● ざっざっざっざっざ! この世界の生き物で一番近いのは、羊だろう。 もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。 ぐるぐると巻いた角。横向きの三日月の目。突き出した鼻面。もこもこと体を覆う嵩のある毛皮。 ざっざっざっざっざ! 毛皮の中から、三対六本の二股のひづめを持つ足。 もしゃこしゃ、もしゃこしゃ。 ふかふかした毛皮が包むスレンダーな胴部。 大事な大事な女王の為に。 女王蟻の上半身の4倍もある新しい子供達がたっぷり詰まった腹を恭しく捧げ持ち、羊の上半身に蟻のような肥大した腹部を持った無数の兵隊蟻は、見渡す限り全ての物を食べつくそうとしていた。 次の女王の産卵場所にふさわしいところを見つけるために。 ● 「緊急出動。今すぐ装備を整えて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が早口でまくし立て始めた。 「たった今感知された排除対象。少し前に討伐された識別名ヒツジアリと同じ種類の生物」 いきなり呼びつけられ、軽口の一つも言ってやろうとしていたリベリスタ達の表情が変わる。 「アザーバイド。体長一メートル。羊に類似した部分が0.5メートル。後は蟻の腹部。雑食。何でも食べる。異常な食欲。目に入るもの全て食べる」 イヴは、モニターをつける。豊かな草原。もしゃこしゃと草を食む羊。 カメラがパンする。荒涼とした荒地。肥大した肉の塊。 「これが討伐されたアリヒツジ。女王蟻単体だった」 イヴは、別のモニターの映像を呼び出した。 「こちらはこの世界の軍隊アリ、参考資料」 巣を持たず、隊列を組んで前進し、目に付いた獲物には集団で襲いかかる獰猛な習性を持つ。 モニターに映し出される大型昆虫に群がり跡形もなく捕食する様子に、リベリスタは眉をひそめる。 「たった今、とあるD・ホールから女王アリヒツジが出産しながら出てきた。大量の軍隊アリヒツジが移動を始める。至急みんなには現場に急行してもらいたい」 モニターに現れる、緑深い谷。 その一点に、イヴは赤く印をつける。 「現在、女王アリヒツジが出産中。みんなが着く頃には進軍を始めている。幸いまだ群れの規模は小さい。五百匹いない」 この次元のグンタイアリの二千分の一の規模だが、それでも信じられない規模だ。 「谷のこの部分、今は渇水中で川が涸れてるんだけど、ここが狭くなっている。みんなにはここでヒツジアリを足止めして欲しい。みんなが食い止めている間に、他のチームが攻撃を加える」 谷の上から、攻撃魔法や銃弾を山と降らせるという。 逃げ場がないため、かなりの効果が期待できる。 「正直に言うと、みんなは囮」 イヴの無表情は変わらない。 「ヒツジアリの兵隊蟻は女王より攻撃的。近くの敵対する動性対象を重点的に攻撃する。みんなが集中攻撃されている限り、周囲の環境と攻撃班は守られる」 顔色は、緑濃いモニターの色が反射しているせいかいつになく青くみえるが。 「それから、攻撃チームはすぐそこにいるけれど、そこからの支援はない。彼らには攻撃のみに専念してもらうことになっている」 イヴは、静かに目蓋を下ろした。 「みんながいなくなったら、ヒツジアリは谷底から登って拡散する。攻撃班も危険にさらされる」 ぎゅっと握り締められた指は、血の気を失っている。 「みんなの任務はしつこくそこを守り続けること。攻撃は攻撃チームに任せて。ヒツジアリが殲滅されるまでなんとしても生き延びて」 帰ってきて。と、イヴは締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月21日(木)22:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 横に並んで、羊が草を食んでいる。 横向き三日月の目。 「あア……我輩にはドに見えるのダ。音符のドレミのド。音楽は詳しくないかラ良くわからないガ、もうこの「ド」の形の目が堪らないのダ」 重厚な鎧を身につけ、両手に盾を構えたオウム頭。 『ラテン系カラフル鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)が、堪らないのダと繰り返す。 どういう意味で堪らないのか、推量が難しい。 とにかく、そこだけ切り取って見るなら牧歌的な眺めだ。 あらぬ速度で緑を侵食する速度に目をつぶるならば。 (おぉー……いっぱいいるのー……いっぱいすぎて気持ち悪いの……あれを全部止める……だ、大丈夫かなぁ…) 防護班の中でもとりわけ幼い『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)は、ヒツジアリの異形と何よりその数の多さに知らず身震いをした。 肩から生える三対六本の前足がそれを押しのけ、乗り越え、前進し、また草を食む。 それを押しのけ、乗り越え、前進し。 暴食と征服と蹂躙の行軍が、すぐ目の前まで迫っている。 枯渇した川の急に狭くなっている地点。両側は切り立った崖。 前方それぞれに、攻撃班が陣地を築くのが見て取れる。 彼らが全てのヒツジアリを殲滅することを信じて、この場を食い止める。 ● かすかに流れるダンスミュージック。上空に現れる幻の掲示板。 並んでいる名前は攻撃班の名前だ。 崖上の士気の高まりに、谷底の防護班の面々は顔を見交わした。 「彼等は正に生まれながらの兵隊。練度は低くとも油断は出来ません。生命力も魔力も無駄無く余す事無く使い切るつもりで参りませんとな」 『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)は、今はまだ草を食むのに専念している羊の群れをちらりと見ながら言った。 頑健なメタルフレームは、今回貴重な魔力供給源だ。 彼の無限機関が生成する魔力が、全員の命を繋ぐよすがとなる。 「生き残ればいいんだな! 任せろっ! クロスイージスの本領発揮だぜ!」 ブレザーにブラウス、チェックのスカート。当たり前の制服の上からヘビーガード、両手に盾。 『ミサイルガール』白石 明奈(BNE000717)が快活に声を上げる。 「こないだやったヒツジアリの子供か。しかしとんでもない数になってんなー、数が数だけに不安はあるけど、みんなを信じてやるしかねぇよな」 井上・輝紀(BNE001784)にとって、初めてとは言いかねる相手だ。 別の個体ではあるが、女王ヒツジアリとの戦闘経験がある。 「アリヒツジの雑兵が500匹か……面白れぇじゃねぇか! ここで俺が力を見せつければ、俺は主人公として更に名を上げるッ!!」 戦闘経験があるといえば、『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)も輝紀と一緒に戦い、共に酸の雨に沈んだ仲だ。 「数が多く厄介ですが、私たちが防ぐことで一般の人たちを守ることに繋がるのですから」 『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)は、表情を引き締める。 初陣の緊張も不安も、自制心で鎧の下に押し込めた。 「今ここにいる私たちは、軍隊であろうとアザーバイドであろうと食い止める鉄の壁です。頑丈さを存分に見せつけてあげましょう!」 『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)が、崖上に目を走らせた。 中空に、魔法陣。 吹き上がる業火の火柱。 同胞が吹き飛ばされようが、前へ、前へ、前へ。 突っ込んでくるヒツジアリの勘気をその身に集めるべく、防護班は、防衛ラインに突進していった。 ● 「さぁ、来るなら来やがれ! 数だけの雑魚共がッ!」 青白い光が両手盾へと凝縮し、零六の「主人公の意地」を載せた一撃が、羊頭の蟻を背後の群れの中に吹き飛ばした。 敵性の動的対象。 二本の巻いた角を振り立てて、小さな異形のヒツジアリが防衛線に突進する。 上空から爆撃を続ける攻撃班から群れの意識が離れたのに防護班は各々小さく覚悟と笑みを浮かべる。 今、上空でとりどりの魔法陣を展開させて、雷と火と鉄を放ち続けんとする彼らを守るために、ここにいるのだ。 「白石さん、神守さん、御厨さん、正道のおじちゃん。よろしくお願いするのっ!」 ルーメリアは勢いよく頭を下げて、そのまま集団回復呪文の詠唱に入る。 (とにかく、がんばって回復する……しかないの。庇って貰うんだから、前の人達の痛みを少しでもやわらげないと……) すぐ目の前でが羊が酸の唾を吐く。 『合法』御厨・九兵衛(BNE001153)が、体を投げ出すようにして食い止めた。 「大丈夫だ! 守る!」 ルーメリアに飛びかかろうとした一匹を明奈が腕でさえぎる。 がつがつと執拗に腕を噛み続けるヒツジアリを跳ね除けた。 その脇を一匹するりと抜け、ルーメリアの足に歯を食い込ませた。 「ルーメリア!」 明奈が慌てて、ヒツジアリの胴を掴んで遠くに放る。 ルーメリアの細い足からだくだくと血が流れた。 「大丈夫。白石さんもルメも治すから、心配しないで」 痛みに歯を食いしばりながら、詠唱は途切れさせない。 「響け、壮麗たる歌声よ……!」 程なく福音の加護が訪れ、谷底の左翼から癒しの波動が広がる。 遠くでヒツジアリが巻き上がる。 長期戦を見越して、攻撃班の初手の半分は、魔力増幅。 削った数が少なかったのは否めない。 押し戻したヒツジアリに、後ろから来た血みどろのヒツジアリが加わって、防護線は更に密集した状態になって行った。 耐え時だった。 ● 食っている。 目の前で起こっている様子に、嫌悪感を隠し通すのは難しい。 ブリーフィングで言われていたが、目の当たりにすると辛い。 何でも食うということは、仲間の死骸も例外ではないということだ。 何頭が一頭に張り付き、横倒しになった同胞の頭部に食らいつき、肉を引きちぎって咀嚼する。 見る見るうちに骨も残さず食い尽くされ、痕跡は流れた体液の跡のみ。 一歩間違えば、自分達もああなるのだ。 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)の召喚した福音の調べがリベリスタの傷を癒す。 固い殻を溶かして肉をあらわにするため、隊列を組んで至近距離で酸の唾を吐きかけてくる。 間合いに入れば、頑丈な歯が食らいついて来る。 近距離での攻撃に特化したヒツジアリに、防護班はギリギリのところで持ちこたえていた。 回復は潤沢だ。 ただ、一回一回に受けるダメージが大きい。 回復が来るまで体がもつか、刹那の恐怖があたりに満ちる。 『小さき太陽の騎士』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)が、『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)を庇って傷を負った。 鎧ごと体を溶かす酸に歯を食いしばるしかない。 昏倒の予感が歌で緩和され、すぐまた酸の洗礼で絶望の淵が見える。 ギリギリまで体を痛めつけられ、音を上げる寸前で癒されるのが何度も何度も繰り返され、それでもまだ大して時間がたっていないことに愕然とするのだ。 「ヴァージニアさん! 明奈さん! 守りますよ! 私たちは一人ではありません!」 右翼で突出するように前に出ている躑躅子が、仲間を庇い続けて最も深手を負っている二人に声を上げる。 黒鉄の腕、、巨大な掌。それに支えられる大きな盾。 手にした剣は、守りの為に。 「少し余裕出てきましたよ、崖の上もがんばっています。しっかり!」 たしかに。 大地を震わせる規則的な振動がヒツジアリの行軍によるものなら、途切れることなき鳴動は仲間の一撃によるものだから。 すぐ目の前で展開している地獄絵図。 完全に終わるまで、守りきるのが地獄の門番たる防護班の役目だった。 ● 攻撃班の右岸からの大規模攻撃。左岸からの精密射撃。 結果、谷底のヒツジアリの分布にも少しづつ影響が出、ついに目に見える形でそれは現れた。 「右翼に集中っ!?」 右側により多く転がる死骸。それを食い散らかしていたヒツジアリの塊が進軍を再開したのだ。 明らかに密集度が異なっていた。 襲い掛かる蟻の猛攻に、防御姿勢をとり続けるしか策はない。 もし、恐怖に侵食され、攻撃に打って出ることがあれば、ギリギリの線で保たれている命運があえなく尽きることはその場にいる誰もが理解していた。 カイと輝紀が、当たり損ない一撃でも倒れるギリギリのところでもちこたえた。 お互いに掛け合った自動治癒の加護がなければ、沈んでいただろう。 まだ、心臓は動いていた。 「今回のお仕事はとてもわかりやすいのです」 そあらの魔法陣が高次存在に働きかける。 この場にいる全ての味方に治癒の奇跡を。 「攻撃の人を信じて、ひたすら回復なのです」 我慢で繋いだ命運を手繰り寄せる。 酸でただれた皮膚が再生され、むずがゆささえ感じられる。 まだ、ヒツジアリの最後尾も確認できない。 これからだった。 ● 右岸からフライエンジェが飛び出し、左岸に向かい、すぐに右岸に戻った。 ほどなく、それまで周辺の取りこぼしを主に狩っていた単体射撃が上流に向けて撃ち出され始めた。 その意味をおもんぱかる余裕もない。 体がまだらに焼き焦げたヒツジアリが、食えば治るとばかりに防護班に押し迫っていた。 「仲間を信じ護り耐え凌ぐ……素晴しい事ですね。必ずや皆様を護りきってみせましょう」 癒し手は貴重だ。 今、一人でも欠けたら天秤が傾き、防護班は蟻の行軍に飲み込まれる。 が、一人の癒し手を守るために一人の壁がよけいな危険に身をさらすことになる。 だから、カルナは、酸が届かない高さまで舞い上がった。 壁の厚さを少しでも保つため。 「羊の群れって実際に暴走すると怖いって聞いたけど、ホントだね……」 ヴァージニアは、乱れがちになる呼吸を律すると、自ら放つ光で皆の毒を洗い流した。 他にもこの技を使える者はいたが、その余裕はなかった。 普段ならかすり傷と放置しておくレベルの傷が、致命傷になりかねなかった。 一匹一匹はさほどでもない。 スキルを使うまでもなく、苦手な技でなければほぼ一撃で潰せる。 しかし、それが徒党を組んだとき、思いも着かない脅威に変わる。 さらされ続ける攻撃の波に飲み込まれないようにするのに必死だった。 ● 爆炎が吹き荒れ、ヒツジアリが爆風でぐしゃぐしゃに四散する。 千切れた羊の頭、千切れた羊の足。千切れたアリの腹部。 「ところで、これ、喰えるのでしょうかね。蟻の部分はともかく羊の部分はいけそうな気が……しませんかね?」 正道の呟きに、可変式武器をバスティオン・モード――要塞の名を持つ機械式大型盾――に切り替えた零六が、 「血は吸えるみたいだぜー!」 と答えた。 黙りこくっていると、かえって危ない。 軽口を叩きあい、仲間がそこにいることを確認しながら戦う。 「食う気かよ」 零六の問いに、正道は答えない。 左翼から飛び出した光の本流が、ルーメリアを包み込む。 正道からの魔力供給だった。 「さあ、次が来ますよ」 「なあ、食うのかよ!?」 「戦闘が終わってから考えますか」 生き残ることを前提にして。 ● 殺到する。 侵食するためではない。 背後から迫る圧倒的殺戮から逃れるために、ヒツジアリは活路を求めて、リベリスタが立ち塞がる下流目掛けて殺到する。 崖に取り付き上に上ろうとしたヒツジアリは、垂直に近い勾配に阻まれて、仲間の上に落下し混乱をさらに増長することになった。 仲間を踏み台にして崖上に達しようとしていた一群は、攻撃班の格好の獲物になった。 しかし、それ以上の大群が、リベリスタを踏み潰していこうとしていた。 この世のものならざる化け物と、そのおぞましさ、恐怖と正対する。 わずかな慄き、気後れ、緊張が生死を分ける戦場で、場数というものは無視できない要素だ。 真琴は群がるヒツジアリを払いのけるのに一瞬躊躇した結果。 首筋に、致命の一撃を負った。 それまで辛抱強く戦ってきた初陣の戦巫女。 かはっと漏れる末期の息。ぺきこきと小さな骨が砕ける音がする。 力なく落ちるかと思われていた手が、血を貪るヒツジアリの角を掴み、渾身の力で地面に叩きつけた。 「この先には何も知らない人たちの平和な暮らしがあるのですから」 血がにじむ傷口を手で押さえつつ、真琴は呟いた。 地面を踏みしめ、再び盾を拾い、グリップを握りなおす。 「戦うことの出来ない人たちを守り、世界に愛された存在としてこの世界を守るために居るのです」 決意に満ちた革醒者に恩寵を。 魂を削りながら歌う癒し手により、真琴の傷は癒された。 すぐ、次が来る。 何度でも、立ち上がるつもりでいた。 「零六! ルーメリアをかばえ!」 次が来たら倒されると判断した明奈は、零六がルーメリアの前に立つのを見届けて、代わりに前に立ち、防御を固める。 先ほどまでの攻撃具合なら、次の回復までやり過ごせるはずだった。 言うなれば、不測の一撃。 盾で弾いたはずのヒツジアリが食い下がり、トレードマークの黒ストッキングごと膝を噛み砕いた。 「きゃああっ!!」 明奈ではなく、それを直視したルーメリアが悲鳴を上げた。 「ごめんなさいっ……ルメが未熟なばっかりに……!」 明奈に駆け寄りたくなるのを我慢しながら、ルーメリアは歌を請う詠唱を続ける。 ぐしぐしと詠唱が湿っぽくなりがちだが、それでもルーメリアは呪文を完成させた。 膝をしゃぶるヒツジアリを、二枚の盾が払いのけた。 「そう簡単に倒れはしないぜ。ワタシには幸運が、ドラマティックな運命が……そして、頼れる仲間がいるんだからな!」 辺りに響く福音の恩恵にあずかった膝の傷が癒えていく。 「最後まで守って守って守りぬいてやるっ! 無様だろうが最後まで立っていれば勝ちなんだからな!」 かばうの代わる。と、明奈は零六に親指を立てて、にかっと笑って見せた。 余裕があったらと思っていた。 が、実際は余裕がなくなったから今必要なのだ。 上空からカルナ。右翼でそあら、左翼でルーメリア。 そあらの側で、ヴァージニアが毒を払っている。 癒し手達の最大限の詠唱に関わらず、体は癒されてもどんどん消耗していっていた。 「井上さん、そあらさんは任せたのダ。今こそ歌ウ時なのダ!」 今の今までインコ声でしゃべっていた男が、インコ頭のまま朗々かつ流暢に呪文を詠唱し始めた。 インコ頭の男が呼んだ福音には、小鳥の鳴き声が混じっていた。 もちろん、それ専門に研鑽した者と比べればささやかな癒しではあったが、それが全員の命を繋いだ。 ● 抑え、払い、振りほどき。 ただ守るだけの戦いは、敵を倒すカタルシスがない分、地味で忍耐力が要求される。 その場所にただ存在し続けること。 簡単な要求が、至難の命題に思えた。 それでも、リベリスタ達は、崖上で戦う仲間を信じた。 ヒツジアリの移動する際の轟音と、呪文と銃声でかき消された声が今ならきっと届くだろう。 あなた達を信じていた。と。 戦いの終わりは唐突だ。 今まで殺到していたヒツジアリが、突然いなくなった。 すっかり食い尽くされて白い岩肌を見せている谷底に、黒い焼け焦げた死骸が転々と落ちている。 「終ったカ……?」 「どうだろうな……」 崖の上から、銃弾や魔法や気の糸が、谷底にへばりついているヒツジアリを狙い撃ちにしていたのが、いつの間にか止まっていた。。 正道は、自分に取りすがるヒツジアリを叩き潰した。 「まあ、ここまでくれば守勢に徹する意味も無いでしょうしな」 「ひゃっはっはっは! 話分かるな、おっさん! だよなぁ! で、食うのかよ」 踏んづけたヒツジアリを指差しながら、零六が聞く。 「ところで、鳥類は蟻浴といって身体に蟻を這わせる習慣があるモノがいるそうですな。インコがどうなのかは存じませんが……どうなんでしょうね、カイさん」 「そんなこと言われても、困るのダ~」 「あ。誰か、来ましたよ」 崖を降りてくる攻撃班の誰かを見つけて、躑躅子は皆の顔を見渡し、最後に崖の上に向けて左腕を突き上げ大きく振り回した。 「向こうのみんなもお疲れ様なのー」 ルーメリアも崖上に手を振った。 (みんなが倒れないように、守れるようになりたいの) 胸に新たな決意を秘めて。 誰も、死ななかった。 死ぬ前に、ヒツジアリを叩きのめしてくれた。 信じていた。信じられていた。 その期待にこたえられたのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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