● 夜の帳と雲に包まれて、それはそっと降りてくる。 誰もいない廃れた公園。 そこには、誰も手入れしないままの大きな椿の木が群生していた。 濃い緑、つやつやしたはっぱ。 花も終わり、愛らしく実った椿の実は、緑から赤のグラデーション。 身長一メートルに満たない「小人さん」は、アザラシのような姿をしている。 つるりと油をまとった毛足の整った表面。 顔のところだけ開いていて、人のような顔をしている。 むっちりとしたほっぺが3D。使命感に燃えたまなざしと口元はきりりとしつつ、あどけない。 小脇に抱えて、かいぐりしてやるってなもんだ。 そのちょっとむっちりしたフォルムは、まさしく浜辺に打ち上げられたアザラシ。 もしくは、歩く寝袋。 いや、さすがにこんな小さいサイズはないだろうが。 足は二股に分かれていて、なんととっとこ走れるのだ、すごい。 椿の木に、熱く激しいヘッドバッドをかました。 どっしーん。 それを、とあるかわいい物好きが見ていた。 ● 「なにこれ、かわいい」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)、珍しく上機嫌。 「アザーバイド。識別名『しーるず』。おててあるけど、ないないしてて使わない。異文化は尊重するべき――たまらん」 はい、私情はとりあえず置いておいてください。 「この世界の椿油がお気に入り。そのため、世界のどこかに現れて、木にヘッドバッドや体当たりをかまして、実を落として、拾って、去っていく。短時間だし、規模も大きくないし、必ず帰るし、おととし放置してたんだって?」 以前類似の案件があった場合、リベリスタと一緒に資料に目を通しながらしゃべるのが、四門流。 「で、初接触が二件。E・フォース発生の要因になるの回避と、他団体構成員殺害の阻止。両方成功。有効な関係構築済み」 お疲れ様です。と、書類に頭を下げ、で。と、リベリスタに向き直る。 「今回は、剣林相手になります」 途端に、空気が変わる。 少数精鋭の武闘派集団、剣林。 まともにぶつかり合うとなると、ただではすまない。 「放置すると、剣林所属の古老の付き添いで椿を見に来てた『剣林最弱』 としーるずが鉢合わせ」 あいつかああ。と、リベリスタの何人かが天井を見上げる。 『剣林最弱』大屋緑。 過去二度、アークと接触を持ったフィクサード。 幸い戦闘にはならなかったが、そうなったら非常に面倒な相手だ。 自他共に認める、『剣林』ラヴ。自分より無様な者が『剣林』を名乗ることを許さない。 新入りを試したり、『剣林』の名を汚したと判断した奴にヤキを入れに行く習性がある。 上層部は放置、というよりは、面白がっているのだろう。 緑もいなせないような輩は、剣林では必要ない。 緑自身がそう定義つけている。 それゆえ、自称は「最弱」だ。どれほど成長しようと、いつでも緑が「最弱」でなくてはならない。「剣林」は常に進歩しなくてはならない。 「第一関門」、「器用貧乏」、「十徳ナイフ」、「砥石」、「試金石」、「先任軍曹」、「ネメシス」、「懲罰係」 数々の異名を持つが、一番有名なのは、『削り鏨』 無様な者は、丁寧に痛めつけて『剣林』から放り出す。場合によっては、三途の川の向こうまで。 剣の林に生えてくる芽を見極め、剣とならぬと見るや容赦なく抜いて彼方に追いやる、厳然たる守人。 子供だから、妙に潔癖で融通が利かないし、大人の機微など読む気はない。 人は言う。 『あれが『最弱』なら、剣林は化け物しかいない」 然り。そうあれかし。 そして、女子高生らしく、無類のかわいい物好きなのだ。 この間は、かわいいという理由だけで、強暴なアザーバイド『ダンデライオン』の種を持って帰ってしまった。 まだ栽培しているという話は聞かないが、おそらく時間の問題だ。 そんなのに、こんなにかわいいしーるずを見せた日には。 「――お持ち帰りを試みる。そんなことされたら、しーるずは死んでしまう。非常に繊細でか弱い生き物。落雷の音で死ぬとか、どんだけデリケート」 次元を超えた決死隊。彼らは、命をかけてボトム・チャンネルに来ている戦士だ。 「今回は、戦闘に巻き込まれたら負けだから」 四門はびしっと言う。 「めぐり合わせの問題だし。しーるずは椿の実を集めないと絶対帰らないから。『剣林最弱』が来る前にお帰りいただけるよう椿の実集め、手伝ってあげてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月06日(金)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 四つの影が闇の中で話をしている。 「おかしいと思ったんです。椿の花など、とっくに終わっていますからね」 「ころりと落ちる首が椿っぽかろうが」 刀に付いた血のりを丁寧に懐紙でぬぐい、エコ。と消臭抗菌パックにしまいこむ『剣林最弱』大屋緑は、軽く息をつく。 「それでもついてきたのは、わしの園芸の腕を当てにしてのことじゃろ?」 禿頭でやせこけた老人が笑う。 「お前は火の手じゃから、草木を育てるのは無理じゃ。潔く、拳の道を突き進め。枯らしまくっとるそうじゃないか。ほっておけば見上げるほどになる異界の雑草を」 総髪の恰幅のいい老人がしみじみと言う。 「ちょっと、日陰で育ったら小さくならないかなと思って、実験しただけです」 「自然に逆らうからそう言うことになる」 禿げ老人は手厳しい。 「咲きもしない椿をダシに使う方よりましです」 むくれる横顔は年相応だ。 「わしらが勝手に動いたのがばれたら、お前すごく怒るじゃろうが」 「当たり前です」 「看過は出来んので、実行犯くらいはお前に片付けさせてやろうと思うたのじゃ」 ちょろちょろ目障りな緑を煙たく思っている者は少なくないが、「最弱」と名乗る小娘に手を上げたとあっては沽券に関わる。 外部の者に首を上げさせようとしていた黒幕は、今頃どんな目に合わされているのやら。 老いたりとはいえ、老人達の影響下にある者も緑を含めて少なくない。 「すまんね、緑。年寄りのわがままにつきあわせて。お前さん、学校は楽しいかい」 「はい。同じ年頃の子がたくさんです」 「そうかい」 ロマンスグレーの老人は、そういって言葉を選ぶ。 「だが、緑よ。道を究めるのに遅いということはあっても、早すぎるってことはねえ。ぼちぼち、自分の道を定めたらどうだい」 目に付く技を片端から身につける緑、またの名を十得ナイフあるいは器用貧乏。 「俺のとこでも――誰のとこでもいいけどよ。いつまでも、子供だからで許される年じゃいられねえ」 老人達は、緑が門前の小僧ではなく、弟子になる日を待っている。 ● 「こんばんは、ちょっといいかな?」 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は、注意深くしーるずに接する。 手にした熊手と箒と同じものを下げて現れたしーるずに知らず笑みが漏れる。 昨年まったく意図せず泣かせてしまったのを、彼は胸に刺さった刺のように覚えているのだ。 わざと足音を立てて近づき、不用意に脅かしたりせぬように。 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)のペンダント『暖光の雫』が、名前どおり柔らかく暖かな光をこぼすのを先触れにして、リベリスタはこの上なくか弱い決死隊に接触を試みる。 柔らかな雰囲気も、何もかも今年最初のしーるずのために。 きゅっと結ばれていたしーるずの口元が、くひっと笑顔に変わった。 「さぁこいしーるず!ドーンと――ぐべらッ!」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は、涙目だった。 受け止めたしーるずの頭突きは、背中突き破って反対側に内臓ぶちまける勢いだったが、そんなことはどうでもよかった。 また会えて嬉しい。 痛む腹にうりうりと額をこすり付けられるのは地味に痛いが、これをはねつけるなど、どうして出来ようか。 「おまえ、この前の子か。よく来たね~、怖くないぞー、いい子いい子っ」 (強く触るとダメなんだっけ、そーっと優しく撫でよう) びびると死ぬ繊細な生き物だ。頭突き? そこは気合で乗り切るんだよ。 (持ってきた道具って同じ奴かな? 改良してあったりして!) それは、去年の晩秋、ツァインたちがシールズにプレゼントした熊手だの、ちりとりだの、効率よく椿の実を回収するためのお道具だ。シールズの体格にあわせてコンパクトかつ軽量化されている。 「大きくなって……」 孫を見るじいちゃんのようだが、なにしろ時間がない。 剣林最弱が来ちゃう。 (しーるず達も僕らの事を覚えてるみたい) 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)は、ほっと胸をなでおろしていた。 ふりふりと手を振ってみる。 すると、口を三角にしてじと目の個体が智夫めがけて突進してきた。 箒と軍手はともかく、お手手つきざるが敵認定されちゃったっぽい。 去年泣かしちゃったから、お兄ちゃん的立ち居地の子が仕返しに来たな、こりゃ。 去年来た子が止めようとしているが、しーるずはおててないないしているので、うまくとめられない! 「す、ストップして下さい。お願いーっ!」 げごふぅ。 「これがしーるずさんですか……どっかのゆるキャラみたいですね。三高平のご当地ゆるキャラにエントリーして貰うとかどうでしょう?」 真面目な顔で冗談を言うキンバレイ・ハルゼー(BNE004455)。 (しーるずかわいい……!) 『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)、声にならない叫び。脳内サムズアップ。 腐女子たる者、顔にちらりとも出さずに萌えるなど朝飯前だ。 (お話に伺っていたとおり…いいえ、それ以上に。とっても可愛らしいわ) 淑子は、3Dほっぺたに目が釘付けだ。 (うちに連れて……嗚呼、いけない。ミイラ取りがミイラ、ってこういうのを言うのよね。大丈夫、ちゃんと送還するわ) 手がわきわきしているのはしーるずを小脇に抱えるためではなく、椿の実を拾うためのウォーミングアップです。信じて下さい。 「決死の覚悟があったって、全員無事なほうがずっと良いでしょう? 皆で集めれば、きっと大丈夫よ。わたしは淑子。どうか宜しくね」 ● 「うん。死ぬかと思った」 予期せぬクロスイージスの証明をした智夫からの仮初の翼があっという間に抜け落ちる。 落っこちたら、あぶない。 と、謝辞したしーるずは、リベリスタが落とした椿の実に、きゃーとばかりに駆け寄る。 準備やしーるずとの意志の疎通に状況説明、最後のお土産と別れを惜しみ、お見送り、剣林最弱様方をそ知らぬ顔でごまかすまでの心の準備を入れれば、実際の作業に当てられる時間は決して長い時間ではない。 去年の秋から比べるとすっかり道具の扱いに習熟したしーるずが、みてみてとアピールしながら椿の実を集めている。 目を細める時間もあらばこそ。 「もうすぐ、こわい人がこっちにくるんだ。いそいで木の実をあつめよう。俺達も手伝うよ」 エルヴィンも通訳しつつ、椿集めに余念がない。 そして、誠心誠意必死に実を集めたリベリスタの尽力の下、思いのほか早く、実は集められたのだ。 だからといって、すぐ追い立てることは出来ない。心情的に。 というか、早く返さねばならないことは分かっているのだが、どうしてもお土産とか渡したいじゃないか。人情として。 「君達の世界ではこれは栽培出来ないのか? 栽培できてもしばらくは取りに来る必要があるが、実がなるようになればもっと楽だろう」 朔がたずねると、しーるずはぶんぶんと首を振った。 種、植えた。生えない。 「多分難しいんだろうな……植物が育たない環境なのかもしれない。こんなに必死で取りに来てるんだから、彼等の世界が分かればもう少し考えられるんだけど……」 「エルヴィン、たすけて。これ、こいつらに教えてやってくれ!」 種でダメなら、苗ならどうだ。と、ツァインは用意した椿の苗と育て方を絵にした本を用意していた。 (ずっとこのままじゃいけないと思うから、少しでも危ない目に合わない様にしてあげたい) ツァインは、しーるずの警戒心が薄れることを恐れている。 (例えばこの次元が安全だと覚えて、大挙して取りに来たら? それは侵略と取られてしまうのではないか? 俺達が親切にしたばっかりに……) アークが殲滅に出ないのは、シールズの数が極小かつ滞在が短時間であるからに他ならない。 アザーバイドがありようを変えたら、アークも対応を変えねばならない。 このかわいい客人を狩らなくてはならない事態は避けなければならなかった。 ありがと、嬉しい。 底辺世界には来ずとも、しーるずは別の世界に旅にでる。しーるずの危険が減るということはない。 それでも、リベリスタの心遣いが嬉しいから、しーるずは繰り返すのだ。 嬉しい。嬉しい。と。 「今回は慌しくてゴメン。次はもう少しゆっくりやりたいね。バイバイ」 はい、お首、うーんとしてね。と、背中に風呂敷づつみを背負わせ、首の下で結び目を作ってあげながら、 (風呂敷包みを背負うあざらしさん……嗚呼、なんて可愛い) 淑子はあまりのかわいらしさにめまいを覚える。 「また、逢いましょうね」 うんうんと頷くしーるずのほっぺがぷるんぷるんと揺れている。 「あんまり話とかできなくて残念だ。それじゃあ元気でな!」 遠くから、ぎゃあぎゃあと、声高に笑う音尾の声とそれをいさめる子供の声が聞こえる。 「新城さん、蜂須賀さん、向こう行こう」 壱也は声を聞きつけると、しーるずより緑が気にかかっている二人を促した。 ばいばい。 そっと実をあ付けやすいように控えめに手助けしてくれた壱也にしーるずは手を振る代わりに頭を振り、足を踏み鳴らす。 壱也も笑顔で答えた。 さあ、怖い人が来る。 早く、自分の世界にお帰り。鍵はこちらで壊しておくから。 小さな決死隊は、今回も無事に自分たちの世界へ帰っていった。 「食べちゃうぞーと脅してみたかったのですがそれでぽっくりと亡くなられても困りますしねぇ……あ、依頼的には無問題でしたか」 え、やだ、キンバレイちゃんたら、アザーバイドなんか食べたら、おなか壊しますよ。いけませんよ。椿油塗ったくってあるんだから、おなか壊さなくてもきっとまずいですよ。 というか、お兄ちゃんたち泣いちゃいますから、やめてね!? 士気に関わるからね!? 「冗談ですよ?」 ● 怖い人は、本人だけが自分は怖くないと思っているのだ。 「おや。珍しい場所で、珍しい方々に。ごきげんよう」 三つ編みを頭に巻きつけた女子高生『剣林最弱』大屋緑。 「こんばんは緑ちゃん。覚えてるのかわからないけど、わたしたちは依頼の帰りなんだ」 「それはそれは。首尾よくお納めの由、お疲れ様です」 壱也がそう言うと、緑は笑顔でねぎらった。 「緑ちゃん達はこんな夜にどうしたの?」 「花もないのに花見をしようとお年寄りに夜歩きをせがまれまして。ちょっと早い敬老の日です」 緑の背後にいまだ人ともつかぬ三つの影。 まだ、リベリスタの間合いに入っていない。いや、視認も出来てはいない。 「先日ぶりだな。息災のようで何よりだ」 朔が壱也の横に並んで微笑んだ。 「あの時反故にした約束を果たしに来た」 春にした、アザーバイドを倒した後で手合わせをしようという話は流れたままになっていた。 (私自身も楽しみにしていたので純粋に補填目的ではないがな) 「――とは言え、仕事中のようなので都合が悪いなら終わるまで待とう。気が進まぬなら退く。また改めてということで」 「ま。お心遣い、痛み入ります」 「初めましてかな。俺はリベリスタ、新城拓真……剣林には以前から世話になって居てな……当然、剣林最弱の名前も聞き及んでいる」 「先ごろ百虎様と刀を交わされた新城様でらっしゃいますね。そちらの鎧の方がウォーレス様。御目文字かなって恐悦です」 緑は、至って友好的である。 「百虎様の長の無聊をお慰めになった方々にどうして無礼が働けましょう」 首魁のおもちゃは大事に扱う。剣林ラヴゆえ最弱を貫かんとする所以である。 「花見が済んでからで良い。手合せを願いたい。気が向かんと言うのなら仕方がないが――」 「アラキ? シンジョーと書いて新城かぁ?」 唐突に禿頭の老人が声を張り上げる。腹の底に響く胴間声だ。 「おお、弦の字の若いときにそっくりじゃ」 真面目に話を進めていた拓真を指差して、古老達がゲラゲラ暗がりの向こうで笑い転げているようだ。 「弦真の孫か。でっかくなるもんじゃな。わしじゃ。熊野の爺じゃぞ。お前、わしの膝で小便もらしたの覚えとらんか」 オムツ替えてあげたの覚えてる? に匹敵する、年長者の爆弾だ。 いたたまれない間。 「――やめてあげて下さい。すいません。この方は、お知り合いのお子様やお孫様全てにこの冗談をおっしゃいます」 緑が、慌てて場を取り繕う。 が、失われた社会的フェイト、プライスレス。だって、そんなことはないって拓真本人も強く否定できない。 「本当じゃぞ」 「だったら余計にです」 緑が小声で老人をたしなめる様子は孫にしか見えない。 「ご無礼の段、平にご容赦を。この方々、悪気はまったくないのが困ったところで――」 お詫びと申し上げてはなんですが、と、剣林最弱は背筋を伸ばした。 「一手合わせよとおっしゃるなら、是非もなく。若輩の身の上、まともな得物も用意できなくて恐縮ですが」 古老達は、なおも笑っている。 どうやら食えない御仁らしい。 ● 「見い、大事なところではきちんと刀を使いよる」 「黙れ。たまたまじゃ、たまたま」 「おめえら、よそのわけえのが見てるんだから、少しはしゃんとしろって」 「住吉。わしゃ、お前のかっこつけが昔から気にくわなんだ」 「おお、気が合うな、わしもじゃ、八幡」 老人たちのおしゃべりも、ポンポン持って応援しているキンバレイの声も、すでに拓真と緑の耳には届いていない。 「恐れ入りますが、三合のみにて。蜂須賀様とお約束しておりますし、ウォーレス様もご所望のご様子ですので」 手にしているのは、小太刀だ。 「出し惜しみか」 「アークでも指折りの方々を皆様お楽しみいただくとなると。どうぞ、お許し下さいませ。百虎様に、お前ばかり遊んでと叱られましたなら、緑は泣いてしまいます――せめて、精一杯当たらせていただきます」 緑、その身はすでに金剛。覇界闘士の気の切り替わりは流れるように行われる。 肉体の生への執着をねじ伏せるデュランダルの捨て身とは一線を画すものだ。 先に緑が動いた。 小太刀よりあふれる白光。 ツァインの眉尻が跳ね上がる。破邪の太刀は彼の領域だ。 するりと差し出されるように刃が拓真の手の甲を切り、そこから走る衝撃に破壊神の加護が消し飛ぶ。 しかし、それにひるむ拓真ではない。 強引に踏み込み、その気の流れを断ち切らんと刀を討ち振るう。 どむ。と、刀が緑の細い肩に叩き込まれた。 「――まいりました」 からりと小太刀を取り落とした緑がしとやかに座礼をする。 「――それでは、蜂須賀様。長らくお待たせいたしました」 ぱっと符を肩に貼り付け、緑は朔を促す。 「また見せていただけると思うと、身震いいたします」 ソードミラージュの神経が意志の力で拡張される様子は、また趣が違うものだ。 ましてや朔が望むのは電撃戦だ。 (手数で押し切る!) 電装の鞘から放たれる刀を駆使する朔の太刀筋にうっとりとする緑の体は見る見るうちに鮮血に染まる。 指先から、一枚の符が放たれた。とたんに、ばらりとほどけ、更には鳥と成り果てる。 小さなミミズクが朔に群がり、その身をついばんだ。 「はあ、うっかりお姉様とお呼びしてしまいそうになりました。これ以上剣をお受けしては道を踏み外してしまいそうですので、この場はご容赦下さいませ」 頬を赤くして言う緑は、成人の祝いを高級ゲイクラブで行うという野望がある。 破れた服をつくろうように、更に符を体に貼った緑は、今まで黙して待っていたツァインに向き直った。 「お待たせいたしました」 先ほどまで、しーるずと向き合っていたのが嘘のようなツァインの面持ちに気づいた者はいただろうか。 「鏨と鉄が出会っちまったら後は削り合うしかねぇだろう?」 自分にとって大切と位置づけるほど口数が減る彼にとって、今の一言は多いのか少ないのか。 「私が削るのは、剣林を名乗るには及ばずの者の分不相応ですので、喜んでいただけるか不安なのですが」 クロスイージスは受けてこそ、華。 故に、叩き付けるべきは。 「お胸、お借りいたします」 ふわりと当てられた小さな掌から心臓をとめてしまいそうな衝撃がほとばしった。 それでも、ツァインは問題なく立っていた。麻痺することもなかった。 緑は大きく肩で息をつく。 「羽柴様は――」 「わたしは特に戦いたいとかないけど、友好の証として申し込まれたら断らないよ」 「それでは、別の機会に。息が切れてしまいましたので」 緑は、深々と頭を下げた。 「――私の精一杯でございます。我が師のご無礼、平に御容赦くださいませ」 朔としては、まだ暴れ足りない。 「時にご老体も中々の使い手とみるが。どうであろう、一手ご指南頂けぬか?」 緑はぎょっとして、慌てふためき、朔に諸手を振り回して頼み込んだ。 「ご勘弁を。うっかりぎっくり腰でも起こされると、学校休まされて面倒見させられるのは私です。夏休み明けの実力試験が――」 弟子の苦労、師、関せず。 闇の中から老人たちは、いい花だった。面白かったと歩み去っていく。 その背中を追いつつ、何度も頭を下げる剣林最弱を見送りながら、朔は自分だけにしかできない仕事を果たしにきびすを返した。 忘れちゃいけない、ブレイクゲート。 「今日の占い、良縁アリ。遠出が吉だったんですけどねぇ?」 「当たらぬも八卦、当たらぬも八卦じゃ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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