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<霧都の蜘蛛>貴婦人の城に点在する赤と黒。


 彼は追われている。
 逃げても逃げても逃げても逃げても、それは執拗に追ってくるのだ。
 臭い。
 耐え難い臭気がする。
 怖い。
 恐怖が足をすくませ、彼は芝生の上で転がる。
 ガチンガチンと金属をかみ合わせるような音がする。
 すでに枯れ果てた芝生の上、それにのしかかられる。
 死ぬのだ。ここで食われるのだ。
 この得体の知れないものに、食われて死ぬのだ。
 赤い、黒い、臭い、怖い。
 ガチガチと耳障りな音がするのは、自分の歯の根なのか、目の前でかみ合わされているものなのか。

 もう、死ぬ。


「――以上が、事件についてこちらが分かっていることです。ぜひ、アークの皆さんに協力を要請したいのですっ」
 勢いが違う。
 英国は倫敦(ロンドン)の『スコットランド・ヤード』――ロンドン警視庁ではなく、リベリスタ組織だ。日本で言えば桜田門、もっと古ければ八丁堀。メトニミーというやつだ――のフォーチュナは、必死である。
「こんな事例は今までなかったことなのですっ。どうか、どうかっ! 派遣をお願いしたいのですっ!」
 倫敦。
 昨年末にアークに所属していた人間にとって、気持ちのいい印象はあまりない。
 魔女の大鍋に、鴨が葱しょって自らダイブしていったのを阻止できなかった感がある。
「正体不明のエリューション存在が、ロンドンで猛威を振るっているのですっ! あんなの、見たことありませんっ!」
 アークのリベリスタは、なんとなく原因が分かるような気がする。
 断定は出来ないが、すごく心当たりがある。
 少なくとも、まったく関与していないということはあり得ない。
「了解しました。資料と出来る限りの詳細をお願いします」
 鍋の中でどんなゲテモノが出来ていようと、それを世界に食らわせる法はない。
 アークは、崩界の敵であるのだから。


「えー。俺は、直接は知らないんですが人造エリューション・識別『キマイラ』と思しき事例が発生しました。海外で」
『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、割りとこまめに資料を作るタイプなのだ。

 キマイラとは――「六道」の失脚した大幹部、六道紫杏の作り出した人造エリューション。複数の生物やエリューションや無機物まで合成されたバイオ兵器。コントローラーが埋め込まれており、研究員等に操作可能。
(追記)六道紫杏に「自発的に」研究を再開させるのは、保護した『倫敦の蜘蛛の巣』モリアーティにはたやすいことだろう。更なる改良されていると考えていい。 

「個体によって著しく能力に差がある、めんどくさい相手だね。セオリーが通用しない」
 とにかく。と、四門は海外旅行のしおりを机の上に並べた。
「みんなには、ロンドンに行ってもらいます。カップ麺とか味噌汁とか持っていくといいと思います。それから、暑くて寒くて晴れて雨降るから衣類にも注意して下さい」
 そこからかよ。
「言っとくけど、万華鏡の効果範囲は国内限定。いつもみたいにピンポイントに事件発生日時場所が限定できないから、待機時間長くなるよ。みんなには現場を朝から晩までさまよってもらう可能性もあるから、念のため」
 不測の事態に備えよということだ。
「食べ物に関しては、最近は、割りとおいしくなってるらしい……でも、天気だけはどうしようもないから」
 声を小さく震えさせるな。
「で。場所は、倫敦郊外のリーズ城の庭園としか言えない。人の死体の一部がごろごろ点在しているそうです。向こうのフォーチュナは、散々追い掛け回された上、黒くて赤く、臭くて、ガチガチ音がして、するどい口の何かに食い散らかされる人のヴィジョンを見たそうです」
 リベリスタはその先を待った。
 四門はそれ以上口にしない。
 更に待った。
「――以上です。速やかに荷造りをして飛行機に乗って下さい」
 それだけかよ!
「それだけだよ。これから海外ではこんな感じだよ。俺はみんなに先入観与えたくないの!」
 そう言う言い方するってことはなんか心当りはあるんだろ!
「この城のマスコットは、ブラックスワン」
 黒鳥ですな。
「全長、140センチ。体長最大9キロ。黒い羽根、赤いくちばし。でかい。普通に歩いてる。餌をくれるまで追い回される。怖いぞ。小学生女子くらいの大きさで、翼を広げると2メートルくらいある鳥に追い回されるのは」
 なるほど、黒くて赤い。
「けど、ここにいるのは普通の黒鳥。そして、キマイラは、決して『自然発生しない』」
 六道紫杏の芸術品だ。
キマイラが紛れ込んでる可能性はあるけど、決め打ちは危険。およそのリベリスタのみなさんの苦労をしのび、真白室長の偉大さをかみ締めてお仕事して下さい。あ、これ、よかったら」
 食べてね。と、四門はお食事ペッキなるものを机の上に山盛りにした。
 ほほう。こんなのもあるのか。
「じゃ、無事に帰ってきてね」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田奈アガサ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年11月02日(土)23:12
 田奈です。
 湖に囲まれた『貴婦人の城』で、人を食うキマイラを探して倒すお仕事です。
 万華鏡がないので、状況説明が非常に抽象的ですので、ご注意を。

 キマイラ「レッドアンドブラック」
 *黒くて赤い。
 *一般人をかみ殺す。見つかった死体は、ばらばらの一部だけです。 
 *臭い。
 *ガチガチ打ち鳴らす音。
 *リーズ城の庭園が現場。

 場所・リーズ城庭園
 *時間が何時になるかも分かりません。
 *湖のほとり。生垣でできた迷路もあります。
 *黒鳥のみならず、白鳥、アヒル、孔雀などが放し飼いにされています。
 *観光イベントが非常に多いので、一般人はたくさんいます。もちろん日本語は通じません。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
インヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
マグメイガス
アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ホーリーメイガス
アンナ・クロストン(BNE001816)
スターサジタリー
結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
ミステラン
ルナ・グランツ(BNE004339)


 ロンドン空港は、霧に包まれていた。
「アークの皆さん、ゴソクロウ感謝しますっ。『ヤード』のビクトリアと申しますっ。トリアとお呼び下さいっ。何なりとお申し付け下さいねっ!」
 トリアというよりとりゃーっという感じのフォーチュナだという金髪そばかす娘に誘われて、地下鉄から列車に乗り継ぎ、一時間前後。
(そうそう、こうでなくちゃ。……日本語話せるリベリスタ一人つけてくれるだけで大分違うと思うのよ)
『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)と『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は、うんうんと頷き、よろしくの握手を交わす。
 手には、プリントアウトされた天気図にストリートビューや地図に付箋を貼りこみ、クリアファイルから溢れそうになっている資料を飛行機の中でこしらえていたアンナの目尻がきらりと光った気がする。
 地図はもとより、英会話の本を諳んじていたルナも以下同文だ。
 指差せば言いたいことが分かるものとはいえ、言葉の壁が厚いのは体験済みだ。異世界コミュニケーション。
 それでも。
(私も直接は知らないんだけど、頼まれたら頑張るのがお姉ちゃんだから!)
 ルナのフュリエの『姉』 としての責任感は強い。
 時折、耳が人間のように丸く見えるのを確認する。
 がんばるのだ。お姉ちゃんは。

 ロンドンでは、暑い曇天と寒い曇天があリ、それがまだらにやってくることを学びつつあるリベリスタは、半袖とダウンが混在する観光客の集団にまぎれていた。
「こちらが『最も美しい城』と謳われたリーズ城です。開城は――」
 観光客を装ってきた手前、ガイド役に徹するトリアは当たり障りのない歴史に交えつつ「そして、ここです」と、遺体の発見現場を指し示す。
 フォーチュナ独特の視線で庭園を眺めては、時々辛そうに目を閉じた。
「ここからこちらに向けて――そう。迷路の方から、彼は走ってきたのです」
 たどたどしい日本語で、トリアはアークのリベリスタにそう告げた。
 死者の代弁をするかのように。
「――残念ながら、私の能力ではここまでですっ。それがなんなのかその詳細すら私には把握できないのですっ」
 ごめんなさい。と、イギリスのフォーチュナは小さくわびた。


「一応俺はこっちの人間ではあるんだが。……もう全然記憶もなんもねーな、懐かしいって感覚もないし」
『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は、氏より育ち。 中身、かなり日本人です。
「観光として来たかったけど――」
『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、中世から立つ石造りの城を見上げながら呟く。
 いつものシスター服ではなく、観光客然とした私服だ。
 手には濡れた傘。しかし、今度は照りつけてくる太陽に早くも持て余している。
「アークとしては見過ごせないね」
 四条・理央(BNE000319)は、度の入ってない眼鏡のレンズの水滴をふき取る。
 頷く杏樹の厳しい表情は、ロンドンの気候に文句があるのではない。五感を集中させ、犯人の痕跡を追跡しているのだ。
 刈り込まれた芝生ばかりを見つめて歩く杏樹は、ちょっと不思議な観光客だ。
「古風な城で殺人事件か」
『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)も、ひどく猫背だ。いや、猫背に見える。
 翼を明らかにサイズが合わない厚手のもこもこコートの下に隠しているのだ。
 やおら直射してくる日光に敵意を抱いても不思議ではない。
「インテリぶった殺人鬼なら絵になるものを。怪生物では興醒めだ」
 その場合は、インバネスを着た紳士を召喚しなくてはならなくなるだろう。あるいは、書生姿の小汚い男でも面白いかもしれない。猟奇連続殺人事件にはうってつけだ。
「――いや、怪生物ほど面白味もないか」
 探偵が現れたところで、結局誰も助けられずに死ぬのだから。
「この盤上が彼の掌の上であったとするならば、『犯罪のナポレオン』の異名もむべなるかな」
『彼』と、『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)は言った。
 猟奇殺人を起こしている怪生物の陰に、蜘蛛がいるのは確実だ。 

(初海外はお兄ちゃんとハネムーンで来るはずなのに隣にいるのがユーヌなのはなんでなの……)
『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)からは、コートで隠しきれないおどろ線が出ている。 
 どうせ、虎美はこの先発生しうるお兄ちゃんのハネムーンに新婚さんの合意があろうとなかろうとくっついていくのだから、おそらくはそこでもユーヌと一緒だ。仕様です。だ。
「じゃ、分かれるぞ」  
 エルヴィン、杏樹、アーデルハイト、ユーヌと、アンナ、虎美、理央、ルナの四名ずつ。
「ボクはアンナさん、結城さん、ルナさんと一緒だね」
 理央はよろしく。と、頭を下げる。
 今回は索敵が重要との判断から、隠れた敵をあぶりだすハンター気質のリベリスタがそろっている。
 互いの能力を鑑みての班分けだ。


「そうね、水鳥の鳴き声は結構大きなものよ。最初の頃はびっくりしたわ。だって、ここの黒鳥はそこらへんの子供よりずっと大きいんですもの。ああ、それを見た子供の泣き声も相当なものなのよ」
「なるほどぉ。いやぁ、ネットで調べてきたんですけどねぇ」
 エルヴィンは人なつこく、売店の店員と会話を弾ませる。
「城の中の貴婦人の泣き声といい勝負なの。見学を楽しんで来てね」
 異世界の住人との会話を成立させる神秘の技は、同世界を繋ぐのにも有効ということだ。
 ブラウスにスカート、マントに帽子のアーデルハイトは、ドイツ人――男女問わず筋骨逞しく、自己主張が激しいのがドイツ人の場合が多い――に、城にまつわる怪談話を仕向けて、情報収集に勤しんでいる。
 彼らの興味はもっぱら城の中の貴婦人がよなよな歩き回るような英国らしい幽霊譚にあり、ハリウッド的未確認生物系の話にはない。
「鼻を突く異臭や金属を打ち鳴らすような音がするそうよ」
「それは、きっと鎧騎士の亡霊に違いない。何百年も脱げずにいたら、さぞかしすごい臭いがすることだろう」 
 あくまで城を見るついでの与太話だ。
「――赤と黒の獣についてご存じないかしら?」
 いや。と、皆一様に首を振る。

「ぁああ。やっぱり観光客からは有益な情報はないかぁ」
 アンナは次々と入力されてくる情報を片端から取捨選択していく。
 そもそも、人が行方不明、あまつさえ死んでいるなどという噂が立っていれば観光客が来る訳がない。
『ヤード』、『蜘蛛の巣』、どちらの意図かは定かではないが、情報統制はされているのだ。少なくともアーク以外には。
 アンナの手に握られた愛用の蛍光ピンクの暗記ペンが次々と観光マップの上にスラッシュをつける。
「でも、絞り込んでるわよ。アークのアナログなめんな」
 残るは水場だ。
「城の建物の方は、見込み薄ね。水場の集中捜索よろしく」 


「苔臭い」
「濡れた獣の臭いがする」
「生臭い」
 この辺りと言われた場所で、嗅覚に優れたリベリスタであるユーヌと杏樹が矢継ぎ早に言い出すのに、トリアはひっとひるんだ。
 二人とも、割りと誤解されやすいタイプだ。
「臭い――Bad smell ですか?」
「そう」
「こんな臭いでは人前に出るのは辛かろう。地獄の底にでも沈んでいればいいのに」
「ヒっ」
 ユーヌの軽いジャブに、トリアの顔色が蒼白になった。
 異文化コミュニケーション中。少々お待ち下さい。
 おちているのは、大量の羽根。そして――。
「鱗?」
 硬貨大の半透明のそれを拾い上げてしげしげと見る。
「この足跡は、何だ?」
 芝生が爪で深く抉りこまれている。
「爪先が二つに分かれていますね」
 トリアが自信なさそうに首をひねる。
 杏樹は目を凝らす。
「独特の臭い……」
 杏樹が拍子をとるように指を動かす。
「なんだろうな。嗅ぎ覚えはあるんだけど、なじみはあんまりないんだよ」
 くんくんと鼻を鳴らす。
 あまりお行儀はよくないが仕方ない。
「なんだろうな。この臭い……」
 目の前をずぶぬれの観光客が通り過ぎる。先ほどの雨に降られたのだろう。セーターがずぶぬれだ。
 かっと目が見開かれた。
「セーター……ウール。これ、生乾きのウールの臭いだ。ウールってなんの毛だ。羊だよ。羊毛なんだから」
 杏樹は、まじまじとエルヴィンを見上げた。
「羊って、赤かったり、黒かったりするのか?」
 アーデルハイトはふむと頷く。
「黒い羊。故国では変わり者という意味ですね」 
「英国では、厄介者です。蔑称になりますので、最近はそう言う表現は使われません」
 トリアは眉を曇らせる。
「赤い羊は?」
「赤い、羊ですか。羊というよりはむしろ――」
 トリアは、更にいやそうな顔をする。
「アメリカの映画でそんなのがあったと思います」
 猟奇殺人には模倣犯が多い。『ヤード』 のフォーチュナも数少ない手がかりを最大限に生かすため、それらに対する知識を要求される。
「Red rum……」
 赤い子羊。悪魔は、文字を右から左に読む。
 言うこと聞かないと、たくさん殺すぞ。殺すの邪魔したら、もっと殺すぞ。誰も彼も皆殺すぞ。そうされたくなかったら言うことを聞け。
 言うことを聞くということは、ある一定以上の殺人を黙認することだ。つまりどうしようと人は死ぬ。理不尽に。
「じゃ、羊を探せば言い訳?」
 AFで、新たな情報が点滅する。
「足跡は、池で途切れた」
 リベリスタは顔を見合わせる。
「羊って、泳げた?」


 世界を蹂躙する技術で来るなら、世界を超越した能力を。
 妖精の国の本場だ。
 ふわふわと辺りを漂う霧を楽しむように目を閉じるルナの周囲に飛んでいる妖精を見ることができるかもしれない。
「みんな、おびえている……」
 バケモノガキタアカクテクロクテソラニスミリクニスミミズニスムイキモノガバケモノニナッテキタ。
 ワタシタチヲフミシダキワタシタチノウエニシタイヲコロガスバケモノガクイモシナイデワタシタチノウエニフジョウオナモノヲマキチラシテワタシタチハケガサレワタシタチハナキナガラソレヲキヨメル……。
 コトワリヲムシシタイツダツシタアカトクロノバケモノガワタシタチノリョウイキヲsンショクシシンショクシシンショクシ……。
「木々や草が憤っているわ」
 月の女神の名を持つ妖精を二体従えたフュリエは、この一見穏やかな風景を構成している植生の怯えと憤怒に当てられて、わずかに顔色を悪くしている。
「お疲れ」
 虎美は、周囲の音に耳を澄ませる。
 手当たり次第に記憶を読んで歩いても、人工物から読み取れる恐怖の記憶にここ最近のものはなかった。
 中世から続くこの城の血生臭い歴史を追体験させられて辟易する。英語がしゃべれれば、誰よりも詳しい観光ガイドが出来そうなほどだった。
 庭園は、不気味に静まり返っていた。
 何もかもが、息を潜めている。


 黄昏時。辺りに霧が満ちてくる。
 湖面に白く霞み、その向こうに石造りの城が消えていく様子は幻想的であった。
 風に乗って聞こえてくる水鳥の鳴き声。
「違う……っ」
 虎美が駆け出した。
 霧の向こうから聞こえたのは、人間の助けを呼ぶ声だ。   
「Help me……!」
 そう言ってすがり付いてくる若い男は全身ずぶぬれだ。
『化け物だ、そんな、王冠をかぶった鮭が、泳いでる。神よ。ボートが沈んで、ああ、あああ、あああ』
 恐慌状態の男の言うことを手早く通訳し、トリアは虎美の顔を見る。
「この人連れて、逃げるくらいは出来るよね!?」
「大丈夫ですっ! 一応、私にも『ヤード』 の護衛はついてますっ!」
 貴重なフォーチュナを現場に出す以上、『ヤード』 にも抜かりはない。
「ゴブウンをっ!」
 誰に教わったのか、そう言って、トリアは被害者を連れて、霧の向こうに消えた。
「おかしいな」
 虎美は違和感を覚えた。
 その水鳥は、微動だにしていなかった。
 にもかかわらず、水面を滑るように動いていったのだ。
 水音一つしない。
 神秘の力をもってしても、足で水をかく音を感知できない。
 その代わり、もっと大きなものが体をしなわせて水をかく音は聞こえるのだ。
「あれは……」
 連絡を受け、合流した暗視ゴーグルをつけたアーデルハイトの呟きが途中で途切れた。
 その背後の水面に引かれた軌跡もおかしい。
 明らかに、それは精々体長数十センチの水鳥の質量を凌駕している。
 水鳥が高く鳴いた。
 それは岸に近づいてくる。
 ルナが持っていたカンテラであたりを照らす。
「増幅式のゴーグルは外しなさい。照らすわよっ!」
 アンナの全身が、一切包み隠すことをゆるさないと、発光する。
 霧で不鮮明になった視界ヶ、一気に切り払われた。
 キマイラの姿が鮮明になる。
 巨大な魚――鱒だろうか――の頭部を貫通し、上あごから水かきが垣間見える水鳥の足。
 ちょこんと巨大な魚の額に乗っている様子は王冠のようだ。
 水面をのた打ち回るように泳いできたそれが、池の岸に這い上がってくる。
 魚の腹ビレがあるべき場所に、ぐっしょりと濡れた獣の――黒い羊の後ろ脚。
 そして、鱒の胸鰭があるべき部分につけられた、鳥の肢のようなばね仕掛けの黒い駆動機構。
 酸素の中でどう呼吸しているのだろう。
 真っ赤なエラとぱっかりとあけられた口の赤が蛍光色に浮かび上がる。
 破壊された赤血球。赤錆の臭いが辺りに充満する。
 毒々しい赤に着色されたのこぎり歯が執拗に鱒の口とエラに植えつけられていた。
 鱒が苦しげに呼吸するたびに、鉄の歯が打ち合わされるのだ。
 でたらめにつなぎ合わせたとしか思えない。
「あれが、キマイラ――?」
 悪意が形になったらこんな姿になるだろう。生物の尊厳を根底から嘲笑するようなデタラメっぷりだ。
「ブロックするわよ」
「癒し手は十分、一度に集中攻撃さえされなきゃ復帰も容易だ」
 アンナとエルヴィン、生半可なクロスイージスが裸足で逃げ出す硬さを誇ったホーリーメイガス二人が、キマイラの前に立ちはだかる。
「不遇だな? 海越え産み出された不良品」
 ユーヌの毒舌は海を渡っても冴え渡っている。
 江戸時代に猿と鮭をつないで作られた人魚の剥製の方がまだましだろう。本物に見せようと思ってる時点で。
 キマイラに抉られるほどの心はあるのだろうか。
 しかし、今、ユーヌは「キマイラとしての」尊厳を著しく踏みにじった。
 こみ上げてくる吐き気をかみ殺しつつ、理央は陣地の形成に取り掛かる。
「撒いた種は必ず刈り取る。もう誰も傷つけさせない」
 杏樹が願いを込めて一早く引き絞る引き金。
 紫杏は、アークが取りこぼしてしまった悪い種子だから。
 虎美の二挺拳銃も火を噴く。
 針穴を通す精密射撃は、不安定な体を支える駆動機構の重要そうなネジを吹き飛ばす。
 畳み掛けられるアーデルハイトの黒い鎖の渦が水鳥の羽根を盛大に散らし、ルナの妖精が火球の雨を湖岸に降り注がせる。
 ぶるぶると身を震わせる鱒の鱗がリベリスタを切り刻む。
 肌に食い込む薄い刃から起きた痛痒が体中を駆け巡り、リベリスタ達を苦しめる。
 その隙に、ユーヌめがけて突き進んでこようとした異形の獣を、エルヴィンが身を張って受け止めた。
 がぶがぶと鮭の口がエルヴィンの二の腕を食いちぎり、水鳥が執拗にその頭をつついて頭から血を噴かせる。
 ぎしぎしとリベリスタの膂力を凌駕せんと金属の駆動機構が軋みを上げる。
 バチバチと火花が当たるのは、杏樹と虎美が示し合わせて駆動機構を重点的に攻撃しているからだ。
 そして、そんな綱渡りをしていると。
「ああ、本当に、お前は不遇だな。霧でみ縁だろうが、今日のお前の星は最悪だ」
 ユーヌが、キマイラの前途を禍星で埋め尽くす。
 持久戦に持ち込まれたら勝ち目がない。
 そして、攻撃面で爆発力はないにせよ、底力がある点では、他の追随を許さない面子だった。
 傷は癒やされ、魔力は補充され、毒は洗いぬぐわれた。 
 やがて、キマイラは動かなくなり、辺りは羊と鱒と鳥が焼ける臭いがしてくる。
「最悪だ。機械油の臭いが混じってる」
 ユーヌと杏樹は、速やかに嗅覚を遮断した。


 ほぼ同刻。
「構わないのですか。あんなにあっさりとやられてしまって」
 その男は、バスに揺られている上役に声をかけた。
「ええ、もう。全然。倒されるためにあそこに置いておいたといっても過言ではありません。今回はですね。アークの方々にあれを駆除してもらい、そのデータを『ヤード』 に渡すのが目的ですから」
「はい?」
「あれのデータを見て、ヤードの血気盛んな方はこう思うでしょうな。『この程度、自分達だけでどうとでもなった』」
 もちろん、その程度を狙っているのですが。と、上役は付け加える。
「誰でも、他所者の手を借りるのは業腹です。そして、手柄を横取りされるのも。よろしいですか、それが、警察が探偵を毛嫌いする理由です。しかし、呼ばざるをえないのです。試してみもしないうちから『ヤード』 の手には負えないと判断されてしまったのですから。そんな災いの元を取り逃がしたのは探偵の失敗ですのに! 腹立たしいでしょうな、いやはやいやはや」
 と、上役は笑う。
「私の仕事は、そんな怒りに駆られた方の悩みをパブで聞いてあげることです。いやいや、楽しいビールになりそうだ。アイラにいいシガーなんてのもいいかもしれませんな」
 そう言って、仲間からウィリアムと呼ばれる男はポンポンに膨れた腹をさすった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 リベリスタの皆さん、お疲れ様です。
 お鼻とおめめの酷使、情報収集、適材適所でどんどん狭められていくエリア。
 戦闘も危なげなく、アークの人達すごぉい。って感じです。

 これにより、リーズ城は安全な観光地に戻れました。
 ゆっくり休んで、次のお仕事がんばってくださいね。