●ホリゾントの世界 真っ暗な部屋で脳裏に浮かぶのは、血煙が燻る戦場だ。もう、幾度思い返したか判らない程に同じことを繰り返している。 「エルフリーデ伍長。フリードリヒ軍曹が……戦死なさいました」 上官であるフリードリヒの指示を受け先に戦場を離れていた彼女に届いたのは、そんな同志の一言だった。 ――ふりーどりひ軍曹ガ戦死ナサイマシタ―― その、簡単な言葉がエルフリーデは理解できなかった。この男は何を言っているのだろう。訝しげな顔で報告をした男の顔を見つめ返す。 そんな様子のエルフリーデに、男は声をかけることができなかった。フリードリヒを失った悲しみは、察するに余りある。その場を去る背中を、静かに見守る他はない。 覚束無い足取りのエルフリーデ。正しくは男の報告を理解できなかったのではない。理解したくなかったのだ。心が拒絶し、否定する。彼は、フリードリヒは生きている。きっと、あと少ししたら戻ってくる。疲れた顔で、『またやられてしまったよ』なんて苦笑しながら。 しかし、それでも自分の何処かが、本能的に理解してしまっている。彼は死んだのだと。もう戻ってくる事はない、もうあの暖かな掌で頭を撫でてくれる事はないと。 まるで世界が、出来の悪い舞台のようにボヤける。主役の居ない舞台。世界は色を失い、質感を失い、意味を失っていく。 パチリ。軽い音を立て、部屋の蛍光灯が灯る。 「部屋の明かりくらいつけたらどうだね」 「……失礼しました、アルトマイヤー少尉」 声の主であるアルトマイヤーを、焦点の定まっていないような瞳で見つめるエルフリーデ。敬礼も、どことなく力が篭っていない。 (私に面と向かって『ロマンチスト』と称した男が、こんな末路とは……。果たしてどちらがロマンチストだったのだろうな) 副官を守り、彼は死んだという報告を受け取っていた。憔悴しきったエルフリーデを目の当たりにし、アルトマイヤーは逝った部下を想う。が、今は彼女を心配し、見舞いに来たわけではない。 「君を訪ねてきたのは他でもない。君の無念を晴らす機会を用意しようかと思ってね」 ぴくりと、美しい眉根が動く。 「残された実験兵器を起動することにしたよ。これは、運命に見放される代わりに、それを補って余りある強大な力を得られると言う代物だ」 後の事は、好きにやりたまえ。そう一言だけ付け加え、アルトマイヤーは部屋を後にする。彼もまた、エルフリーデと同じく無二の存在を先の戦闘で失ったのだった。 その為か、まるでこの計画にエルフリーデが乗ることを前提としているような口振りだ。しかし、それは実に正鵠を射る予測だった。断るはずもない。フリードリヒの居ない世界に、何の意味があるというのか。それならば、最期に一矢報いて、彼の箱舟に思い知らせてやろうではないか。エルフリーデの瞳が、再び力を取り戻す。 そして、エルフリーデ・アドラー伍長という存在は、この世から消えた。 ●マイン・スイーパー 「集まってくれてごくろーさま。さっそくだけど、任務の説明に入るわよ」 集まっていたリベリスタに声をかけながら、ブリーフィングルームに姿を現す『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)。その表情は、普段よりも引き締まっているように思える。何か面倒な事件でも起きたのだろうか。 「さて。アンタたちからしたら、もう聞きたくもないんでしょうけど、あの『親衛隊』がまた行動を起こしたわ」 一瞬だけざわつく室内。だが、それでも誰一人取り乱すことなく、無言で先を促す。彼らとて、先の戦闘で終わるとは思っていなかったのだ。逃げおおせた親衛隊もいたのだから。 「親衛隊ってゆーか、残党よね。ともかく、奴らがまた性懲りもなく面倒なことしてくれちゃったわけよ。運命の加護を代価にし、自らをノーフェイスにするとかゆー悪趣味なアーティファクトまで引っ張り出してね!」 ばん、と叩きつけられた資料によれば、まさにその通りの内容が書かれていた。 「見下げた軍人っぷりよね、まったく! で、アンタたちは、市街地から離れた原っぱへ行って頂戴。そこに一人の親衛隊――いえ、一体のノーフェイスと、複数の自律式のロボットがいるわ。それを撃破して」 「目標の、ノーフェイス化による影響は?」 一人のリベリスタが問う。奴らとて、意味もないのにそのような存在に身をやつす事はないだろう。 「本件での目標は、多くの状態異常への耐性。それと、能力の向上ね。あと、その身に瘤みたいな塊つけてて、それが爆発物となるらしいわ。 ぶっちゃけ、相手は自爆するつもりみたいね。それだけ恨み骨髄ってことかしら。目的はノーフェイスの撃破だけど、勝手に自爆するみたいだし、被害を抑える事を考えなさい。瘤に狙いをつけて攻撃して叩き落せば、自爆による威力が低減されるはずよ」 そこまでして、アークを、リベリスタを殺したいと言うのだろうか。一同の心に翳りが生じるが、それでも為すべきことは変わらない。 「悪いけど、アタシたちがなんとかしないと、ノーフェイスは市街地へ赴くようなの。今、あえて人の居ない原っぱにいるのは、アタシたちに対する挑発なんだと思うわ。あくまで、目標はアタシたちということね。 頼むわね。くれぐれも気をつけて行ってきて頂戴!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月16日(水)23:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●死が二人を別っても 強く風が吹き、彼女の美しかった黒髪を強く撫でた。優しく髪を撫でられるのが、その暖かい掌が、一瞬だけ垣間見える優しげな眼差しが、好きだった。だが、それをしてくれた男はもう居ない。 「……来たわね、待っていたわ」 闇を睨むエルフリーデ。その先には、身を焦がすほどに強く再会を望んでいた一団が居た。彼女の全てを奪った存在、リベリスタ。 「エルフリーデ君。ワタシはフリードリヒ君の最後を看取りました。……いいえ、殺したのはワタシ達ですもの、看取るなんて消極的な言い方は狡いわね。殺したのはワタシ達だわ。 彼は、貴方が幸せに生きることを望んでいたわ。 ワタシは彼に問いました。軍人を辞めて二人で逃げ出す算段を。……だけれども、彼は軍人として祖国の為に戦うと言いました。 ねぇ、祖国ドイツは、貴方達のドイツは亡くなったのに。ワタシには解らないの。形のない祖国よりも、形ある想いを優先しなかったのか」 静かな『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の声がエルフリーデに届く。最愛の存在を殺した自分たちの言葉など、相手の怒りに油を注ぐだけかもしれない。だが、これだけは伝えなければならないと海依音は強く想った。あの馬鹿な男の死の間際の想いが消えてなくなることだけは、我慢できなかったのだ。 「フリードリヒ君は貴方を逃せて満ち足りた顔で逝ったわ。……馬鹿な女。逃げても良かったのに」 「そんなことはできないわ。私も彼も、軍人なのよ……。軍人なの……」 予想に反し、僅かに目を逸らしてエルフリーデは言う。彼女の身体に出来た羽の塊が、ぼごりと蠢く。それはまるで底無しの沼のように静かに、果てる事も尽きる事もなく彼女の心に渦巻く憎悪。視線をリベリスタに戻した彼女は、元の鋭い眼差しに戻っていた。それを確りと受け止める海依音。 「私からフリードリヒを奪ったのは貴方達だわ。それを悪いとは言わない。けれど、貴方達だけは……許すわけには行かない!」 激しい憎悪の言葉を、それでも静かに受け止める『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)。 「……そうね。殺したのは羽衣達で、喪ったのは貴女だわ。其処に善悪なんて都合のいい言葉は存在しない。 ……今日も羽衣は羽衣の選択に従うだけよ」 「……同じ苦しみを味わえ、とは言わないわ。けれど、生きていても仕方のないこの身なら、せめてフリードリヒの仇討ちに使わせてもらう……!」 ――今行くわ、フリードリヒ。 ●エルフリーデ・アドラー 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)には、エルフリーデの心が少しだけ理解できた。姉を亡くした時の心は、悲しみと怒り、悔しさで満ちていたからだ。 故にセラフィーナは、復讐が無意味とは思わない。それは、立ち上がる為の力になることもあるからだ。だが、それを甘んじて受けるつもりはない。何故なら、アークのリベリスタだからだ。憎悪に満ちた悲しい夜を終わらせる為、その手に霊刀を握る。 「貴方達の事情がどうであろうと、私は自分の正義を行うまでです」 夜を斬り、光を齎すその刃が無数の光を散らし、自動人形を穿つ。彼女の前を支配し、掌握するかのような刃の舞い。 まずは邪魔な自動人形からと、見る見るうちに数を減らしていくエルフリーデの配下。彼女を取り巻くのは、既に無機質な人形しかいないのだ。 自動人形の相手を仲間に任せ、エルフリーデに一直線に向かう『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)。その瞳には、一点の曇りも迷いもない。 「ぶっこむですよ! はいぱー馬です号!」 『うまー!』 彼女にとって、善悪などどうでも良いことだ。戦争に善悪など、存在しないだろう。憎ければ憎めばいい。そうした憎悪も殺意も、全てを受け、断ち切るつもりなのだ。彼女は、勇者なのだから。 イーリスの歯車仕掛けの剣が唸る。自らの身体を省みない、全ての力を乗せた一撃だ。気迫を雷気へと変換し、雷光の一撃が見舞われる。エルフリーデにとっては忘れもしない、最後にフリードリヒと共に居た時に喰らった技だ。どんな僅かなことでも、フリードリヒの影がこの世には満ちている。それが、とても悲しい。 「あの時の私ではないわ……!」 歪な翼を盾に、エルフリーデは耐える。あの時は、吹き飛ばされたこの身をフリードリヒが案じてくれたのだ。だが今彼女の周りにいるのは、忠実な自動人形だけだった。 目の前のイーリスを睨むエルフリーデだが、その後方から銃弾が飛んでくる。まるで一枚のコインをも撃ち抜くような精密な射撃。あっと思ったときには、彼女の脚で不気味に蠢く羽の瘤に突き刺さっていた。『矜持の果て』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)の一撃。 「……ブレス……!」 見紛うはずがない。あの時。煙幕の中へ飛び込んできたシルエットは、間違いなくブレスだった。撃ち抜かれた脚の瘤が、ごぼごぼと沸き立つ。 「貴方が……フリードリヒを……!!」 「……アークの情報収集能力はわかってんだろ? その危なっかしいもんは落とさせて貰うぜ」 その強い憎悪の眼差しに応えず、ブレスは彼女の身に張り付く醜悪な瘤へと視線を走らせる。 それは、矜持の果てを見た者の決断。慈悲も、躊躇もない。 羽衣の連鎖の稲光と、海依音の裁きの光が激しく夜の闇を裂く。ついに最後の一体であった自動人形も、その身を形成する部品をバラ撒きながら崩れ落ちる。 戦場の最後衛で仲間に癒しの光を与えていた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は思う。もし、自分がエルフリーデと同じ立場になってしまったとしたら、どうなるだろう、と。もしかしたら、エルフリーデと同じ道を選択するかもしれない。そんな時、どんな言葉をかけられたら納得するだろう。 戦場を静かに見つめながら、小さく頭を振る。判らない。きっと、何を言われても上辺だけの言葉にしか聞こえないだろう。幾百の言葉より、幾千の慰めよりも、たった一人、大切な人を返して欲しいと、そう願うだろう。それならば。 (決着をつけて、終止符を打つのです……!) 再びそあらの癒しの息吹が、戦場に舞い降りる。誰も死なせはしない。 戦場に一人残ったエルフリーデへと、『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)が駆けた。最初に会った時に抱いた、『許せない』という想いは今も胸に残っている。しかし。 「……お前たちの外道行為を許さないし忘れない。人の命の重みを自覚することなく、殺していたのならもっと許せねえ。 だがフリードリヒを思う気持ちは本物なんだろ?」 刃を交えつつの会話。琥珀の握る薄氷の刃が唸り、醜く膨らんだ瘤を斬る。瘤からはどす黒い何かが滴り、地面を汚した。エルフリーデも、まるで刃のように鋭い翼を打ちつけ、琥珀を押し返す。琥珀の身から飛び散る真紅。それでも尚、琥珀はエルフリーデを見つめ、言う。 「最期を看取った仲間の方が詳しいだろうが、奴はお前に『傷つくことなく幸せに生きてくれ』と願ってた! ……君が彼を大切に想うように、彼だって君を想ってたんだよ……!」 「そんな事……! もう、遅い……!! 貴方達が奪ったのよ!」 まるで荒れ狂う嵐のように、翼が琥珀の身を刻む。全ては手遅れだ。それは覆らない事実ではある。だからと言って残された想いを、託された想いを無碍に扱って良いということは決してない。フリードリヒを殺したのは自分たちだ。だが、立場や環境が違えば、こんな残酷な道を歩まなかったのかもしれないと琥珀は思う。 同じようにエルフリーデへと肉薄する、大柄な影があった。『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)だ。 「お久し振りでゴザイマス、アンドレイ・ポポフキンでゴザイマス。我々が憎いデスカ。宜しい」 静かに言い、その手にある大斧を地面に突き刺すアンドレイ。これではまるで、ただ嬲られにきたようなものだ。驚く仲間を他所に、彼は毅然と言い放つ。 「小生は躱さない防がない。好きなだけ殴れ。受け止める等と大それた事は出来んが、受ける事は出来る」 「な、何を血迷った事を!」 まるで幼い子供のように狼狽え、再び閃く翼の刃。瞬く間に、アンドレイの身体に数多の傷が刻まれる。そあらの癒しの力をも上回る、圧倒的な破壊の力。 翼に滅多打ちにされながら、アンドレイは思った。 信じたものの為に戦ったのに、信じたものなんてなかった。大切なものだけ奪われて、何もかも踏み躙られた。 運命とは、なんなのか。酷く巫山戯た言葉じゃないか。 アンドレイへの乱打を止めるべく、鋭い魔力の矢を放つ羽衣。 「エルフリーデ、貴女軍人なんでしょう? なら、覚悟があるのよね。国の為に、――誰かの為に死ぬ事が出来るだけの。少なくとも彼にはあったわ」 言うまでもない。彼は、エルフリーデの為にその身を投げ出したのだ。 「羽衣は彼の矜持を知っているわ。彼が教えてくれたから。貴女のために死んでも良いって言う『彼』の矜持を。羽衣は知っていて殺したの」 淡々と言葉を紡ぐ羽衣。エルフリーデの顔に、激しい憎悪が滲む。だが、羽衣は自らを崩さなかった。恨まれても構いはしない。けれど、死んであげるわけにはいかない。誰かの家族を、友人を、恋人を、大切な人を。殺さなくてはいけないのだ。敵なら躊躇わず。そういう組織に属しているから。その決断を下したのは、他ならぬ羽衣自身だ。 「羽衣、貴方の言う事は判る。けれど、初めに言ったように、それでも貴方達を許すわけには行かないわ!」 放たれる翼の弾丸。それはまるで、雨のように降り注いだ。決して止む事のない、憎悪の雨。まるで黒い感情の枷に囚われたかのように、身体が重くなる。 その雨の中を、セラフィーナは駆ける。エルフリーデの心の内は、少し理解できた。しかし。いや、だからこそ、セラフィーナは彼女の敵として、アークとして、立ち向かう。手にした霊刀が七色の飛沫を散らし、醜い瘤を切り刻む。濁った音を立て、瘤の一つが地面に落ちた。 「貴方達は戦争を起こそうとした。その悲劇を知っているにも関わらず。それは許せるものではありません」 「許しを請うつもりなどないわ! 貴方達さえ、貴方達さえ殺せれば!!」 セラフィーナに翼を打ちつけ、叫ぶエルフリーデ。蹈鞴を踏むセラフィーナの影から、今度はイーリスが雷光の一撃を叩き込む。 イーリスの、真摯な眼差し。自らの道を信じて違わぬ、強い信念。ほんの少し前まで、エルフリーデ自身も持っていて、今は失ってしまったものたち。 今のエルフリーデには、リベリスタを圧倒する力があった。だが、目の前の小柄な少女はそれでも果敢に立ち向かってくるのだ。今の自分にはない、未来を築く自信と未来を信じる強さ。それは、エルフリーデの持っていた軍務と矜持に酷似しているように思えた。 身を焼く雷光の一撃に耐えながら、エルフリーデは哭いた。 ●軍人の見た夢 エルフリーデの歪な翼が、アンドレイを打つ。そあらからの癒しの息吹が届くが、それをもってしても苦しげなアンドレイ。だがそれでも、その瞳は力強くエルフリーデを見据えている。こんな悲劇に屈してなるものか。 そんなアンドレイを援護すべく、ブレスの銃声が轟き、セラフィーナ、イーリス、琥珀の剣が唸る。更に叩き込まれる、羽衣と海依音の魔力の閃光。 それでも尚、翼の乱打は緩まない。嵐のような攻撃の前に、アンドレイの巨躯がふらりと揺らいだ。が、その瞳は力を失ってはいない。 ポンと、その暖かく優しい掌が、エルフリーデの頭を撫でる。 「辛かったろう、苦しかったろう。悲しかったろう、痛かったろう、嫌だったろう。 ……もういいんだよ、眠りなさい。そうすれば、彼に会えマス。皆に会えマス」 同時に、ぴたりと止む翼の嵐。呆然とした表情のエルフリーデの瞳から、雫がこぼれる。しかし、それも一瞬の事だった。彼女の身体に蔓延る憎悪の塊が、ぼごぼごと音を立て再び沸き立つ。 「……貴方達を道連れに、眠らせてもらうわ」 その言葉は、ぽつりと静かに放たれた。既に戻れない道、戻る事のできない道。そう言わなくては、己の全てが否定されてしまうという、ただの空しい強迫観念。心に渦巻く憎悪の念は、果たして誰に向けられたものなのか。世界の中心を奪ったリベリスタか、戦わなくてはならなかった運命か。エルフリーデの身体から、どす黒い気が巻き上がる。 それを見て身構えるイーリス。その全てを受け止めて見せよう。それが、自らに課した義務だ。 同じように琥珀も、エルフリーデの想いを受け止めようと両腕を広げる。憎しみは、今ここでぶつけて置いて行け。来世では、軍人じゃない、一人の人として、自分や周りを大切にする道を歩んでほしい。倒すべき敵であるかもしれない。けれど、立場など関係なく、琥珀は強く願った。あまりに悲しすぎる末路じゃないか。 「なにがなんでも負けません!」 「最期まで付き合うぜ!」 吹き上がる黒の渦が、まるで歌のように夜空に響く。それはまるで、愛する者を讃えるための小夜曲。 「あなたの奏でる魂の詩を甘んじて受けましょう。愛する者を奪われたその痛みはワタシだって知っているもの」 「受けて立ちます。私は、負けるわけにはいきません!」 彼女の魂が彼と共にあります様に。小さく『カミサマ』に祈る海依音。静かな声と共にセラフィーナの刃が、エルフリーデの瘤をもう一つ、切り落とす。何か、少しだけでも過去が変われば、道を同じくできたかもしれない存在。 それでも巻き上がる黒の気迫は収まらない。もう、エルフリーデは最期を迎えようとしているのだ。 「……できることなら、苦しみから解放してあげたかったのです。愛する人を奪ったあたしにできるのは……それくらいなのです」 悲しげなそあら。エルフリーデは敵だ。敵だが、全てを無視して殺せば良いというだけでは、決してないと彼女は考える。 「怨嗟も絶望も嘆きも何もかも捨てて楽になんかなれやしないの。だから謝らないわ。……羽衣は絶対に、謝らない」 きっぱりとした羽衣の一言。黒い闇の奥で目が合ったエルフリーデが、小さく笑う。それこそが、羽衣の矜持なのだろう。自らを決して曲げない、強い心だ。エルフリーデもまた、自らを曲げないが為に、この道を選んだと言える。 「貴方達は、憎いけれど恨みはないわ。けれど、願わくば――死んで頂戴」 昏い炎のように立ち上る闇の奥から、ノイズが混じったような声が届く。身構える一同だったが、一人のシルエットがエルフリーデに飛び掛る。 エルフリーデは思い出す。煙幕の中へと飛び込んできた、あの男を。 微塵の躊躇もなく、ブレスの持つ銃剣の刃は、深く深く、エルフリーデの胸を貫いていた。まるで愛する存在を離さんとするかのように抱かれた異形のライフルを掻い潜り、刃はエルフリーデに沈み込む。 「腕に抱えてるもん、何で使わなかったんだよ。あいつは後生大事に抱えさせる為にそれを預けたんじゃねーだろ……。そこの判断誤ってんじゃねーぞ!」 怒るでもなく、かと言って相手を慮るでもない、複雑な表情を浮かべるブレス。その言葉に、エルフリーデは静かに笑う。 刹那、憎悪の奔流が荒れ狂う。世を憎み、敵を憎み、そして運命を憎んだ女性の、悲しい夜の詩。たまらず吹き飛ばされるリベリスタ。満身創痍であったアンドレイ、その憎悪を受け止めんと立ち向かった琥珀とイーリスも、その身を憎悪の炎に焼かれ、膝をつく。 夥しい量の傷をその身に負わされたアンドレイの巨躯が、静かに地に倒れる。 だが、その前に彼よりも遥かに小柄な影が、彼を支えた。 「無理しすぎよ、ぽぽちゃん」 「なんの、これしき……。大したことはないのでゴザイマス」 羽衣に支えられ、強がるアンドレイ。羽衣の力を借りて立ち上がり、そして虚空に向かって敬礼を行う。傷だらけの身とは思えないほど、しっかりとした敬礼だ。それは、同じ軍人としての礼儀だったのかもしれない。 「……おやすみなさい、エルフリーデ伍長」 「私は居場所があったから立ち直れた。彼女は親衛隊という居場所まで失ってしまったから、立ち直れなかった。もしかしたら、それが大きな差だったのかもね」 同じようにアンドレイを気遣い、セラフィーナも言う。自分の周りには仲間が居る。それは大きな力になるだろう。 (嗚呼、羽衣は無力ね。皆をしあわせになんて、出来やしないんだわ) 静かに、孤独のまま散った彼女を想い、羽衣は考える。けれど、羽衣は羽衣の道を歩むだけ。それは、揺らぐ事はない彼女の矜持。 エルフリーデに肉薄したブレスの身は焼け爛れ、立ち上がることさえままならない状態だった。何しろ、破壊の中心にいたのだ。無事で済むわけがない。 「くっ……。さすがに無理があったか……」 辺りには、羽根がまるで雪のように緩やかに舞っている。エルフリーデという存在は、完全に消えたのだ。道を誤ったまま。亡き男の遺志を遂げることなく。 なんとか身を起こそうと手をつくと、そこに無機質な手触りがあった。何かと思い降り積もる羽根を払うと、まるで羽根に抱かれたかのように異形のライフルが眠っていた。仕方なさそうに苦笑するブレス。 「だからよ、こいつはこんな風に使うもんじゃねぇだろ……」 羽根に抱かれたライフルは、凛としたまま天を睨んでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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