● アークが稼動してから、しばらく定期的に発生していた小さな案件。 子供向けの菓子や玩具に潜んだ、ごく弱いエリューション。 万華鏡でなければ見つけられないほどのささやかな悪意。 ジャックが世間の連続殺人鬼予備軍に呼びかけたのに誤作動を起こして暴れた『魔女』=『ハッグ』によって、潜在的にエリューションの影響下にある女性が多数いることが発覚する。 そして、機会と用途に応じての人攫い集団『楽団(ムジク・カペレ)』 肉の壁にされる子供のアンデッド集団『パレード』 契約書に従い、家族を生贄にして、非道に手を染める魔女集団『ハッグ』 その契約書の化身にして使い魔『グルマルキン』 『グルマルキン』と契約したノーフェイス、『ライナス』 リベリスタ達は、幾度となく、そのたくらみを阻止してきた。 「楽団(ムジク・カペレ)」を壊滅させられた「ささやかな悪意」は、それでも徐々に勢力範囲を増していた。 アークの目の届かないところで、「ささやかな悪意」の根源、契約魔術師カスパールと錬金術師メアリがうごめいている。 アークは、連中の悪ふざけのような情報開示を分析。 本拠地を割り出すことに成功。 識別名「オールドタウン」と名づけられた町に、先遣隊を派遣。 三時間後、定時連絡の断絶を以って、緊急プロトコルを発動した。 ● 彼女は、ノックもせずに、ドアに体当たりするようにして、唐突にはいってきた。 「ねえ。どうかしら!」 前置きもなく、しゃべりだす。 「メアリ。今、忙しいから後にしてもらう訳にはいかない?」 今調合している薬品は、作業工程が複雑で、ちょっとの手順間違いも命取りという代物なのだが。 「カスパール。あたしの話を聞く以上に大事な用事が、あなたにあるとは思えないわ」 断定だ。 そして、突き詰めればそれが真実だと肯定せざるを得ない。 「そうだね。それで、君の御用はなんなの?」 「アークのこねずみちゃん達が入ってきたの!」 ラッパ吹きと太鼓叩きを失ってからずっとふさぎこんでいたメアリは、最近ようやく元気になった。 合流し始めた第二世代――ライナス達の中に楽器ができる者がいたのだ。 今は、その練習や楽器作りで忙しくしているようだ。 「せっかくだから、お友達になってもらおうと思って! 公園でみんなにお顔を見せてあげたいと思うんだけど、どうかしら!」 公園には高い高い見はらし台がある。そこから吊り下げるのだ。 「ああ。そうだね。ハッグたちも喜ぶと思うよ。小さな子たちも」 そう言うと、彼女はにっこり微笑んだ。 「そうでしょう? そう言ってくれると思っていたわ」 メアリはくるりと一回転して見せた。 「こんなにいいお天気なんですもの。きっと、二、三日しないうちに、仲間に入れてって言ってくれると思うのよ? あたし達には、もっとたくさんの仲間が必要だわ。だって、楽しいもの!」 こんなにいいお天気だから、二、三日で死んじゃうんじゃないかな。と、カスパールは思う。 「それじゃ、カスパール。吉報を楽しみにしていてね」 彼女は、くるりときびすを返して、重たいドアに難儀しつつ、最終的には力任せにドアを閉めた。 激しい振動に、フラスコの中で漣が立つ。 ちゃぷんと波打った液体は、青から赤に変色した。 やれやれ。 彼は微苦笑しながら、中の液体を始末した。最初から、調合し直しだ。 「あたし達じゃなくて、僕のために、だね。メアリ――」 ● 「あたし達の町へようこそ。普通の人の中で、あたし達はとても仲良く暮らしているのよ。だから、なるたけこの静かな町で騒ぎを起こさないでもらえるかしら? 二つまでは許してあげてもいいけれど。三つ粗相をしたから、あたし達の仲間があなた達を追っかけて捕まえてしまうわよ?」 赤い風船、白い風船、黄色い風船。 秋に始めた「ささやかな悪意」の捜索は、バロックナイツの来襲に中断しつつも続いていた。 なぜか彼らも頭の上の嵐を避けるように鳴りを潜め、いっそこのまま消えてくれればいいのにと思えるのに。 ● 「お待たせ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターにとある住宅街を写す。 町並みは瀟洒だが、立っている家は経年劣化が進んでいる。 一世代前最先端だった住宅地が過疎化したような感じ。 「そう。ここ、人口流出が著しい元ニュータウンなオールドタウン。リゾートとの融合とか言うわけの分からないコンセプトで設立され、非常に不便な場所にあるため、ショッピングモールどころかコンビニもなく、鉄道もなく、幹線道路も遠く。独立した子供世代は去り、新たな住人は増えず。住んでいるのは年寄りばかり――のはずなのに」 モニターの中、手をつないで歩く母子連れ。笑顔笑顔笑顔。 歓声が飛び交う公園。真っ赤にさび付いた遊具で遊ぶ子供たち。砂場では腐乱した犬の死体をプラスチックのスコップでつつきまわす幼児の群れ。 それをいとおしげに見つめる母親たち。上品な笑い声。時代遅れのエプロンドレスにネッカチーフ。汗一つ書かない優雅なご婦人たち。暑いのに。とても暑いのに。 「ひどい臭いだったそうよ」 どんなに見た目がごまかせても、屍の臭いはごまかせない。 「仲間を逃がすため、とらわれたリベリスタがいるわ。今回の任務は、彼らの救出。乗り込んでいって奪還」 無事に帰ってこられると思えない。 「ルールに沿えば大丈夫」 脈絡なく聞こえるイヴの言葉にリベリスタは首をかしげる。 「このオールドタウンには、特殊な仕掛けがしてある。対敵対神秘結界みたいなもの。来るもの拒まずだけど、町のお約束に三回反した者には罰を与える」 お約束。 「町に属している女子供に、いかなる理由があっても手をあげてはいけない。これだけ」 ごく当たり前のことだ。 「ただし、町に所属している子供は、皆『パレード』、生きていても『ライナス』 なの。成人している女は、ハッグ」 そもそもパレードはそばに寄ってきただけで攻撃したくなる特性を持っている。 例外なく、エリューション。 「放置すれば増え、力を増す。出来るだけ早く叩きたい。これは威力偵察も兼ねている」 ここまでいい? と、イヴはリベリスタを見回した。 「彼らは公園に吊るされている。放置すれば早晩乾き死ぬ。陽動してくれる班も組織しているから、彼らが町の住人をひきつけている間に、救助して」 自分の身を守ることもままならなくなりそうだ。 「攻撃機会は、一人二回まで。三回越えたら、町中全ての住人が襲い掛かってくる。二重遭難はしないように」 タイミングと手段をよく考えて。 「陽動チームは北に住人たちをひきつけながら、町から逃げる。救助チームは南に逃げる。救助班は、動けない仲間四人かついで逃げることになる。どう動くかはチームに任せる」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月12日(木)22:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 赤い風船、白い風船、黄色い風船。 街の入り口に立てられた大きな看板には、ようこそと書かれていた。 捩れた鉄塔。西に向かって続く坂道。森の中にうずもれる洋館の屋根。 由緒ある家系に連なる魔女がいつか見た幻視。 残暑の昼下がり。一番気温が高い時間帯。 じりじりと容赦なく日光は十六人のリベリスタ達を焼いていく。 ようこそ、僕らの街へ。 三の三十倍、ようこそ! ● ゴキゲンヨウ、ゴキゲンヨウ。 千里眼で開いている道を教えてもらいながら、見つからないように公園まで移動するはらだったのだ。 いや、そもそも死角などはない。ふと見れば、窓ガラスに目を引ん剥いて張り付いて、こっちを見ているパレード。 一定間隔を置いて通り過ぎるBOTみたいな通行人。 それが一様にリベリスタに向けて、挨拶するのだ。 ゴキゲンヨウ、ようこそ、オールドタウンへ。 「すいません、遅れました」 仲間から孤立しないことを大前提にしていても、破壊神への加護を請願する際は立ち止まらなくてはならない。 先を行く集団に小走りで追いつこうとする水無瀬・佳恋(BNE003740)は、穏やかな笑顔を浮かべながら芝生のテラスで編み物をしている老婦人に違和感を禁じえない。 一見一般人に見えるは、彼女はこの街の変化を気にしてはいないのだろうか。 「頭おかしいんじゃないの……いや、おかしいのは分かってるんだけど。言わずにいられなかったのよ。察してよ」 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は、老婦人にではなく、常軌を逸したオールドタウンそのものに毒づく。 「別に無駄だって訳じゃないはずよ。パレードは避けて通らないと」 殴れば吹き飛ぶ肉の盾。 哀れな死体は、見ているだけで首を引っつかんで引っこ抜いてやりたくなるのを、アンナは経験上知っている。 悔しいが、あの目の前が真っ赤になる衝動を回避するのは難しい。 『OME(おじさんマジ天使)』アーサー・レオンハート(BNE004077)は、アンナの懸念を払拭するために目を凝らす。 何度も肩を並べた回復仲間だ。主にモフモフ依頼で。 「パレード改の数が多いルートは、なるべくなら選ばないようにしたい」 陽動班からもルートの提示がされる。 自然、子供の声のしない方しない方と、リベリスタ達は歩いていく。 「巨大な玩具箱だな?」 辛辣といえば、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)だ。 「纏めて焼き払えば楽な物を、うっかり飛行機が落ちたり――」 これが最終手段となったら、やりおおせてしまいそうな気配がするのがユーヌの恐ろしいところだ。 「ああ、竜一は張り切って無茶しないようにな?」 「ユーヌたん! 俺、愛されてる!」 『解説役』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が発するのは、半疑問文でさえない、断定だ。 ユーヌの影に潜んで移動中の竜一の姑息さをとがめない、悪魔の舌を持つインヤンマスターの度量は広い。 時折立ち止まりながら、自分の陰を切り落として分身を作る程度に。 「ユーヌたん!? 置いていかないで!?」 「――本当に、無茶するなよ? 面倒が増える」 面倒を増やすのに一役買いそうな妹も、陽動班で参加しているのだ。奇妙な三角関係はほほえましいということにしないと、体に悪そうだ。 「仲良く暮らしている、可能な限り尊重したいことですが。我々にも、仲良く暮らしたいという願いもあります。ままならないものですね」 『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)は、嘆く。 「ささやかな悪意」 とか、仲良く暮らせそうにない。 何しろ、パレードを見た瞬間小突き回してしまうのを押さえられそうにない。そうしたら、街から強制退去――なら、ましだ。公園に吊るされる五人目と成り果てるだろう。 「それじゃ、お迎えに行きますか」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は、次々と生真面目な同僚からはいる情報を確認しながら歩を進める。 公園は、目の前だ。 「じゃ、救助役以外はラグナログかけるから。これにある反射効果が敵に攻撃と認識されるかもしれない。その場合、残り手数が減るから注意して」 インフォームドコンセントは大事だ。 ● 陽動班の動きがあわただしくなる。 南門から入ったに班はここで分岐。 陽動班は北側に移動しながら、できる限りの住人を引き連れて北を目指す。 救助班は、残った敵をけん制しながら南から離脱する。 北ルートはまったくの未踏破だ。 陽動班がへまをすれば、南側に住人が流れて救助班が危険にさらされる。 「お兄ちゃん」 脇を過ぎていく妹の背が遠くなる。 「ちょっと遅くなるかもしれないけど、今日の晩御飯、八宝菜だから……っ!」 遠ざかっていく小さな背中。それを竜一の視界から切り離す住人の群れ。 追いかけることは許されない。竜一には、背負った傷ついた仲間を街から救出するという使命がある。 そして、妹はそれを助けるために、走り出したばかりなのだから。 「余計なことは考えるな」 ユーヌの姿をした式神が何人も小さな妹の背後を守る。懸念は払拭してやるとばかりに。 「お前がその姑息な脳味噌をフル回転させて考えなくてはならないことは他にあるだろう」 公園に残った住民は、想定最低限に近い数だった。 「ごきげんよう」 「ご、きげんよ、う」 にこやかに挨拶をするハッグとそれにぎこちなく応じるアンナ。 「いけませんよ、その人たちは無法者です」 西部劇めいた言葉に、アンナは思い切り眉をしかめた。 しかし一歩もひく気はない。彼女はかばわれるホーリーメイガスではなく、盾になりえるホーリーメイガスだ。 (さて……足手まといにならないよう努力しようか。仲間の命が懸かっているのだからね) 『黄昏の賢者』逢坂 彩音(BNE000675)の気糸が吊り下げられた縄を切断する。 「お見事」 ナイフでロープを切断するつもりだった快は、鮮やかな手並みに間の抜けた賞賛をしつつ歯を鞘に収める。 「ノープロブレムです」 彩音は、芸能人らしく如際ない微笑を浮かべる。 傷ついた四人を担ぐのは、快、竜一、佳恋、アーサー。 「――その声は、新田か? 手間を取らせた。すまんな」 リーダー格の男はクロスイージス。船員で脱出はかなわないと見るや、ソードミラージュを先行させ、救援要請をした男だ。 日にさらされ、急激な乾燥に目もまともにあけられないようだった。 「おつかれさん。さ、帰ろうぜ。そしたら此処の攻略作戦会議だ」 今日の竜一はシリアスモードだった。何しろ助ける相手のえり好みをしなかった。背負ったのは男子中学生。念のため記述するが、男の娘の気配はない。 シリアスモードなのだ。恋人と妹の目が怖かった訳ではない。 「行きはよいよい帰りはこわい! というわけで、こっからは身体をはろう。迷子になるらしいので、ちゃんと正規の道路からの脱出だ!」 恐ろしく堅実。それが竜一の武器だった。 「道はきちんと覚えてきてますよ」 生佐目が請け負い、先導し始める。 「すぐに脱出しますからね」 佳恋が運ぶことになったのは、小学生の女子。もしも、あのままさらされ続けて事切れたら、この子もパレードにされてしまったのだろうか。 「大丈夫だ。ちゃんと生きてる」 その子からは、ちゃんと生きている人間のいい匂いがする。 アーサーは、佳恋にしっかりとその子を抱かせてやり、自分も大柄なデュランダルを抱き上げた。 ● なんともこっけいな様子だった。 小学生女子と中学生男子とガチムチの青年と中年親父を前抱っこ――お姫様抱っこという単語は会えて回避したい――にした若者の一団が、住宅街の歩道を走っていく。 それを、手に箒や棒や高枝切りバサミを持った奥様連合と、黒猫のぬいぐるみを抱いた中学生の一団と耳障りな笑い声を上げる子供の一団が追いかけているのだ。 「子供殺しっ!」 「よそ者!」 「死んでしまえ!」 吊るされていたリベリスタは、街中から攻撃対象にされる。と、フォーチュナは言っていた。 浴びせられる罵声、はき浴びせられるつば、いきなりぶちまけられるバケツの水、生ごみ、力任せに叩きつけられる植木鉢。 道の向こうから魔法の矢が放たれ、通りすがりに風の蹴撃がリベリスタの真ん中に打ち込まれる。 更には、公園からずっと、親子連れがついてくる。 背後から飛んでくる攻撃の風きり音から判断して、着弾の瞬間、自分のみで受け止める。 振り向きざま、二ブロック先の住宅の隙間から、陽動班が現出させた「魔術師の陣地」の一部が見える。 それによって道路は寸断され、かなりの住人の足止めになっているようだ。 「――派手にやってるわね。というか、ユーヌちゃん大行進も派手だけど」 アンナは、大量の影人を製作したために消耗したユーヌに精神同調しながら呟く。 「結局一番効率がいいからな。攻撃も出来ておとりにもなる。一石二鳥だ」 そう言うユーヌの目の下がうっすらと黒く落ち窪んでいる。 言っているそばで、佳恋のそばで式神がただの紙くずに変わる。 そのたび、恋人が死ぬ様をまざまざと目撃しなくてはならない竜一としては精神的苦痛だが、ユーヌはどこ抜く風だ。 不意に頭上から電子ノイズ。 『ピンポンパンポーン!』 町のあちこちに立てられた、町内放送用のスピーカーから華やいだ少女の声がする。 『逃亡者は、ちゃんとそれっぽく走って逃げてくれなくちゃ! 飛ぶなんてずるいずるい! 地面にもぐっちゃうなんてずるいずるい!』 陽動班はいろいろ試してみたらしい。 『――そんな人達は、迷子になって同然ね!!』 背後から聞こえるゲラゲラ笑い。追いかけてくる親子連れも笑っている。 笑い声で人を殺せるといわんばかりだ。少なくと殺せなくとも、人を怒り狂わせることは可能だ。 AFには、三人が方向感覚を失い、うち一人は孤立した上で現所在不明と表示される。 そのまま作戦を遂行されたし。との文言に否とは言えない。 「悪い、ちょっと交代」 歩きながらという訳には行かない。 竜一が更なる破壊神の加護を請願する間、生佐目が男子中学生を抱き上げて運ぶことになる。 「あの、あの、すいません」 男子中学生はしきりに恐縮している。妙齢なお姉さんにぎゅっと抱きしめられているのだ。状況は最悪であるが故に不可抗力である。ラッキースケベではない。 「なんのこれしき。リベリスタですからっ!」 生佐目は、そんなこと考えも及ばない。 革醒者だから力が強いという方向か、心意気の問題か、口にした生佐目本人にも定かではない。しかし、ここまでがんばった人間をこんなところで死なせる訳には行かない。 「おでのともだちをふみごろしだなーひとでなじー」 ただの石でもエリューションが投げれば立派な殺傷武器だ。 生佐目はとっさに自分のみで受け止めた。 炸裂音。 対最終戦争の加護は、敵対するものは皆敵の修羅場に対応している。 石を投げたパレードの頭は、あっけなく吹き飛んだ。 「いっがいべー」 「あとにがいでぶほうぼどー」 頭を失ったパレードが手を叩く。他のパレードも、もつれた舌ではやし立てる。ああ、この子供たちは本当に死んでいるのだ。 「畜生、畜生……オレ、殺したくなかったのに。潜入任務だから、何もしないで帰ってくるはずだったのに――っ!」 生佐目の肩が中学生の涙で濡れる。 「お兄ちゃんは悪くないよ。あたしをかばってくれたんだから。あたしがうまくパレードに変装できなかったから」 佳恋の腕の中の小学生女子が、違うの。と、むずがるように首を横に振った。 パレードの中に潜入して情報を聞き出す算段だったのだろう。 「ずっと、励ましててくれたんだよ。助けがくるからがんばれって」 アークのリベリスタの仕事は年齢をとわず過酷なものだ。才があれば、それに見合う役目を自ら選ぶことになる。 「うん。もう少しだから、もうちょっとだけ」 がんばっている人間にがんばれとは言いにくいから、佳恋はそこで言葉を切った。 小学生女子は、きゅっと佳恋が楽なようにしがみつき直す。 わずかな時間、生佐目と佳恋はその背をずっとあやすように叩き続けていた。 ● 快は、少し茶化して皆に伝えた。 「――運搬役諸君。そう言う訳で、残念なお知らせだ。俺達にラグナログをかけると、みんなまとめて無法者。強力な全体魔法が雨あられと降ってくる可能性が極めて高い」 そうなったら、救助班はともかく、救出対象がもたない。 「自前でどうにか乗り切ってくれ」 陽動班がかなり引き受けてくれたというのに、それでも攻撃は苛烈だ。 「残念なお知らせ、その二」 それまで、脳天から血が噴出しそうな勢いでリベリスタの体を癒やしていたアンナが仁王立ちの上、肩で息をしている。 「もう、魔力がない!」 リベリスタの顔から血の気が引いた。アーサーでなければデュランダルが担げない。となると、癒し手がいないし、索敵して、かばいながら、回復するのは、アーサーの日ごろの手際から考えると非常に困難だ。 「今から魔力絞るから、ちょっとの間だけ自力で乗り切って」 街の出口まで、一息に駆け抜けるにはまだある。 「私は残ろう。今の所、まだ無法者でもないし、怪我もしていないし、誰かを背負っているわけでもない。先に行ってくれ」 彩音は、足を止める。街の掟は絶対だ。彩音には攻撃の手は伸びない。しばらくの間は。 「せめてそのくらいさせてもらわないと格好がつかないだろう?」 竜一も足を止めた。 「そうだな、格好つけるなら、今だ――ユーヌたん、ごめん。この子連れて、急いで俺から離れてくれる?」 「バカが。私は力がないんだぞ」 ユーヌはそう毒づいた。竜一がおろした男子中学生をありったけの影人でかつぎあげて走らせる。 「生佐目さん。申し訳ありませんが、この子をお願いして構いませんか?」 佳恋はそう言って小学生女子を生佐目に託した。 「ラグナログがかかっている生佐目さんはそろそろ攻撃対象になってしまいます。だから、この子を連れて急いで逃げて下さい」 その背を守るから。と、佳恋は言う。 「私、戦うつもりだったんですが」 「はい。ですが、議論は後です、兎に角脱出を、支援します」 佳恋は、てこでも動かない顔をしている。 「ままならないものですね。この界隈ではよくある事でしょうけれど」 「――お前ら! すぐ戻ってくるからな! 持ちこたえろよ!」 快が先陣を切って走り出す。 ぐだぐだと油を売っている暇はない。決断は早かった。 新田快は、欲張りだ。 救えるものは皆救う。だから、救いやすい方から救う。 「クロスイージスの、ラガーマンの根性なめんなああっ!!」 ときとして、腰にぶら下がる敵を引きずりながら前に進むのがラガーマンだ。 たかだか重装甲の中年一人、なにするものぞ。 街の境界にトライを決めたあと、すぐ取って返してやる。 そう叫びながら走る快の後をアーサーとユーヌの影人、生佐目、そしてユーヌが続く。 まずは、助けられる命を確実に助けるために。 「戻ってきますから!」 ささやかな悪意に連なる者よ。そう叫んで走っていく仲間の声を背で聞く誉れを知っているか。 ● 「右よーし、左よーし、後ろよーし。巻き込まれだけはしないでくれよー!!」 竜一は景気よく、剣風を辺りに吹き散らかす。今まで我慢の子であった分、街の掟の猶予がある。 「こっちも巻き込まれ注意です!」 佳恋の長剣「白鳥乃羽々・改」のはばたき具合も絶好調だ。 「――正直大味だけど、削りにぐらいは成るでしょう。これっきりだからね!」 アンナは、途中までしていた詠唱の中身を捻じ曲げた。 撃ちたくはないが、なぜか撃つ機会が多くなってしまう裁きの光が不浄の住民を焼き払う。 「まずは、ハッグ、次がライナス、そしてパレードだな」 優先順位を確認して、彩音はありったけの気糸を最大限の精密さで射出する。 傷ついた四人を安全地帯に離脱させ、取って返してくる間。 街の境界の手前で立ち止まった四人は、恩寵をすりつぶしつつもどうにか持ちこたえたのだ。 ● 街の境界を全員で離脱し、ほどなく陽動班の離脱を確認する。 躁的な少女の声が響いた後、町内放送用スピーカーが耳障りなノイズをあげた。 「メアリが怒って大変だ。すでにティーセットとクッションと窓ガラスが目も当てられない状態になってるよ。今日は一日話し相手になってあげなくちゃ。これ以上暴れられると掃除をするお手伝いさんがかわいそうだから、君達、そろそろ帰ってくれる?」 少年の声が、割れたスピーカーから漏れる。 「でも、楽しかったよ。何より、君達、律儀に僕らのパズルといてくれてたんだね。色々忙しそうだったから、すっかり忘れてると思ってたのに。それでもよかったんだけど、お友達づきあいがフェイドアウトというのもなかなかさびしいことだからね」 でもまあ、とスピーカーの向こうの声は続ける。 「時々はお客様も悪くないね。折角、ここの場所も分かったことだし、また遊びに来てくれると嬉しいかな」 先ほどのスピーカーから漏れ聞こえてきたもう一人。 資料に名前が載ってはいたが、自分から名乗るような真似はしない。 「今度は、もっと大勢でおいでよ」 歓迎するよ。いつだって。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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