● 望んでいないわけではなく、ただ、望まなかったわけでもないという、それだけ。 有りはして、けれど、無きに等しく。 そんな小さな願いが唐突に叶ったのは、いつもの通学路を一人で帰る途中だった。 「――――――」 暖かなだいだい色の夕陽が、綺麗な日だった。 それに照らされて、同じようにだいだい色の男の人が、私に向けて手を振っている。 それに誘われるまでもなく。 私は、彼に向けて歩を進めていた。 何時か見た顔。何時か見た身体。 恋人でも友人でも、兄弟姉妹でもない男の人は、近づいた私に「やあ」なんて気さくに言って、分厚い片手を差し出した。 「……」 「久しぶり。元気にしているかい?」 「……」 「友達は? 学校の成績は順調かな。……なんて、僕が言えた義理じゃあないけどね」 「……」 「……どうか、したのかな。」 もしかして、忘れちゃったかい。なんて、苦笑混じりで。 けれど寂しげに語る彼の姿に、私はゆるゆると首を振った。 「うん。ちゃんと、解っていますよ」 そう、解っている。今見ているこの光景は、きっと泡沫の夢。 何れ割れると知れるそれを、それでも刹那の間、水底より水面へ向けて、たゆたう姿に見惚れる価値無き行為。 ――けれど、だから。 せめて、その刹那の時間、くらいは。 「……お久しぶりです、お父さん」 私は、私のココロを奪われようと。そう、思うのだ。 ● 「……幸せは、難しい」 ブリーフィングルームに立つ『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、集まったリベリスタに言うでもなく、ぽつりと、そんな独り言を、呟いた。 「……えらく感傷的だな」 「普段は、ね。一つ一つの未来視で考えすぎるのは良くないって、思うんだけど……」 俯き加減に、訥々と喋る少女は、両手に握ったうさぎのポーチをぎゅうっと握りしめる。 「……今回の依頼は、アーティファクトの破壊。 対象名は『better than』。触れた対象――勿論、E属性を持たない、ね――の『最も優先度の低い願い』を叶える代償として、対象に自身を乗り移らせると言う効果を持つ」 「……乗り移らせる?」 「簡単に言えば、触れた対象は願いを叶えると同時にアーティファクトになる」 「……!!」 やはりと言うべきか。想像より遙かに重い対価は、リベリスタ達の心を幾ばくか震わせる。 「アーティファクト化した対象は、その外見、性質には一切の変化はない。唯、私たちエリューション属性を持つ者にとっての『革醒物』となり、『フェイトの共有』という特性を取得するだけ。 逆を言えば、私たちにとってそれを回収する利点はその程度のモノだし……何より、このアーティファクトはE属性を持たない一般人に対する誘惑効果が比較的強いみたい。下手に欲を出して万一噛みつかれるよりは……って言うのが、私たちが出した結論」 「……そうは言うけどな」 リベリスタは、苦々しげにそう零して、既にモニターに映っていた『アーティファクト』――一人の少女の姿を、眺め見る。 年の頃は十五か六か。良く言えば大人しめ、悪く言えば地味という凡庸な顔立ち。それでもモニターに浮かぶ笑顔には些かの可愛らしさが覗き、故に、それを『破壊』する対象として見るのは躊躇われた。 「……一応聞くけど。コイツの願い事ってのは?」 リベリスタの誰かが、惑いから逃避するように、イヴに聞く。 イヴは、表情を僅かにも変えず、淡々と返した。 「死別した父親が生き返って欲しい。……当然、それほど大きすぎる願いは『少女の中』でしか叶えられなかったけどね。 それが一番優先度の低い願いだったんだから、彼女の現在(いま)は、少なくとも充実したものだったんだと思う」 「……厳しいな」 「そうね」 苦笑混じりのリベリスタ。表情変わらぬ予見の少女。 解っているのに、解っているのに、嗚呼、畜生――。そんな思いばかりが彼らを苛む。 嫌な依頼だ。だからこそ、何処にでもある依頼だ。 それでも、為さねばならないのだから、全く、因果な世界だ。 或いは哀しげに、或いは苦しげに、席を立つ彼らは、少女の元を離れる前に、一つ。 「……最後に聞きたいが、アーティファクトが別の対象に乗り移ったら、元の器はどうなるんだ?」 分かり切ってる、愚かな問いを、した。 「……骨も残らず、空に消える」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月15日(日)22:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●『X/X』の推測 静かな夕暮れのまちの中、頭の中だけはどうにもノイジーだった。 公園のブランコに揺られて、死んだはずの父親と会話する最中、唐突に現れた八名の来訪者に、私の思考はどうにも煩雑化する。 ……「はじめまして」を。 誰かが言った。私に言った。 性別年齢容姿、何もかもがバラバラな彼らに対して、それでも私は取りあえず挨拶を返す。 その姿は、きっと滑稽だったのだろう。 体裁の整わない返礼に、曖昧な笑顔で近づいた一人が、そうして私に向けて呟いた。 「遅くなるとお母さん心配するだろうし、少しだけ……君と話したいんだ」 人助けと思って、なんて不可思議なコトバを、それでも私は頷いた。 頷いて、クスリと微笑んで、そうして私は思ったのだ。 ――嗚呼、きっとこの人達は、私を変えに来たのだろうと。 ●『2/Y』の独白・α 「――周辺の封鎖は?」 「一先ずは。最も……既に、若干名の人間が近づいてきては居るけど」 小柄な身体を精一杯に動かして。 『黒刃』 中山 真咲(BNE004687)が、幻想纏い越しに問うた離宮院 三郎太(BNE003381)へ小さく応答する。 一般人を知らず誘導・誘惑するアーティファクトへの対策として、周辺警戒へ真っ先に名乗りを上げたのは彼ら二名だった。 『0』 氏名 姓(BNE002967)の提供によるカラーコーンと工事案内の看板を立てた向こうには、遠目にも幾名かの人影が確認できる。 「近づいてきたら止めたいけど……」 「駄目です。彼の誘導能力、一般人の自我を残したまま無意識のみに働きかけてるみたいですね」 作業員の服装で在れば三郎太や姓は兎も角にしても、真咲が止めても一般人の側が逆に不審がるだけだ。 呆れ顔の歎息は、凡そ全員が浮かべたもの。 「……やはり、考え方は人それぞれですね」 苦笑を交えて、三郎太が言った。 振り返った先の公園では、今頃何が行われているのだろう。 対話か、闘争か、それ以外の何かか。 此度の破壊対象であるアーティファクト……一人の少女への対応は、個々によってそれらが大きく違っていた。 三郎太が指した言葉は、そう言う意味だ。 同時に――そうした個性のぶつかり合いが、アークという組織の強靱さを成しているのだとも。 「なにが正しくて、なにが間違ってるか。 んなのわからないし、多分正解はないんだと思う」 「ボクはどちらの主張も間違っていないと思います。 でも、だからといってどちらかだけでも、ボクたちが出来る事の100%では ないかもしれない……と」 真咲の独論にも、三郎太の返答は淀みない。 その筈だろう。その考えの為に、彼はこの役目を請け負ったのだ。 誰しもの主張を完全に叶えうるだけの時間を稼ぐと言う、或る意味では最も肝要と言える役目を。 「できれば……できればボクも最後は救われたと思ってほしい。 それが僕たち側から見た自己満足であったとしても」 「……そう」 当人なりの確固たる思いを込めた言葉にも、真咲の言葉は淡々としていた。 ――殺される理由なんて、殺される側にとってどれだけのものだというのか。 ――これまで幸せに生きてきて、突然つげられるソレにどうすれば納得できるというのか。 自己主義者の自己主張など、聞く側からすれば身勝手極まりない話だ。 況や、残された時間は十分もない。言うだけのことを良い、せめて納得して死ね。しないなら此方は悔やんでやるから死ね等と。 真咲の中で、少女がその頼みに応じるか否かなど、その二つの違いしか在りはしない。 「……結局は、他人事だ」 幻想纏いには通さぬよう、端末を握りしめる形で、通話口を固く抑えて。 「どうでもいいんだ」 ――瞑目の向こうには、増えつつある人影だけが。 ●『X/X』と『4/Y』による説明と・α 「君の名前は?」 「あ、――――――です」 『ピジョンブラッド』 ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)の問いを、少女はいとも容易く答えてみせる。 唐突に近づき、名前を聞いた彼に対しても、少女の様子に不審は見られない。 警戒心がない――のではなく、単に優しいと言うべきか。 和やかに話す彼女の瞳は、今なおしっかりとロアンを『見ている』のだから。 「……はー、やってらんないな。気が重いぜ」 そんな二人から、僅か離れた場所。 俯き加減に頭を掻いた『覇界闘士<アンブレイカブル>』 御厨・夏栖斗(BNE000004)の言葉に、並び立つ姓も苦笑を以て返す。 本来なら姓もまた、三郎太達と共に周辺封鎖に中るつもりだったが、殆どが道具に頼り、人員を必要としない封鎖方法と、侵入した一般人への少し手荒な対処方法。 何より――少女自身に言うべき事を、幻想纏い等の端末越しでは余りに説得力がないと言うのが、姓が此処にいる一番の理由である。 「奪うしかない相手に与えられるのは、救いではなく絶望と恐怖。 只、彼女の死で助かる人がいる……全く、何時ものことだ」 「……誰もが望むハッピーエンドは無いのかもしれない。いっそ割り切ってしまえれば、楽なのかも知れない」 両者が紡ぐ言葉は、昏い瞳に闇を湛えていく。 だども、其処で諦めることすら、彼らには出来ないのだ。 「でも、もう少しだけ足掻いてみよう。 人型の破界器に少しでも救いがあるように」 沈んだ頭を持ち直す姿は、しかし、どうにも危なっかしいけれど。 「……君みたいな良い娘のご両親だったら、お母さんもお父さんも、さぞ素敵な人なんだろうね」 「何だか、少しくすぐったいです」 二人の会話は、そうした最中にも続いていた。 が、この時点で時間の経過が若干危うくなってくる。 一般人が雪崩れ込むまで一刻を争う最中、『話を膨らませる』『遠回しに聞き出す』等と婉曲的な手段を使った、ロアンのミスである。 穏やかな外面に反し、彼自身の内面にも焦燥が現れ始めていた。 その、最中。 「……それほどでもないんですよ。本当に」 遠くを眺めるように、訥と、少女が呟いた。 「……お父さんと、上手く行ってないの?」 「あの。直ぐ其処に本人が『居る』んですけど」 苦笑混じりで誰も居ない隣のブランコを指差し、少女は思い切った質問をするロアンに向け、両手で口元に×を作った。 「でも、まあ。ちょっとだけ恨み言を言いたいのは本当です。 お父さんが居なくなった後、お母さん。凄く落ち込んじゃったから」 今でも、あんまり元気ないんですよ? そう言って彼女は、居ない父親に向けて小さく微笑む。 「……」 「何で、死んだはずのお父さんが此処に居るんでしょうね。 それはとても不思議ですけど。ひょっとしたら、夢かも知れませんけど。それでも、伝言の一つでもお母さんに持って帰れたら、少しは元気も出るんじゃないかな、って」 「……御免よ。それは、出来ない」 応えたのはロアンではない。 『Lost Ray』 椎名 影時(BNE003088)が。小さく彼女の前に出て、全く以ての無表情で、ブランコに座る彼女と目線を同じにする。 「何故、でしょう?」 「ああ、全てを話すよ。君の身に起こったこと。これから君が辿るだろう道を」 カタチばかりの笑顔を浮かべて、彼女は小さく、言葉を付け足す。 「……判って欲しい、なんて、言わないけど」 ●『1/Y』の独白・β 苛立ちは未だ止まない。 それは無辜の人間に無慈悲なエンディングを寄越す世界に、それをそれと切り捨てる自らに対して。 苛立ちは未だ止まない。 それは時として自らを、他者をすら投げ捨てる程の願いを、価値なき物と定められた彼女に対して。 恨めしく、羨ましく、だからこそ妬み、嫉み、自らの激情に任せて殺すのだ。 「――――――――――――」 戦場で言葉を為さぬ者は多い。 けれど、彼は。 『Le Penseur』 椎名 真昼(BNE004591)は、そうでない場所だからこそ言葉を捨てた。 閉ざした瞳に代わり、従える蛇を通して少女を見る。 所作に滞りはない。口調に淀みはない。 真昼の妹――影時の突飛な説明に対しても、その姿はあくまで唯の少女そのものだ。 それは、違うと判っていても……まるで全てを諦めて、受け入れた罪人のようにも見えて。 だから、真昼は許せない。 後天的な、そして純粋な我を貫き通した真昼は、その有り様を一分として否定しない。 だからこそ得られたものがあった。ともすれば妄執とさえ言われかねない其れを、しかし完遂したからこそ掴み取れたものがあったのだと。それが彼の叫ぶ持論でもあった。 そんな彼からして、『普通』で『当たり前』の彼女の生き方は、何処までも相反している。 水と油は混ざらない。そんな考え、真昼の勝手な想像だと解ってはいても。 改めて、少女を見る。 彼女は笑っていた。それ以外を知らないかのように。 身勝手な理由で寄越された自らの死を、安易に笑い飛ばすかのように。 ――嗚呼、と。息を吐く。 出来ることは何もない。彼女は、世界の冤罪を負うた罪人だ。 唯一、叶えられるものがあるとしたら、其れは。 その身を罪人として終わらせるのではなく、真昼という存在の身勝手で殺された被害者として、終わらせることだけ。 ●『X/X』と『4/Y』による説明と・β 「――――――要するに」 一頻りの説明が終わった後のことだ。 少女は俯いたままの寂しげな笑みで、言葉を発していた。 「このままだと、私は大量殺戮者に成っちゃうから、その前に貴方達が私を殺す、ということですか」 「そう。言っておくけど説得とか無駄だよ。 これから人を不幸にしていく君の存在を消去するのに、議論はいらない」 影時の言葉に容赦はない。 だと言うのに、少女はきょとんとした顔を浮かべて――次いで、笑顔になった。 「しっかりしてるんですね。私より年下なのに」 「……抵抗とかしてよ。殺しやすいのに」 「いえ、無理ですよ。私一人でこんな大人数」 ぱたぱたと振った手に、影時はどうにもやりづらさを覚える。 彼女が今言った言葉は、あくまで理屈であって理由ではない。本心が未だに見えていないのだ。 ……まあいいや、と。最低限の責任を果たした彼女は、一旦背を向けて歩き出し――その後、一度だけ止まり、顔だけを少女に向けた。 「一応言っておくよ。君に救いはない。君に罪はない。君は悪くない」 「……」 「其れと同じく、僕等は悪くない。僕等は与えられた仕事を達成する事に抗えない。僕はそれに疑問は持たない」 ――僕等は世界を護らなければならない。『だから』、今日も命をひとつ消去します。 言うだけを言った影時は、そうして他の者達に役目を譲る。 その時間も、既に限られてはいるけれど。 「誰もが沢山持っている今の幸せに目を向けなさい。誰もが少しは持っている過去の不幸は忘れなさい」 「……?」 英国の小説家の言葉を挨拶に、先ず前に出たのは『宵闇に舞う』 プリムローズ・タイラー・大御堂(BNE004662)だった。 「忘れかけていた不幸をほんの一時消し去るために、現在にある全ての幸せを投げ打つ羽目になった気分は如何なものかしら?」 「……好きこのんで、成ったわけでは」 かぶりを振った少女の言葉が嘘などとは、この場の全員が判っていたこと。 少女に取り憑いたアーティファクトは、其れがどれほど些少でも、願いを起点にその効果を発揮する。 プリムローズの言葉は、正しくはなくとも、間違いというわけでもなかった。 「貴方達は、どうなんですか? 私のことを、殺したくて殺そうとしてるんですか?」 「そうねえ。……私達もあまり人の事は言えないと思うの。 世界を守るという方便のもと、今までにどれほど沢山の犠牲を払ってきたのかしら?」 ――犠牲の意味が何を指すかは、影時の説明から容易に察することが出来た。 流石に顔色を変えた少女に対して。プリムローズは言葉ばかりを軽薄に、それでも瞳だけは確たる覚悟を用いて、言葉を継げていく。 「リベリスタとは世界が少しだけ持っている不幸を消し去るために、世界が沢山持っている幸せを摘み取るのがお仕事だもの」 「……」 「少なくとも――今貴方を殺すことはしないわ。未だ貴方と話したい人は居るみたいだし」 寛大か、それとも無関心か。 屈託のない笑顔で其れを言うプリムローズは、それと同時に、こうも言った。 「けれど、時が来れば躊躇はしない。貴女と世界の不幸を摘み取りましょう」 それまでの者達になかった、明確な死刑宣告。 何かを耐えるように、俯き、拳を握った彼女に対して。 「ごきげん麗しゅう、お嬢さん。ちょっとだけ話聞いてくれる?」 「……。はい」 瞑目した少女に向かい、問い掛けたのは夏栖斗だ。 父親が居ると言った空のブランコには腰を下ろさず、ブランコの周囲を覆う鉄製のレールに座った彼は、最初に小さく問う。 「君は、君が変わってしまったのには気づいてる?」 「……」 「気づいてないわけは無いよね、君には奇跡が起こっている。 君を変えてしまった世界の毒は、君を通じて広がってしまう猛毒なんだ。君がいることで、君と誰かの幸せは壊れてしまう」 返される言葉は、影時の説明から極端に減っていた。 いっそ、何を言ってるんだと反駁されれば良かった。 不自然な沈黙を途切らせるように、夏栖斗は言葉を続けていく。 「君は泣いて叫んでこの理不尽に怒ってもいい。抵抗だって受け入れる。 だけど生きることを願うなら――君は」 「……それは、卑怯、です」 言葉を繋ぐ彼に対して、少女は面持ちを上げず、それでも言葉を被せた。 「貴方は私を、殺しに来たんですよね」 「……うん」 「だったら、抵抗を受け入れるとか、生きることを願うならとか、叶うはずもない事を、言わないでください。 胸が痛いんです。生きたいって思うんです。貴方達は其れを望んでも、私はそんな、身も心も傷つけられて死ぬなんて、いやです」 ……少女の座るブランコの真下が、少し湿っていた。 震える身体と、嗚咽混じりの声を。それでも否やと、姓が前に出て言葉を告げた。 「そうだね。絶対に叶わないことを願うのは、無意味かも知れないけど」 でも。そう繋げる言葉には、些少の慈愛を込めたままで。 「なら、お父さんが生き返ることは、君にとって本当に無価値なの?」 「……何を」 「何故お父さんに生き返って欲しかったの。 幻との邂逅だけで本当に満足? それで願いは叶ったから、もういいやって諦めきれるの?」 「そんな、私は……!」 涙で濡れた頭を上げて少女は何かを言おうとした。 その言葉を――姓自身が、抱き留めて、止めた。 「……大切な人が戻って来る事は、そんなにちっぽけではないと私は思うよ」 それが、終わりだった。 其処までが、限界だった。 「――駄目です。封鎖地点を抜けられました」 聞こえたのは、三郎太の声。 残る時間は一分もない。誰かは悔やむように、誰かは待ちわびたように、各々の幻想纏いから武器を取り出した。 無骨か、華美か、流麗か。 何れにせよ、見た者に畏怖を与えるその様相を見ながら、彼女は。 「……しにたく、ない、です」 地に頽れながら、言葉を零した。 ●『X/X』の消失と『Y/Y』による終焉の向き合い方 全てが終わるのは一瞬だった。 其れまで瑞々しく稼働していた肉体は塵と灰に代わり、さらさらと空に溶けては消えていく。 「……人は過去へと遡ることは出来ないのだから、図らずもそうしようとした者の末路としては当然かも知れないわね」 プリムローズの瞳は、言葉ほどに辛辣ではない。 それが優しさというより、興味を失ったものへの視線であることに、気付いた者はいるのだろうか。 「次生まれてくる時は、どうか穏やかで幸せな一生を」 「ごちそうさま。……ごめんね、おねえちゃん」 溶け往く灰に別れを告げたのは、三郎太と真咲の二人だ。 既に聞こえもしない言葉を言う意味はない。其れはきっと自身の心の整理のためのもので、だからこそそれらは真に無意味たる事はなかったのだろう。 「世界は優しくないから。僕ら位は優しく在りたい、けれど――」 眇めたロアンの瞳は、何時かを見ている。 失った物は少なくない。ならば、得たものは多かったのか。 自問に答えはなかった。ただ、残響のように空しさが広がるばかりで。 「……」 消える灰を見遣る者の中で、唯一人、夏栖斗はその向こうの空を見ている。 死の刹那、少女に問うた、唯一つだけの質問。 『何で、こんな不条理を受け入れたの?』 返された言葉はなく、ただ、くしゃくしゃの顔で、空のブランコを見た彼女の表情。 未だ彼の瞼に焼き付いて、離れてはくれないそれが、何時消えるのかなど、解りはしないけれど。 「……君の存在は覚えておくよ」 そうして、全てが終わる瞬間。 微かに握れた灰の飛沫を空に放り、影時は、或る意味最も優しい別れを、最早亡い彼女に言った。 「形が無くなる。墓もなくなるなら、せめて記憶の中で生きればいい」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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