● 「『親衛隊』との激戦を終え、福利厚生の南の島、新学期のどたばた。お忙しい日々をお過ごしとは思います。が」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、うつろな笑いを漏らす。 「ほんとに、悪魔ってきぼち悪い……」 顔面を蒼白にした四門の手にはエチケット袋が握り締められている。 ペッキを口の端にぶら下げとく気力もないようだ。 「時間って、止まらないんだよねぇ」 願いもむなしく、時は止まらず、遂に『魔神王』キース・ソロモンの予告した九月十日がやって来たのだ。 キースの『遊び』を看過する事は絶対に出来ない――此度もアークに敗北は許されまい。 「みんな。この二ヶ月のいろんな成果、がっつりぶつけてやろうね」 ● それは、無数の頭を持つもの。 書物を愛する大公爵。 あらゆる学術的知識を授け、人間の心を読み取り意のままに操り、他人の秘密を明らかにする。 時には愛を燃え立たせ、時には幻覚を送り込む。 彼は、71番目に現れる。 「おっ、おおおっ、おおおっ、おおおおおおっ」 「徒然ニ召喚師ノ呼バヒニコタエ」 「おや、また君かい」 「ツマンなかったら殺すしマジでマジで」 「君を見ているとあの男を思い出すよ」 「めんどくさい何にもしたくないずっと本読んでいたいのにもう呼ぶのやめてくれません?」 「いででてでていででていでててて」 「口惜しや。その書物さえなければヒト風情に使役されることもないものを――」 「無理やりいうこと聞かされるなんて、燃えてしまいます」 「わざわざ来てやったのだ。光栄に思うがいい!」 「威gskvptrk後v:s;dfksmmlxksdlsんgc」 「今回の契約書にサインしろ。相変わらずへったくそな字だな」 「目録見せてください……」 「悪魔への報酬をケチるとろくなことないぞ」 「あぁあ、ここにいろとぉ。ふぅむ、わるくはないわるくはぁないぃ」 「あんまり殺すなとか。ぬるいの? マジぬるいの?」 「先様の対応によっては方針の転換もやむなし――判断基準、明確に文書にして提出して下さい」 「じゃあ、そこに本棚おいてー、まだ読んでないのを手に入れてぇ――」 「君は、彼がその後どうなったか興味はないかね?」 「みなまでいうな、みなまでいうなぁ」 「あなたの考え、お見通しッ☆」 「では、そういうことで」 「その件についてはその本の5章34節から記述があるから見ておくといい。召喚師殿へのサービスだ」 「私達は」 「うひゃうひゃうひゃひゃはくはかは」 「俺らは」 「hファ;恩師tm雨@mhccccq、cw。rf:」 「優しい、比較的、本当に、他の連中に比べれば、ずっとずっとずっとずっと!」 「あなたが絆を結ぼうと思ってくれて嬉しいわ」 「じごくにくるといいのよにんげんかいきらいなのよあんたがくればいいじゃないよさっさとしになさいよそしたらたましいをもらってあげるわよこっちにくるのよ」 「君の心は手に取るように分かるし、私の考えもそっくりそのまま教えてあげられるぅ」 「とってもとってもとっても素敵な――」 「「「「ダンダリオン様に賞賛と供物を!」」」」 ● 「改めまして、説明させてもらいます」 四門の顔色は紙のようだ。 「予告どおり九月十日に魔人王が来ます。期日を守る、意外に几帳面なヒトでした。というか、時間とか約束事守らないと悪魔に八つ裂きにされたりするから、召喚魔術師って適当な奴から死ぬのかもね」 ツボはきっちり押さえるタイプ。 来なくていいのに。とうつろな笑いを漏らす四門は、空いてる片手で資料を配る。 「魔神召喚されちゃいました。みんなにはダンダリオンの相手をしてもらいます」 ちょっとタンマとさえぎって、四門が物陰に引っ込んだ。 別のエチケット袋持って戻ってきた。 「老若男女無数の顔を持ち、右手に書物を持つ手言うのが伝承。。肉弾戦を仕掛けてこないとは言わないけど、魔法系って感じかな。こっちの思考読んでくる。先読みしてくるから、すっごく避けるよ」 気合入れて命中させてください。と、四門。 「では、兵庫県に行ってもらいます」 それは虎が伏す山。 「ダンダリオンは、天空の城とも日本のマチュピチュともいわれる竹田城にいます。というか、魔神達、みんな城とか古戦場にいる」 なぜに。 「キースはローマでコロッセオ見に行ってたことを覚えている方も多いと思いますがー」 四門は急に声を潜めた。 「私見だよ? あくまで私見だよ? 内緒だよ? 本人に会っても言わないでよ? あの人、戦場とか大好きっぽい。そういう気配がする。フランス行ったら、ワーテルローとかノルマンディーとか行くんだ、きっと」 古戦場として有名なとこですねー。 「日本のお城は、戦争の逸話たくさん。外国の人にとっては、エキゾシズムたくさん。サムライウォーリアーですよ。センゴクですよ。この夏はそのあたりを調べて楽しみにしてたんじゃないかな。そんな気がする」 つまり――。 「戦い好きの聖地巡礼の気配がするんですけど、どうでしょう、リベリスタ」 うん、その意見、却下。 「ダンダリオンは、本を読んでいたいからうるさいの嫌いなんだ。だから竹田城名物雲海に幻覚を仕込んで迷宮化させちゃった」 ダンダリオンは、別に一般人を殺してない。迷宮を作っただけだ。迷宮には出口はちゃんと作ってあるんだから、出れなくなって一般人が死んだってダンダリオンが殺したわけじゃない。 悪魔は召喚者との契約を曲解する。それ故に悪魔なのだ。 「現世に召喚される魔神の本体は異世界にいるから、こっちにくるのは分身。強さは、キースの技量によるとしか言いようがない。でも対応は可能だよ。難しいけど」 四門は、ずけっと言う。 「分身がやられたら力はそがれるし、痛いのは痛いだろうけど、こっちで死のうがどうしようが魔神は不滅」 つまり、倒してもまた出てくるのだ。 「それでも、ダンダリオンの雲の迷宮を踏破して、竹田城を開放してきて。みんな、立体迷路に挑戦した経験は?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月27日(金)22:36 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 兵庫県。 竹田城址は、天守を中心に、南千畳、北千畳、花屋敷と呼ばれる一郭が放射線状に配置されて、山全体が虎が臥せているように見えることから、虎臥す城とも呼ばれている名城である。 秋から春の早朝、円山川の川霧で霞み、雲海に包まれた姿は、まさに天空の城。 幻想的な雰囲気に包まれる。 室町時代、山名宗全によって築城されたと伝承され、廃城より400年。 南北400メートル、東西百メートル。 今も当時の石垣はそのままに、現存する山城として屈指の規模を誇る。 それが、今、魔神にのっとられ、幻覚に包まれている。 ふもとから続く雲海は、召喚主であるキースの意向を意図的に曲解してこしらえられた迷宮だ。 見よ。雲海より聳え立つ、在りし日の天守台の姿を。 ● 「まさかマジモンのソロモン72柱の魔神と戦うことになるなんてなぁ」 『一般的な二十歳男性』門倉・鳴未(BNE004188)は、思えば遠くに来たもんだと、尽き果てぬ雲の海を見上げる。 「正直、俺がこういう場に立つなんて場違いもイイトコだと思うんスけどね」 魔神退治の勇者様ご一行に入っているのだ。 「大丈夫。『あの時、一緒にドーナツ食べたね』」 訓練されたリベリスタである『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が言うと、鳴未の脳内に甘くて苦い、物理的に胃が逆流する素敵な地獄の記憶がよみがえる。 あれに比べたら、たいていのことはなんでもない。 意志の力で人間は大抵の地獄は踏破できる。そう考えられるようになったら、人は訓練されたリベリスタと呼ばれるようになるのだ。 「や、でも腹は括ってるッスよ。俺には俺の出来る事がある。それを全力でやるだけッス」 アークは鳴未の技量で対応可能と判断した。ならば、臆せずやるしかないのだ。 「ぜ~んぜん見えない! 千里眼なのに!」 雲の隙間から何か見えるかもしれないと、ダメで元々精神で上を見上げた『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は、楽しげな笑い声を上げる。 「端末でも十分に理不尽だな」 魔神の能力の底知れなさに、『立ち塞がる学徒』白崎・晃(BNE003937)の頬は若干こわばっている。 少人数での高難易作戦への参加は初めてだ。 年が通じないとなれば、幻覚に屈しない意志の強さこそ全てだ。 皆の生命線を太くする聖戦に向かう戦士への餞を祈念する文言をどうにか調律する。 「九月十日の悪夢っていったところかな☆ こんな愉快なお膳立てしてもらえるなんて贅沢だね、アークは」 美しく晴れ渡ろうとしている空に、葬識はハレルヤの声を上げる。 魔神を底辺世界に引きずり出す神に栄光あれ、グローリア。 「前途多難で五里霧中。今の方舟のような迷宮だこと」 『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)の、正鵠を射た物言いに、乾いた笑いしか出てこない。 眼前の雲海はまったく見通しが利かない。 彼の地ロンドンの霧は、自分の伸ばした手の先が見えなくなるほど濃いというが、まさしくそんな感じだ。 これから、その中に突っ込んでいかなくてはいけないというのだ。なんだ、この迷宮脱出ゲーム。 ちなみに、あまり早解きすると、一人でラスボスとご対面しなくてはならない罰ゲームが待っている。 リベリスタとしては、なるべく足並みを揃えていきたいところだ。 「引き篭もっていたいなら召喚に応じなければ良いのに」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の愚痴に、だよね。と、『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が応じる。 「対価を払えばきっちり仕事をこなすってのは魔神ってのも律儀だな」 『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)は、極道渡世との類似点に思いをはせる。 「まあ――契約上そうも言ってられないんだろうが、お陰でこっちも面倒だよ」 金髪赤目の召喚主に無理やりこき使われる魔神の図がリベリスタの脳裏を横切る。 契約書に悩まされるのはお役所も同等だ。 あれだ。リベリスタを転がすだけの簡単なお仕事です。って奴だ。 「とにかく迷惑な客には帰ってもらいたいよ」 有力な敵がうろうろすると、虎美の最愛の兄が無茶をする確率が駄々上がりする。 魔神、ゴー・ホーム。 「さてさて、今回のオーダーは秘密を暴く悪魔ちゃん」 葬識いわく、殺人とは愛を以って為すものである。だから殺す相手のことはきちんと理解した上で殺してあげたい。裏野部の某フィクサードと話が合いそうだ。 「読心、魅了、混乱。この辺かな」 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は資料に蛍光ペンでラインを引くのが似合う現役女子高生だ。 「有名だって事は手管に予想がつくってことでもある。強敵には間違いないけど、大人しく蹂躙されてやるつもりも無いわ」 実はひそかなオタク趣味がある。この手のメジャーな厨二病的悪魔のスペックは守備範囲内だ。 物語存在なら楽しんでももいられるが、顕現した神秘存在となれば嫌悪の対象でしかない。 「ひとの心をよんであやつる、か」 資料を凝視する 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の潤んだ目は、口よりはるかに物を言う。 「つまり、わたしの嫌いなヤツってことだ」 握り締めた拳の中は空っぽだけれど、それを振り下ろすことで、何かは守れる。 「世界がちがうからどうした。殴って飛ぶなら、同じ命でしょう」 殴って飛ばす。それが、涼子の本分だ。 「――引きこもって読書なんてつまんないよ!」 殺しあおうよ! と、葬識は一声吼える。 「そうなのよぅ! ちょっとー本読んでんじゃないわよぅ!」 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は、雲の先、聳え立つ天守を指差し、高らかに宣言した。 「今からそっちに行くから待ってなさいよー!」 そしてリベリスタは一斉に突入する。 人の意志の強さと運の強さは千差万別。 世界は各々の主観によって構成される。 同じ時間、同じ空間、同じ場所にいたところで、同じ『世界』 に「いる」 と、どうやって認識するのだろう。 幻覚とは、視覚だけではない。 五感はおろか、方向感覚や時間感覚も魔神の手のひらの中。 まったく同じスタートラインから、まったく同じゴールに向けた、それぞれの迷宮踏破が始まった。 ● 鳴未は呟いた。 「カミサマは迷宮でも助けてくれるんスかね」 口をついた戯言に答えてくれる人はいない。 「え……」 ついさっき、一緒に迷宮に入ったはずの義衛郎の姿は無い。 いるのは、晃、福松、涼子、鳴未の四人。 他の誰の姿も足音も、気配さえも感じない。 (やっぱり分断されるのかよっ) 鳴未は辺りを見回した。霞がかった雲に光が乱反射する。 まばゆく美しいが、どこか禍々しい。 だが予想されていた事態だ。無理に探す時間が惜しい。自分の勘を信じて歩き始める。 (頼むから皆無事に着いてくれッス) その少し前。 「いきなり、人数が減ったわね」 アンナは、手の中の方位磁石に目を落とす。ぐるぐる回っている。 10人が、あっという間に、アンナ、虎美、小鳥、魅零の4人だ。 こちらが、はぐれたか? 音もなく、人が消えた。 「岩境さん、どちらが本筋か分かりますか?」 小鳥の幻想殺しは、通常の幻覚ならば問題なく看破できる、その筋の使い手には軍人将棋のスパイのような存在だが。 「こっちは嘘っぽいとは思うが、これが本物という確信は持てんな。全く現実味の無い光景だ」 頼りは時間。その時間もぐるぐる回る時計がまったく当てにならないと言っている。 「まあ、いいわ。先に進みましょう」 それしかないのだ。立ち止まっていても、抜け出すことは出来ない。 「アンナの意志力に期待してるよ」 ここは迷宮。消極的に人を殺す魔神の遊び場だ。 「突入後90秒内に魔神遭遇、また遭遇時に周囲に他面子がいなければ偽者を疑う」 小鳥が迷宮内の偽ダンダリオンへの対処法を呟くが、そもそも今迷宮に入ってどのくらい経ったのかも定かではない。 魔神の迷宮には二種類の側面がある。 雲の迷宮と、感覚の迷宮。 「おや、アンナさんはどこにいったんでしょうね」 小鳥はそんなことを言う。 「福松さん。どこにいたのよぅ。ちゃんとついてこないとだめでしょぅ!」 年下の男の子に惹かれる傾向にある魅零は、不意に姿を現した福松に黄色い声を上げる。 「お前らこそ、どこ行ってたんだよ。って、あれ、涼子? 晃?」 ついさっきまで一緒にいた者が消えて、いなくなっていた者が現れる。 孤立させられるのか、みんな一緒にいられるのか、脱落したものは置いていかれるのか。 迷宮に入る前は単独行動も覚悟していただけに、誰かと一緒とは心強い。 「アンナさん」 そして、先ほどいなくなったと思ったものがまた現れる。 「みんな、なにしてたの。誰もついてこないからびっくりしたわ」 だが、現れたり消えたりするこの仲間は、「本当に」仲間か? 魔神の作り出した幻影ではないか? じわりと沸いてくる疑心暗鬼。 「あれ?」 今まで聞いた名前を指折り確認していた鳴未が、眉を曇らせる。 「なあ、須賀さんと熾喜多さんは?」 迷宮に入ってから、誰も二人を見たものはいなかった。 義衛郎は、不審な影に付きまとわれていた。 カシャカシャと何かが回る音がする。 「思考を読みたければご自由に」 (最低百秒は掛かる。慌てずに行こう) だが、今、あれからどのくらい時間がたったのかさっぱり分からない。 時計の針はぐるぐると回っている。 掻きたてられる恐怖。 気がつけば、幻惑の一撃を放っていた。ぞっするほど確かな手ごたえ。 足元で炸裂する光球から感じる熱量は、当たり損ないで即死レベルだ。 幻かもしれない。 しかし、人間、幻だとしても体が現実と認識すれば、夢の中でもショック死するのだ。 応戦しないと、死んでしまう。 どこかで、誰かが笑っているような気がした。 「ねえ、いつの間にか、三人なんですけどー!?」 魅零は、小鳥と虎美にへばりつくようにして歩いている。 「魅零、歩きづらい」 虎美はにべも無い。深化することによって容貌は年相応のものにはなったが身長が伸びたわけではないのだ。 やや高めな上、ヒールの高い靴をはいた魅零にのしかかられるとなかなか負担だ。 「――大丈夫、私はきっと迷宮を抜けられる、強い気持ちを持って突き進むんだ」 魅零は、虎美の抗議はどこ吹く風で自分に言い聞かせる。 「大丈夫だよ、お兄ちゃんずっと一緒にいるから大丈夫」 虎美は脳内の兄に話しかける。 次の瞬間。 魅零の指からつかんでいた虎美の服の感触が消えた。 「なに?」 魅零は、一人になった。小鳥もいない。 びょうびょうと風が吹いているのに、雲が切れる気配は無い。 「――大丈夫」 大きく息を吸って吐き出した。 「強い気持ちを持って突き進むんだ」 魅零は一歩踏み出した。そうするしかなかった。 「気にいらねえな。どこもかしこもいかさまくせえ。見通しても見通しても、書割みたいな雲だらけだ」 千里眼に幻想殺しを重ねた福松の眼をもってしても、魔神の迷路を見通すのは容易なことではない。 「……ったく。迷路とか、めんどうなだけだよ。しごとじゃなきゃ、サイコロふって進むところさ」 涼子は、急に消えてまた現れた福松にそう返す。 同じ匂いがする小学生は、話しやすいかといえば比較的話しやすい。 福松にしても、年上のお姉さんぶる様子を見せない涼子は与しやすい。 「サイコロよりは、アンタが頼りになる」 「じゃ、こっちだ」 福松が指す方へ涼子はついていく。 「あ、あんた達、ここにいたのね」 金髪委員長のアンナの前では暗黒街の顔役格の二人もなんとなく居心地が悪い。 あんまりあったことがない親戚のおねえちゃんに夏休みの宿題見てもらうことになった的いたたまれなさがある。 「ああ、よかった。こんなところに」 「あんたら、ちょろちょろしないでよ」 虎美と小鳥が来た。よかった、これではぐれているのは――アンナがいない。 「アンタ、なに見てんの」 涼子は、虎美と福松の表情が変わったことに気がついた。 「幻影だ。それは偽者だから――」 いっちゃダメだ。 「アンタ達!」 いかないで。 涼子の願いを断ち切るように、二人消えた。 「わずらい事よ、この場から去れ」 晃は、戦いの末ようやく会えた鳴未と自分に凶事払いの加護を施した。 先ほど正義の光を打ち出した鉄扇はまだどことなく熱を帯びている。 「これで、幻覚が解除されるといいんだが……」 自分が幻影相手に戦っていたのに気がついたのは、幸い攻撃を一度撃ってすぐのことで必要以上の魔力を消費しないで済んだのは幸いだった。 二人に見えるのは五里霧中ならぬ、五里雲中だ。見渡す限り、雲ばかり。 丹田で常に錬られている気のめぐりにより生成される魔力は、ホーリーメイガスの泉とはまた別の神秘体系に属する。 「でも、あのときに比べたら」 鳴未がそう呟く。 「ああ、あのときに比べたら……っ! 暑くもないし、ガスマスクもいらないし、重くもないし!」 同じ幻覚でも、組み立てロボットは出てこないし。 晃の握り締められた拳を見て、鳴未は思う。 あ、ここにも訓練されたリベリスタが。 「あれー、俺様ちゃん、お一人様なの? 何で? 殺人鬼ならぬ殺神鬼にレベルアップを目論んでるから? ひどい。陽気でお茶目キャラなのに!」 運命の女神は、今日は葬識ではない者にご執心らしい。 或いは、葬識をえこひいきするあまり、その歩みに手を加えているのかもしれない。 今回に限っては、先につけばつくほど危険であることは間違いない。 遅れれば遅れるほどジリ貧になるのも事実だが。 葬識の殺人鬼としての勘は、全然獲物に近づいていないと言っている。 「もー。会えない時間が愛を育てちゃうよっ☆ そう考えると、粋だよね」 そうとも、愛を燃え上がらせるのもダンダリオンの能力だ。 「もう、愛しすぎて殺しちゃうぞ☆」 ● 「福松! アンナが襲われてる!」 アンナは、戦うつもりは無いらしい。まったく応戦しようとしていない。 たくさんの頭と右手に書物。背中にこうもりの羽根。 資料の中に参考図として書かれていた銅版画の姿そのままにダンダリオンがアンナにぞっとするほど巨大な光球をぶつけようとしている。 幻かもしれないと冷静な脳の一部が考えた。 ダンダリオンは偽者だとしても、あの今にも爆発しそうな光の弾が本物だったら? 何もしないで仲間が殺されるのを黙って見ていた間抜けに成り果てる。 「させるかあっ!!」 虎美の放った弾丸は最も腹が立つ顔の眉間をうがち、福松の黄金の44マグナム弾がばかんと景気よく頭の二つ三つをスイカのように粉々にする。 光球が福松と虎美に向けてぶちかまされた。 「やらせるか! ご都合主義レベルの癒やしの真髄を見なさい!」 アンナは、機械仕掛けの神の奇跡を場に降臨させる。 気がつくと、アンナは、ぽつんと雲の狭間で座り込んでいた。 ● 天守台。魔神が書物のページを繰っている。 「いいねえ、美しいねえ、助け合いの精神」 「幻だと自覚した上、それでも恐怖心が勝る」 「よーは、びびってるうちはずっと雲相手に独り相撲し続けることになーる!」 「こんな迷宮をこしらえたのは誰だい?」 「ダンダリオンです」 「俺か」 「私だ」 「詳しくはこの書物の18章43節に書いてある」 「暇なんだ」 「暇なもんか、あちらの召喚、こちらの召還、のべつまくなし、奇跡をよこせだの、召喚しろだの、縁結べだのなんだのかんだの。応えなきゃならなくって、不眠不休だっつーの」 「称えよ!」 「偉い、俺、ちょー偉い」 ダンダリオンは書物を読む。 離れ離れになりながらも仲間を思いながら前進する勇者達の物語。 ● 「今の――、本物だったよな」 金髪でこねーちゃんなどという単語が福松の頭をよぎったりはしていない。 「本物だよ。鼻血垂れてきたもの」 虎美は、鼻の下をこする。 この治されすぎな感じは間違いない。 一体、アンナには自分たちがどういう風に見えていたんだか。 「幻だろうと分かってるんだけどさ」 「引き金引かずにいられねえってのは、意志の何とかって奴か?」 「疲れたかい」 「平気」 実際は親子ほども年が離れている小鳥と涼子の間での言葉のやり取りは多くない。 「この道であっているかな」 「サイコロより仲間を信じることにしたから」 稀代の博徒としての資質は活性化させてきていた。 言葉が足りない涼子の愛想のない様子に、それでも積み重ねてきた戦闘経験が見え隠れする。 「あたし一人じゃ殴れても、倒せない」 だから、一緒に行く。 「ところで、お前さん――」 小鳥が涼子を振り返る。 潤んだ瞳と抱えきれない憤りを抱いた少女は、どこにもいなかった。 小鳥は前を向く。 皆、それぞれ進んでいるはずだ。 だから、程なく見つけた木の引き戸を小鳥はためらわずに開けた。 そこはさほど広くは無い板の間だった。 和綴じの本がうずたかく積まれているのを、小鳥が来たのを察した小悪魔達が本を抱いて、大柄な悪魔の指示でどこへなりと片付けていく。 大柄な悪魔と目が合った。小鳥など片手でひねり潰せそうだった。それでも、そのまま空間の狭間に消えていく。 後には、大公爵ダンダリオンだけが残った。 「今日のところは、召喚主のために大事な家臣を動かす気にはなれない」 「契約してるから、あたしは出ざるを得ないんだけど」 「あなかなしや。これも縛られたる身の定めかな……」 「思ったより早かった」 「計算間違えちゃったかなぁ?」 「だって、卵は緑色だったんですもの」 「なるほど、面白いな。キース君はそう言うのがお好きそうだ」 「少しは楽しませてもらえるといいのだけれど!」 「えっと、切りのいいところまで読みたいので……ちょっと待っていていただけますか……?」 「今、孤独に打ち震えている魂が」 「精々準備をするがいい。私は優しいんだぞ!」 「でも、読み終わったら、どっかんいくよ!」 小鳥はどこを見て返事をしたらいいのかわからなかった。 手のひらに乗りそうな小さな首が円環となり、幾重にも重なり合って球状になっている。 ああ、こんなおもちゃを見たことがある。地球ゴマだ。 しゃべっている首だけがぶくっと普通の人間の大きさにまでふくらむのだ。 その球状の首のつながりを頭部とするならば、その下部から突き出ている無数の細長い金属に見えるものが手だというのだろうか。 小鳥は、人知を超える高位世界の存在の有り様を、つたない感覚によって表現せざるを得なかった、中世の凡人の苦悩を考える。 無数の首とこうもりの羽根。右手に書物を持っている。 「ダンダリオンを見た者」には、そう表現するのが、『精一杯』 だったのだ。 小鳥は、小刀「白兎」と盾代わりの金属鏡「赤鳥」を構える。 「鏡の盾か。なるほど、石にするのも面白そうだな」 「お前は、会わなかった。運がよかった」 「いや、悪かったのかな?」 「孤立したまま進軍するとは愚行の極み」 「いやいや、彼に選択肢は無かった」 「自分が最初だなんて思わなかったんだから」 「みんなもっと要領よかったら、こんな目に遭わなくてすんだのにねぇ」 「不運」 数限りない口が、それぞれ勝手なことをしゃべる。 「言いたいことはそれだけかい」 小鳥は、歯をむき出して笑った。 「さぁ、休憩は終いだ。仕事だぞ」 ダンダリオンの首は、器用にそれぞれ角度をひねって顔を見合わせる。 わきわきと金属の枝が音を立てて動き出す。 「まだ途中だが、続きが出てくるまでしばらくお前と遊ぼう。面白いぞ。仲間を信じたり、疑ったり。うろうろ迷子になって、偽りの戦いの中から逃げられなくなっている様がな」 開かれたままの書物のページ。 挿絵の中で戦っているのは、見覚えのある顔ばかりだった ● 「ちっくしょう!」 引き金に指がかかったままの福松が目の前に現れて、鳴未と晃は反射的にホールドアップする。 「ダンダリオンか、禍原!」 「大丈夫ッスか、怪我は!?」 キングオブイリーガルの威光は、鳴未に敬語を使わせるのに十分だった。 「怪我は……ねえ。あれは、本物じゃなかった。だが、まだ、虎美が戦ってる……」 共に戦い続けることも出来ず、救い出すこともかなわない。 完全に分断することなく、仲間の姿が見える分、猜疑心や無力感を煽り立てる。 「俺だけ、出てきた」 弱った心は、足を止める。 三人の目の前が一瞬暗くなった。 「禍原、門倉っ」 晃の目の前から消えていく二人。 揺らぐ心が、結束を分断していく。 あるいは、自分が置いてきぼりにされたのだろうか。 雲が光る。美しいのに、まがまがしい点滅。 弱りそうな心に発破をかける。 自分は今一人だけれど、ここで心を折られる訳には行かない。 呼吸を整え、再び細胞の一つ一つに聖戦に赴いているのだと知らしめる。 頭の中のもやもやが洗い流された気分になった。 「あれ、この迷路、一人一人にされる訳ではなかったんだね」 急に目の前に現れた義衛郎に、晃はわあっと声を上げる。 よかった。今、一人にされたら、心が折れてしまうところだった。 「須賀さん、今までどこに――」 「いきなり幻影に襲われて。ずっと一人旅だよ。みんなも一人で移動しているものだと思っていたんだけど、そうじゃなかったのかな?」 「皆、あったり、別れたりの繰り返しです。戦ってる人もいるみたいで――」 「――急ごうか」 止まっている時間が惜しい。 二人は、どちらからともなく走り出した。 「いた」 そう言って近づいてきた涼子が、手の届くところで消えた。 「あ」 「よかった。はぐれたと思った」 魅零が近づいてくるのに、感じるままに歩を進めていたアンナは先ほどまでの緊張から解き放たれているのに気がついた。 自分はおかしくなったのだろうか。人数が三人までの回復は天使の息で対応しようと思っていたのに、気がついたら一番魔力を食う回復請願を二度も詠唱していた。 「――岩境さんは?」 「ちょっと前まで一緒だったんだけどねぇ」 精神攻撃も呪いも今のアンナには無効だ。AFも正常に作動している。ように見える。 「アンナさん、大丈夫? 震えてるけど」 そういう魅零の語尾も震えている。 「震えもするわよ」 幻覚であのプレッシャーだ。本物の魔神の前に出たら、まともに動けなくなるかもしれない。 「――でも、大丈夫!」 アンナは言い切った。ホーリーメイガスのみで最前線に身をさらすこともあるガチさはアークでも有数だ。 「そうだよね。きっと抜けられる!」 アンナと魅零。 覚醒しないで同じクラスだったら、あまり口も利かないままに一年終わってしまいそうな二人が、互いがいるということを進む意志の助けにして前進する。 「全てが手探りになるね」 魅零の言葉にアンナが頷く。 「『次』に備えて、幻覚や攻撃の手管については非戦活用して良く見ておく」 ぱっと魅零の顔が輝いた。 同じことを考えていたのが素直に嬉しかった。 「だよね。敵のひとつひとつの詳細を頭に叩き込んで次に繋げるの」 「多少正気削ることになるかもだけど、何、私は頑固だ。なんとかなるでしょう」 わきあがる恐怖は押し込めて、不敵な笑みが少女たちの唇の上に乗る。 「だからこそ楽しい。今日の戦闘だって負ける気は無いよ!!」 「よし。開けるわよ!」 そして、戦場に身を投じていった。 「俺様ちゃん、さびしかったぁ。結城、妹の方、会えて嬉しいよ☆」 陽気な殺人鬼のどこにこの世の全ての呪いが内包されているのだろう。 否。誰も直視しては生きていられない自己の暗黒面を支配してこそのテリトリーオブダークロードの称号。 自らに化す痛みを依り代にして、魔神さえも石に変える、今の所最後から三番目の技だ。 「熾喜多、そいつは偽者だよ! 消耗は抑えて!」 虎美もそう叫ぶのが精一杯だ。 「余力を残したいから、そのつもりだったんだけど、攻撃しちゃったなぁ。うわぁ、もったいない」 熾喜多もか。と、虎美はぎりと歯を食いしばる。 自制を消し飛ばす勢いで、照準は極限まで精密に。体のぶれは生物のぎりぎりまで抑制され、それに必要な魔力は体の底から汲み出されていく。 おそらく、自動的に攻撃させるように仕向けてあるのだ。 観察すればするほど、本物との見分けがつかなくなる蟻地獄。 「いつまでも、こんなところでぐずぐずしてられないよね」 意志を強く保つための、恐怖さえも吹き飛ばす最高の言葉を開放する。 「お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん! 虎美はサイコーにがんばってるよっ!」 意志の力にブーストがかかる。 「あれえ? 結城、いっちゃったぁ」 葬識は、石化を跳ね除けるダンダリオンと相対する。 「このまま行くと、俺、みんなに遅れをとっちゃうことになるよね。ちょっとやだから、さよならしよう☆」 再び自傷して技を繰り出す自分の意志を奮い立たせる。 「ぶっ殺すのは、本物のダンダリオンちゃんがいいんだってば!」 ● 「やあやあやあ」 二人の少女を出迎えたダンダリオンは陽気だった。 「仲間が来る前に倒しちゃうのは品が無いかなと思って、ちょっとかわいがってみたよ」 空間にはべたべたと貼られた陰陽符が浮遊している。 符に書かれた極縛の文字。 「思ったより、楽しめそうだ」 げはひゃげはひゃとつばを飛ばして笑う無数の老若男女の首。 「さあ、かかっておいで。来ないと、残念ながら召喚主の言うように君らの尻を叩いてやらねばならなくなる」 「叩き甲斐のあるいい尻」 「セクハラ」 「わざとです」 ゲラゲラゲラ。と、首が次々膨れて笑う、いびつな風船。 「貴方たちに主人格はいないの? いてもいなくても、その顔面ちょっとねぇ、あんたねぇ」 他の仲間が到着する時間を少しでも稼ぐため、魅零は軽口を吹っかける。 「私は、終始一貫して」 「ダンダリオン」 「ダンダリアンでも可」 「ダルタニアンは不可」 「バタリオンは問題外」 「ちょっと位口調が変わったって」 「声が変わったって」 「言うことに矛盾が生じたって」 「変わりなく、たった一人のダンダリオン」 「そもそも一人ってなに?」 「gj:Et、終えrp地mc、@pcd。x:;sd・あ、ふぉうぇrpり7」 「顔面が多いのは、アイデンティティだからぁ」 「ちょっといわれても困惑の意」 「気にすんな☆」 ゲラゲラゲラ。 ダンダリオンの一人芝居の好きに、アンナは魔力の泉を想起させ、魅零は体に紋章を浮かび上がらせる。 魔神の気まぐれも今は値千金だ。 「この首は、今まで関わった召喚主。気に入った顔を頂戴するのも契約の一つ」 「いつかはキースの首もゲットだよ☆」 キャハァ!と笑う、幼女の首。 「だから、誠心誠意ご奉仕します。ご主人様」 無詠唱。 三人を巻き込んで、黒い鎖が天守台を吹き荒れた。 ● 独りきりになっても、涼子は足を止めなかった。 時々会える仲間の誰も諦めていなかったから。 「こいつ、ほんっとに、気にくわない」 目の前に現れた引き戸。 開け放って中に飛び込む。 最初に目を配る。 涼子が守るべきはアンナと鳴未。 黒い鎖を浴びて、どす黒く肌を変色させたアンナの前に小鳥が昏倒している。 だから、代わりに涼子が立つ。 「晃がまだ来てないから、わたしがかばう」 いきなり飛び込んできた一瞬虚をつかれたアンナは、にっと唇の端をあげた。 「頼りにしてるわよ」 その様子に、ダンダリオンの紳士然とした頭が大いに頷く。 「美しい友情ですな。いつぞやの娘子軍を思い出しますな。あの時は――そうそう。我が配下に陵辱されるのを潔しとせず、みんなまとめて自決しましたっけ」 「悲しいこと。実に」 「今度の娘っこどもは、ちゃぁんと分け前としてくれてやるぞ、野郎共!」 「福利厚生は大事です」 下卑た叫びをあげる豚のような男の顔の隣で、官吏じみた女の顔が言う。 無詠唱で降り注いでくる無数の流星弾。 「守ってもらっている分――」 全員が、完全防御でこの場をしのぐ。 「鼻血吹くほど癒やしてあげる!」 今度こそ、確信を持って放たれる機械仕掛けの神の癒やし。 「アンナは、わしがかばう! やってしまえ!」 体力を取り戻した小鳥が、涼子を促す。 適材適所。守ってばかりでは、魔神はキースとの契約どおり一般人に手を出しかねない。 「やっと――」 涼子は、銃のグリップを握りなおした。 「これで、やっとこいつが殴れる」 何の説明も要らない。 まっすぐ言って、ぶっ飛ばす。 それが、涼子の戦い方だった。 とりあえず、目に付いた一番むかつく顔を殴った。 (神秘攻撃を好むなら、普通物理には弱いはずだ) 魅零は、臆病なのだ。だから、考える。 体の中に痛みが走る。それを触媒にして、皮膚の底から絶望の闇を引きずり出す。 魅零のぞっとするほど白く細くたおやかな腕からあふれ出た、雲の迷宮の中で溜めに溜められた、尽きせぬ悪意で出来た闇が、巨大なダンダリオンをなぎ払う。 首の中の幾つかが闇に飲まれて消えた。 「あぁあ、気に入っていたのもあったのに――」 大公爵は嘆く。 「今日のわたしは、なんて運が悪いんだろう」 おそらくは、口先だけ。 ● 「ここで残念なお知らせです」 まったく印象の無い男の首から、国営放送のアナウンサー張りに事務的な口調。 「最初の人が来てから結構立ってますが、皆さんのうちの半分もそろっていません」 「気合たんないんじゃないの?」 高慢な表情を浮かべる女の首が底意地の悪そうな笑みを浮かべる。 「テコ入れのお時間です」 リベリスタに介入する余地などなかった。 迷宮内に入って初めて、人の悲鳴が響いた。 今までの不自然な無音状態から一転。 あちこちから、悲鳴と苦鳴が聞こえてくる。 「ひいいいいいいい、ひいいいいいい、ひいいいいいいっ!」 「アタマガァ! ミナイデエ! ノゾカナイデエ!」 そして、漂ってくる異臭。 吐瀉物、排泄物、そして嗅ぎ慣れてしまった血の臭い。 魔神が痺れを切らせているのだ。リベリスタがちんたらしているから。 一般人は見ないことにする。虎美はそう決めていた。 仲間とは、誰とも会わない。もうみんなダンダリオンのところについているのか、まだ迷宮内部にいるのか。 「お兄ちゃんダンダリオンはちゃんとわたしが止めるよほめてくれるよねいいこいいこって頭をなでてくれるよね――」 脳内兄によって支えられる虎美の意志。一度迷い込んでしまった精神の迷宮は堅牢だ。 ぎりぎりの精神攻防。まだ、扉は見つからない。 転がり込んできたのは、晃と義衛郎。 耳の中に、「どうして!?」 という叫び声がこびりついている。 これは、猛烈に凶悪なフィクサードに召喚された魔神の仕業で――。 そんなことは一般人には関係の無いことだ。 天災に近い、めぐり合わせの問題だ。 今日、このとき、ここに来なければこんなことにはならなかったのに。 アンナのそばに小鳥がついているのを確認すると、改めて聖戦に向かう戦士の為の加護を請願する。 (彼女が倒れたら、おそらく勝てない) 聞け、もののふよ。我等が臨むは、聖戦ぞ。天は我らに味方せり。胆を据えよ。 禍が事は去り、神衣もたらされん。 晃の仕事は、要を守り、凶事を払い、加護をもたらし、仲間の攻撃をたすく。 まことクロスイージスの本髄だった。 ならば、義衛郎の仕事はソードミラージュの真髄である。 (思考を読まれたところで――) 引き抜かれる三刀のうちの二刀。 空気の妖精は、魔神の上で抜刀する。 (オレは前に出て、刀を振るしか能が無いから。お生憎様) 「チョーゼツキイターッ」 断ち割られたモヒカン頭が、当たると触る他の首に噛み付く。 「掃討開始」 無表情な白皙の少年の首が宣言する。 光の柱が天井から降り注ぐ。 星屑崩し。百億の光が降ってくる。 ● 「なんだよ、こりゃっ!?」 七番目に飛び込んできた福松は、真っ黒に焼け焦げた板の間に声を上げる。 板の間の下は虚空だ。世界の端がめくれている。 「いや、魔神がでたらめで」 小鳥は、ふくくと笑い声を上げる。 「こっちもアンナ嬢ちゃんがでたらめなんで、何とか生き残ってるなぁ」 そのアンナは、肩で息をしている。 もう一人の回復役、鳴未はまだ来ていない。 でたらめな回復は、魔力の消耗もしゃれにならない。 賦活された魔力の泉も焼け石に水のレベルだ。 残った魔力から、更なる魔力の練成を試みたいが、魔神の一撃で全員の体力が半分以上ごっそりと削られる。 癒やしを滞らせようものなら、一瞬に全員の恩寵が消し飛び、タイミングを間違えたら、全員ふもとに蹴り出されるだろう。 迷宮の中で撃たされた二回分が痛い。 デウス・エクス・マキナを連続で打てるのはあと二回。 天使の息に切り替えればもう少しもつだろうが、その間に誰かが飛ぶ。 「俺は八岐大蛇で行く。巻き込んじまうから、曳馬野、あんた、あいつ殴るの俺の後にしてくれ」 福松は首のマフラー「アウトロウ・アピアランス」を外して、布槍代わりにする。 「分かった。タイミングは合わせる」 涼子は頷いた。 「アンタをおとりにして、あいつがよけられないとこから殴る」 真顔でそんなことを言う涼子に、福松はそりゃいい。と言って駆け出した。 「おんなじこと考えてんな、曳馬野ぉ!」 純白の絹は、無法の美学の象徴。 噴出す黒い闘気は、乙女を食い荒らす蛇の鎌首。 ダンダリオンの首の中でも乙女の首から引き裂いていく、まさしく極道。 「喰らえ、大蛇の牙を以って!」 荒れ狂う大蛇の饗宴に翻弄される魔神の首が減ったところから、するすると涼子が上がっていく。 殴れる。涼子の銃のゆがんだグリップは、まだ健在だ。 闘気なんて分かりやすい何かに変換できないもやもやを乗せて、傷ついた首を円環の内にめり込ませる勢いで拳をたたきつけた。一度では足りずに、二度。 「なかなか楽しいことをしてくれるねぇ?」 「ど~ク~。毒が回る。ひ~」 「これはなかなか得がたい経験です。おお、体の一部が腐れていくのが分かる……」 ダンダリオンはリベリスタの負わされた傷も凶事も治そうとはしなかった。 じゃれ付く小動物から負わされた傷を自ら治すのは、大公爵のすることではない。 「がんばっている諸君に、情報のプレゼントだ」 鉄の刺が旋回し、板の間に嵐を起こす。 「わたしは知識を愛しているが故に神秘攻撃を好むが、物理が苦手という訳ではないのだよ」 剣士の技。強靭な鉄の力に神秘の力が乗り、涼子と福松が巻き込まれる。 無数の首の嘲笑。 どこまで続くか分からないほど高い天井の上まで巻き上げられ、顔から板の間に叩きつけられる。 広がっていく赤いぬるみの大きさがダメージの大きさを物語る。 「――倒れてられない」 涼子は、乱暴に口元の血をぬぐった。 恩寵を必要としない、自力での復活だ。 物語は、彼女の退場を許さない。 「――なあ、あんた知識を授けるんだってな。教えてくれ、あんたはどうやったら帰ってくれるんだ?」 恩寵を対価にした福松が、マフラーを直しながら立ち上がる。 「キースが遊び疲れたら」 「縛られた魔神に自由などはありません……」 「j腕ctのcj@p、亜w:jg@お衛tvへいお」 「全ては召喚主の思し召し」 「つまりは、お前らのがんばり次第だ」 ● 「お待たせ!」 鳴未が天守台に転がり込んでくる。小鳥が鳴未につき、晃がアンナの守りにつく。 ダンダリオンは、狡猾にアンナを削りに来ている。それをかばっている晃が最も傷ついていた。 もしも小鳥からバトンタッチでなければ、彼はこの時点で脱落していただろう。 「――しゃあっ!」 ガッツポーズを決めたのは、他でもないアンナだった。 これで、レッドゾーンの仲間が落ちる可能性は減る。 単体のみとはいえ、鳴未の回復量はダンダリオンの攻撃を一度しのぐには十分だ。 一度しのげれば、アンナの回復まで持つ可能性は膨れ上がる。 「任せた!」 アンナは、残り少ない魔力を掻きたて、膨れ上がらせる。 「任された!」 ホーリーメイガスになるとうまくなることが一つある。 誰が一番危ないか、瞬時にわかるようになるのだ。悲しいことに。 これで、リベリスタは八人。まだ葬識と虎美の二人が現れていない。 二人とも、入り口以降、迷宮で意志力の底上げが可能な晃とまみえることはなかった。 凶事に抵抗する力の差がそのまま到着順に現れていた。 「先に送り出してあげればよかったのにぃ」 「一人で入るのが怖かったの、リベリスタ?」 「赤信号、みんなで渡れば怖くない~」 その間にダンダリアンは、リベリスタを蹂躙する。 範囲攻撃を経過し、近づき過ぎないようにしていたリベリスタは、とっさに誰かをかばうということも出来ない。 継続戦闘時間に差があるため、長く戦場にいたものほど倒れやすい。 恩寵を磨り潰しながら長らく癒し手を支えていた小鳥が倒れ、天守台から姿を消した。 それまでダンダリアンにまとわりつくようにして戦っていた涼子が下がり、鳴未を守る。 捨て身の分、受けた傷が大きくなりやすいその傷は、けっして浅くない。 「ぎりぎりまで守るから」 鳴未に言い置いて、涼子は前を向く。 最後の一人になるまで。 リベリスタ達は、ダンダリオンの情報を一つでも余分に持ち帰ることを念頭に置いていた。 そのためには、より長く戦うことも必要だ。 覚悟の上の戦闘だった。 「折角かけた闇纏がぶっ飛んじゃったって事は、俺様ちゃん、ひょっとして大遅刻!? ごめんね☆」 葬識が引き戸を蹴破る勢いで飛び込んでくる。 「会いたかったよ、本物ちゃん! やっぱり偽者ちゃんとはスケール感が違うね!」 まがまがしい気を纏った巨大な鋏をふりかざし、葬識は行きがけの駄賃とばかりに魔神の首の円環を切り離しにかかる。 「俺様ちゃん、元気だからね! がっつり暴れるよ、がっつり!」 一人減り、一人増える。 「遅くなって、ほんとにごめん」 最後の一人、虎美が現れた。小鳥が天守台に入ってから10ターン余。 その間に、鳴未を守っていた涼子が恩寵と地力で幾度か踏みとどまりつつも倒れた。 「重役出勤だ」 「迷宮、難しかった?」 「所詮世の中は賽の目次第」 「お兄ちゃんとラーブラーブ」 ぐひゃぐひゃとダンダリオンの笑い声。 「みんなに分かったことを伝えるよ」 虎美がさまよった雲の迷宮は地獄と化していた。 決して交わることの無い隔離空間。 雲の中でどんどん人が孤独と恐怖と疑心暗鬼の中で死んでいった。 虎美には何も出来なかった。普通の人の怨嗟の声を見聞きするしか出来なかった。 とどろく銃声にかき消されない大音声。 「こいつは、本当に、最低だ!」 できるだけ多くの頭をぶち抜く軌道。吹き飛ばされていくダンダリオンの顔。 「ビンゴー」 「串刺しにされた」 「美しい首もあったのに」 「悲しい」 「おかしい」 「だって、お前らがちんたらしてるのがいけないんだよー!?」 「迷い子になったのはおまえではないか。それは八つ当たりというものだよ。自分の能力不足を呪うがいい」 軍人然とした首を魅零が切り飛ばした。 「いい加減にしてよね、このお喋り!! コロコロコロコロと、次から次へと変わられたら私の人見知りが一回一回発動するでしょうが!!」 技を使うたびに広がる傷口がふさがりきることは無い。 それでも魅零は、大業物を振るい続けた。 「静かな読書の時間を邪魔して悪かったな。文句はキースにでも言ってくれ」 福松は、不敵な笑みを浮かべて天守台から消えていった。 ダンダリオンの首が減る。 最初から比べれば、その数は三分の二。 だが、しかし。 「魔力がもたないっ」 アンナがうめく。 魔力は無尽蔵に湧いてくるものではない。 体内の魔力を想起させ、残存魔力を共鳴させて増幅するにはそれ相応の詠唱が必要だ。 そして、詠唱している暇に、全員落ちる。 鳴未の回復は単体のみ。強力ではあるが、広範囲に影響を及ぼす強烈な攻撃を連発してくるダンダリオン相手では効率が悪い。 早い時期から攻撃に回り、攻撃の代償を払い続けていた魅零とアンナを守っていた晃も天守台から消えた。 「最後まで抗戦は続ける。少しでも手の内見せて貰うぜ」 鳴未ははじめから覚悟を決めている。 「任務に失敗すると胃が痛いんでね」 義衛郎は、アウトレンジから空を飛び、ダンダリオンに剣をつきたて続けた 「俺様ちゃん、まだ殺し足りないし☆」 葬識にはまだ余力がある。 「遅れてきた分は帳尻合わせるよ」 虎美の二挺拳銃はまだ温まりきっていない。 「――回復、質より量に切り替えるから、できるだけ避けるのよ!」 アンナも覚悟を決めた。 何もかもすっかすかになるほど魔力を搾り出す。 余分なカロリーが魔力になればいいのに。と、ちらと思った。 ● 「さあ、最後に残ったのはお前だよ」 仲間は、アンナを守ることを何よりも優先していた。 だから、最後に残ったのはアンナだった。 アンナに出来ることといったら、手の中の十二面体でダンダリアンをどつくくらいしかない。 そして、それは悲しいほど当たらないだろう。 「お前たち、面白いから、殺さないでおこう」 「陵辱もしない」 「死んだらこの世界での私の顔の一つになれる栄誉を授けよう」 「私の顔の一つになれるのだ、嬉しかろう!」 「え、ちょ、もー、お礼とかいーから! あたしが楽しいだけだから!」 「時代に即した顔が必要だ!」 「在庫はいくらあってもいいものですよね……」 ふざけんじゃない。と、文句を言う暇もあらばこそ。 眼前に突き出された鉄の刺の束が瞬時にほどけて、アンナの体に巻きついて絞り上げた。 瀕死に至る締め付け。 「お前が仲間を生かし続けてくれたおかげで、折角集めた首がずいぶん減ってしまったよ」 「だから、これはお礼なの」 「なくなった首の数だけ」 「体に穴を開けてあげるね!」 笑う首、焦げた首、こそげた首。下顎だけの首。鼻から半分だけの首。 精神無効と呪い無効を備えていてよかったと、痛みの中でアンナは思った。 なかったら、どこかおかしくなってしまったかもしれない。 「おとなしく蹂躙されたりしないわよ」 貴重な恩寵を磨り潰して、アンナは布告する。 「もちろん。召喚主もそれを望んでいる」 「そして、それをわたしも望む」 ● リベリスタは、満身創痍の状況でふもとに次々に積み重なるようにして投げ出された。 竹田城は、未だ雲の迷宮に包まれたままだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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