● 酸鼻だ。賛美すべき酸鼻だ。 灰皿でぐちゃぐちゃに頭と顔を潰された女の上に馬乗りになってぐずぐず泣いている高校生というのは、『キーフレイル』木崎真紀子の琴線に触れる。 「まだ、生きてるっぽいですねぇ。救急車呼べばまだいけるんじゃないでしょうか。少なくとも命だけは」 「こいつが悪いんだ。オレが女の子と付き合ったことないの知ってて――オレの金だけが目当てだったんだ。こいつの携帯には男の名前でいっぱいだ。不順異性交遊の証拠写真ばら撒かれたくなかったら、金出せって――」 悪い女に引っかかっちゃったんだ、かわいそうに。何とかしてあげたいと真紀子は思う。 「――官憲から逃れる方法が、二、三。絶対をつけるならば一つ手段がありますが――」 こざっぱりとしたショートヘア。快活な口調。息子の嫁にしたいランキングで上位に入りそうだ。 「金なら払う! 君らに払えるだけの便宜を図ろう! どうぞ息子の未来を! この子は大事な跡取りなんだ!」 親の愛とコネというのは大事だ。 痴情のもつれで同級生の頭を叩き潰しかけてる息子をかばおうとするなんて、世界は愛で満ちている。ならば、それに報いなくてはならない。と真紀子は決意を新たにする。 真紀子はこのろくでもない世界をろくでもないなりに世界を愛しているから。 「分かりました。私達の流儀で処理させていただきますね!」 「普通の人間は、普通の人間の理解可能な事象しか操作できないのです。ですから――」 指の間からこぼれる紙が、鳥の群れに変わる。 「死体や死因、あり得ない手段でなくなっちゃえばいいんじゃないかな!?」 それは雀のように見えた。 黒い小鳥が寄ってたかって、女子高生をついばんだ。 女子高生の上にまたがったままの高校生には 皮といわず肉といわず、骨や髪の毛さえも余さずついばみ、ドスンと高校生がしりもちをつく。 「はい、おしまい」 放たれた符から出た子鬼が、床や壁、高校生に取り付き、血をなめ上げる。 「これでルミノール反応も出ません」 顔をなめられ、服をしゃぶられ、声も出せずに呆然と見上げてくるすっかりきれいになった高校生の頭を、真紀子は優しくなでた。 「大丈夫。殺したのは紙でできた小鳥達。私もあなたも何にもしちゃいない。誰も、起こる訳がない殺人事件は裁けない。さあ、目を閉じて。あなたの記憶も携帯の記録もみんな消してあげましょうね」 ● 「残念ながら神秘秘匿が絶対である以上、裁かれない殺人が起こる」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、無表情だ。 実際問題、アークとて無辜の一般人を崩界の敵として殺すのが仕事の一つだ。 正義の味方は、法の味方とは限らない。 「それを逆手にとって、殺人を神秘で塗りつぶしてうやむやにしてしまうフィクサードがいる。三尋木所属『キーフレイル』木崎真紀子」 お堅い職業のOLのようだ。 「企業お抱えの三尋木系法律事務所所属の弁護士兼実務担当」 実務? と、リベリスタは首をかしげる。 「死体が発見されなければ、殺人事件と認定されない場合が多い。よしんば、死体の処理方法が立件できない限り、起訴できない」 イヴは、はあと息を吐く。 「木崎は、犠牲者も物的証拠も式神に処理させて、一切を秘匿してしまう」 神秘的手段を立件できなければ、起訴はできない。 「三尋木としては、いいビジネス。今回は木崎の仕事の阻止。木崎の到着時点ではまだ女子高生は死んでいない。今からいけば、まだ間に合う」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月16日(月)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『キーフレイル』木崎真紀子の二つ名の所以を知ると、人はなんともいえない薄ら笑みを浮かべる。 あたしが死んだら、部屋、片付けてね。 あたしも、あんたが死んだら、部屋、片付けてあげるから。 ● 「ところでここって『豪邸』 にしては狭すぎじゃない? 私の別荘の離れのほうがまだ広いわ……まあ日本は狭い国だものね」 『宵闇に舞う』プリムローズ・タイラー・大御堂(BNE004662)は、特権階級である。 「これってもはや弁護士っていうよりただの暗殺者よねえ……笑えるほどにとってもお馬鹿さんだわ。法を超越している時点で弁護士としての存在意義の否定じゃないの?」 プリムローズは、善良である。 「だいたいこういうのは相手を法の穴に嵌め、法の網に絡め取り、社会的に陥れることが一番面白いのに 勿体ない事するわねえ……それに本来それが法律家の仕事でしょう? 標的が気楽に死ぬだけで社会的制裁を一切与えられないだなんて、クライアントは本当にそれで満足するのかしら?」 訂正。プリムローズは、敵には容赦ない。 木崎真紀子の依頼人は、そう言うことを思いもつかない、臭いものには蓋をする一般小市民だった。それだけのことだった。 「可哀想に」 『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)は、考える人だ。 (彼は彼女に玩具にされて、サイフにされて、弄ばれて。彼女は彼に顔を潰されて、そして今まさに殺されようとして) 目隠し越し、千里眼は部屋の中の強行を真昼の脳裏に叩き込む。 (君達は馬鹿だよ。君等の罪は、悪意に漬け込まれる弱さ、他人を弄ぶ悪徳、そしてなによりどちらも同じく人を見る目がなかった事) 顔を潰される少女。顔を潰す感触を知る少年。 (でもこの状況は、もうどちらも報いは受けてると思うんだ。自分で理解して省みないと。だからこれ以上の悲劇はさせない。その解決はずるいよね) 誰かが、切り札をきる前に。 (さあ思考を始めよう) カーテン越し、黒い影がわだかまっている。 睦み会う姿ならまだましなのに、彼女はもうすぐ死んでしまう。 「窓側、準備完了。そっちはどうかな?」 『問題ない。手はずどおりに』 声を潜めた『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)の声に、作戦開始の緊張が辺りを満たす。 「女子高生を殺させない事を最優先として行動。次に仲間が倒されぬ事を優先」 闘将としての智夫の行動優先順は、時として仲間に負担を強いる。場合によっては瀕死の仲間の回復を後回しにして、敵に攻撃することもある。 だから、先に言っておく。それが、智夫のやり方だ。 AFから流れてくる作戦開始までのきりきりしたやり取りに、初陣リベリスタの胃がきゅーっと縮まる。 (初っ端からとんでもない物語に巻き込まれたモノだヨ! これが三高平……アーク流の歓迎会て所なのかナ?) 「やだー! モー! しかも三尋木ってアレでしょ、七派とか言う奴でショ? 知ってるヨ! だってリベリスタガイドブックに乗ってたモン!」 ガクブルしながら、間欠泉のように言い出した『J』マリオ・J・キリサキ(BNE004697)は、重大任務を担っている。 とはいえ、マリオの恐慌は止まらない。 (最近では此処アークも含め八派と言われる様になってきています。じゃないヨ! なんで誇らしげナノ? ヤクザの仲間入りしてるじゃないですかー!) やだなあ、ヤクザじゃないよ。 「まあ、愚痴ばっかり言ってるのもナンセンスだよネ。がんばろっか……」 E能力者である木崎が結界に気がつかぬ訳はない。 一般人の耳目をさえぎれぬ中、粛々と遂行されなくてはならない。 「こーゆーのって騙される方も騙されるほうだよね」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は、命の重さを知っている。 「甘い蜜には毒がある。きれいなバラには刺がある。性根が叩き直せるならこんな痛い目に合わなかったのにね」 ままならないものだ。 「ああ。愛に満ちたくそったれた世界は今日も美しいね」 結論は同じなのに、人はそれぞれの別の方法で世界を愛そうとする。 ● 手はずよりいささか早く。 がしゃんとガラスが割れた。 暗転。 部屋は神秘の暗黒に包まれる。 だから、誰もベランダから金髪の少女――が『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)が転がり込んでくるのを見ていない。 事態の進行に、オーウェンは扉をすり抜けようとするが、扉にはりつく生物。 物体透過は生き物はすり抜けられない。 わずかな物音、或いは被害妄想的自意識過剰の賜物。 父親は、ドアによりかかり、体でふさいでいた。 そも、数人が、広いとはいえ日本レベルの一般家屋の廊下にいて、なんの気配も立てずにいることなどできない。 「誰だ!? なんでもない! ほっといてくれ!」 虚勢に満ちた叫び声。高校生の父は自己保身のため、一般人の限界の集中力で周囲を警戒していた。文字通り、人生がかかっていた。 いっぱいいっぱいなのだ。息子がろくでもない女にもてあそばれたせいで、自分の出世街道どころか、まともな人生から転落の危機だ。 明日から、殺人者の父と呼ばれるかもしれないのだ。 ドアの外の人の気配に、ドアノブを握りこみ、開けられないことだけが明日へのパスポートだといわんばかりに涙ぐましい努力を見せる。 オーウェンは、冷静沈着な上頭脳明晰だ。 すぐにドアの開放から床下にもぐることを選択する。 抵抗は、その背後にいた『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)の腕力の前には数瞬のみのはかないものだったが、10秒の狭間を縫って行動するリベリスタの戦いの前では致命的なタイムラグだ。 真紀子は、冥真に睥睨されてしゃがみこむ父親の涙と鼻水を噴出しながらの悪あがきを美しいと思った。 「ご心配なく。この人たち、一般人には無害です。ましてや、何もなさっていないあなたに危害など加えません」 木崎真紀子はそう言って微笑んだ。 程なく、闇は消えうせた。 ● 救出作戦で大事なことが二つある。 一つ、保護対象を殺させないこと。 一つ、自分も倒されないこと。 「暴れないでね。無駄な傷はつけたくないし、それにほら白夜が興奮して噛んじゃうかもだから」 白夜(蛇)を彼の首に巻きつかせて、脅しをかけよう。 「木崎真紀子さん、だよね。できれば貴女も変な動きはやめて欲しいな。1つは人質になった彼の為、そしてもう一つは貴女自身の為に」 なれない脅迫を口にする真昼に、真紀子は微笑んだ。 「えっと、私のお仕事ほとんど完了です。ちょっと中途半端ですけど、幸い、皆さんがそれっぽいので良しとします!」 部屋の中なのに雨が降ってる。 いきなりあたりが真っ暗になったのには驚いたけどすぐ明るくなったから、マリオは、自分の動ける範囲の中では最高にうまく部屋の中に転がり込んだ。 部屋の中にはもう陽菜がいて、女の子を男子高校生の下から引きずり出していた。 女の子を背負って、ドアの向こうに急ぐ。父親を廊下に引きずり出した冥真がいるはずだ。 完璧だった。革醒すげえ。そう思えた。まさしくヒーローだった。 が、すぐに自分の体が動かなくなっていることに気がついた。 冷たい。冷たくて、とても痛い。 腕の中でどんどん冷たくなっていく女子高生の体温が。 女の子は大事にしなくちゃダメなのに。 (動けよ。メイマ君が扉の影で待ってるんだよ。うごけね……) マリオが覚えているのは、そこまでで。 実体化した思考奔流で木崎を吹き飛ばすには、男子高校生と木崎、何より女子高校生そのものを巻き込み、オーウェンが引導を渡すことになったろう。 冥真の呼んだ癒しは、部屋に飛び込んだリベリスタを癒しはしたが、一撃で三途の川を渡った人間には用を成さない。 顔を潰された女子高生は、凍てついて助けてくれたリベリスタの背中の上で死んだ。 折り重なるように床に転がる二人。 「インヤンマスターをなめると大変ですよ?」 ちょっと筋書き変わっちゃいましたけど。と、二人の木崎真紀子は笑う。 「増えちゃったりします」 凍てついているのは、リベリスタと女子高生だけだ。 床には霜一つ落ちていない。これぞ、神秘のなせる業だ。 「ねえ、アークの皆さん――このお兄さんは、私の脇を普通に通り過ぎて逃がしてもらえるとでも思っていたんでしょうか」 真紀子「達」 は、微笑んだ。 彼女の仕事は、アークのリベリスタを相手にすることではない。 瀕死の女子高生を殺すことだった。そのついでに駆け出しのリベリスタをおねんねさせることなど、木崎真紀子というフィクサードにとっては、赤子の手をひねる程度に簡単なことだった。 瀕死の人間をかばわず逃げたらどうなるかを、初陣のマリオに教える者はいなかった。 マリオをかばおうとした人間も一人もいなかった。 ただ、女の子を連れて逃げるだけ。 それが、一番難しくて、一番大事なことだったのに。 「いきなり人質の腹を切り裂くとかしたら、私もクライアントの命乞いとか考えないわけでもないですがー」 真紀子はニコニコ笑っている。 「アークさんが、罪はあっても革醒していない一般人の方を死に至らしめるとは思っておりませんので。やっぱり、皆さん評判どおり、お優しいんですねぇ」 アークの「おひとよし」さが、真紀子に躊躇させなかった。 そして、オーウェンのしようとしていた交渉もそもそも意味を成さなかったことになる。 説得力の無い脅迫材料は、スルーされるのだ。 「それで、ですね。わたし、皆さんと争う理由がないのですけれど。お引取り願えませんか? もう、夜遅いですし」 リベリスタは、殺気立つ。 「大サービスで、ここのガラスの修繕費は三尋木で持っちゃいますよ?」 リベリスタの怒気をはらんだ沈黙に、二人の真紀子は顔を曇らせる。 「ダメですか? 私、明日のごみ出しに備えたいのですが。もうそんなことは気にしなくてもいいってパターンですか? 私、穏健派の三尋木なのに」 陽菜は激高した。 「穏健派とか言うと危険そうに聞こえないけど、やってることは過激派より陰湿だよ。神秘を公にできないのをいいことに一般の事件を無かったことにしようなんて!」 陽菜の抗議は至極まっとうだ。 「誰も幸せになれないより、誰かは幸せになった方がいいと思いませんか? 世界を満たす幸せはちょっとでも多いほうがいいですよね。誰も幸せになれなくても正しい方がいいんですか? そんなのおかしいですよ。そう思いませんか?」 少なくとも、木崎真紀子は、そう信じている。 「幸せな人が多くて、不幸な人が少ないのがいいに決まってます。 幸せな人を増やす方を私はとります」 ですから、と、『キーフレイル』木崎真紀子は笑う。 「このお二人が幸せになれるなら、女子高生一人と私が多少不幸になったところで、帳尻はきちんと合うじゃないですか」 木崎真紀子は両手を上げた。 「木崎ちゃん、抵抗しないの?」 ベランダを閉鎖していた葬識は、首をかしげる。 「しませんよ?」 「抵抗したら殺していいよね☆ とか思ってたのに」 葬識はけろりとそんなことを言う。 「俺様ちゃんたちは正義の味方なんかじゃないよ」 アークは、必要ならば無辜な赤子でも殺す。 「殺したかったですか?」 「いやぁ? 捕縛できたら重畳、無理なら撤退させる。と、思ってたよ?」 きちんとアーク印の首輪がついているのだ。 「うっわぁ! それにしても派手にやっちゃったね! 殺人鬼でもこんなひどい殺し方しないよ? 作法も美学もなってない、ダメダメ! ほんとダメ! 今度は美人のお姉さんにだまされちゃうの?」 木崎から興味は失せたのか、胃液まで吐いて憔悴しきった男子高校生に、葬識は明るく話しかける。 男子高校生は、声もない。 瞳孔は開ききり、嗚咽しかわいてこない。 づすぐろく染まりかけた靴下を脱ごうとすらしていない。 「アタシ達がこうして現場にいる以上、事実を隠蔽するのは無理だよ。まだ殺人にはなってないし、自首して事情話せば情状酌量の余地とかあると思うんだけど、どうかな?」 陽菜は、男子高校生と父親に言う。 「罪には罰を,それを教える立場の貴方が世間体ですか。よく世間に顔向けできたものだ」 マイナスイオンを出しながらも冥真の歯に衣着せぬ毒舌は、父親を落ち着かせるどころか、号泣にいたらせる。 願わくば、良心の元に、自首してくれることを。 『キーフレイル』木崎真紀子を捕縛しながら、アークのリベリスタは願った。 「それにしても、アークって搦め手なんですね」 真紀子は護送車の中で言う。 「わざわざ、対象を殺さざるを得ないように追い込んでから包囲するなんて。私、そんなにしてまで捕縛されるほど、アークの怨みを買うようなことしました?」 ● 「こんにちわ。法律事務所のほうから来ました」 リベリスタが去った直後。 その女は、ニコニコしながら現れた。 「こちらをごらんいただけますか?」 女の目は、ちゃらりと鍵束を振って見せる。 「私としては殺しても飽き足らないけれど。真紀子の仕事の続きだから、真紀子の望むようにしてあげる。真紀子の望みは、完全な依頼の遂行。だから、あんたたちは幸せになるといい」 更に数分後。 近所からの通報でやってきた警察は、茫然自失としたこの家の親子を発見する。 彼らは強いショックを受けていて、何らかの事件に巻き込まれた被害者と認定された。 木崎真紀子は、アークに収監されている。 彼女は、今日もニコニコと快活に笑っている。 事件は闇から闇に葬り去られざるを得なかったので。 これで、一人の父親と一人の少年は幸せだ。 そして、真紀子は生きている。あの日、死ぬ公算のほうが高かったのに。 よかった。とても。よかった。 「部屋のごみ、捨ててくれてるといいんだけど。大丈夫よね」 使われることが無かった鍵束。 同じものを持った仲間が鍵の数と同じだけ。 やりかけの仕事も、翌日捨てなければならないごみ捨ても大丈夫と思えるが故に、彼女の、彼女達の二つ名は『キーフレイル』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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