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<アーク傭兵隊>隠神事件

●『ヴァチカン』の事情
 この世界で最も巨大な組織、と言えば何が思い浮かぶだろう。
 軍事力、経済力なら米国だろうか。自治能力を持つ国家の共同体ならば国連だろう。
 しかして凡そそれらに匹敵するとされる存在が“宗教”である事に疑いは無い。
 では更にその内でも最たる物と言えば。永世中立を掲げる彼らを神秘界隈では、
 時に敬意を、時に脅威を、そしてその良くも悪くも徹底した姿勢に対する恐怖を込めてこう称す。
 ――世界最大最強のリベリスタ組織『ヴァチカン』と。
 さて、しかし世界的にも稀有な信仰のサラダボール、極東の空白地帯を挙げる必要すらも無く。
 独逸最大のリベリスタ組織として知られる『オルクス・パラスト』の例にも有る様に、
 世界最大最強は各地方、各国土に於ける最大最強では決してない。

 その潜在的影響力はともかくとして、彼らがその総力を挙げて表立って動く事は極めて稀だ。
 凡そ四百年程前、とある神器を歪夜の使徒らと競り合った神秘史上最大規模の“聖戦”。
 『正逆戦争』以来長き沈黙を保ち続けた眠れる獅子は、けれどその帳を明かしてはいない。
 それでも、土壌の堅実さ故か総数としての存在感故か。彼らに帰順するリベリスタ組織は非常に多い。
 その最たる物が『騎士団』――すなわち、聖堂騎士団(テンプルナイツ)である。
 悪名と功名を併せ持つ“教会の狗”こと『キプロス騎士団』を筆頭に『騎士団』は各地に点在している。
 北欧はギリシャに於けるそれが『アルゴス騎士団』である。
 彼らはその国土に育てられた屈強な戦士達の集まりだ。本来傭兵の派遣等受け入れる性質ではない。
 そこに敢えて横車を押したのは、『ヴァチカン』それも親主流派の意向に他ならない。

 彼らの社会に於いて極東のリベリスタ組織『アーク』とは、
 歪夜の使徒を退けた“東方の勇者”と言うスタンスが半ば決定付けられている。
 公式の場で、相応の人間がそれを口に出した瞬間からその事実は暗黙の了解とされてしまった。
 そして『ヴァチカン』上層は世界でも屈指の権力争いの坩堝である。
 親主流派が『アーク』を擁護するならば反主流派は必然的にこれと対立する。
 それを抑え込むには彼らの擁立する『アーク』が『ヴァチカン』の管理下に於いて優れた成果を出す事。
 これが必須条件なのだ。然るに、『アルゴス騎士団』はどちらかと言えば反主流派に属していた。
 そう、つまり此度リベリスタ達に齎された仕事とは、そういう“政治的駆け引き”の道具だった訳である。
 それを知って尚断れない辺りが、現在の『アーク』の面倒な立ち位置を示してもいた訳だが……

●聖堂騎士の挑発
 首都アテネよりエーゲ海沿いに西に約200km。
 その地点より更に真っ直ぐ北上すると到着するのが、ギリシャ第二の都市テッサロニカである。
 人口凡そ80万人。バルカン半島有数の大都市として知られているこの街は、
 経済や産業、商業、政治の中心であると共に南東ヨーロッパの交通における一大拠点でもある。
 観光客や貿易商等も数多く、港町としての性質を有する事から異国人に対する間口も広い。
 市場は賑わい文化水準も高く、国際レベルのイベントも数多く行われている。
 さて、然るにそんな大きな街から更に東に100km。アトス山なる山がある。
 世界遺産に指定されており自治権すら持つこの山は『ヴァチカン』の一大拠点である“修道院共同体”だ。
 ギリシャ内部に確かに存在しているにも関わらず、人々はこの聖なる山を宗教国家として区分する。 
 そんな“アトス山修道共和国”とギリシャとの国境に当たるウラノポリと言う小さな街。
 そこが『アルゴス騎士団』の本部である。木を隠すには森の中。神秘を隠すには掌の中、と言った所か。
 20世紀にも及ぶ『ヴァチカン』一級の政治工作の結実が其処には確かに存在していた。

「なるほど、貴様らが“東方の勇者”か」
 忌々しい物を見る様な眼を隠す素振りすら無く、その赤毛の男は重々しく口を開く。
 『アルゴス騎士団』副団長、『赤獅子』テオドール・スマラグディス。
 そう名乗った男は木目造りの古いテーブルの上に羊皮紙で描かれた地図を置く。
 当然ながらアークのリベリスタらにギリシャの地の理など無ければ、それが何所かなど検討も付かない。
「この近くにイエリソスと言う街が在る。その街で奇妙な出来事が相次いでいる」
 日本風に言うならば神隠し。北欧風に言うなら妖精の悪戯か。
 少し遠出しただけの子供が帰って来ない。親が心配して警察などに連絡をする。
 痕跡を辿るとある瞬間突然ふっとその痕跡が消える。まるで騙し絵の様に。
「付近を人海戦術で調査した所、こんな物を見つけた。これは間違いなく革醒者による神秘事件だ」
 更に並べられた写真は無理な望遠で撮影したのか酷くぼやけている。

 しかし確かに映っているのは路上に広がった明らかに異質な黒い霧だ。
 見る物が見ればそれが――展開された“闇の世界”である事が分かるだろう。
「本来この程度我々で十分な案件なのだがな。上からの命もある」
 幸か不幸か、恐らく下手人には騎士団が動いている事は伝わっていない。とテオドールは語る。
 であるならば、狩り場がいきなり変わる事は無いだろう。闇の世界の持続時間は僅か2分。
 日本国内ならばともかくギリシャは広い。人口密度など比較するのも馬鹿らしい。
 人の目の届かぬ瞬間など幾らも有る。必然的に、人攫いの数も言うに及ばない。
「“東方の勇者”殿の実力精々見せて貰おうか。何、無論此方も仕事は果たそう」
 挑発的に告げるテオドールを前に、リベリスタらが小さく頷く。
 異国に於ける仕事には『万華鏡』が働かない。不確実な情報、曖昧な敵対者。不明瞭な背後関係。
 けれど、そこに救える者がいるならば――アークの挑戦が、幕を開ける。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年10月29日(火)23:11
 93度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 世界編と言う事でギリシャです。お気軽にご参加下さいませ。以下詳細。

●作戦成功条件
 被害者の救助

●注意事項
 <アーク傭兵隊>系列のシナリオでは『万華鏡』が使用不可となっており、
 その影響で詳細情報に不確定且つ不鮮明な物が多数含まれております。
 隠蔽情報は難易度相当となっておりますが予め御了承下さい。

●人攫い
 神隠しを起こしているフィクサード達。
 最低3名以上、最大6名以下であると想定される。
 クラスは不明ながら最低でも1人は闇の世界を用いる事が出来、
 他のメンバーもこれに対する耐性を有していると思われる。
 クリミナルスタア、レイザータクト、ミステランは100%存在しない。
 実力の程、目的共に不明ながら、現在のアークのリベリスタが対抗出来ない程ではない。
 何らかの逃走を補助する破界器を有している可能性有り。

●被害者
 最近イエリソスへ引っ越して来た4人一家の子供達。姉と妹の2人。
 『騎士団』が情報を遮断している為街の外に好んで出る子供はこの2人に限られる。
 昼から夕方まで外で遊び、日が暮れると家に帰る模様。新天地で人見知りしがち。
 
●アルゴス騎士団
 ギリシャはウラノポリに本部を置く聖堂騎士団の1つ。
 ヴァチカン系のリベリスタ組織の典型として聖務遂行の為に手段は選ばない。
 物理面に特化している物の、『騎士団』の名に相応しいだけの実力を有する。
 アークが人攫いを取り逃がした場合、騎士団の下級騎士達がこれを抑える予定。

●戦闘予定地点
 イエリソス郊外の路上。障害物は然程無いが丘陵地帯である為死角は多い。
 アップダウンの激しい地形。光源は乏しく日が暮れると殆ど視線が通らない。
 足場は安定しており、観光地から離れていることから人通りも非常に少ない。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
覇界闘士
アナスタシア・カシミィル(BNE000102)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
マグメイガス
★MVP
宵咲 氷璃(BNE002401)
ナイトクリーク
ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)
クリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)

●赤獅子
「此度は世話になる。アークでは新参の身だが、連れに恥じぬよう務めに励もう」
 『無銘』 熾竜“Seraph”伊吹(BNE004197)の言に、男は露骨に皮肉気な笑みを浮かべる。
 テオドール・スマラグディス。そう名乗った赤髪の男は実に徹底していた。
「これはこれは、流石“東方の勇者”殿は名前負けせず勇敢であらせられる。
 未知の土地の未知の任務に新兵を差し向けるとは、そんな余裕が我々も欲しい物だ」
 流暢な“日本語”と共にちらりと視線をやれば、背後に控える騎士達が小さく肩を竦める。
 慇懃無礼ここに極まれり。感じられる物は敵意にも近しい。
 しかしもしもそれを指摘したならば、頭を下げるのはテオドールではなく騎士達であろう。
 長年の“政治的駆け引き”の結果か。どうも彼の組織の関係者にはこういう手合いが多い。
「お会いできて光栄だよ、ヴァチカンの騎士殿」
 それに対し、微笑を返したのは『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)だ。
 彼にとって“宗教”には他の面々以上に特別な意味がある。
 憎悪か、怨嗟か、或いは自己嫌悪の反動か。それを明確に言語化するのは難しい。
 神とやらが少女に与えたのは救済ではなく痛みと銀の銃弾だった。その時の想いを忘れはしない。
「極東の箱舟の力、ご覧に入れようか」
「では我々は貴方方が期待通り成果を上げる事を、大いなる主に祈らせて貰おう」
 故に、ロアンは微笑みの下で神威に唾を吐く。いけ好かない“神の信徒”共。
 ここを見事成功させたら、その鼻っ柱を折ってやれるだろうか。

「偉大な先達に会えて光栄だ。その背中に続けるようにしよう」
 一方『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の感情はまた異なった意味で複雑だ。
 彼女の神に対する想いは“出逢ったら必ず一発殴ってやる”と言う位置に留まっている。
 しかし彼女がテオドールへ向ける視線には偽りが無い。万華鏡に頼らず治安を維持して来た。
 その実力は本物だ。でなければ聖堂騎士は名乗れない。
 実際アークでも屈指の実力者である杏樹の眼からしてもテオドール――『赤獅子』の底は見えない。
「何、我々でも容易な仕事だ。“東方の勇者”殿なら赤子の手を捻る様な物だろう」
 薄く笑むその様から感じられる圧倒的なまでの自負。余程出来なければ“こう”はなれないか。
 鋭敏な五感に響く強烈なプレッシャーに、なるほど世界は広いと黙考する。
「そろそろ出ようぜ。可能な限り早く駆けつけないとな」
 話題の筋を外す様、言葉を挟んだのは『一人焼肉マスター』結城“Dragon”竜一(BNE000210)だ。
 普段ならそんな事は決してしないだろう彼は、けれど状況を良く見ている。
 何所まで信用出来るかは分からずとも、疑心暗鬼からは何も生まれない。
 例え、相手によって“試されている”と言う感覚が抜けなくとも、だ。
「ああ。たとえここが海外だとしても、やることは変わらない」
 応じる『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)にも求める物がある。
 ここでどれだけ舌鋒を交えようと彼の求める情報は得られない。
 何所か面白がる様に喉を鳴らしてみせ、『赤獅子』は言無く背を向ける。
 その後姿は――――世界は未だ広く、大きい。

●空より来たる
 北欧の丘陵地帯は日本の感覚で言うそれとは訳が違う。
 丘の高度差は2m以上にも達し、例え大人であろうと窪みに嵌まると遠目からはまるで見えない。
 雄大な大自然、と言うべきだろうか。田舎の風景も国が変われば一変する。
 リベリスタらが潜んでいるイエリソス近郊の地形は、言うなればそんな。
 要約したなら日が暮れてしまえば視線の通りが極めつけに悪い、そんな地形をしていた。
「はふふ、こんなカタチで故郷に帰るコトになるなんてねぃ」
 とは言え――『灯蝙蝠』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)からしてみれば、
 それは故郷には良くある程度の光景だ。流石に観光地から外れているだけあって緑が多くは有る物の。
「あたしの庭で勝手な真似はさせないよぅ!」
 東方の地とはまた異なる意欲と共に、拳を握るアナスタシアは如何にもやる気十分と言う体。
 そしてそんなやる気に満ち溢れている人物がもう一名。
「子供をさらう輩を放ってはおけない……幼女を! 少女を! ショタも! 救わなければ!」
 例えギリシャでもブレ無い竜一の信念は主に口から毀れまくるのが玉に瑕と言うか、
 この辺口を開くと残念と言われる由縁である。
 とは言え、こと仕事に関して言えば彼が手を抜くことは先ず有り得ない。
 影に潜みつつ周囲の様子を探るその様はTPOまでは忘れていない事を示している。
 そう、彼らは現在隠れ潜んでいた。丘の窪みに実に8人総出である。
 これでもし相手に透明化に類する能力でも有ったら一網打尽の危険もあるが、
 今回に関して言えば、彼らの監視網は半端でなく整備されていた。
 
 視界の中には2人の少女。片方は小学生半ば程か。屋外であるにも関わらず読書に励んでおり、
 もう片方はそれより3、4歳年上に見える。此方は脇道でラジコンヘリを組み立てている。
 双方とも何故こんな郊外で。と言う様相ながら、恐らくは引越し直後で居場所が無いのだろう。
「んー……誰も居ないみたいだよ伊吹お兄ちゃん」
「む、それはおかしい。千里眼で見通せない範囲から即座に近付く手段など……」
 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が小首を傾げるのに対し、
 伊吹はサングラスで表情を隠しながらもはっきりと疑念の色を示す。
 周囲をこまめに見回す杏樹へ視線を向けても芳しい反応は無い。静かに頭を振るのみだ。
 “千里眼”と“マスターファイブ”をスルー出来、かつ移動を可能とする神秘。
 少なくとも彼女らの知識の中にそんな神秘は存在しない……破界器の効果、だろうか。
 いや。そうではない。そうではない事を、彼らの中の1人が探知する。
「違うわ……もう来てる。数は――5人!」
 姉妹の上空には、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の放った鳥の式神が旋回していた。
 五感を共有する事で視界を大幅に拡大させられる“式神使役”は斥候としては極めて優秀だ。
 当然、千里眼でも空を視界に収めていたなら一目瞭然ではあった。
 しかしターゲットである子供が地の上で戯れているのに、空の上を誰が気にするだろう。
 千里を見通す魔眼も万能ではない。人間の瞳を介する以上頭上は何時だって死角なのだ。
 そこまで見越し空に監視の眼を放った、氷璃の功は勲一等と言えるだろう。
「そう言えば、痕跡が消えるって言われたな……っ!」

 雑な説明を思い出し舌打ちする杏樹。
 得られた時間は果たして幾許か。しかしこの場合、その数瞬は千金に値する。
「アリステアちゃん、宜しくね!」
「うん、大丈夫、やる事はいつもと一緒! 頑張るの!」
 背を駆けるロアンの声援を背に、アリステアが先行する。
 視線を上に上げれば光の翼を生やした影が4つ。空に在り続ける影が更に1つ。
 ホーリーメイガスである彼女ならば見れば看破するのは容易い。
 ――翼の加護、だ。何の奇を衒うでも無い。余りにも有りがちな手段。
 アークであれば、万華鏡が一発で見抜き事前情報として添付されていただろう懸念点。
 それが、無い。ただそれだけで基本と言える神秘がこれ程意識から抜け落ちる。
 空から降り、攫って跳び上がる。これなら確かに2分でも十分だ。十分過ぎる。
 だが、だからこそか。
「うおおおお――っ! アーク参上! 大丈夫か少女達っ!」
 其処にタイミングを合わせて人が跳びこんで来ると言う事態に、彼らは浮き足立った。
 突っ込んだ竜一から見ても分かる。そこは地上10m。
 アークのリベリスタなら先ず間違いなくそんな場所では止まらない。
 無理矢理でも3m以下まで降りきった筈だ。この時点で分かる。
 相手はリベリスタと戦い慣れていない。
 勿論これを以って、弱いと断定することは出来ない訳だが。

「だ、だれ!」
 本を手にした少女が舌ったらずに。ラジコンを抱えた少女が強く、誰何の声を上げる。
 アリステアとの距離は殆ど無い。警戒させまいと事前に考えておいた言葉を紡ぐ。
「え、っと、人攫いが出るってきいたことある?」
「ひ、人攫い!?」
 全力で駆けて来るアークに対し警戒も露に距離を取ろうとする姉妹達。
 その第一声、既に人攫いが出現している状況下では若干悠長に過ぎると言えた。

●電撃制圧
「ち、違う、違うのっ、あの人たちがそうなんだけどね!」
 彼女が、どう見ても人攫いには見えない外観をしていた、と言うのが幸いしたか。
 誤解は続く言葉で比較容易に解けた物の、姉妹の表情は等しく堅い。
 本当は直ぐ後方に下がりたかったのだが、距離を取られ目算を誤ったのも予定外だった。
「人攫い共、こっちだ!」
「せめて彼女達が無事帰れるよう、全力を尽くしましょう」
 けれどそうして空いた僅かな空白を、快の声音と割り込む様な氷璃の魔術が埋める。
 意識がその挑発的な響きに向けられるや、圧縮された高速詠唱と描き出される魔法陣。
 放たれた黒血の鎖が中空で留まる数名を地へと引き摺り下ろす。
 1名、他の面々より動きの良い男がこれをかわすもそこには光り輝く円環が飛んでいる。
「救える者がいるならば――救わねばなるまい」
 伊吹の乾坤圏に吹き飛ばされ、姿勢を崩すやそちらへは既に前衛陣が駆け込んでいる。
「大丈夫だよ、悪い奴等をやっつけてくるね。待ってて」
「誘拐なんてしようとしたコト、すぐに後悔させてあげる!」
 アナスタシアが一閃振り抜いた腕から放たれる灼熱の赤。
 その煽り火に照らされ真ん丸に瞳を開いた子供達へ、横を駆け抜けたロアンが笑いかける。
 落ち着いた声音に固まっていた少女らが、ほっとした様に呼気を吐いたか。
 少なくともアークの側が“人攫い”でない事は、盾の様に展開したその陣を見ても明らかだ。
「大丈夫。ちゃんとお家に返してあげるから、ここでじっとしててね?」
 アリステアのフォローに、2人の少女が目配せをし合う。

「くそっ、何だこいつら聞いてねえぞ!」
 一方で、既に人攫いと交戦している面々はその反応に怪訝な物を禁じ得ない。
「……どういうことだ?」
「分からん……が、どうも仕込みくさい気はしていたな」
 雷神の矢を放ちながら杏樹が首を傾げるのに、伊吹が何所か憮然と応える。
 万華鏡が無い以上与えられる情報が雑なのは当然だ……が、逆に言えば。
 彼らに与えられた情報は部分的に“濃過ぎた”例えばあの望遠写真にしてもそうだ。
 撮影した人間は現地で誘拐が行われて2分以内に現場に居たのだ。
 それで犯人の目星が真実まるで付かない等と言う事が有り得るのか。
 伊吹の歴戦の直感はその問に“No”を突き付ける。
「えーっと……と言うか、何だこいつら」
 それとはまた違った意味で、竜一もまた振りぬいた宝剣の手応えに眉を寄せていた。
 恐らく今叩き斬ったのはソードミラージュだろう。が、余りにも手応えが軽い。
 端的に言うなら、竜一の想定する“フィクサード”のイメージに反して相手が余りに弱い。
 勿論アークでも中堅所なら良い勝負だろうが、竜一なら2対1でも敗けはするまい。
「竜一お兄ちゃん、ロアンお兄ちゃん、大丈夫!?」
「ああ、どうも……問題無いみたいだ」
 天使の歌を響かせ周囲を癒すアリステアの問い掛けに、ロアンも戸惑いを隠せない。
 これが……こんな物が、彼の妹を苛み続けたのかと。しかし、それは大きな誤解である。
 世界基準で見た場合アークの“エース”は既に一流と呼ばれるレベルに片足を引っ掛けている。
 そして世界中に存在するフィクサードの過半数はあくまで“二流止まり”なのだ。

「――っ、こいつら強いぞ! 一端退く!」
「させるか……その汚い血と中身、ブチ撒けなよ」
 ロアンの鋼糸が弧を描き、恐らく敵のリーダー格と思われる男への血路を拓く。
 切り刻まれ血塗れになってよろめく3人のフィクサードを余所に、
 その中央に突っ込むのは快。数歩の後、予想の通りに周囲を光一条通さぬ闇が包み込んだ。
「!?!?!? な、何!?」
 確保した姉妹の姉の方が慌てた様な声を上げるが、快の視界には“熱源”が映り込んでいる。
 翼をはためかせ離脱しようとする、男達の姿も――一目瞭然だ。
「てめえら、撤収「此処だ! 俺ごとやれ!」
 声に被さる声。その瞬間全く躊躇無く薄氷の魔女はその声の元へ指先を差し向けた。
 非情ではなく冷酷ではなく、信頼故に氷璃は其処に手加減の必要を憶え無い。
「巻き込まれたく無い子は避けなさい」
 見えようと見えまいと、関係無いとばかりに放たれ炸裂するは魔炎の円舞。
「続けて行っくよ――ぅ!」
「ちょ、まっ、まだ逃げられてないっ! 俺は新田と違って繊細なんだ!」
 更に意気揚々と続くアナスタシアだが、彼女の“紅蓮”は前衛が居る状況で使う技ではない。
 竜一が悲鳴っぽい物を上げると、それを隙と見たか。
 1人のフィクサードが闇の世界を上空へ向かって突っ切る。
「ば、味方を巻き込むとか正気じゃねえ! やってられ」
 それ以上言葉を紡ぐ事は出来ない。眼下にはぴたりと照準を合わせるシスターの姿。
「――地獄で悔い改めろ」
 新たに設えた黒翼の弓に込められたのは必中の呪矢。
 指を離した瞬間光芒は雨天の燕の如く地から天へと駆け上がり、罪人を地へと突き落とす。

「A-men」
 祈りを捧げるその言葉を聞く者は既に無く、交戦開始より実に1分弱。
 瞬く間に、と言う言葉程容易くこそ無かった物の凡そ呆気無いほどに――
 だからこそ。
 余りに上手く行き過ぎたからからこそ、それは常に意識の外に在った。
「何だ、使えない奴ら」
 空から閃いた雷撃。魔術師であるならその威力の凶悪さに実力を測る事も出来たろう。
 それが天高く杏樹の射程圏の実にギリギリの境界線から降り注いだのは。
 これで終わりだと思った矢先の出来事だった。

●霧の都の蠢動
「怖い思いさせて、ごめんね?」
 そう言ってぎゅっと抱きしめたアリステアとすっかり打ち解けた姉妹は、
 けれど神秘の秘匿から伊吹に記憶を操作され、その十数分の出来事を忘れ去ってしまったろう。
 そんな事後処理を終え、帰り着いた先はウラノポリ『アルゴス騎士団』本部。
「かくて貴方方はその明らかに重要であるだろう人物にまんまと逃げられた、と。
 いや実にご苦労様だ。流石は“東方の勇者”様、仕事も文句の付け様が無い程過不足無い」
 訪問第一声、露悪的な笑みと共に声を上げたのは『赤獅子』テオドール。
 そこに拍手も加われば、流石に歓迎されているとは誰も思うまい。
「そういう言い方は無いよねぃ」
 ぶーとアナスタシアが不満を示して膨れると、けれどテオドールは呆れた様に首を傾げる。
「褒めているつもりだが? 未知の土地での初仕事ならば上出来だ」
 思わず睨む様に視線を強めたロアンに、それを遮る様に快が手を翳す。
 けれど口火を切ったのはこの状況に幾度も違和感を憶えていた、伊吹。
「それで、我らは合格か? いや。より正確に言おう――あれは、どこまでが仕込みだ」
 その問い掛けは。そしてそれに口元を歪めた『赤獅子』の反応は、状況の全てを説明している。
 この一件。つまりは囮にされたのは姉妹だけでなく。そしてここまでが『騎士団』の目論見通り。
「最近、英国は倫敦に奴隷商が頻繁に出入りしているのを知っているか」
 突然に飛び出したその言葉に、リベリスタ達全員が等しく眉を寄せる。
「供給源は北欧のみならず、アジア、アフリカ、南アメリカにまで及ぶ。
 そこまで人間を蒐集して、一体何をしているのかは知らんが……それを掴む必要が有った」

 事前に相手の本拠地までは掴んでいたのだろう。しかし待てど暮らせど動きが無い。
 動きが無い以上囮を立てる必要が有るが、これの警護に『騎士団』を動かす訳にはいかない。
 “聖堂騎士”は教会に於ける決戦戦力だ。動きは国内のフィクサードに逐次チェックされている。
 押せば、退かれる。出さぬ尻尾を掴むのに“傭兵”は格好の標的だった。
「とは言え、飛んで逃げられた物までは捕えられん。そうだな、75点と言った所か」
 背後に控えた騎士達が瞬く。それは、十分に合格圏を越えていると言う事だ。
 緊迫した空気が緩みほっと息を吐くアリステアに、テオドールの口元もまた緩む。
「何か分かれば追って連絡しよう。その位の義理は果たすとも」
 続けられた赤獅子の言に、けれど快が言葉を挟む。
「待った。一つだけ教えてくれ」
 それは、彼にしては珍しい位に純粋に、ただ自分の為の行動だった。
 その行動や言動をつぶさに見ていれば彼らしくないとでも思ったろうか。
 けれどテオドールは何気なくその先の言葉を待つ。
「『救世劇団』、と言う名前に心当たりが無いか」
 響いた言葉に、恐らくこの時初めて『赤獅子』ははっきりと驚きの色を見せる。
「……我々の前で、二度とそれを口にするな」
 続いた声音は硬質的で、抜剣するに等しい殺気が身を貫く。
 何かが障ったのだろう。それを解する前に赤髪の男は背を向ける。続く言葉を拒絶する様に。

 追い掛ける事も、問い質す事も適わない。ただ、静かに拳を握る。
 それが彼らの――アークの、ギリシャへと刻んだ最初の一歩。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ノーマルシナリオ『<アーク傭兵隊>隠神事件』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

いえ、難易度詐欺ではないのです。
奇襲で動きを縛って攫って直ぐ逃げる予定だったのです。です。
敵の主力が早々に見限ったので戦闘面が楽勝ムードなのは仕様です。
どうしてこうなった。MVPは見事に死角を見破った宵咲氷璃さんへ贈ります。

この度は御参加ありがとうございました、またの機会にお逢い致しましょう。