●罪なき者と、罪ある者 罪なき者は、まだしも軽い手つきで。 打ち殺されるというよりも、むしろ脇へ追いやられて。 結局のところ、二人とも変わることは無く、罰を受けて殺される。 ●連続する選択 彼には罪は無かった。彼は誠実に生きてきた。 彼には罪が有った。彼は好き放題に生きてきた。 そして一つのアーティファクトが在った。 この罪なき者と、罪ある者とを結びつける絆のアーティファクト。 結び付けてやがて審判を下す鋏のアーティファクト。 本質がどちらにあれ、このアーティファクト『ヴァリアント』が彼ら兄弟の手に渡り、そして彼らが望んでしまったのは、不幸中の不幸であったと言って間違いないであろう。 罪なき弟は罪深き罪人へ。 罪ある兄は潔白の罪人へ。 瀬上神楽(せがみ かぐら)と瀬上雅秋(せがみ まさあき)。 名字の示す通り、二人は血の繋がった男兄弟である。 二十歳の弟と、二十六歳の兄。 両者の身に埋め込まれた『ヴァリアント』は、どちらをも裁く。 ●ブリーフィング 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)を筆頭に、ブリーフィング室に居るリベリスタ達は一様に重く口を閉ざしていた。 リベリスタ達は、プロフェッショナルである。彼らの大多数は多かれ少なかれ自分の仕事にけじめをつけている。作戦遂行上、一般市民が命を落とすこともあるだろう。相手が動物だからと言って、無暗に命を奪って良いものでもない。 彼らはその業の中生きてきた。それが未来を明るくするものと信じて。 両親は兄の雅秋が中学生の頃に他界。それ以降は、親戚伝手に転々とする。 十九歳の秋、雅秋が人を殺めて服役。今年仮釈放され、一カ月が経っている。 神楽は兄を赦す為にアーティファクトに手を伸ばし、 雅秋は弟に赦される為にアーティファクトに手を伸ばした。 「アーティファクト『ヴァリアント』は現在、瀬上兄弟の体内にある。彼らの肉体と完全に同化して、彼らを繋ぎ、彼らを裁く」 イヴの静かな声が響いた。 「裁くというのは、彼ら二人の命を奪うということよ。どうやって入手したのかまでは分からないけれど、瀬上兄弟はその本質を理解していない」 閑雅なオッドアイがリベリスタ達を見回した。思わず目を背けてしまう者も居た。 「肉体の同化した『ヴァリアント』は作戦予定日の深夜零時丁度、瀬上兄弟の命を奪い、自らもこの世を消え去る。二人共が神秘の力で命を奪われる事態は出来るだけ避けたい」 そして、とイヴは続ける。 「この『ヴァリアント』の破壊方法は一つ。瀬上兄弟のどちらかを殺めること」 ――――結局のところ、二人とも変わることは無く、罰を受けて殺される。 「貴方たちに選んで貰わなければならない」 そしてその罪は、貴方たちだけには背負わせないわ。 イヴは無表情で呟いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月23日(水)00:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● (罪を赦そうとする弟と赦しを請う兄、か) 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)の眼がサングラス越しに二人の兄弟を見つめた。 髪の毛を短く刈り上げ攻撃的な色の眼をした兄、雅秋。 何処にでもいそうな平凡な、しかし人の良さが滲み出る弟、神楽。 訝しげにリベリスタ達を眺める雅秋に『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が言った。 「僕たちは神秘による一般人の不幸を止める組織の者だ」 神秘、の言葉に雅秋が若干眉を動かす。 「妙な連中。思ってたのと違うな」 少し低めの声が空気を揺らして、その微かな疑念を伝搬した。 「で、こんな時間に俺らを呼び出す用件は何だよ」 「お前達は、駁儀の行いにより、零時に死ぬ」 絶妙な間だった。 『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)の現実味に欠けるであろう一言が兄弟の鼓膜を揺らした。 「世の中難儀な事だらけでな。このままでは君達二人とも共に死ぬ。だが共に救う可能性も探している」 そう続けた『足らずの』晦 烏(BNE002858)の言葉に雅秋が苛立たしげに返す。 「……何言ってんの、あんたら」 「『ヴァリアント』。それが貴方達兄弟を殺すアーティファクトと呼ばれるモノの名前」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の真直ぐな瞳が、そして、その名前が兄弟二人を動揺させた。 「どうしてその名前を?」 今まで沈黙を保ってきた神楽が声を発した。強面の兄とは正反対の無害そうな顔が緊張に支配され、頬を汗が伝っていた。 「全部話すよ。包み隠さずね」 その一言に『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は一瞬怪訝な表情をしたが、すぐに無表情に戻した。『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は真実その理由を語った。アーク、そしてフォーチュナの能力を。 「加えて、未来予知と来るか。いよいよ胡散臭せえ」 言葉尻だけは果敢だった。しかし、雅秋の表情は動揺の色を隠せていなかった。 「本来神秘の秘匿は破られるべきじゃないんですが」 モニカは軽く肩を竦めた。 「『駁儀』はフィクサードと呼ばれるタイプの能力者です。どう言われているのか存じ上げませんが、救われるだなんて約束なら、それは嘘ですよ」 「……うるさい」 雅秋の口から洩れ出た低い唸り声。 「二つだけ質問させてくれないかい」 「質問?」 「君は何故『ヴァリアント』を受け入れた?」 烏のその問いに雅秋は笑った。 「それはあんたらの予知だとかでは視えなかったんか」 「万能と言うわけじゃないんでね」 「弟を赦す為だ」 神楽の肩が揺れた。 烏は内心首を捻った。彼には雅秋が嘘を言っていないことは分かっていた。 「それは逆じゃあないかい。人を殺めるという業を背負った君を、弟の神楽君が赦すというのなら話は分かるんだけれどね」 先程とは比べようも無い程神楽の肩が踊った。 その一方で、動揺を露わにしていた雅秋は開き直ったかのように、その表情に笑みまで浮かべていた。 「そこまで知ってんの。まあ、あんたがそう解釈するんならそれで良いよ。言い直す。弟に赦されるために受け入れたんだ」 雅秋の口ぶりに烏は違和感を感じたが、そのまま続ける。 「分かった。じゃあ二つ目だが、それじゃあその『ヴァリアント』を受け入れた上で君達はどうなると聞かされているのかな」 「『どうにもならない』。駁儀さんはそう言ったよ。あんたらとは違ってね」 「『どうにもならない』?」 堪らず烏は聞き返した。 「あんたらは、今日、俺たちがコレのせいで死ぬって、そう言いたいんだよな?」 雅秋は烏の問いを無視して、リベリスタに問い返した。 「しかし、生き残る可能性はある。どちらかだけ」 鷲祐の言葉に雅秋は思わず苦笑した。 「それで、生き残る方をどうやって決めるんだ?」 「貴方達が決めるべき」 と、私達は考えている。涼子の滑らかな声が空き地に響いた。 「まるで悪魔じゃねえか!」 遂に雅秋が声を上げて笑った。歓楽も悲哀も持ち合わせない不思議な笑い声だった。 「そこの若い兄ちゃんさ、それ、俺らが信じると思ってんの?」 問いかけられた夏栖斗はやはり穏やかに返す。 「正直な所、あまり思ってない。信じてくれたら、それがベストだった」 過去形の言い切りを選んだ彼の心情を何人が理解しただろう。 「あんたの言う通りだ。その寝言みたいな話を信じなかった場合、どうなる?」 「もひとつ質問追加」 烏のあくまで飄々としたその声に、雅秋は特に気にも留めず顔を彼の方へと向けた。 「二人死ぬという事実があってもなお『ヴァリアント』を使う勇気があるのかい」 「それは愚問だ」 「いや、君に訊いているんじゃないんだ」 おじさんが聞きたいのは君の答えだよ。 烏の異様な風貌が神楽へと向いた。 「君も本当に信じられないのか」 雅秋の体が半身だけ神楽の前に出た。 「……僕は、僕たちは、やっとこの生活に辿り着いた。全て駁儀さんのおかげだった」 神楽の口が忌々しく歪む。 「神秘の不幸から守る? 貴方達が一体僕達に何をしてくれた? 僕達が死ぬだなんてことは信じられない」 神楽のその言葉にもやはり偽りは無かった。 「オレは正義の味方ではない」 沈黙を続けてきた『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)が静かに、しかし力強い声色で言った。その眼光は兄弟を射抜いた。 「故に、全ての命を救う等という事は出来ないし、言えない」 オレの仕事は『神秘による事件』を防ぐ事だ。 選ばなければならない。そのどちらかを。 兄弟の表情が変わった。自らの生活を壊す者への憎悪が剥き出しに。 『ヴァリアント』から得た狂気を剥き出しに。 「最後に一つだけ訊かせて」 魅零の小さな呟きに、雅秋は目線で応えた。 「真面目に聞いて。君達がもし選択を迫られたのなら、どっちを選ぶの」 「その答えは、こうだ」 ――――俺達二人共死ぬ気は無え、交渉決裂だ。 ● 「にゃんとまあ」 リベリスタも、そして兄弟も一瞬動きを止めた。それほど異質だった。 艶やかに長い黒髪。 性別を曖昧にさせるような中性的に整った顔立ち。 そしてその『猫撫で声』。 「だから言ったやん、兄弟。力は持つに越したことにゃいゆーてな」 空き地と道路とを区別するその線を跨いで、彼らとフィクサードを隔ていた。 そして影がその壁を一瞬で飛び越えた。 「にゃはは、あぶねー」 駁儀は寸での所で彼の拳を躱した。駁儀の言葉は真実である。直撃していれば彼の体は五体満足では居られなかった。 視線をその軽薄極まりないフィクサードへ向けて、夏栖斗の口が開いた。 「人心掌握術は半端ねぇな」 「人聞き悪いやんー。ボクは兄弟を心配してん」 「フィクサード様が人助け? そんなこと、素直に信じれるほど―――」 修羅場を潜り抜けてきてねぇよ! 夏栖斗の叫びがそのまま行動へと移ると同時に、駁儀は跳躍した。 空き地の中心に。兄弟の近くに。 「駁儀さん、来てくれたんですね!」 神楽のその声に「当たり前やろー」と駁儀は手をひらひらと振った。 「そんでにゃによ、あいつら、兄弟を襲ってるんか」 「そうだ。奴ら『ヴァリアント』の事を知って来たらしい」 「力を求めすぎるのは怖いねえ」 そうするとああなっちゃうわけにゃ、駁儀は兄弟にそう言いながら、リベリスタを指差した。 にゃはは、と響くその不愉快な笑い声は、一発の銃声に掻き消された。 きょとんとする駁儀の足元には燻った銃痕が一つ。 「こんな意味の無い事をする貴方の意図が全く分かりませんね。―――だから、それを吐いてもらうまでは、殺しませんよ」 その後の事は知りませんがね。無表情なモニカの顔が物語った。 「これは分が悪いやん。にゃるほどねえ、そんじゃ、共闘と行くにゃん、なあ、兄弟!」 しなやかな身のこなしで駁儀は跳躍した。 その見た目が認識を誤らせる。猫の本質は、狩人である。 ● 駁儀の跳躍は後衛に位置する結唯にまで及んだ。 (こいつが余計な事をしなければ、兄弟は死なずに済んだのにな) 結唯は動揺を見せない。無感情に目の前の敵を撃退させる。 其の為の拳を振るう。 その攻撃が掠り、思わず駁儀は目を細めた。 そしてその足元の違和感に、考えるよりも先に後ろへと回転した。 彼を封ずる黒き函を、嗅覚が読み取った。 「アークの黄桜。貴方、何しようとしてるの? 馬鹿な事は止めて。箱舟に喧嘩売るの?」 魅零が駁儀の前に立った。彼女のその言葉に「とんでもにゃい」と駁儀は頭を振った。 「敵対するつもりはにゃいねえ」 「なら、この無駄な戦いを止めさせて」 「それを言うなら、あんたらが引きや!」 雅秋の気弾の一部がこちらへと襲い掛かるタイミングで、駁儀の左手に収まった銃身が魅零へと向けられた。 「――――にゃ!」 苛立たしげに舌打ちをして、再度、駁儀は飛ぶ。 「五月蠅い奴らやにゃあ!」 細められた目が烏を捕えるや否や、仕返しとばかりに、その銃口が烏を向いた。 ● 雅秋は内心焦っていた。駁儀に対応する敵が多い。早くあちらの加勢に行きたかった。 しかし、目の前の男がそれを許さなかった。増幅された今の自分の力を上回るその速さは、最早神速の域に達していると言っていい。 「何故、人を殺した?」 鷲祐のその問いに、雅秋は一層顔を顰める。 「別にそこにドラマは無えよ」 何も無い。彼等兄弟には何時も『何も無くて』、ただそれが悲しかった。 言い終えた雅秋を、突然光が襲った。その斬撃が彼の攻撃の手を止めた。 「そうか」 鷲祐は問い詰めない。答えられない何かがあってもいい。 それは罪ではない。 雅秋の攻撃が休んだ瞬間を見て、体の向きを駁儀の方へと変える。 しかし、それを踏み滲む行為は。 「お前の行いは気に食わないな」 これは苦しいぞ、駁儀。 時が止まったような気がした。傍から見ていた雅秋はそう感じた。 牽制と防御。福松の配分はその目的の為には最適と言って良かった。 歴戦のリベリスタ二人相手に互角以上で戦っているのだから、『ヴァリアント』を得た神楽は相当の能力であろう。しかし、福松を後退させたと思っても涼子の攻撃が彼を捉える。 駁儀の苦戦は神楽でさえも見て取れた。 「くそ!」 苛立たしげに振るう脚が涼子を襲う。ただの蹴りではない。目測の射程を何時の間にか上回り、一度受ければ臓腑を抉る。 邪魔だ。目の前には、福松が立っている。 「お前の使った『ヴァリアント』の説明は先程話した通りだ。零時にお前等二人の命を喰らう」 「……黙れ!」 福松が瞬きする前に間合いが詰まる。 「何が目的なんだ! どうして僕達の邪魔をする!」 何時だってそうだ。 「と、言っても信じないだろう。それでもいいさ。オレはオレの仕事をこなすだけだ」 オレだってな、好き好んで、死なせたりはしない。 ● 夏栖斗の闘技をやり過ごそうとした時だった。 しまった、と思って、その瞬間には嫌な音が耳を劈く。 駁儀は音の方へ眼を遣った。右腕が無かった。 「やるにゃあ」 駁儀の顔に苦痛と疲労が浮かんでいた。その眼で自らの右腕を屠ったモニカの方を見た。 笑みを崩さないのは、強がりか、それとも。 「次は左腕を行きますよ」 「腕一本で許してくれんかにゃ」 にゃはは、と駁儀は苦笑した。 「ボクも死にたないんでな。あれかにゃ、『目的』でも話せば見逃してくれるのかにゃん?」 駁儀の眼は魅零を向いた。今まさに自分が放とうとしていた言葉を見抜かれた魅零は、黙ってその続きを促した。 「そうこなっくちゃにゃ。でもまあ深い意味はないんよにゃあ。あ、そもそも、何でそない簡単に喋るのかって?」 今度は烏を見た。駁儀は烏に『視られ』ていることも自覚していた。 「それはにゃ、ボクもあんたらと『同じ』やからさ。答えを探してるだけにゃ。自分にゃりのな」 だろう? 猫のような眼が、夏栖斗を射抜いた。 「あんたら、これからどっちを殺す? それはどない理由で?」 駁儀の息は荒い。先を失くした右肩からは血が噴き出し、肉が落ちた。 「あんたらはこう思っとる。『これは正義なんかじゃない』ってにゃ。殊勝やん。やけどや」 こうも思ってる。 「『自分達は悪では無い』。そー信じとるにゃ。じゃあ一体、あんたら、『何』や?」 にゃはは! 「まー、どっちか殺すゆーなら選べばいいにゃ。どっちも罪人にゃ。ボクはその結果だけ分かればいいにゃ。其の為の保険にゃ」 「保険?」 魅零が訊き返す。 「かたっぽ生き残ったとて『どうしようもない』にゃ。その頃には力も無く、ボクにもあんたらにも復讐なんて到底出来ないにゃ」 それに。 「従来通り両方死んだらそれもいいにゃ。赦されたと思い込んだ罪人の行く末が楽しみでにゃ」 「弟を巻き込む必要は無かったはずだ」 夏栖斗の声色に、思わず周りのリベリスタが彼の顔を見た。それほどに怒気を孕んだ声だった。 「ボクからすればあいつも罪人にゃ」 しかしそれを意に介する素振りも見せない。 「何故態々おまえさんがこの戦闘に介入する必要があったのかね」 烏の問いに駁儀は首を振った。 「勘違いして欲しくにゃい。ボクはホンマに兄弟を救いたい気持ちもあるにゃ」 あんたらと一緒やゆーてるやん、だから腕一本捨ててまで来てやったにゃん。 やけど。 「ま、『ヴァリアント』の都合もあってにゃ」 「ほう、それは一体どんな『都合』なのかぜひ聞きたいのだがね」 「それは言えんにゃあ」 一瞬だった。駁儀の跳躍が、リベリスタの視線から彼を外した。 「兄弟がここまで出来損ないだとは思っとらんかったにゃ。おかげで良い置き土産ありがと、メイドさん」 駁儀はひらひらと左手をモニカへ振った。そして、そのまま戦闘中の兄弟達の方へ体を向けて声を張った。 「兄弟よう! 選ぶがいーにゃ! 『選ばれたらお仕舞』やでにゃ!」 その様子を見た神楽が顔に絶望を浮かべて叫ぶ。 「駁儀さん! 僕達を見捨てるんですか!」 「ほんじゃにゃ」 ―――ボクを逃したその『選択』、後悔すんにゃよ。 ● 「……駁儀に善意は無い」 夏栖斗のその言葉に雅秋は素直に頷いた。 「あんたらの言う事は事実だろう」 その一言には諦観が籠っていた。 「俺にはこういう世界は良く分からん。だが、あんたらが身ぃ削ってるのだけは分かった。それは信じなければ嘘だと思った」 「兄さん……」 神楽は雅秋を見た。恐ろしく悲しい表情だった。 (辛いね) 何故彼がこんな顔をしなければならないのか。魅零の手に思わず力が入った。 「残念だが時間が無い。もうすぐでお前等共に死ぬ」 敢えて冷たいその福松の口調が兄弟に時間を与えない。事実、残り僅かで短針が真上を指す。 だけれど。 「これは俺達の都合だ。結末がどうあれ、アークは頓着しない」 だから、零時になるまでは、お前たちは自由だ。 残り六十秒。それだけだったとしても。 鷲祐はこの自由を尊重する。 「……選べなかったら?」 神楽がおずおずと問いかけた。その問いが最も辛かった。 「兄を殺す」 (一人でも生きる事だけは諦められないし、諦めて欲しくない) 涼子の瞳が揺れた。揺れたから、神楽もやっとそれが事実だと理解した。 「そん、な」 「別にお前を殺しても構わん」 結唯の一言に、神楽は黙った。 「戻れる道が無くなったのは、もう仕方ない事」 どの口が言う。魅零はそんな自分を押し込めて続ける。 「死ななくてはいけない片方のために。この世の中が理不尽たる世界であったとしても」 雅秋も神楽も、声を発さない。発せない。 「私たちは生を受けた時から、生きる事を諦めてはいけないのよ」 生きろと。そして、死ねと。 「残酷なことを言ってるよ、でも片方は生きれるんだ」 選択してくれ。夏栖斗は強く願った。 これはエゴだ。君だけしか救えない、僕のエゴなんだ。 「俺達には選べない。やはり共に生きたい」 残り二十秒。 雅秋の宣言が、リベリスタ達に重く圧し掛かった。 だが、神楽は理解した。兄のこの発言は、自ら死ぬことを拒否した発言では無いことを。 それは正しく『雅秋が死ぬ』ことと同値だった。 そしてそれを神楽へ押し付けない為の言い回しに過ぎなかった。 リベリスタ達の視線が雅秋を捉える。それはそう『選択』したこと。 それでも神楽は言えなかった。 自分が死にたいとは言えなかった。 足が震えて、喉が震えて、思うように口が動かなかった。 「家族で生きようと思った時には、親が居なくて」 雅秋が呟いた。彼は悔しそうに神楽を見た。 「一人で生きようと思った時には、愛した人も居なくて」 それは自分が殺めた女。 鷲祐を見た。 ――――俺にも弟が居てな。その為なら命も投げ出せる。 そう言った彼のことを、雅秋はこの瞬間だけ好きになった。 「やっと残った兄弟で生きていこうと思ったら、今度は俺が居ない」 死にたいと思っていた時には死ねなくて、どうして、心底生きたいと思っている時に死なねばならないのか。 その雅秋の無念さだけが溶けて、神楽の肺を満たした。 「兄―――」 僕が死ぬ。もう少しでそれが言えた。 今ならきっと言えた。あと数秒早ければ伝えられた。 言い切る前に、手を伸ばしきる前に。 ● 神楽はその死に場所を失った。 死ぬべき時に死ねなかった。 だから彼は死んだに違いなかった。例え心臓が鼓動を続けようとも。 結局の所、二人とも変わることは無く、罰を受けて殺された。 ● にゃおん、と何処かで猫が鳴いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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