●金色の野獣 京都、二条城―― 「つまり――」 周囲に充満する肌を突き刺すかのような殺気はまるで人外のものである。 間近に臨めば此の世の全てを塗り潰してしまうかのようにさえ感じられる存在感は魔人のモノと称してすら尚、生温い。 単純な比較は当然出来ないが『魔神のもの』と比してすら際立っている。 「――つまり、だ。俺様はこの時を待っていた訳よ。 待ち過ぎる位に、夢に見る位に。オマエ達に最高の信頼さえ寄せて!」 約束の九月十日。果たしてアークは最大の試練を前にしていた。 日本全国に生じた『異変』を食い止めんと出撃したアークのリベリスタ達は伝説上の存在――ソロモンの魔神に今まさに相対しようとしている筈だ。 津々浦々の古戦場、城、或いはその跡地をこの男が――目の前のキース・ソロモンが挑戦の場に選んだのは恐らくは彼一流の『趣味』なのだろう。 何れにせよ、魔神王は宣言の通りに動き出したのだ。 アークの総力戦を望むかのように偉大なる『ゲーティア』で鍵を開け。 『特別に呼びつけた最高のリベリスタ達』を前に笑っている。 「十人でお前の相手をしろって?」 「叩き潰すだけの虫に興味はねぇんだよ」 リベリスタに答えたキースの回答は単純明快だった。 「群れなきゃやれねぇなら元々俺様の相手じゃねぇよ。 オマエ達がオマエ達だから、俺様はこうして待っていた。 つまり、オマエ達はその期待に応える義務がある」 実際の所、敵がキース一人ならばアークは戦力を集中する事も考えただろう。しかして現実に日本中には魔神が出現しているし、キースの興を殺いだならば日本を待つのは尋常ではない惨事である事は目に見えていた。 この場に立つ十名のリベリスタは沙織が敢えて言う所の『生贄』だ。 今回、この状況を少しでもアークの望む形にする為の。爪も牙もある『生贄』。 傲慢な魔神王の喉笛に一矢を突き立てる為の『生贄』なのだ。 「俺様は一人だ」 キースは獰猛に笑う。 「俺様の『ゲーティア』は浪費の塊だ。 十二の魔神の一部を『あっち』から引っ張り出しゃ、使える余力はたかが知れてる。それが今の俺様のキャパシティだ。無限じゃねぇ」 キースは言う。敢えて言う。己の泣き所を包み隠さずリベリスタに告げる。 「魔神連中には無駄な殺しを禁じておいた。 この俺様も誓って『まだ』誰もこの国では殺してねぇよ。 だが、それはオマエ達が俺の期待する連中だった時の話だぜ。 ――つまり、オマエ達は心置き無く全力で! 唯、俺様だけを殺しに来い!」 燃え上がらんかのような鬼気は彼の言葉が気休めに過ぎない事を告げている。消耗があろうと無かろうと『魔神王』は他とは違う。 ジャック・ザ・リッパーと違う。 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオと違う。 リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターと違う。 アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア等敵にすらなるまい! 「さて、お喋りは御終いだ。 さあ、準備しな。最高の『闘争(ディナー)』は目の前だ。 待ってやる。オマエ達がその気になったら――仕掛けてきなよ」 金色の野獣を中心にごうごうと魔力が渦を巻いていた。 ソロモン王の末裔を自称する彼の目は深紅。 極上のルビーは此れより訪れる鮮血の時間を『予言』しているかのようだった―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月27日(金)22:57 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●Twenty to thirty secondS 京都二条城城内―― リベリスタ十人の前には本来ならばこの場にあって欲しくはない人物が居た。 『平和な日本』等というものを空想するならば――決してあってはいけないモノが居た。 「お喋りはこれまでだって言ったけどよ――」 戦闘の為の構えを取る事も無く。人好きのする喋り口調はそのままに。 「――考えてみりゃ、もう暫く猶予はあるのか」 冗句めいたこの場の主――『魔神王』キース・ソロモンは唯肌が痛む程の殺気を撒き散らしている。 彼は幾ばくかの猶予をリベリスタに与えると宣言していた。 つまりそれはこの戦いが始まる前の最後の猶予である。使うも自由、使わぬも自由、無論その使い方も自由である。この場から逃げ出そうでもしない限りは――キースは笑って見ているだろう。 「約束通り……おめかしして、会いに来た。踊って……くれる?」 まるではにかむ乙女のような調子で言った『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)のいでたちは成る程必ずしも戦いに相応しい外見とは言えないものだ。スリットの入った黒のチャイナ・ドレスは細くしなやかな彼女の肢体に良く似合う。体のラインが良く見える女性めいた衣装は――しかし、『綺麗な花には棘がある』という言葉を証明する証左のようなもの。 「最高に……殺し合おう……」 続いた言葉は全くもって獰猛な彼女の『愛情表現』を理解させるものだった。 「いいねぇ――お嬢ちゃん、そうでなくちゃ招待の甲斐が無ぇってもんだ。 めかし込むのは女の礼儀、磨き上げるのは男の甲斐性だ。後はお互いに期待外れは避けようぜ」 「うん……」と小さく頷く天乃はやはり『少女のようだ』。 「十二の魔神は紅瞳の獣を抑制する為の枷。総ては闘争を味わう為の下拵えと言う訳ね」 「戦いはお互いフェアじゃなくちゃいけねぇよ。 生憎と数頼みだけで来られるのもソイツを蹴散らすのも余り好きじゃねぇんでな」 笑うキースに目を細めた『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の魔眼(アイス・ブルー)が肩を竦めた彼を静かに見据えていた。不思議と凪のように落ち着いた彼女の認識の中にキースの情報が流れ込んでくる。 無防備とも言えるその姿は敵の看破を邪魔しない。宣言の通りリベリスタの『準備』を彼は完全に認めている。むしろ『キース自身に隠す心算すら無い』から『分かる』のだろう。 「無茶苦茶ね」 氷璃は短く言った。 化け物には弱点らしい弱点は無い。言ってしまえば全てが超高等である。 その手の『ゲーティア』以外に特別な品は無いが、それ以上等必要無いと言わんばかりである。 半ばリベリスタ達も想像していた事ではあるが――魔術に拠らず戦ったとしてもこれは規格外である。 「『まるで獣だわ』」 売りは一応魔術では無かったのか――氷璃の声には半ば呆れが混ざっていた。 事これに到る経緯を敢えて振り返るならば――アークが突然三高平市に出現した彼との『約束』を受け入れた『始まり』は凡そ二ヶ月前の出来事であった。それは厳密に言えば『約束を受けた』と言うよりは『約束を押し付けられた』と言った方が正しい顛末ではあったが、何れにせよそれがバロックナイツ・キースの宣戦布告であった以上はアーク側に回避出来る理由は無かった。 予想外と言うべきか、それとも予想通りと言うべきか――約束の刻限を律儀に守ったキースは宣言通りの行動を開始した。その結果が日本全国に出現したソロモンの魔神達とキース本人の出陣――つまり、今キースと対峙するアーク精鋭リベリスタ達十人の状況であった。 「正直を言えば、初めて貴方と会った時――自分は任務と別に安心を抱いてしまいました。 戦う心算が無いと言った貴方に心底安堵してしまったのです。 でも時が経つ程にその安堵が――飲まれてしまった自分自身が情けなく……この胸を締め付けた。 今でも怖くないと云えば嘘になりますが、何より男として――心の底から『魔神王』に勝ちたい。 そう考えているのです。ですから、約束は必ず果たします」 「囀るな。だが、そういうのも嫌いじゃねーぞ」 戦いに到るまでの猶予は極僅かである。 不器用に感情を吐露する『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の青い三対の翼がキースの視線にぞわりと震えた。その全身に纏わりつく電撃戦を可能にする『スピード』はこの場に挑む彼が頼みにする唯一にして無二だった。少しずつ減じていく最後の時間は奇妙な程に『行儀良く』爆発の瞬間を待っていた。 「『ⅧStrength』の札は獣性を抑え込む理性の重要性を説く。 差し詰め今の魔神王は理性の軛を逃れんとする力の極み――俺が打ち破る敵に相応しい。 愉しめそうだな、魔神王!」 「愉しめそうじゃねぇ、愉しいんだよ。『お気に入り』」 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)の言葉にキースの目の赤が強くなる。 リベリスタ達はめいめいに己が準備を整え――砂時計の砂はあくまで静やかに零れ落ちていく。 敵の看破に目を凝らす氷璃が居る。自己付与で己が能力を強化する者あり、 「信じてくれたからには――応えないとな」 何処か皮肉に、何処か真摯に口にした『足らずの』晦 烏(BNE002858)は己が最高の技の発動の為に文字通り『準備』を始めていた。 「まー、良く分かんないけどよー、お前をやっつけない訳にはいかないんだろー?」 「シンプルだな」 「じゃー、やっつけるしかねーよなー? ボクとアンタレスの――『二人』で!」 大火の名を冠する揺らめく炎と魔眼の意匠のハルバードを担ぐように構えた『ハルバードマスター』 小崎・岬(BNE002119)の『大雑把な結論』もキースのお気には召したらしい。宣言通り『動かぬ』時間の間にも彼を中心に渦巻く強烈な魔性はその濃度を増していた。力を開放しようと考えずとも、歴戦のリベリスタならば気取らずにはいられない――そんな類の『危険の予感』はキース・ソロモンがある限り決して隠せない彼の存在感そのものであろう。 「オマエ達はオマエ達が守りたいものの為に戦ってきた。 俺様はオマエ達に恨みがある訳じゃねぇが、オマエ達は結果として俺様の獲物になった。 つまる所、これはシンプルだぜ。オマエ達はオマエ達自身の為に戦わない訳にはいかねぇんだ。この――俺様と同じようにな!」 「そっか、私たちは何がなんでも、キースちゃんの期待に応えないといけないんだね」 キースの言葉を受けた『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)が静かに呟いた。 呟いてから―― 「違う」 ――彼女は自分自身の言葉を否定した。 「応えるべきなのは、私たちを送り出した皆に……だよね? 絶対に、負けないよ」 アークの総力戦となった『九月十日』の戦場はこの二条城だけでは無い。北は北海道『五稜郭』、南は沖縄県『首里城』まで――日本全国に散った友軍はそれぞれの戦いを繰り広げている筈だった。ソロモンの魔神達は決して侮れる相手では無いが――戦いの中でも首魁であるキースとの決戦に赴いた面々が負う期待が大きいのは分かり切っている。 「魔神王とかソロモン王の裔とか、規模がでか過ぎて小市民の私にはピンと来ません。 だから、キースさんとお呼びしますね。犬束うさぎと申します。どうか宜しくお願いしますキースさん」 「はいよ、宜しく頼むわ。うさぎさん」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の惚けた調子は今日も何時もと変わらない。 自身の影さえ従えるうさぎの力でリベリスタは翼を得た。許された『準備』はこの時点でほぼ――済んでいた。 「ああ、この時を待ち望んでいたデス! 刻んで牙を突き立てて、己に、相手に決して消えない傷と記憶を! さあ殺し愛を始めるデスヨ。誰にも負けない、誰にも劣らない最高の都市伝説を始めるデス――!」 感極まったかのような『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)の声は全く虚ろな彼女からすれば珍しく――分かり易い感情と熱量に満ちていた。『キース・ソロモン』なる人物の存在を知った時の感動を今も覚えていた。殆どこの為に自分を高めてきた。眼鏡にかなうだけの殺意と実力を研ぎ澄ませて――待ち焦がれたこの瞬間だ。それはさしずめ恋のようなもの。恋焦がれ、恋飢えて、血肉を全て撒き散らしあう為に―― ――歪崎行方はここに居た! 「さて、ダンスの時間だぜ」 準備運動らしく首をこきり、こきりと鳴らしたキースがリベリスタ達をねめつけた。 『ゲーティア』はまだ召喚されていない。されどキース・ソロモンはそこに居る。 魔人が始めて取った戦闘態勢らしい戦闘態勢はこの後の時間を予言するもの。 成る程、全ての砂は零れ落ちた。即ち時間は一杯だ。黙祷より青い瞳(ブルー・サファイア)を開けた『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が情熱と冷静の狭間に始まりの刻を宣言する。 「約束通り、この日、この瞬間――万全の状態で参ります。 いざ往かん、邪悪を滅する神の魔弾となりて――さあ、『お祈り』を始めましょう!」 そして、時間は加速する―― ●PassionI 「――分かっているわね、亘。相手は『キース』よ」 「了解済みです――!」 氷璃の声は『魔術師と思うな』という誰もが痛感している事実の確認に過ぎない。 エネミースキャンにより予め推測を確定へと変えた彼女の言葉を背に受けて『誰よりも速い』亘が彼我の間合いを埋め切った。戦いの鏑矢になるのは『スーパーノヴァ』たる自身の役目。電撃戦を支えるのは磨きに磨いたそのスピードであるのは間違いない。 「小細工は無し――まずは受け止めて貰います!」 「さあ、来いよ! 箱舟のリベリスタ!」 亘の台詞にキースが歓喜歓迎の声を上げる。入念な準備を済ませたパーティがまず狙うのは戦いの機先を制する事だった。この始まりの瞬間こそパーティが防御や回復を意識せずに最大火力を叩き込める唯一のチャンスである事は疑う余地が無い。無論、『魔神王』の異名を持つ『最強のバロックナイツ』を相手にそれが何処まで通じるかは――読める筈も無い不確定要素に過ぎないが、何れにせよやるしかないならば話は最初からシンプルである。 「はッ――!」 鋭い呼気と共に低空を滑った亘のその体がブレた。 超速と呼ぶに相応しい彼の手にした銀色の刀身が応じたキースの影だけを斬る。だが、常識外と呼べる亘の反応速度は余裕の回避を見せたキースの影に追いすがり、すかさずもう一閃をお見舞いした。 刃は風切り音さえ『遅らせて』虚空だけを切り裂いた。 「オマエはスピードか――はは、セシリー程じゃねぇが、まぁセシリー以来だ!」 対キースを考えた時に自身の技量に分が無いのは亘とて分かっている。されど連続して繰り出された『シャンパンの飛沫のような刃の煌き』は彼の賞賛を引き出すに十分な特別(スペシャリティ)を抱いていた。 氷璃の読みでは本気のキースを速度で上回れるのは亘のみ。 されど、まずはリベリスタ達を受けて立つ心算なのかキースは攻めに転じていない。 「魔神王の期待を超えられれば勝機はある――送り出した以上は、そうでしょう? 沙織」 そんな彼を真っ直ぐに射抜いたのはその小躯の後ろに巨大な魔陣を浮かび上がらせた氷璃である。 「――その傲慢な喉元に牙を突き立ててあげるわ!」 一声と共に魔曲の調べが迸る。展開された魔陣より次々と伸びる四色の光の柱は全く素晴らしい威力と精度を併せ持つまさに魔術の砲撃である。開いた右手を正面にかざす事でこの威力を相殺したキースが満足気に笑う。 「お次は技も威力も申し分ねぇ。ちったぁ効くぜ、お嬢ちゃん――!」 「……ねぇ、キース……」 囁くような問い掛けは続け様に肉薄してきた天乃のものだった。 先行した亘を足場に宙を舞い、回転して着地した少女は身を翻したキースに仕掛ける。 「……ジャックとは、どっちが強かった? 『渇望の書』の事は知っていた……の……?」 魔力鉄甲を備えた少女の両手が絞殺の糸を繰る。 少女の全身より迸り、視界を遮る糸の束は彼女が重ねた集中に応じてその精度を研ぎ澄ませていた。 だがそれでも、自信家(キース)は自信家(キース)のままである。 「俺様さ」 天乃の糸はキースに絡み付きかけた。されど彼はそれを強引に引き千切る。 彼女の技は避けられず、しかし彼を捉え切るには至っていない。 軽く答えたキースは息を呑んだ少女に言葉をもう一つ付け足した。 「尤も――ジャックに聞いても答えは同じだろうよ。テメェで戦わねぇ本何ざには――興味もねぇ」 (攻撃はきっとココでしか出来ないから――今出来る、全力を!) キースの動きを見極めたルナがここで魔力増幅杖 No.57――自らの得物を前に向けた。 「お待たせ、キースちゃん――それじゃ、行くよ――!」 ルナの要請に応え、宙空に無数の火弾が出現した。雨のように降り注ぐ弾幕が今叩かんとするのは唯の一体――キースのみである。激しく炸裂する猛火の嵐にキースがやや後退する。 弾幕の向こうへ猛然とダッシュしたのは―― 「斜堂流、斜堂影継。言葉で覚える必要は無ぇ、結果は今から刻み付ける!」 「お前流石に寝すぎだろー。全力で来いって相手の前で。何時まで寝てんだよお前はよー!」 ――赤眼で赤眼をねめつける影継と『未だ沈黙したままのアンタレス』を大上段に構えた岬である。 神秘探求同盟の大座に於いて『力』を司る影継に破壊的な戦気は相応しい。小細工は無しという一言がこの上なく似合うデュランダルの戦いは魔神王にとって望外の様である。 一方でほぼ同時に仕掛けた岬の技もまた素晴らしい。『アンタレス』を使いこなす事のみに特化した少女の技量はまさに相棒と共に育ち、相棒と共に生きる戦士の覚悟を体現しているかのようだった。 「喰らえ、魔神王ッ――!」 裂帛の気合と共に影継の膂力が爆発した。 正面より放たれた全力全開の一撃は影継がキースに向ける信頼そのものだ。『準備』の時間にまさか興醒めなシールド等張るまいという――些か都合の良い、しかし結果として『当然』とも言える端的事実に他ならない。 床に突き刺さった一撃が二条城を揺るがした。 「チッ――」 「一張羅だったのによ」 舌を打つ影継。嬉しそうに笑うキース。掠めた切っ先がキースの豪奢な衣装の端を切り飛ばしていた。 魔術師に現状無効の付与は無いという事実確認はリベリスタの中を瞬時に駆ける。 影継の中では初撃で敵を測る事はまさに計算通りであった。 一方でそんなリベリスタ陣営の思惑を知ってか知らずかキースは軽い調子である。 「だが、戦いはこうでなくちゃいけねぇよ。痛くなくちゃ戦い何て呼べやしねぇ。 ああ、安心しろって。俺様はこれまでもこれからも――澄ました顔で効かねぇよ、なんてのは趣味じゃねぇ。そういった術を知らない訳じゃねーが、そんなもんは御免蒙る。ペリーシュ辺りなら笑い飛ばしてる話だろーがよ!」 「ああ、そう言うと思ったぜ。その方がずっと分かり易いからな」 思わず笑みを零した影継は戦場のキースと初対面ではない。 彼からすればそれは半ば期待していた通りであるとさえ言えた。 シールドは張らないが、避けない訳では無い。要するにキースは取捨選択をしているという事なのだろう。したくない事はしない。だが、手加減をする訳では無い――彼の論理は独特だが、独特なのは遥かイタリア、カントーリオ邸で合間見えたその時から分かっている事だ。 「――でも、衣装の心配するのはまだ早いだろー」 言葉と共に閃いたのは言うまでも無い岬による打ち込みである。 『ハルバードマスター』を自認する彼女以上にこの武器を巧く扱える者は例えバロックナイツにも存在し得まい。三種のマスタリー、武器戦闘の極みを兼ね備えた彼女は複合武器たる『アンタレス』の力をこれ以上無い程に引き出している。だが、それは『彼女に出来る限界まで』だ。キースの裏拳がアンタレスの腹を横殴りにした。尋常ではない怪力に岬の小さな体は引きずられそうになるも――彼女はこれを踏み止まった。 連続攻撃に流石に態勢を乱したキースは迫る次の手――うさぎの動きにその反応を遅らせていた。 「失礼しますよ」 キースの近接範囲攻撃を警戒したうさぎは側面より彼の隙を突く動きを選択していた。 「私には多彩な芸はありませんが―― ただ、全身全霊で己全てを注ぎ込んで貴方を殺す事のみに専念します。 殺せるのかとか勝てるのかとかはどうでも良い――ただ、殺す」 独特の三白眼を乗せた表情は微塵も変わってはいない――うさぎには珍しい強い言葉は並々ならぬ決意を示すものだろうか。 (貴方は一人と宣言したのだ。だから、貴方は一人の筈だ――) つまり、この戦いはあくまでキースのみを的にしたものになる。注意を向ける相手は、力を注ぐべき相手は最初から最後までキース一人の筈なのだと。うさぎの確信は影継の同じ――敵への信頼めいていた。 ――故に、殺す。 飛び込んだうさぎを中心に閃光が迸る。 目さえ眩ます光と共に五重の残像がキースを襲った。芸が無い等、冗談にもなるまい。『質量さえ持つ残像』は魔神王をしても容易く避けられる類の技では無い。むしろ――彼我の実力差を埋めるにある種の絶対性を持つナイトクリークの戦いが抜群の効果を示す事は言わずと知れた事実である! 「……ってぇな! この野郎!」 爛々と目を輝かせるキースが『五十五人との鬼ごっこ』に声を上げた。 「この蒼の魔弾は――どんな小さな的も逃さない!」 キースの右手の小さな指輪をリリの放った呪弾が弾き割った。 「挨拶代わりにはなりましたか?」 「――おいおい、やってくれるじゃねーか」 「こりゃ朗報だ」 表情を少し変えたキースに――いや、変えさせた仲間達に烏は快哉を送る。 短い言葉の中に烏が込めた意味合いは決して小さなものでは無かった。 効くならば倒せる。届くならば――絶対は無い。 (元から骨が折れる相手ってのは分かってるさね。だが、ゼロと一じゃ全く別モンだ。なぁ、魔神王――) 初めて生じた有効打らしい有効打はキースが『それでも』人間である事を告げていた。 同時にこれまで幾多の戦いを勝ち抜いたリベリスタ達が『魔神王の脅威足り得る』事さえ告げていた。 実力差等、言うまでも無い位の絶大である。キースのコンディションがどうあったとしても、その差は通常ならば覆せる筈も無い程に果てしなく大きなものである。さりとて。 「アハハハハハハハハハハハ――!」 冷静な思考力で戦況を分析した烏も、哄笑を上げ――恋焦がれたキースに喰らいつく行方も、それ以外この場に立つ全てのリベリスタはそれに怯える事は無い。否、むしろ――『そうだからこそ』ここに居る。 隙を突くような戦い方では『めかし込んだ自分を見せられない』。 その網膜に、お洒落をした自分を焼き付けて欲しい。きっと覚えていて欲しい――遥かな古来より『乙女の考える事』なんてものはそう多くないし、複雑では無いものだ。 (要するに、貴方を殺せるのが最高なのデス――) 言わぬが華の乙女心は口にすれば溶けてしまうような――そんな。 風を斬る肉斬リの音が心地良い。骨断チの音色はこんなにも甘美なものだっただろうか――? 近付く目標だけをその虚ろの目に映し。跳躍し、全力を振るった行方の身体が宙で止まる。 「え――?」 攻防は刹那。 並のフィクサードならば致命傷に成り得る行方の二撃――右の肉斬リは腕を交差したキースの左手中指人指し指に。左の骨断チは同じくキースの右手中指人差し指にそれぞれ挟んで止められた。 「ハ、ハ、ハ――」 尋常ならざる技量と反応、力の根源は怖気立つ程の歓喜を湛えたキースのその目を覗けば誰にでも分かる事。彼は目の前の相手を玩具ならぬ敵と認めたのだ。否、元よりその心算であったのだろうが――『そう思っていた理屈に実感した身体がついてきた』。 「アハハハハハハハハハハ――!」 次の瞬間、この上なく愉快と大笑いする行方の頭が木張りの床に叩き付けられた。 猛烈な威力に上半身ごと床にめり込む形となった彼女は一瞬意識が途切れかけたのを自覚した。それでも持ち直し――この時間を終わらせまいと足をばたばたとさせていた。 魔神王は何処か滑稽で――無防備極まりない行方に追撃をかける様子は無い。 「これは……」 危急の際には倒れた前衛を救出する役目を負っていた亘はそれで理解した。幸か不幸かキースはリベリスタを殺したい訳では無い事を。彼は戦いたいだけなのだ。恐らくは結果として――相手が死んでしまうというだけの話で。 無論、『巻き込むかどうか』を心配してくれる相手では無いだろうが『トドメを刺しに来るか』どうかは別。これはほぼうさぎが推測した通りであった。 さて置き。 「そろそろ――始めるとしようか?」 その右手には気付けば『ゲーティア』。 リベリスタの猛攻に満悦なるキース・ソロモンは一つ息を吐き出した。リベリスタ達に漸く聞かせた。 予定されていた言葉を、予想されていた言葉を、聞かずに済むと――誰も思っていなかった『それ』をである。 「――さあ、俺様が命じるぜ!」 ●PassionII 「全く――頑丈な御仁だぜ」 恐らくはより一層『彼』を本気にさせた引き金は一人の男の技の冴えにあったのだろう。 それは決して責められる事では無い。むしろ本気で称えられるべき事実である。 晦烏と言う名の一人の狙撃手(シューター)がアルトマイヤー・ベーレンドルフという特級の狙撃手(シューター)から掠め取った大技をSchach und mattと称する。 「声が出ない位に傷ませるには、後どれ位の攻撃が必要なのだか――」 烏の絶大な技量と愛用の二五式・真改、第三帝国の亡霊が織り成した素晴らしき魔弾は驚くべきかキース・ソロモンをこの時ばかりは確かに痛めたからである。 リベリスタ達はまさに今、キースの猛威の最中に居た。 『魔神王』キース・ソロモン――『ゲーティア』最大の異能は真偽分からねどソロモン七十二柱を召喚し、使役する事にある。万全ならば一柱で一軍以上の戦力となろう魔神だが、その能力は召喚者たるキースの能力に左右される――それは前もってアーク側が探査した『結果』である。 果たして――キースの戦闘はやや予想外ながらその『ゲーティア』の能力を生かしたものであった。 (しかし、これ程のものとは……!) リリの魔術知識は目の前に生じている『現象』を即座に肯定する事が出来なかった。それは余りにも常識外の事態である。召喚系列に属する魔術は様々存在するのだろうがキースのそれは別格過ぎる。同時に複数の上位存在を使役している事がまず第一。第二に信じ難いのはそんな重労働を同時進行しながら、人間には強烈過ぎる劇薬と呼ぶ他無い魔神の力を思いの侭に操っている事だった。 (これが――キースの異能、或いはこれが彼の『アレンジ』……!) 「……くっ!」 好機を逃がさじと状況を見据えるリリの視界の中で反応さえ許さぬ亘の鋭い斬撃がキースを掠める。 しかしこの一撃も――浅い。最良の切れを見せても十全な威力を発揮するまでには至らない。 「さあ、俺様が命じるぜ!」 呼びかけに応えた『ゲーティア』が鍵を開け、即座に再び虚空に消える。 「チッ、今度は何だ――!?」 「まったくとんだ手品師だなー」 キースの声に影継が舌を打ち、岬が思わず小さく零す。 リベリスタが見据えるキースの状況は当初のモノより変わっている。 「成る程、確かに一人だ。召喚得意が一人というのも妙な話ではあると思ったのですが――」 うさぎの言葉は合点したといった調子である。 彼は一人きりのままだが、彼の中にはそれぞれ『魔神の力』とも言うべき異能が降りていた。 最初に降りたのは『魔神マルコシアス』だった。キースの左腕は魔界最強ともされる獣のそれに変化した。次に降りたのは『魔神エリゴス』の奇跡であった。未来を予見するその能力はキースの戦闘動作、読み、当て勘を殊更に引き上げている。更に続いた『魔神ハルファス』は彼の弾薬――つまりは戦闘を継続する為の力を満たし、『魔神ブィネー』の嵐は猛攻に晒される彼を守り、周囲を囲う前衛達を吹き飛ばした。 状況に対してリベリスタ達は強化解除の攻撃を試みたが、力の根源は恐らく『ゲーティア』に存在するのだろう。これを破壊する事は叶わなかった。敵の状況に合わせ、能力(ちから)を変えるキースは『素』の状態とはまるで違う戦い方を見せている。 変幻自在。まさに戦闘も非戦闘もこなす高度融合型(ハイブリッド)。 「……皆、しっかり……ここが勝負だよ……ッ!」 歯を食いしばる姿、荒い呼吸は消耗を示すものだ。 ルナはパーティの要として必死の支援を重ねていた。 グリーン・ノア――賦活のオーロラが無ければこれ程の戦闘を支えられる筈は無い。 気休めとは言えど、彼女が用意したバリアは命を繋ぐ盾になるだろう。 息を呑んだのは誰だっただろうか。 「――――!」 下半身を蒼褪めた馬のそれに変えたキースの身体が掻き消える。 粘り強く彼の猛威をブロックし、体力気力運命さえも犠牲にして彼を食い止めた前衛を彼は『魔神バシン』の転移能力ですり抜けたのだ。短距離を瞬間移動した彼が出現したのは後衛の至近である。 キースは熱を増した戦いに僅かに汗ばみ、まさにこの『最高の時間』を謳歌しているように見えた。 「――は、は。勿体つけんな。オマエ達の味見もさせろよな?」 「む――」 天乃が小さく不満を漏らした。 ダンスの相手に飽きた訳では無い。しかし、寿司を食っても焼肉も食いたい――それは実に彼らしい。 全く屈託の無い獰猛は敵の弱味を突いて倒してやろうという考えよりも、言葉額面通りの意味を思わせる。 乱れた陣形に戦線が緩む。 「……ッ!」 近距離のキースを振り返った氷璃の眼差しが射抜いた。 問答よりも先に術式を組み上げ――直撃せよと強く命じる。 本日幾度目か放たれた強烈な魔力の砲撃が『魔神王』を脅かす。 (攻略の糸口はやはり魔神との契約かしら――いえ) 氷璃は軽く仰け反ったキースに想いのたけをぶつけるかのように声を張った。 「――例え糸口がなくとも此処でキースを倒す!」 氷璃の声に呼応するようにリベリスタ達の攻撃が笑う獣に吸い込まれる。 「貴方の祖は神を裏切り、貴方は悪魔―― 嘗て神に背いた者を用い、無辜の子羊を無碍に扱いました。その罪、万死に値します」 静謐と言ったリリの十戒、そしてDies iraeが信仰者の怒りの炎を渦巻かせた。 「天より授かりし力の全て、お見せします。温い、とは言わせませんよ。 一切を焼き尽くす天の怒り――貴方でも感じられるのではありませんか――!」 「ご先祖サマの事なんて知らねぇよ」 炎に咽ぶ――炎を喰らうかのように火焔の向こうの男が笑う。 「許さねぇならそれでもいい。万死に値すると思うなら、殺してみろよ。 誰も俺を好いてくれなんて言わねぇし、そうしたいって言うオマエが間違ってるとも思わねぇ。 唯――唯、な。忘れんな。この世界に、俺様の支配するこの戦場に『悪魔は居ても神は居ねぇ』」 「戯言を――!」 「消耗があろうと無かろうと『魔神王』は他とは違う、か。確かにな」 苦笑めいた烏はリリと殆ど同時にB-SSによる連続攻撃を試みていた。 されど強敵との戦闘にますます冴えるキースは彼の攻撃さえも避け切った。 凄絶に笑み、視線を向けるキースの端正な顔立ちが『美しい獣』に見えたのは初めてではない。 「させない――ッ!」 速度こそ我が武器。誰よりも早く動けねば何の価値があろうと言うのか。 (勝つまで止まるなよこの鼓動(リズム)! 足掻き穿て――帰りたい場所があるからこそ絶対に退きません!) 前衛の誰よりも早く――今一度キースに仕掛けた亘を魔獣の腕が受け止めた。 至近距離で亘が見た金髪の野獣そのその顔はまるで彼の力と勇気に賛辞を送っているかのよう。 気付けばキースのその足は元の人間のものに戻っていた。『キャパシティ』とはこの事か。魔神の加護の同時顕現は三つないしは四つが限度――捨て目の利くリベリスタが見つけた事実の一つである。 ――さあ、俺様が命じるぜ! 地獄の底から響くようなその声は仕掛けた亘、後衛達を纏めて飲み込む火炎地獄を生み出した。 常人ならば即座に蒸発、消失を免れぬ殺戮の嵐の跡には遂に完全に沈黙した亘と、運命の針を押し戻す青い炎でこれに抗じる他は無かった氷璃、烏、リリ、ルナ等――消耗したリベリスタ達が残されていた。 「エスコートは誰かの方が上手だわ」 嘯く氷璃にキースは「そうかい」と短く応えた。 何れも深い傷を負っている。状況は如何にもマイペースにバトルを楽しむキースを見れば間違えようが無い。相応の死力を尽くし、戦いは戦いになっている。しかしそれはそれ自体が最早奇跡に近い。事これに到っては『勝つ』のは困難だ。最初から分かっていた事とは言え、キースの余裕は崩れていない。誰が言ったか――彼はバトルマニアでありながら、敵の前に白い手袋を投げつけるあくまで貴族のようなものなのだから。 (……ジャックを……思い出した……) 天乃の脳裏に焼き付いた『あこがれ』は数年の時を経過した今でも鮮やかな色合いを保ったままだ。 あのジャックはリベリスタを敵として認めた時、己がプライドを捨てて生き汚く永らえようとした時に――もっと、もっと強くなった。天乃の見つめる彼は、キース・ソロモンは最後まで貴族のままなのだろうか? ぞくりと背筋を舐め上げる『予感』に天乃の胸が熱くなる。 まるでそれは熱病のように、きっとそれは『はしか』に違いなかった。 目で、視線や筋肉の動き、を。 耳で、風の音、武器の立てる音、筋肉の軋みに至る全ての音、を。 鼻で、僅かな毒や血の香り、を。 肌で、風の動きを、触れる手の熱や傷の痛みを。 舌、で味、を。 この私の五感全て、は闘いと相手を楽しむ為に、ある―― 突き動かされるように――無意識に動き出した彼女の動きはキースさえもこの時読めず、呆気無い程にあっさりと無敵の要塞を構えているかのような彼の懐にその小さな身体を潜り込ませていた。 密着、それに近い位置関係。天乃の両手が目の前の魔人を抱きしめるように伸ばされた。 距離は至近、伸び上がった少女の顔のその前に些かの驚きを見せたバロックナイツの顔がある。 「――――」 メルティー・キスは毒花とそれに似合いの死を思わせる。 唇に残った幽かな感触が酷く現実的で、不思議に幻想めいていた。 「チ、油断した。……ぜ――」 至近の天乃以外聞き取れない位の小さな声。漏らしたキースの声色は微妙なものだ。 天乃が何かを言うよりも早く、伸びた魔獣の腕が少女の華奢な身体を掴まえた。 馬鹿げた膂力で握り締めればボキボキと何かが折れる不快な音が辺りに満ちて少女は沢山の血を吐いた。 情け容赦の無い暴虐は少しの加減さえ帯びてはいない。 「その強さ、正直敬意に値するぜ……」 惚れ惚れと、思わず漏れた一言に影継は苦笑いを禁じ得なかった。 男が男に見蕩れる事等滅多にある事では無い。不快では無いが、悔しく思わないようでは『失格』だ。 「それでも――斜堂流が近接戦で魔術師に負けるわけにはいかねぇんだよ!」 故に影継は強く咆哮した。 「そうだ、もっと来い。もっと来いよ、シャドウカゲツグ!」 「おおおおおおおおおおおおおお――!」 成る程、キースは影継の宣言通り覚えさせられたのだろう。天乃の身体を放り捨てた魔獣の腕がキースと同じく一匹の『フリークス』と化した影継を迎撃した。 (捨てるものは何もない。与えるものは自分自身。魔神王に身も心も全て刻み付ける為―― 貴方には最高の自分で無ければ届かないのデショウ――?) 何度跳ね返されようと構いはしない。運命のみならず自らのドラマさえも繋いで仕掛けた行方の気迫が、猛撃が影継のそれと共に僅かにキースを後退させた。 「躱せますか? いえ、躱させはしません!」 リリの魔弾は執拗に『背徳者』を追いかける。 戦いは続いた。 「はぁ、はぁ、はぁ――」 「――は、は――」 荒い呼吸は誰のものか。答えは簡単だ。キース・ソロモンを除く全員のものである。 リベリスタ達の余力は何時戦線を決壊させてもおかしくないものだ。 キースも幾らかのダメージは受けているだろうが、『経験則上』バロックナイツを人間扱いするのは無意味だ。 行方は、リベリスタ達の大半は『奇跡(デウス・エクス・マキナ)』さえも願っていた。 だが、或いはキースの言は現実だったのかも知れない。この戦場には神は居ないのかも知れなかった。死力の奮戦で『辛うじて拮抗』していた戦いは地力の差のままにその状況を変えていた。 天乃、亘に続き氷璃が、要のルナを身を挺して庇った烏が倒された。 「……一人でも、ううん。全員で……まだ、まだ負けない……っ……!」 ルナの支援がここで強力に残った仲間達を激励した。 自らを庇い倒れた仲間が気にならない訳がない。それでも彼女は――戦いとは何であるかを完全に理解したフュリエのルナは自身が背負う責任の重さから逃れる事はしなかった。 櫛の歯が欠けたように失われていく戦力は――リベリスタの限界が近い事を意味している。 二条城は敵の胎の中のようなものである。 うさぎがちらりとリリに視線を送った。全滅は避けなければならない。それだけは――ある種の覚悟を抱いてここに居たリベリスタ達は『もしも』の時にせめても彼女だけは逃れさせるという算段を用意していた。実際問題キースが逃すかどうかは知れなかったが、彼の場合逃走する敵に向ける結論、感情はほぼ二つだろうと推測は立っていた。 一つは、絶対に許さない。 もう一つは、失望するかその次に期待して――追わない状況だ。 (出目は分かりませんが……はは、私にも覚悟が必要ですね……) 奇跡的にキースの攻撃を見切り、殆ど勘でこれを避けたうさぎが内心だけで呟いた。 強い動悸は生物が命の危険を知った時に生じる生理的反応である。しかし、うさぎは遁走しない。 臆病な兎はここには無く、鵺のような犬束うさぎはここを食い止める事を使命と定めていた。 そしてそれはルナも同じ。 (――希望の種を撒くの。嘗て皆が私たちに与えてくれたように。 大丈夫、きっと出来るよ。私は皆のお姉ちゃんだから。背負うべきものがある限り、負けていられないの!) 結論付けられた撤退の状況に最後の灯が点ったのは――丁度、この時だった。 「いい加減――」 搾り出すような声は傷付き、疲れ果てた少女のもの。 幾度も幾度も――この戦いの以前より『それ』に『呼びかけ』続けた一人の少女のものだった。 「――いい加減、起きろよ。アンタレス!」 岬の手の中の慣れた質量は繰り返された彼女の呼びかけに今まで応えた事は無い。 幾多の戦いの勝利と敗北の中で、彼女が信じる『結果』を生み出した事は一度も無かった。愚直に信じ抜く事は時に悲劇を産み落とす。空を飛べると信じ太陽を目指したイカロスのように。神の座まで届かんとバベルの塔を建造した人間のように。『唯の一度も起きない奇跡』等、無いのと同じなのに。 しかし―― 「ふぅん……?」 ――岬に視線をやったキースの表情が変わっていた。 彼女の手にしたアンタレスが禍々しい程の力を帯びた『何か』へと変わっていく。 意匠の魔眼は作り物ならぬ『本物』に。黒い炎を思わせる刃も又、ゆらゆらと揺れていた。 「遅いんだよー」 泣きたくなる程の状況に岬の声が僅かに揺れた。 ――お前は凄いんだってさホントにすげー奴を相手に叩きつけてやりたいんだ。 相手が化け物でも、最後まで結果を変えてやりたいんだ。だから一緒に行こうぜ―― 「だからっ――ボク達でハルバードマスターだ、アンタレス!」 「俺様と打ち合うか、面白ぇ――!」 キースの身体に降りたこれまでの魔神の全てが消失した。 代わりに『俺様が命じた』のは一振りの魔剣。『魔神カイム』の顕現はキースと岬の激しい打ち合いを生み出していた。 猛烈な魔力を帯びる『アンタレス』はキースを脅かし得る武器である。 更なる高みの出現に歓喜するキースはそれを振るう岬を猛烈なまでに攻め立てた。 運命を歪めて尚――五分より悪い。されど、絶命の際で踏み止まる岬がキースの刃に倒されなかったのは残るリベリスタ達が最後の力を振り絞ったからである。 岬と『アンタレス』を中心にリベリスタ達はキースに対抗する。 岬が一度得物を振るえば暗黒の炎がキース目掛けてその舌を伸ばしていた。 燃え盛る悪魔の炎はそれを統べる彼さえも焼き尽くさんと燃え盛る。 炎を切り裂く剣を振るうキースはまるで子供のようにその時間を楽しみ―― ――変化が訪れたのはどれ位経った頃の事だっただろうか。 「……どうしたー。まだボクは倒れてないぞー」 飛び退いたキースに肩で息をする岬が言った。 同じく少し呼吸を乱したキースは汗を軽く拭うようにしてそれに応えた。 「魔神共と――お仲間さんの『結果』が出たのさ」 「――――」 一瞬、言葉を探したリベリスタにキースは続けた。 「七勝六敗、オマエ達の勝ち越しだ。 つまり、俺様がここでオマエ達を仕留めても――アークとの戦争は引き分け止まり。 結果が出る前ならまだしもよ。引き分けを全力で狙いに行くなんてみっともねぇ。 つまり、今回は――ああ、畜生。腹立つな、俺様の負けって訳だ」 苦笑いを浮かべたキースは心底悔しそうに、心底嬉しそうにリベリスタ達に言う。 (青目に戻った……) ルナが目を丸くした。 その『作業』に全精神力を動員したであろうキースはぜえぜえと荒い呼吸で肩を揺らす。 「魔神の負けは出した俺様の力不足。俺様が弱ぇから奴等は負けた。 オマエ達をここで仕留めるのはそう難しくはねぇが、それはオマエ達が弱ぇからだ。 つまり――この戦いはどっちも力不足だったって事だろう?」 「成る程、ダンスで足にとまったのは不覚デスネ」 嘯いて相槌を打った行方にキースは笑った。 戦いの時間は間違えよう無い程に『殺し合い』そのものだった。 それなのに悪びれない彼は友達に語りかけるような調子で好き勝手に喋っている。 それは全く――『敵意や憎悪で戦わず、戦えれば相手の生死はどうでもいい』キースらしい。 「俺様も、オマエ達も弱ぇ。 弱ぇ同士が――まだ『伸びる』弱者同士が頂上決戦を気取るのも馬鹿馬鹿しい。 だから俺様は――オマエ達を『連中』と同じに看做す事にした」 疲れ果てたキースは戦いの最中より余程消耗した調子で、しかし晴れやかに言った。 「メインディッシュはもうちょい先だ。オマエ等、もっと強くなれ。 簡単に死ぬなよ? 強くなれ! 俺様の首を取れるように――ふんぞり返るバロックナイツ共より、よ!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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