●アーティファクト『∞』 ワイルズには、その姿が明瞭に確認できた。 それは紛れもない『実体』であって、机の上にも、キッチンにも、そして郵便ポストの上にも存在し、ワイルズのことを見つめていた。ワイルズも、彼らを見つめていた。 いつからだろう。それが見えるようになったのは。 ワイルズは自問し、すぐさま自答した。問うまでもなかった。彼は解を得ていた。 そう。あの方程式を解いた、あの瞬間、彼の眼前に……、彼の世界に。 ∞個の『∞』が溢れ出した。 今だって、ほら、ボールペンが走った先で、ノートからたくさんの『∞』が飛び出てくる。 出てくる、出てくる、出てくる出てくる出てくる……。 不愉快な『∞』が出てくる。 不合理な『∞』が出てくる。 ああ、もうだめだ。 このままでは僕は、どうにかなってしまいそうだ。 ●ブリーフィング リベリスタというのは、それはもう様々であって、種族や職種などというのは言うまでも無く、出生、育ち、現状、全てにおいて幅の広い人材が集まっており、ある意味ではそれが多様性を齎して、世界の均衡を壊すモノとの対峙に一役買っている、と言えなくもないだろう。 今回のブリーフィングに参加していた彼なんかは、特に今回の話には縁が無いタイプのリベリスタであって、換言すれば、「数学なんて大っ嫌い」を胸に秘めながら(時には社会に対して叫びながら)生きてきたタイプであった。だからこそ、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の説明にはとにかく頭を悩ませた。 「それは、なんだ、二次方程式がどうとか、三角関数がどうとかいう話か」 頭を掻きながら、何とか昔に習ったそれらしい数学の単語を並べて訊ねてみたものの、帰ってきたのはイヴの大きな溜め息と眉間の皺であった。 「細かい部分の話はやめましょう。どうせ説明しても分からないだろうから」 「ごめんなさい」 「とにかく、もう一度噛み砕いて言うわ」 こほん、とイヴは咳をした。 「アンドレア・ワイルズ。両親の都合により、今は日本在住。若干二十歳ながら大変優秀な数学の才を持っていて、独学ながら数多くの専門書を理解する天才肌ね。大学等に所属したり、職に就いたりもせず、彼が取り組んでいるのが……、そう、神の数式と呼ばれるもの」 「神の数式? それはまたデカイ話だな」 「宇宙創成に纏わり、この世の全てを記述しうる方程式なのだから、神と言う修飾は大袈裟でもなんでもないわね」 イヴが無表情で言った。 「ワイルズは普段から人と接触することを好まずその研究に没頭している。そして今、その研究が大詰めを迎えたところで、彼が窮地に立たされているわ」 「窮地?」 「その方程式を解く最終段階で『∞』(むげんだい)と呼ばれるアーティファクトが大量に――いえ、無数にと言ったほうが適切ね――が出現し、彼に纏わりついているわ」 イヴの説明を聞いても、彼にはどうもピンと来なかった。 「どこから? なんで?」 「それは分からない。世界の法則に近すぎ過ぎた彼への『牽制』なのかもしれないわね」 リベリスタからの質問に、イヴは肩を竦めた。 「このアーティファクトはワイルズ本人とリベリスタ以外には視認できないようね。そのことが一層彼に不安を感じさせているのかもしれないけど……、彼、このまま放っておくと、精神的に参ってしまって、命を絶ってしまうわ」 イヴの表情が曇った。 「彼を失うことは今後の世界にとっての大きな損失になるわ。このアーティファクト群を無効化して、彼を救ってほしい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月11日(金)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●数学者は云った。 心には理性で分からない理由がある。 ●一日目 アンドレア・ワイルズの眼球が聊か大きくなったように見えた。 普段は世間の細事など気にもせず生きてきた彼だが、その異形の一団には、流石に度肝を抜かれた。 十二歳から三十八歳までの男女、その上その最年長者は容姿で言えば最年少並みの外見で且つ給仕、正真正銘の十二歳の方はといえば教徒一人の教団に所属しながら性別不詳で、否、それが健全であるかのような錯覚さえ起こしてしまいそうな、可憐な顔立ちと服装の男性まで居るというのだから、一体何の押し売りだと問いたい。 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の総括的な説明に、半ば混乱状態であったワイルズが納得しかけると、『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は追い打ちをかける。 「とりあえず私はただのメイドですからお気になさらず。重火器持って敵を撃ったりしてますが、この国のメイドには日常的な光景ですよ」 ワイルズにはその真偽は判断できなかったが、まあ悪い人たちでも無さそうであるし、そもそも確かにこの『∞』にはほとほと参ってしまっていたところであったから、渡りに船である。 口元にぎこちない笑みを浮かべて「宜しくお願いします」とワイルズは頭を下げた。 ●一日目、外回り(第一班) 「これ、途中から倒すよりも探す方に難儀しそうですよね」 この目障りなハエどもを叩きのめしてやる、とでも言い換えて良さそうな、無表情ながら多少辟易したような声がモニカの口から洩れた。 「なかなか皮肉の利いたセリフだね」 「……別にハッタリではありませんよ?」 「ふーん。まあ僕も一応今年は受験生だし、さっさと終わらせて数学でも教えてもらいたいぐらいだよ」 二人の足が止まる。見つめる先には、無数の『∞』。 「世界の神秘を解き明かすっていうのは、危険だけど、それでも突き動かされる魅力があるんだろうな!」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)はそう言い終えると、虚口仇花の構えを取った。 モニカからの後方射撃による援護を受けながら、凄絶な体捌きから繰り出される数多の闘撃が、射程直線状に存在する『∞』を例外なく破壊し尽くしていった。 ●一日目、お留守番(第二班、第三班) ワイルズにとっての関心事はまさしく『∞』についてであった。 但し、『History of a New HAREM』雪白 桐(BNE000185)をもってして『夏場の蚊』と評されるかの『∞』の事ではなく、むしろ数学上の『∞』である。 「私、X÷0の答えが気になった事あってさ」 『0』氏名 姓(BNE002967)の発したそんな一言にワイルズはふいと顔を彼の方へと向け、続きを促した。 「理論上では解は存在しない、というか。そもそも現実には0で割る事象は存在しないっていう結論になったなぁ」 そう言って姓は『ダイス教』函 ぐるぐ(BNE004700)が作ったココアを啜った。当の本人は「ワイルズさんの邪魔になってもいけませんノデ」と気を遣ってか、さっさと書庫を出て行った。今はこの書庫に姓とワイルズの二人と、多数の『∞』が浮遊している。 「存在しない事象といえば、ココアを飲んでる私たちに用意されたこの『おにぎり』も存在しちゃダメな存在だよね」 姓は右手のおにぎりを忌々しく見た。こちらは『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)の作であり、「サンドイッチぃ? そんなハイカラなもの知るかァ!?」と言う彼女に押し切られ渋々受け取ったものであった。姓と同じように手にしているおにぎりを見てワイルズは笑った。 「氏名さんの仰ることは半分正しいのです」 「と言うと?」 「確かに、数学的には対象を0で割るという操作は許されていません。ですが結果として0で割った状態が生まれることはあり、それを極限と呼びます。そのXに0とか∞を当てはめるとまた話は変わってきますが、じゃあ例えばXに3を当てはめましょう」 ワイルズは喜々としてノートにペンを走らせた。 「そして3÷0の状態が結果として生じたとしましょう。さあ、そこで生じるものが一体なんなのか、それが姓さんの疑問ですね?」 「そうそう、まさにそれ」 「姓さん、この数式はですね……」 ノートに書かれた「3÷0」の右隣にイコールが追加された。 「『∞』になるんですよ」 「3÷0 = ∞」。 そうして新たな『∞』が一つ、生まれた。 ●二日目 服を着替えてリビングへと顔を出すと、ワイルズは目を点にした。 「お菓子作るでよ!」 「お菓子作りはまだ早いよ、みれーちゃん」 「夏栖斗様の言うとおりです。それより私の掃除の邪魔になりますので、少しどいて頂いてもよろしいですか」 「えー、お菓子つくろーよー」 「あ、ワイルズ様。おはようございます」 ドア付近に突っ立っているワイルズの姿に気づき、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)を宥めていたモニカが流麗な動きで頭を下げた。それを見てワイルズも「あ、おはようございます」と返した。 「昨日は眠れましたか?」 お茶を飲んでいた桐がワイルズに訊ねた。 「もらった耳栓のおかげでぐっすりでした」 「それは良かった」 桐は無表情でそう返すと、そのまますたすたとキッチンへ向った。 ●二日目、外回り(第二班) ワイルズが書店に行くと言った時、リベリスタ達は彼の意見に反対した。しかし、ワイルズは代わりのお使いの提案をやんわりと断った。 いつもは通らない脇道。家を出る時、姓がワイルズに渡した地図に描かれていた経路を、彼は忠実に守っていた。いつもの慣れた道と比べてかなりの遠回りとなってしまうが、それは大した問題ではなかった。 ワイルズにとって重要なのは「歩く」という行為そのものであった。 歩くと、何故か頭が整理される。机に向かって座っている時とは別の頭に切り替わったような錯覚さえ覚える。少し考えが行き詰ってくると、散歩に出かける。ワイルズにとっては重要な儀式の一つであった。 姓とぐるぐは、ワイルズの経路の先回りをして『∞』の破壊に勤しんでいた。 「ま、地道に減らしていきましょ」 (0を掛けりゃ良いってもんでもないようですし) 姓は昨夜ワイルズから教えられた事実を思い出して内心苦笑した。 「そこが『∞』の気難しいところで、∞×0っていうのは0になるわけじゃないんですよ。この形は不定形と呼ばれる数式で、計算するためには回避しなければならないんですね」 ∞と0、どっちが強いかは誰にも分からないんですよ。そう続けたワイルズの表情はやはり言葉面とは裏腹に喜々とした表情だった。 そんなことを思い出しながらも、姓の体心から放たれる気、そしてそれが具現化して姿を身に纏った美しい糸となり、浮遊する『∞』を次々に破壊した。 「ダイス神の思し召しのまマニ。ねんねんコロリ」 ぐるぐの方も大量の『∞』を処理すべく射程の広い攻撃で『∞』を破壊していく。 無数の『∞』が脆く崩れ落ちていった。 この世から消え去っていく同胞たちを気に目止めずに、そのまま浮遊し続ける『∞』も、そしてリベリスタへ反撃する『∞』も、等しく姓とくるぐの攻撃によって殲滅されていった。 一方その頃、姓とぐるぐが派手に『∞』を破壊する立役者となった魅零は、彼らの居る街路を更に先へいったところにある広場で、「黄桜、魅零……その、あのッ、歌います!!」と売れる前のアイドル顔負けのパフォーマンスを披露し大方の聴衆の気を惹きつけていたし、大方という集合に含まれない余事象からは若干冷めた視線を受けた。 ちなみに、突然、「自分の腕切って、治しまーす☆」と腕を切り落とし始めた時は市内が騒然となったというが、その真偽の程は定かではない。 ●二日目、お留守番(第一班、第三班) 「おかえり、ワイルズさん」 「あ、おかえりなさいませ」 玄関の前に立っていたレイチェルが手を軽く振って挨拶したのに続いて、モニカが深々と頭を下げて出迎えた。しかし、当のレイチェルは、あれ、と意外そうな顔をした。 「モニカさん、何時の間に外に出てたんですか?」 「ワイルズ様がお帰りになられるのが二階から見えましたので、先回りを」 「あの……、それに何か意味があるんですか?」 「何の意味があるのかって?」 モニカは無表情のまま首を傾げた。 「もし家にメイドがいたら誰もが想像するシチュエーションだからですよ」 その返答にレイチェルとワイルズは思わず吹き出した。 やっぱりワイルズにはそれが『一般性を失わない定義』なのかどうかは判別しかねたが、帰宅する自分を待ってくれている人が居るのは、思っていたより悪いものじゃないな、と思えた。 「エントロピーというのはそういうことです。僕が一人で住んでたら、こんな無秩序な状態に落ち着く。エネルギー的に有利なんです。でも雪白さんが片付けたら、すっきり整理されるでしょう? そのために雪白さんがエネルギーを使っていますからね。エネルギーを使うっていうのは、不安定ということと同値です。自然な状態ではないということです」 いや、別に整理整頓しないことへの言い訳と言うわけじゃあないんですけれど、とワイルズは恥ずかしそうに頭を掻いた。 基本的にその手の能力はワイルズにはまったく欠けているものだった。リベリスタ達が訪れたときの家の中は、かなりの散らかり様であったのが、今ではすっかり綺麗に整頓されていたし、それもワイルズの不便にならないよう心がけされた配置であって、彼を感心させた。 「私の料理スキル、その真価を発揮する時が……今!」 そしてそんな感心を抱き回りくどい片付けへの礼をしていた(それが彼なりの『礼』であると気づいた者がどれだけ居たのかは定かでは無かったが)ワイルズの元に昨晩と同じく悔しいほどに美しいおにぎりが運ばれてきた。 「うーん、なんか、おにぎりはもう飽きたんだけどなあ」 外回り中の第二班を除いたリベリスタ達全員の心底を代弁するかのような夏栖斗のそんな呟きだった。 生佐目の執拗な米推しに他のリベリスタ達は若干引いていた。しかし、そのおにぎりの完成度は確かに尋常ならざる域に達しており、なんだかもやもやした気持ちにありながらもおにぎりを食していた。 ワイルズの「合理的で良いですね、この食事方法」という一言が拙かった。生佐目の奥底に眠っていたおにぎりへの感傷が今、解き放たれ、その技術と出会った。出会ってしまった。 リベリスタ達の思惑を知ってか知らずか、ワイルズはもきゅもきゅと満足そうにおにぎりを食べていた。彼がこれで満足しているのなら、仕方ない。 ワイルズ自身にも、不思議な感情だった。食に対して積極的な自分が、客観的に見て意外だった。そして思い当たったのは、リベリスタ達が来てから数を減らしている『∞』であった。 在宅中に至っては、レイチェルの張った虚像によって、その姿を見ることはほとんどなくなってしまっていた。見えていないだけで、実際はうようよと家の中を漂って、破壊されても次々と何処からともなく出現しているわけであり、リベリスタ達がそれをいたちごっこの様に破壊する気配は十分感じられるのだが、桐から渡された耳栓をしてしまえばそれも殆ど気にならなかった。 だからといって。ワイルズは思う。 『本質的』な『∞』はまだ消えていなかった。その『∞』こそ、あんな脆弱な『∞』とは全く異質の、本物の『∞』だった。 そして、それはいくら強力な攻撃を備えているリベリスタでも倒すことの出来ない『∞』であった。 ●三日目、外回り(第三班)。 「人一人の命と、なにより世紀の発見がかかっているようですし、ここはひとつ、頑張っていきましょうか」 レイチェルがそう言うと桐は小さく頷いた。 作戦三日目。イヴの未来予知によれば、今日を無事越せば、ワイルズは彼の理論の欠陥に気づく筈であった。 昨日の夜からはワイルズも書庫に籠りがちになり、リベリスタ達も気を遣ってそっとしておくことが多くなった。 彼らの出来る最大の応援は、この『∞』を可能な限り破壊することである。 「彼のような『おにぎりを美味しそうに食べる達人』がもっとこの世に居れば、私の技術も更に追究できるでしょうに、今日だけでこの道を究めるのは難しそうですね」 生佐目の少し名残惜しそうな溜め息が漏れた。 まあ、と桐が剣を構えながら言った。 「こんなヘンテコなものが自分にだけ見えているなんて状況、体感的にも、そして精神的にもなかなかきつかったでしょうね。世界の未来の為にも、彼を救い出しましょう」 そう言い終えるや否や、桐の周りの大気が振動した。 共鳴し、増幅し、その振幅が瞬間の内に指数関数的に増大して、その絶妙な一瞬を見逃さず、桐の剣が一閃した。 その裂帛の斬撃が過ぎ去った後、そこに残る『∞』は無く、ただ空間があった。 ●三日目、お留守番(第一班、第二班)。 「魅零ちゃんとあそぼーよーごろごろ」と書庫に籠っていたワイルズへ突撃した魅零からしてみれば、単純に夏栖斗達と作ったお菓子を食べてもらおうという気持ちと、彼への心配という両方があった。 確かにリベングへと入ってきたワイルズの表情には疲れが見えたし、本人も休息を必要としていることを自覚していた。魅零の提案は、ワイルズにとって素直に有り難かった。 「……なんだか、素敵な香りがするような」 ワイルズが鼻を鳴らしてそう零すと、ココアを飲んでいたぐるぐが「はイ」と答えた。 「心を落ち着けるアロマなど用意してみまシタ。もしお気に召さないようでしたら、撤去しマス、ので、仰ってくだサイ」 ワイルズはソファに腰かけた。すぐにモニカが紅茶と焼き菓子を持ってきて、ワイルズの前に置いた。 「そのお菓子、私たちの手作りなんだからね! 砂糖と塩間違えたこともあったようななかったような気もするけど、砂糖割増しといたから、相殺されてるのよ! きしし!」 「みれーちゃん、料理の基本は足し算だよ。引き算は出来ないんだよ」 「魅零様、失敗したものについてはきちんと選別して、今魅零様の前に置かれているバスケットの中に全て入れておきましたので、どうぞご賞味ください」 「にゃんと!」 そのやり取りを見て、リベリスタ達は笑ったが、ワイルズだけはふと顎に手を当て考えこんだ。 「どうしたさ、ワイルズ君。そんなに焼き菓子はお嫌いかな」 姓の飄々とした突っ込みに、「あ、いや」とワイルズは慌てて焼き菓子を口にした。 「美味しいです。たださっき御厨君の言ったことがちょっと気になって」 「ん? 僕?」 自らが作った失敗作の敗戦処理に必死に抵抗を示す魅零を宥めていた夏栖斗が、不思議そうにワイルズを見つめた。 「引き算が出来ない」 ワイルズはぽつりと呟いた。 どこか腑に落ちない顔をしているワイルズに、モニカとの息を詰める1 on 1を潜り抜けた魅零が訊ねた。 「ずっと聞きたかったんだけどさー、一日中数字見つめて何が楽しいの?」 飾らない言葉にワイルズも聊か動揺した。 「アンドレア君は何を求めて、何を目指しているの? この世界に居る『神サマ』は捻くれていて出てこようともしないのに」 それはきっと誰もが抱く感情だろう。それが手に取るように、ワイルズには理解できた。 なぜなら、ワイルズ自身も同じことを何度も自問自答していたからだ。 「……昔ね、偉い哲学者が、こう言ったんだって」 『哲学は私の人生の使命であったのです。私は哲学しなければならなかったのです。 そうしなければ私はこの世界で生きることができなかったのです』 ワイルズは切なげに微笑んで続けた。 「一緒なんだ」 そうしないと僕は生きていけないから、解くんだよ。 その言葉を聞いて、夏栖斗は立ち上がり言った。 「『∞』なんて気にすんな! 全部やっつけるよ。――だから君も負けないで!」 世の中には不条理も不愉快も不合理もあるけれど、それをやっつける力だってあるんだ。 リベリスタ達の暖かな視線に、ワイルズは固い決意をした。 そして、その『糸口』を与えてくれた彼らに、心の中で感謝の言葉を言った。 ――――声にして言うのは、あの『∞』をやっつけてからにしよう。 ●深遠へ 午前六時。外回りに行っていた班が欠伸を噛みしめながら家へと戻ってきたちょうどその時、『∞』が忽然と姿を消した。一瞬の出来事であった。 リベリスタ達は、初めて見るワイルズの、頬を上気させ、溌剌とした爛漫な笑顔を見て、彼が孤独に数式に取り組むその理由の一端を理解したような気がした。 彼が言うには、まだ数式が完成したわけでは無いのだという。ただし、『考えるために考えること』が明確になり、『∞』を生み出す欠陥も判明し、これからまた数式と睨めっこする日々が始まるのだと。 「ちゃんとお洗濯とお掃除はするように。これからはきちんと自分でするのですよ」 「数式だけでなく、生活も大事にしてね」 そんなリベリスタ達の声にワイルズは思わず苦笑した。 朝靄の中足早に一軒家を去る異形の一団と、それを見送る一人の青年。 リベリスタ達が救い出したこの青年がその数式を完成させ、世界中の物理学者が度肝を抜き、 そして、深遠へ踏み込む者への『世界』の抑止力が顕現し彼に襲いかかるのは、まだアークのフォーチュナにも視えない『未来』の話である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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