● おいしいものをいっぱい食べて、“彼”はいたく上機嫌だった。 あと一つぐらい――と、ついつい欲張ったのが運の尽き。 思ったよりもずっと食べごたえがあった“それ”は、ただでさえ満腹に近かった彼の胃をぎゅうぎゅうに締め付け。 その結果、彼は重い体を横たえて眠り込んでしまったのだった。 けふ、という音とともに、白い靄のようなものが彼の口から飛び出す。 それはたちまち一帯に広がり、山全体を覆い尽くしていった。 風雪吹き荒れる山で、彼はひたすら眠り続ける――。 ● 「――今回の任務は、アザーバイドの送還だ。 普段とはちょっと勝手が違うんで、そのへんを踏まえて事にあたってほしい」 アーク本部のブリーフィングルームで、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう前置きしつつ説明を始めた。 「アザーバイドは、識別名『夢食い獏』。 名前の通り動物のバクみたいな外見で、あちこちチャンネルを渡り歩いては悪い夢を食べる生き物だ。 大人しいし、本来なら一晩ごとにチャンネルを移動するから崩界に影響は無い筈だったんだがな。 調子に乗って食い過ぎたのか、今は山のてっぺんでぐうぐう寝てる」 満腹のあまり眠くなり、そのまま睡魔に負けてしまったのだろう。 「こいつを起こして、ボトム・チャンネルからお引取り願うのが今回の任務だが…… 面倒なことに、直前に食った『雪山で遭難する夢』が周りに漏れてるらしくてな。 山全体が吹雪に覆われて大変なことになってる」 幸い、山にはもともと人は居らず、加えてアークが周辺を封鎖しているため、一般人が巻き込まれる心配は無いが、その状況で山頂に登るのは困難を極める。 「黙ってても寒さや疲れ、飢えなどで体力が削られていく上、ここでは行動がかなり制限されちまう。 具体的には『3メートル以上の高度での飛行』『回復や付与スキルの使用を含む一切の戦闘行動』が禁止されると考えてくれ」 非戦スキルは使えるものの、ボトム・チャンネルとは異なる法則が働いているため過信は禁物だ。 「で、山の中には色々な動物がウロウロしてる。 白熊やらペンギンやら雪豹やらアザラシやら、寒いところにいそうなやつを節操なく集めたって感じだけど、当然ながら殴って追い返すことは出来ない。 かといって、放っておくと一方的に襲い掛かってくるというね」 夢の中とはいえ、何とも理不尽な話である。 「なので、動物に関しては事前に接近を察知して遭遇を避けるか、手懐けるかの二択になるな」 数史の話では、動物たちは『にらめっこ』に勝つことでリベリスタを主と認めてくれるようだ。 もっとも、彼らがついてきたところで可愛いだけでさして役に立たないらしいが。 「全員の体力が尽きる前に、誰か一人でも山頂に辿り着いて『夢食い獏』を起こせばめでたく任務完了」 ひとたび目を覚ませば、自分でディメンションホールを作って別のチャンネルに去ってくれる。 逆に、全滅した場合は失敗だ。倒れても凍死の心配が無いらしいのが救いだろうか。 「失われた体力は通常の手段では回復出来ないが、山のどこかにある『小屋』の中で休めば体力を取り戻すことが可能だ。 ただし、全回復とはいかないし、使用済みの小屋は二度と使えないのでそこは気をつけてくれ」 そこまで言い終えた後、数史は手元の資料から視線を上げた。 「さっきボトム・チャンネルと異なる法則が働いていると言ったが、妙なところで現実とリンクしていたりもするから、雪山用の装備とか、サバイバルの知識とかはそれなりに通用すると思う」 知恵を絞り、吹雪や動物たちに負けることなく山頂を目指す――今回はそういう任務である。 「心身ともに辛い仕事になるが、『夢食い獏』が自然に目を覚ますまで待ってたら周りにどんな影響があるか分からない。今のうちに対処を頼む」 説明を終えると、数史は「どうか気をつけてな」と言い添えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月05日(土)23:18 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● ――目指す場所は同じでも、そこに至る道は一つでは無い。 あえて単独で山に入ることを選んだ『一人焼肉マスター』結城 竜一(BNE000210)は、仲間達とは異なる登山口に立っていた。 念のため、装備を再び確認する。 ピッケルやスコップは勿論、テントとシュラフといったキャンプ用品も忘れてはいけない。山中には小屋が点在しているという話だが、それを使うつもりはないからだ。 アウターウェアは、防水・透湿性に優れた雪山用のハードシェル。熱が逃げないよう、インナーを重ね着して隙間無く肌を覆っている。重くはなるが、寒さに耐えられなければ元も子もない。 ゴーグルや手袋も、吟味に吟味を重ねて揃えたもの。 「山を舐めると死に繋がる。事前の準備こそが生死を分けるのさ――」 そう、独りごちて。竜一は、風雪吹き荒れる山を登り始める。 同じ頃、『単独行者』九曜 計都(BNE003026)は離宮院 三郎太(BNE003381)を伴って反対側の登山口に居た。 こちらも装備にはかなり気を配っているが、軽量化をより強く意識している。可能な限りスピードを重視し、迅速に登頂を果たす構えだ。 地形図を手に、計都は山頂までのルートを確認する。 ここに来るまで幾度となくシミュレーションを繰り返してきたが、後戻りが出来ぬことを考えると念には念を入れた方が良い。ましてここは夢の中、何が起きても不思議はないのだ。 「そんじゃ――いくぞ、三郎太くん!」 顔を上げた計都に、三郎太が元気良く答える。 「いきましょう! きっとあの山の頂上からは素晴らしい景色が見れると思いますっ!」 ここに、二人の挑戦が始まった。 ● 見渡す限りの白、白、白。 「一面の雪! ホワイトアウト! テンションあっがるー!」 襲い来る吹雪を前に、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)はいたく上機嫌だった。 シベリア生まれの彼女は、暑さにめっぽう弱いが寒さには強い。これが任務でなければ、雪原に駆け出してゴロゴロ転がっていたかもしれない。 “幻想纏い”で他ルートの仲間に連絡を試みていた『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が、通信機能をOFFにして顔を上げる。神秘的な要因によるものか、交信は阻害されているようだ。今は、彼らを信じて前に進むしかあるまい。 それにしても、凄まじい天気だ。これが『雪山で遭難する悪夢』が漏れ出した結果だとするなら、見ていた者は大層うなされたことだろう。 チャンネルを渡り歩き、住人に安らかなる眠りをもたらすアザーバイド『夢食い獏』。 本物の獏を見たことはないが、悪夢を食うとは何とも優しげな動物だと伊吹は思う。 「……しかし、食いかけで放り出されては困るな」 現在、『夢食い獏』は食べすぎが祟って山頂で眠り込んでいるという。 彼を起こし、ディメンションホールから異なるチャンネルに送り出すのが今回の任務だ。 「では同志諸君、ゆくぞ! なあに、すぐに終わるさ」 ベルカが、仲間達に出発を促す。パーティは、彼女を含めて四人。全員の力を合わせて、この山を攻略するのだ。 とはいえ、メンバーの人選に一抹の不安は残る。能力や意欲の問題ではなく、もっと別の次元で。 「この歳で雪山登山は難儀ですが、これも仕事……。老骨に鞭を打って登頂しますぞ……」 ぶっちぎりの最年長、御年82歳の『三高平のモーセ』毛瀬・小五郎(BNE003953)の身体は、普段の三割増しでぷるぷる震えていた。今にも、寒風にやられて倒れるのではと心配になるレベルである。おじいちゃん無理しないで。 背の翼を操り、杖を支えに地面すれすれを飛ぶ小五郎の前で、伊吹が雪を踏み固める。道を作るラッセルの技術は、雪山を登るにあたって極めて重要だ。 「一応、若い頃に登山の経験があるのだ」 体力的にも適任だろうと、他のメンバーの荷物を引き受けつつ先頭を歩き始める。危なげない足取りで、『ファッジコラージュ』館伝・永遠(BNE003920)が後に続いた。 「折角の冬のお洋服、奥地様に見せたかったのでございます……」 ファーつきのコートに顔を埋めつつ、しょんぼりと呟く。厳しい自然の中にあっても、乙女心は健在だ。アーク本部で待っているだろう黒翼のフォーチュナを想い、何としても帰らなくてはと決意を固める。 最後尾を歩くベルカの耳が、ぴくりと動いた。 登山の経験は無いが、雪中行軍の訓練ならば文字通り『死ぬほど』行ってきている。発達した五感を研ぎ澄ませれば、異変はすぐに察知できる筈。 鼻腔に、微かな獣の臭いが届く。よたよたと前を進む小五郎を背に庇うようにして、ベルカは全員に警告した。 雪の中から、真っ白なサモエドが姿を現す。視覚のみに頼っていては、保護色になって発見が遅れていただろう。イヌ科のよしみということで、ベルカが対処を買って出た。 じりじりと近付き、つぶらな瞳と視線を合わせる。 「そちらが極寒の地で生きる犬ならば、こちらは訓練された兵士である! 負けるものか――!」 互いの意志力を競う『にらめっこ』こそ、この山における戦いなのだ。 ● 一方、メインパーティに先行して山に入ったグループもいる。 アークの守護神、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)! 隻腕隻眼の美少女剣士、『赤錆皓姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)! 体は少女、中身(現)はオトコ、『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)! 誰が呼んだか、三人合わせて“ボッチーズ”! 纏まってる時点で一人ぼっちじゃねーじゃん、という野暮な突っ込みは無し。 ってか、皆さん随分と薄着じゃありません? 「雪山って、体動かしてると結構暑いよね」 「獏の夢らしいから水着で来たよ♪」 ……あ、既にダメな気配。軽装で身軽に、とかそういうレベルじゃない。 「いきましょう……、メインパーティの進む道を、わたしたちが切り開くのです!」 手に手を取って、真っ白な雪原に駆け出す舞姫ととら。 反復横跳びでラッセルラッセル☆ と、勇んで突っ込んだものの―― 「って、さむすぎいいいい!?」 眼球も凍りつきそうな寒さに、キャッキャウフフのお花畑幻想も一瞬にして吹っ飛ぶ。 「ふおお、ととと、とらちゃん、羽毛で包んで」 「おしくらまんじゅうしよう、おしくらまんじゅう!」 「――え? 押しくら饅頭?」 中身はともかく、見目麗しい少女二人に挟まれるとか役得じゃね? と調子付く快。 だが、そうは問屋が卸さないのである。 「フェイト☆いっぱーつ!」 「……って、どっちに押してんだよ、そっちは崖! 崖!」 断崖絶壁を前に慌てた快が訴えるも、時既に遅し。 「「「あ゛っ――!!」」」 かくて、“ボッチーズ”は三人仲良く崖下に消えたのであった。大丈夫、死なないから。 離れ離れにならないよう、互いの身体をザイルで結んで。 計都と三郎太は、代わりばんこに先頭を歩いて雪の中を進んでいく。 効率良くエネルギーの補給を行うべく、携行する食糧は飴玉やチョコレートといった片手で食べられるもので統一していた。勿論、余計な荷物を増やさぬよう『軽くかさばらない』という点も重視している。 何よりも大切な飲料水は、保温性に優れた水筒に入れてあるので凍結する心配はない。 「これだけ雪が深いと登山道も何も関係ないだろうし、迷わないようにするのが最優先ッスね」 地形図を入念に確認しつつ、計都が口を開く。 必要最低限の物資しか持たない自分達は、足止めを食らえばその時点で致命的だ。 周りをしっかりと見て、稜線に沿ったルートを取ればいずれ頂上に辿り着く筈。 計都に頷きを返し、三郎太は慎重に前に出る。 足場の悪い場所では、なるべく自分が先行したかった。 年上とはいえ、パートナーは女性である。男として、しっかり彼女をエスコートせねば。 「ボクがサポートしますっ」 ピッケルとアイゼンを頼りに、一歩ずつ確実に進む。 雪山の厳しさも、二人一緒なら乗り越えられる。必ず。 お気に入りの帽子は、すっかり雪にまみれていた。 軽く鼻をすすりながら、ベルカは前を行く小五郎の背を見る。 どんなに深い雪であっても、低空飛行で進む彼が転ぶことは無い。だが、何度か強風に煽られる姿を目にしているので、どうしても心配になってしまう。 革醒者であるからには、身体能力は一般人のそれと比べるべくもない。 分かってはいても、手に持った杖を雪に刺して踏ん張っている様を見ると、やはり手を貸さずにはいられないのだ。そのあたりの認識は、永遠も共通であるらしい。 ふと、小五郎が足を止める。彼を除く全員が、思わずはっとした。 視線を追うと、そこには一頭の雪豹。既に戦い(にらめっこ)は開始されているらしく、両者とも微動だにしない。 「……」 そのまま、数分が過ぎる。悪い予感が胸をよぎった時、雪豹が小五郎をどーんと吹っ飛ばした。 「同志毛瀬ー!」 いかん、おじいちゃんやっぱり寝かけてた。幸い、体力は尽きていないようである。 すかさず伊吹がサングラスを外し、雪豹と目を合わせる。 牧場で動物たちに接する時と同じ要領で、彼は『ステイ』のポーズを取った。 「大丈夫。何もしないのだ」 敵意がないことを示しつつ、鋼の精神力で対抗する。 漸く手懐けた雪豹の頭をそっと撫でた時、今度はペンギンが現れた。 微妙に頼りなげな風貌は、どこか黒翼のフォーチュナに似ているような――。 伊吹がそんなことを考えた瞬間、彼の脇を風が通り過ぎた。 そちらを見れば、誰よりも速く距離を詰めた永遠がペンギンと向かい合っている。 気迫に押されたペンギンが僅かに嘴を下げると、彼女はここぞとばかり彼(?)をもふり倒した。 乙女の一念、恐るべし。 時を同じくして、竜一は急峻な山道の攻略にあたっていた。 途中で何度か動物に遭遇したものの、いずれも気迫で打ち負かしている。 ――自分は、山を登るのだ。そのために、ここに居るのだ。 『きびだんごやるから、どっかいけ! ついてくるなら勝手にしろ!』 そう怒鳴りつけてやった獣たちは、今は彼の忠実なお供である。 さして役には立たないが、ふかふかの毛皮は眺めているだけでも暖かそうだ。防寒という点で効果は薄くとも、もふって心を和ませるくらいは出来るだろう。 「俺たちは山に挑むチャレンジャーなのさ……」 数多の動物を従え、竜一は頂上を目指す。 まだ、先は長い。ここを抜けたら、少し体を休めるとしよう。 ● ビバークをするなら、疲れ切ってからでは遅い。 手頃な岩陰を見つけた計都たちは、ここで野営することにした。 ツェルトを張る二人の耳に、何かを引きずるような音が届く。 振り返ると、大きなアザラシが前肢を動かしてこちらに近付いてくるのが見えた。 設営を三郎太に任せ、敵を迎え撃つ計都。暫し睨み合った後、動物会話による囁き作戦が奏功して勝利を収めることが出来た。 ツェルトに入り、計都は三郎太を手招きする。 体温を下げないためには、身を寄せ合って眠るのが一番なのだが―― 「あ、こら、三郎太くん、恥ずかしがってる場合じゃ無いッス!?」 ローティーンの少年にとっては、ちょっと刺激が強すぎるかもしれない。 その頃、メインパーティは小屋で一時の安息を得ていた。 ランプの灯りの下、伊吹は雪を融かして全員の水を補充する。 「おでんができましたぞ……」 ガスコンロでおでんを熱していた小五郎が、同行の仲間にそれを振舞った。冷えきった体には、格別のご馳走である。 食後のおやつはバナナとチョコ、そしてみかん。 伊吹が作ってくれた蜂蜜入りの紅茶を飲みつつ、永遠は件のペンギンを抱っこしてご満悦だった。 (あの動物様を、奥地様と一緒に見れたらどれ程幸せなのでしょう――) そんな乙女心を知ってか知らずか、ペンギンは彼女の膝で大人しくしている。 「私、帰ったら炊きたての丼飯を腹いっぱい食べるんだ……!」 ふわもこのサモエドと共に横になったベルカが、危険なフラグを立てるかのように呟いた。 この後に襲い来る最大の苦難を、彼女はまだ知らない。 一晩が明けて、パーティは再び出発した。 消滅した小屋を振り返ることなく、安全第一で着実に歩を進めていく。 しかし、四人は程なくして最大規模のブリザードに見舞われた。 「寒い……ですのう……」 後光(という名の照明)を背負った小五郎が、一段と身を震わせる。 先頭を歩く伊吹が、僅かに眉を顰めた。 「遭難は半ば覚悟の上だが……やはり厄介だな」 手に持った棒を雪に刺し、慎重に前進する。万が一、足元にクレバスが生じていたりしたら目も当てられない。 容赦なく吹きつける寒風が全員の体力を奪っていく中、ベルカが頭を振った。 「いかん、眠くなってきたぞ……」 ここで寝てはならぬと、慌ててシベリアの木を数え始める。 彼女の前で、小五郎が立ち止まった。 「今、ばーさんの声が聞こえた気が……」 ――あ、凄まじく嫌な予感。 「ばーさんや……わしはここじゃよ……」 やばい、幻聴を通り越して何かお迎えが来てる。おじいちゃん死なないで! 小五郎の両肩を掴み、永遠が声を張り上げた。 「生きて下さいまし! こんな所でお爺様を喪う訳には……!」 ああ、自然の前に人は何と無力なのか。 その時、伊吹が警告を放った。 「何か来るぞ!」 吹雪の向こうに、白い巨体が見える。 北極熊――こんな時に限って、大物が姿を現すとは。 りん、と鈴を鳴らし、永遠は熊を睨む。 「許しませんよ? 永遠、奥地様の元へ帰るんですから」 誰も欠けることなく、頂上に辿り着くのだ。 恐れはしない。自分には、気紛れな運命(ドラマ)が味方についている――。 白一色に染まった視界の中、竜一は動物たちと身を寄せ合っていた。 慌てず騒がず、彼は手元のコンパスに視線を落とす。発熱レンズ付きのゴーグルを着けているため、曇る心配はない。 今は、進むべき方角を見失わないのが第一だ。 この状況で闇雲に動き回っても、体力を消耗するだけ。 大丈夫、焦る必要はない。目指す山頂まで、あと少しの所まで来ている筈。 無理をしないことも、山で生きる上では重要だ。 計都たちもまた、激しい吹雪に立ち向かっていた。 同行する動物たちに先を歩いてもらっても、風除けとしては非常に頼りない。 体力の消耗でよろめく三郎太を励まし、計都は懸命に進む。 「……二人で、頂上に立つんだって、約束したッスから」 何があろうと、最後まで諦めるつもりはなかった。 倒れても、這ってでも――必ず、一緒に。 ● やがて、二人は目指す山嶺(いただき)へと辿り着いた。 約束通り、三郎太と一緒に登頂を果たした計都が、大きく息を吐く。 雪煙の向こうに、ザックを背負った竜一の姿が見えた。 「――単独登頂の夢はかなった」 やり遂げた漢(おとこ)の顔で、満足げに呟く竜一。 少し遅れて、メインパーティの面々がやって来た。それぞれに従う動物たちも加わり、一気に賑やかになる。 ペンギンを肩に乗せた永遠が、布を結んだストックを手に辺りを見渡した。 「旗でも立てませう。『宮橋王国』って書いておくと宜しいでしょうか」 それ、恥ずかしいのでやめてください……。 不意に、風が巻き起こる。 全員が思わず目を瞬かせた時、大きな獏が姿を現した。 吹雪を物ともせずに眠り込む『夢食い獏』を眺めて、伊吹が口を開く。 「……夢とは、どんな味なのだろうな」 甘いにせよ苦いにせよ、漏れ出したのが凄惨極まりない悪夢でなかったのは不幸中の幸いだった。 よたよたと前に進み出た小五郎が、獏をそっと揺さぶる。 「ねぼすけさんや……もう夜は明けておりますじゃ……。起きてお国に帰りなさい……」 「夢はここまでだ。さあ、起きろ獏のバッくん!」 どさくさに紛れて竜一がもふると、「んあ?」と気の抜けた声が響いた。 ゆっくりと目を開けた『夢食い獏』が、大きな欠伸をする。重そうにお腹を揺する彼に、伊吹が蜂蜜を溶かした湯を勧めた。 ぺろりと平らげた後、獏は小さく頭を下げる。このチャンネルに迷惑をかけたことを、詫びるような仕草だった。ディメンションホールを生み出し、そっと踵を返す。 「また来る時は歓迎するが、食い過ぎには気をつけてな」 伊吹が声をかけると、『夢食い獏』は振り返って僅かに目を細めた。 もう一度頭を下げてから、彼はのそのそと穴の奥に進んでいく。その背中が見えなくなると同時に、周囲の風景が一変した。 肌を刺すような冷気が遠ざかり、動物たちが細氷の中に消える。 今回は泣かされずに済みそうだ――などと考えていたベルカだが、いざそれを目の当たりにするとやはり涙がこみ上げてしまった。短い間とはいえ、苦楽を共にした彼らである。 「……うん、絶景ッスね」 頂上からの景色を眺めて、計都が笑顔を覗かせる。苦労して、ここまで登ってきた甲斐があった。 ディメンションホールが閉じて間もなく、全員が麓に戻された。 途中で脱落した三人も、気を失っているだけで怪我は無いようである。 もっとも、快はとらと舞姫の下敷きになっていたが……まあ、これはこれで役得と言うべきか。 彼らが目を覚ますまで、一休みしていくとしよう。 「ふふっ、楽しい日で御座いました」 疲れた様子も見せずに、永遠が屈託無く笑う。 穏やかな秋の風が、山の匂いをリベリスタのもとに運んできた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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