●Nightmare/inside ひた ひた ひた ひた 水音のような足音で、ああこれは夢なんだと思った。 これはちょっとした自慢なのだけど、私はよく夢を見る。っと、これはあんまり正確な表現じゃないかもしれない。 私はよく、明晰夢というものを見るのだ。 つまり、夢にありながら夢だと判る夢。今日もそれだった。だって、あまりにもありえないのだもの。普通の夢なら気付きもしないことだけれども、その違和感は今の私にとっては、夢という体裁を保てないほどに決定的だ。 何故なら、今の私は、本来の年齢に比べてあまりにも幼い。外界で眠りについている私より、今の身体はざっと10歳は若い。およそ6歳。こんなに小さいわけがないのだ。 ひた、ひた、と歩いて行く。水がぴしゃぴしゃ跳ねる。 それにしても、変な夢。と思った。ぴしゃぴしゃ。足元がこんなにゆれる、灰色の病棟だ。灯りと言えば非常灯くらいしかないこの風景には覚えがあった。 そう、丁度これくらいの年の頃だ。原体験というのは、いくつになっても人を悩ませる。丁度これくらいの年の頃に、向こう15年私を悩ませ続けることになる恐怖の原点(トラウマ)を見たのだ。どんなものだったっけ、と小さな私は腕組みをして考える。足は勝手に進むのだが、夢だから仕様がない。止めれば止まるのだろうけど、こういう場合、下手に足を止めると立てなくなる場合もあるのだ。こう見えて明晰夢に関してはちょっとしたものだし、慣れたもの。私は再び考える。 それはそう、確か、映画だ。ホラー映画。その1シーン。 それを見てから私は、夜も小さな灯りなしでは寝られなくなってしまったし、病院がすこぶる苦手になってしまったのだ。 怖かった以上に、それが私のトラウマとなった理由は、そのシーンの被害者が当時の私と同じくらいの子供だったからなのだ。あの子役の絶叫は、今でも耳に残っている。 ……待って? 同じ場所で、同じ年頃の私。そしてこれは私の夢。ということは…… うそ、やだやだ、これってあのシーンの再現? それじゃあ早く起きないと、と私は思う。まったく、明晰夢で良かったと思った。いつもの通りに、目をこじ開ける感じに、起きろ、起きろ、そう念じる。そうやっていれば目が覚めるのだ。 だっていうのに。何? え、あれ? おかしい。目が覚めない。 待って、何で? 私の頭はやにわパニックを起こす。だ、だって、普段なら…… 呼吸が浅い。はっはっ、ひっ、と短い息を吐いて、胸がひゅんと冷える。気持ち悪さが喉に広がって、腰に力が入らない。ぺたんと床に座り込んじゃった。冷たい。え、何で? それは、夢は脳で見るものだし、感覚とは脳が感じるものだ。なら少しくらい感覚があることだってある。でも、その感触はあんまりにもリアルだ。もやのかかるような集中力のそがれるような夢独特の視界にあって、その感覚はかえって鮮烈だ。 おかしい。脳のどこかが警鐘を鳴らす。 『よくわからないけど、これはきっとよくないものだ』と悲鳴を上げている。思わず目から涙が滲む。だって、こんなに鮮やかに冷たい水の中で、やっぱり目が覚めないなんて。ぐるぐると廻る脳の中、 ぴちゃ、ぴちゃ、しゃきん。 音がした。 ぶわっと自分の毛穴が開くような怖気が走った。この音は私の後ろから迫ってきている。当たり前なのだ。その姿は見えないのに、私にはその音の主の姿がありありと目に浮かぶ。当たり前なのだ。だって、私の知っているアレもそうだった。水浸しの病院、歩きつかれてへたり込んでしまった女の子。非常灯の緑の光に照らされて、不気味に鼻の高い、背の小さい、異形の影が近づく。ぴちゃぴちゃ、しゃきん。手には大きな鋏がひとつずつ握られている。しゃきんしゃきん。 もう恥じも何もなかった。 私は遮二無二叫んだ。もがいた。一歩でも逃げようとした。なのに、上手く呼吸が出来ない。足がもつれて動かない。腕で突っ張ることすら出来ずに、顔から冷たい水に顔を突っ込んだ。息苦しい。がぼがぼともがく。 しゃきん、しゃきん、冷たい音が、私のすぐ後ろで止んだ。口の端から涎を垂らし鼻水にまみれ、泣き叫んでいた私は、おそるおそる後ろを向いた。 そこにいたのは。小さなちいさな人。 禿げ上がった頭部。落ち窪んだ暗闇の目。高い高い鼻。そして生理的に嫌悪感を催す細くてしわしわの手足。襤褸の服。 そして何より、両手に持った鋏。 ぴちゃぴちゃぴちゃ、と駆け寄ると、『ソレ』は鋏をしゃきんと鳴らした。絶望に私の顔が歪む。 だって、私の記憶が正しければ。 その小人は――ああ、やっぱり、その切っ先を――私の指を鼻を目を口を喉を―― 壮絶な絶叫と、何かやわらかいものを突き刺す音が、廃病院に木霊した。 ● 「……以上」 『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)が自分のぬいぐるみを抱きしめたまま言う。それはそうだろう、これではただの趣味の悪いホラー映画鑑賞会でしかない。怯えるのも無理はないだろう。本題に入るわ、と頭をぶんぶん振ると、イヴは言う。 「敵は……アザーバイド」 アザーバイドの一言に、リベリスタ達の顔が引き締まる。 異界の住人、アザーバイド。その中でも、ことに人に害なすそれの能力は多彩であり、いかにフェイトを得たリベリスタ達と言えど、苦戦を免れないものだ。 「このアザーバイド。特性は、夢を食べる」 種族としての力なのかな、とイヴが言った。 「ただ、性質の悪いことに。この個体の食べる夢は『悪夢』。人のトラウマを掘り返して、形にして、そして食べるの。勿論、夢を生むんだから、当人も夢を見ることになるわ。そして、彼らが食べられるほどに濃度が高められた夢の恐怖は、夢を見た人の心を焼き尽くす」 早い話が、心に相当なダメージを負う。もし悪くすれば、廃人になる。 「安心して。対応策は出来てる。2件別々の作戦が必要。そのうち、ここにいる貴方達がやるのは、何かと言うとね」 イヴが後ろを向くと、段ボールをなにやらごそごそしている。やがてずぼ、と腕が引き抜かれると、そこに握られていたのは…… 「何かと言うと、寝ることよ」 枕だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月13日(土)23:02 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●In the dream 「ふぁ……」 口から少し抜けた吐息を漏らしたのは、『雪風と共に翔る花』ルア・ホワイト(ID:BNE001372)だ。足元がふあふあと覚束ない。目に霞がかかっている。ん、と首を振って視線をめぐらせると、手に何かが当たる。暖かい。寝ていた体勢のままに彼女の傍に居た『雪花の守護剣』ジース・ホワイト(ID:BNE002417)の身体を揺すると、横たわっていた彼は目を擦って置きだした。改めて、2人で景色を見渡す。 どうやら、そこは何の変哲もないビジネスホテルの一室のようだった。周りには、アークに所属する仲間達がそれぞれ布団に包まって寝ている。 何故だろう。2人はそう思った。確か、自分達はホテルの一室を借りて眠りについたはず。 何故、皆も一緒に……そう考えた所で、急に頭の靄が晴れるような感覚に陥った。そうだ、確か自分達は。そう考えたところで、その感覚自体を断ち切るように轟音が鳴り響く。建物が積み木の城のように揺れて、崩れる。錯覚。現実ではない。景色が溶ける。 暗転。 そう、夢だ。その場に居た全員がそう思った。その場と言っても、夢を果たしてそう呼んでいいのか。 「……みんな、集まれー」 『ゼログラヴィティ』星川・天乃(ID:BNE000016)が、手を挙げて召集をかける。果たして、各々の存在は知覚出来たものの、遠いようで近いようで、立っているように寝ているようで、あやふやな感覚。頬を叩く。頭がしゃっきりする。段々と、現状が掴めて来た。 そこには、何もかもがあった。瓦礫のようで街のようで、何もかもがごたまぜだった。『ぐーたらダメ教師』ソラ・ヴァイスハイト(ID:BNE000329) などは未だに布団を抱き枕のように掴んだまま離さないが、程なくして起こされる。寝入り10秒の実力は伊達ではないが、それでも周囲の状況に軽く顔を顰めた。『キーボードクラッシャー』小崎・岬(ID:BNE002119)が手に持っていた枕がぼふんと音を立てて転がる。『赤光の暴風』楠神 風斗(ID:BNE001434)はやや離れた所で目を覚ました。男女が同じ部屋で寝るなどふしだらな、そう思って壁に寄りかかっていたのが、急にささえが無くなりごちんと頭を地面にぶつけた。 「雑魚寝なんて……あの方とだってしたことないですのに……こほん」 『深き紫の中で微睡む桜花』二階堂 櫻子(ID:BNE000438)が小さな声で不平を漏らす。今はユメハミを倒すのが先決ですわよね、と誤魔化すように零した。それに応えた、というのは穿ち過ぎではあるが、そうと思えても仕方ないように突然、周囲の空気が変わる。 ねっとりとした、胸をしめつけるような、胸の奥の恐怖を直接真綿で締めるかのような、誰であれ経験したことのある、それは悪夢の感覚。フェイトの力で現実と変わらぬ感覚を取り戻したリベリスタ達にとっては、だからこそ尚のこと不気味で不快だ。 景色が揺らめく。何かが見える。暗い闇、崩れ落ちた街。人の怒号のようなものも聞こえる。それらに覚えのある者達が、びくんと身体を竦めた。『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(ID:BNE000360)が、まんじゅう怖い、まんじゅう怖い、と呟く。そんな抵抗も全て呑み込むような、コールタールのような暗闇。短い悲鳴も、呑み込んだ。うぞうぞと蠢いている。 来るぞ、と呟いたのは誰だったのか。 ● 現れたのは、白い不定形の塊だった。絶えず伸びたり縮んだり薄い半透明の膜のような表皮下でごろごろと塊のような動いて、それが3つ。意志があるのかも定かではないその見た目でありながら、ソレらは目の前の『エサ』達が確たる自我と共に自分達に抵抗しようとしていることに対し驚愕しているように見える。殆どの人間にとって不快な印象しか受けないであろうそれに、リベリスタ達は迅速に対応した。天乃とソラが凝視するが、この時点では3体の区別は付かないに等しいと判断する。全員が散開、各々迎撃した。 ルアがハイスピードを発動、収束する力と共に身体機能のギアが一段高まる。飛び出すと、ユメハミの一体の左側から回り込む。呼応するように右側から飛び込む天乃と共に、白い身体にナイフを払い、刻み、刺す。僅かに驚いたように動きが鈍る塊に、風斗が身体に闘気を漲らせ、バスタードソードを縦横に振り廻らす。必殺の思いのオーララッシュは、しかし、隆々とした腕に防がれた。 腕である。白い不定形の塊からはっきりと生えた二本のそれは、天乃のダガーを握り締め、風斗の腕に突きを見舞うことで防ぐ。『ソレ』は、ずるずる、と白い塊から生え出るように生まれ落ちた。足の一本は未だ白い塊であったが、『ソレ』は、星川 天乃に取っては毛先の一本たりとも忘れられぬ存在だった。無表情の儘睨みつけてくる中年の男性を間近にし、天乃は己の仇敵に喉を鳴らす。 「いやぁっ!」 その様子に目を取られ、呆気に取られていたリベリスタ達は、ルアの悲痛な叫び声に思わず首を巡らす。男と同じモノから生えていた『ソレ』と同じ顔の人物が、この場に居た。 ジース・ホワイト。 彼女の弟が、傷だらけで、塊から生えていた。ルアの突き刺した部分はそのままジースの肩となっている。 『痛ェヨ、るあ』 唇から血を流し、それでも笑っていた。自分がノーフェイスとなったばかりに、フィクサードとなってしまった双子の弟の姿。その当時の姿に、短い悲鳴を上げて飛び下がってしまう。 そして、風斗の前に颶風が巻き起こる。 まさか、アレが現れるのか。風斗が危惧した。彼自身の未曾有にして厄災、R―― しかし、弾ける音と共に風が吹き晴らされた。まるで、途中まで走らせたプログラムがリソース不足によって強制終了されるように。いかにアザーバイドと言えど、再現し切れない程の存在だったのだろうか。瞬きした次の瞬間、風斗の視界に、死が横たわっていた。悉く破壊し尽された街並みに、瓦礫の山。 「やめろ……オレにこんな景色を見せるな」 歯を食いしばって耐える。本来であればこんなものではないのだろう、その悪夢の余波だけでも風斗の心を蝕んだ。 異変はそれだけに留まらない。 姉に駆け寄ろうとするジースと、一旦仲間達を退かせようとする櫻子の目の前に、一つの人影が立ちはだかる。その右半身は少女であり、左半身は中年の男性というちぐはぐさ。それを目にした二人の動きが、止まる。 「……っ、ルア!!」 「お、お父さ……!」 息を呑む。右の少女は傷だらけで笑うルア・ホワイト。そして左の男性を父と呼び、櫻子は怯え切った表情を見せた。櫻子にしか判らぬ言葉で罵声を浴びせる男の手は、そのまま右半身の少女を痛めつけるという異常な光景が広がった。ジースが絶叫しながら飛び掛ろうとするも、そんな時だけ足並みを揃えて少女の側を少年に晒す。思わず足が止まる。 そうして異常を来した仲間をカバーしようと足を動かしたソラ、岬、ウェスティアを唐突に、闇が包んだ。視界を遮るだけでなく、音をも飲み込むような静かな暗がり。孤独の闇。ウェスティアが蒼褪めて後ずさった。爆砕戦気を纏い、助けに入ろうとした岬は、直後に恐ろしい光景を目の当たりにすることになる。 「ぎゃーー!!」 絶叫に振り向いた岬の視界に飛び込んできたのは、二つの影だ。一つはソラ、もう一つは、暗闇から身を乗り出したパーフェクトソルジャー、尖兵なる人物。とある対戦格闘ゲームで岬に散々トラウマを与えたキャラクターである。それは夜闇に紛れてソラの後ろに現れ、口に何かを叩き込んでいたのだ。 「あま……いや辛い!!」 「……えーと?」 岬が心底不思議そうに首を傾げる。最強のNPCであるところの尖兵が両手に持っていたのは、何を隠そう料理の皿だ。片手にはボロネーゼ、そしてもう片手、ソラの口に突っ込んだそれは、ショートケーキだ。 ケーキなのに辛いとはこれ如何に。後にソラから語られることになる真実であるが、彼女のトラウマは何を隠そう、母親の手料理。それも殺人的な味だと言う。再び暗闇に沈む尖兵。両手に料理を載せながら。先ほどのユメハミ達のおぞましさを台無しにするトラウマが、そこに君臨していた。 各々のトラウマを眼前に突きつけられ、大なり小なり動揺するリベリスタ達。取り囲む恐怖の具現を見て、しかしそれでも、折れることはなかった。 「かつてボクたちははいぼくし、傷を得たのはたしかだろー。でも、それは今でもなければお前たちにでもないよー。偽物ごときでどうこうと、みくびってんじゃないよ、ボクたちをよー」 相変わらずへにゃへにゃ笑いながら、岬が挑戦的に言い放つ。その一言で、仲間達の顔付きも変わった。元から挑む面持ちであった者、未だ振り切れない影を負う者、傷への思いは様々だ。しかしそうした思いは、断じてユメハミに土足で踏み込まれるべきものではないものだ。 「ぐぬぬ、よくもこの私にあんな悪魔の殺人料理を喰らわせてくれたな! ぶっ潰す!」 うがぁ! と叫ぶとひりつく唇をこすって、ソラが1体を指差す。左右の半身に男女の体を持つ化け物、あれがフェーズ2の固体だとエネミースキャンによって明らかにした。天乃と岬が、打ち合わせ通りにそちらに走った。 ぐちゃぐちゃとした、少年の上半身と格闘家の全身を生やした白い塊が、瓦礫を従えて残ったリベリスタ達に迫る。 「もう、大丈夫。私は、もう一人じゃないから……!」 ウェスティアが闇を振り払い立ち上がる。まだちょっと怖いけど、アークで出会えた友達を力に変えて、フレアバーストを撃つ。炎が闇を僅かに乱し、2体の化け物が呑まれる。 「ジース!」 「ルア、落ち着け。それは俺じゃねぇ!」 双子の視線が交錯する。そう叫ぶジースも、遠くで仲間と交戦し、また己の半身に傷つけられるルアを複雑な表情で睨めつけた後だった。言葉なく、あれは幻影なのだと、確認し合った。とはいえ、互いの姿をした敵を傷つけるには、未だ傷跡は深い。ルアは標的を変更し、尖兵へと飛び掛る。ナイフで切り刻み、豪腕によって突き出された料理が、肩に当たって口に飛び跳ねた。 「え、これボロネーゼ……甘い?!」 むせた。間の抜けた光景だが、精神世界での攻撃としては甚だ有効のようだ。ルアに向かって太い腕を突き出す格闘家の腕を、風斗が剣を盾に防ぐ。 「これ以上、何も奪わせて、たまるか!」 足元に纏わり着く死者に、幻影と知りつつ心の中で詫びて踏み拉き、一歩飛びに踏み込む。バスタードソードを振り下ろす。切り返し、胴を薙ぎ払い、斬り抜ける。オーララッシュ、格闘家の片腕を斬り落とし、偽ジースの身体に食い込み、食い破り、その影からジースが躍り出る。 『るあ……』 「うるせえ、俺は、これからもずっと強くなる! だから、過去の自分なんかに負ける訳ねーんだよ!!」 振り下ろされた偽ジースのハルバードを石突で突き払い、くるりと大上段に構える。全身の力を一点に集中したメガクラッシュが、過去の己の額を真っ二つに断ち切った。間髪居れずソラがマジックミサイルを虚空に撃ち込む。暗がりから現れた尖兵にカウンター気味に直撃すると、両手に抱えていた料理が地面にべしゃっと崩れ落ちた。暗がりに再び紛れ込んだのは、武器を調達する為だろうか。どうもこの集合体だけ、場の雰囲気を崩しているように思えてならないとソラが嘆息する。不味いのは味だけじゃなくてタイミングもなのねうちの母親は……と。 男女が半分ずつのバケモノが、不利を感じつつある状況を打開するべく、己の親達の元へと向かおうとする。正面から向き合えばどちらも重く、悪夢の権化という本来の意味としても、他の2体とは格別だ。横から岬が滑り込む。邪魔者を排除するべく、しなやかに少女の足が唸り、暴風のような蹴りを繰り出す。三日月蹴りと呼ばれるそれが岬の脇腹に突き刺さり、身体をくの字に折られ、衝撃に身体が少し浮いた。 「まだ、まだ。あくやくの合体はフラグなのだよー」 赤い瞳が燐光を引く。黒いハルバード『アンタレス』、岬の身の丈からすればあまりに巨大なそれの柄で、引き戻した蹴り足を掬い上げる。くるりと回り、遠心力も加えた一撃で思い切りカチ上げた。着地するや否や、側面から回り込んだ天乃のギャロッププレイにより締め上げられる。拘束を解く間に、リベリスタ達のポジショニングも相俟って怪物は味方と分断される。 「悪夢だけあって、強い……だけど、その方が、楽しい」 薄く笑う。少女の半身と男の半身が、どちらも虚ろに唸った。その一撃と引き換えにあばらを何本かやられた岬を柔らかな風が包む。 「癒しの風を……どうぞお受け取りになって……」 敵と向かい合う岬に術をかけるということは、必然的に視界に敵も入るということ。自分を虐げ、苦しめた父親を視界に納め、冷や汗を流しながらも耐えた。 ルアが奔る。幻影剣、ナイフを突き入れる、捌く、その中に幻影を織り交ぜながら尖兵の四肢をぐしゃぐしゃと速度に任せて斬りつける。心なしか料理に対する恨みがましい視線も含まれている気がした。風斗が振り下ろすバスタードソードは、闇に紛れて回避された。しかし、再び現るやウェスティアの魔曲・四重奏に四肢を貫かれ、動きを止めた瞬間、眼前にソラのマジックミサイルが迫る。魔力弾が怪物を吹き飛ばした。 2体のマゼモノが膝を屈した。残りは1体だけ。リベリスタ達は正面を向く。 ……が。その時、厭な風が吹いた。それはどこか、生臭い、生き物の吐息のような。 リベリスタ達は思い出す。 なぜ、目的が「足止め」であるのかを。 彼らを倒せるのであれば、別働隊を作る必要はないのだ。 振り向くと、先程倒した筈の化け物共が何事もなかったかのように立ち上がる。気が遠くなりそうな光景を前に、しかし、リベリスタ達は未だ自分の足で立っていた。 「……だから、何なの。私はもう、弱くない。守られているだけのお姫様じゃない! 弱かった私には、負けない!」 ルアが気炎を吐く。絶望しないことが夢で負けない術であると、リベリスタ達は無意識のうちに知っていたのだろうか。 戦いはまだ、始まったばかり。 ● 「……っ!!」 がばっと天乃が飛び起きる。汗が額と言わず頬と言わず、しとどに濡らしていた。肩で浅い息をした後、ひとつ深呼吸をする。 終わったのか。自分の両手を見て一息を突く。5分にも30分にも1時間にも、ひょっとしたらそれ以上にも思えるような戦闘だった。しゃわー、と呟いてのそのそと立ち上がった。 櫻子も続いて飛び起きる。「お、お疲れ様でしたっ……」と言いながらしきりの髪や襟元を整え、乱れを気にしながら照れ笑いをする。ジースは、同じく起き上がった双子の姉を抱きしめた。周りを見回すと、極度に疲弊した者こそいたものの、皆起き上がれた。それを実感する。 自分達が戻ってこられたということは、外は無事に討伐を終えたのだろう。リベリスタ達はそう思いつつ、一つの疑念も抱いた。 茫洋としていたものの、夢の中の化け物には二つの知性があった。ひとつは、トラウマの模倣。もうひとつは、虚ろで空虚で、しかし確たる意を持つ目。 ただ夢を食うだけの化け物でもないのか。ふと頭に過ぎった疑問を隅に留めつつ、リベリスタ達は窓の外に眼を向ける。手を振ってくる影が見えたので、振り返した。静かな夜が、ひっそりと外に息衝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|