●バティスタの聖歌隊 神秘世界のハイエンド。世界でも最も神秘事件の多い地、北欧。 その北欧の支配者EUに属する一国。イタリアで最も年若いリベリスタ組織は、と問われたなら。 同国の、特に親ヴァチカン系のリベリスタならまず挙げるだろう名称がある。 即ち、『バティスタの聖歌隊』である。 世界的にも芸術の都としてパリと双璧をなす、イタリアン・ルネサンス発祥の地フィレンツェ。 その守護聖人洗礼者ヨハネの銘を掲げるこの組織は、 2012年活発化した国内の対『楽団』用戦力として新設された。 彼らの役割は主に世界各地で聖戦に当たる聖堂騎士(テンプルナイツ)の支援であり、 性質上前線に立たされる事は少なかった。それが騎士団ではなく聖歌隊である由縁である。 そう。彼らは殺し殺されとは縁遠い位置に居たのだ。実戦経験が決定的に足りない。 いや、今となっては足りていなかった、と言うべきだろうか。 日本のリベリスタ組織『アーク』。 救済の方舟を掲げる彼の組織が、世界最悪と悪名高いフィクサード集団。 厳かなる歪夜の十三使徒『バロックナイツ』が第十位、 『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオを下したのが2013年3月の事。 それには当然彼の使徒の傘下。イタリア国内に留まっていた『楽団』の壊滅も付随していた。 この予期せぬ朗報に対しヴァチカンは主流派である所の騎士団の動きは迅速を極める。 直ぐ様イタリア各地の親派に召集を掛けると元は『楽団』によって大いに染められていた、 国内のフィクサード組織を厳粛に、徹底的に、そして決定的に“浄化”しに掛かったのだ。 これにより国内の小規模組織はその行動力と戦力その物を大きく――文字通りに殺がれ、 大規模な。つまり『カモッラ』やそれに属する様なイタリア社会の裏側を牛耳る古株達は、 初動の遅れから傍観に徹する事を余儀なくされる事となる。ここまでが凡そこの1年間の話だ。 これに際し、彼ら『バティスタの聖歌隊』も支援ばかりしている訳にはいかなくなった。 イタリア各地、と一言で言っても国と言う領土は決して狭く無い。 そして世界最大にして最強と呼ばれる『ヴァチカン』とて一枚岩ではないのだ。 上層内部の勢力争いの網目を抜けて実動に当たったのはその一部。人材が決定的に足りなかった。 そんな情勢であれば割を喰うのは何時の自体も上より下だ。 支援技術ばかりを鍛え上げていた『聖歌隊』はある日唐突に前線に投入された。 以降は戦いに次ぐ戦いの連続だ。彼らは俄かに忙しなさを増した日々に消耗を余儀無くされていた。 けれどそんな日々も漸く一区切り付いたと思われたのが凡そ1ヶ月前。 上層に於ける教皇派の動きとその調整とやらで騎士団の動きが鈍った。 それが件の『アーク』が歪夜の使徒は第十一位『犯罪ナポレオン』を霧の都から追い払ったと言う、 西欧神秘史に刻まれるだろう一大事件に端を発するとは露知らず。 ともあれ急場を凌いだ『聖歌隊』は偶さか訪れた空白期間を安堵と共に満喫していた。 ――――それが、起こるまでは。 ●終わらぬ調べ 「死者が、蘇るんです」 イタリア、トスカーナ州、シエーナ県モンテプルチャーノ。 ワインの醸造等で知る人ぞ知る小さな街だが、バスの交通量が比較的多い為観光客も少なくは無い。 赤煉瓦の街並が異国情緒を漂わせ、丘と坂道で構成されたその街の外れ。 丘陵地帯の麓に在るマドンナ・デッラ・サンビアジョ教会内――中央聖堂。 懺悔する様に俯きながら深刻に告げたその男は、見た所未だ20代である様に見えた。 表情には焦燥が色濃く、元はそこそこ優男だったろう整った風貌は疲労で台無しだ。 くっきりと浮かんだ隈と濁った瞳には聖職と言う言葉をはっきり裏切る絶望が色濃い。 掠れたような声音に、訪れたリベリスタ達が眉を寄せる。 「夜になると、丘の向こうからぽつぽつと影が近付いて来るんです。 街に入らせる訳にはいきません。僕達も必死に戦いました。けれど――」 そう、けれど。 「何度倒しても、切り刻んでも、倒れない。異様にタフで、動きも素早い。 油断して死んだ仲間も直ぐに立ち上がり敵陣に加わる。切りが無いんです。 毎夜、毎夜、奴らは何所からともなくやって来て、仲間達を奪って行く……1人ずつ、1人ずつ。 動かなくなるまで殺し切って焼き払い灰にすれば流石に増えませんが――」 ではそれをするのに、一体どれだけの犠牲が出たか。 「何とか元凶を追い詰めようと、追っ手も出しました。 けれど誰も戻って来ない。次の日には死者の群れに参列する有り様です。 騎士団の実動も幾度も求めました。死者の冒涜など許されない。浄化の必要が在ると。けれど――」 けれど、そう。誰もその惨状を信じない。戦いに疲れ弱音をはいているのだろうと断定される。 死霊術士は既に過去の物だ。ヴァチカンが根こそぎ殲滅し、生き残りの『楽団」も壊滅した。 例え1人2人残っていたとしても『歌姫』シアーや『第一バイオリン』バレット級の要人でも無い限り、 大勢の死者を際限無く使役する事など出来はしない。『聖歌隊』だけで十分対処可能の筈だ。 その理屈は彼らにだって分かる。そも死霊術で以って死者の群を“指揮”する等容易い事ではない。 正規の。即ち『福音の指揮者』に認められた『楽団』員ですら楽器による補助を必要とした程だ。 では、今起きているのは何なのか。答えは出ない。彼らにだって説明出来ない。 説明出来ない事を、理解する気の無い相手に納得させる事は尚更困難だ。 そしてトップダウン型の『ヴァチカン』に於いて、下部組織からの声は余りにも軽い。 「皆さんに来て頂いたのは、その原因を探って頂く為です」 再三の援軍要請に、上層組織である騎士団がそれならばと示した解決策が――傭兵の、派遣。 しかし信頼性の極めて薄いそれに縋るしか無かった事が、彼らの窮状を何より示している。 「奴らは外れの墓地に出没します。僕達には彼らを守る義務が有る。 けれど、このままであれば多分、壊滅するのは僕達の方です……」 彼ら『バティスタの聖歌隊』の数は、開戦当初の7割にまで減っている。 もしも任務に失敗し、一度帰国してしまえば次は無いだろう。 「どうか、お願いします」 迷える子羊達を。罪もない人々を。どうか、護って下さい。 頭を垂れてそう告げる男に、掛けられる言葉などリベリスタ達にすらもう無かった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月06日(日)22:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●丘上の夕暮れ 「……今になって楽団騒ぎか」 「皆、何かしら裏で糸引く存在が居るって思ってるみたいだけどね」 イタリア、モンテプルチャーノ 神父、シスターと言った本職の人間が決して少なく無いこの国に於いて、 常ながらシスター服の彼女。『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の装いは、 有る意味祖国でのそれ以上に溶け込んでいた。 他方、応じた『骸』黄桜 魅零(BNE003845)はと言えば何時も通りの普段着である。 旅行客然とした魅零とシスター然とした杏樹。ペアとして見たなら異色であろう。 しかしてその所業はと言えば、これもやはり見た目相応に逸れている。 「相手が楽団なら、この墓地を利用しないのは不自然だからな」 ず、と退けられた墓石を元の位置へと戻す。 平らなそれは、日本で言う所の“墓石”とは異なるも、意味する所は変わらない。 「ごめんね死体さん、起こしてしまって」 即ち2人がしている事は有り体に言って、墓荒らしその物だ。 丘の彼方から来る蘇った死者、けれどそれにしてはおかしい所が多々見られる。 過去、『楽団』と相対した経験からすれば察するは容易い事。 もし楽団相手に墓場など戦場にしたなら、敵戦力は間違いなく“急増”している筈なのだ。 にも拘らず墓場は荒れ果てておらず遺骨も大半が残っている。おかしい、と言う他無い。 「……町の中には明らかに不審な奴は居なかったな」 其処へ、町の見回りをして来た『合縁奇縁』結城“Dragon”竜一(BNE000210)が合流する。 町の人々に挨拶する傍ら地形把握に努めて来た彼が目にした内容を要すると、 この町はほんとうに小さな田舎町、と言う程度のこじんまりとした都市だと言う事だ。 典型的な丘上都市であり、周囲を低めの城壁が囲んでいる辺りなど、 如何にも日本人が想像する西欧の町らしい造りだが、1時間も歩けば網羅出来てしまう。 「何かを隠すにも都合が良いとは思えないが……」 天の時、地の利、人の和、孟子に曰く善将の三得である。 この内地の利を得る為に歩き回ったは良い物の、謎は深まるばかりである。 戦い慣れしている竜一の目から見ても、この都市は“護り易く攻め難い” 強いて言えば全ての大地が斜面の為近付くまで姿を隠し易い。 と言う特徴はある物の、限られた戦力で攻め落とすにはまるで向かない。 特産品もワインと、例えばどこかの組織との交渉に使える様な物ではない。 (戦いに向かない『聖歌隊』でも護れる筈、って言うのは強ち間違いでも無い訳か……) 考え込む竜一に、墓石を並べ直した杏樹が怪訝の色を浮かべて告げる。 「遺骨は大半が無事だ。多分、葬儀がここ最近の物だけが無くなってる」 遺体が新しく無いと操れないのか。或いは他に理由が有るのか。 西欧では未だに土葬が中心である。無くなった遺体は大半が原型を留めていた筈だ。 「となると、いよいよ以っておかしいな」 竜一の言に、杏樹が頷く。それらを横目に魅零の目線は日の沈み行く丘陵を見つめていた。 赤く染まる町は異国情緒を漂わせ、嫌が応にも彼女に何かを予感させる。 「楽団以外の黒幕、かぁ……その人強いのかなぁ! 楽しみだなぁ~」 きししと歯を剥いて笑う少女を余所に、今日と言う日が終わって行く。 「後衛、ですか。それは勿論、願ったりと言った所ですが……」 マドンナ・デッラ・サンビアジョ教会、中央聖堂。 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)からの打診に、 どこかやつれた風貌の神父はけれど、困惑と共に言葉を濁す。 「万一討ち漏らせば奴らは街へ向かう。貴方達に境界線をお任せしたいんです」 それはつまり、彼らが墓地を囲う城壁の外で迎え撃つと言う意思表示に他ならない。 防戦のセオリーからすれば明らかに外れている。しかし、彼らには彼らの事情が有る。 「私達はチームプレイに慣れています。こちらで敵戦力を漸減させ、 突破する個体が居たら皆さんで各個撃破。これが最も効率的ではないかと」 「いえ、しかしそれでは……それならば我々も壁外に出た方が」 『現の月』 風宮 悠月(BNE001450)が後を継ぐと、流石に神父が抗弁の色を強める。 流石は苛烈と知れるヴァチカン傘下。痛い部分を全て傭兵に預けるには抵抗が有るか。 或いはそれを指して矜持と呼ぶかは中々難しい所ではあれ―― 「この地を託したのは騎士団がそなた達を信じればこそであろう」 『無銘』熾竜“Seraph”伊吹(BNE004197)は其処に敢えて、 『騎士団』の名を出す事で『聖歌隊』の立ち位置を明確化させる。 彼らに与えられた役割の最上位が“町の防衛”である以上、過度の私情は混ぜられない。 「それは、確かに……ですが万が一皆さんに被害が出たら」 自らが追い詰められ尚、他人の事を慮るのは良心が故か。 権力闘争の伏魔殿たるヴァチカンとは言え末端も末端。恐らく根が善人なのだろうが…… 「うん、この辛い状況で街に被害がないのは君達のおかげだよ」 この場合、その善良さは枷にしかならない。 「だからこそ協力しあって、一緒に街を守ろう」 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は敢えて“協力”と言う語句を用いる事で、 それ以上の申し出を封じる。其処までされれば劣勢で有る自覚の有る『聖歌隊』だ。 強行する事も出来ず渋々と了承したか。そこに、悠月が何気なく問い駆ける。 「そう言えばこの街は――エトルリア時代の地下墓所(カタコンベ)が在った筈ですね」 突然飛び出した言葉に、目を丸くするのは神父だけではない。 アークの面々からしても寝耳に水だ。そしてそれは―― 「そんな物が……有ったのですか?」 「……えっ?」 “全く誰も思い掛けない方向に事態を動かす” ●彼方より来たる 丘の向こう。地平線の彼方から幾つもの影が出現した瞬間、 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は既にして、 その鋼鉄色の前衛芸術品とでも呼ぶべき巨砲を手繰っていた。 (戦力の3割喪失で作戦継続って……泥沼化した頃の旧日本軍並に狂ってますよ) 本質として、基本的な戦略思想に於ける戦力減衰率と被害総量は比例して拡大する。 要するに兵が減れば減るほど同じ敵と対した場合に死に易くなる訳である。 故に一般的に戦力が1割減ったら敗北、2割減ったら大敗だ。 3割減ったらそれはもう既に戦闘とは言えない。普通に考えれば狂気の沙汰以外の何物でも無い。 「言っても仕方無い。ヴァチカンのやる事だ、多分何か意図が有るんだろう」 「下の管理も碌に出来ない御上を指して、普通は無能って言うんですがね」 くるくると回した黒兎の銃口が跳ねた軌跡を描く度に、雷撃と轟音が戦場に響く。 それを上書きし放たれる蜂の巣の散弾はいっそ清々しいとすら言える規模の破壊を撒き散らし、 既に突貫している前衛陣の面々を背中側から全力で威嚇するも、両者ともにその射撃は正確だ。 「当たらないとは分かっていても、ぞっとしないね」 「お前がそんな事言ってたら俺なんかどうなるんだよ」 背中合わせでやって来た屍達と切り結ぶ、悠里と竜一が苦笑いを浮かべる。 どうなるもこうなるも無い、直撃すれば大打撃になるのは敵も味方も大差無い。 雷と爆風で冗談の様に吹き飛ばされる死体の数々に憐れみすら憶えるほどだ。 「にしても、確かに思ったよりも動きが良いね」 その惨状の最中を縫って、屍達が悠里へと跳び掛かる。 彼らの動きは過去『楽団』の操っていたそれと比較して尚早い。 なるほど、前衛として戦い慣れていなければこれとタイミングを合わせるのは少々骨だ。 けれど無数に居ればともかくとして、1体1体は2人の相手ではない。 「――っ」 だが、竜一が身を焦がす痛みに顔を顰める。そう、問題は時折降り注ぐ白い光だ。 一見すればホーリーメイガスの用いる魔術にそっくりだが、その火力が馬鹿にならない。 幸い精度は然程高くは無いが、だからと言って無視出来る程低くも無い。 「こんなもの――!」 一方で、余り応えていない様に見える悠里を横目に竜一の内心は小さく揺れる。 アークが誇る拳の英雄、設楽悠里。殊更に他者を持ち上げる傾向にある竜一だが、 その戦闘経験はアークでも屈指と言える熟練者だ。が、どこかで劣等感が抜けきら無い。 出来る事、出来ない事が有って当たり前と分かってはいる。 けれど生と死の境界を駆け抜けるその背中は、どうしてか自分よりずっと大きく見え―― 「ああ……どんなに他の皆に劣っていても、俺だってリベリスタだ」 余計な事を考えまいと、ただ我武者羅に両の剣を揮う。 まさか背後でそんな葛藤が行われているとは露知らず、当の悠里はと言えば。 (おかしい) そんな違和感に意識を持っていかれていた。それは、悠里が抱いていた懸念でもある。 周囲一切を凍て付かせる氷鎖の魔拳を地に打ち付けると、屍達は氷結の呪いで動きを止める。 だが同様に前衛に居るにも関わらず、対峙している屍の数は明らかに。 そう、戦いながらでも気付ける程度の割合で竜一に向かっている物よりも“少ない” まるで、“何かの多寡で攻撃の優先順を決めてでも居る様に” 「よそ見してると危ないよ!」 けれど、戦闘中に他事を考えている暇は無い。 魅零がそうと声を上げると共に放った暗黒が、唯でさえ光に乏しい戦場を黒く染め上げる。 間一髪その攻撃圏を脱した悠里の責める様な眼差しに、にまっと笑ったのは魅零なりの愛嬌か。 「人の身体を良いように使おうとする奴等を、私は許さない!」 前衛を抜けて来た屍を、押さえ込もうと足を踏み出した矢先。 けれど自らの言は自らへと返ると言った所か。響いた声音は底冷えのする静けさを纏う。 「皆さん、身を屈めて下さい」 幾ら杏樹とモニカの掃射が強力で有ったとしても、それで即殺出来る程屍達は脆く無い。 響いた女性の声に竜一と悠里が頭を下げれば、空には巨大な魔法陣が鮮血色に輝いている。 「全て殲滅してから、手掛かりを求めるとしましょうか」 ぽつりと呟かれた一言は、彼女が女教皇と号される由縁か。 無慈悲なまでの極大の火力が流星となって降り注ぐ。丘を、大地を、暗天を、 光と神秘で染め上げて――天壌の魔星(マレウス・ステルラ)が屍達を喰らい尽くしていく。 「流石にやる物だ」 光の降る丘を背に、伊吹と快は只管に駆けていた。 「居る筈なんだ、この状況を作っている奴が……!」 丘の彼方。其処から屍達がやって来る以上、その進路上には何かが在る筈だ。 その予測の元、2人は屍達の発生源へと遡る。 眼前に見える影は、予定の半分ほどか。30体近い屍達は移動の阻害こそしない物の、 流石に横を素通りさせてくれる程生温くは無い。 「本気でやるのか?」 「やる。やらなければ届かない。何かが起きる前に、無理をしなかったら誰も救えない。 俺の力は、誰かの夢を守る力だ!」 快が片手を横薙ぎに振り、挑発の神秘で屍達を引きつける。その数は膨大だ。 例え幾ら快の耐久力が高いと言っても、一切身動きを取れなくなった上に 体躯を痺れさせる神威の光に晒され続ければ、限界が来るまで然程遠くは無い。 「行ってくれ。行って、この一件の原因を掴んでくれ!」 組み付かれ、引きずり倒され、屍の群に呑まれていく快へと頷き伊吹が駆ける。 丘の麓、小さな森、屍達の足跡はその中へと続いている。 「どこだ、60人を隠せるとなると大きなスペースが必要の筈……」 “――必要無いよ、そんなの” 声は、上から降って来た。 瞬間、咄嗟に身をかわせたのは彼が空に対する警戒を怠っていなかったからこそだ。 一条の雷光が激しい音を立てて伊吹が立っていた真横の大樹を割って、焼き尽くした。 「こんばんは、良い夜ね。ああ、でもまだ名乗っちゃ駄目なんだっけ」 燃える大樹の破片、ぱちぱちと鳴る火の粉に照らされ、それは翼をはためかせていた。 その翼は四枚。シルエットは小柄で、ローブの様な物を纏っている。 見知らぬ相手――いや。本当に、“そう”か? 「……お前、“神隠しの時の”」 笑みを浮かべたのが、見上げている伊吹にも分かった。 直感する。子供だ。少なくとも“外見は” 「ぱんぱかぱん、大正解。御褒美にヒントをあげるね。60人を隠せるスペースなんか必要無い」 それは、分かる者には分かる。分からない者には分からない。 撃ち抜こうと上げた拳、 乾坤圏の射程圏より、翼持つ影は尚“遠い” そしてそれは、本来得るべきではなかった筈の答。翻る翼は、森の闇へと紛れて消える。 “だって僕らには鏡が有るもの”と、たったそれだけの言葉を残して。 ●得た物、溢した物 「これ以上付き合うのも億劫ですからね。仕事は済ませて夜は休みたいんですよ」 淡々とした語り口と裏腹に、風光明媚だった丘を穴だらけにしたメイドの銃撃により また数体、群の屍が爆ぜて吹き飛ぶ。 木っ端微塵でも生きていると見えるのは、果たして幸と言うべきか不幸と言うべきか。 「お前達に恨みは無いが、慰霊の時だ。纏めて焼け落ちろ――!」 だが、その寿命も決して長くは続かない。 杏樹の放った雷神の矢が倒れた遺体を片っ端から焼き払い、 屍達に与えられた偽りの命を今度こそそこで絶やし切る。 「くっ、流石に剣を持つ手が震えてきやがった……」 「あ、そう言えば『聖歌隊』ってびっくりするくらい女の子多かったよ」 「だが! 例え俺自身を壁としてでもここは絶対に通さねえ!!」 突然やる気を取り戻した竜一の双剣より放たれる烈風が。 それを後押しした悠里の氷結の縛鎖が屍達をその場へ縛り付けると、 「中身は全部骨と肉。故に、倒せない訳がない! ああ、でももうちょっと手応えがあると嬉しいなっ! 生死スレスレやや死な感じに!」 「おいドMやめろおい」 「キャハハハハ、良いよ良いよもっと罵ってーっ!」 思わず突っ込んだ竜一の周囲に、テンションが上がった魅零の闇が降り注ぐ。 「まあ、しかし思ったよりは……」 そう、予知よりも屍達の展開速度が遅かった為か、 余裕を以って対処し続けた都市防衛組の面々に対し、残る屍は精々3割。 これと言った被害も出ておらず、その戦いは順調極まる。 詠唱を繰り返す悠月にすら息を漏らす余裕が出て来た頃、それは屍の群に運ばれて来た。 「……え?」 声は最前列、悠里と竜一の双方から洩れた。 屍達が何かを引き摺っている。引き摺られている側も力無く抵抗する物の、 その余力が限り無く0に近い事は見て取れる。そう、死すら間近に在る程に。 そしてそれが――彼らの良く知る人物であったなら。 「……っ!」 悠月と杏樹が瞳を見開き、モニカが大きく嘆息する。 元々、無理をしがちな所が有る事は分かっていた。だが、流石に無理をし過ぎだ。 15体もの屍を単独で抑え続ける等、それがどれだけの負担かは分かり切っていると言うのに。 「救いますよ、これじゃあヴァチカンの御上を馬鹿に出来ないじゃないですか」 銃撃が、雷光が、流星が。骸の闇と双剣の烈風、氷の鎖が荒れ狂う。 守護を任じ、理想を追い続けるが故に、屍に埋もれた快の命を繋ぐ為に。 「すまない、少し時間を取った」 伊吹が合流し、蘇りを許さぬ光輪の散弾が戦線に加わると、戦況は一気に加速する。 悠里が漸く確保した快の体躯は所々千切れ掛け、火傷と傷痕で埋め尽くされていた。 騒動に気付いた『聖歌隊』が駆け付け応急処置を施すも、優れた癒し手はアークの方が遥かに多い。 革醒者である以上、如何なる怪我も。それこそ致死に等しいそれですら、 命を喪わなければ1週間もすれば完治する。 しかし仲間を多く亡くした彼らのナイーブさ故か、或いは過度な善良さが悪く働いたが故か。 彼らは絶対安静を堅く誓わされ急遽の帰国が確定する。 そうして夜が明け、丘へと舞い戻ったリベリスタらが目にした物は、 忽然と消えている無数の遺体。遺体の有った場所に残されているまだ新しい骨。 そして、昨日の戦いそのままに荒れ果てた丘陵の曲線だった。 「なるほど、だから夜が明けたら帰るのか……」 被害が出ているのに敵の正体が一向に掴めていない理由、夜になると帰る理由。 つまり“朝まで存在出来ない”と言う事実。 けれど、それだけでは全ての解は出ない。悠里が拳を強く握る。 「……ん、何だこれ」 風が吹く。調査の為に付いて来ていた杏樹が、 優れた五感で目聡くも、吹かれて散った砂の一粒を指で掬う。 それは黒い粉。意識しなければ気付けぬ程に細かく、吹けば流れる屍の残滓。 ――異国の大地で、新たな災いが芽吹き始める。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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