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<九月十日>バイキング・ブルーの嵐


「何で、俺達がこんな異界(汚い所)へ呼び出されないと駄目なんだ? なあ、ウェパル」
「そうね、フォカロル。私もこんな……汚泥まみれの海、見たくないわ」
 朝靄の中、天下の台所を流れる運河の色がヘドロ・グリーンに彩られている。
 一度その運河の水を飲めば、3日は下痢と嘔吐で悩まされるという。それ程に醜悪。
「うぇ……、流石に此処は気持ち悪すぎるぜ」
「ええ。そうね」
「はぁ、ったく、ウゼぇよな。こんな時に呼び出さなくても良いだろ。もうすぐで、ウェパルの艶めかしい身体を堪能出来たのによ」
「……」
 ウェパルは魔神の中では珍しく女性の形を取る場合が多い。それは、人間にわかりやすい形で現界するだけであって、彼等に性別を問うのは愚行であるのだが。
 今、目の前に居る彼女は美しい人魚の姿を象っていた。
「それに、何だその輪っか」
 マーメイド・ブルーのオウレオールが車輪の様にウェパルの身体の周りをぐるりと回っている。
 物憂げにその光の輪を触れてみても、神の愛たるソロネの光冠は壊れもしない。
 内側からは決して開かぬその輪は堕天使故の烙印か。
「さあ、何でしょうね。あの、キースとかいう男の趣味かしら。これも、『遊び』の一環なのかもしれないわよ」
「遊びねぇ……俺は早く帰って、お前と遊びたいよ」
 ケラケラと笑うグリフォンの翼を持った悪魔は、バサバサと羽根を煽る。
 溺れさせる事に特化したフォカロルは己自身が溺れることはない。
 ウェパルの事も何方もが承諾した悪魔の遊び。そこに執着は無いのだ。
「けれど、こんなにも海を汚した下等なる人間を許す訳にはいかないわ」
「……お前は真面目だなぁ」
「あら、貴方こそ。召喚者の願いに忠実なのは真面目だからでしょう?」
 己の翼をはためかせ、フォカロルの顔に乗る表情は『笑み』
「そうさ。そこに関しては真面目だな。しかし、此処は少し場所が悪い。使役したくもない海の水だからな」
 グリーシァン・ローズの朝日がヘドロ・グリーンの運河を満たし、街が動き出す。
 フォカロルのオールド・ブルーの瞳は西の方角を向いた。
「俺はあっちで遊んでくるぜ。少しはマシな水があるだろ。ウェパルはどうする?」
「私は……少し海底で浄化をしてみるわ。あまりにも酷い! 『遊び』疲れたら呼んでちょうだい」
 美しい人魚の顔が怒りの形相をしている。
 自身の軍団を引き連れて海底へと沈み込んで行くウェパル。
 その彼女を見送ってグリフォンの翼を持つ悪魔は天使だった頃のように大きく朝焼けの空へと飛び立った。

「ああ、この辺でいいだろ」
 フォカロルは召喚者の願いに忠実である。
 すなわちそれは、キース・ソロモンという男が願う『遊び』に忠実ということである。
 ―――『無駄な殺しをするな』
 召喚者の言葉を思い返す。
 ああ、けれど。遊びを演出するのに無駄も何も無いではないか。
 表層の繕いなど不要。遊ぶ為にわざわざ人目の付く城や古戦場を選ぶ訳など。
 なぜならば、その男は『アークとの本気の遊び』を所望しているからだ。
「始めから、本気の遊びが出来るように舞台を作ってやればいいんだよな」
 直接手を下して殺しはしない。
 配下の軍勢に船を持たせ、マストに瀕死の人間をくくりつけよう。
「女と子供が良いな。そっちの方が好い。……アークが来るのが早いか、こいつらが死ぬのが早いか」
 ケラケラと笑って。グリフォンの翼で渦潮畝るバイキング・ブルーの海上に飛翔した。

「さあ、存分に遊ぼうぜ。アークのリベリスタ共よ」


 バサリと布団から飛び起きた『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)は、とうとうこの日がやってきた事を知る。
 親衛隊との激戦を終え、ほんのひと時漣のアオに身を委ねた心地よいアルバムを閉じたばかり。
 カレンダーの日付は―――9月10日。
 『魔神王』キース・ソロモンの予告していたその日であった。
 彼女が夢で視た魔神の姿、詳細をすぐにでも本部に知らせなければならない。
 感知したのはなぎさばかりでは無いだろう。
 絡まる足を叱咤して、アークの司令室へと全速力で駆けて行く夢見。

「はい。……場所は瀬戸内海の海域の様です」
 しんと静まったブリーフィングルームにフォーチュナの声が響く。
 本州から瀬戸内海の島々を通り四国へと繋がるしまなみ海道。
 緩急のある潮の流れが災いして、近年まで大きな橋を架けることが出来なかった地域。
 かつて、村上水軍がその名を欲しいまま武力の限りを尽くした場所である。
 其処をフォカロル率いる軍団が占領しているのだ。
 魔神は10人の軍団を率いて、それぞれ、船を操り瀕死の渦潮船の観光客をマストに縛り付けている。
 他の一般人はキースの意志により、戦場より排除されていた。
「遊び疲れるまでにフォカロルの撃退を完了させて下さい。この作戦には素早い行動が求められます」
 資料を繰りながら、海域に陣取った魔神のデータを確認していくリベリスタとフォーチュナ。
「疲れた魔神は、海底に居るウェパルを呼びつけます。なので、一柱しか居ない今が一番の好機です。もし、二柱が揃ったら即時撤退をお願いします」
 リベリスタは続く言葉を待った。ブリーフィングルームに流れる微風が少しずつ強くなった気がしたのは気のせいだろうか。
「待て、観光客はどうするんだ?」
「……」
 海色の瞳を灰色の床に落とすフォーチュナ。その言葉を絞りだすには彼女はまだ未熟であった。
 けれど、リベリスタに正確な情報を伝えなければ被害はもっと増えるだろう。
 なぎさは震える声で言葉を紡ぐ。
「……敵の力は、強大過ぎます。全力で撃退に当たらなければ、リベリスタが命を落とします」
 アークの貴重な戦力であるリベリスタと観光客を比べる事なんて出来ない。
 世界を救う為に、小さな犠牲は付き物である。
 その様な大義名分を並べられても、命を見捨てろという判断を伝えるのは身を切り裂く想いなのだ。
 自分がその判断で助かった立場だからこそ。
 家族がその判断で助からなかった立場だからこそ。
「魔神の撃退を、お願いします……っ」
 今、やるべき事を成す。それが、報いだと思うから。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:もみじ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年09月27日(金)22:31
 もみじです。
 バイキング・ブルーの水域の魔神とのバトルです。
 激しい戦いになるでしょう。お気をつけ下さい。

●成功条件
 魔神フォカロルの撃退
 10人の観光客の生死は成功条件に含まれません。

●ロケーション
 瀬戸内海のしまなみ海道が通じる島々の水域。
 かつて、村上水軍が暴れていた地域です。
 10人の観光客以外の一般人は、キースの意志により戦場に介入できません。
 一隻の無人フェリー船(全長166m)の上にフォカロルは浮遊しています。
 その周りを10隻のヨットが漂っています。マストには瀕死の観光客が1人ずつ縛り付けてあります。

 戦場であるフェリーにはアークが用意したクルーザーで向かいます。
 必要であれば5隻までなら用意出来るでしょう。自分たちで用意しても構いません。

●敵
○魔神フォカロル
 水域の侯爵。海と風を支配し、海域全体の天候を操ります。
 グリフォンの翼を持ち、常に浮遊状態にあります。
 召喚者キース・ソロモンの「アークとの本気の遊び」を忠実に守ろうとします。
 其のための演出ならば、犠牲者を出すことも厭いません。
 一瞬の間に海を操り、ヨットやクルーザー、フェリー等を転覆させることが可能です。
・ライトウィンドル:神遠範、雷陣、虚脱、ダメージ中
・シーバースト:物遠域、獄炎、致命、ダメージ大
・バイキング・ハンマー:物遠単、弱点、石化、崩壊、ダメージ極大
・冷気無効
・態勢無効

○フォカロルの配下×10
 ヨットの甲板に立っており、縛られた観光客を監視・拷問しています。
 フォカロルに命じられない限り、観光客を殺すことは無いでしょう。
・優しく叩く
・言葉で嬲る

○魔神ウェパル
 20T目に軍勢20名を引き連れて戦場に出現します。
 能力は現時点で不明です。

●観光客
 子供5人、女性5人。
 大きな悲鳴を上げることもできず、すすり泣きや「助けて」と小さな声を漏らしています。
 何も処置を施さなければ10T目から1人ずつ命を落として行きます。


●Danger!
 当シナリオにはフェイト残量に拠らぬ死亡判定が発生する可能性があります。
 予めご了承の上でご参加下さい。

●重要な備考
<九月十日>の冠のつくシナリオにはイベントシナリオを含め一つしか参加出来ません。
 又、このシナリオにはレベル25以上のリベリスタしか参加出来ません。
<九月十日>の全てのシナリオの参加条件は重複参加不可能な排他となりますのでご注意下さい。

参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
覇界闘士
テテロ ミーノ(BNE000011)
ソードミラージュ
閑古鳥 比翼子(BNE000587)
スターサジタリー
マリル・フロート(BNE001309)
マグメイガス
シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)
ダークナイト
山田・珍粘(BNE002078)
ソードミラージュ
★MVP
鴉魔・終(BNE002283)
スターサジタリー
蛇目 愛美(BNE003231)
ミステラン
風宮 紫月(BNE003411)
マグメイガス
コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)
ダークナイト
グレイ・アリア・ディアルト(BNE004441)


 ぽたり。
 バイキング・ブルーの広い海に落ちた雫はすぐに消えて同化する。
 油のように異質であれば、浮き続ける事もできたであろうか。
 或いは、波に乗れる船であれば荒れ狂う荒波でさえ沈まずに居れたのだろうか。
 オールド・ブルーの瞳がフェリーの船体に当たって落ちていく飛沫を物憂げに見つめていた。
「……本気の“遊び”早くしようぜ」
 フェリーの甲板の上からヨットに縛り付けた人間を一瞥する。
 命のブラッディ・レッドが彼女達を醜く彩っていた。
 何度も見た光景。
 過去幾許もの人間が己を利用し、恨み辛みを吐き出した結果。
 憎悪と悪意に充ち満ちた復讐と殺戮の願望。血で血を洗うカーニヴァル・レッドの悲劇。
「早く、速く――疾く!」
 遊びを。召喚者が望む本気の戯びを。

「いくですよぅ!」
 『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)がパール・ホワイトの光翼を施していく。
 3チームに分かれたリベリスタはクルーザーに乗り込んだ。
 十分に距離を取って3方向からフェリーへと近づいて行く。
「ようやく来たか。4人、3人、3人っと。ははは、速い船に乗ってくるもんだな」
 魔神フォカロルはオールド・ゴールドのグリフォンの翼を広げバサリと羽ばたいた。
 リベリスタに存在を確認させるように。此処に居るのだと知らしめるように。
「いた! フェリーの甲板の上に飛んでやがる」
 『デイブレイカー』閑古鳥 比翼子(BNE000587)がターキー・レッドの瞳でフォカロルの姿を捉えた。
 魔神がアジュールブルーの空に手を翳す。たった、それだけの動作で。
 比翼子の視界の左端に写った大きな津波。
「気をつけろ!!!」
 比翼子が言葉を発したのと同時に、A班のクルーザーが波に飲まれた。
「まぁ、普通は多い所から狙うよなぁ? あっははは!」
 リベリスタ達を煽る様に沈んだ船を指さして笑うフォカロル。
「……ああ、妬ましい」
 快活に笑う其の声。人を蔑む様な其の態度。何もかもが妬ましい。
 『以心断心嫉妬心』蛇目 愛美(BNE003231)がその眼帯を海に投げ捨てる。
 沈んだ船から空に、烏の濡羽を広げながら舞い上がった。
 ソロモン72柱ね……。
 ファンタジーやオカルトでは有名どころだけれど、そんな存在と戦うことになるだなんて。
「……アークに居ると退屈しないわ」
 『境界のイミテーション』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)はヴォルカンの翼を広げ、『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)はネイビーブラックの羽根を持って羽ばたく。
「ミーノはん! しゅつどうっ!」
 『さいきょー(略)さぽーたー』テテロ ミーノ(BNE000011)のポンパドール・ピンクのツインテールが潮風にあおられる。
 純白の光翼が彼女を中空にとどめていた。
 ミーノの声に仲間の士気が上がっていく。彼女はわんだふるサポーター。
 戦闘指揮を持つアークきっての覇界闘士()だ。
 この少女が戦場に存在するだけで、仲間の能力が引き出される。
 言うなれば戦の女神。戦いの守り神だった。
 フォカロルの口の端が上がる。
「用意周到、準備万端ってか。いいねぇ、面白いよお前ら」

 クルーザーはフェリーへと誘われる。
 一般人の女性を縛り付けたヨットの目の前を通って。
「たすけて……」
 希望だと思った。真っ直ぐこちらに向かって来るから助かったと思った。
 地獄の様な痛みと怪物から開放されるのだと。
 絶望から希望が生まれた。そして、突き落とされた。
「な、んで……?」
 目の前を通りすぎて行くリベリスタ達に問いかけても返事など帰ってこない。
 なぜなら、アークはこの一般人より、その他多くの人々を優先させたから。
 たった10人の命で多くを救えるのなら、見殺しにしても構わないと判断したからだ。
「くっくっく。そりゃ、お前なんかどうでも良いからダロ。そんな価値が自分にあると思ったノカ?  なァ? バカじゃネーノ? 笑えるゼ!」
 目の前の怪物が知りたくもない現実を彼女に突きつける。
 どうして。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 友達と一緒に学生生活最後の思い出を作ろうと旅行していただけだ。
 ただ、普通の一般家庭に生まれ、普通の人生を送っていただけなのに。
 私が居なくなれば父や母、兄弟だって悲しむはずだ。
 私の人生が価値の無いものだなんて誰が言えるのだ。
 なのに。なんで。何で。
「何で……」
 助けてはくれないのか。
「死ーネ! 死ーネ! 無価値なニンゲン!」
 絶望だ。目の前には絶望しかないのだ。
「仕方ないですよね。世界を守るためですから……ふふふ」
 グラファイトの黒『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他・エカテリーナは女性のその表情を見て三日月の唇を作った。
 くすくすくす。
 ああ、人が絶望に沈む表情ってなんて素敵なんでしょう……。
 項垂れる女性とブリーフィングルームで見たフォーチュナの顔が重なる。
 今日は思いがけず良いものが見れましたね。
 罪悪感に苦しむ、なぎささんの顔は素敵でした。彼女達を見捨てるのは私達なんですから。
 気にしなくて良いのに。
 でも、彼女の浮かべる涙はもっと美味しいんでしょうね。
「見たいなぁ……」
 どんな風にいじめれば見せてくれるのでしょう。
 考えただけでも、那由他の傷だらけの皮膚が小さく震える。
 艷やかな吐息は愉悦の言葉。
 グラファイトの黒が彼女の闇を開放していった。
「私達の相手は、水域の魔神です。水の上はあちらの領域。何一つ油断せずに、事を進めていかなければ……」
 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が呟いた言葉と共にリベリスタはフェリー甲板へと駆け上がっていく。
 紫月はアメジストの瞳で回復手であるミーノに世界樹の加護を施した。
 駆け上がる最中『アッシュトゥアッシュ』グレイ・アリア・ディアルト(BNE004441)は一般人を一瞥する。
「一般人を10人か。チッ、人質をとったつもりか。下らねぇな」
 これが有効な手法だと思っているのだろうか。グレイはどこか冷めた瞳で一般人から目を逸らした。
「悪いな。……助けたい気持ちはゼロじゃあないが」
 10の命より幾千の命の方が遥かに大事だから。そこは大義名分と割りきって。
 作戦に忠実であらねばならない。
 そう、アークの命令に従わなければならない。
 召喚者の望みに忠実であるフォカロルと同じように。
「虫唾が走るが……まァ、やるべきことをやってご退場願おうか。それでは、作戦を遂行する」
 ネプチューンの瞳を上部甲板へ。
 自分が成すべきことを遂げるために。


 キィ――――ンッ。
 アイス・ティント・ブルーの冷気を纏った剣がフォカロルの鎧を弾く。
 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が瞬く間に繰り出した二刀の剣は魔神の胸部を誰よりも速く突いた。
 ニヤリと笑うフォカロルの胸は固い鎧で覆われ、終の攻撃は僅かにその表面に傷がついている。
「それが、本気か? 本当に其の程度なのか?」
「まだまだ!」
 終の攻撃はまだ止まない。刹那の二連。バイキング・ブルーの海に響く鋼嵐の嬌声。
 フォカロルの頭部へと浮上する切先は、鎧を貫きフォカロルの胸部を強かに抉る。
 薄刃の袂までをヘリオトロープの鮮血が伝い――

「がっかりだなあ」

 ――――硬い。

 彼の二連でさえ二筋の傷跡を僅かに刻んだだけだと云うのか
「攻撃ってのは、こういうもんだろ!?」
 終の頭上に振り下ろされた、海賊の鉄槌。
 北欧の神が用いそうな強大なる威力を伴った暴力が終を直撃する。
「――ぁぐッ、っ!」
 砕かれた骨がカーニヴァル・レッドの血肉に灰色の彩りを添えていた。
 終の体力は既に一握り。
 辛うじて立っているのはハッピーエンドを諦めない彼の根幹故か。
 その場で終の身体がセラドン・グレイに覆われて行く。
 無防備状態を晒した仲間とフォカロルの間に立ったのは比翼子だ。
「遊び半分に人の命を弄びやがって。不愉快だ! おまえのことはさっさと倒して忘れてやるよ」
 羽根剣をココナッツ・ブラウンの鉤爪に仕込んで魔神の懐に叩きこむ。
 弱点を突いたその攻撃は、終の体力より数段は低い威力でフォカロルの鎧を傷つけた。
「な……っ!」
 比翼子はターキー・レッドの瞳を見開く。
 相手は予想より遥かに強大だということだ。
 彼女の幻惑の武技はおろか、終の速激でさえ大した傷を付けてはいないのだから。
 けれど、まだだ。
 戦いはこれからなのだから。
「みんなっ! しょーねんばだよっ! がんばろーねっ!」
 そう、戦の女神であるミーノがリュネットをキラリと翠に光らせれば、神々が彼女に力を貸し与える。
 エルヴの優しい光に包まれる終の手足に新しい血が通って行く。紫だった唇に朱が戻った。
 マリルは甲板から見えたヨットにパステル・ピンクの視線を向ける。
 女子供を痛めつけるなんて猫より酷い事するですぅ!
 出来れば助けてあげたいですけれど、天才ねずみでも難しい事もあるですぅ。
 そして、この位置からフォカロルと散開したヨットを狙うことは不可能。
 ならば……手にした小さな銃で寸分違わぬ精度のマリン・ブルーの弾丸を魔神に打ち込んだ。
 マリルの攻撃はフォカロルの身体に傷を着けること無く、弾かれて甲板に転がった。
「!!!」
 堕天使はゆっくりとオールド・ブルーの瞳を流す。
「あ?」
 自身の強さを誇示するように、オールド・ゴールドの翼をバサバサと広げてみせる魔神。
「そういえば、貴方にはお礼を言わなければいけませんね」
 シュネーの白のドレスを身にまとい、グラファイトの黒が立ち居出る。
 小さく首を傾げながら、エメラルドの瞳で魔神を舐めまわすように、黒い箱に閉じ込めた。
「言っても分からないとは思いますけど、お陰様で、眼福でした」
「ははは! お前、ヒデェな! でも、解りやすい。人の不幸を笑う心は人間らしいぜ! あいつと違ってな!」
 フォカロルの身体に明らかな傷が付いた。
 那由他の思念がそうさせたのだろうか。
 否、続くシュスタイナの旋律も魔神の鎧に血を付けたのだ。
「なるほど……戦闘馬鹿とそのお付き。と簡単には言えないのね。多分、防御力がかなり高い」
「そうですね。おそらく物理防御が高いのでしょう。しかし、神秘攻撃には僅かに穴がある。と」
 シュスタイナの自問に答えたのは紫月。
 風宮の血を引くものとして、冷静かつ的確に情報を分析していく。
 姉程上手く出来るかは分からないが、だからこそ努力も惜しまない。どんなことも見逃さない。
 それは、同じく姉を持つシュスタイナとて同じこと。
 妹であるが故に、姉という指標・基準が先にあるからこそ自己を確立させていきたい。
 そこに囚われる事無く、自由であるために。
 そして、自由であるからこそ歩み寄れる、寄り添いあえる。
 紫月はシュスタイナにエクスィスの加護を施して行く。これで、回復手であるミーノとシュスタイナの安全度は格段に上がった。
 フォカロルの攻撃は物理的なものが多い。それを防ぐ効果のある加護を与えるのはとても効果的なのだ。
 姉にも劣らぬ状況判断とその活用性。流石は風宮の血である。
「よっぽど自分の強さに自信があるのね……妬ましいわ」
 愛美のマトリョーシュカ・レッドの義眼がフォカロルを睨め付けた。
 自己を冷静に他人と差別化して、それでも他人を許容できない心が嫉妬心。
 フォカロルが魔神なのも、色付きの翼を持っているのも、圧倒的強さなのも。
 嗚呼――全てが妬ましい。
 自分には無いと理解しているからこそ、それを求める二律背反。
 だから、それを駆逐したい。妬ましいから潰したい。
 自分より優れているものが許せない。
 愛美にとって自分以外は全てが敵なのだ。
 特異な精神性であるが故に。他人と自分を同時に傷つけずには居られない。
 他人を認める事なんてできやしない。
 自分ですら認めることができないのだから。
「まぁ良いわ……さっさと倒して急いで帰りましょう。……早くしないと、人質が居なくなっちゃうわ」
 もしかしたら、部下達がフォカロルの命令で人質を殺すかもしれないじゃない。
 愛美は魔神へと攻撃の届く範囲ギリギリに立ち、呪詛の弾丸を撃ち放つ。
 弾丸はメヌエットの軌跡を描き、フォカロルの右肩へと着弾した。
 続くコーディのブラック・デスサイズは追い打ちを掛けるように魔神の翼を突き刺す。
 オールド・ゴールドの羽根が数十枚ハラハラと甲板に落ちた。
 『本気の遊び』か……。人の命を担保にしておいて何が遊びか。
「必ずやここで討ち果たす!」
 コーディのジョーンシトロンの鋭い眼光がフォカロルを射抜く。
「あ?」
 何を。
「そうでもしねえで――」
 オールド・ブルーの瞳がコーディを睨め付ける。
「お前ら、マジになれんのか?」
 その論理に愉悦するのはグラファイトの黒か。
「ここでお前の好きにさせればより多くの犠牲が出るだろう?」
 セイント・シルヴァの十字架弓Kresnikを掲げるのはネプチューンの瞳をしたグレイだ。
 シュヴァルツ・リヒトをその手の中に握りしめ、愛弓から放つ。
 中たる漆黒の光は魔神の足に少しの血痕を残した。
 たとえクリーンヒットをしていたとしても、態勢無効の能力を持つフォカロルには虚弱は通らない。
「何だその腰の入ってねぇ攻撃は、俺にそんなモン効かねぇよ!! もっと本気だしやがれ!! それとも、俺は舐められてるのか?」
 じわり。
 終の頬に汗が流れ落ちる。
 相手に舐められていると感じさせれば、どうなるのだろうか。
 自分たちを本気の遊びに誘うために一般人を利用する性格だとしたなら。
 リベリスタ達の本気を感じられなければ簡単に殺してしまうのだろう。
「オレ達と本気で遊びたいんだっけ? いいよ☆ その代わり、捕えた人達にこれ以上手を出さないでね!!」
 終が打って出たのは言葉の駆け引き。
 そして、本気度合いを図るのは、剣での対話だ。
 終の二刀とフォカロルの右腕がガチりと噛み合う。先に口を開いたのは魔神。
「でもよ、お前ら全然本気じゃねぇだろ? 俺、舐められてるもんなぁ? 俺は本気の遊びがしたいんだよ。……ああ、価値の無い一般人じゃ足りねぇ? 一回仲間殺しとくか?」
 オールド・ブルーの邪眼がギロリと終の背後を視る。攻撃が届く範囲で一番弱そうな人物を。
「やめ……!」
 終が振り返った時にはもう、マリルの身体からプスプスと皮膚が焼ける匂いが立ち込めていた。
 誰一人と身動きが取れぬまま、「命」一回分が消費されたのだ。
 一層の緊張感がリベリスタに走る。
 本来であれば一撃で「死んで」いたのだから。生半可ではない。
 相手は魔神なのだから。
「ははは、ちょっとは本気になったか? じゃあ、もういっちょ行っとくか」
 フォカロルが指を鳴らす。
 ぐちゅり。―――ガンッ、ビチャ。
 滑稽に。コミカルに。遠くから気味の悪い水音と何かを落とした衝撃音。
 紫月が音のした方向。漂うヨットの一つを千里眼で視た。
 フェミニンな服装からして紫月と同じ年頃であろうか。
 きっと高校生。そろそろ学園祭の季節だろうか。こんな所に居るのであれば、修学旅行なのだろうか。青春。楽しい盛りの学園生活。

 キラキラと――

 マストに括りつけられた少女はその短い人生を斬首という形で終えていた。
 ごく普通の一般家庭に生まれ育ち、これからの人生を謳歌するはずだった命だ。
「―――お前ッ!!!!」
 終は言葉の駆け引きが、交渉が決裂したことを悟った。
 エンバー・ラストの瞳に在るのは本気の怒りであろう。
「そうだ、それが本気で戦うって顔だよッ!!! 来いよ!! リベリスタ!!!!!」
 本気になるのなら、一般人になど興味はない。
 早く、お前ら本気でかかってこいよ。それがあいつ――クラウンゴールドの獅子の望みなのだから。


 堕天使は懐い。偲ぶ。
 人を殺す事をなんとも思っていないのは召喚者の方だろう。
 遊ぶために、この俺を呼び出したのだから。
 呪いでもない、羨望でも、願望でもない。
 只、ただ遊ぶためだけに。
 その正体は獅子。司るは愉悦。
 魔神王は、ただそのためだけに己を召喚した。
 フォカロルは――墜天の座天使は召喚者の願いに忠実だ。
 傲慢、無礼、放蕩の大罪にその身を委ねても。
 幾星霜の彼方より忘れ得ぬは自分自身が架した誓約と礎。
 今、フォカロルが行っているのは、天使に戻るための“正しい行い”だ。其の筈だ。

「あはは、可笑しいですね、貴方はその望む天界に戻れてないじゃないですか」
 くすくすくす。
 グラファイトの黒が嘲り笑う。
 ああ、なんて滑稽なのだろう。
 約束の千年後はもうとっくの昔に過ぎているというのに。
 他人の不幸というものは、何故こんなにも素敵なのだろう。
 濃密なカラメルの様にねっとりと絡みついて甘くてとろけるほどに美味しい。
 既に1人の命が失われていますし……。
 自分達を送り出した彼女が傷つく事は目に見えている。
 純白な心を持っていると大変です。まあ、だから黒く染めるのが楽しいんですけど。
 真綿で包んで抱きしめて逃げられないようにしてから。じわじわと蝕んでいきたい。
 笑顔も怒りも憂いも絶望も。全ての顔が見てみたい。那由他はそう思った。

「魔神フォカロル。聞けば、あなたには相手を一撃で倒せしめる技があるのだとか──どうです? この私を試すと言うのは」
 激化する戦闘の最中、口を開いたのは紫月だった。
 挑発するような物言いにフォカロルが気分よく乗ってくる。
「いいぜ、やってやろうじゃないか」
 それだけの自身があるのなら、そこに本気があるのだろう。
 有無を言わず紫月の身体を轟音が貫いた。
 しかし、その音とは対照的に傷ひとつ付いていない彼女の身体。
「へぇ、面白いじゃねぇか。お前がそうなってるってことは……」
 フォカロルからの攻撃を避ける為、後衛に移動していたコーディが気づいた時には、ミーノの身体も同じく轟音に見舞われていた。
「こいつもそうか……! ははは! いいねぇ! これでこそ本気の戦闘だよな!」
 世界樹の加護のお陰でダメージは防ぐことができた。
 けれど、そのミーノの身体はセラドン・グレーに硬くなったまま身動きが取れなくなっていた。
 ダダン。
 甲板に響く足音は浮遊しているリベリスタとフォカロルのものではない。
「まさか!」
 比翼子は視た。フォカロルの部下がヨットを放棄して甲板に向かっているのを。
 今の足音はマリルの背後に現れた部下2人だったのだ。
 愛美が危惧した、部下による殺戮行動は防げたわけだ。
 1人の犠牲者とリベリスタの状況が悪化する事態と引き換えに。

「『破滅のオランジュミスト』で目潰し攻撃ですぅ!!!!」

 彼女の手に握られていたのは、艶やかな色合いの橙色の球体。
 それは微かなフレッシュさと酸味を帯びた至高の果物。
 そう、みかん。である。みかんは正義である。
 この芳しい包み込まれるような香りと頬張れば口の中に広がる甘酸っぱさを想像するだけでよだれが出てしまう。
 もう一度言おう。みかんは正義であると。
 ――――ぴしゃぁ!
 部下2人に解き放たれる黄昏の橙色。マリル・ブルーとタンジェリン・オレンジの対抗色。
 融合と調和のオレンジの爆弾。
 糖度が高い分だけ、ベタベタと身体に纏わり付く芳香。
 誰もが彼女の突飛な行動に一瞬動きを止めた。

「……くははは! 何、お前面白んだけど!」
 魔神の屈託のない笑顔は次の一瞬にぞっとする様な眼光を携えて言葉を紡ぐ。
「――――――殺れ」
 部下がマリルに手を掛ける瞬間、飛来したのは薄く研ぎ澄まされた羽根剣。
 青が惹きつけた敵を黄の剣戟が見舞う。
 比翼子のターキー・レッドの瞳が流れ、光を追った。
 そして、彼女の身体は光へと加速し、二重に姿を移していく。
 片足の鉤爪に挟み込まれた剣は切先をアジュールブルーの空へと向けた。
 速力を得るため、甲板にもう片方の鉤爪を落とす。
 ギリリ。
 金属が擦れる音がした。

 ――――来る。繰る。刳る。

 クローム・イエローが舞い踊る。ハラハラと羽根を散らし、剣音を散らし。
 比翼子のフェザーナイフは部下の身体を切り裂き、オーベルジーヌの鮮血を甲板に塗布した。
 結果的にマリルのとんでもない行動は敵のヘイトと稼ぎ、ミーノやシュスタイナへの攻撃は避けられた訳だ。
 そこへ比翼子の多重残影剣。見事な連携プレーであろう。
「あたしは閑古鳥比翼子! 誰が呼んだかアークさいきょう! 二つ名は夜明けを呼ぶ者デイブレイカー! 空は飛べないが最強の脚がある! 届くんなら悪魔だろうが神だろうが顔面に蹴り入れてみせる! この日輪の輝きを恐れぬなら! かかってきな!」

 降り注ぐは天の雷槌。
 アジュールブルーの空に収束するカーマインの光矢。
 魔法陣を描き一斉に解き放たれるのは烈火を纏う神々の怒り。
 否、妬み。
「ああああああ! 妬ましい! 部下まで引き連れて、妬ましい! 早く潰れなさいよ!」
 幾十もの螺旋を描きながら、飛来する矢は部下達を焼いていく。
 蛇目愛美(しっとしん)と云う名の焔に包まれた。
「炎は嫉妬の炎……水で消せない想いの炎で、身も心も焦がしなさい?」
 それでも、その闇を物ともしないフォカロルの身体。彼女の妬みは魔神には届かなかった。


「下らねェ」
 吐き捨てる様に云うのはミスティ・シルヴァの髪を海風に靡かせるグレイだ。
 一度は膝を折り、甲板にその身を伏せた彼は、黒衣の軍服を身にまとい、手にする十字は眼前の魔神に向けられている。
 彼にとって10人の人質の事は、正直どうでも良かった。
 1人死のうが、10人死のうが構わないのだ。
 けれど、其処に自分がお気に入り人物が居たと仮定するのなら、それは何ともイラつく訳で。
 この魔神をどうにかしなければ、そうなる可能性もゼロじゃない。
 だから、この十字弓を敵に向ける。
 自分が「下らない」と吐き捨てていないものを守るために。
 蒼の水路をゴンドラで通った時も、海の道を魚を見ながら歩いた時も。
 次の約束をしたのだから。
 それは、守るべきものである。
 小さな少女のくるくると変わる表情は見ていて心地よいのだ。
 それを壊さない為に、解き放つ!
 痛さはない、けれど、痛みは知っている。
 何度も、何度も味わい。味あわせた。
「他人の痛みを喰らうことも大切だろう?」
 軍帽は既に海に落ちて、額からアガットの血を流しているグレイのKresnikから苦痛の呪いが吐出される。
「ぐ――ッ!」
 グレイのアガットとフォカロルのヘリオトロープが混ざり合って弾けた。
 今までにない痛打だった。

 紫月はアメジストの瞳で魔神を射抜く。
 巫女装束のメイフェイア・ローズがはたはたと海風に揺れていた。
 手にするは伊邪那美神の祝福を受けし御神木から削りだされた弓――――神漏美。
 神の名を宿したその弓は艷やかで靭やか紫月の手によく馴染んでいる。
 握り皮は自身で染めた物を使い、弦は強靭な張りのあるものを。
 狙いは違えない。
 修行を積んだ社でも的を外す事など無かったのだから。
 引き切る弓の弦音がギチギチと返ろうとするのを押しとどめて。
 前へ後ろへ。
 離れた矢の軌跡はビショップス・バイオレットの輝きを放ち中たる。
「いっ、てぇ」
 フォカロルの口から漏れたのは苦痛のつぶやきだ。
 着弾した場所からビリビリと痺れて動かなくなる。
 魔神のオールド・ブルーの邪眼と紫月のアメジストの神眼が交錯する。
 ニヤリと海の侯爵が笑った。
 そうでなくては面白く無い。もっと本気を。
 まだ足りない。こんなものではあいつは満足しない。
「俺に、本気見せやがれ!!!」
 堕天使は慟哭する。
 足りないと。不足しているのだと。

 コーディはミーノに振り落とされる攻撃に手を伸ばすだけしか出来なかった。
 この位置からでは、戦闘の守り手である彼女を庇うことはできない。
 ならば、ミーノの前に立つ他ない。
 ヴォルカンの羽根を広げ、加速する。
 フォカロルの次の攻撃が来る前に。少しの距離を移動するのに、こんなにも焦れったい。
 早く、速く、はやく。
 己が何者かも分からないコーディに、今、一瞬の指標があるとすれば、それはミーノを守ることなのであろう。
 何が出来るのか。その問いかけに答えれる者は誰でもない。コーディ自身。
 それなら、今成すべきことを積み重ねて、出来うる事にしていけばいいのだ。
 彷徨い進む過程で行って来たことは「出来る事」なのだから。
 事実、なぎさに思い出や記憶を大切にしてほしいと願って渡したペンダントは、その思い出と共に大切にされている。
 それは、コーディにとって積み重ねの一枚であってほしい。記憶の一枚であって欲しい。そう彼女は願っていた。
 託される想いがあるのなら、コーディは羽ばたける。それが指標になる。
 前へ。
「本気出さねぇと、死んじまうぞ? これに耐えられんのかぁ?」
 魔神は海爆を引き起こす。
 ミーノに物理攻撃は効かない。しかし、次にどの攻撃が来るか分からない以上コーディがその翼で庇うしかない。
「く――――っ!」
 間に合え、この手を翼を前に、前に!
 衝撃。
 コーディの身体に痛烈な衝撃が加えられた。
 自分に衝撃があるということは、間に合ったということ。
「コーディさん!」
 けれど、身体は傾ぐ。立っていられない。
 ミーノに支えられながらも運命はまだコーディを手放してくれなかった。
 コーディだけではない。今の一撃でマリルが動けなくなっていた。
 このままフェリーが転覆すれば彼女の命が危うくなる。
 シュスタイナはマリルの元へと駆け寄った。
 ……私が倒れたら、その戦場では一人戦力が減る。
 私ごときでも、その場の戦力が減ることで味方に迷惑をかける。だから、倒れない。最後まで立ち続けてやるわ。
 その気概があるからこそ、マリルの傍を離れない。
 自分が倒れないで居れば、仲間を救うことができるのだ。
 きっと、半身だって同じ気持で戦場に立っている。
 彼女達はモノクロームの双子。背中合わせで背反しながら、それでも心の深い部分はつながっている。
 誰よりも深い絆で繋がっているからこそ、別々の戦場で同じ気持を共有しているのだ。
 さあ、重ねあわせた手のひらの向こうにエメラルドの煌きを奏でよう。
 パステルグリーンの光線がふわりと持ち上がり、二重の円を描けば、浮かび上がるはロストコードの旋律。
 四重の不協和音が奏でる不吉の楽曲。フォカロルの頭上に広がるオーケストリオン。
「速やかにお帰り頂きましょう?」
 光、爆発音。
 フォカロルの羽根にヘリオトロープの血がべっとりと付着した。
 その音に意識を取り戻したのは終だ。
 コーディ、マリルと共に魔神の攻撃に巻き込まれていた。
 軋む頭を振りかぶると、ゴボリと吹き上げた血が気管に逆流して咽ぶ。
 体中が苛まれ、下半身が言うことを聞かない。
 それでも、離して居なかった両手の剣は彼自身の瞳と同じエンバー・ラストに濡れていた。
 丁度、デッキのガードから一般人を乗せたヨットが見える。
 ボールの様に転がった頭部。閉じていない目と視線があった。

 みんな、リベリスタと一般人の命は等価じゃないって言う。
 そんな訳ない。
 命の重みは同じだよ。
 諦めろと言われる事がどれだけ悔しいか……。

「――――――誰一人諦められる命なんか無い!!!!!」

 自分の命を消費して、立ち上がる終。その闘志、強大な敵に立ち向かう精神。
 誰がなんと言おうと、善性のリベリスタである。
「かはっ! いいねぇ! その目、その顔。もっと、もっとだ!!!」


 ギギギギギギギ。
 いとも簡単に大型フェリーがバイキング・ブルーの海に沈んで行く。
 けれど、いまだ剣戟は止んでいない。
 リベリスタはまだ諦めていないのだ。

 キィ――――ンッ!
「そいつらを海に投げれば、本気で戦えるんじゃねーの?」
 魔神が投げかけた言葉は、戦闘不能になったマリルとグレイ、コーディの事だろう。
 彼等に世界樹の加護があったならば、未だこの場に立っていられたのかもしれない。
 最善を尽くし、到底勝ち得ない敵と相対する。
 己の全力を絞り、戦い、勝利を物にする気概。それが、本気を示す手段であろう。
「もう、無理よ。……撤退した方がいいわ」
「でも……!」
 ここで撤退をすれば、見殺しにした10人はどうなる。
 その意味が失われてしまうのだ。
 否、一般人ばかりではない。
 この状況、沈みゆく船の上に3人もの戦闘不能者を抱えた状態。
「ミーノはよくばりなんだもんっ! できるかぎりみんなたすけるっ!!」
 ふわりと優しい響きがした。天使の歌声と神々の息吹。
 ミーノの声に誘われて現界するのは、ボトムチャンネルより上位の世界からの慈悲の祈り。
 おねがい! たすけたい! だってあきらめれない!

「いのちを、あきらめることなんてできないもんっ!!!!」

 響け。
 ポンパドール・ピンクのツインテールが風に煽られる。
 歌声に、神々の意志が――――応えた!
 これはミーノが呼び起こした、癒やしの福音。
 エルヴのグロワールがリベリスタを包み込み、撒き散らされたアガットが海水に流されていった。

 ギギギギギギギ。
 船は沈み。海の藻屑となって消えていった。
 リベリスタは撤退を余儀なくされ、一般人を残しクルーザーにて帰還した。

「あら、フォカロルもう終わったの?」
「……ああ、終わったさ」
 バイキング・ブルーの深海から顔を出した魔神ウェパルは、傷だらけのフォカロルを見やる。
 彼の足元には残された9人の一般人。全員、まだ息はあった。
「それ、どうするの?」
 一般人が乗せられているのは、リベリスタ達が乗ってきたクルーザー。
「興味ねぇ」
「ふふ、貴方ってほんと優しいわね」
 ウェパルがその手を一般人に翳す。アフロダイティ・ブルーの光を帯びた雫が女子供の顔に触れれば、其処から本来の色を取り戻して行く。
 すう。
 一般人を乗せたクルーザーは動き出した。リベリスタがやってきた岸辺へと。
 見殺しにするという。断腸の決断を余儀なくされた、リベリスタが戻っていった岸辺へと――
「その子は還すんでしょう?」
「ああ」
 手にした首と身体。ただ一人の『犠牲者』の亡骸。
 傲慢、無礼、放蕩の大罪にその身を委ねても、天使に戻るための正しい行いでも。
 天命を奪うことが良い事だなんて、思わない。
 そうだとしても、召喚者の命令は絶対だ。
 リベリスタがそうであるように。
 犠牲者は海に還って行く。万物が生まれたメールメールへと。
 シュプリームの深海に深くふかく、沈んで行った。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
心情、決断、作戦の方向性はとても良かったと思います。
反面、作戦の詳細な運用面、連携やスキルの活用等に難があったのでは無いでしょうか。

MVPはその気高い心に。もみじでした。