●Nightmare/outside 「……あれ?」 ふ、と首をかしげた。夜中にお腹がすいたのでコンビニに寄って、その帰りの道すがら。友人の女の子がビジネスホテルの前にぼぉっと立っていた。 何をしているんだろう、と首を傾げる。遠くからこっちの町に偶然仕事で来ている彼女があのホテルに泊まっているのは知っていたけど。彼女はだって、真っ暗な場所で寝ることすら出来ないほどの怖がりなのに。そんな彼女がどうしてこんな薄暗い道で電気もつけずに立っているんだろう。 そんな疑問を抱えたまま、私は彼女に近づいて行く。 じじ、じじ、と電灯が明滅する。 ま、いいや。どうせ鍵でもなくして途方にくれているんだろうと納得して、片手を上げる。しゃあない、うちに泊めてやるか。本当に気楽な気持ちで、おーい、と声をかけた。 何してんの、と声をかけた。 後悔した。 暗がりの中に立つ彼女は、カノジョではナカッタ。 振り返ってぺたぺたと歩いてきたのは、真っ白な身体にぶよぶよした真っ白な頭部。目や耳、鼻も髪もなく、ただ顔の半分以上を占める巨大で赤黒い唇だけが、いやに目立った。 どうしてあんな――おぞましいものを、彼女だと思ってしまったんだろう。 なんで声をかけてしまったんだろう。 私は後悔した。 更に後悔することになるとも知らずに。 その化け物はあろうことか、口を開くと、彼女の声で喋ったのだ。 『――■■チャン?』 恐ろしさに口を押さえて、排水溝に戻した。一度吐き二度吐き。何がそんなに恐ろしいかって、彼女の声と言ったって、ちょっと音が似ているだけの、発音も拙いデキソコナイの声なのだ。 それなのに。 どうしてアレが口を開いた瞬間、私はアレを、あんなものを彼女だと思ってしまうのだ。 だが幸いか、その恐怖はそれほど長くは続かなかった。 その白坊主はぐるりと首――そんなものがあるならの話だけど――を巡らすと、不意に何かが終わったと言う様に、すぅっと消えたのだ。 助かった……安堵のあまり私は今にも泣き出しそうだった。 ばかだったのだ。 なぜアレが彼女の声を発したのか、考えもしなかったなんて。 へたり込む私の頭上、カプセルホテルの一室から、壮絶な絶叫が響いた。 間違いなく、彼女の声だった。 ● 「……以上」 『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)が自分のぬいぐるみを抱きしめたまま言う。それはそうだろう、これではただの趣味の悪いホラー映画鑑賞会でしかない。もううんざりだ、という顔だ。本題に入るわ、と頭をぶんぶん振ると、イヴは言う。 「敵は……アザーバイド」 アザーバイドの一言に、リベリスタ達の顔が引き締まる。 異界の住人、アザーバイド。その中でも、ことに人に害なすそれの能力は多彩であり、いかにフェイトを得たリベリスタ達と言えど、苦戦を免れないものだ。 「このアザーバイド。特性は、夢を食べる」 種族としての力なのかな、とイヴが言った。 「ただ、性質の悪いことに。この個体の食べる夢は『悪夢』。人のトラウマを掘り返して、形にして、そして食べるの。勿論、夢を生むんだから、当人も夢を見ることになるわ。そして、彼らが食べられるほどに濃度が高められた夢の恐怖は、夢を見た人の心を焼き尽くす」 早い話が、廃人になる。 「安心して。対応策は出来てる。2件別々の作戦が必要。そのうち、ここにいる貴方達がやるのは、何かと言うとね」 イヴが後ろを向いて、はっとする。そうだ、何もいらないんだ。こつこつと頭を小突いて、再び彼女はリベリスタ達に向き直った。 「アザーバイトを、倒すことよ」 二度と犠牲者を出すなと、その恐怖に満ちた目に表れていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月13日(土)23:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● うぞ、と白い闇が形を成した。清潔感よりも漂白された死体を思わせるようなその肌が蠢くと、ぶよぶよした質感が見て取れた。シルエットだけは人に似たその姿の、その頭には目がない。鼻もない。耳もない。ただ、顔一面を覆うような赤い唇がぱかりと開くと、しーー、と空気の通り抜ける音と共に白い乱杭歯が露になる。 路地裏。やや薄暗く、今宵の標的である部屋を、見上げれば一望できる場所。白い化け物は都合三体、目もないのに3体とも申し合わせたように部屋を見上げている。唇を薄く開いて、きし、きし、きゃし、きゃし、と、声を漏らしていた。或いはそれは、笑っているようにも見える。 捕食行為に夢中になっていたバケモノ――アザーバイド、ユメハを、影が覆った。空を振り仰いだユメハミ達の、在るかどうかも定かではない視界には少女の影。屋根や雨樋を伝って上から奔った『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(ID:BNE000659)が逆手に構えたナイフを1体に突き刺す。そのまま下まで切り裂きつつ地面に落ちると四足で矢のように飛び掛り他の1体に飛び掛るが、敏捷に躱された。まるで事前に察知していたかのような動きだ。雨樋に片手と片足で捕まり、リュミエールは茫洋とした目で敵を眺める。一通りの攻防の中で「夢ッテドンナ味ナンダロウ」などと考えているのだから流石である。 「超反射神経……そのものではないですけど、こんな形で戦うことになるなんて……」 七布施・三千(ID:BNE000346)が人払いの結界を施しながら呟く。確かにその動きは、ビーストハーフのそれであった。 仲間が追いつく。三千の前に『ロストフォーチュナ』空音・ボカロアッシュ・ツンデレンコ(ID:BNE002067)と『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(ID:BNE001406)が立ち、三千の傍には『朧人形』ベヒモス・エルディン(ID:BNE002614)が車椅子をからからと転がして来る。A班が片道を封鎖した。 きしょきしょ、と歯を鳴らすユメハミ。迎え撃つ姿勢にも見えるが、背後からの気配に立ち往生する。路地の反対側に、『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(ID:BNE001403)と『大食淑女』ニニギア・ドオレ(ID:BNE001291)が立ちはだかった。彼らはB班。挟撃の形にのそりと首を廻らせてユメハミが戸惑うような気配を見せる。アークが持つカレイド・システムの予知に加えて、『贖罪の修道女』クライア・エクルース(ID:BNE002407)が上空からの偵察を行ったことによる成果だ。その彼女は、フライエンジェだけに許された力である飛行能力により、上空からユメハミ達を眺める。腰に吊り下げられた懐中電灯が、路地裏に佇む化け物をゆらゆらと照らす。 『――ギッ、ギッ、ギィィィ』 軋むような不快な声は威嚇の声か。 異界からの侵略者が、今はっきりと戦意を明らかにした。 ● リュミエールが奔る。止まっていた雨樋を蹴って跳躍、反対側の壁を蹴りずん、と地に四足を着く。ハイスピードで身体のギアを上げ、さらにソードエアリアルによる3次元的な攻撃を敢行する。先程傷つけた敵にナイフを突き立てようとするが、先程は持って居なかった剣により防がれる。見ると以前の傷すらも、しゅうしゅうと再生されつつあった。 自己再生、剣を持ち、そしてリュミエールの動きに追随する速度。事前に情報があったとはいえ、今は夢の中に在る仲間達の能力だ。その敵に対し、さらに畳み掛ける。三千のマジックアローは首を振って避けられる。避けたその先に、空音が待ち構えていた。 「夢魔なんて、ほんとに居たら夢占いが当たらなくなっちゃうじゃない」 呟く。商売敵に対しての不満と、夢に囚われた仲間への負担を案じる気持ちの両方を込めて最初から全力だ。ブロードソードで斬り付ける、それすらも避ける軌道で動く剣持ちのユメハミだが、幻影剣のフェイントにより意識していなかった角度からの斬撃を受ける。味方に加勢しようとするのか一体のユメハミが動くが、クライアが上空から降下し、メガクラッシュを放つ。何か長いモノの柄で受けるユメハミは、ききぃ、と首をかしげる。次の瞬間、そのユメハミは飛んだ。跳んだ、のではない。文字通り、翼を生やし跳んだのだ。その手にある不健康な白色のハルバードを回転するように叩き付ける。それは先刻クライアが放ったものと同じ、メガクラッシュ。奔放な動きは、模倣した武器の元々の持ち主を思い出させるものだった。 「どういう経緯で…あるいはどういう目的で、この世界に紛れ込んだのかは存じませんが……それが人に仇なす存在であるならば、捨て置くわけには参りません」 クライアが呟く。再び高所に戻ってきたリュミエールと共に、空に飛び上がったユメハミを抑える心算だ。 今まで動きの無かった3体目のユメハミが、通路を塞ぐ二組の内人数の少ない方にぎしぎし寄生を上げながら駆け寄る。他の2体に比べれば幾分か原型に近い姿のまま、両手から生やした爪をニニギアに叩き付けようとするが、ランディのグレイヴディガーに阻まれた。己を阻む幅広の斧の柄をぎちぎち握り締め、顔全体に広がるような巨大な口から涎を垂らし歯をカチカチと言わせ、まるで邪魔されたことを怒るように唸る。 「大丈夫か、ニニ」 「私は大丈夫。すぐ治すから、全力でやっちゃって!」 「そりゃ良い。正義の味方じゃねーが、俺も大事なモンくらいは護らせてもらうぜ」 組み付く爪持ちの腹をつま先で向こうに押すように蹴り飛ばすと、肩に斧を担ぎなおして振り下ろす。超重量の武器に跳び退り、入れ替わるように飛び出したブロードソードを持つユメハミ、ぶにぶにとした肌が怒張し、只ならぬ力が篭められたことが見て取れた。受け止めることを止めて跳び退るランディ、狙いを外した剣の一撃はコンクリートの地面を陥没させる。姿は似ていないのに、その動きは紛れも無くとある少年の動きを彷彿とさせ、気分の悪さと高揚感をランディに感じさせた。その体が不意に横合いからの光に撃たれ、壁にぶつかった。アウラールのジャスティスキャノンだ。誰がマグメイガスのスキルを持つか現時点では把握が出来ないが、だからと言って手を止める訳にもいかない。ブロードソードがぎぃぎぃと軋んだ声を上げると、唐突に動きが変わる。力強い動きから、速い迅い、しなやかな動きへ。マジックディフェンサーによって受け止めるが、異様に軽い。幻影剣、剣の一撃がとっさにのけぞるアウラールの鼻先を切り裂いていった。 「……やれやれ、寝てまで手のかかる……」 苦笑する。武器こそ違うものの、それは彼の良く知る少女の動きに良く似ていた。尚も斬りかかろうとするユメハミが唐突に後ろに跳び下がる。倒れこむように位置を帰るアウラールの後ろから、四条の光が走った。 「お食事中、失礼します」 ベヒモスの魔曲・四重奏。1つ2つと光を避けるが、壁に背を当て3つ4つとまともに喰らい、ぎぎぃと呻く。車椅子の彼女は、自分の不利を知っている。速度も避ける力も足りない、だが、連携により攻撃を当てることが出来た。 リュミエールが跳ぶ。ソードエアリアル、自らを弾丸とするような高所から高所に飛び移っての攻撃で、飛行できない不利を補う。ハルバードを振り回して彼女を打ち払ったユメハミは、そのままハルバードを真下に向ける。力が収斂され、穂先に魔法陣が現れる。瞬間、爆炎がA班を包んだ。フレアバーストだ。 マグメイガスの力は、空を飛ぶ敵が持っていた。それ以上の追撃を防ぐためにクライアが背後からメガクラッシュを撃つ。体勢を乱しつつ、それでも落ちない。 三千が福音を唱え、天使の歌によって迅速に回復を試みる。空音が飛び込むのは、直前まで近くに居た剣持ちのユメハミの懐だ。 「心情に付け込む、あんたみたいな敵はあたし、嫌いよ!」 幻影の攻撃がユメハミを惑わす。判っていても釣られる。空いた脇にブロードソードが突き刺さり、掻き出される。真上から打ち下ろされる剣の柄をバックラーで防ぎながら、前転して脱出する。その間に、アウラールがジャスティスキャノンを空中のユメハミに撃つ。宙を蹴るように避けようとするが、クライアに逃げ道を塞がれて片翼に直撃し、僅かに高さが沈む。尚も高度を上げようとするその目の前に、少女の足が見えた。 「ダメココハ一方通行、通サナイ」 壁を蹴ってくるんと空中で体勢を入れ替え、リュミエールが踵を背中に叩き込む。体勢を崩し、ぎぃぎぃ、地に足を突いて涎を垂らし、人型でありながら獣のように見えた。しかし、それで終わることはない。立ち上がると、ぎぃいいい、と高い声を上げると、傷が癒された。天使の歌だ。 「ああぁ、日頃心強い味方の強さが、こんな恨めしいことになるなんて!」 ニニギアが悔しげに歯噛みしながら、マジックアローを放つ。貫かれたのは、ハルバード。回復手段を持つなら、そこから叩かんとばかりにランディも距離を詰める。疾風居合い斬り。重量も力に変えて振り下ろされたグレイヴディガーによる真空の刃がハルバードの翼を切り裂き、さらに体勢を崩す。爪を生やしたユメハミが道を阻むようにランディの斧を掻い潜り、ダンシングリッパーを放つ。腕、脚、首筋、他の2体とは明らかに違う身のこなしに、全てを防ぐことが出来ない。だくだくと流血しながらも、ランディは道を譲らない。両の翼を傷つけられ、蠢くハルバードに、上空から落ちてきたリュミエールがナイフを両手で突き立てる。暴れるユメハミ。 「さようなら」 続く一撃。メガクラッシュと共にクライアの剣がユメハミの首に振り落とされる。ぶよぶよの皮膚はどこか仮装のように滑稽だが、転がっていった首は紛れも無く本物の感触。クライアが、胸元のロザリオに手を添えて小さく祈った。 僅かな間隙の裡に三千がブレイクフィアーによりランディの出血を止める。空音が剣を改めて構えなおすと、目の前には仲間の死にも動じないアザーバイドが居た。ベヒモスが両手を合わせて呪文を詠唱しながら、疑問を投げかける。 「夢を食べる動物はバクでしたっけ……?」 「この場合、バクはあたし達かしら。獏っていうほど可愛くはないけど」 迷わず黄泉へ送ってあげる、と体を沈める。飛び込み、幻影剣。対してユメハミはオーララッシュの手数で圧倒しようとする。剣と盾がぶつかり、壁に叩き付けられる空音。その間で十分だった。チェインライトニング、暴れ狂い拡散する雷がその場の敵を灼く。耐え切る爪持ちだが、剣を持ったユメハミは直撃を食らう。 「よい夢を」 ベヒモスの呟きと共にびくびくと全身が痙攣し、やがて動くことを止めた。 最後の一体は、ここに来て漸く敵の強さを認めたようにぎぃぃぃぃと吼えた。A班の中に飛び込み、ダンシングリッパー。先程の2体よりも原始的で、しかしだからこそ速い。前に出ていた空音とアウラールが庇ったベヒモスこそ無事だったものの、アウラールと三千が全身に裂傷を受ける。 しかし、数の不利は最早覆せないところまで来ていた。 リュミエールとクライアの上空からの襲撃を暴れるように打ち払った瞬間、空音がバックラーを盾に近づいて組み付き、その間に三千が天使の歌を唱える。アウラールがヘビースマッシュを打ち込み、体勢を崩す。怒り猛るアザーバイド。再び自分に逆らう愚か者を切り刻もうとするが―― 「お返しだ」 背後から襲うランディのメガクラッシュが、背を突き破り胴を砕き、侵略者を二つに破断した。 ● 「大丈夫?」 「あぁ、血を流しすぎてフラフラだけどな」 ニニギアに傷を看られ、笑いながらランディが少し顔を顰めた。やっぱり痛むんじゃないか、と溜息を吐きながら思い、ニニギアは空を仰いだ。 こんなに綺麗な月だもの、夢を見るのもいいけど、月を見るのも悪くない。 「ねぇねぇ、屋台で夜明けのラーメン食べにいかない?」 空音は鼻歌を歌いながら仲間を誘う。食欲に根ざした怪物に中てられたわけではないだろうが、それも風情があるかもしれない。 「……さて、それじゃあ、あいつらを起こしにいかないとな」 アウラールが上を仰ぎ見る。死体は足元に転がったままだが、彼らについても疑問は残った。 まるで獣のように、外敵の排除と食欲にのみそそがれていた意識。夢という、ある種高度な精神に干渉するにはあまりに単純な敵だった。 何かあるのだろうか。そんなことをリベリスタ達は思いつつ、ひとつの脅威を退けたことに安堵しつつ。窓に手を振ったら、そこに見える影が振り返してきた。静かな夜が、ひっそりと外に息衝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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