● 気付いたときは、ここにいた。 終わる世界の最中に於いて、私達を送り出してくれたセンセイは、少しだけ悲しそうな笑顔をしながら、私達を小さな穴へと導いていったのだ。 ――行く先は幸福でないでしょう。それでも、私は貴方達に生きて欲しい―― 要は、取るに足らない利己主義だったのだと。 自嘲したセンセイに、私達は涙を零しながら、それは違うと叫び続けた。 唯、堕ちていく自らを気にもせず。 堕ちた果ては、雑踏の直中。 喧噪に塗れたセカイの真ん中で、私達は目を覚ます。 失われたものの大きさに、気付くことも出来ぬ侭。 ● 「……アザーバイドが、現れます」 瞑目の侭に、津雲・日明(nBNE000262)は端を発した。 異界からの漂流者、アザーバイド。その来訪は致命的と言えずとも、この世界に対して確たる害である其れである。 嫌が応にも身を引き締めたリベリスタ達は、その後の言葉を聞き漏らすまいと耳を傾けるが。 「場所は、三高平市と、他市との間、人気のない道路上です。 彼の少女は――皆さんに敵対行動を取るでしょう。ですが、その能力は一部を除き、さしたる特徴もなく、皆さんなら労せずして倒せる……殺すことが、出来るはずです」 「……」 紡がれた説明に、返される言葉はない。 それで終わる説明ならば、彼はこのような――瞳を閉じ、何かを希うような表情はしないと、彼らは知っていたから。 「少女は」 訥、と続く言葉。 「少女は、殺されたがっています」 「何のために?」 「判りません。……ただ、二つ」 終ぞ聞いた応答に対して、頭を振る日明。 けれど。 「件の戦場には、一羽の鴉が、少女を捉え続けています。 ファミリア……そう取って構わないでしょう。彼女は何らかの理由で、監視されています」 「……」 「そして、もう一つ」 言葉と共に、彼の背後にあったモニターに光が灯る。 幽鬼のように、道路の真ん中を歩くボロボロの少女は、両目の瞼と、眼球が無かった。 流れる血は新しく、その痛みは想像を絶するものだろうに、彼女は。 ――『センセイを、助けて』。 「未来映像からは、唯、この言葉だけが」 「……」 理由は解らなかった。 判らないが、それでも――その言葉が、自らの命を捨ててでも叶えたい願いであると言うことだけは、彼らも想像がつく。 だが、しかし、それだけだ。 神秘に溺れた世界の、何処にでもある純な願い。 それだけの、話なのだ。 「……対象のアザーバイドは、フェイトを得ています」 日明は続ける。 先に言った少女が、世界に仇為すことを防ぐ、唯一つの免罪符を乗せて。 「けれど、その力は風前の灯火にも等しい。 皆さんが倒そうと思い、攻撃すれば……フェイトごと、その命は果てるでしょう」 日明は告げる。諦めるように。 けれど、同時に懇願するようにも。 「……全ては、あなた方にお任せします」 労を払えば、少女は救われよう。 だが、それが彼女の願いに通じたものではないかも知れない。 彼らは、リベリスタ達は、どちらを選ぶのか。 席を立つフォーチュナの顔は、最後まで、苦渋に満ちていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月10日(木)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「……思い出してみると」 待ちぼうけの最中。言葉を紡いだのは『アークのお荷物』 メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)。 眇めた瞳に強固と言える意志はない。唯、茫洋としたモノを視るように、メイは言葉を零していく。 「日明ちゃんには、この子が現われるとだけしか言われてないんだよね。 簡単に倒せるとは言ってたけど、倒して来いとか、送り返せとは一言も言ってないんだよね」 瞼の裏。浮かんだ予見者の表情は、明るくはなかった。 況や、その齢は十と半ばにも届いていない。幸せな結末を夢見てしまうことも、難くないと言えようが。 現実は甘いのか。 世界とは優しいのか。 是と呼べる幸福を忘れていない。それでも、否と呼ぶ絶望もまた、刻まれたまま消えてはくれない。 ならば。 此度、自らの死を求めて彼らに臨む少女に対し、リベリスタ達は『斯く在る』べきなのか。 「……冗談だろう」 泡沫の思考を、歎息でゆるりと溶かす。 『0』 氏名 姓(BNE002967)。 夕陽の向こう側からやってきた少女の、最も望む結末を否定する意思表示に、諦念の陰は無い。 「私には殺さねばならない理由はあったとしても、殺してもいい理由や権利は無い」 守るためだと、救うため等と。 人殺者に言い訳は許されない。命を絶つ者は、その絶望を丸ごと背負わなければならない。 自らに課した哲学の内には、仮にも救世者を名乗る自身への、微かな祈りが込められていて。 「見えない世界で見える物ってあるのかな?」 朱い夕陽が暁暗に変わるまでは、今しばらくの時間が有った。 『殺人鬼』 熾喜多 葬識(BNE003492)は、その斜陽の橙に染められたウィッグを弄びつつ、自問のように訥々と言葉を紡ぐ。 「演技に長けているなんて、リベリスタたちが思うことが彼女にフィードバックされるだなんて、まるで舞台装置のようだ」 ――俺様ちゃんには、目を逸らすことのハイエンドに見えるけどね。 曰く、少女は感覚を『共有した』『振りをする』。 それが生まれ持った能力なのか、此方に流れ着いてから得た能力かは解らない。 或いは、葬識の言葉は正しいのかも知れない。 何もない眼窩。引き裂かれた瞼。受けた傷の数は、彼女が今ある現実から逃避を願うには十分に過ぎる。 人の在り方を損なっていた彼女に、本来ならばリベリスタ達がその命を奪おうとも、蔑む者は居ないはずなのだ。 だのに、 「……だが、明らかに救いを求めている」 力無い反駁か、或いは只の独白か。 懊悩する『折れぬ剣』 楠神 風斗(BNE001434)は、手にする幻想纏いを唯見つめていた。 上辺だけの自殺願望。深層に抱いた思いは、果たして如何なるものか。 願わくば、願わくば。そう彼も思いながら、それでも彼自身、拭いきれない不安が心の中で闇を渦巻いていた。 が、 「自分の命を投げ捨てても助けたい。でもその思いは身勝手な物だとボクは思うから、彼女に生きて欲しいと、そう思うんだ」 「……ええ、助けない訳にはいかねぇッスよ。俺は彼女を助けたいッス」 彼の願いに、自らのココロを重ねる『愛を求める少女』 アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)。 その両者の言葉に、確と頷いた『一般的な二十歳男性』 門倉・鳴未(BNE004188)。 二人の言葉は、目的は同じでも、其に至る思考は些細な違いを見せている。 一人は、自らと境遇を半ば同じくする少女を救おうとする、自己救済の理論。 一人は、虚偽と私欲に溺れた世界で、キレイゴトを貫く男のちっぽけな矜恃。 称える者が居て、若しくは、嘲る者が居て。 それをどうしたと突っぱねて、だから、彼らは此処に立っている。 「……嗚呼、安い演出に安い悲劇。 この件の背後に居る者は余程センスが無いらしい」 そうして、最後の二人。 死を渇望する少女を手向けた何某かに向けた雑言を吐く『ツーピース』 月凪・錐(BNE004666)は、侮蔑の視線を隠そうともせず、瞳を閉じ、バイオリンを奏で始めた。 手元を見ずして易々と奏でる清廉な曲に、けれどそぐわない声を上げたのは、 「殺されたいなら、殺してやってもいいんだぜ」 『ふたりぼっち』 月凪 宝珠(BNE004665)。 自らの在る世界を愛し、故に其れを害する者須くに拒絶を示すと、堂々と言い放った少女。 「世界のためなら冷酷にでもなるさ。 俺の目には、彼奴等――スパイのようにも見えなくはないからな」 その言葉を、咎めるような視線はない。 当然だ。この場にいるのは単一の任務を成すために集められた者だけ。 それもまた正解であるという、彼女の言葉を、糾弾できる者が何処に居ようものか。 けれど。 ――宝珠、お前もきっと、それを望んでいるのだろう? 先にも言った『雑な筋書き』を否定した錐は、唯一人、誰にも解らないであろう微笑みを、端正な面持ちに湛えていた。 ● ひきずる足がいたかった。 こぼした息が冷たかった。 お腹がすいたな、のどがかわいたな。 ぜんぶぜんぶ、これが終わったら、楽になれるのかな。 ――ねえ、センセイ。 ● ばさり、と舞う音が、彼らの気を引いた。 一陣の風を伴く鴉。此度の戦いの、先の見えない観戦者。 自身と五感を同じくする『目を奪われた』少女を前に、それでも在る黒鳥に向けた瞳が、殺気を帯びるより早く。 「センセイを、助けて」 聞こえた声が在る。 消えかけた命がある。 ぶつりと途切れた視界。耳朶に響く幼声は、正しく彼らの待ちわびた来訪者を知らしていた。 「……っ」 メンバーの中で唯一、視覚に頼らぬ認識方法を有するアンジェリカが、感覚のスイッチを切り替えた。 万華鏡により、予測できた能力。理解は出来ていても、リベリスタ達の中に浮かぶ表情は臍を噛む其れ。 「さ、始めよっか」 反し、お気楽な口調で言ったのは葬識である。 距離はおよそ50m。あらゆるスキルの、射撃の届かない距離に於いて、唯一人その効果の範囲外に在った彼は、指を弾いて彼女の思考にアクセスを始めた。 尤も、通じる言葉は一方通行でしかない。 遠く、戦場を『見遣る』鴉は、彼らの言葉を一言一句聞き漏らすまいとしていることは明らかである。迂闊なことを喋り、喋らせないためには、限られた手段の中で情報のやりとりを行うしかなかった。 「聞こえるか」 だが、 その最中、確と声を発した者が、一人。 「俺達はアークのリベリスタだ。此方の世界を護っているやつらだと思ってくれ」 「……はい」 少なくとも、言葉は通じる。 それを確認した宝珠が、朗々とした声で告げた。 「最初に聞いておく、退く気は?」 「いいえ」 「何で此処に来た」 「解りません」 「お前の素性は」 「言えません」 「……都合のいい話だよ」 唾棄するような声は、誰しもの耳に届いている。 返される、自分勝手な返答も。 ――やはり、一筋縄では行かない。 苦々しい表情を、知らずの内に浮かべたのは風斗だった。 為された言葉に潜む決意は強固なのだろう。一言一言が逆棘の珠のように、彼らに対する拒絶の意志を明確に表している。 それでも、と。 「死んだら、やり直しは効かないんだ……!」 聞こえぬように、か細く。しかし、満身の意を込めて。 武器を収めたまま、単一の拳を振り抜く彼は、空を切る感触を得て初撃を終える。 その、筈だった。 「――――――ハ」 鈍く、胸骨を折る感触がした。 突き出した拳に掛かる暖かな雫は、血であろうか。 瞠目。眩んだ視界が正常ならば、見えた光景は『自ら攻撃を受けた』少女の姿だったであろう。 勘違いをしている。そう気付かされた。 少女がリベリスタに、アークに戦いを挑んだ理由は、あくまで自らが望む結果、死の為だけだ。 上辺の戦闘に応じる理由など無い。それが外すつもりの拳であろうとも、少女は己の願いのために自分からそれを受けようとする。 (拙い……!) 風斗が自身の後方に顔を向けるより早く、即時、戦況を唯一視認できる葬識がそれを全員に伝達。するも、 「……え」 撃ちはなったアンジェリカのギャロッププレイが爆ぜれば、強かに気糸に結われた少女が芋虫のように転がった。 命中精度の高さは、威力の強化に通じる。 況や、視覚が及ばぬ状況下でも、少女自身が避けることを放棄すれば、そのダメージは語るに及ばずだ。 「……度し難い、無様だな」 吐いた言葉は、錐のもの。 奏で続けるヴァイオリン。見事な旋律に乗せられるはずの神秘の音階は、けれど直ぐ其処にいる少女に届くことはあり得ない。 彼が為そうとした癒しの奇跡は、対象の視認を以て初めて確立される類のモノだ。 奇しくも視界を封じられるその能力に対して、彼の力は余りにも無力だった。 痛みに身を拉がせて、それでも立ち上がろうとする姿を想起するリベリスタ達の脳裏に、待ちわびた声が響く。 『――お待たせ。事情は伝えたから、後は好きにやってね』 ● 『あのね、その人たち君を助けたいんだって。 君の心(ねがい)と体(いのち)、どっちを助ける? って聞いたら体を助けたいんだって』 聞こえた声は、誰かもわからない男の人のもの。 その人たち。私の前にいる人たち。 首をかしげる私に対して、声は続く。 『だから、彼らの質問に答えてあげなよ。君の心が死ぬ前にさ。 YESなら一回、NOなら二回首をふってあげて。殺した振りをするんだって』 『どうして』の声は、届かない。 聞こえないのだろう。自分勝手に告げられたコトバにも、けれど私はギモンに思うだけ。 どうして私を助けるの。 私はあなたたちを殺そうとしているのに。 声に出したい言葉を、その応えを、聞けるのか、聞けないのか。 ――ああ、いや。答えなど、決まっているのに。 ● 緩慢とした戦闘だ。 見る者誰もが思ったであろうそれらを、けれど、向かう者達は全力で続けている。 殺すためではない。 自らが生きるためでもない。 唯、敵を救うという、馬鹿げた理想のために。 『……ボクにも、大切な人がいるんだ』 アンジェリカの、言葉。 代弁する葬識越しに伝う思いは、どれだけ届くだろう。 生きることを教えて貰った、愛し愛されることを教えて貰った、恩人と言うに足りない存在を得た自らの境遇、其れは直ぐ傍の少女に重なる在りようであろうと言う、純な思いを。 『でも、その人は自分を救う為にボクが命を捨てたら、きっとボクを許さないだろう』 「……っ」 吐いた呼気は、痛みが故か、別の何かか。 生きて欲しい。 死なないで欲しい。 向かう先が絶望でも、自らの死を以て迎えるしかない終焉でも、其処で諦めず、どれほどの泥を被っても、希望へ、光へ、唯々前に進み続けることをこそ、アンジェリカのあいしたひとは喜ぶだろうと。 『君のセンセイも、そんな人なら……』 気糸を出すべく、伸ばした腕は、少女に向けて差し出された其れと同義である。 縛り上げられた身を、些少の時間の後に解いた少女は、そうして最初に葬識が残した言葉を思い出す。 彼『ら』の質問。 アンジェリカだけではない。望む者、皆が皆、伝えたい思いを以て、彼女に立ち向かっている。 恐れる指先が、それでも、誰かの思考に触れた。 『ねえ、君が死ぬ事に何の意味があるのか教えて欲しい。 君の死が誰かの為になるの?』 返る言葉の代わりに、返された首肯。 視認した葬識が全員にその様を伝達すれば、最初に読まれた存在――姓は、思考に浮かべる言葉を変化させる。 『そう。なら、此処で殺してあげれば君個人は救われるのかもね。 でもそれも、極端に視野の狭いエゴではないの』 淡々と為された言葉は、丹念に少女を抉る。 少女の言うセンセイは、そうした逃避を許す人物なのか。 奇しくもアンジェリカと似通った意見を述べる姓に対して、少女は唯、攻手を止めないことだけに躍起になっている。 『私達は『君達』の味方とは限らない。 フェイトを得ていなければ君の仲間を殺す立場にもなるんだから』 けれど、ならば。 或いは、今こうしてフェイトを有する彼女こそが、彼女の言う『センセイ』の救いたり得る存在ではないのか。 少女は怯えていた。 殺そうと襲いかかるモノを恐れない。 逆に、其れを諭して、救おうとすらしてくる。 微睡みのような優しさは、ともすれば暖かなだけの泥濘にも似ていて。 何を信じれば良いのか、少女には、解らない。 『死なせること自体は簡単だよ。でも、ボク達にはその理由がない』 傾いだ思考が、また誰かの心を拾う。 銀髪の童子、メイの言葉は強く訴えるものでもなく、唯突き放すだけのものでもなく、一定の距離を保ったまま、自らの思いをカタチにしていくだけ。 『ボク達はその理由がない。君の、ただの自殺の手伝いをするのは嫌だ。 それに、君は殺されたがっているわけじゃないよね? 自分の意志とは関係なく、何かのために死ななきゃ行けない、そう思ってるように『見える』よ』 後方で飛び、当たるはずもない神気閃光を放つメイは、「だから」と逆接で言葉を繋いだ。 『それなら殺すという、ボク達にとってもいやな結末より、大元解決して『めでたしめでたし』で終わらせたい』 ゆるりと浮かべた微笑みに、見える物のない少女は何を思ったか。 探ること。少女は、何時しか其れに没頭し始めている。 皆の思いを、自らが、望むものよりも、強く。 『――正直、事情はまだ分かんないッス。 『センセイ』って人を助けて、と願いながら殺されに来る意味も』 聞こえたコトバは、鳴未のもの。 ただの青年として在る彼の思いは、ならば神秘に染まる者の中で、何よりも純粋だ。 何も知らない、けれど、自らの願いの為に命を捧げる其の思いを、無駄にはしたくないと、彼は思考の海で言い放つ。 『君が『センセイ』が助かってほしいと願うなら、『センセイ』だって君に死んで欲しいとは思わない筈。 だったら、君も『センセイ』も助ける。……そんな簡単な話じゃないだろうけど』 苦笑混じりの思いだった。 視覚化される思念のセカイで、屈託のない笑顔を浮かべてくれた男に、少女は瞳が在れば泣いていただろう、くしゃくしゃの顔を見せる。 だだをこねるように、振るわれる拳。 それを、唯、受け止め続けているのは。 『……お前が護りたいと思う者がいるように、お前を護りたいと思う者もいたはずだ』 楠神、風斗。 映るモノのない翠眼が、けれども眼前の存在をはっきりと捉える奇跡の意味は、ただ。 『助けが欲しいなら力を貸す。お前のためにも、そいつのためにも、俺のためにも……!』 生き延びてくれ。命を永らえてくれ。 叫ぶような思いの吐露。身を震わせた少女に対して、最後に聞こえたものは、先ず心の声ではない。 ――光に照らされれば森は輝き、空気は澄み、世界は歌に満ちていく。 『元の世界を失って、この世界に辿り着き、不幸な目にあったと思ってるのかも知れないが、』 それでも、君は幸福だ、と。 聞こえる独奏。間断なく響き続けた音楽が、事ここにいたって終ぞ激しさを増す。 一に悲劇を。二に邂逅を、最後に苦難と、其れに立ち向かう様を。 其れは一つの歌劇をイメージしている。それは今、こうして在る彼女の境遇を示すために。 『死にたがりの異世界人よ、君は一体何を望む? どんな音を望み、どんな未来を失った瞳に映したいんだ?』 終幕は、彼らの手に。 安易な諦めを俺は好かない。言い放つ錐の最後の問いは、少女の心を強く揺さぶる。 「……私は」 『お前にとって、この世界が幸か不幸になるかはお前次第だ』 言いかける言葉を、宝珠が被せた。 選択は一度きり。その一つで全てが決まる。 誤るな。後悔を抱くな。決して自己に嘘のない解答を示して見せろ。 勝ち気な姫君の言葉が、ならば、全ての答えだというなら。 「……っ!!」 少女は、首を振る。 一度、そして―――――― ● 「……駄目、ッスね」 「そう、なんだ……」 かぶりを振った鳴未に対して、アンジェリカもまた、気落ちしたように肩を落とす。 アークの護送車の中。『望んで』意識を失った少女は、鳴未の治癒を受け続けていた。 結果からすれば、その効果は切り裂かれた瞼にのみであり、眼窩から失われた物は何も戻らない。 憔悴しきった風斗と姓は、その傷みきった様に何を覚えるのか。その視線の先は、解らなかったけれど。 「ホントにお人好しだよねぇ」 そう言って、笑う葬識の胸中は、別の方向に向けられている。 皆の説得の最中、ファミリアの使い手を探して千里眼を方々に傾けていた彼を、一人の男が捉えていた。 交錯する視線の中で、男は、確かに唇を形取った。 ――ペナルティ、ひとつ。 「……うん、もうひとつの悲劇と、喜劇のプレリュードとしては面白い」 三日月のように歪めた口を、気付く者は居ただろうか。 「……ったく、面白くねーの」 そう言って、既に死んだ鴉、元ファミリアを持ち上げたのは宝珠だった。 戦闘終了直後、件の鴉を攻撃した葬識とメイよりも早く、術者はそのリンクを断ち切っていた。 結果として、残ったものは死骸一つのみ。言いたいことも言えず、ストレスを貯めるだけとなった宝珠は、せめてと少女が来た方向に向け、言葉を発する。 「喧嘩を売るなら売ってくるといいさ」 死骸を、其方に放りながら。 「だが倍返しだ、俺がやれなくてもな」 距離を離す護送車の外、死んだはずの鴉の鳴き声が、聞こえた気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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