●放課後の甘酸っぱいリコーダー 戸田秀作(26)には誰にもいえない秘密がある。 押し入れの奥に仕舞った古びたリコーダーだ。小学校時代に使用していた古いタイプのものである。手にとって裏返すとそこには「みよこ」と名前が記されていた。 そのリコーダーは秀作が初恋のみよこちゃんから盗んだものだった。 放課後誰もいない時を見計らってみよこちゃんの机からリコーダーを持ちだした。秀作はどうしても好きなみよこちゃんのリコーダーに触れたかったのである。 もちろんいけないことだとはわかっていたが当時の秀作はみよこちゃんと仲良くなるどころから奥手で話しかけることさえもできなかった。 だからせめてリコーダーだけでも手元に持っておきたかった。 秀作は当時を思い出して項垂れた。社会人になった今でも素敵な女性はいない。このまま一生独り身で彼女ができずに過ごすのかと悩んでいた。 そんな矢先小学校時代の青春を思い出して黙って持ってきたあのリコーダーを押し入れから探し出した。リコーダーを見て秀作は急にある衝動が芽生えた。 「ああ、リコーダーを吹きたい。でもそんなことをしてしまったら俺はヘンタイになってしまう。みよこちゃんのリコーダーを吹くなんてそんなことは――」 秀作は小学校時代の可憐な少女の姿を思い出して我慢できなくなった。おもむろに穴の一つ一つに指を揃えて口を近づける。ついに秀作は唇をつけて息を吹いた。 ピイィ―――― その瞬間甘酸っぱい思い出とともに切ない感情が込みあげてきた。だが、時刻はすでに出勤時間を過ぎている。秀作はこんな馬鹿なことをしている場合ではない。 急いでカバンを持って家を走り出る。慌てていたせいで秀作は手にまだリコーダを持っていることをすっかり忘れていた。 「きゃあっ!」 その時だった。秀作が道の曲がり角に差し掛かったところで誰かにぶつかる。尻もちをついて顔を顰めているのは女子高生だった。口にパンを咥えている。 「あっ」 その女の子はとても可愛らしい顔で恥じらった。大股に広げたスカートの中身がちらりと見えてしまっている。秀作は年甲斐もなく動揺した。 女子高生はパンを咥えたまま立ち上がるといきなり秀作に襲いかかってきた。目の色をハートに変えて迫る女子高生に秀作は必死に逃げる。 さらに道で行きかう近所のオバサン、女子小学生、人妻、白髪頭のお婆ちゃんとありとあらゆる年代の女性から追いかけられた。 「な、ななんんだこれは!? やめてくれ、俺にはそんな趣味はないんだ。このままでは今まで保ってきた貞操が奪われてしまう。だれか、だれでもいいから助けてくれ!」 秀作は無駄に守ってきた操の危機に悲鳴を上げて走り続けた。 ●ハーレム男 「出勤途中のサラリーマンがアーティファクトのせいで女性たちに襲われているわ。このままでは戸田秀作が女性たちにもみくちゃにされて操を奪われてしまう。そうなるまでになんとかアーティファクトを回収か破壊してきて」 『Bell Liberty』伊藤 蘭子(nBNE000271)が頭を抱えた。あまりにひどい事態にさすがの蘭子も眉間をしかめる。まるで昔に自分が関わった事件の報告書を読んでいるようで言葉がうまくでてこない。それでも蘭子は気を取り直して説明を続けた。 戸田秀作はアーティファクト化したリコーダーを持つことでハーレム体質になった。目があった異性を次々に魅了して虜にする。すでに二十人ほどが追い駆けていた。 「アーティファクトのリコーダーは頑丈で手に持って物理で叩き壊す必要がある。リコーダーは飛翔能力があってつるりと逃げるから気をつけて。また、最後に触れた人がハーレム体質になってしまう効果があるからくれぐれも慎重に。それでは頼んだわよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月12日(土)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●先日のこと 放課後の教室。夕日が机の上を紅く照らし出している。窓際に立ちながら待っていると不意に気配がした。そこには二人の女の子が顔を真っ赤にさせて立っていた。 「これ……私が使ってたリコーダーなんです。アーティファクトに対抗できるかもしれませんし、使ってください、ね……?」 顔を赤らめながら上目遣いで神谷 小鶴(BNE004625)は『History of a New HAREM』雪白 桐(BNE000185)にリコーダーを押しつける。 「これあげる、あたしのリコーダー。べ、別にもういらなくなっただけだし」 言い訳をするようにセレスティア・ナウシズ(BNE004651)がさらに別のリコーダーを桐に用意していた。桐は困惑気味に二人を見つめ返す。 「いや、そもそも小鶴さんにセレスティアさんも小学校に行っては――」 桐が言い終わらないうちに二人はダッシュでその場を駆けて行ってしまった。もう何が何だかわからない。桐はリコーダーを両手に茫然と立ちつくした。 ●雪白華撃団参上 「雪白華撃団・花組、参上!」 小鶴とセレスティアが同時に叫んで前に立ちはだかる。武器を全面に二人でクロスさせながら真ん中に桐を配置させてドヤ顔のパニッシュ――☆を作った。 「――思い出して頭が痛くなってきました」 桐は先日のことを思い出していた。二人に呼び出された放課後の教室(そういう設定)で二人の後輩から(もちろん嘘)からリコーダー(ちょっと口付き)をプレゼントされた。 この依頼にどうしても必要だからと言われたが、どう考えても必要なものだとは思えない。だが必死な後輩の気持ちを無駄にするわけにもいかなかった。 「ハーレムになれるリコーダー!! これ女性でも使えるんでしょうか!! いい男が寄ってくるんでしょうかマジで!!」 『BBA』葉月・綾乃(BNE003850)が喚いていた。目をギラつかせてこれでもかというほどに身をくねらせながら先ほどからハイテンションだった。 葉月・綾乃にとってこれが記念すべき「三十歳」になってからの初の依頼だ。先月の9月24日についに結婚できないまま大台に乗ってしまった。 「葉月さん、その男のこと拘束して笛を奪えばモテモテになるわよ」 『魔性の腐女子』セレア・アレイン(BNE003170)が葉月の耳元にそっと悪魔のように囁きかける。綾乃は悪友のセレアに吹きこまれて居ても立っても居られずに猛ダッシュで「うっわあああ」と先に駆けて行ってしまった。必死なアラサー怖いわぁ……と、セレアは自分でけし掛けたことなのに不敵な笑みを浮かべる。 「あらあら、まぁまぁ。他人の心に影響を与える、というアーティファクトは良く耳にする話ではございますが、これは何とも可愛らしいことで」 美しく上品な出で立ちで『天邪鬼』芝谷 佳乃(BNE004299)は登場した。今日も渋めの大人の色合いの着物が決まっている。綾乃よりもまだ一歳若い佳乃は落ち着いた余裕すら醸し出していた。 「……超どんびきっす。いや、普通子供の頃の好きな子の笛とかとらないの普通っすけど。それを後生大事に抱えとくとか、またさらに別の意味で」 他のリベリスタ達から一人距離をおいて『野良犬、あるいは猫』九重・葵(BNE004720)は呟いていた。むろん男としてハーレムに興味がないわけでもないが、今回の事件の騒動の主に対しては何の同情も起こらない。 「早く追いかけないと葉月さんが大変なことに――」 『イツワリの女神』アルテミス・フォレスタ(BNE004597)は冷静に仲間のリベリスタに呼びかけた。自分のできることをするためにE・ビーストが暴れているのであれば、退治しないわけにはいかない。すぐに葉月の後を追い駆ける。 ●リコーダー・ハンター綾乃 「ジャーナリストなんかやめてもいい! リコーダー・ハンター、葉月綾乃! ここに参上!」 リコーダー・ハンター綾乃が件の戸田秀作を追い駆ける。周りには秀作を狙う近所のオバチャンやランドセルの小学生、さらに同じスーツを着たOLの姿もある。 綾乃は一般人にエルボーを食らわしさらにタックルをかましながら徐々に先頭集団の前の方へ進んで行った。まるでマラソンのごぼう抜きである。 綾乃はもともとジャーナリストで過酷な二十代を送った。 その代償としてついに結婚できなかったのであるが、その分並みのOLよりははるかに足腰が強く持久力も身についていた。 「まだ誕生日プレゼント貰ってないんです。そのリコーダーを私の三十歳のお祝いとしてぜひ譲ってください。そしたら葉月幸せです! さあ、秀作さん、そのリコーダーをはやくあたしに寄越しなさい!!」 葉月はライバル達を蹴落としてついに先頭を走る秀作を視界に捉えた。猛スピードで迫りながら後ろからフラッシュバンを叩きつける。 葉月が秀作を羽交い絞めにしてリコーダーを奪おうとした時だった。 後ろから犬たちが一斉に襲い掛かってきた。アーティファクトに魅了されていない者を狙って犬たちが連携しながら牙を向けてくる。 「戸田さん、それ盗品ですよね? とかいう突っ込みはおいて置いて彼も被害者ではありますよね。犠牲者でないうちに解決してしまいましょう」 やっと追い付いた桐がジャガーノートを使用して野犬の群れに割って入った。襲われた男性を盾にしながらまずは目の前にいる敵に斬りかかる。 「ええ、悪い犬にはお仕置きが必要ですわ」 佳乃もアッパーで後ろから野犬の群れを自身に引きつける。さらに小鶴も式神を飛ばして一般人から野犬を切り離しにかかった。怒りを付与された野犬達は男性陣から目を離して佳乃たちの元へ突撃してきた。 「敵を痛めつけるのも好きですが、私の身が傷つくのもまた、一興でございますし、ね?」 佳乃は野犬に噛みつかれてうっとりした表情を浮かべた。もちろん身体は痛いが激しく獰猛な野犬の牙に犯されて佳乃は快感を覚える。いつもはサディスティックに敵を痛めつけることが多いがたまにはこういうのも悪くはない。 小鶴は回復を施しながら何とか二人で耐え抜く。二人が頑張って敵を引きつけているところにセレスティアが氷の妖精のフィアキィを舞い踊らせて野犬共をその場に氷漬けにさせて行く。さらに光球を放って倒そうとしたが、間違って桐に向かって誤爆してしまった。 「ごめーん、間違えて誤爆しちゃったー、あたしってドジっ娘」 セレスティアはお茶目に舌をだして軽くウィンクした。限りなくクロに近い発言にさすがの桐もどう突っ込んでよいのかわからない。 「リベリスタとして戦い抜くと決めたこの身、傷つくことを恐れているわけにはいきません!」 アルテミスはしつこくまだ襲っていた野犬から一般人を庇った。アルテミスは代わりに噛みつかれてしまって表情を歪める。それでも我慢して弓を大きく引いて一斉にその場にいた野犬に鋭い無数の矢を浴びせた。 「あまり柄じゃないけど」 セレアも口ではそう言いながら一般人を庇って立ちはだかる。 「はいはい、わんちゃん大人しくするっすよー」 葵は狙い澄まして氷漬けにされた野犬から一体ずつ仕留めにかかった。ライフルを構えながら頭部を狙って着実に撃ち殺して行く。 「私も同じ事をしたのでよくわかります。でも昔にこだわっていたら前には進めません。思い出を綺麗なままにする為にそれを渡してもらえませんか?」 桐は秀作に向かって二人に渡されたリコーダーを取りだした。そこへセレスティがしたり顔で桐になにか耳打ちをする。 「こう、ですか――?」 桐はセレスティアに言われた通りに二本のリコーダーを口に近付けて咥えこむような姿勢を見せる。 「ああああああ、雪ちゃん。なにこの背徳感!! だめ、だめ雪ちゃんがそんなことしちゃだめなんだからあああ」 小鶴がその瞬間激しく悶絶した。いったい何がどうなっているのか、分からない桐だけはただ首を傾げてセレスティアの言う通りに上下にリコーダーを動かしていた。これには秀作も真っ青になって動揺してしまう。 葉月は傷ついたアルテミスや佳乃に回復を施していた。さらにディフェンサードクトリンを使用して耐久力をアップさせる。 桐が激しく動揺させた隙にようやく葉月は秀作の手を羽交い絞めにする。 「私は貴方のことをしっかり使いますから! 壊したりしませんよ!」 葉月はリコーダーに念じた。もちろん今の言葉は本心だ。大事に使うという祈りを込めてついに葉月は奪った。 「やったー! これであたしはハーレム女王!!」 リコーダーを手にした葉月はまるで敵の大将の首を取ったかのように名乗りを上げた。リコーダー・ハンター綾乃はゆっくりと周りの人々に目を向ける。 ●魅惑のハーレム 「葉月さん、好きっす!!」 葵が葉月に向かってその瞬間突撃してきた。それを皮切りに目のあったサラリーマンや男子小学生、さらに白髪頭のおじいちゃん、戸田秀作までもが葉月に対して目の色をハートにして一斉に押し寄せてきた。 「葉月さん、好きだあああああ」 「ものすごい美人じゃ。こんなに清楚で可憐でピュアでヤマトナデシコな娘は死んだばあさんいらいじゃ。わしのみそ汁を毎日作ってくれい」 「おねえちゃん、ぼくと結婚してくださああああああっいい!!」 葉月は大量に押し寄せる男性陣の中から必死になって超イケメンで金持ちそうな者を見つけ出そうと血眼になった。だが、あまりに寄ってくる男性陣が多すぎてしまいには誰か誰だが分からなくなってしまう。 一般男性陣にもみくちゃにされて渦の中に消えて行った葉月を助けようと、セレアが陣地を作成するがアーティファクトに魅了されて殺到してきている男性陣は取り除くことはできなかった。それでも魅了されていない女性陣はすべて省くことができた。 葉月が一般男性陣を引きつけている間にセレアは電撃の鎖で纏めて野犬共を掃除した。恍惚に浸っていた佳乃も我に返って刀でようやく野犬を斬り伏せた。 すべて野犬を倒した桐が今度は葉月を救助しにその混乱の塊の中に割って入っていく。葉月と目を合わせないようにしながら桐は耳元で問いかけた。 「後でデートしますから渡して貰えませんか?」 ななかなかリコーダーを手放さない葉月に桐は甘く吐息をかけた。 桐の甘美な問いかけにすっかり葉月もころりと大人しくなる。あっさりとその手にしたリコーダーを桐に渡した。もうすでに年齢も気にしてられない。 おもむろに桐はその瞬間、周りを見渡してみた。陣地で隔離しているため、その場に残っている女性陣はリベリスタだけだった。 「雪ちゃん、ふふふふふふふふ」 小鶴がすでに後ろから怪しいオーラーを放っていた。普段にも増して鼓動を高鳴らせた小鶴が傍にいたアルテミスを押しのけて桐に迫ろうとする。 「桐さんのことは渡しません!」 アルテミスは小鶴の袖を引っ張って足止めした。すでに抑えきれない感情がその豊かな胸の中で爆発しそうになっている。普段は桐のことを恋人としてはみていないものの、一緒に居ると安心できる人だと思って見ていた。 その普段の好意的な感情も相まってもはや誰にも取られたくないという衝動に駆られてしまっている。たとえ仲の良い小鶴であっても譲る気はない。 「ちょっと、離して! 雪ちゃんは私のものです」 アルテミスと小鶴が言い合いをしている最中にセレスティアが出し抜けてただ一人桐に向かっていた。怪しい笑みで抱きついて離れようとしない。それに怒った小鶴とアルテミスが桐の元へ殺到した。 佳乃はただ一人もじもじとしていた。先ほどからなぜか頬が熱い。桐を見ているとなんだか胸がどきどきしてくる。 「雪白様、いいですわよ。ええ、実にいいですわよ?」 小鶴やアルテミス達に言い寄られてハーレムを築いている桐を見ながら恥じらいに身を寄せた。もう少し桐も成長すれば佳い男性になるかもしれないが、今のままではさすがに年が離れすぎている。 だが、それでも魅力を感じないわけではない。このままではイケナイと思いつつも、強烈に引き寄せられる感情に抗いながらギリギリのところで佳乃は悶え苦しみ、そして悦んでいた。もっとこの苦しい感情を味わいたいと心から懇願する。 「ちょっと、押さないでください。喧嘩はいけませんよ、もう」 桐がなんとか優しい言葉を掛けて女の子達を慰めていく。 「あれ、ハーレムっていうより、ハーレムにかこつけてみんなでからかってるだけよね?」 セレアはハーレムを築いている桐達を眺めてにやにやしていた。 イジられるショタっ子を眺める視点でセレアは見つめる。今度の冬●のネタにしようかしら、とセレアは食い入るように遠くから離れて見ていた。 「セレアさんは、どうしてこちらにこないんですか?」 桐は不意にリコーダーを手にセレアの元に近づいてきた。意図を悟ったセレアは血相を変えた。すぐに桐から顔を伏せる。 「あたし基本的にそういうイメージなアレじゃないもん! 孤高の腐女子なんだもん! どちらかといえば百合だもん!!」 セレアは必死に桐と目を合わせないように距離を置く。そこへ桐にすっかり魅了されてしまった葉月がやってきて後ろからセレアを羽交い絞めにした。 「ぎゃああああ、ダメダメだったら! こらこのBBA! 30歳! 離しなさい、この行き遅れアラサーが!」 「セレアさんこそ腐れアラサーじゃないですか。もうこの辺でその無理なキャラの方向性を一新させてみてもいいと思います! 新しい世界に飛び込めばきっと素敵なその手の男性からモテるようになるはずです!」 すっかり桐の手下になってしまった葉月は甘い吐息で今度は逆にセレアに迫る。辺りにセレアの絶叫が響いた。葵が一人でその様子を遠くから眺める。 「おーおー楽しそうっすねー。てか、もういいんじゃね? 野犬共も全員ぶっ倒したし一般人も被害はなさそうだ。アーティファクトは――あとは任せる」 騒動に巻き込まれるのは御免だった。面倒事に巻き込まれる前に葵はすぐに身支度してその場に背を向けた。 後ろからセレアが喚く声が聞こえてきたが、葵は振り返らなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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