●秤 「だって、面白いでしょ」 何故そんなことをするのかと問われれば、そう答えるだろう。 人好きのする涼やかな笑みを浮かべ、映画を観る理由か何かのようにさらりと言うに違いない。 化け物に遭遇した女を助けたのは、 「良い声で鳴いたから」 震えて声も出なければ興醒めだが、絹を裂くような悲鳴が気に入った。だから横槍を入れ、逃げる隙を作ってやった。 そのまま逃げ果せそうだった女の脚を撃ち抜いたのは、 「それじゃつまらないから」 痛め過ぎぬよう注意を払い、馬鹿な獣でも追いつける程度に獲物の足を遅めてやった。 なのに、邪魔者が獣から女をもぎ取ったときは落胆した。 臓腑を喰いちぎられた獲物はどうせ助からない。被食者の役割を全うすべく捕食者に喰わせてやれば良いものを。 「嗚呼、でも」 これは滅多に無い機会。世の理を外れたモノ同士の死闘だなんて、面白い。 獣を狙った刀を取り落とし、男は何処からか撃たれた手首を押さえて驚いたように周囲を見回す。 「ほら、余所見してる場合じゃないよ」 そっと囁けば、期待通りの獣の逆襲。引き倒された男の焦った顔がたまらない。 一気に喉笛に喰らいつかんとする獣には、鼻先を掠めるような牽制弾を。 「だめだめ、そう焦らないで」 すぐに終わっちゃつまらない。もっともっと、愉しませてよ。 ●裁 発見された死体は三つ。 エリューション・ビーストとリベリスタの男の骸には互いに牙痕や刀傷が刻まれ、激しい長期戦の形跡が窺えた。しかし絶命の最大の要因はそのどちらでもなく、眉間を貫く弾痕らしきもの。 一方、女の脚の弾痕は急所を外れている。生きたまま腹部を喰いちぎられ失血死に至るまで、短くはない時間を苦しんだと推察された。 「其処に居たもう一人、第四の人物は革醒者でしょうね」 薄暗い司令室に在ってなお、色濃い夜を思わせる黒衣の青年が口を開いた。 少なからぬ驚きの視線を浴びるのも無理もない。『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)が珍しく姿を見せただけでなく、指令の場に同席しているのだから。 「はい。Operation Bait、ターゲットはそのフィクサードです」 応じて、『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)が手元の資料を読み上げる。 「ターゲットが自ら事件を起こした前例は報告されていません。他者の事件や抗争を嗅ぎつけ『観戦』するのが常であり、ターゲットの未来はあまりに不確定で……探知できませんでした」 狡猾な隠者の姿は万華鏡の予知網に掛からなかったというのだ。 すいません、私の力不足で、と頭を下げようとした和泉を狩生が柔らかく制する。わずかに持ち上げた指先が、謝る必要はないと告げていた。 「問題ありません。其の者を捕らえる為の情報は、既に充分得られています」 気取られず姿を見せず、物陰や死角から『ちょっかい』を出すだけのフィクサードはその外見すらも不明という。 だが、其れが好む餌は明白。 しかもオペレーターが伝える事実は、この上無い好機を示していた。 「ターゲットの出没地およびその近郊ではここ数ヶ月、神秘が絡む事件は起きていません」 一般人同士の諍いではもう、どれほど『演出』を加味しようと其の者には退屈凌ぎにしか成り得ない。 飢えている。刺激に。 より苛烈で、凄惨な、命を削ぎ合う死闘という見ものに。 「見せて遣れば良いのです、欲するものを」 狩生は言う。 出没地が大都市というのも都合が良い。多くが行き交う大通りで騒ぎを起こし耳目を集めれば其の者が網に掛かる可能性も高く、逆に路地裏の奥へ奥へと導けば人目も遠ざけ易いだろう。 多くの人目を引くと同時に、フィクサードだけを釣り上げる策略。 其の嗜好をくすぐり虜にし、導く策略。 そうして視得ぬ隠者を炙り出し、逃さず叩けというわけだ。 「微力ながら、私も手伝わせていただきましょう」 軽く胸に手を当て目礼した狩生の眼鏡の奥、冷えた銀色がゆるく細められた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月04日(日)22:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●不夜城は眠らない 天すら貫かんとそびえる摩天楼。 明かりを消した四角い影は巨大な墓標のように闇に黙し、その足下では賑々しいネオンに照らされ眠ることを忘れた人々が跋扈する。 粗光を垂れ流す低層のビル郡から視線を下ろし、『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)は人波に押されて道を行く。刻も深まれば行き交う人の多くは酒気を帯び、夜をも恐れぬ魑魅魍魎と化すかのようだ。 「相手の姿がわからないのは不安ね」 路地を曲がり人波の主流を外れたところで『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)はようやくひとつ、息を吐いた。あの雑踏の中、おっとりした彼女が常と変わらぬ歩調で歩けたのは偶然ではあるまい。すっと彼女の背から身を離した『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)は、確認事項をとの呼びかけにただ柔らかく首肯する。 「いわゆる愉快犯というものでしょうか」 件の輩の悦楽は『高嶺の鋼鉄令嬢』大御堂 彩花(BNE000609)には解し難い。だが同時に、深夜ともなればそこかしこで金や女絡みの小競り合いが起きるこの街は、フィクサードにはうってつけの遊戯場なのだろうとも感じられた。 「騒ぎを起こすのは、一般人の流れが少ない場所が良いですわね」 地図を開いた彩花が御意見をと尋ねると、狩生は「出立前にお話しした通りですが」と前置きをし、多くの人目を引くことが必要では? と改めて告げる。 敵を誘い込み易いのは、つまりはどのような路地だろうか。検討する彼女を手招いたのは『有翼の暗殺者』アルカナ・ネーティア(BNE001393)だ。ひとけの無いほう、無いほうへ路地の角を折れて行く。 「この辺り、ヴィンセントさんが仰っていた条件に合うんじゃないかしら」 ニニギアが指したのは、雑居ビルの壁に挟まれ裏口などの無い袋小路。道幅は三人も並べばきついほどだが、多少の狭さは避けられない。支障無く戦える広い道となれば、それはもう路地裏とは云えないだろう。 ある者は仲間と連絡を取り、またある者は密やかに周囲を下見する。『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は途中にあった大きなゴミ箱をうんしょうんしょと引きずっていたが、ふと重みが消えて目を瞬かせた。見れば狩生が手を添えている。硝子の下に隠された瞳はとても色素が薄いだとか、間近に寄らねば気付かぬほどの微かな芳香がするだとか、思わずぽかんと見詰めていた少女は「此処で宜しいですか」と囁かれ慌てて首を縦に振る。袋小路の最奥で待機するには、多少なりと身を隠す物が必要だった。 ちいさな身体を更にちいさくして隠れた少女は、アルカナが並べていく灯火を見るともなしに眺めて思う。 フィクサードの歪んだ嗜好がこの街を好むのか。この街が、人を歪ませるのか。長居すれば自分にまで街の澱が染み付きそうで、拒むようにぎゅっと膝を抱え込んだ。 悲劇を悦び人の感情を弄ぶなど、間違っている。 その表情は平淡なまま、アルカナの胸には確固たる想いが渦巻いた。路地裏に点々と置いたランプの光を返し、朱の瞳は静かに眼差しを強くする。 「……絶対に、止めねばならぬの」 大通りの喧騒を離れた路地は妙に静かで、時の流れまでが滞ったように遅く感じられた。 ●騒乱は突然に 昨日もつまらないまま一日が終わった。 今日もどうせつまらない。半分以上諦めてたから、見たときはついテンション上がっちゃったよね。 なにあれ。 トカゲ? 最初のほう見逃したのは惜しいけど、まぁいいか。……久々に愉しめそうだし。 悲鳴、恐怖、混乱、……そして狂気じみた好奇心。 引き波の如く逃げる者と、それ以上に押し寄せる酔狂人とが入り乱れ、通りは混迷と異様な熱とに満たされていた。 「ギャァァアン!」 凶悪なチェーンソーを嬉々として振り回しているのは、リザードマンこと『蒐集家』リ ザー ドマン(BNE002584)。奇声と共に鎖鋸を向けられた人垣は慌てて退き、ぽっかり空いた場所にぬいぐるみを抱いた少女がひとり取り残された。 立ち竦む『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)の首元めがけ振り下ろされた刃は、少女ではなく割り入った『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)の腕を裂く。 「くっ……」 光の守護を得た真琴にはただの斬撃は然程脅威ではないものの、真白き服は真紅に染められ彼女は苦痛の表情を浮かべた。 酒の力もあったのだろう、「おいおい被り物?」「撮影か何か?」などと揶揄していた人々も、ぱたぱたと滴る血を見て流石に顔色を変えていく。 姿を見せず戦場を制す。 ——其れはシューターの理想とも云える在り方で、だからこそ、その悪行は許し難い。漆黒の翼を幻視で隠した『ネフィリムの祝福を』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は躊躇いをマスクの下で噛み殺し、銃口をゆっくりと真琴へ……仲間へと向ける。 震えるな。 己に命じ、 出てこい。 視得ぬ敵に念じる。 乾いた銃声が響き渡り、更なる血が地面を濡らした。 取り囲む群衆がどよめき、その一端が逃げはじめると野次馬の輪は急速に瓦解していく。 「警察だ!」 誰かが叫んだ。 大衆の面前でショットガンやチェーンソーを振り回したのだから通報されて当然か。人波の向こうで既に赤色灯が幾つも瞬いている。 注目の渦中ゆえか手出しは無くフィクサードの動向は未だ窺い知れないが、充分過ぎるほどの騒ぎになったのは間違いない。隙を突いて逃げだすかのように真琴がルアを連れ路地へと駆けた。襲撃役の二人も後を追い、細道の角に立つ袈裟姿の坊主と一瞬の目配せのみですれ違う。 気紛れに集った大半は笑えぬ事態と結界とに気勢を削がれて散ったが、衝撃の現場を目撃して簡単に去る野次馬ばかりでもない。こっちへ行ったぞと走る者たちを押し止めたのは彩花だった。 「この先、一般人は立ち入り厳禁!」 威風堂々と告げられ気圧された者も居れば、女子高生らしき小娘が公的組織の介入を語るさまに首を傾げる者も居た。けれど結局、指示は人々に受け入れられていく。 何台ものパトカーや制服警官が駆けつけている現状が、奇しくも彼女の言葉に信憑性を与えたからだ。 ●路地裏の手招き 程良く追い付かれてくれるとラクでいいね。黙って観てるだけでいい。 嗚呼でも、何処か物足りない。 なんで反撃しないのかな? だってあの人アレでしょう、ただの女じゃないでしょう? 一方的じゃあ、つまらない。 そのとき路地の一角を目映い光が走ったことを知る者は少ない。 囮は路地裏へ入り込み、野次馬は彼らを見失った。一本、二本と裏道を進むにつれ、彼らはますます人目から隔離されていく。 ヴィンセントは逃げる獲物へ二条の光線を撃ち込むと、短くカスタムされた銃身を撫でて嗤う。嗤う、ふりをする。 「好都合ですね。遠慮なく全力が出せます」 己の口が吐いた言葉に反吐が出そうだ。だが秘めねばならない、今はまだ。 頭では解っていても心は軋む音を立てる。 「やだよぅ……怖いよ……」 涙を浮かべて震えるルアには、もはや演技と真実の境界が融け合ってわからない。フラッシュバックする過去の楔が少女に本当の恐怖を思い起こさせていた。 「ギギャーッ!」 追い立てるリザードマンの眼光はギラギラと冗談らしからぬ愉悦を孕み、一分の躊躇いも無く首を、首を、首を首を狙い続ける。 味方を襲うなど不可思議な仕事もあったものだが、やれと言うならやるだけのこと。それに、うっかりルアルアの首が獲れたら持って帰りたいと半ば——否、ほぼ本気で思っているのだから。 ほら、女性の頭骨って丸くて可愛いですし? 「ギャーギ!」 マコマコのでも良いのですぞぉ……!! 襲いかかる凶刃がいよいよ細首を刈ろうかというとき、ギィンと刃が弾けて火花が散った。狙いを逸らされたチェーンソーが代わりに肩を切り刻んで白い肉を抉り取る。 ——来た! 釣れていた。 何事かと驚いた素振りで襲撃役が隙を見せる。確証を得た真琴は歯を食いしばってルアの手を取った。足腰に力の入らぬ少女を引きずり上げるようにして立たせれば、右肩に走る激痛。負傷した演技をと考える必要も無い。なかなか『ちょっかい』を出してこない敵を待つ間に、彼女は実際に負傷を重ねていた。 だが皆が定めた戦場は目と鼻の先。 あの奥まで誘いこめば袋小路。物陰に、暗がりに、待ち伏せている仲間からももう自分たちの姿は見えているはずだ。 今の射線から鑑みるに、敵は背後から来ているのだろう。 「……逃がしません」 前を見据えたヴィンセントが少女らを追って地を蹴れば、呟きは後ろへと流れゆく。 ●光と影の戯れ 一度手を出して抑制がゆるんだのか、狼狽えた様子に興が乗ったのか、隠者は二度三度と横槍を入れた。 しかし敵は攻撃の際にも物理的に隠れることを忘れない。一撃離脱で身を隠す人影を垣間見たと思っても、それはすぐに物陰や色濃い影の中に消えてしまう。 挙げ句、 「何か、おかしく……ないですか?」 物陰に屈んだニニギアは魔術書を抱き締め、焦れたように小声で呟く。早く負傷者を癒そうと魔力の循環を高めて待っているのに、敵はある時点から近付くのをやめたように感じられる。 どうしてだろう。アリステアも眉を寄せる。 囮が奥へと踏み込んでも敵は一向に袋小路に入って来ず、届かぬからか狙撃までも途絶えてしまった。 「……ん。もしか……して……」 同じく待機中のエリス・トワイニング(BNE002382)は、ふと手元に目を落とした。彼女のランプは遮光の蓋をかぶせ光を閉ざしてあるが、路地裏を囲むように置かれたランプは袋小路とその周囲を今も照らしている。 夏の名残と人いきれに蒸された大気は風も生まない。なのに待機する者たちの背を冷えた風が撫でたような錯覚を覚える。嫌な汗が肌を伝った。 勘付かれたのか。 だとすれば、このまま隠れていても囮の仲間が消耗するだけではないのか。 『ロリ巨乳』ティオ・ココナ(BNE002829)が、息を潜める皆の思念をハイテレパスで伝えて回る。 『出ましょう。最早其れしかありません』 冷淡な思念は、常闇を帯びた男から発せられた。 狙撃という情報も失いこのまま無為に時を経過させても、敵がまだ路地裏に居るという確証すら薄れるばかり。 そのときだ。 フィクサードが久々に『ちょっかい』を出した。無形の弾は誰に届くこともなくただ地面を小さく抉って消える。 「あそこ! 丁字路の右角だよ!」 射撃の特性と死角とを考え居場所の可能性を絞り込んでいたココナが叫び、決意を固めた待機組が一斉に飛び出した。 聖なる詠唱が二重三重に響き合い、傷付いた仲間たちへ福音が降り注ぐ。 「痛かったでしょう……!」 倒れそうなルアを抱き止め、ニニギアがその耳元で優しく告げた。彼女が持つたおやかな韻律に乗って紡がれる歌に、アリステアの少しばかりたどたどしい声が重ねられる。陰鬱な路地を流れる清水の如きその歌唱は、血臭を忘れさせ痛みを拭い去っていく。 状況を見て取ったヴィンセントが反転し、居るであろうフィクサードへ向き直る。アルカナは即座に示された角へ馳せた。走りながら手近なランプを攫い取る。長く伸びた己の影が左右に激しく揺らめいて、其れはやがて意志を得て立ち上がる。 「ギャッギャギャー!」 もうジャクジャクやっちゃって良いのですなぁ!? とばかりにギアを上げたリザードマンのチェーンソーが活き活きと回転数を増していく。右肩を回し確かめた真琴がその隣をすり抜けて、仄光る明かりの中から再び暗い路地へと駆け戻ると、 「嗚呼、やっぱり」 笑うような声が闇の中から投げかけられた。 ●闇は眠りに就く だって変でしょ。 昼も夜も人なんか来ないようなとこが、突然ライトアップされてるのって。 絶対なにかあるでしょう。 ……人に見られちゃ困ることしに来る人は時々居るけど、それなら暗いほうが都合がいいし。 でも、つい騙されるとこだった。 「きみたちなかなか女優だよね」 「そこ、ですかッ!」 声を頼りにヴィンセントが銃を撃つ。それは既に丁字路から大きく離れた方角だった。銃弾は錆びた外階段を掠めた耳障りな音を響かせただけで、声は変わらず紡がれ続ける。 「良く見たらホントの血じゃないのもいっぱいなんだもんね。一瞬信じちゃった自分が恥ずかしかったかな」 見慣れてるのに。 その口調にはまるで他意が感じられない。あっけらかんと天候の話でもするように。 「ならば貴方は演出家ですか」 淡々と真琴が応じた。だが、こちらは感情を伏せた重い声音だ。 「単なる観客では飽き足らず、自分好みのストーリーに仕立て上げたいのでしょう?」 隠者はすぐに場所を変え、向けた懐中電灯は何も居ない壁や地面を照らすばかり。ランプを手にアルカナが迫れば、敵は黙して遠ざかる。そして次はまた、あらぬ方向で笑うのだ。 「やだなぁ、ぼくそんな偉そうじゃないよ? でも、つまらないのを面白く出来るなら、しない手は無いよね」 「そんなわけないでしょ! 面白くなんかないわよ!」 すかさず放たれたニニギアの魔矢も手応えは無く、抉られた壁の小片がパラパラと落ちる音だけがする。仄光る灯りが袋小路を照らす反面、光の外にある路地は更なる影に満ちていた。 くすくす。くすくす。まるで目隠し鬼を呼ぶように、小さな笑い声が動いている。 こっちだよ。手を叩いておいて、手探りする腕をすり抜ける。 「何を言っても無駄ですわね」 彼の者にとってはきっと、今現在さえも遊戯なのですわ。凛とした声は、遠く——戯れる隠者の声よりも更に向こう——の路地から発せられた。野次馬対策を終えた仲間の、合流だ。 間髪入れず目映い閃光が視界を満たす。『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の全身から放たれた白光はほんの一瞬、真昼のように路地を照らした。 だが、彩花にはその一瞬で充分である。 闇に戻った路地裏で、彼女の懐中電灯が隠者を捉えた。円い光に照らし出された細身の男はすぐに光を脱したが、 「狩生さん!」 意図に応えて漆黒の手套に包まれた指が伸ばされる。一手先、男が逃れた動線の先で伸び上がる無色の気糸。展開された罠が歪み、縒れた。 振り払われた糸がふわりと舞い落ちた其処を目掛け、彩花が鋭い気流を生じる蹴りを放つ。 悲鳴は、上がらない。 しかし裂波は確かに潜む敵を裂いたようだ。壁に散った血がその証。 「御自身の命を代価とした舞台にしてさしあげます」 「えぇーいっ!」 真琴の剛剣が、アリステアの魔矢が、立て続けにあとを継ぐ。膂力の限りに振り下ろされた刃は何物にも触れず地を叩いた。神秘を纏い闇を切り裂いた矢はそのまま辻の向こうに消えた。 壁を蹴り、這い上がったリザードマンが残る可能性を賭けて影に伸ばした腕もまた、虚空を掴んだ。が、かすかな空気の流れが肌に触れる。ざり、と壁を蹴る音を聞いた。 「ギャー!!」 悔しげな気配に、すかさずアルカナが翼を広げる。 隠者は口を閉ざしてしまった。戯れにヒントを洩らすことを止めた。それは本気で逃走に転じたことを意味する。 リザードマンが掴み損ねた地点から何処へ逃れたのか。 アルカナはランプを掲げ、腕を伸ばして羽ばたいたけれど、もうほとんど山勘でしかない。ただ晩夏のぬるい風が指の間をすり抜けた。 大通りの喧騒は峠を越え、街は眠りを知らぬまま夜は明けはじめる。 隠者は再び闇に消えた。 天秤は、昏い闇に傾いたまま。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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