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<六道>人形学会の開会式

●救世の歌声
「そう……上手くやりましたわね」
“ハ、ハ、ハ、余り笑わセ無いデ欲しイネ。こノ程度の仕事誰にダッテこなセルとも。
 歪夜の使徒ガ滞在しテイた去年ナらトモかク、君の弟子デすら事足りタ筈サ”
 繋がれた国際電話から響くのは奇妙なニュアンスの日本語だ。
 何故相手が其処までこの極東の言葉を気に入ったのかは知らないが――知る心算も無いが。
“ソレより、聖櫃の皆ハ元気にシテいるカナ?”
「人の家の愛狂しい弟子達を虚仮にしておいて、自分の問いには答えが返ると思っている。
 そんな道化に語る言葉は持ち合わせがないんですよ、御莫迦さん」
 彼と彼女、両者は水と油、火と土だ。決して相容れる事の無い断絶が其処にはある。
 男は女の秘奥を指して児戯の類と揶揄し、女は男の技巧を以って紛い物と嘲笑する。
 共に一つの神秘を極めた身で有りながら――否、有るからこそか。
“君は本当ニ嫌な女だネ。我等が女神ヲ見習うと良イヨ”
「あら、それは褒め言葉でしょうか」
 丁々発止のやり取り、けれどこんな会話にも飽きて来た。
 彼女は心底飽いていたのだ。退屈な、酷く退屈な、待ち続けるだけの日々に。
 話に聞く『塔の魔女』程に、気長な性質では無かったと言う事か。
「ともあれ状況は次へ進んだ、と言う事で良いんですね」
「あア、魔神王が其方へ向かっタそうダネ。僕らもベルリンへ向かワナいト」
 これで4柱目。ターニングポイントは超えている。

「それじゃあ、私達もそろそろ動きましょうか」
“オや、おヤオや。怠ケたガリの君が珍しイじゃナイか。どうイウ風の吹キ”
 ――其処まで聞いて、電話を切る。リコールは無い。
 『楽団』、即ち“福音の指揮者”の敗退は祖国イタリアに致命的な神秘的空白を齎した。
 歪夜の使徒とその指揮下組織が揃って消える。
 それは極東で言うなら七大派閥が2つ程壊滅するに等しい世界的大事件だ。
 そして彼女らはそれを予期していた。開いた穴に滑り込むだけの準備を整えていた。
 今、遠き音楽の都の地の底では救世の歌声が響いている事だろう。
 良きにつけ悪しきにつけ、“最悪最強”の敗北は、世界の色図を一変させる。
 次はドイツ――猟犬を失った彼の国では『ローエンヴァイスの子供達』が、
 その版図を磐石とする為駆け回っている事だろう。けれどそれは表(リベリスタ)の世界の話。
「ふふ、あはは。あはははは、何て、何て何て何て何て何て――」
 詠う様に響かせる声は澄んでいながら濁り、可憐でありながら全てを呪っている。
 手を打ち鳴らせば古びた洋室にノックの音が響くまで約30秒。
 万華鏡に気取られない様に集めるのには大きな苦労が伴った。
 けれど、舞台は整った。いつまでも客席には居られまい。彼女は『演出家』なのだから。
 
「嗚呼――何て、何て退屈なんでしょう」
“愛狂しい弟子達”にすら見せた事の無い壊れた笑みで『人形遣い』は独り嗤う。

●人形達の舞踏会
「さて、魔神王の対応で疲れてる所悪いけどね。ヘビーでダーティなアクシデントだ」
 場所はアーク本部内、いつも変わらぬブリーフィングルーム。
 なのに其処に居るのが『駆ける黒猫』 将門 伸暁(nBNE000006)であるだけで、
 途端に緊張感が削がれるのは何故だろうか。
 別段彼が簡単な仕事しか持ってない訳ではないのに。ないのに。
「ああ、言いたい事は分かる。目は耳よりもちょっとばかりコケティッシュだ。
 ミステリアスなのも良いけどね、ショットをストレートって言うのも嫌いじゃあない」
 恐らく全ては、彼が言っている事は分かるのに何が言いたいのかまるで分からない。
 と言うのがそもそもの元凶なのだろう。
「まあ見てくれ、なかなかにハードなビートだから仔猫ちゃん達は気を付けてくれよ」
 しかして、本題は極めて本気で不味い事態であるから性質が悪い。
 モニターに映し出されたのは血塗れの美術館だ。
 特別展示でもしていたのだろう。並べられているのはどれもが人形。
 それも等身大のマネキン等ではなく、三~四頭身程の西洋人形(ドール)だ。
「都心で行われてる人形展示だ。どうもこの中に破界器が紛れ込んでいたらしい。
 それを回収する為にフィクサードが動き出した。
 随分とショートブレスな事にだ。何せ万華鏡の探知より早いと来てる」
 そこまで続けて一拍を置く。いや、それは――おかしい。
 カレイド・システムの神秘に対する探知能力は世界でも屈指だ。
 相手も神秘を探知して動いているなら“より早い”等と言う事は基本的に有り得ない。
 偶然か、さもなくば……事前にその情報を得でもしていない限りは。
「そう、イージーリスニングだ。紛れ込んでいた、と言うより
 故意に紛れ込ませたんだろう。差し詰め、デモンストレーションかな」

 フィクサードらにとって、アークの万華鏡の精度は不鮮明だ。
 それはアークの側も主流七派や他のフィクサード組織の切り札など知らないのと同じ事。
 如何せん万華鏡その物は歪夜の使徒を討った事で世界的に知られてしまったが、
 それが何所まで反応する物なのかまでは分からない。
 例えば何も知らぬ一般人が国内に持ち込んだ神秘であろうと万華鏡は探知するか。
 と、問われたなら否だ。それが神秘事件を引き起こし始めて引っかかる。
 それを確かめる為に“試しにやってみる(デモンストレーション)”と言うのは、
 確かに有り得ない話ではない。では、その破界器は囮なのか。
 さに有らん。ただの囮なら態々回収しに来る筈が無い。つまり――
「例え探知されても回収出来る自信が有ったんだろうね。
 だからこそのヘビーでダーティな、アクシデントだよ」
 モニターの表示が切り替わる。良く似た3人の少女。
 けれどその印象を裏切って、よくよく見るとその3人の風貌は決して似ていない。
 間違いなく血縁など無い。しかし一瞥した印象はまるでそっくりなのだ。
 衣装が似ているからではない。仕草に至っては似てすらいないのに。
「この3人から破界器を奪って壊す。出来れば破界器を回収する。やる事はシンプルだろ」
 説明して差し出される資料。破界器である“古い人形”が記されている。
 だがここまで来てリベリスタ達に怪訝の色が浮かぶ。
 そんなデモンストレーションを必要とするフィクサード組織が何処にあるのか。
 肩を竦めた伸暁が、頭を振る。分からないのか、いや、違うだろう。
 例え九分九里分かっていても、そこは今回の案件では重要ではないのだ。

「ま、お前達ならどんなクラシックもロックに詠い上げてくれるよな」
 駆ける黒猫の言葉は難解だが、これ位は流石にリベリスタ達にも慣れた物だ。
 詰まる所こう言っているのだろう。古くさい人形劇なんかぶち壊せ、と。
 
●魔女宗・人形学会(カヴン・ピグマリオ)
「嗚呼――何て、退屈なんでしょう」
 クラシックロリータと言うのだろうか。セピア色のドレスに身を包んだ少女が呟く。
「こんなに沢山の人形に囲まれているのに、雑多な音が思索の邪魔をするの」
 同じ様なドレスを纏った、別の少女が後を継ぐ。
 風貌はまるで似ていないのに、その仕草はまるで双子か影絵にそっくり様だ。
「混沌としていて混雑としていて煩雑としていて息苦しくなってしまうわ」
 更にもう一人。やはり同じ様なドレスを身に着けた少女が嘆息する。
 否。一人ではなく、三人共が。双子、影絵、いや。或いは人形の様に。
「けれど、これが先生のオーダーなんでしょう私達」
「そう、だから今日はここで開会式を行う予定なのね私達」
「それなら粛々と、荘厳にして繊細に操り糸を繰る様に、始めましょうか私達」
 流石に、一人二人ならともかくも。
 そんな少女が。それも共に10代と見える異国の少女が三人も揃えば人目を引く。
 それが例え『世界の人形展』等と言う如何にもな催しの中であったとしてもだ。
 道行く人々がそれを遠巻きに見つめ瞬いていた。

 次の――瞬間。彼らはその場を立ち去らなかった事を永遠に後悔する事に、なる。
「間引きを、整理を、浄化を、分別を、世界に無菌室の秩序を」
「人間は要らない人形を頂戴。感情を希釈し感性を侵略し知性を破壊し尊厳を蹂躙し」
「聴衆へは講釈を。同胞には証明を。私達の私達の私達の愛する美しい世界の為に」
 父親の首を絞め始めた母親に、瞳を見開いた子供達が泣く事も出来ず呆然とする。
 恋人に両眼に指を突き入れられた男の口腔から舌とそれに繋がる血管が引きずり出される。
 老爺が大学生らしき女の動脈に噛み付き、噴き出した鮮血が中空に噴水の如く弧を描く。
 ただの一瞬、ただ一度の瞬きで、静かな芸術発表の場は賑やかな惨劇の舞台に切り替わる。
 予兆も、前振りも、前置きも無く、まるで退屈凌ぎのいい加減さで。
「ほら見て、赤くて綺麗ね私達」
「けれど生臭いのは苦手よ、早く済ませましょう私達」
「この素晴らしい教えをもっともっと広めないと。神秘の皮膜は学問によって破られる」
 同じ表情で、同じ仕草で、同じ声色で、別人である筈の三人が同じ様に笑みを刻む。
 愉しげに、誇らしげに、傲慢に、仰々しく。それはまるで――子供向けの演劇の様に。
『さあさ絶望を始めましょう私達。天の上に天の下に学びの矢を投げ問い掛けましょう。
 真実は此処に――魔女宗・人形学会(カヴン・ピグマリオ)は世界を学問する』


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年10月12日(土)22:58
 91度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 ギミック重視のハードな人形劇です。以下詳細。

●作戦成功条件
 破界器“リバースドール”の回収or破壊

●破界器“リバースドール”
 アンティークドール型の破界器。
 所有者の死の可能性を1度だけ“無かった事にする”運命干渉系破界器。
 任意の1度だけドラマ判定時にドラマ値が100になる。
 但し1度効果を発揮した対象には2度と効果を発揮しない。
 またステルス効果を持っており、普通に視認しただけでは破界器であると分からない。

●人形学会
 『六道』に客分として席を置いているフィクサード、
 『人形遣い』の個人的な弟子達。複数名から成る組織的な物の模様。
 内、今回の現場に派遣されているのは3名。
 それぞれが優秀なプロアデプトであり、Lv30制限までのスキルを使用可能。
 能力値や得意な攻撃属性、距離感等はまちまちであり、同一ではない。
 但し他クラスのスキルは所有しない。全員が下記のEXスキルと破界器を所有する。

・EX繰殻糸舞:A.神遠単、破界器依存のEXスキル。
 このスキルが命中した対象に精神・麻痺系の状態異常が付与されている場合、
 対象を操作し、自由に戦闘させる事が出来る。この場合対象の手番は失なわれる。
 この効果は状態異常が解除されない限り継続する。

・魔女の繰り糸:糸巻きの形状をした人形学会が所有する破界器。
 EX繰殻糸舞を使用する際には手に持つ必要がある。相応に頑丈。

●戦闘予定地点
 時間帯は昼過ぎ。都内の美術館で開催されている『世界の人形展』
 その大展示場内。一般人が計8名滞在しているが、到着時点で2名が死亡している。
 他、1名が到着後1ターンで窒息死。子供2人、その母親、若い女、老爺。
 の計5名は当面の間生存している物の、極度の混乱によりどう動くか不明。
 展示場内には大は等身大から小は掌サイズまで、様々な人形が所狭しと展示されている。

●救世劇団
 初出シナリオ:<裏野部>Bad End Dream E Side
 普通の人々を等しく追い詰める事で世界を革醒者の管理から救済する。
 と言う理想を掲げる日本国外に本拠を置くフィクサード組織。
 組織規模、構成員の人数等は不明ながら世界各地で密かに暗躍している模様。

●人形遣い
 初出シナリオ:ずっといっしょ
 『六道』に客分として席を置いているフィクサード。
 魔女宗・人形学会(カヴン・ピグマリオ)の宗主であり先生(マスター)。
 灰色髪の魔女。今回は不在の為シナリオ上には一切直接干渉はして来ない。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
クロスイージス
大御堂 彩花(BNE000609)
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)

●学会開会
「……趣味が悪い」
 美術館の玄関に横付けされたアークの車より降りた8人が目的地である大広間へ駆ける。
 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の呟きはそんな道程の中ぽつりと漏れた本音だった。
 基本的に気性が穏やかで理想主義者の彼女が、人を悪し様に言う事は決して多く無い。
 であれば、その内に沸き上がる嫌悪感は。対峙する筈の物に対する決定的な断絶は何所から来る物か。
「劇だのなんだのという手合いは、つくづく――」
 だが、そんな感情を抱いたのは『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)もまた同じだ。
 やり方、方向性こそ違うが惨劇を仕立て上げる際に殊更観客を意識する。
 詰まる所無辜の一般人を意識的に、悪意的に、故意に巻き込む“大衆演劇型”の猟奇殺人。
 それが如何に誰にとっても災いでしか無いか、一々問う必要すらも感じない。
 そして、そんな事件の解決に向かうのが幾度目か、数えるのも嫌になる。
「惨劇の演出をデモンストレーションだ何て……」
 『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)にとっても、それらは決して見逃し得ない共通項だ。
 彼女の追い続ける“災厄の道化”はそれを喜劇と嘲ったか。
 過日対した作曲家は演奏と賛じ、そして今回のターゲット。人形学会は“学問”と戯れる。
 けれどそれらの根幹は須らく同じ物。誰かが犠牲になり、その誰か以上の大勢が不幸になる。
 不幸は不幸を招き、それらは社会の風潮に不穏と次なる悲劇の種を撒く。
 まるでループだ。その度に人が死に、その度に掌から幾つもの物が零れ落ちていると言うのに。

「あいつの、思い通りになんてさせるもんか」
 だからこそ。握り締めた拳に掛かる決意は重い。
 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)には人を人形の様に操る魔女に心当たりが有る。
 他人事では済まされない。彼自身それと対峙し、その技巧で以って操られた事すら有るのだから。
 苦渋の味は時間と共に薄れようと、沈殿した蟠りまで消せる物ではない。
 もしも彼の知るフィクサードの思い通りに事が運んだとしたら、確信出来る。絶対に碌な事にならない。
 人間を心底から“どうでも良い物”として処理出来る人種。そんな物、もう悪人とすら呼べないだろう。
「人は理念ではなく、理念を掲げる人物にこそついて来るもの。
 ただ力に任せるやり方では、誰にせよ見向きもされません」
 無理が通れば道理が引っ込む、そんな言葉も有るには有る。
 しかし現実問題として力尽くで曲がる道理など。そしてそれを納得する人間など先ずそうは居ない。
『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)にとって、人格無き理念は理念足りえない。
 思わず漏れた言葉には彼女なりの理念が通っている。
 それは彼女が十代にして企業の代表などを務めていると言う、そんな事情と無関係ではないのだろう。
「まあ、どちらせよ救え奴は救う。厄介な破界器は回収する。フィクサードは追い払う。
 やる事は何時も通りだ。あんまり堅くならずに行こうぜ」
 しかして挟まった『てるてる坊主』焦燥院 “Buddha” フツ(BNE001054)の言に、
 張り詰めすぎた緊張感が若干なりと和らげられる。それは生来の気立ての良さ故か。
 いや、其処には経験の重みが確実に積上げられている。
 アーク内でも有数に上げられるその声望は業績あればこそなのだから。

「あれか……」
 そうして駆けた視線の先、大展示場への扉への最終直線。
 漂って来た鉄の香りに『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)がほんの僅か眉を寄せる。
 既に事は起こってしまった。それはもう仕方が無い事だ。
 それを割り切れないほど、彼女はお人良しではない。問題はこれからどう動くかだ。
 初動の全ては彼女と――
「行きましょう」
 視線を重ね、頷き返す『蒼銀』とに掛かっていると言って過言ではない。
 全体の。それは恐らく“人形学会”を含めた全体の中で突出して速い2人が大広間の扉を押し開く。
 踏み込んだ其処は、既に真昼の惨状真っ只中。
 子供の眼前で親が殺し合い、老いと若きが等しく赤に染まる人形劇が現在進行形で上演中だ。
 視界の奥には3人の、どれも良く似た服装の、似ていない風貌の異国少女達。
 どれが被害者で、どれが加害者か等一目瞭然だ。
「――早々に幕を引かせていただきます」
 如何せん、3人どれもが手に人形を持ってはいない。未回収なのか懐に隠せるほど小さな物なのか。
 アンティークドール型というだけでは大きさまでは分からない以上、その思考は切り捨てる。
 踏み込んだリセリアの手が愛剣を顕現し、光芒を帯びて1人の少女に叩き込まれる。
 手応えは、有った。光の中に散った赤と肉に刃が奔る感触は、確かに紛れも無く、人間の物で――
 けれど間近で見つめたガラスじみた眼差しはどう見ても、彼女には人間の物だとは思えなかった。

●人形達の劇場
「――っ、随分不粋な事ね聖櫃の皆様。ここは学問の場でしてよ」
 批判の色も明らかに、声を上げたのはリセリアが斬った少女ではなく、その奥に立つもう一人。
 その奇妙な連携が、感じた違和感を重ねていく。その言葉の場違い感たるや甚だしい。
「そうか、私は議論する心算は無い。ではさようなら」
 其処に被せる様に淡々と、ユーヌの精神を撹乱する言霊がその声音を切り捨てる。
 これにも確かに手応えが返る。学会員の2人は明らかに怒りの表情で以ってユーヌを睨み付けている。
 しかし、奇妙だ。奇妙と言うより怪訝だろうか。
 彼女のアッパーユアハートは間違いなく3人共を巻き込んだ。その攻撃精度はアークでも有数だ。
 生半可であれば避けられない。そして彼女ははっきりと3人共に手応えを感じていた。
 にも拘らず、何故か1人には効いていない様に見える。
「ひとりでも多く助けるのだ!」
 其処に割り込むのは雷音の声。喉を絞める男女の間に割り込むや、その両腕を必死に押さえ込む。
 しかし、死後硬直でも起こしているかの様に込められた力は頑なだ。
 無理に引き剥がせば折ってしまい兼ねない。それでも、必要であれば決断するしか無いが――
「どうもあっちも幾つか無効化を積んでいるみたいだな……」
「快!」
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)がその状況を眺め呟くや、
 退魔の光で以って被害者達に絡み付いた気糸を解く。
 雷音が引き剥がそうとしていた2人も瞬間力が抜けたか、押し返す力に抵抗も無く腰を落とす。
 自由を取り戻し呆然とする妻、咳き込む夫。それを目を見開いて見つめる子供達。
 鮮血を被った老爺と男の眼孔に指を突っ込んだままの女が数度瞬き、現状理解が浸透するまで数秒間。

 ――至極必然として、彼ら、彼女らが先ず恐慌を起こす事は疑い無い。
 もしも彼らに見落としが有ったとしたならば、
 それは魔女達の操作さえ解除出来ていれば避難が行える物だと思っていた事だろう。
 相手は神秘事件など関わりの無い一般人なのである。
 悠里が懸念していた筈だ。全然話が通じない可能性は、有ると。
「な、何か手伝えることは――」
 それは現実の物となる。慧架が声を上げるや、劈く様な悲鳴が若い女から上がる。
 其処からはドミノ倒しだ。誰の声も届きなどしない。混乱する。狂乱する。破綻する。
 悲鳴に子供達が泣き声を上げる。狂気に苛まれた女が部屋の奥へ向けて駆け出す。
 腰を抜かして尚暴れる老翁に慧架が、遮二無二喚く母親を雷音が抑えている。
 フツに至っては陣地を展開する為の集中を始めようとした矢先だ。
 駆け出した女の先、怒りに狂った“学会員”の少女が気糸を手繰る。
 その射線はユーヌを中心として手当たり次第だ。咄嗟に動けるのは、一人しか――居なかった。
「――っ」
 闘衣を纏おうとしていた分反応が遅れた物の、前衛であった事が幸いしたか。
 女を突き飛ばし、気糸に貫かれた彩花が血の塊を吐く。
 その射線は視界内全てを見事に網羅していた。戦場に飛び込んでいた凡そ全員が痛打を被る。
 異様な攻撃精度、いや。相手が“僅か3人でアークを挑発する”だけの実力者である事は想定内だろう。
 そして待ち構える側で有った以上、彼女らが“超頭脳演算”を展開している事も、想定出来た事だ。
 この瞬間に限るなら、辛うじて掠り傷で済ませたのはリセリア唯一人。

 その上更なる事実に、敵の能力解析へと意識を向けていた悠里が気付く。
「フツくん。駄目だ」
 彼の持つ異能は断片的に敵の手札を透かし見る。
 エネミースキャン、それから齎された情報は彼らの策の内一つに明確なNoを突き付けていた。
「少なくとも、この3人は“全員魔術知識を持ってる”」
 彼自身は知らぬ事であったろう。が、もしも少しでも西洋の神秘に深く触れた者ならば、
 魔女宗(カヴン)と言う物がどういうものであるかに意識を向けられたかもしれない。
 魔女宗とは正当な通過儀礼(イニシエーション)を潜り抜けた“魔女”達による共同体なのだ。
「何てこった……」
 フツが額に手を当てる。陣地作成は確かに汎用性の高い神秘である。
 しかし、『塔の魔女』の秘奥とは言えその初歩でしかない。
 神秘的空白地帯である日本ならばともかく、神秘の本場である“西欧の革醒者”に対しては、
 相対的に効果が薄いと言わざるを得ない。魔術結社の構成員等となれば尚更だ。
「全く随分と学問の邪魔をしてくれますね私達」
「本当野蛮極まるわ。知性は何所へ捨ててきたのかしら」
 2人目の“学会員”が放った気糸の罠がユーヌの体躯を絡め取り、3人目が取り出す青い糸巻き。
 1人が抑え、1人が呪い、1人が操る。それが彼女らのコンビネーションか。
 身体に掛かった重圧の呪いに、動きを鈍らされたフツが奥歯を噛む。
 何が起こるかは分かる。分かっていても止められない。

「そうか、人形は……一番、奥か」
「あら、ばれてしまったわ私達」
 千里を見通す神秘の瞳が、この戦場に於ける最短の成功条件を導き出す。
 しかし、それを阻むのは潰し損ねた戦術的弱点だ。
 そして一般人を優先的に救おうとするなら、潰しておかなければならなかった懸念点だ。
 これが困難な戦場でさえ無ければ、彼女の回避反応は半ば以上の絶対性を以って成る。
 しかし相手がプロアデプトであり格上であると分かっていたなら、万が一を警戒するべきだったろう。
 彼らリベリスタのやり方は唯一人。
 ――ユーヌ・プロメースと言う主軸が折れた時点で根本から瓦解する。
 
●魔女の適性
「なるほど……普通に使うだけでは気付かない盲点も、有るか」
 アッパーユアハートの支配下に置かれた仲間の全攻撃を単独で捌く姿は異様と言う他無かったが、
 快のブレイクイービルで強制的に点火させられていた怒りが晴れると、戦況は散々たる有り様だった。
 前衛として、学会員の元まで辿り着けているのは彩花唯一人。
 慧架が老爺を引きずり正気の家族共々脱出するも、雷音の千兇とリセリアのアル・シャンパーニュ。
 そして学会の気糸を二重に被ったユーヌは既に運命を削ってギリギリ立っている状態だ。
 駆け出した女は彩花が庇っている物の、順繰りに動く人形学会の次なるターゲットは目に見えている。
「次はあのお坊さんに御手伝い願いましょうか私達」
「名案ね、開会式らしく派手に行きましょう私達」
「――、や、めろぉぉぉおお――ッ!」
 守り手であり癒し手である快を庇う。そんな時間的猶予など無かった事に気付くも既に遅い。
 悠里は誰より良く知っていた筈だ。味方が敵に回る事の恐ろしさを。
 警戒しなければいけなかった筈だ。操られた場合難題となるのは誰であるかを。
 その手には、相手を凍て付かせる氷の魔拳すらも有った物を。
 或いは庇うのであれば、より制圧力に勝る方に張り付いていたなら、何かが変わったかもしれない。
「くっ、そっ……!」
 フツが幾ら抵抗の意志を示そうと、身体は勝手に染み付いた印を辿る。
 緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。その業は、多くを守り楽しませる。恩返しの術だった筈の物。
 彼が操られたのは、彼が誰よりも初動が遅かったから。ただそれだけの理由だった。
 しかしその選択は余りに痛恨だ。灼熱の炎で象られた朱の翼が、求めに応じて顕現する。
 燃え尽きる、焼け落ちる。神秘の魔槍にすら愛されたフツの朱雀。その熱波を避けられる者など居ない。
 満身創痍のユーヌが、炎に巻かれて崩折れる。

「彩花、その女性は私が逃がします。貴女は――」
「ええ、分かりました。その方が良いみたいですね」
 慧架と彩花。タイプは違えども何所か通じる所の有る2人が視線で意志を交換し合う。
 元々優先順位としては低かった物の、この上『人形学会』をどうにかするのは現実的とは言い難い。
 であれば、せめて任務だけでも達成し無くてはならない。
「これ以上、好きにさせる訳には行きません」
「通さない、やらせない! 此処が、僕らがボーダーラインだ!」
 2人の“学会員”にリセリアと悠里とがそれぞれ貼り付く。残された1人に対するは快だ。
「悪いが、こちらは人形の様に演出に従順な役者じゃない」
「ふふ、癖の有る人形もそれはそれで――私達、嫌いでは無いですよ」
 繰り返し放たれる退魔の加護。ブレイクイービルが人形操りの蒼い糸を今一度無効化する。
 それで稼げるのは時間だ。この場合、値千両にも勝る。
「行け、彩花さん! 奥のケースの――」
「上から2番目、右から6番目だぜ!」
 自由を取り戻したフツが叫び、よろめく体躯を立て直して前線へ加わる。
 それより尚早く、駆けるのは雷光の淑女(ライトニング・フェミニーヌ)たる彩花だ。
 衣装ケースを蹴りの一閃で破壊すると、奥の人形に手を掛ける。
「……はい、チェックメイトですね私達」
 その瞬間、鳴り響くのは警報ベル。美術館である以上は当然だ。
 何の準備も無しに展示物を持ち去ろうとすれば、直ちに警報が鳴り、それによって警備員が駆けつける。
 時間は、もう殆ど無い。

「そうか……そういう、ことか」 
 ここに来て、雷音が気付く。おかしいとは思っていたのだ。
 万華鏡が感知させない程に丁寧に仕立て上げた舞台を、人形を失うリスクもあるのに、
 このタイミングで全部壊す様にデモンストレーションする必要が有るのか。
 しかし、それは違う。確かな勝算が有るからこそ挑発するのだ。
 事前に情報として掴んでいた事だ。彼らの目的は“万華鏡の精度を測る事”だと。
 であるなら切り札は“神秘を介在させない手段”で用意してくる物だろう。
 駆けて来る警備員は一体何人だ。2人か、3人か、それ以上か。それらを逃がしつつ戦えるか。
(――無理だ)
 そんな環境では、これ以上戦えない。
 次にフツが操られれば、倒れる事になるのは雷音自身だ。
「『烏合の衆』」
「……え?」
 吐き捨てる様なその声は、彩花から漏れた。 
「力で理念を振り翳すだけの貴方がたにはお似合いの称号です」
 今、人形は彼女の手の内に有る。それを渡せばとりあえずこの場は収まるのかもしれない。
 けれど、彼女の自尊心がその安易な諦めを許さない。最悪、警備員達を切り捨てれば――
 そこまで思考し、“学会員”達の視線が全て彩花へ向いている事に気付く。
 それは驚きを、喜びを経由して、嘲る様な笑みに着地する。背筋がざわりと僅かに騒ぐ。
「でも貴女は、理念だけで力を振り翳せる人でしょう?」
 快が抑えていた“学会員”が笑みを描いたまま声を上げる。
「だって本当は他人何てどうでも良いって思ってる。貴女の世界、人は数字でしょう?」
「自分が魔女である事に気付いていないの? それは素敵ね、私達もそうだったのよ」
 くすくすと。唱和する。唱和して笑う。

「……!」
 その微笑は余りにも。余りにも人形じみていて。
 いや。人形以上に――雷音の、悠里の良く知る、『人形遣い』そっくりのそれで。
 するりと抜き去られる古びた人形を、けれど彩花は追いかけられない。
 どうせ追撃しても操られるがオチ――理由は果たして、それだけだろうか。
「貴方たちの世界は私には良くわかりませんが、自分たちの間だけで賄って頂けませんでしょうか」
 睨み付ける慧架を余所に、『人形学会』はリベリスタ達から大きく距離を取る。
「駄目よそんなの。私達はね」

●人形遣いと人形達
 歯車が回る。カラカラと回る。
「そう、上手くやりましたわね私達」
 灰色髪の魔女が午睡の中薄く笑む。彼女は愛している。紛れも無く愛している。
 この世界を。自分を生み出したこの世界を。自分を生かし続けるこの世界を。
 けれど、同時に憎んでいる。美しい世界を。美しい人々を。美しい命の輝きを。
 生誕の祝福以外、彼女に何一つ与えなかったこの世界を。
「ええ、そうよ。私達はね」

 “だってこの愛しい世界が大嫌いなんだもの”

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
加者の皆様、お待たせ致しました。
ハードシナリオ『<六道>人形学会の開会式』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

其々の戦闘プレイングは卒無く良く纏まっていました。
しかし達成条件以上を目指す場合、難易度以上を求められます。
戦闘以前の部分に見落としが多くこの様な結果と相成りました。
仔細は作中に込めさせて頂いております。

この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。