● アークが稼動してから、しばらく定期的に発生していた小さな案件。 子供向けの菓子や玩具に潜んだ、ごく弱いエリューション。 万華鏡でなければ見つけられないほどのささやかな悪意。 ジャックが世間の連続殺人鬼予備軍に呼びかけたのに誤作動を起こして暴れた『魔女』=『ハッグ』によって、潜在的にエリューションの影響下にある女性が多数いることが発覚する。 そして、機会と用途に応じての人攫い集団『楽団(ムジク・カペレ)』 肉の壁にされる子供のアンデッド集団『パレード』 契約書に従い、家族を生贄にして、非道に手を染める魔女集団『ハッグ』 その契約書の化身にして使い魔『グルマルキン』 『グルマルキン』と契約したノーフェイス、『ライナス』 リベリスタ達は、幾度となく、そのたくらみを阻止してきた。 「楽団(ムジク・カペレ)」を壊滅させられた「ささやかな悪意」は、それでも徐々に勢力範囲を増していた。 アークの目の届かないところで、「ささやかな悪意」の根源、契約魔術師カスパールと錬金術師メアリがうごめいている。 アークは、連中の悪ふざけのような情報開示を分析。 本拠地を割り出すことに成功。 識別名「オールドタウン」と名づけられた町に、先遣隊を派遣。 三時間後、定時連絡の断絶を以って、緊急プロトコルを発動した。 ● 彼女は、ノックもせずに、ドアに体当たりするようにして、唐突にはいってきた。 「ねえ。どうかしら!」 前置きもなく、しゃべりだす。 「メアリ。今、忙しいから後にしてもらう訳にはいかない?」 今調合している薬品は、作業工程が複雑で、ちょっとの手順間違いも命取りという代物なのだが。 「カスパール。あたしの話を聞く以上に大事な用事が、あなたにあるとは思えないわ」 断定だ。 そして、突き詰めればそれが真実だと肯定せざるを得ない。 「そうだね。それで、君の御用はなんなの?」 「アークのこねずみちゃん達が入ってきたの!」 ラッパ吹きと太鼓叩きを失ってからずっとふさぎこんでいたメアリは、最近ようやく元気になった。 合流し始めた第二世代――ライナス達の中に楽器ができる者がいたのだ。 今は、その練習や楽器作りで忙しくしているようだ。 「せっかくだから、お友達になってもらおうと思って! 公園でみんなにお顔を見せてあげたいと思うんだけど、どうかしら!」 公園には高い高い見はらし台がある。そこから吊り下げるのだ。 「ああ。そうだね。ハッグたちも喜ぶと思うよ。小さな子たちも」 そう言うと、彼女はにっこり微笑んだ。 「そうでしょう? そう言ってくれると思っていたわ」 メアリはくるりと一回転して見せた。 「こんなにいいお天気なんですもの。きっと、二、三日しないうちに、仲間に入れてって言ってくれると思うのよ? あたし達には、もっとたくさんの仲間が必要だわ。だって、楽しいもの!」 こんなにいいお天気だから、二、三日で死んじゃうんじゃないかな。と、カスパールは思う。 「それじゃ、カスパール。吉報を楽しみにしていてね」 彼女は、くるりときびすを返して、重たいドアに難儀しつつ、最終的には力任せにドアを閉めた。 激しい振動に、フラスコの中で漣が立つ。 ちゃぷんと波打った液体は、青から赤に変色した。 やれやれ。 彼は微苦笑しながら、中の液体を始末した。最初から、調合し直しだ。 「あたし達じゃなくて、僕のために、だね。メアリ――」 ● 「あたし達の町へようこそ。普通の人の中で、あたし達はとても仲良く暮らしているのよ。だから、なるたけこの静かな町で騒ぎを起こさないでもらえるかしら? 二つまでは許してあげてもいいけれど。三つ粗相をしたから、あたし達の仲間があなた達を追っかけて捕まえてしまうわよ?」 赤い風船、白い風船、黄色い風船。 秋に始めた「ささやかな悪意」の捜索は、バロックナイツの来襲に中断しつつも続いていた。 なぜか彼らも頭の上の嵐を避けるように鳴りを潜め、いっそこのまま消えてくれればいいのにと思えるのに。 ● 「お待たせ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターにとある住宅街を写す。 町並みは瀟洒だが、立っている家は経年劣化が進んでいる。 一世代前最先端だった住宅地が過疎化したような感じ。 「そう。ここ、人口流出が著しい元ニュータウンなオールドタウン。リゾートとの融合とか言うわけの分からないコンセプトで設立され、非常に不便な場所にあるため、ショッピングモールどころかコンビニもなく、鉄道もなく、幹線道路も遠く。独立した子供世代は去り、新たな住人は増えず。住んでいるのは年寄りばかり――のはずなのに」 モニターの中、手をつないで歩く母子連れ。笑顔笑顔笑顔。 歓声が飛び交う公園。真っ赤にさび付いた遊具で遊ぶ子供たち。砂場では腐乱した犬の死体をプラスチックのスコップでつつきまわす幼児の群れ。 それをいとおしげに見つめる母親たち。上品な笑い声。時代遅れのエプロンドレスにネッカチーフ。汗一つ書かない優雅なご婦人たち。暑いのに。とても暑いのに。 「ひどい臭いだったそうよ」 どんなに見た目がごまかせても、屍の臭いはごまかせない。 「仲間を逃がすため、とらわれたリベリスタがいるわ。今回の任務は、彼らの救出。乗り込んでいって奪還」 無事に帰ってこられると思えない。 「ルールに沿えば大丈夫」 脈絡なく聞こえるイヴの言葉にリベリスタは首をかしげる。 「このオールドタウンには、特殊な仕掛けがしてある。対敵対神秘結界みたいなもの。来るもの拒まずだけど、町のお約束に三回反した者には罰を与える」 お約束。 「町に属している女子供に、いかなる理由があっても手をあげてはいけない。これだけ」 ごく当たり前のことだ。 「ただし、町に所属している子供は、皆『パレード』、生きていても『ライナス』 なの。成人している女は、ハッグ」 例外なく、エリューション。 そもそもパレードはそばに寄ってきただけで攻撃したくなる特性を持っている。 「放置すれば増え、力を増す。出来るだけ早く叩きたい。これは威力偵察も兼ねている」 ここまでいい? と、イヴはリベリスタを見回した。 「みんなには、公園に救出に行く班から町の住人の目を引き剥がす陽動をしてもらう。精々派手に動いて、連中を引きずりまわして」 自分の身を守ることもままならなくなりそうだ。 「逆を言えば二回まではみんなのことを見もしない。三度やって初めて襲ってくるから、救助班から離れててもいけないし、近すぎてもいけない」 タイミングと手段をよく考えて。と、イヴは言う。 「陽動チームは北に住人たちをひきつけながら、町から逃げる。救助チームは南に逃げる。救助班は、動けない仲間四人かついで逃げることになる。その辺を頭に入れて。どう動くかはチームに任せる」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月12日(木)22:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「大人しいと思ったら、まさか町を造ってるとは思わなかったよ」 『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)と「ささやかな悪意」の付き合いはすっかり長くなってしまった。 機嫌が悪いのは救助班にいる兄が、恋人といちゃデレを繰り広げているからだ。今日、虎美の重工の前に立つものは皆不運といえた。 「全く、趣味の悪い人形劇を見てる気分だわ」 穏やかにゴキゲンヨウと声をかけてくるハッグに、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)に、げんなりした顔をする。 コンシューマーRPGのNPCと遭遇した感じだ。 かわいらしい顔立ちの子供からは、意識して目を逸らす。 あれは、死んだ後で死体をいじられた子供『パレード』。 間合いに入られたら、腹の底からわきあがってくる攻撃衝動をねじ伏せなくてはならなくなる。 (救助最優先) 『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)もそれは身にしみて分かっている。 (されど、斯様な不条理――) 公園で見せしめ台に吊るされて、仲間になれと強制されているのだ。 恭順か、さもなくば死か。 いや、死体をおもちゃにされる可能性まである。楽団との戦いを乗り越えてきたリベリスタにとって、仲間の死体との戦いは二度と味わいたくないものだ。 「いずれは……」 今は堅忍のときだ。 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は、道を歩きながら先ほど覚えた町の全景とのすり合わせに忙しい。 「ささやかねぇ。この場合、巨大な悪意の表層が顔を覗かせただけだな」 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)はAFが同期されているのを確かめ、前を向く。 「高原、脱出経路と初期的配置、E建材の使用・不使用の確認頼む」 「救助班には、敵が少なく通りやすいルートをナビするわ」 四人のリベリスタを保護して、極力消耗を避けながら撤退しなくてはならない救出班の負担を減らすのが陽動班の役目。 「地図は入手できなかったな……」 事前に地図を入手しようとした『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は、この街が書類上は存在していないことにいき当たってしまった。 すでにここは不動産開発会社は撤退し、更地になっているのだ。書類上は。 「遊ばれている感は否めませんが、仲間の命、くれてやる程、安くは無い……」 アラストールの守る者としての矜持は高い。 (勝てる相手としか戦わないわけじゃない。逃げるのにはなれてる) 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は、この街を作り上げた奴を殴りたい。 やっと、棲んでいるとこまで来たというのに、今回は逃げる仕事だ。 (……そりゃ、しゃくだけど) 前を向く。 (わたしは何もしてないけど、でも、やっとここまできた。どこで笑ってるのかしらないけど) 「見ていろ」 涼子は低く呟く。 そこで見ていろ。後悔しても遅い。 もう涼子は、振り下ろすための拳を固めてしまったのだから。 覚悟の方は、とっくの昔に。 ● 「友達っつーか、玩具だな」 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)が幸福な少女の立ち位置も忘れて呟く。 公園の真ん中に立てられた木で出来た見はらし台。 その最上部から両手首をまとめられて吊り下げられている。 救助班が、作戦開始の号令を出してくる。 南門から入った二班は、ここで分岐。 陽動班は公園北側に移動しながら、できる限りの住人を引き連れて、最終的に街の北側出口を目指す。 救助班は、残った敵をけん制しながら南から街を離脱する。 北ルートはまったくの未踏破だ。 陽動班がへまをすれば、南側に住人が流れて救助班が危険にさらされる。 彩歌の体からあふれ出る気糸を制御するオルガノン・アサルトモードが、きゃあきゃあと遊んでいた親子連れを串刺しにした。 胸糞悪いおままごとの終焉。或いは、楽しい幕間劇の始まり。 くたばりきれない哀れな子供の眉間を、虎美の冷徹な銃弾がぶち抜いた。 いかに死人だろうと、物理的な結節点を破壊されれば動きは鈍くなる。 そこに更に二度三度とつきたてられる気糸と銃弾は、もはや許されざる所業だ。 ウーウーウーと、突然鳴り響くサイレン。 『私、メアリ! 折角遊んでた小さな子を何度も突き刺しちゃうシリアル・キラーがうろついてるわ! みんな、気をつけてね?』 言っている内容とは裏腹な、きゃっきゃっとはねるような明るい声。 影継が、彩歌に飛びかかろうとするハッグの前に立ちはだかる。 「そちらに連続殺人鬼がいますの。どいていただける?」 「なら、なおのこと子供のいるママを行かせられないよな?」 睨み合い。ハッグママは、まだ三回攻撃していない影継に先に手を出すことは街の掟によって許されていない。 「お兄ちゃん」 虎美は、ここで道をたがえる兄に声をかける。 「ちょっと遅くなるかもしれないけど、今日の晩御飯、八宝菜だから……っ!」 間断なく弾を撃ち出す二挺拳銃。数時間後には家で包丁を握っているはずだ。 これが、いびつな町の掟を破るための銃声。 敵の多いほうに向けて突き進む。 北へ東へ北へ。 「!?」 虎美の脇を恋敵が何人も走る。住民からの攻撃がその恋敵の影に襲い掛かった。 「影人か……」 虎美的には、ライバルからの援護は複雑だった。 南側から迂回するとルートを勘違いしていたアラストールが、必死の形相で追ってくる。 少なくともそれによって生じる不利は回避されたのだ。 ● 三回の禁を破った虎美と彩歌に住民が群がっていく。 恋敵の影人は面白いように引き裂かれて、早々に道路の紙くずになった。 手を止めたらお前らもああしてくれる。と、住人たちは口の端を吊り上げる。 それをアラストールがかばい、その背の向こうから虎美の放つ更なる銃弾が住民を傷つけ、膨れ上がるように追っ手が増える。 英霊の加護はパレードたちにはまぶしすぎて傷つけられたと、アラストールも無法者の仲間入りだ。 影継が単身北を向き、パレードを吹き飛ばして歩く。 多勢に無勢。 パレードに阻まれ、その後ろから魔法を撃ってくるぬいぐるみを連れたライナスやハッグの攻撃をまともに浴びることになる。 積み重なっていくのは小さな子供の血肉ばかりだ。 肉体はシエルが恐ろしいまでの威力で癒やしてくれる。 それでも徒労感が禁じえない。 なかなか前に進めない。より効率よく前に進むために恵梨香が辺りを見回す。どこにでもある住宅街。細い路地。家の中にはハッグ。庭にはパレード。 どこを向いても住人だらけだ。 魔力は決して無限ではない。 「狙い、揃えよう」 言葉の足りない涼子の誰に言うでもない呟きに、虎美は応えを返す。 去年一緒に行った作戦では、直接連携して動くことはなかったけれど、共に成功を掴み取った。 「あたしは、あの通りの角から飛び出してくる奴みんな撃つ」 「あたしは、パレード撃つよ」 「うん、頼んだ」 涼子の銃弾が子供の頭を種無しスイカジュースに変えていく。 (パレードは、避けなくちゃ) パレードを見ていると頭の中が真っ赤になる。あれはよくないものだと涼子の勘がわめき散らす。 どれほどそれを打ち砕いても、本当にいやな奴にはなかなか届かないのだ。 ● とらは、陣地を作成しようと空間に介入しようとする。 半径五十メートルに住人を閉じ込められれば、逃走に役立つと考えたのだ。 呪文の詠唱にかかる時間がもどかしい。仲間が陣地の効果範囲を通過したのを確かめてから発動させる。 「やたっ!」 仲間はどんどん前に進んでいく。この陣地を維持するため、とらは陣地の外に出られない。 範囲から出た途端、陣地は消える。 効果はあるが、多用すると一人で街の真ん中に、ぽつん。だ。 だが、二回までなら、町の住民は反撃してこない。 「夜になったら、寝るもんだ。子供を殺して肉盾にして、こんな姿にしても何とも思わないなら、俺もあんたらを人とは思わないよ」 これは殲滅チャンスと、とらの翼が住民たちを切り刻む。 盾にされて、手足が吹き飛んだパレードが空中にいるとらにげへげへ笑う。 「ぞんだどがんげーだくびんだごどすぎでいるぐせにー」 にごった声、血泡を吹く唇。 「おでだちのてのとどかなとごがらえだぞーにー」 血まみれでゲラゲラ笑う子供たち。 「そもそも、うまく人間の社会とやっていけないから、ここに閉じこもってるんだろ!」 「誰にも迷惑かけないようにひっそり暮らしてるのに、わざわざ来てそんなことを言うの?」 胸に黒猫のぬいぐるみを抱いた少女が物憂げにとらに言う。 「誰だって、幸せにありたいわ。生きてる限り生きていたいわ。ここにいれば、普通に暮らせるの。それにすがり付いてなにがいけないの?」 ぐっと抱きしめたぬいぐるみの顔は潰れて変形するほどだ。 「早くもう一回撃ってきなさいよ。そしたら、みんなでぐっちゃぐちゃにしてあげる。公園から吊り下げてあげるわ」 ハッグが暑くないのはなぜだ? 暑くない訳がない。単に暑いと言わないだけだ。なぜならそれがルールだから。 何で三度までは襲ってこない? なぜなら、それがルールだからだ。 とらの神秘の知識ではのぞききれない深淵。 睨み合いは、陣地が消えるまで続いた。 ● それは、覚悟の攻撃だった。 吹き上がる闘気は、敵を蝕む黒になる。 見える限りの住民を巻き込み、影継は三回目の攻撃を果たす。 「我慢しててあげたけど、ここらが限界」 ぬいぐるみを連れた少年少女が、狩り解禁と呟き迫ってくる。 「ハッ! 女のケツを追うには早いぜマセガキども!」 だから、俺のケツでも追っかけて来い。 追いかける住人をたっぷり引き回し、ぼろぼろになった体を恩寵で繋ぎ止めながら、影継はぎりぎりまで仲間と離れる。 破壊神の加護をつなぎとめようと最寄の建物に入ろうとするが、ここは住宅街だ。商業ビルのようなものはない。コンビニ一軒すらない。全て民家。化け物の巣だ。 たった十秒を稼いでくれる安全地帯などない。たまらず地中に身を隠す。そこから、北側に向かって仲間と合流すればいい。 そして、地面の中でふと気づく。 北って、どっちだ? いや、そもそも。地上ってどっちだ? 攻撃の対象にならないために、新たな陣地を作るため、街を俯瞰で見るために。 高度を上げた途端、空中で、とらとシエルは方向を見失ってしまった。 どっちに行ったらいいのかわからない。足元に仲間がいるのに。 そんな馬鹿な。 『ピンポンパンポーン!』 町のあちこちに立てられた、町内放送用のスピーカーから華やいだ少女の声がする。 『逃亡者は、ちゃんとそれっぽく走って逃げてくれなくちゃ! 飛ぶなんてずるいずるい! 地面にもぐっちゃうなんてずるいずるい! 正しい道を通らないと迷子になっちゃうわよ! ヤパーニッシュキモノの下って下着つけないんじゃないの? かたっぽはおなか出てるし。地面にもぐったおにーさんは、下からスカートの中のぞく気なのね! そんな人達は、迷子になって同然ね!!』 はしたないー、はしたないーと、見える限りの住人が囃し立てる。 すぐそこの赤い屋根のおうち。二階の窓から、エプロンドレスの若奥様が姿を現した。 手に持っているのは、とてもファンシーなマジックワンド。肩には黒猫が乗っている。 マジックワンドの先に集まる光。 聖別された魔法の矢が、仲間めがけて撃ち込まれる。 それが上かし下かは分からないけれど、視線が通れば神秘は通る。 「癒しの息吹きよ――」 とっさにシエルがすがった存在は、その誓願に応えた。 指を指してリベリスタを嘲笑う、オールドタウンの住人たち。 ああ、なんて「ささやかな悪意」。 「はれんちー」 「ぱんつみせろー」 子供たちの囃し声。ああ、あの中に降り立ったら、きっとみんなまとめて殺してしまう。 「こっちだ! お前と共にあるべき仲間は――リベリスタはここにいる!」 アラストールが叫ぶ。 アラストールは守る者。仲間の矜持も守るべき大事な対象だ。 「飛ばずに下りて来い!耳を貸すな。こいつらを引きずりまわしながら走るぞ!」 「パレード、密集! 上空の二人の援護をするわ」 AFから恵梨香のナビゲーションが消えた。 変わりに、現世に現れ出でる雷の鎖。 「これだけ広いと見晴らしが利くから、かなり見える」 恵梨香の赤い目にうつる敵全てを巻き込んで、金の鎖が跳ね回る。 「離れて。誰も近づかないで。暴れるから」 囃し立てる死せる子供の中に、憤怒を抱いたまま大人になろうとしている少女が分け入っていく。 「どこから見てるか分からないけど――」 ゆがんだグリップだが、まだ照準は合わせられるし、まだ殴れる。 「見てろ――おまえらのつくったものなんか、みんなこうしてやる」 荒ぶる四肢が地を割り谷を穿ち、大河を走らせ参らす大蛇のごとき故、『暴れ大蛇』 今まさに死人の波を蹴立て、割り払い、できた隙間に空に迷いし仲間を誘導する。 「ありがと、ごめんねっ☆」 屈託ないとらの礼に、涼子はどこかぎこちなく頷く。 「申し訳ありません、後はひたすら癒やしを――」 あらゆる神秘を抱きしめて、癒やしに傾けようとするシエルに魔王の号は似合わないが、その背負った業は魔王級だ。 「方針転換だ」 伏せたとらの白い前髪の下から緑の眼光が恩寵持たざる者をねめつける。 「うん、わかってたっ☆」 こいつらがささやかなのは、いつまでもこうやって悪事を続けていたいからで、ちょっとは善良とかではないことを。 悪意はどこまで行っても悪意だということを。 「だから」 それは、激しきはばたきの起こす風の渦。切り裂き凍らせ肉を腐らせる。 罵声と怒号と呪詛と悲鳴が辺りを満たす。 半分は死体の癖にぎゃあぎゃあと泣き喚くのだ、腹立たしいことに。 「虎美殿、彩歌殿、先に行け。私はここで斜堂殿を待つ。迷子になっていたとしても、今のばかげた放送で多少の方向の判断はついただろう。道路にさえ出れば、恵梨香殿のナビゲーションでここまで来られる」 遠距離から攻撃できるものは、できるだけ離れている方が望ましい。 「境界から援護する」 言い交わす言葉は最低限。 アラストールは頷く。 「殿は引き受けた」 「斜堂、現在位置確認。最短ルートを提示。該当ルートを――」 恵梨香の周囲に展開する、無慈悲な魔法陣。 「掃討します。しばらく索敵を中断するので、各自の努力に期待します」 仲間の返事は、辺りを真っ白に染め上げる熱線照射の轟音にかき消された。 ● 「斜堂、合流! シエルが治して、鼻血ふけないほどすっからかんだった!」 AFから、仲間の声が聞こえる。残り40メートルを切った。 虎美は、一気に駆け抜ける。その背を黒猫が吐き出す魔法弾が追い、蹴りの刃が追い、雷の鎖が追う。 人が一度動くところを二度動く。或いは戦闘中最低限こなさなくてはいけない予備行動を人の半分で済ませてしまう。 それでも、まだ粘らなくてはいけない。 取って返すまでには、向こうが離脱できるくらいの時間を稼がなくてはいけない。 ただ逃げるだけではダメなのだ。向こうが逃げ切るまで逃げる仕事だ。 「大丈夫だよ。私はお兄ちゃんが逃げ切るまでがんばるよ。今日はおにいちゃんに八宝菜を作るのイカタコたっぷりもちろんウズラの卵も忘れないよおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん――」 訓練されたリベリスタの端くれでよかった。と、程なく追いついた彩歌は思う。 「うん。それ聞いてると、なんだか簡単な仕事をやっているような気がしてくるわ」 マインドセット完了。 ● 「救出班、離脱成功。繰り返す。救出班、離脱成功――」 よく整備されたしゃれた小道を埋め尽くす赤い肉の川。 あまりよろしくないことに、アークのリベリスタは、この冬から春先にかけて、これに見慣れてしまった。 「次の演目も付き合ってやるが。そろそろ芸名を名乗ってはどうだ。遊戯盤の主催者」 シエルの間断ない強烈な癒やしに噴き出した鼻血をぬぐいながらのアラストールの言葉に、スピーカーから、きゃはははははっと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。 『あたしは、メアリよ。もう一人は恥ずかしがりやさんだから、直接会ってから聞くといいわ!』 楽団が各地で暴れているときも、親衛隊が乗り込んできたときも、水面下に頭を引っ込めて知らん不利を決め込む程度に、二人は用心深い。 資料に載っていた契約魔術師・カスパールは、自ら名乗りはしない。仮名とはいえ、名前を知られるというのは魔術戦に置いて非常に不利になりえることだから。 逆に言えば、あっさり名前を明かすメアリの傲岸不遜が抜きんでているともいえる。 「悪趣味なお遊びだぜ。おまえらには必ず吠え面かかせてやる!」 影継は毒づいた。 「あなたの理屈だと、みんな望んで、喜んでこうなったのだと言うのでしょう。この町もそう、自分だけの「ルール」を押し付けて悦に浸っている――」 彩歌はピンと張っていた気糸の全てを切り離して言った。 「そういう輩が、私は一番嫌いよ」 娘をもつ親はびしりと言い切った。 『別に、今更、誰に嫌われようと構いはしないわ』 ガリガリノイズの入るスピーカーの向こうで、主催者は言う。 『今度はもっと大勢で来るといいわ。もっと楽しい町にしておくから』 楽しみにしてらっしゃい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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