●夜の翼、襲来 月の無い夜にそれは現れる。濡れ羽色の翼をはためかせ。 「――ジ……管制塔へ連絡。こちら国内航空674便。現在予定通り巡航――ッ!?」 星灯りすら喰らい尽くす摩天楼の、されど遥か上空。 彼の者は踊る、死出のワルツの調べに乗って。 「な、んだ……こいつは……!」 羽ばたける翼は左右四対。成人男性五人分を悠に越える巨体をその八枚の翼が支える。 「管制塔、緊急事態発生、緊急事態発生、モンスターだ! こいつは冗談何かじゃない!」 鋭い爪は鋼鉄すら優に切り裂き、硬化した翼は自身以外の滞空を決して許さない。 黒煙の尾を引き落下していく鋼の鳥を尻目に空へと君臨する、其は正に―― 「管制塔! 管制塔! 応答せよ、か――ッ」 黒煙を引き、機械の翼が円を描く。くるくると、繰る繰ると、狂る狂ると。 弾ぜて瞬く。流れ星の様に。 ――夜の翼。そう名付けられるアザーバイドによって引き起こされる旅客機の墜落によって、 実に死者300人超と言う大事故が発生するのは、現在よりもう少し後の話である。 ●地上30mの戦い 「トゥインクルトゥインクル、リトルスター。 星空は何時だってロマンティックなものであって欲しい。 そう願うのはロマンスに憧れる女子ばかりじゃない。例えばそう、俺もだ」 相も変わらずいきなり良く分からないのはお馴染み、 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)。絶賛平常運行中である。 しかし彼がブリーフィングルームのモニターに示した物。 それは良く分からないと言ってられる程、とても気安い事態ではない。 大事故。そう、正真正銘の大事故である。人々の命を乗せて空を飛ぶ鉄の塊。 飛行機が墜落する。それもそう遠くも無い未来に。 勿論人的ミスや人為的な事故ではない。アザーバイド。異世界からの訪問者によって。 「そんな夜空に無粋は持ち込みたくないんだけどね、 今回のは流石に放っておけないだろ。敵は1体。ただしなかなかビッグだぜ」 言うが早いか伸暁がモニターを操作する。そこに映されたのは余りにも巨大な影。 「識別名ナイトフェザー。夜の翼。 どうも新月の夜にだけ繋がる妙なリンクチャンネルがあるらしくてな。 今まではそこから出現しては一日適当に飛び回りって帰ってたみたいなんだが」 偶々旅客機と遭遇し、同族と勘違いして攻撃を仕掛けた。 どうもそれが事の顛末らしい。 「サイズ的にリンクチャンネルへ押し返すのは流石に無理だ。 このホールは無理にでも閉じるしかない。勿論、このビッグボスを倒してな」 しかし、相手は完全な飛行生物。地表に降りてくる事は絶対に無い。 つまり、選択肢は唯一つ。 「アーク所属で翼の加護を使えるホーリーメイガスに協力を要請してある。 満点の星空を遊覧飛行だぜ、ロマンティックだろ?」 軽く笑う伸暁を見て、集ったリベリスタ達が反比例する様に総じて引き攣る。 そう、まさかの空中戦である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月25日(月)23:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●空の暴君 「はふぁ! あたしホントに空飛んでる~!」 真黒の空、月無き闇夜。翼を纏ったリベリスタ達が天蓋を振り仰ぐ。聞こえたのは頭上から。 テストフライトに挑戦した『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)の陽気な声。 けれどその遥か彼方、地上からは目視すら出来ない向こう側に、それは居ると言う。 夜色の八枚羽、新月に君臨する巨大なる者。ナイトフェザーと名付けられた、空の暴君。 「新月ですから空から夜空を見れば綺麗な星空が見れそうですね」 雪白 桐(BNE000185)が見上げ、呟く。今回の仕事は空中戦。 フライエンジェでもなければ経験する事は先ず無いだろう、未知の地平。 けれど彼に緊張した様子は無い。マイペースに自然体を保ちながら与えられた虚構の翼を確認する。 「飛行機を単騎で破壊するほどの実力とは、恐ろしい物だ 何としても、ここで食い止めよう」 仮面の奥から僅かにくぐもった声を上げ地を軽く蹴った、 『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)の身体がふわりと僅かに浮き上がる。 慣れない感覚を組み伏せながら、けれどその視線は上空から外れない。 「単純明快。楽しい楽しい縄張り争いといこうじゃねぇか」 ラキ・レヴィナス(BNE000216)もまた、手に入れた翼を眺め楽しげに笑う。 「ああ、行くぜウイングマン」 第三英国空軍エースの記憶を持つと言う『ドアキッカー』ブルー・マックス(BNE002685)にとっても、 生身での飛行は未開の領域である。けれど彼には他の人々には無い物がある。 それは空へ親しみであり、空を飛ぶ事への喜びである。噛んで含める様に、ブルーが声高に詠う。 「テイク・オフだ!」 声と共に重力の束縛を離れ、矢の様に駆け上がる光条は八本。 漆黒の大地より満点の星空へと、彼らは羽ばたき――飛翔する。 空とは、彼の領地である。 その生き物にとって、それはただの事実であった。確たる理由など必要無い。 彼の者が在り、それを何者も討伐する事は適わない。 弱肉強食が世の理であるなら、空に於いて最強である彼の者こそが、文字通り夜空の理である。 生命で在りながら摂理である彼の者は、その強大さ故に無関心であった。 故に、それらが地上より放たれ、打ち上げられて来た時、彼の者はそれを鷹揚に放置した。 星々の如き小さき光。それの1つが――まさか彼に牙を剥くまでは。 「世の為人の為に退治させて貰いますわ」 「可哀想ですがその命を奪わせて頂きます~」 頭上まで一気に飛び上がった『未姫先生』未姫・ラートリィのマジックミサイルを迷彩に、 ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)の手元から閃いた、二刀小太刀が夜の翼を掠める。 刃に付いた血液は青。異様な色に驚く暇もあればこそ、斬り付けられた側の反応は迅速且つ果断である。 光が外敵であると見るや広げられる8枚の翼。夜に溶け込むその威容にリベリスタ達が身を引く。 「こいつっ! いきなり来るで――!」 夜目の効く坂東・仁太(BNE002354)が警戒の声を促す。 それに応じ、桐が真っ先にサングラスを下ろす。その判断は、恐らく正しい。 空にばら撒かれる明滅する光の雨。ただ観測するだけであればそれはさぞ壮観な光景だった事だろう。 その1つ1つが夜の翼の羽であり、視界の敵を射抜く為放たれる必殺の鏃でさえなかったのであれば。 20m範囲に無数にばら撒かれたそれが比較的近くを飛行していた、 アナスタシア、桐、仁太、ラキ、そして卯月の身に突き刺さる。 「――っ、皆、無事かね」 「毎回混乱とかするわけにもいけませんし」 仮面によって光を阻害された卯月の声に、サングラス姿の桐が答える。 攻撃を予期していた仁太と、辛くも掠める程度に被害を抑えたラキもまた、 頷きながら互いの武器を構え直す。しかし、其処には無事でない者が、居た。 「はふ、目がちかちかするよぅ!? ……えっと、こっち、かな」 「馬鹿、違ぇ! それは味方だ!」 「なっ、混乱しているのか!?」 瞬間記憶を生かそうと動きに注目していたのが完全に裏目に出たか、 混乱したアナスタシアの脚から放たれた真空の刃が間近の卯月へ向けられる。 気付いたラキが声を上げるも時既に遅し。空の戦場では庇いに入る事も適わない。 切り裂かれた戦闘服から夜空へと血がばら撒かれる。 「っ、これは、まずいな」 卯月が夜の翼より大きく距離を取る。翼の加護を所有する存在と言うのは、 この場合一行の命綱である。戦線の維持を考えれば早々に脱落する訳にはいかない。 「この世界の空はテメェなんかにゃ渡さねぇぜ!」 一方距離を詰め飛び込んだラキが放った気糸の精密射撃は夜の翼を掠め大気へと消える。 狙いは悪くない、問題は彼我の姿勢制御面での格差である。 ナイトフェザーは常に空に在る飛行生物、一方リベリスタ達はあくまで地上有ってこその空である。 足場が有る事のありがたみをここに来て実感する。飛びながら狙いを付けると言うのは思う以上に難しい。 更には目を狙う以上、射線が目へと通る必要がある。 これは同時に、目を狙う限りナイトフェザーの視覚内でしか攻撃できない事を意味している。 当然の結露として、ラキは夜の翼と真っ向勝負を挑まざるを得ない。これは、厳しい。 感動的ですらある、普段より近い星々の満点の輝きを他所に 高度を上げた事による気温の変化か、或いは異なる理由で以ってか。冷や汗が頬を伝う。 ●蒼い流星 「大空は独り占めするもんじゃぁねえ!」 背後から奔り抜けたブルーの投げたカラーボールが、夜の翼の背を黄色く照らす。 「鳥さん鳥さんこっちからも攻撃行きますよ~」 緩い声とは裏腹に、近付きながら放たれたユーフォリアの幻影剣が巨大な体躯を掠め傷を付ける。 「その隙、狙い撃つぜよ!」 仁太の放ったボウガンの矢が、ナイトフェザーの瞼を裂く。 薄く開いた傷口より漏れた青い血が懐中電灯に照らされ鮮やかに夜闇へ滲む。 クリーンヒットでないまでも、漸く狙い通りの目元へ当たった事に、頬が引き攣るのを隠せない。 戦況はお世辞にも良い方へ転がっているとは言い難かった。 根本的な要因は酷く明快である。飛行しながらの戦いの不利。 これを余りに軽く見積もっていた、と言う一点に尽きる。 「っ、夜空は綺麗でも、やっぱり私は地面の上の方が好きですね」 闘気を纏った連続攻撃が空振り、桐が淡々と、けれど僅かに苦味の混じった声を上げる。 こちらが攻めに出る瞬間に、相手は引く、それは地上であれば当たり前の反応だ。 しかし飛行状態であるリベリスタ達は攻めるにも守るにも枷をかけられている。 それでも命中に十分長じた者であればそこそこは当たる。 ラキと仁太の度重なる精密射撃は徐々に夜の翼の視覚を奪い始めていた。 だが一方で、多少優れる程度の精度では、集中するでもなく、死角から攻めるでもなく、 正面から斬りかかっても掠り傷が関の山である。それを実感しているのは、桐ばかりではない。 「くぅっ! また外したぁー!」 アナスタシアが悲通な声を上げる。空に於いても変わらぬ威力の蹴りから放たれるかまいたちは、 けれど風でも読まれているのか、いっそ切ない程に当たらない。 「だったら、これならどうです!」 その様を目の当たりにした未姫が偽りの翼を操りナイトフェザーの背へと駆ける。 確かに、背中の側であれば視線は届かない。 広範囲攻撃を操る相手に、死角を位置取るのは常套手段とも言える手法である。 しかして未姫は舞い上がり、舞い降りる。何処へ。仇敵たる夜の翼の背の上へ。 土台を得る事で姿勢制御によるリスクを減じ、更に視覚よりの攻撃を可能とする二重の利。 至近距離より放ったマジックミサイルが久しく夜の翼へ直撃する。 爆ぜた音と共に飛び散る青い血。リベリスタ達の張り詰めた空気が少し緩和される。 だが――果たして。 空を羽ばたく鳥の背に、例えば鳥を噛む虫をしがみ付かせたとして。 鳥がそのまま一定の位置で飛び続けると言う事が、有り得る物だろうか。 その一つの答えが――これである。 「――ッ、ウイングマン、直ちに離脱しろ!」 「え?」 一度足を下ろし、攻撃を仕掛けてしまった以上、彼女は背にしがみ付く以外出来る事は無い。 八枚羽が羽ばたき、加速を開始する。文字通りの飛翔。全力での直線移動。 恐らく、背に外敵が乗る。等と言う事が無ければ、 まず行う事など無かったろう。其を振り落す為の縦横無尽の全力飛行。 追い掛けるリベリスタ達。けれど追う事しか出来ない。彼我の移動距離は、等しい。 上昇する、下降する、螺旋状に回転する。射線を合わせる所ではない。 三半規管を掻き回され、視界を混ぜ捏ねられる感覚。上下が逆転し更に反転し、僅か数十秒。 極度の嘔吐感と捻れた視界とを道連れに振り落された未姫を夜の翼が羽ばたき見下ろす。 「待って、皆。加護をかけ直すよ」 リベリスタ達は追いつけない。卯月の周囲に集まる必要が有った為だ。 飛行能力は生命線。移動を余儀なくされた以上、その意味は尚更に重い。 孤立した金の髪のフライエンジェが最後に見た物は、蒼い流星と化した夜の翼の姿。 それが、夜の翼の暴君たる所以。タイラントウイングと呼ばれる技であると知る由も無く。 羽ばたく事けぬ翼の姫は、満点の星空に独り墜つ。 「間に合い、ませんでしたか……」 追いついてみれば夜空の王は其処に在る。けれどその背には蛍光塗料の光が灯るのみ。 不意に毀れた様な桐の言葉に視線を落とす。戦いは未だ終わっていない。 再び散開、戦線を組み直す。ナイトフェザーが八枚の翼を広げ直す。 焼き回しの様な第二幕。けれど誰もが徐々に気付き始めていた。気付かざるを得なくなっていた。 夜空に君臨するこの暴君には、このままでは、届かない。 ●夜の翼 夜に溶け、濡れ羽色の雨が降る。 「そがな、馬鹿な事が……」 ナイトフェザーの視覚内で戦う面々で、最も耐久に劣っていたが為の必然。 次に落下したのは、正面で弓を射続けた仁太である。 半身を血塗れにしながらそれでも番った矢が、ぽろりと毀れ空へ落ちる。 体中に刺さった夥しい程の数の羽が身体から力を奪い、ぐらりと視界が暗転する。 「この、これ以上は、やらせませんよ~!」 ユーフォリアの小太刀が何度目かの一撃を加える。 既に夜の翼の羽の3分の1程は血に染まり、異様な色彩を放っている。 その大部分を彼女と―― 「空の風と共に在る限り、俺が墜とされる事はねぇ!」 常に背後から切り込み続けたブルーが為している事実は、ある種稀有な奇蹟と言えた。 経験に乏しくとも死角を取り続ける戦術が功を奏したか、 当然それには全面で戦う者達が攻撃を引き付け続けた結果であるとも言える。 だが、同時にこう言う事も出来るだろう。せめてもう少し死角から攻撃する戦力が多ければ。 全面に展開し過ぎた半数のリベリスタ達は、既に満身創痍であった。 度々放たれる明滅する羽の矢嵐。そして夜に溶ける雨。 少しずつの積み重ねは飽和し、ナイトフェザーより先に彼らを呑み込みつつある。 「ここまで、空ってのが厄介だとは……な」 中でも最も多くの血を流していたラキの視界がぶれる。 力を振り絞り、紡ぐ気糸。次は保たない。誰より彼自身が理解している。 体中に刺さった羽の一枚一枚が痛みを訴える。もう諦めろと全身が喚く。 けれど尚。指先は瞳へ向けられる。矢を射る様に一直線に。 解き放つ。通った射線がこの日最高の精度を見せる。遠く、遠く、今度こそ届けとばかりに。 その乾坤の一滴が、夜の翼の片目を、射抜く。 鮮血が舞い散った。甲高い声を上げて暴君が啼く。この一撃は視界の半分を奪ったに等しい。 笑う。もう少しこの一撃が早く、と思わないでもない。されど一矢、報いた事に。 怒りに燃えるナイトフェザーの隻眼が、はっきりとラキを捉える。 夜を切り取った様な羽が瞬間、夜明けの様な蒼へと明滅し、転じる。 遠目とは言え、アナスタシアはそれを見て記憶していた。だから分かる。声を上げる。 「あれが来るよぅ、避けて――!」 しかしラキには既に、そんな余力は残されていない。ならばせめて。 「憶えとけ、この世界の空はテメェなんかにゃ渡さねぇ」 一瞬で距離を0へと転じる蒼い流星。暴君の翼が舞い降りる。 貫かれる様な衝撃を受け、ラキもまた墜落する。その身に灼ける様な翼の痕跡を刻みながら。 「……限界だ」 続く一撃で遂に運命の祝福を燃やす事になった卯月が、上げた声こそが結論である。 アナスタシア、桐、共に受けられて後2撃。卯月は次の一撃ですら落ちない保証は無い。 ブルー、ユーフォリアはほぼ無傷である物の、2人では火力が明らかに足りない。 ラキが視界の半分を奪った事で、漸く攻撃が当たり始めた矢先。 だが、前半から課せられ続けた負債は余りに重過ぎた。 見れば夜の翼は今だ健在。その身の半分を血に染めて尚、昂然と彼らを見下ろしている。 この戦いを観測し続けた卯月であればこそ、意地を殺してでも言うべき言葉がある。 「このままだと、全滅する」 それはここまで到り覆し得ない事実。この1分後、空には八翼の暴君だけが残るだろう。 ではそれを、誰が報告するのか。倒されて終わりでは済まない。 300余人の命がかかっているのだ。最善を為せないのであれば、次善を為すしかない。 「頑張った、つもりだったんですけど~」 「くぅ……悔しいよぅ」 上空でユーフォリアがしょんぼりと肩を落とし、アナスタシアが瞳に涙を滲ませる。 無言で目線を伏せる桐も、胸の痛みは変わらない。 けれど彼らには彼らのやるべき事が残されている。全てを投げ出す訳にはいかないのである。 「……良いか。俺達は、絶対にこの空に帰って来る」 ブルーが降下体勢を取りながら、夜の翼へ中指を立てる。 「I'll be back」 未練と悔恨を星空へと残し、リベリスタ達は空より地へと舞い降りる。 手痛い敗戦の味を、喉の奥へと飲み下しながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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