●真紅公 青森県、弘前城―― 日本全国を襲った魔神の衝撃に『幾ばくか遅れて』ボトム・チャンネルに現界したのは全身を真紅の装備に固めた怪しい男であった。 「まぁ、私(わたくし)の能力の前に人の子等敵では無いのですが」 地獄二十六個の軍団を率いる序列十六の『大いなる公爵』。ゼパールの名を持つ堕天使はナルティシズムを感じる仕草で自らの顎鬚をピンと伸ばした。 九月十日の『イレギュラー』はこれまでの魔神とは若干異なる。 二条城でリベリスタ達と相対したキースは彼等に言った。 ――十二の魔神の一部を『あっち』から引っ張り出しゃ、使える余力はたかが知れてる―― 十二。 主体的に呼び出していないウェパルを除き、バアル、アンドラス、アスタロト、ビフロンス、キマリス、アムドゥシアス、フォカロル、グレモリー、セーレ、デカラビア、パイモン、ダンダリオン…… つまる所、このゼパールはキースの数の内には入っていないという事だ。 キースがゼパールを数から抜いたのには理由がある。 このゼパールは『ゲーティア』の呼び出しにあろう事か逆らったのだ。その強制力を打ち破る事は確かに『骨の折れる』作業ではあるが、幾ばくか顕現の時を遅らせる程度なら大公爵にはそう難しい仕事では無かったという事である。 頑なに出てこない彼をキースは面倒臭がった。 面倒臭い上に関わりたくない理由は彼の性癖の方にあった。 『主命』を口にしたゼパールがそうした理由は単純だ。 魔神ゼパールは小心・強欲・吝嗇・臆病を司る魔神である。 女性の心理と身体を巧みに操るその絶大な魔力はそもそもボトム・チャンネルの『人間風情』に簡単に脅かされるものではないのだが―― 「何事にも慎重さを崩さぬのが私の流儀。 蛮勇に走る者共が道を均すのを待ったならば、主命を叶えるのも容易となりましょうか」 ――それでも万が一という事もある、という訳だ。 『ゲーティア』で現界と接続された魔神達は謂わば『陽炎のようなもの』だ。その本体が遠大なる魔神界に存在する以上、端末の滅びは本体の滅びでは有り得ない。されど、力の制限が掛かるのは間違いない。 万が一、この端末が敗れれば――凄く『痛い』ではないか。 アークは既に対魔神王戦に全力態勢で迎撃の構えを見せていた。既に出現したキースと十二柱の魔神は精鋭リベリスタ達と次々会敵していく事だろう。 「――フフ、他の魔神が道均しをしたならば、必然的に私の対戦相手は限られてくるというもの。 我ながら、何と惚れ惚れする程の聡明さ!」 恍惚と我が身を抱くようにしてゼパールが笑う。 何事もしなくていい苦労は避けるのが賢明というものである。 蛮勇に溺れる事勿れ。 武力を誇示する事勿れ。 叡智に驕る事勿れ。 魔なる神威を人間如きに見せるまでもない! 「私はゼパール!」 そう、血の色の翼を広げる彼は――真紅公ゼパールである。 「フフ、恐怖を教えて差し上げましょう。 それとも、いい機会だ。可愛い愛玩動物(ペット)でも探す事にしましょうか?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月27日(金)22:27 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●最後の一柱 「フフ、遅かったではありませんか――」 北国の空に赤い翼が広げられていた。 関東以北では珍しく天守を現存する弘前城をバックに言い知れぬ存在感を示すのは――この場所で『他の魔神と同じようにリベリスタ達を待っていた』真紅の悪魔ゼパールであった。 「――美しい獲物も混ざっているようだ。これは私としても興奮を禁じ得ない展開でしょうか」 「まさか悪魔にお目にかかれるとは、光栄……と、言いたいところだが言えないな」 目当てのリベリスタを近くに、舌なめずりをするようにしたゼパールに思わず『DOOD ZOMER』 夏郷 睡蓮(BNE003628)が呟いた。 「人の性癖をとやかく言うつもりはないが、斬る手に力が入ってしまうのは仕方ないことだろう、きっと」 「しかし何故僕はこういうのに縁があるんだ……」そんな睡蓮の嘆きを、 「さてさて、男色家の魔神とは、変な奴も居たもんだな」 「似たような者とは戦ったことがあるが魔神にも色々な者がいるんじゃのう。 どちらにせよ実際に手を出すような困ったさんにはお帰り頂くばかりじゃが」 『俺の中のウルフが叫んでる』璃鋼 塔矢(BNE003926)、そして『縁側で微睡む猫』岩月 虎吾郎(BNE000686)が補強する。 「傷物の俺はちと好みの美形には合わないかな? その分遊んでやるから許せよ」 口の端を歪めた塔矢が皮肉に言葉を投げつけた。 ……それはきっと人間が様々な性質を持つのと同じなのである。 高度に発達した――恐らくは人間以上の知能を持つ――上位存在は確かに千差万別であった。 強烈な個性は確かにこの魔神ゼパールに召喚主(キース)さえも予定しない状況を産み落とさせた。 圧倒的な魔性と絶大とも呼べる能力を持ちながら彼はこのボトム・チャンネルに『遅参』したのだ。 アークとの約束を迎えた運命の九月十日。『魔神王』キース・ソロモンの要請に応えた十を超える魔神達はそれぞれこの国の古戦場で、城跡で『彼に先んじて』リベリスタ達との邂逅を済ませていた。タイミングとしてはその面々より明らかに遅れて出現したゼパールは先に出撃した主力よりは純戦闘力的に『落ちる』相手を自らの獲物に定めたかったという事である。理由等言わずもがな。「何処までも聡明」と自身に陶酔する『真紅公』ゼパールは良く言えば合理主義者、悪く言えば小心な卑怯者だったという事である。 「まったく――どこにでもいるみたいですわね、こういう人」 「なんとまぁ……こんな少人数で伝承の魔神とかち合うコトになるなんてね。 ま、『あっち』も頑張ってくれてんだ。うちらも腹括るしかないけどね」 薄い笑みを浮かべるゼパールに生理的嫌悪感を隠さないナターリャ・ヴェジェルニコフ(BNE003972)に肩を竦めた『呪印彫刻士』志賀倉 はぜり(BNE002609)が応えた。 「確かに私達は最前線で戦うアークのリベリスタに比べると力及ばない所があると思いますが―― わたくしも運命に愛された一人ですわ、みてなさい、ナルシストの変態魔神!」 強い言葉で魔神の在る宙空にキッと視線を向けたナターリャに「そりゃ同感だ」ともう一つはぜりが頷いた。確かに弘前城での対決におけるカタログ上の状況は他の対戦に比べてもリベリスタ達の不利を示していた。他戦場に出撃したリベリスタ達の実戦経験とこの現場にあるリベリスタ達のそれはナターリャが言うまでもなく歴然に開いている。されどアークのリベリスタが頼りにする『神の目』がこの状況に彼等が付け入る隙をも看破していたのは全く朗報と言える話であった。 (敵は強大。戦いは臆病な位で丁度いい。でも――) 油断無く敵を見据える如月・真人(BNE003358)は噴き出しそうになる『臆病風』を噛み殺し、頭の中で冷静に状況を整理していた。 敵はかのソロモン王が使役したという七十二の魔神の一柱。純粋な能力で到底かなう相手では無い。 さりとてその魔神の実態はボトム・チャンネルの陽炎である。それそのものではない。それを加味した所で現有の戦力で脅かせる相手とは思えないが――ゼパールは他の魔神とは又別である。 (――それが、付け入る隙だ。この世界を、この国を守る為の――) 魔神ゼパールの遅参はキース・ソロモンにとっての『想定外』であった。 魔術書『ゲーティア』により七十二柱を使役する彼は己が魔力とも言える『キャパシティ』でそれ等を『顕現』する。裏を返して言えば出現した魔神の異能は全てではなくとも大いに彼の余力に引きずられるという事だ。ゼパールの遅参は結果として彼の思惑通り『弱い対戦相手』を見つけさせたが、同時に『キースより余力を割り当てられなかった自身の弱体化』を招く結果を生み出したとも言えた。はぜりが口にした『あっち』の状況次第ではゼパールが更に弱る可能性も無い訳ではない。 「シスターとしては悪魔祓いの――『本業』を思い出す気分でもありますが、油断は絶対に出来ませんね。 最後まで気を抜かず、全力を尽くしましょう」 千里を見通す魔眼で囚われた一般人の位置――ゼパールの配下の状況――を確認した『生真面目シスター』ルーシア・クリストファ(BNE001540)がそんな風に言い、 「うんうん、今回はお留守番のつもりだったけど。これは思わぬ幸運かな?」 これに応える『黒刃』中山 真咲(BNE004687)の声の調子は張り詰める緊張の中でさえ冗句めいていた。 危ういバランスの上にこの戦いが成立するのは『特別な事情』があるからだ。 単純な力の多寡のみに拠らぬ結末が用意されていると言うならば。つまり、タイト・ロープの上を見事に渡り切れたならばリベリスタにも確かに勝機はあるという事だ。少なくとも多くの伝承や逸話の中で悪魔を出し抜いた人間が居るのと同じように――倒す事までを望む事は難しくとも、間抜けなそれを笑う事が出来るかも知れないのは確かである。 もっとも――傲慢な『伝説』はそんな可能性に心を砕いてはいないのだろうが。 「覚醒したのは四ヶ月前。 稽古は十年近く積んでいるけど、実戦経験なんて数えるほど。そして、目の前にいるのはおとぎ話の大悪魔――」 丹田に力を込めて、呼吸を整えて。『無銘』佐藤 遥(BNE004487)は真っ直ぐに敵の姿を射抜いていた。 「うん、怖いね。すごく怖い。でも――怖くないッ! 抜かば切れ、抜かずば切るなこの刀、ただ切ることに大事こそあれ――」 鞘の中にて勝つ、そう言えるほど極めている訳では無い。悟っている訳でも無い。 さりとて圧倒的な『格上』を目の前に気持ちで負けて何を為せると言うのだろうか? 『無銘』でありながら――しなやかな鋼はそう簡単にへし折られる程『やわ』では無いのだ。 「来ますよ。くれぐれも、油断は無く――」 四季 護(BNE004708)の声に空に在るそれを見据えたリベリスタ達はお互いに頷き合った。 戦いはまさに今、始まろうとしている。 哄笑を上げ、真紅の翼を広げる堕天使がその手に槍を召喚していた。 「フフ、『相手にとって不足はない』。 この世界を赤く染める私の時間の生贄達よ! 諸君はどんな声で啼くのでしょうね!?」 敵は強大。されど我等は幾度と無く嵐を越えた『箱舟』だ。 エースがここに居なくても、コップの中の嵐(ゼパール)に絶望している暇は無い! ●空の『真紅公』 「良い空気です。腹の底から愉快がせり上がってくるのを禁じ得ない」 「生憎とそんな気分は共有出来そうに無いがのぅ」 耳障りに甲高い魔神の声がそう言えば、こちらは低く渋い虎吾郎の声はげんなりしたものになる。 その隆々たる肉体を誇示せんとでもするかのように構えを取る彼のそれは流水ならぬ激流さえをも思わせる。彼のみならず――ルーシアの目によりゼパールの存在を早い段階で確認したパーティは事これに到る前に既に戦闘の準備を整えていた。その『気休め』が彼我の力の差をどれ程埋めるかは分からないが、少なくとも翼のある敵に対抗するのに飛行能力が無ければ話にならないのは確かである。 (天守の敵は――) 翼の加護を仲間に施したルーシアが弘前城の天守に視線を飛ばす。 距離と遮蔽を無視して『通る』その視線は城内に囚われた一般人とゼパールの配下兵の姿を彼女に確認させていた。兵の力が如何程のものか看破する事は出来なかったが、それが動き出す気配は無い。 (――これも、決して油断は出来ませんが) 『レメトゲン』を構成する五章の内の一つともされる。『ゲーティア』はかのソロモン王が使役したと呼ばれる大悪魔達を顕現する余りにも小さく、余りにも偉大なる鍵であった。 (出来ればお助けしたいのは山々ではありますが――) ナターリャはそこへ考えを巡らせて幾度目かの臍を噛んだ。 今回の作戦においてパーティは概ね一般人の救出を諦めていた。 状況の要素を抽出した時に敵の強大さを鑑みればそれはある意味で正しかったとも言えるのだろう。 ゼパール個人への勝利さえ覚束無い状況でそこまでを求めるのは勇気では無く無謀という判断だ。敵兵の動きが囚えた一般人に固定されているならば一先ずは良しといった所である。 されど、開始された状況は決してパーティの思惑を肯定しているばかりでは無かった。 「こりゃ厄介だね」 先の虎吾郎のげんなりした調子、真咲の言葉が物語る通りの展開は真咲がある意味想定しながらも『出来ればそうなって欲しくなかった』ものである。空に君臨する『真紅公』は地上近辺に布陣するリベリスタ達を嘲り笑うかのように自在に伸縮する赤い槍を空より地上に降らせてきたのだ。 「――ッ、……っ!」 無銘の業物を守りに使い、生物のように曲がってうねる真紅の槍を紙一重で弾く。 喉元に突き刺さる直前で辛うじて守った遥が衝撃で地面に叩き付けられた。ダメージを受けながらも全身のばねで素早く起き上がり態勢を整えた彼女の動悸は早鐘をつくようにそのビートを増していた。 「信じられませんね。全くといっていい程威力が出ない――まぁ、これも一興ですが」 「……言うね、まったく」 火焔と流血に咽ぶ遥が敵の『信じられない』発言に呆れ半分の苦笑を漏らした。 「やはり、一筋縄ではいきませんね」 「――しっかりして下さいませ!」 ダメージを受けた遥の危急を護とナターリャの天使の息が掬い上げた。 「ありがと」と短く応えた彼女は体力を取り戻し――大きく肩で息をする。 (……これが戦うって事かぁ……) 実戦経験の少ない彼女にとってこれ程死が間近にあるという経験は未知の領域であると言えた。 戦いは試合に非ず、彼我の思惑は必ずしも己の側に傾くものではない。勇気を振り絞って戦場に立つ彼女は相手がゼパールであったとしても一歩も退く心算は無かったが、逆を言えば『踏み込む一歩』は意識の中で不足していた。 とは言え、それは決して遥個人の問題では無い。 始まった状況に早速手を焼くリベリスタはパーティの総意として状況に対しての認識を確立出来ていなかった。 (射程の問題があるね。空戦の不利はお互い様だけど――流石に手慣れてる感じ。 そう言えばゼパールは小心・臆病の魔神だったっけ――) 素早く計算を巡らせた真咲はリベリスタ側の機先を制する形で始まった敵側の猛攻に柳眉を顰めていた。 ゼパールの『一方的な狙い撃ち』を食い止めるには彼を空から引き摺り下ろすか、少なくとも危険を承知で彼の懐に飛び込む人間が要る。『彼は臆病だから』空から降りてはこないが、『彼は臆病だから』目の前の敵を無視して地上を狙い撃つような事は出来ないだろうという想像はつく。 緒戦のリベリスタ側の問題はその虎穴を突く判断が遅れていたと言わざるを得ない事だった。 勇猛果敢に敵に食いつき、まずその自由を食い止める――殆どの戦いにおいて『前衛』が担う基本の動作を『空中戦への忌避』という心理的障壁が狂わせた。無論、空中戦を出来れば避けたいという思惑は正しいが、それが不可避であった時のリスクは空中戦を挑む以上のものである。 強烈な対空砲火を揃えたならばゼパールは回避の困難を理由に地上に降りたかも知れないが、リベリスタ達の攻撃手段は距離戦において敵方に劣る状況である。少なくともリスクを生じなければ本格的攻勢に移る事が出来ない以上は、矮小な気質を持つ魔神が早い段階で距離を詰める理は存在し得ない。本人が言う通り『全く力が出ない』ならば尚更の事であろう。 緒戦は『受けざるを得ない』状況から始まった。 「面倒だな……」 魔力銃と打刀を手に空を見やる塔矢の呟きは恐らく全員の代弁になっただろう。 されど戦いは続く。戦いが続けばそれを阻止せんとする者はあった。 手をこまねき、何時までもその状況に甘んじているリベリスタ達ではない。 「まぁ――降りてこないならば降ろすしかないよね」 「同感だね」 呟いた真咲が不似合いな程の大得物を握り直せば、軽く笑ったはぜりもそれに頷いた。 「――ねぇ、ヒゲのおっさん。それって好きで生やしてんの? イマドキの流行じゃないっつか、ぶっちゃけあんま似合ってないよ?」 リスクを覚悟で距離を詰め宙空に躍り出たはぜりが呪印彫刻刀で鴉の姿を刻み出す。 からかうように嘯く彼女は何処まで本気か余裕に冗談めいていた。距離を詰めねば話が進まぬならば詰めるまでという事だ。 「にひひ、こいつで綺麗さっぱりお剃ったげる!」 挑発めいたはぜりが繰り出す式符は対象を『引っ張り出す』には適した技だ。 「微風ですね。ふむ、不快には違いありませんが――」 槍を回転させる事で風圧を作り出したゼパールはリベリスタ側の攻撃威力の大半を無力化させたが、その反応にやや神経質な苛立ちが見えたのは確かである。ソロモン七十二柱は何れもが『地獄』の貴族。一端の魔王――つまり『高貴な存在』である。プライドの高いタイプならば自慢の髭を馬鹿にされるのも、かすり傷を受ける事さえ気に食わないのは道理だろう。 「ム――!」 素早い反応から全速で上昇する――距離は『一気』に詰められた。 真咲の動きにはぜりに気を取られていたゼパールの僅かな反応の遅れを掻い潜り―― 「ボクもあなたと一緒、残りものを狙うハイエナだよ。 さあ、美味しく食べさせてね。いただきます――」 ――華麗なる空中殺法、真咲の大戦斧が一閃する。 ゼパールはその身のこなしで直撃だけは回避したが―― 一連の動きは空の彼に幾らかプレッシャーを与える事には成功しただろうか。 「私と同じ『高み』に昇れるとは思わない事です」 しかし、ゼパールはまだこの時点でも冷静な構えを崩してはいなかった。リベリスタの攻勢は一定に彼を脅かしたが、彼を焦らせる段階までは到達してはいなかった。空にある彼の長射程攻撃は位置関係上、眼窩のリベリスタ達の何れもを叩く事が可能なのである。リベリスタ達にとって不運は今回の敵はその自らの優位を最大限に生かそうとする存在だった事である。 軽微とはいえダメージを受けたゼパールの怒りを示すかのように鋭さを増した血炎の槍が彼の魅了能力に警戒していた『要』の一人である塔矢を撃ち抜いた。 「まだ、倒れては居られないだろ? ――気張れよ、俺……!」 喀血し膝を突きかかった彼は辛うじて――燃え上がる運命で倒れる事を回避した。 「ここは僕に任せて下さい――!」 状況を支援でフォローするのはホーリーメイガスの、真人の得手である。 深く傷付いた塔矢をすかさず大天使の吐息が包み込んだ。圧倒的威力で個を賦活する真人の異能は驚くべきか深刻なダメージを負った塔矢をほぼ全快の状態にまで復帰させている。 「成る程、埒があかぬという訳ですか?」 鼻を鳴らしたゼパールが連携で自身に対抗せんとするリベリスタ達を見下ろしていた。 この戦いが相当の困難を帯びている事はこの段階で明らか過ぎる程に明らかになっていた。 「さて、余り関わりたくも無い相手だが、そうも言ってはいられないか……」 黒い手袋を嵌めた睡蓮の両手がそれぞれ愛用の銃を握り直す。 戦いはやがて次の状況を望むのだろう。新たな出目は幸か不幸か…… ●地の『真紅公』 「さて、お返しといかねばならぬのぅ」 「果たしてそう上手くいきますかね?」 「いくかどうかではない。いかせるのじゃよ――」 低空飛行で飛び込んだ虎吾郎が『近接の間合い』でゼパールに仕掛ける。 素晴らしい肉体の膂力が生み出す強烈な踏み込みは武道家としての彼の本領を発揮させるものである。 裂帛の気合と共に放たれた重い掌打――敵の防御力さえものともせず、その内側から破壊する――土砕掌は確かに真紅の武具を纏ったゼパールを相手にするには似合いのものに思われた。 「フフ、なかなかどうして――!」 微笑むゼパールの舐めるような視線が肌より汗を弾けさせた虎吾郎に絡みついている。 舌なめずりをする『真紅公』の粘つく声はナターリャの生理的嫌悪感を強める事この上ない。 「この変態は――! もう、まったく虫唾が走りますわ!」 結論から言えば――パーティの粘り強い戦いはゼパールの高度を下げる事には成功した。 状況柄容易く攻め切れぬと判断した彼はパーティとの本格的戦闘を選択したのである。それは無論、彼自身が理解する『力の出なさ』――即ち状況が遥か京都のキース・ソロモンに引きずられる可能性を持っているという自覚が為した業でもある。 とは言え『そこ』に到るまでの過程に相当の時間と消耗を要したのは否めない。 パーティ側の作戦には早い段階でこの状況を作り出せるという前提があったが、それを成立させる為の方策に欠いた面は否めない。つまる所、最終的には正面対決の状況を作り出す事が出来たが、これはあくまでゼパール側の事情がそれを助けたからに他ならない。 「勝負はこれからです。そう簡単に勝てるとは考えないで貰いましょうか――」 気を吐くルーシアをはじめとした支援役の聖神の息吹、天使の名を冠する賦活の風は傷付いた仲間達を次々と救援するが、戦いの中で余力が削られつつあるのは明確過ぎる事実であった。 「力一杯――やらせて貰おう」 ある意味で本能的な――危機感を感じているのか。そう言った睡蓮の攻撃の手には特別な力が篭っていた。自らのリミッターを外した彼は低空飛行から仲間の作り出した隙を縫うように敵を攻める。 「一気に――落ちろ。いや、落ちてくれ!」 放たれた一撃は彼の願いを形にするかのように――凄絶な雷気を纏っていた。 間合いに伸びる雷撃の舌は荒れ狂う威力の余波である。この攻撃を受け止め、短く「フフ」とだけ笑ったゼパールは背筋を寒くした睡蓮をじっと見つめていた。 「ぞっとしないな」 「熱病のように震えて下さい。君の目の前には歓喜のゼパールがあるのですから!」 「お断りだ――!」 リベリスタ達の攻め手はゼパールの体力を少しずつ削り始めていた。 「為せば為る――為さねば為らぬってね。だから、退かない――!」 敵が間合いの内に現れれば剣士は水を得た魚のようだ。 強く言い放った遥が今度こそはと敵が懐に飛び込んだ。この時を待ち、集中を重ねていた彼女の『無銘』は研ぎ澄まされた意識のままに素晴らしい切れ味を見せていた。 「もう一度!」 ぐっと両足に力を込め、強引とも言える勢いでその身を翻す。 更に閃いた超高速の剣技、その切っ先が真紅の鎧を引っ掻き、耳障りな音を立てた。 魔神が人間の姿を取るのはある種の『お遊び』に過ぎまい。鎧さえも魔神の体の一部なのか。人間を――対戦相手のリベリスタ達を見くびっていたゼパールは眉を顰めた。自身の予想を上回るリベリスタ達に軽く驚いたような顔を見せている。 「その比がどうであれ、万事は負と正、陰と陽の二面で成り立つもの。 キースさんが悪魔である公と契約しているならば、ボクは貴方を神々の一柱として考えたい」 「ほう?」 攻防の中でそんな言葉を投げた護にゼパールは不思議そうな顔をした。 「社を建て、性別問わぬ恋愛成就の神として公を祀りましょう。 いま彼らを連れ帰らずとも、公のお力添えを願って全国から美しい若者たちが社を訪ねて来ますよ。 そうだ! その社には『燃ゆる思い』の花言葉を持つアキノベニバナサルビアを植えましょう。 チェリーレッドの花がまるで鳥の羽に見えるんですよ。一度花が開けば甘いフルーツの香りは訪れる人を魅了する事でしょう。これはまさに『真紅公』の名を持つ貴方にこそ相応しい。 いかがですか、四季のうつろい美しいこの国に離宮を持つというのは?」 「魅力的な提案ですが、誇り高き悪魔は契約を履行するものです。 それに、フフ。『金色の野獣』の魅惑は私を強く捕らえて離してはくれないのですよ――」 リベリスタ側の攻勢に合わせた護の『戯言』はあわよくばゼパールを丸め込もうという意図を帯びていた。護はゼパールが弱気を見せたその隙を突く心算でその機会を待っていたのだ。しかしてゼパールはその意図を察するように言葉を続けた。 「第一です。諸君等はひょっとして――」 ――手打ちが出来る程、その可能性を探れる程に。私を押している心算なのですか? ……如何に機能を制限された『陽炎』だとしてもソロモン七十二柱はソロモン七十二柱である。 ゼパールがその中でも一際弱体化著しい端末だとしてもそれは元より変わらない。本質的には自らの首が掛からない戦いをこの卑怯な魔神は楽しんでいる。 元より『撃退』を期待値とされた戦いはそう簡単に話が進む程度のものでは無かった。 尤もそれは護とて理解している事ではあるのだが。成る程、遥か日本全国に散った魔神の中にはリベリスタより『契約の真似事』を要請されたものもある。 「その思い上がり、私が正して差し上げましょう――!」 「来ますよ――!」 目を見開いた真人が仲間達に警告を飛ばす。 ゼパールの槍が猛烈にリベリスタ達を傷付けた。 一瞬の判断の差で今度こそ塔矢が仕留められた。呪いには耐性を持つ彼だが物理的な攻撃を受けるのは得手とは言えない。 指揮能力を持つ彼の離脱は痛手、否。痛手だからこそ魔神は看破して仕掛けたか? 更に立て続けに繰り出される魔神による魅惑のウィンクはその行為自体が呪いめいた強制力を場に生じさせる魔性の発現である。 対象を『女性』に限り魅了の支配下に置く魔神の技は――ひょっとしたらば彼には不本意なものなのかも知れないが。 「こりゃあ、なかなか……猛攻ってヤツだねぇ……! でも生憎とうちはそういうのは得意でさ。何そのウィンク。目でも痛いの?」 場を混沌とさせるゼパールの異能さえはぜりは軽く笑い飛ばした。鉄心を備え、総ゆる呪いを弾き散らす――志賀倉はぜりは成る程、見得を切る程度にはこのゼパールに『向いて』いた。 そして呪いを免れたのはもう一人――此方は幸運か、偶然か、はたまた『理由』によるものか。 「おじさん、男女について詳しいんだよね? ボクが男か女か、わかる?」 「貴方はお――」 「――しっかりして、大丈夫です――!」 真咲の見え透いた挑発は、しかしゼパールの勘に障ったらしい。口を開き真咲に何かを言いかけた彼を遮るように混乱した状況を真人の支援が立て直した。インスタントチャージと大天使の吐息、聖神の息吹を備える彼はまさにリベリスタ陣営を支える屋台骨になっている。 「清らかな乙女を誘惑するその馬鹿げた悪辣さ……許せません!」 『好みのタイプ以外に誘惑されるなんてとんでもない(のろいむこう)』のナターリャが気を吐けば、今一度――鉄甲に包んだ拳を固めた虎吾郎が躍動する。 「本望であろうし付き合って貰おうか。これが歓喜なるブラックじゃ!」 隆々とした肉体を面積の少ない布地に包む彼の一声に魔神が唸る。 無論、リベリスタ達は手を休める事は無い。はぜりの放つ百の闇――式符による鴉の嵐を従えて、真咲が、遥が攻め手に続く。 「あ、余りまじまじと見つめたい相手じゃないがな……」 口元を引き攣らせた睡蓮の猛撃がゼパールの体に漸く突き刺さった。 気付けば当初よりもリベリスタの攻撃が有効打として届く機会は増えていた。 「……ふむ、存外に主も苦労をしていると見える」 ゼパールの漏らした呟きはこれまでに彼が発した言葉よりは幾らか真摯な色を帯びていた。 リベリスタ達は彼に変身能力がある事を警戒していたが、余力の問題かその能力を使う気がないのかは知れないが彼が更なる異能を発揮する機会は訪れてはいない。つまる所状況を総合すれば――二条城での対決は恐らくはキースにとって喜ばしいものになっている、という事なのだろう。 ●顛末 「はは、痛いなぁ……死んでないのが不思議だよ」 運命による加護は祝福か呪いか。 常人ならば致命傷に足る一撃を受けながら遥はその一歩を踏み止まった。 (でも、生きてる。痛みがあるなら、まだ生きてる……) 内心に呟く言葉はまるで自身を叱咤激励する――暗示のように作用する。 「生きてるなら――戦えるッ!」 アドレナリンは傷の痛みさえも吹き飛ばし――戦いはそして続いていた。 ルーシアの、ナターリャの、真人の、護の手厚い支援が揺れる綱のような戦場を紙一重で支えている。 ゼパールの体力を少しずつ削りながら、その代償に余力を削られながら。 戦いの中で徐々にペースを掴んだリベリスタ達は巻き返しを見せんと必死の尽力を見せていた。 しかし、それでも。 ゼパールの魅了はそれぞれ男女に作用し、パーティをかき乱す。 彼の痛打はリベリスタ達を手酷く抉る威力を持っていた。 護、遥、そして虎吾郎に真咲……態勢が崩れた中で倒れる者が増えればおのずと状況は傾いていく。リベリスタ側がお互いをフォローする事で対抗してきたならば尚更である。彼等の戦いは『楽を出来る』と踏んで遅参した彼の思惑を破壊する事には十分でも――これを圧倒するには十分であったとは言えなかったのだ。 「殿は私が」 ルーシアの短い言葉に強い決意が滲んでいた。 (加護がなくても飛べるのは私だけ、せめてゼパールの足止めを――!) パーティはゼパールにダメージを与え、時間を消耗させた。 塔矢、ナターリャ、はぜり、護といった面々はそれぞれゼパールに抗しようとするかのように彼の呪いを遮断する手段を得ていた。 それだけの決意を持って魔神への対抗を望んでいた。 決して無意味では無い。意味は確かにあったのだ。 ゼパールが『本領』を発揮したならばそれも何処まで通じるかは保証の無い話だが、割り当ての不足とキースの状況と両方に手を焼いた今の彼に次の相手がやって来るまで『長居』をする心算が無い以上は、この世界に悪影響と被害をばら撒く時間は殆ど残されていなかったのである。退いたのがリベリスタ側であったとしてもある意味でこの場の十人は『目的ばかりは完遂した』のだ。 彼が後退に掛かるリベリスタを追撃しなかったのは二点。リベリスタの戦いが彼の予想よりしぶとかった事、他の魔神の戦いに一定の決着がつき始めた状況の問題。 そしてもう一つ。 「……まぁ、いい。『口直し』は最初から確保してありますからね――」 天守にはリベリスタ達が『救出不可能』と諦めた四人の存在があったから。 嗚呼、それは皮肉にも賢明にも――嗚呼。 ――本事件の犠牲は僅か四人の行方不明者ばかりであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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