●宙ぶらりん。 クルクルと廻っていた。清廉が匂いたつ、綺麗な動作であった。 しかし、これを「舞踏」と表現するのは、どうだろう。 クルクルと廻っていた。大きな窓ガラスに鋭利な穴が穿たれ、そこから差す月光が、美しい刀身のようにその動きを照らした。 音は無い。静かな夜だった。 それは『考える』。 それは『考えない』。 本来の色を忘れたリトルブラックドレスが不意に靡いた。 流れるような身のこなしが不自然に止まった。 不愉快な縦波を感じた。 それは『考える』。 それは『考えない』。 招かれざる客人のご登壇である。 無礼な痴れ者には、ご退場頂かなければならない。 キキキという甲高い摩擦音がドアの閉まる音と重なり、霧散して失せた。 ●ブリーフィング これはまた、惚れなければ損だというくらいの美しさを男性に感じさせ。 こんなにも、美しいのであれば仕様が無いという諦観を女性に抱かせる。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)からの報告にリベリスタ達は軽いため息をついた。無論、その美貌の故にである。 「容姿は美しい女性だけれど、これは人間ではないわ。自律行動型の人形アーティファクトというのが正体よ。郊外にある廃屋に居座り、冷やかしに訪れる若者に対して残忍な対応をしていることがわかった」 「残忍な対応とは?」 「見事なまでの斬殺ね」 フォーチュナは実戦には赴かない。その代償に大きな業を背負っている。イブも例外ではない。その状況を予知したイブの顔はほんの少し曇った。 「幸いにも、この人形型アーティファクトはこの廃屋から出て行動しないということが分かってる。立地条件から考えて、『物好きな』人間が居ない限り、一般人について気を付ける必要は無いわ」 何故あんなところに居続けるのか分からないけれど、とイブは付け足した。 元々は物書きの旦那と、絵描きの奥様とが住まう、一目で良いと分かるような造りの洋館であったらしい。二人に子供は居らず、彼らの芸術に生きる指向性故なのか、親戚繋がりも無く、二人が亡くなった後は人々の記憶から忘れさられ、風化していきつつある洋館。 その洋館の一室に居を構える一体の自立行動型人形。なんともドラスティックにドラマティックなシチュエーションだ。 「積極的侵略行為を行ってくるわけではないけれど、市民に被害が出てしまうのも事実。このアーティファクトを無効化してきて欲しい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月29日(日)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●I must be cruel, only to be kind. それが美しい洋館であったのなら、むしろ、情緒さえ漂わせていたのかもしれない。 そんな風にも思えるこの館は、今では廃墟と化し、その悍ましさを周囲に撒き散らしている。 裏庭は林となり、荒れ果て、外壁は朽ち、薄汚い。人気の無さが、一層不気味さを際立たせている始末であった。 「主人なき従者の持て成しというのも妙な感じですね。主人のいないメイドは成り立ちません」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が溜め息をつきながら呟いた。 「色々と考えが浮かぶシチュエーションだけど、それをどうこう考えるのは任務を済ませてからだね」 「彼女がどんな存在だったのか何一つ分からないのに……、なのにただ、壊すしか出来ないのは歯痒い物です」 モニカの呟きに苦笑しながら四条・理央(BNE000319)が返すと、横から『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の少し低い口調の声が続いた。 フォーチュナの能力を持ってしても、人間、そして人形の心まで暴くことは出来ない。そこで心の有無の問題を先送りにしたとしても。リベリスタ達にとっても、全員がすっきりと戦える訳では無かった。 「……それでも、一般の方を害するものであるのなら、果たさなくてはいけないの」 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は噛みしめるように言った。 (お父様、お母様。どうかわたし達を護って) そして、心の中では父と母へ祈った。リベリスタ達への加護を。 善悪の二元論では語れない境地が、この現生である。リベリスタの生きるこの世界である。 「静かな夜は好きだけれども、今宵グランギニョルを奏でましょう。コッペリアのお姫様と月夜のダンスも悪くないわ」 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の不敵な声が響き、大気を震わせ、やはり縦波となって霧散した。 『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)はその朽ちかけた洋館の内部を確かに視た。 正面玄関越しの三階まで吹き抜けた大きなホール、左右二つに分かたれた上部ステージへと繋がる階段、その先に繋がる二階への通路。大ホールを挟む形で存在する大小の部屋。 ホール部分を吹き抜けにする分、奥行きがある。黎子は更に視界を進める。 「見つけたわ」 丁度一階上部ステージの裏側。二階中央の大きな広間。そこに、人形は居た。 黎子の言葉に、他のリベリスタ達は眼を合わせ頷いた。事前に得た情報では、この人形アーティファクトは侵入者を感知し、迎撃に来る。 敵の特性を考えれば、空間的に大きな余裕のある、この一階のホールで人形を待ち受け、交戦する。今回リベリスタ達が描いたその作戦内容に、問題は無さそうであった。 念の為に、と理央が周囲に結界を張り終わると、『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)が一歩前へ出て、かつては絢爛と客人を招いたであろう大きな扉を、その美しい太刀捌きで破壊した。 ●何故先にいくの。 自律行動型アーティファクト『人形』が姿を現したのはリベリスタ達が洋館内に侵入して間もなくの事であった。 その流麗な動作からは思いもよらぬ不愉快な摩擦音が響いた。壇上の小ステージ。そこに人形は居た。どす黒い赤い色のドレスを身に纏った人形が居た。 長く靡く黒髪、細く長く伸びた四肢、人間として辿りつけるか否か判断がつかないほどに完成された美が、そこに顕現していた。 そしてその登場は、リベリスタ達の予想を幾らか上回る俊敏さであった。 リベリスタ全員が人形の姿を完全に認識するよりも早く、その双眼がリベリスタ八名の姿を『視た』。 魅せられる程のその視線に、しかし、リベリスタ達は少なからぬ重圧感を感じた。 それなりの戦闘経験を有するリベリスタ達に、それだけの感情を抱かせた。 「ごきげんよう、お姫様? ダンスマカブルと洒落込みましょうか」 「……おじゃまします」 海依音はその重圧などものともしないかのように、優雅にその鮮やかな赤に包まれたスカート を指先で優しく摘み、一礼し、淑子の控えめな言葉が続いた。 「……」 人形の口が動いた。しかし、その声はリベリスタ達までには全く届かなかった。 待ち伏せと表現するのであればそれは失敗ではあるが、条件としてはむしろ、リベリスタ達の狙い通りの展開であると言っても良かった。 人形のその異様な視線に一瞬嫌な緊張が走ったが、すぐに冷静さを取り戻した。 方位陣形を取るためには、まず人形をホール中央へ誘い、囲い込む必要があったが、結果としてそれは杞憂に過ぎなかった。 「来ますよ!」 前衛として一歩前へ出ていたうさぎがまずその予備動作に気が付いた。そして、言い終わると同時に、人形が跳躍した。およそ二十メートルに及ぶ大きな跳躍であった。 その勢いのまま、後衛に位置していた『黒魔女』霧島 深紅(BNE004297)へ一筋の斬撃が飛び掛かってきた。跳躍したからと言って、まだ人形と深紅との距離は、剣の射程ではないはずだった。 深紅は瞬時に後退し、その攻撃を避けた。そして、その場を襲った剣は、丁度、ホール中央、リベリスタ達の目の前で対峙するかのようにふわりと舞い降りた人形の右手へと戻っていった。 「腕と剣が、鎖で繋がれている……?」 黎子の眼がその機械仕掛けを確認した。それは、剣がただ近接攻撃のみを可能にするという事実を否定することを意味していた。 「悪いけれど、此処で破壊させてもらう!」 初手で人形からの予想外の攻撃を受けた深紅は、その人形を見つめながら宣言した。 そして、彼女は同時に思った。 (でも聞きたい事もあるさ。どうか、君たちの心が少しでも解ればいいのだけれど) ●何故後ろにいないの。 リベリスタ達の攻撃が始まった。 事前に得られていた情報通り、木造の床は所々腐敗が進んでおり、足場が悪かったが、翼の加護のためにそれらがリベリスタ達の支障となることはなさそうであった。 また、人形の方は、と言えば、爆発的な跳躍力、俊敏性を見せながらも、羽毛が地面へ落ちるかのような柔らかい足捌きで、床には傷一つ付けずに動き回った。 右腕の剣、左腕の剣。近接的な攻撃と遠距離までの攻撃の緩急がリベリスタ達を襲う。左腕の一閃が大気を斬れば、まるでそこに壁があるかのようであったし、右腕が振るわれれば、剣が弾丸のように襲い掛かってくる始末であった。 初めに、うさぎの、その残像が生じるほどの強力な一撃が、人形を捕えた。人形はその残像の半数以上を切り捨てたが、堪らず後退した。 うさぎの一撃を起点に、リベリスタ達は人形を囲むような方位陣形を取った。 (ああ、我ながら実に物好きです。斬殺されかねないというのに、その舞踊に触れ、己のものにと欲しているなどと) そのまま人形と正面から対峙する形となったテュルクは、あくまで表情を変えずに居たが、自らの精神の高揚を抑えられなかった。そして、それを態々言葉にして紡ぐこともなかった。言葉は多くの場合、本当の自分を覆い隠すことしかしない。 「さぁ、お相手願います。ご教授願います。その舞技を」 テュルクの鮮やかな斬撃と、人形の美しい斬撃が甲高い音を立てて衝突した。人形はその左腕一本で斬撃を受け切った。右腕を振るう射程の長く、範囲も広い斬撃が周囲のリベリスタ達を牽制した。 テュルクと人形との刹那の剣戟が一瞬の間を空けると、人形は体を軸にするように左腕の近接の剣技、右腕の遠距離の剣技を複合し、回転し、一閃した。前、後ろ、右、左、どちらが上で、どちらが横なのか、方向感覚が失われてしまうかのような凄絶な斬撃が、瞬間の内に、ホールを支配した。確かにそれは、客人も主も、そして自らをも切り捨てるかのような、激しいが、切ない剣技であった。 リベリスタ達の陣形が崩れ、多少の間合いが生じた。丁度刃を交えていたテュルクは、人形の攻撃を特に強く受け、一度下がり、理央がすぐに駆け寄った。しかし、それに臆することなどなく、今度は海依音の詠唱呪文が人形を襲った。 「オートマタの神様はあなたを祝福しないということを教えて差し上げましょう」 「……」 海依音からの詠唱呪文と、その不敵な笑みを受け、人形は瞬時に跳躍し、逆に間合いを詰めた。透き通った、しかし、人間のような意志を感じないその人形の瞳が、黎子を捕えた。 「あなたの境遇がどんなものにせよ……、不運なことです。こうなっていなければ、ずっとそのままであれたでしょうに。せめて美しく優しく残酷に、幕を引いてあげましょう」 黎子はその冷たい瞳を真正面から受け止めた。 人形遣いによる支配を断ち切って、いまやみずから自在に動き回る人形。 不意に現れたダイスが、その人形へと『災厄』を投げかける。 (既に『不運な』者は選ばれています。ただ一人、あなたへの葬送の火だ……!) そして爆発が起きた。人形は瞬時にその現象を理解して横へ飛ぶが、あまりの高熱に、表面の一部が溶けだした。 息切れもせずに、ただ次第に傷付き、醜くなっていく人形が、一人立っている。不格好だが、凛然と立っている。 その姿を見て、深紅は思わず声を漏らした。 「君たちがどうしてこの場所を護っているのか、客人を殺すのか! 大切なものでもあるのかい、何かを護っている様にしか僕には見えないんだ」 それは他のリベリスタ達の心をも代弁したかのような言葉だった。うさぎも、深紅と同じ思いで人形を見つめた。 「……」 人形の唇が動く。しかし、その声はやはり届かない。 (ただ闇雲に壊すだけなんて嫌なのに……) 深紅は思わず唇を噛んだ。しかし、今は、やるしかない。 収穫の呪印が刻まれた大鎌。人形を追いやる大鎌。頭上からその大鎌が人形を襲う。 人形に痛みは無い。体躯が溶解してもその動きに鈍さは無い。 その左腕で大鎌を打ち返し、右腕の剣による一閃がリベリスタ達を襲った。弧を描くかのような射線の斬撃が舞った。 (……きれいね。傷をつけてしまうのが躊躇われるほど) 人形の放つ剣戟を躱しながら、淑子は思った。だけれど、と続く。 「それが命取りともなる事を知っているから、躊躇ったりしないわ」 淑子のその言葉に、モニカが無表情で頷いた。 「出し惜しみなんかしませんよ。こういう時の節約のコツはさっさと終わらせるのが一番です からね」 淑子のフレキシブルな斬撃が、人形に両腕を用いさせた。モニカはその瞬間を見逃さなかった。 彼女は迷わずその引き金を引いた。対象を破壊へと導く魔弾を込めて。 ●言葉は宙に舞い、思いは地に落ちる。 近接、遠距離と使い分けた変則的な剣戟。リベリスタ達の方向感覚を狂わせてしまうほどの凄絶な抜刀術。それらを持ち合わせた戦闘人形は、しかし、刻一刻と不利に追い込まれていった。 壮絶な斬撃を真正面に受け止め戦っていた前衛のリベリスタ達を補助し、回復役を見事に勤めていた理央も今では攻撃へと回っていた。 汗も流れない。血も流れない。涙も流れない。 一心不乱と形容するべきなのか、それとも無心不乱とでも言ったほうがよういのだろうか、人形は、戦うことをやめなかった。 しかし、次第に人形の攻撃は少しずつではあるが緩慢になっていき、今ではリベリスタ達の完全な方位陣形も整っていた。 あと一撃。あと一撃が人形に入れば、決着がつく。リベリスタ達にはそれが分かった。 皆が一瞬、本の刹那、躊躇した。八名のリベリスタは、プロフェッショナルである。無効化しろと言われて、話が通ずるのならまだしも、人形は決して腕を振るうことをやめないであろう。まさしくそれは『破壊』であって、蹂躙であった。そこに同情を持ち込んだ訳では無かった。だから、それは、人形への惜別では無かった。もっと深い部分の、人間としての本能のようなものだった。 美しく散るモノへの、憧憬であった。 油断はではない。油断にすらならない。 そして、うさぎは腕を振るった。幾重にも重なる残像が、右腕と胸部の一部を吹き飛ばし、人形への致命傷となった。 人形は、命を持たない。人形が動くのは、生命の鼓動故ではない。人形は作り手の勝手と、定められたルールと、限られた動力によって動く。アーティファクトといえ、それは例外ではない。ここに命は無い。 白く長い左腕が音を立てて外れ落ち、支点の役目を終えた右足から、胴体が崩れ落ちた。 これは死では無い。 それにも拘わらず、その光景は酷く人の心を掻き乱す情景であった。 段階的に視界が低くなっていくさなか、それは『考える』し、それは『考えない』はずだったのに、それは『思い出して』しまった。 宙ぶらりんな想いが、捉えどころなく逃げていく。 主を殺した私の刀身を、洗い流してくれないの。 黒く変色した朱に染められたこのドレスを、洗い流してくれないの。 空から白い雨が降って、この『罪』を流してくれないの――――。 活動を止めた後の彼女はただしく『人形』であった。先ほどまでの人間超えた美しさなどは褪せて、パーツの集合体と化した。しかし、むしろその表情の方が、本来の彼女であるような気もしていた。 (人は人工物の美しさに心惹かれるものです。計算された造型、秩序だった動作……、何より、そのこころなき在りように) テュルクは無表情でその残骸を見つめた。 海依音はその瞼の落ちない人形の頬を撫で、一言、お疲れ様、と呟いた。 アークの処理班が来るまでに、ということで、リベリスタ達は、うさぎの「館の中見てかせて下さい」という提案で、洋館内を見て回ることにした。 リベリスタ達は黎子の眼と海依音のサイレントメモリを活用して、館の中を歩いていくことにした。 「失礼ではないでしょうか?」 最初、淑子はそう言って少しだけ申し訳なさそうにしたが、 「……自己満足の領域だけど、今回の任務が生まれた経緯は知っておきたいよ」 という理央の言葉には感じるところも多かったのか、最終的には同意した。 侵入当初、人形が現れた一階上部の小ステージから奥に進み、二階へと続く階段を上っていくと、館内は思っていたよりも保存状態が良く、生前、所有者夫妻が残したのであろうと思われる作品群も多々見られた。 さまざまな思念が未だ渦巻いていた。 美しき人形が『主殺し』のアーティファクトであったこと。夫妻はそれを承知でも所有していたこと。所有するだけではなく、子が居ない彼らにとっての、この世界へのせめてもの贈り物として大事に扱われていたこと。その美しさをいつまでも称賛し、そして、悲しんでいたこと。 『主殺し』の人形アーティファクトが、その定義を違うことなく、主を殺したこと。 「……名前はなんていうのかな?」 深紅は沈痛な面持ちで言った。どの部屋にも、どの作品にも、その痕跡は残されておらず、黎子も海依音も首を横に振った。 主に使えて主を殺すだなんて、なんて自己矛盾の塊かしら。モニカはぽつりと呟いた。しかし、そこに侮蔑の感情などは一切無かった。彼女には理解できた。この洋館の所有者夫妻を『主』とした彼女が、ただ殺戮を行うだけの人形であるならば、ここに留まっている必要などは皆無であった。つまり、それは、人形にとっての主はやはり夫妻だけだったのだ。その忠義を嘲ることなど到底できなかった。 人形もリベリスタも、根本は同じだ。 後悔をし、懺悔し、許されようとし、受け入れる、その連続の中で生きている。 今だって、少なからぬ後悔がある。 言葉は宙に舞い、思いは地に落ちる。 ――――思いの籠らない祈りは、天には届かない。 それでも必死に祈るしかない。血塗られた後悔を背負って。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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