と足を止めたのはやけに静まり返ったメリーゴーランドの前だった。 「ご機嫌麗しゅう、縁破ちゃん」 掛けられた声は何時も通りの『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の挨拶だ。旧知の友人へ掛けるかの様な言葉に『樂落奏者』は楽しげに小さく笑う。彼等がもしも『普通』の高校生であったなら、此処から他愛もない会話をするのだろう。 学校のこと、先生のこと、放課後の予定や今日の昼食のこと、そして恋の話し―― 「やっほー? ヨリハちゃん。灯璃のこと覚えてる?」 「モチのロンってやつやな。灯璃ちゃん。コンニチハや」 にぃ、とやけに明るく笑った『樂落奏者』に灯璃が満足そうに笑みを浮かべる。彼女の後ろで弓を構えたままの杏樹は縁破を伺う様に、じ、と見つめている。彼女の姿は以前と比べて『違って』杏樹の目には見えて居た。それは夏栖斗もそうなのだろう。 彼等の視線から避ける様に全体を眺める縁破へと『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は無言のまま彼女を睨みつけて居る。表情を隠した大きめのゴーグル。露骨なまでの殺意や敵意はフィクサードにとって喜ばれるものであるとカルラは判断して居た。 彼から発される気配に縁破が喜んだのは確かなことであろう。深まる笑みにウルトラウィングを装着した拳に力が込められていく。ぎゅ、と握りしめられる拳は目の前の『フィクサード』へ向けられる殺意だった。カルラにとって『フィクサードは悪であって然るべき』だった。何かを云うでもなく、拳を握り込む。 「ふふ――こわぁい。ミス・全殺し、今日も全殺ししてくれるん?」 「ええ、貴女は此処で殺します」 淡々と告げる『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は常と変らぬ色を湛えた瞳を縁破に向けて居た。 『ミス全殺し』。彼女が自身の意思を真っ直ぐに湛えた瞳を細めて居る。ノエル・ファイニングの殺しは欲求の為に非ず。己の信じる正義と、その正義を体現する世界の為だけに振るわれる『暴力』なのだ。殺意を向けるカルラに、正義を湛えるノエル。両者の対象的な色に小さく笑みを漏らす縁破は灯璃と同じく『遊園地を楽しむ子ども』その物だ。 陳腐な音は音階をはずして、可愛らしかった筈のメリーゴーランドのメロディを完全に崩して居る。 『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)が刃渡り三尺九分の太刀を手に『樂落奏者』を見たのはあの冬の寒い日に、線路の上で『公演』を行った時であったろうか。 「浅い縁ですが、これもまた奇妙な縁なのでしょうか」 「せやね。あたしと出会えたこと、あたしが出逢ったこと、自分が自分であった事。 この全てが奇妙な縁で繋がれている。――例えば、そこの兄ちゃんもや」 寄越された視線に責め立てる色は無い。奇妙な縁の果て、『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)と黄泉ヶ辻のフィクサードが相見えるのは行く度目の事であったろうか。彼が吐き出した煙が天に昇っていく。 ふと、青年の手首に残された少女の手形に縁破の目線が向けらられて、落とされる。 「そう」 囁く言葉に、何かを悟ったのかとゲルトは息を吐く。理得というフィクサードが居た。それは、縁破と共に遊んでいた彼女の友達である『黄泉ヶ辻』だ。 『黄泉ヶ辻』にしては、彼女たちは良識ある方であったのかもしれない。『黄泉ヶ辻』に有るまじき仲間意識を持ち、『黄泉ヶ辻糾未』を中心として、彼女と楽しく遊ぶ子供達のグループのそのうちの一人。縁破が糾未と遊ぶ為に理得を連れ歩いていたのをゲルトは良く覚えている。 彼の手首に巻かれたロザリオ。神の証の下に隠された少女の手形は紛れもなく、その一人のものだ。 「糾未を止めて欲しいと言う願いも叶えられず、ソレを願った理得の命を奪い、こんなところまで来てしまった」 誰かの命を奪う事を悪とするならば。紛れもなく彼自身も悪の所業だと言われるのだろうか。 人を殺す事に何よりも抵抗を覚えるのは、『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)その人だった。理得の命を奪ったのは彼女らが悪だから、罰されて然るべき人物であったからだ。 しかしそれを正義と断定するのは彼にとって途轍もない時間を有するだろう。誰かを護るには何かの犠牲が付きものであるのだから。 「ひとつだけ、問いたい。お前たちが殺した者たちの中には、お前たちと同じ様に親しく、愛し合う様な者達もいただろう。そんな人たちを殺した事に対して、わずかでも罪悪感を感じた事はあるか?」 「……さあ、どうやろ?」 小さく笑みを浮かべる縁破の前でデュランダルを握りしめた風斗の瞳に怒りが灯る。緑色の瞳は何時にも増して憎悪がこみ上げている様だった。 「おいでませ、『箱舟』! 特務機関『アーク』! ご案内はワタクシ、『黄泉ヶ辻』の仇野縁破。お越し頂け、名もお呼び頂き大変結構。 感謝を示して『黄泉ヶ辻』は大サービス。思う存分黄泉ヶ辻させて頂きましょ! 本日の演目は――」 ●だから、君じゃなくっちゃ。 自己満足は何処でも出来る。『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)はそれをよく心得て居た。 「樂落奏者さん、貴女の公演は今回で終わりなのです? 終わったと思い込みたいだけの自分向けの演目なんて――」 「演目はこれで終わりや。『一般人』さん」 遮る様に発される言葉。聞きながら妙に苛立ちを浮かべて眉を寄せたリンシードの髪を飾ったのはピンク・ダイヤモンドの銀製の花飾り。角度を変え、様々な色身で見る事が出来るソレが水色の柔らかな髪で存在感を発している。 「……終わり、ですか。私、今の貴女を見て居ると、昔の自分を見ている様で、イライラしてきます……」 『お人形』だった頃を想いだしてか、唇を噛んだリンシードの表情はビスク・ドール(つくりもの)と比べれば随分と人間らしい。 一気に踏み出したリンシードは仲間達から離れた位置で手招いた。彼女の挑発は姿暗ましによく似ている。ミスディレクション、影の少女が誘う様に視線を『奪い』メリーゴーランドに存在していた愛らしいとは程遠い案山子を誘った。 「……こっち、ですよ」 擦れ違う様に。縁破の隣をすり抜けて、地面を蹴ったカルラはちらりと縁破へと視線を向ける。 カルラにとっての『仇野縁破』はやけに豪奢で『チート』臭い爪を持っていると言う印象以外に何もない。言葉を発する事は無く、淡々とフィクサードと言う対象への憎悪を胸に地面を蹴ったカルラの体内のギアが加速していく。 人は『誰か』を傷つけて生きていくらしい。『誰か』を傷つけ、『誰か』を愛さずには生きていけない生き物らしい。 その『誰か』を傷つけ続けた人間が、自分が傷ついた時、自己陶酔全開で被害者面をしている。『大切なもの』を壊してきた人間が、大切なものを壊された途端に泣きごとを言いだした事をカルラは認める訳にはいかない。 廻るメリーゴーランドは誰かの心象風景か。景色の変わらぬ『円』の中を――『縁』の中を巡り続けるそれはどの様責め苦なのであろうか。 「……くだらねぇ」 吐き出した言葉は、感傷では無く。只の、本心だった。 前進し、刃渡り三尺九分の太刀を勢いよく振るった生佐目の目はこの場にいるたった一人の『黄泉ヶ辻』へと注がれる。 「エクスキューズ! 黄泉ヶ辻よ。貴女『たち』は何故に舞台に立つ? 舞台に立ちて、何を演じる?」 「憐れな少女の物語を! 誰かが願った幸せの残滓を見せる為に! ――案内してあげましょ! 可哀想な『おんなのこ』のお話しは如何?」 張り出す声と共に生佐目の振り翳した切っ先は、何処か幸せそうな表情を浮かべて居たハッピードールの頬を裂く。この世全ての呪いを帯びた彼女の太刀は何処か禍々しい雰囲気を感じさせていた。 「嬉しいわぁ、『お話し』を聞きたい人がおるなんて!」 沈鐘の終と名付けた薔薇の意匠のクローを振るい込み、前線で戦う生佐目の所へ飛び込んだ縁破が地面を蹴った。死を刻みこむように振るう爪先が生佐目を掠めるが、彼女は身体を逸らせ、深く傷つけられる事を防いで見せる。 夏栖斗の握りしめた紅桜花(まじょのはな)。絢爛な桜花を思わせる様に彼が散らせるのは鮮血の花々。 夏栖斗にとっての悪は『黄泉ヶ辻』そのものだった。その首領が人を弄ぶ場面を目にしたからか、妹が向かう戦場に居る女が身に宿した『瞳』が嗤いながら誰かを傷つけるからか。――目の前の少女が、人を陥れる幸福を知っているからか。 ――分かり合えへんのは美徳やで? 「分かり合えない。それでも、君を放って置けないんだ……!」 「誰かの正義は誰かの悪や。誰かの幸せは誰かの不幸や。人が人で分かり合おうなんて――難しいんよ」 「分かり合えないだけではないだろう?」 夏栖斗を見詰めるあおいろを眺めながら杏樹が構えた呪装弓・雨燕。黒塗りの金属のそれは杏樹の掌によくなじむ。研ぎ澄ませた感覚は何人足りと逃さないと決めて居た。散布し間隔を仲間達と開いた状況で、空から降らせたのは業火の雨。 降り注ぐ雨の中、デュランダルを握りしめ、戦気(いかり)を身に纏った風斗が前進していく。前線で見つめた少女のかんばせは風斗より幼い様に見える。幼い少女だからその非道を許せる程に風斗は善良なる市民でも仏でもなかった。 「オレはお前を黙って叩き潰すのみだ。黄泉ヶ辻!」 その挙動に、その姿に。糾未と愛おしげに呼ぶ彼女の『唯一無二』。絶対の存在への『愛』は確かなものなのだろう。 それが同情から来たものか、遙か幼い頃に手をとってくれた遊び相手への依存か、子供染みた友情なのか。恋愛感情とは程遠く、何処かにた少女同士の『傷のなめ合い』に生まれた感情は彼女にとって確かなものだ。 「それは嬉しい限り! ――なぁ、正義の下に。あたしを殺してよ、リベリスタ」 風斗と縁破は相容れない。黄泉ヶ辻とリベリスタ。感情を理解する事が出来ても、愛の残滓に寄りかかり非道を繰り返す『フィクサード』とは正義を尊ぶ風斗(リベリスタ)は分かり合う事はできないのだろう。 殺してと嘯いた少女の背後でメリーゴーランドが動きだす。何処からか供給された電力でゆっくりと軋み動くメリーゴーランドに乗る案山子の姿が上下した。 シュールな光景にメリーゴーランドは如何! と面白可笑しく誘う縁破へと灯璃はわざとらしく舌を出して断った。 「乗ったらヘブンズの脇を通るんでしょ? その手には乗らないよーっだ!」 「これは手厳しい話しやな。折角やから、ショータイムを二人で語らうんもええと思ったんやけど」 くすくすと嗤い続ける縁破を見詰め、笑みを深くした灯璃が四枚の翼を広げて飛び上がる。握りしめた双剣を振り翳し、へらへらと笑みを浮かべるハッピードールへと深く突き刺した。 「ヨリハちゃんを×してあげる! あはははははっ!」 赤い伯爵と黒い男爵が嗤う様に宙を舞い、ハッピードールに深く剣を突き刺して、力を込めて引き抜いた。肉を抉る感触は手から離れる剣であるから感じられない。引き抜く時に感じる物量が確かに切っ先が相手を貫いた事を感じ灯璃がにぃ、と唇を歪めて見せる。 「縁破。お前は殺されたいとそう思っているのか」 へらへらと笑うヘブンズドールの腕を受け止めてゲルトが仲間達へと広めた加護は神の声に従ったものだ。敵を徹底的に殲滅するためのそれはこの布陣の生命線。生命線たるゲルトはやけに幸福そうなノーフェイス――肉の塊とでも言おうか。両腕から『だらり』と垂れ下がった翼を思わせるのは紛れもなく肉である――の巨体が微笑みながらゲルトの身体を押し返す。 「殺されたい、そう思ったらあかんの?」 「生き残ればお前はフィクサードとして生きる。それは変わらないだろう」 ナイフの切っ先の煌めきを見詰めて、唇を歪める縁破の元へと弾丸が降り注ぐ。エナーシアのペイロードライフルがばら撒く弾丸は彼女の見つめるもの全てを射線から逃さぬ様にと狙いを定めている。 作戦は『殺』られる前に『殺』れ! 一気呵成、攻め立てる様に弾丸はハッピードールを狙い打つ。エナーシアの弾丸を受けて声を漏らし続けるハッピードールが標的に定めたのは前線に存在するノエルだ。振り上げられる腕をConvictioで受け止めて、その瞳は感情を映しはしない。 正義を身に纏う様に戦気を宿すノエルが戦闘態勢を整えた時、ここぞと言わんばかりに、縁破が踏み込んだ。 「行かせないよ?」 「そんなにあたしの事が好き? やだわぁ、嬉しい」 茶化す様に笑い続ける少女の往く手を遮る夏栖斗。ハッピードール、ヘブンズドールの攻撃を受けながら、メリーゴーランドに揺られている案山子が少量の回復を施せば、其れさえも防ぐようにリベリスタ達が張りつける致命。 ブレインコキュートスや縁破のファクスィミレが放たれんようにと乱戦状態になり戦線を押し上げるリベリスタ達の中、案山子を引き付ける様に――ハッピードールを誘うリンシードはPrism Misdirectionを握りしめて、その攻撃を避けた。 頬を掠める攻撃に、リンシードが深い笑みを浮かべる中、6体のハッピードールに続きヘブンズドールの攻撃がじわじわとリベリスタ達の体力を削っていく。 ――ねぇ、ヨリハちゃん。ヨミガツジアザミなんて最初から只の嗤い女だよ? 囁く様に。互いに優れた聴覚を持っていた縁破と灯璃は唇を微かに動かして会話を続けている。 お気に入りだった。彼女の存在が、何故だかとても気に入ってしまった灯璃の『玩具』は何と愛らしいのか。 『都合のいい夢ばかり見せられて忘れちゃったかな? ほら、よく思いだしてみなよ。ヨリハちゃんが抉り取った目玉の感触を――』 ぐちゃり、と指先に伝わった感覚は気色悪ささえも覚えた。 目の前で痛みに喘ぐことなく嗤っている『ヨミガツジ』の女を見詰め、告げた五文字を縁破は覚えている。 ――×××××。 その意味を、誰が問う訳でもなく、誰に言う訳でも無く。 二つの意味を込めて、彼女に送った言葉は何時しかもう一つの意味を持つ様になった。 ×したい。×されたい。×してほしい。 どうしようもなく、胸の中に溢れだす感情をひた隠しにして、仇野縁破は攻撃を続けている。 「何故、諦めるんですか……」 リンシードの言葉にぴくりと反応した縁破の瞳が向けられる。数の居たハッピードールを避け続けたリンシードはそれでも傷を負っている。 「……何を?」 丸い瞳が、見返した。リンシードの硝子玉の様な瞳と克ち合った青い瞳。 似てる気がした。誰かを――赤い瞳の『誰か』を恋焦がれる様子は、自分と似て居たから。 「女同士だからですか……それとも、その火傷がコンプレックスですか……? 馬鹿みたい……自分から諦めたクセに……ヤケクソになって、馬鹿みたいです……」 リンシードの苛立ちは、Prism Misdirectionを握りしめる掌にも滲んでいた。 ●×されたがりが笑ってた。 攻撃を続けるリベリスタ達の傷も深い。運命を支払い、ラグナロクの加護だけで何とか乗り切っている現場では残るハッピードールを傷つけながらノエルが幕引きを整えていく。 「縁破は此処で殺します。私は決めて居ますから、貴女は此処で死ぬこととなる」 避ける事には優れないノエルはこの中では一番傷を負っていたのだろう。だが、持ち前のアタッカーとしての能力が彼女を戦場で立たせる事を叶えて居た。 「なあ、縁破。黄泉ヶ辻がどうとか私は分からないし知った事じゃない。だけど、如何して泣いてるんだ?」 弓を構え、周囲に降らし続ける炎の雨。その中を抜けながら剣を振るう風斗が噛みつく様に攻め立てていく。 攻撃の手を緩めないのはカルラだって同じだった。何度も何度も同じ様に攻撃を続ける。ゴーグル越しに見つめたフィクサードの姿に憎しみを覚えながらその拳はより強く固まっていく。 優しい言葉をかける仲間達を見詰めてカルラの瞳が緩む。自己陶酔全開で被害者面の少女に救いの手を差し伸べるヒーローの姿が何処にでも存在していた。 被害者やその身内を前にしても同じ事を言えるのか。――殺したいほどに憎んでいる人が居る前でも? 縁破が家族や恋人の仇でも、同じ事を言えるのか。――その時、どんな気持ちになるんだろうか? 「……実際、大したもんだ。……俺にはとてもできねぇよ」 呟きながら澱みなく振るう拳は真っ直ぐにハッピードールへ叩きつけられる。直線状、目の前で喰らわされるブレインバインドにもひるまずにカルラはただ只管に拳を突きつける。 速度を身につけて、流星が如き速さで。恨み辛み全てを込めて叩きつけた拳にハッピードールが唸り声をあげて身体を揺らし出す。 「少しはッ、黙れよ!」 真っ直ぐに振り下ろされたデュランダル。一を救うヒーローではなく、全を救う事を選ぶ風斗がハッピードールの身体を飛ばしメリーゴーランドにぶつければ、案山子の身体が同時に揺れ動く。 「……お前たちの所為で、どれだけの人たちが死んだのか……! 苦しんだのか……!」 唇を噛み締める。黄泉ヶ辻の行った非道な行為は風斗にも――カルラにもだろう、許せる行いでは無い。人道に反する行いと言うのは矢張り、誰しも認められるものではないからだ。 「或る意味、それが黄泉ヶ辻と言うやつなのかもしれないのだわ。 ねえ、貴方が死のうが生きようが他の誰かが何処かで死ぬわ。それに例外はなく――今だって誰かが死んだ」 ペイロードライフルから吐き出す弾丸はハッピードールの額を掠めて見せる。案山子の脚部をへし折って、縁破の腕を狙い打たんとするソレを弾くクローにエナーシアは小さく笑みを浮かべて笑う。 「私はそれを素晴らしい世界だと思うけど、同意は得られないのよね。 全ては終わるわ、例外なく。明日も会えると言う勝手な期待は絶対に踏み躙られるのだわ」 それが『創世主』の作り出した素晴らしき世界だから。知らないところで誰かが死んで、誰かが生まれてくる。人類の命のルーティーン。 ここで自分が死ななければ明日には誰かが死ぬかもしれない。ここで自分が死んだとしても明日、誰かが死ぬかもしれない。 Hodie mihi, cras tibi―― 「明日また逢いましょうと誰かが願った『明日』が此処にあって、誰かが厭うた『昨日』もそこにある。 世界ってなんともまぁ、理不尽で、残酷で、優しくないとは思わへん?」 「さぁ? 全て、始まりがあって、そして終わるのだわ。それに例外はないの」 小さな笑みを漏らしたまま、ライフルの弾丸が連射され続ける。ハッピードールの身体が倒れるたびにリベリスタ達は標的を変えていく。 「例外があるとするならば、それは人が望んだからでしょう。ですが、それは『世界』の為ではない」 ノエルがハッキリと言い捨てる言葉は彼女が彼女である確固たる意志を顕している。 我が槍は世界の敵に。我が運命は世界の為に。その両方は『世界』という概念の下に働いている。憎しみや怒りは無い。『世界』を崩さない『正義』を尊ぶことこそがノエルの存在概念だった。 「糾未の為に多くの災禍を撒いた黄泉ヶ辻。それが仇野縁破、貴女だった」 淡々と語る様に、傷つきながらも運命を削りながらもハッピードールの身体へと生と死を別つように抉りこんだノエルの紫の瞳が細められる。 「それでいいでしょう。それが貴女の生き方であり、貴女の意志なのであれば、たとえその様な生き方しかできなかったのであったとしても……肯定されるべき事です」 それが『仇野縁破』という人間だった。その事実だけが其処には横たわっている。 その事実をノエルは否定しない。彼女の中の『世界』を護るために――全ては、世界が為に。 「故に、わたくしは、わたくしの価値観に沿って『悪』たる貴女を殺す。 間違っていようがよりよい道であろうが、何かの為に全てを捧げ、貫き通し、生を終えたい。そう思いますよ、わたくしは」 それがノエル・ファイニングという女性なのだろうか。信仰の域たる『正義』。正義という道に全てを捧げ、その道の中で死にたいと彼女はそう考えているのだろう。 故に、彼女はその道を突き進む。 貫き通す為の槍を手にノエルはハッピードールの腹をえぐり込む。倒れるそれに呼応する様にヘブンズドールが「うう」と声をあげながら腕を振り回せばゲルトの身体がやや後方へと下がった。 「けったいな敵ですね。……私には、これしかできませんからね」 黒き瘴気を吐き出しながら生佐目がドール達を包み込む。彼女が出来うる事は敵の殲滅だった。 速度と勢いと獲物の質量に乗せて振るい込んだ攻撃。殲滅をする為に全力で戦い続ける生佐目が視線を送れば縁破の蒼と克ち合った。 「案内して頂きましょう、貴女の幕引きへ。貴女がそこを忘れていなければ、ですが」 「幕を引くのは果たしてどちらやろうね?」 ブレインショック&ショックの衝撃が身体を焼いた。ノエルの体力が減りつつある事を感じながら、前線で身体をぐるりと回転させた灯璃が彼女の目の前に居るハッピードールへと真っ直ぐに剣を投げ入れてにんまりと笑って見せる。 「黄泉ヶ辻だもんね。それがヨリハちゃんなんだもんね。 誰だって虐められっ子(ふつうちゃん)は嫌だもん。黄泉ヶ辻なら虐めっ子(よみがつじ)でいたいもんね?」 けらけらと笑い続ける灯璃が誘う様に『ヨリハちゃん』と唇で囁いた。 他の誰かが何処かで死んだ。他の誰かが何処かで殺される。他の誰かがどこかでなんて生温い。赤の他人じゃつまらない。 ……大切な片割れを喪った子がどんな末路を辿るのか、灯璃に教えてよ、ヨリハちゃん―― ●×されたがった君はもう。 黄泉ヶ辻と言う派閥は成程、閉鎖的であるからして何処までも気色の悪い事件を起こす者たちが多い場所だった。 黄泉ヶ辻糾未の身に何が起ころうと、黄泉ヶ辻に何があろうと、彼女が『黄泉ヶ辻』であろうと、杏樹には知った事ではなかった。 彼女の瞳に映る縁破というフィクサードが不器用で泣き出しそうな女の子にしか見えない。甘え方の知らない子供は何時だって泣く事を我慢するのだと言う。そんな『子供』を杏樹は『黄泉ヶ辻』ではなく『普通の子』として送って遣りたかった。それがせめてもの贐か。縁破という存在を認めてやる唯一の方法なのであろうか。 研ぎ澄ました感覚がハッピードールの攻撃を嗅ぎ分けた気がする。弓を引いた杏樹が足を一歩引けば、ハッピードール達が攻撃を続け出す。 ヘブンズドールを相手にし続けるゲルトの体力もじりじりと削られ続けている所だ。気を喪ったノエルの身体を避け攻撃を続けるカルラとて息も切れ切れと言った状態だろう。 「何が正しいのか、間違っているのか。それを俺は語る事はできない。縁破、お前もだろう?」 「せやね。あたしは今のあたしが正しいと思ってる。でも、リベリスタ達はそうは思わへんのやろ?」 笑って見せた縁破を見詰め、ゲルトは一人ヘブンズドールの攻撃を受け続ける。自身を勇気づける様に与えた神々の加護。フェーズ3たる個体の強さを身を以って知ることとなるゲルトの足が小さく震えだす。 生きて欲しい、とそう思ったのはゲルトの優しさであろうか。 縁破が辿る道はどうしようもなく見えて居る。理得に手を伸ばした時と一緒だ。 彼女がフィクサードで、自分がリベリスタ。どうしようもなく交わらない道をゲルトは覚えて居た。 『りう、だいすきだったよ。おにいちゃん』 囁かれた言葉に、『また、逢おうね』と刻まれた呪いに。 ゲルトはその呪いがどのような意味を齎すかを知っていた。糾未と理得(たいせつなひとたち)を喪った世界で生きていくのはどれ程耐え難いのか。 人を×して、×されたくて、そして×される。 「……俺の誇りは、生きる意味は、仲間を護ることなのだから」 握りしめた盾にヘブンズドールが傷つきながらも柔らかな笑みを浮かべて腕を振るいだす。 ゲルトは受け止めながらも縁破へと視線を送った。 助けたい、生きて欲しいと願っても、彼女を理解して居るから、この手を伸ばせないとは何と皮肉か。 分かり合えなければこの手を伸ばせたのか――彼女を、知らないままならば無遠慮に救いだす事が出来たのか。 「……ねぇ、残酷なお願いを言うよ。樂落奏者はもう終わるんだろ? そんな顔で笑わないでよ。僕には君がいつだって子供みたいに泣いているようにしか見えなかった」 へらへらと機嫌良く笑って見せる縁破の表情が固まった。受け続けた攻撃に膝が震え、ゆっくりと膝を付く。 案山子の回復を受け続けた物のダメージは深刻だったのだろう。しゃがみこんだ縁破の頬に指先を当てて夏栖斗は「縁破ちゃん」と小さく呼んだ。 ハッピードールを殴りつけるカルラの身体が跳ねる。気を喪い掛けるその中で、前進する風斗がデュランダルを一気に振り被る。 傷ついても笑みを浮かべるヘブンズドールの幸福感染の効果が薄れ出す。縁破の握りこんだ『カオマニー』が深い色をしていた。 「あなた……それ」 エナーシアの瞳が『それ』に注がれて、罅割れたカオマニーを放り捨てればノーフェイス達は敵味方に関係なく暴れ出す。 ハッピードールを殴りつけるヘブンズドールによって周囲の攻撃の態勢が可笑しくなる。運命を燃やしたカルラが懸命に拳を振るえば、ヘブンズドールが笑いながら暴れ出す。 「カオマニーの効果が切れたのだわ。制御が聞かないならあちらも同じでせう。 これを好機ととるかどうかはこちら次第だけど……攻め立てるのだわ!」 「ああ。これは好機だ。絶好の機会だからな。いくぞ」 降り注ぐ炎の矢の中に弾丸が混ざりだす。前線で戦うカルラが気を喪えば灯璃が背後へと運搬し、攻撃が及ばぬ様にと留意する。風斗が折れぬ剣(デュランダル)としての意思を強く持ち剣を振るい込んだ。 膝を付いた風斗が見たのは、ヘブンズドールや杏樹の矢、エナーシアの弾丸、生佐目の瘴気に撒かれて散り散りになり回復する事も出来ないままに横たわった案山子の姿だった。 「……縁破さん、貴女だけです」 剣を構えたまま、息を切らし、頬の血を拭いながらリンシードはしゃがみこんだ少女を見詰めている。 自分に似て居た。『昔』の自分を思い出すたびに苛立ちが、胸を過ぎった。 『自分』が昔、ビスク・ドールが如き存在であった時、手をのばしてくれた人が居た。 “貴女が居たから”――。 その気持ちをリンシードは忘れない。彼女を護り、彼女と共に居ると誓ったのだから。 自分が出来たそれを自分から手放した彼女の事が納得できなくて、指先が掌に食い込むほどに強く握りこんだ。 「最後の最後くらい……本当の気持ちをぶつけたらどうですか……? 愛してる、じゃなくて……愛して……って……」 ――『×』して欲しかった。 カオマニーの制御不能、ヘブンズドールの暴走を受けて、ぼろぼろの戦線ではリベリスタ側の負傷も大きかった。 しかし、その中でも他方からの攻撃を受け、回復手である案山子達が居なくなった状況では縁破自身の負担も大きいのだろう。 震える足で懸命に立ち続ける少女の青い瞳には強い殺意だけが滲んでいる。 「お馬鹿さん。もう一度、聞いておこうかしら。 こんな所で何してるのです? もう終わった思い込みだけの演目なんて自己満足でせう? 後、一公演くらい気張りなさいよ、『樂落奏者』さん?」 エナーシアのペイロードライフルを向けられて、クローを落とし、火傷だらけの拉げた腕を眺めていた縁破が息を吐く。 息を吐く。息を、吸う。 誰もが傷だらけの戦場で視線を送った杏樹に応えた夏栖斗が握りしめて居たのは幻想纏い。 握りしめる指先が小さく震える。聞こえた『妹』の声に混ざる疲労を感じとって小さくその名前を呼んだ。 「縁破ちゃん。君を黄泉ヶ辻に縛るものはもうないんだろ? 手を伸ばしてよ」 「手を、」 「糾未が本当にいなくなる前に、後悔する前に『糾未』に話ししようよ」 周辺で暴走を始めて居た案山子が敵味方を関係なく縁破の元へと寄ってくる。 庇う様な立ち振る舞い、弓を引いた杏樹は夏栖斗の幻想纏いが縁破へと手渡される事を期待する様な眼差しで、その場所に立ち続けた。 攻撃を始めるエリューション。気色の悪い黄泉ヶ辻の『玩具』たち。 効力を喪ったカオマニーは砕け散っている。のろのろと杏樹を見上げた縁破に背を向けてヘブンズドールとの応戦を続けている。 杏樹の行動はフィクサードを護ると言う突飛なものだった。せめて会話が出来る様に、説得するでもなく、たった一度のチャンスを彼女に与えたいと、そう思ったのだ。 「馬鹿な奴、あたしがあんたを殺すって思わへんの?」 「想わない。分かり合えなくても、人間、通じあうくらいはできる」 瞬いて。 夏栖斗の呼び声に血濡れの『少女』が手を伸ばす。 縋る様な指先を握りしめて、友人の様に優しく笑った夏栖斗が「聞こえる?」と問いかければ、小さく、乾いた女の声が聞こえた。 ――誰だろう。 ――あざ、み? 囁く様に、応える声は、 「なあ、あたしな――」 ――― ――――― ――――――――― ●おしまいを。 握りしめた幻想纏い。夏栖斗の胸に押しつけて青い瞳がゆっくりと笑う。 糾未との連絡が付くまでは殺さないと彼女を庇う意思を見せて居た杏樹がゆっくりと弓を引く。 夏栖斗の胸を押して身体を反転し、クローを操った縁破が踏んだステップは血の道を作り出す。押し止める様に追い掛けて、生佐目は剣を握りしめる。 踏み込んだ胸に抱いた長き太刀。力を込める。最大の力を以って、運命を代償としても良いほどに、今、彼女に幕引きを―― 「我々は貴女の大切な人を殺した」 「その通り。あたしの大切な人達を殺したのはあんたや」 問答は、淡々と続いている。 生佐目の攻撃を避ける縁破目掛けて夏栖斗の蹴が縁破へと飛ぶ。伸ばした横髪が散り、少女のヘアスタイルが崩れていく。 頬から流れる血を拭い、髪飾りの薔薇が散っても、たった一人残った黄泉ヶ辻は攻撃を続けていく。 「そして、貴女は我々を殺し尽くす。 その意気や善し、受け止める等と無礼な事は言いません――全力を以って、貴方を、打ち取る。 そう、私の運命、刃、意思を以って――!」 生佐目の決意を受けて動き出した『黄泉ヶ辻』が笑い声をあげている。 浮き上がったまま身体を反転させて、『ある少女の末路』を見る為に灯璃が身体を反転させた。 『×』することが一番の目的だった。囁き続けて、都合のいい夢から醒まして、そして自分を見ているあの青い瞳がある。 灯璃は笑い声をあげながら『遊園地を楽しむ子ども』の様な笑みを浮かべて縁破の元へと真っ直ぐに飛び込んでいく。 ――ねえ、×されたいなら×してあげるよ、縁破ちゃん。他の誰にも譲ってあげない―― 生佐目の攻撃を受け止めて、身体を反転させようとした縁破の背に深く食い込んだのは赤い侯爵。背で嗤った痛みに目を見開いて、咄嗟に振り向いた所で『少女』の姿をした『鬼』は笑っている。 白い翼を揺らめかせ、鮮やかな橙の瞳を細めた灯璃が両手に侯爵と男爵を握りしめ緩く笑って見せている。 「分かり合えないのは美徳だけど、合おうとしないなら茶番だわ」 吐き出したエナーシアに笑いながら、縁破がクローを振るう。攻撃を続けるリベリスタ達の中、踏み込んで切り刻み血の花を咲かせる縁破に楽しげに笑い続ける灯璃がその範囲に飛び込んだ。 頬が裂け、着ている衣服も破れている。醜く変色した火傷が何とも痛ましい少女の体を見ても灯璃はなんら班のする事も無く縁破を見詰め続ける。 押し切ると杏樹が撃ちだす矢が貫いた。弓が撓る。糾未と話せるまでは頃させないし死なせなかった。命がけで庇うと決めた相手を今から殺す。 「すべての子羊と狩人に安息と安寧を――amen!」 なんと罪深いのかとシスターは弓を爪弾いた。茫、とした瞳のままリンシードが踏み込んで放ったアルシャンパーニュ。光りの飛沫を上げるそれが縁破のクローを弾き飛ばす。 だらんと、垂れた腕のまま、片腕を振るった縁破の真正面、蹴撃を繰り出す前に夏栖斗の金の瞳が少女の青と克ち合った。 「縁破ちゃん、分かり合えなくても、好きだよ」 「――浮気者」 真っ正面から囁かれた言葉に、身体が『ブレ』て見える。縁破の咄嗟の反応も間に合わず夏栖斗の蹴りが彼女の腹を抉る。鮮やかな赤を散らす中、生佐目が呪いを以って剣を突き刺した。 くす、と笑った縁破の腕から力が抜けていく。心が知りたい。誰かに×されるなら『×してあげたい』。 ふらついた少女の胸元深くに双子の赤と黒を突き刺した灯璃が緩く唇を歪めて笑った。 ――×××××。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|