● こつこつ、と冷たいコンクリートを叩く靴音が響いている。今だ勢いを弱める事のない日差しを受けながら『彼』はそこに居た。 彼は罪人だ。戻る場所もなく、行く当ても無き流浪の民であった。 居場所を追われ、遂には暗い道を歩き、訪れた場所は風変わりした街である。 自身とは違う姿で闊歩する生物を見詰めて『彼』は無性に故郷が恋しくなったのかもしれない。 彼は罪人だった。しかし、その罪状と言う物は『殺人』と称するには余りに彼に失礼だろう。 彼は刃を振るい続けたのだ――その信念は『サムライ』と称するに値する。 何よりも戦う事を望んだ彼がその矜持を胸に人と戦った事は彼の存在した故郷では認められなかったのだ。戦闘は認めぬと言う心優しき世界に彼と言う存在は受け入れられなかったのだろう。 戦いたい、戦いたい。 大きくなる思いに彼は我慢ならなかったのだ。そっと、刃を引き抜いた ――人知れずこそ思ひそめしか。 ● 「人に伝えられない想いがそこにはあり、潜めることすらできなくなれば、後はどうなるかしらね」 お願いしたい事があるわと微笑んだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は何故か刃渡り30cmの包丁を握りしめて立っていた。 「アザーバイド……識別名は、そうね『壬生』。彼は人の形をしているけれど私達とは違うわ。 目の数は無数。至る所に目を顕現させて『視』る事が出来る。背後をとるとかが難しいタイプ」 そこまで告げた後、世恋は首を傾げて「まあ、背後を取るのは勧めないわ」と小さく囁いた。 「彼は俗にいう所の侍の様な性質を持っている。何よりも士道を重んじる様に闘いを求めている。 元居た世界にはそんな性質は受け入れられなかった様で罪人として追われている……そうだわ」 困った事ね、と小さく肩を竦める世恋は、資料を捲くり写真を一枚モニターに映し出す。 深くかぶった笠の所為で顔は良く見えない。手にした刀と、そして手の甲や首筋に目を持った男の姿。纏うのは袴か、いや何処となく違う様にも見える。 「とちら、『壬生』よ。ご覧の通り、サムライの様な風貌をした男ね。 彼は皆と戦いたい。満足させてやって欲しいわ。このままであれば、出会った人に闘いを申し込み、何も知らない一般人と闘い、斬り続ける事になる――」 ふるふると首を振り、ソレはいけないでしょうと肩を竦めて見せる。 「私達は彼の想いに応えるべきよね。一応、フェイトは得ているけれど、どう対応するかは皆に任せるわ」 さあ、どうぞよろしくね、と世恋は小さく頭を下げてリベリスタを見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月28日(土)23:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――恋すちょう わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか―― そう、それはまるで恋心だ。焦がれる様に、求める様に、戦いに手を伸ばす。我慢ならないその想いが肥大化する様などまさしくそれであると言えるだろう。『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)は鼻をすんと鳴らして唇を舐める。 腹を空かせた竜が求めたのは死闘だった。それを恋心と呼ぶいりすとは同じ性質を持った男の気配に仄かに高揚する気持ちは『戦いたい』というものだけだ。 皆で参りましょうか、と静かに声を掛けた『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)の長髪が舞い上がる。武器を持たぬユーディスは柔らかな双眸に何処か哀しげな色を灯している。この場で行動を共にするいりすや『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)の様に闘争を尊ぶ性質は『元の世界』では受け入れられぬものだったのだろう。 「……あるのですね、その様な世界」 戦いを許さず、平和に暮らすだけの人種。例えるならばラ・ル・カーナの勇気を持たぬフュリエか。闘争なく暮らす彼女等よりも強固な檻に閉じ込めたかのような世界。そんな世界であれど、望まれぬ魂は生まれいずるのか。それを『不幸な廻り合せ』と呼ばずして何と言うか。 「……たまんねぇなぁ、そんな所に生まれちまったら……」 頭を掻いてツァイン・ウォーレス(BNE001520)が小さく囁いた。闘争の中で生まれ育ったならば闘争しか知らぬだろう。しかし、誰もが闘争等を知らず、平和を重んじるのであれば『闘争等ない』と思い込める。 彼等の目の前に立っている『男』を異端児と呼ばずして、何と呼ぶのか。 「お前が壬生か?」 淡々と、橙の瞳を細めて聴いた『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の声は何処か柔らかだ。反応を示した男の首筋から『眼』がぎょろりと現れる。瞬く杏樹は彼が『是』と示したのだと気付き、仲間を振り仰ぎ頷いた。 「壬生ジャ分かンネーカ。お前の事、壬生ッテ識別名(コードネーム)で認識シテンダケド、お前ノナマエ、何テイウンダ?」 たどたどしくも終える様な日本語は発音が何処か妖しい。『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)のくりくりとした双眸がじ、と『壬生』を捉えている。リュミエールに反応した様に『眼』の位置が移動する。 「……忠見だ」 「忠見、か。忠見。此方が求めるのは、そちらとの一騎打ちだ。互いに全力を出せる場所に移動したい」 名を呼んだ『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)に静かに頷く『壬生』――忠見の姿に深く息を吐いたランディは心配いらねぇと忠見へと囁く。 「ま、8人がかりで今更正々堂々もクソもねーと思うけどな、一つ提案があるんだ。付いて来いよ」 戦えるのなら何でもいい、そう思わせる様な気配を漂わせる忠見の隣、何処か楽しげに笑った『偽悪守護者』雪城 紗夜(BNE001622)が手招きを行っている。 「キミは戦いを求めてるんだよね? 私、久しぶりに決戦以外でのお仕事なんだ」 なんだそれは、と好奇の瞳を向けた忠見に紗夜は小さく笑う。 「沢山戦える場所が有る、ってことだよ。さてさて、ついておいでよ」 ● 高架下はひやりとしている。その場に足を踏み入れた忠見の前で拓真はglorious painを引き抜き、息をつく。 「戦うのか? 主が」 「一騎打ちがしたい。同時に八人を相手に取って欲しい。……悪くはない話しだと思うが、如何か」 ほう、と忠見は冷静にリベリスタを見回した。老若男女。様々な姿をした彼等は武器を構え、異邦人を見据えている。 「卑怯さ具合は1人ずつサシでやるのもそう変わるめぇ、なら分散されても力を出し切れる方がいいんじゃねーか?」 「応」 ただ、一言、ランディへと頷いた忠見の姿がブレた。八人に分かれたアザーバイドに向けて、リュミエールは愛らしい笑みを向けて速度を見に纏った。 ――ざり、と。 砂利を踏みしめ、揺らぐ足場に尻尾を付く。しかし、尻尾は足場をカヴァーしきれない。 「ヨォ、ヤリ合おうカ。私ハお前が生き延びるナラ、考えがあるぞ」 忠見の分身を目の前に、ミラージュエッジを振り翳す。速さを見に付けたリュミエールを、しかし、尻尾を使った多角攻撃であれど見極めた忠見が剣を振るう。 分裂を繰り返したためか、互角――体感ではそれ以上か。暗視ゴーグルを装着したリュミエールが振り翳した髪伐を受け止めた腕からぎょろり、と目が覗く。 「時ヨ、加速シロ。私ハ誰ヨリモ疾イノダカラ」 囁いて、リュミエールは水色の髪を揺らす。彼女の九つの尾の一つを避け、飛び上がる忠見が少女の軟肌を切り裂いた。 「さ、ヤろうぜ。戦士に墓は要らない。小生は君の名前を聞いてないんでね」 名乗ろうと口を開きかけた忠見にふるふると首を振ったいりすは無銘の太刀を引き抜いて牙を見せて笑った。 「故に名は問わぬ。名は言わぬ。そも事、此処に至って刃以外に何がいる?」 「嗚呼」 言葉を吐き出す忠見にいりすは濁った瞳で『恋』を語る――いや、騙る。 振り翳される刃が交錯した。茫、と濁る忠見の『眼』が彼の首筋からいりすを覗く。 「命を惜しむなよ。刃が曇る」 踏み込んだいりすのリッパーズエッジが雷光の如き動きで残像を残し忠見を切り裂いた。叩きつけられた刃を避けるように忠見の刃がいりすの腹を抉る。間合いを詰める様に――腹に刺さった切っ先を気にすることなく、ぐん、と一気に詰め寄ったいりすの牙がぎらりと腹を空かした獣を思わす様に、鈍く光った。 「手を伸ばせよ」 どれだけ取り繕っても『本質』は隠しきれない。いりすの鼻に付くのは飢えた獣の匂うだった。己を強いものだと信じる戦士の臭い。故郷とは遠きに在りて想うもの。己の心に宿す記憶も『誰』のものか分からない。 戦え、戦いに殉じろ。何処まで行っても異邦人は異邦人。焦れようと他者の関わりはそれを思い知らされる。 「小生は惜しまない。そんなモノは何もない。戦って勝つ。己の強さを証明する。それだけだ」 手を伸ばす事を諦められなくとも闘いだけが全てなのだから。理解しようとも理解してほしいとも思わない。戯言は、いりすの刃が切り裂くと共に止まった。 「生き恥などという恥はない。生きる事を恥というなら、それは覚悟が足りないのだ」 ほう、と一言声が漏れる。 同時に、風を切る音がした。受け止めるグレイヴディガー・ドライ。ランディの剛腕が受け止めれば、身体を反転させる勢いで一気に吹き飛ばす。 「戦いを求める者だの武士なんぞと言えば聞こえがいいだろうが何の事は無い。 行き場所が無くなって死に場所を探すだけの野良犬に過ぎん。戦士としての矜持があっても最終的に相手を選べないならお笑い草だ」 淡々と告げるランディの言葉に忠見は成程と頷いた。彼の言葉に忠見も思う事が有るのだろう。渾身の力を込めた生と死を別つ斬撃。無口な青年にランディはくい、と指先で誘う様に呼んだ。 「お前は不運かも知れねぇ、思うままに振る舞いたいって渇望は理解する――が、幾ら崇高な信念だろうが受け入れられないものは何処だってある」 「主は『野良犬』だと呼んだ。相手を選ぶことすら出来ぬ我が身を悔むさ」 残像がブレる。文字通り、ぶわりと。崇高な信念の果てが敵いもなくか弱い対象に刃を剥ける事等お笑い草だ。 「この世界は戦えるぜ? でもな、その矜持通りに力が振るえる場所があるなんて甘ぇぜ。 ここで力を出し切って死ぬか、生きて苦しい道を選ぶのか、好きにしな! テメーの願い、ブツけて来いよ!」 零距離。鼻先が掠める。切っ先が拮抗し合い、鈍い音を立てる。火花が散るかと思わしき勢いの中、唇を釣り上げたランディが放つエネルギー弾がその存在をブレさせる忠見へと放たれた。 ● 「一つ、思ってる事があるんだよ。良かったよ、ツマランもの斬る前に俺達が間に合って」 地面を踏みしめ、一礼し、ツァインはブロードソードを握りしめる。掌が何処か汗ばんでいる気がした。 「想像でしかないけど、向こうの世界で斬った奴ってのも、やっと出逢えた最高の変わり者だったんだろうよ」 「此方では戦乱があるのではないのか」 紗夜の言葉を想いだしてか淡々と聞く忠見にツァインは小さく首を振る。そこまでして戦を楽しみたいと思う人間は稀だ。保身、守護の為、己の為に、好んで戦乱に身を投じる人間は余り居ない。 「一つだけ。余分な『眼』は閉じとけ。一合、一瞬、後悔しないように……」 「お主だけ、見よう」 一言だけ、振り翳される切っ先が力を纏いツァインの刃を撃ち飛ばさんとする。受け止め、カウンターを行う様に光りの刃が忠見の腕を突き刺した。持久戦、仲間達から離れた場所で、攻撃は続いていく。 ツァインの頬を掠める忠見の刃。痛みが身体を貫いた。ざり、と砂を踏みしめ、身体を反転させ、盾の下からブレードソードを繰り出す。忠見の掌から『眼』がぎょろり、と現れた。動きを完全に受け止めたという風に身体を捻る。 「こっちの世界の『通行手形』まで持ってるたぁ、なんて幸せな奴なんだ」 「幸せ、我は幸せか」 忠見は淡々と呟く。彼にとってはこのツァインという青年は好感を得れたのであろう。絡め手もなく、唯真っ直ぐに攻撃を行う青年。 「ああ、幸せ者だよ。しっかし、見え過ぎってのも考えもんだな」 歪められる唇の意図が分からずに首を傾げる壬生の前で修道女は魔銃バーニーを握りしめる。 「私はお前と真っ正面からぶつかりたいと思った。お前は満足できる形になってるならそれでいい」 「嗚呼、満足だ」 嬢は優しいな、と忠見の声が掛けられる。杏樹の瞳が揺らぎ、明るい髪を指先で弄った。その分身の一つだ。優しい修道女は魔銃バーニーを下ろし忠見の顔を――無数の『眼』を見詰めた。 「往く宛てがないならアークへ来ないか。縛りはあるけれど、戦える」 「嬢は優しいな。だが別の種たる我は嬢らと決定的違いが出るかも知れぬ。此処で嬢と戦い生き残ればにしよう」 手加減は無用、と忠見が地面を踏みしめる。剣を錆ついた白で受け止めてスカートを翻しゼロ距離で撃ち込む魔弾。靴の滑り止めが砂利を滑る。感覚が瞬時に伝わり、アザーバイドの息遣いを感じとる。 「私は不動嶺杏樹。いざ、勝負!」 どう生きるのが幸せか。ツァインは忠見は幸せ者だといった。だが、彼にとってはどうなのか。誰にも決められない幸福の定理。望みに応えるべきなのか。杏樹は苛烈な闘いの中、茫、と考え続けた。 正解なんてどこにもない。迷いがあるならば、望みがあるならば、そこに手を差し伸べるのが道だった。 「……迷いは捨てた。後は戦で語ろう」 「嗚呼、この闘争で何かに気付けるやもしれん」 踏み込む。少し甘いと杏樹は感じとる。避ける体に切っ先が掠める。腕に走る小さな痛みに血の臭い。身体を捻り込み、銃口が忠見の額目掛けて向けられ―― 「ばぁん」 楽しげにくすくすと笑う紗夜。直死の大鎌は低身長の紗夜には大きな獲物に見える。器用に扱い、紗夜は全ての闘気へと変えていく。女の体に似合わぬその気配に忠見は唇を歪めた。 首筋の瞳が紗夜を見ている。紗夜は一つ伸びをして、一気に踏み込んだ。 「キミのその戦闘意欲、叩いて砕いて切り刻んでみようじゃないか」 勝てる保証なんてなくったって、戦う事は出来る。武士でも何でもない――武士道なんて生憎、考えた事なんてない――そんな紗夜とて、闘いに応じる事はできる。 唇に浮かんだ笑みは楽しげに。まるで、少女が遊び道具を見つけたかのようにも見える。 「……君は世界でどうやって士道を語ったの? 認められないとしても、そういう概念はあるの?」 「嬢、犯罪者の心理を解き明かすものではない。犯罪心理として確立された考えなのだ」 ふうん、と小さく紗夜は相槌を一つ。雪崩れる様に鎌を振り翳せば、忠見は同時に剣を振るう。 紗夜の唇から血が溢れる。触れる切っ先が忠見の体を貫いた。ブレた男は腕の眼で嗤う。剣が紗夜の腹を貫く。 「私は、選択を見届けられるかな? 見届けた食ってもね、私はタイマンの勝負をしてみたいんだ」 望みを叩いて砕いて押し潰す。悪魔の如き外見の紗夜は『忠見を思って』か『己の欲望』かを感じさせずに小さく笑う。橙の髪の毛が舞い上がり、紗夜がにっこりと微笑んだ。 「ほら、潰し合おうか」 血反吐を吐くまで。身体が傷つき続けるまで。機械化部分が混在した筋肉や骨がぎり、と鳴った。 ● 「リベリスタ、新城拓真。……いざ、尋常に」 双剣を構えた拓真の前で笠を深く被った忠見が剣を握り一手踏み込んだ。剣戟の応酬に拓真は目を伏せ、受け止めた後に全力で剣を振るう。 生と死を分かつ攻撃を双方が続けていく。忠見の腕を裂き、拓真の腹が抉れる。忠見の咽喉を狙う切っ先が掠め血が浮かびだす。 「俺が闘いを求めるのは、己が剣を高める為に他ならない! 忠見よ! 感謝しよう。お前がこの世界に赴いた事を。そして、お前という存在に!」 「嗚呼――感謝しよう。お主という存在が我と戦う事を!」 ブレるように身体が動く。剣戟に歓喜と、殺気と、新城拓真の全てを掛ける。 そこまでされて武士が黙る訳がない。忠見も己の全てを賭けようと『眼』を顕現させ拓真の動きを見据えた。 真っ正面から切り結ぶ。意義ある闘いに忠見の剣が拓真の腹を突き破る。唇から流れる血を拭う。身体を反転させ、Broken Justiceは『壊れた正義』を象徴する様に振るえ、忠見の胸へと突き刺さる。 己の剣を高める為に、正義が其処に在るのかと言われれば拓真は首を振る事になるだろう。誰かを救う大義は此処には無い。己の剣を高めるという欲と忠見の世界では薄ら汚れた武士道が彼を尽き動かす心理なのだから。 「生きていたら、嬢が――不動嶺が乞うた通り、貴殿もいうのかな?」 「ああ、往く宛てなければ俺達と来い。闘いの場であれば事欠かん」 闘いの最中、『壬生』と呼ばれたアザーバイドは「さもありなん」と笑った。戦う場を欠かなくとも、此処で生き延びることになるかどうか。答えは、未だ出てはいない。 「……戦えない、力なき物を巻き込み得る様な闘いなどしなくて良いに越した事はありません。 その様な闘いなど、戦士の名折れという物でしょう? だからこそ――存分に戦ってみませんか」 優しげな笑みを浮かべたユーディスが槍を握りしめる。しっかりと踏みしめた地面、砂利が靴底に纏わりつく感覚がする。忠見の剣を受け止めて、金糸を揺らした彼女の槍が一気に付き上げられる。 「この世界には闘いがあります。それは、実感したでしょう?」 「応」 「けれど、必ずしも肯定される訳ではありません。平穏と闘争が表裏に同居するのが『この世界』なのです」 淡々と語りかけるユーディスの声にまたも短く返事をした忠見の剣が雷撃を纏い振り翳される。受け止めて、捨て身で斬りかかった男の瞳に向けて淡い笑みを浮かべたユーディスの槍が貫いた。 盾に罅が入っても、力を込めたその切っ先を避ける事はない。痺れる腕にユーディスは優しく笑って槍で忠見の体を貫いた。 幸か不幸か。紛れもなく、彼と彼の世界は不幸な廻り合わせだった。ならば、この世界に生まれたなら彼はどう生きたのだろうか。 「この世界は、貴方にとってどうですか?」 「我はこの世界でも罪人となるであろう。大義名分、武士道。己を高める其れがあれど、戦いが認可された世界では『檻』が無ければ『獣』と化すかもしれぬ」 瞬いて、ユーディスはそうですかと微笑んだ。数奇な廻り合わせは何処に向けられるのか。 生き延びるのか。実の所、リベリスタ達はどれが忠見の本体かを知らなかった。 光りを纏う槍が忠見を貫く。アザーバイドは唇を吊り上げて「嬢よ」とユーディスを呼んだ。鮮やかな蒼が忠見を捉えて細められる。 「私は騎士道を。護りの道を突き進む者です」 「嬢よ、嬢の様な崇高な意思を持っていれば我は罪人とならないですんだのか。 あの『檻』から出た此方では咎人でなかったとしても、此方で咎を犯そうとした我は本当に『罪人』ではないのか」 問いかける声にユーディスは首を振る。過ちを認め、己らの元へ手招く事は運命の女神は許して居た。 その寵愛こそが罪なのか。ツァインが幸せ者だといった『寵愛』を得たかった異邦人は沢山いるであろう。だが、彼にとってはその『運命の寵愛』こそが枷なのであろうか。 「好きにしな、間違っても木偶を喜んで斬る様な奴にだけはなるなよ?」 「我は――」 どうすればいいのだとツァインへと問う声に、彼は剣を仕舞う。膝をついた忠見が浅い息を吐いた。 迷いが、罪を犯すというならば、此処でいっそ散らしてくれと、そう望むのか。 惜しむな、といりすは言った。踏み込んだ、その刃が男の体を貫いた時、身体がブレる。同時に杏樹は己の目の前に居る青年の額を目掛けて弾丸を撃ち込んだ。ゼロ距離。ブレたそれが消し飛ぶように蒸気と化す。 『優しい嬢』と掛けられる声に杏樹の瞳が小さく見開かれる。手を差し伸べる事はやめた。命を惜しまず戦った忠見の刃は曇っていたのか。それはいりすにしか分からないのであろう。 「生きる苦しみと、死ぬ間際の満足で後者を選んだのであればお前は幸せモンだな」 ランディが零した言葉に嗚呼と頷いて、紗夜をちらりと最後に『視』た瞳は何処か楽しげに笑っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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