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ぶっぽうそう

●螺旋状の階段
 帰るのが遅くなった。
 夏とはいえ、この時間になってしまえば太陽の明るさなどどこにも見当たらない。否、正確には月明かりも太陽光の反射だと言えるが、そんなところで揚げ足を取ることもないだろう。そもそも、この知識すら十代で得た曖昧なものだ。確実な記憶ではない。
 いつか役に立つ、なんて。そんな言葉で教師たちは自分を勉学に駆り立てたものだけど。未だ、それらがどう自分の実になっているのかはよくわからない。嗚呼、国語と数学、それに家庭科あたりには世話になっているが。その程度だろう。
 夜。夜だ。蒸し暑さは昼間のそれを思い起こさせるが、紛れも無く闇に包まれた夜である。変に暗がりの近道を行ったりはしない。人目につかない状況と、自分が女であるという要素。これの意味するところが理解できないほど愚かではなかった。サンキュー数学。論理思考をありがとう。
 急ぎ、自宅へと向かう。かと言って、小走りに行くわけではない。あくまで徒歩の速度だ。何かに負われているわけでもなし、その必要を感じなかった。感じなかったのだ。それは、これを見た後も変わっていない。
 女、だった。自分と同じようなスーツを身につけている。月明かりにもわかる小奇麗さ。メリハリのある凹凸が、少し羨ましい。そんなありきたりな感想を抱いて、そのまま横を通り過ぎた。通り過ぎる、つもりだった。
 顔が見えるほどの距離で、そこに釘付けとなる。嗚呼、嗚呼。その顔は、鳥の形をしていた。フクロウに似ているだろうか。だが、似ても似つかぬものだ。唇、羽毛。それと、嗚呼これが何よりも違う。トンボのように顔面のほとんどを専有する大きな両目。
 複眼。複眼だった。水分を感じさせぬ、無数の六角形をで構成された青い球体。
 見られていると思った。瞳という物がなく、視線をみつけさせぬそれではあるが。見られている。そう感じていた。
 もう自分は歩いていない。これに引き止められている。恐怖で引き寄せられている。嗚呼、嗚呼、嗚呼。これはなんだ。これはどういうものだ。まったくの殺意性もない容姿であるというのに、この不可解さが恐ろしくてたまらない。
 羽毛だらけの顔がこちらを向く(動きはそれこそフクロウのものだった)。女の唇が開いて、何かを言った。聞き取れない。何を言っているのか。聞き直す必要はなかった。理解できたのだ。それが呪いの言葉だったのだと。
 ふわりと、羽が一枚落ちた。どこから。重い、驚愕する。嗚呼、自分は首を曲げていない。下に向けていないのに、どうして見えているのか。視線を動かしてもいない。広い。広い。視界が広い。分かった。分かっている。自分はこれになろうとしている。落ちた羽は自分のものだ。羽毛だ。羽毛が落ちたのだ。ものが何重にも見える。多角的に見える。自分が自分ではなくなっていく感覚。自分の心が失われ、書き換えられていく感覚。感覚。快感。気分がいい。気持ちがいい。ダメだ。しっかりしろ。自分を保て。心を損なうな。私は私だ。そうだ。私だ。私はそれを見失ってなどいない。奪い取られてなどいない。書き換えられてなどいないのだ。なんという快感。心地よい。心地よい。夜はこんなにも明るかったろうか。新しい発見だ。皆に教えてあげよう。勿体無い。勿体無い。こうでないのは勿体無い。皆皆私のように素晴らしく心地よい麗しの羽毛を羽毛を複眼で凹凸のある艶に呪いの言葉はそうでなくて引き金は無抵抗に際限なく容赦無い一切の失われた失われた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた損なわれた―――――

●継ぎ足し頚椎
 飛び起きてすぐに自分の顔を確かめた。
 白い肌。感情の色は乏しいが、意志のある瞳。自分の顔。自分の顔だ。ほっとして、お気に入りのぬいぐるみをひとつ、抱きかかえた。
 父の名を呼びそうになり、喉元で抑えこむ。どうせ、ここにはいない。各地で多発する問題を抱えて、この時間にも自宅にはいないはずだ。電話で呼び出せば飛んでくるのかもしれないが、そこまで負担をかけるつもりはない。使命の大切さは、嫌というほど知っている。
 だから、自分のやるべきことは理解していた。顔を洗い、着替え、急ぎ任務として人員を募集しよう。
 それがわかっていて、わかっていながら。それでも少しだけ。顔をうつむかせて止まったことを、誰も咎めやしないだろう。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:yakigote  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年09月12日(木)22:39
皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

人間を自分と同じものに変化させてしまうエリューションが出現しました。
早急に手を打たねば、被害はねずみ算で増えることでしょう。一刻も早く対処願います。

【エネミーデータ】
●自己感染のエリューション
・身体はスーツ姿の女性。顔は羽毛で覆われ、フクロウに似ていますが、唇は人間のもの。また、両目はトンボのように顔面の大半を占有する複眼を持ったエリューションです。
・戦闘開始時点で能力が発動します。一度発動すると距離に関係なく認識した相手を蝕みます。ターン経過とダメージを受けることで徐々に進行し、あらゆる判定にマイナスを受けることとなります。また、一定以上進行すると混乱に似た異常をきたしますが、これらをスキルによって回避することはできません。進行に合わせ、外見も敵と同じものに変化していくことでしょう。
・現時点で2体存在しますが、戦闘開始が遅れれば増加する可能性があります。

【シチュエーションデータ】
・深夜の住宅街。電灯があるため戦闘に差し障ることはありません。


・お気をつけ下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
マグメイガス
雲野 杏(BNE000582)
クリミナルスタア
依代 椿(BNE000728)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
インヤンマスター
岩境 小烏(BNE002782)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
マグメイガス
首藤・存人(BNE003547)
ミステラン
秋月・仁身(BNE004092)

●悔い改めた昨日
 ここ最近、ずっと燻っていたというのに。今日はやけに気分がいい。一体どうしたというのだろう。デスクワークで疲れた肩も腰も、羽でも生えたかのように軽い。昨日買ってきた入浴剤のおかげだろうか。すごいぞ5パック入1260円。ちょっと奮発した甲斐もあったというものだ。

 最近は、この時間になると昼間の熱気が嘘のようになりを潜めている。涼しい。極端に逆転する気温。まるで小さな砂漠のようだと思いはするが、実体験を得たことがないのでこれが正しい表現か定かではない。
 まあいい。まあいいのだ。そんなことは重要ではないのだから。この夜に化け物がいる。その一点のみが重要なのだから。夏の終わりに怪奇譚。それではひとつ、思い返したくもないお話にしよう。
 ぶっぽうそう。勘違いで生まれた鳥の名前。どうしてそう捉えられたのかは知らないけれど、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の記憶するところではないけれど。それでも、ただ鳴いていればよかったのにとくらいは思う。鳴いていればよかったのだ。おとなしく。つつましく。その程度であれば撃つまい。呪いの言葉なんて紡がずに、ただ鳴いていれば良いのに。仲間なんて増やさずに、ただただ個体であればよかったのに。
「アタシは色々準備しながら移動するけど、皆は先に行っていいからね」
 ある程度は歩調を合わせながらも、『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)の足取りは皆より遅い。それでも、確実に視認できる距離を維持してはいるが。人払いに結界を張ろうとも、こういった住宅地域では万全と言いがたい。感染する敵。ネズミ算式に増えてしまえば、全てを焼き払う以外に対処はあるまい。
「これで一般人の被害が減ればいいんだけどね……」
「仏法僧なぁ……コノハズク似言う話やし、鳴き声取り違えてたことにちなんでの命名なんやろなぁ。鶯似やったらメジロ言う名前になったりしたんやろか」
『グレさん』依代 椿(BNE000728)は思う。
「革醒増殖現象に関係なく自己増殖するとか、冷静に考えればえらい厄介な敵なような……まぁ、うちらが感染しきる前に、全力全開でぶっ倒す! 既に感染した被害者さんには申し訳あらへんけど、ちゃっちゃと倒して終わりにしよか!」
「理解しえないものを人間は恐怖と感じるとは言うけれど……」
『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は資料として目を通した映像を思い返す。羽毛の肌、巨大な複眼、女の唇。整合性の取れない険悪なそれ。
「これを理解するなら同じになるしかないって訳ね」
 およそ一般的な美的感覚で造形されるとは思えない。まるで嫌悪感を掻き立てるためのような外観は。
「あたしの好みじゃないわ」
 羽毛で包まれフクロウに似た顔。呪いの言葉を紡ぐ人間の唇。そのサイズに拡大された瞳のない複眼。これを乗せた成人女性の肉体。これが感染する。感染して、増える。増えて増えて増えて増えて、こればかりになる。大人も子供も男も女も上司も部下も教師も生徒も―――『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)は想像を打ち切った。なるほど、涼しくなってきたとはいえまだ夏の暑さは残ってる。確かに怪談には、向いていようものだ。
『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は自分の経験を思い返していた。
「高そうな絵みたいな顔になったり、誰かとパーツをこうかんしたりはしたけど、似たような奴かな」
 起こせば奇機械会な体験をしていると感想するものだ。それだけで済み、立ち消え、偶発する程度なら猶予もあるのだが。これは増えるというのだから、性質が悪い。行動頻度はいかばかりか知らないが。
「ほっといちゃいけないのは、たしかだね」
 自己感染。あるいは融合。一体化。吸収。ないしは合体。優先権。等号と不等号。自分が他人になる感覚。自分も他人になる感触。けたたましい。右が左。憂鬱。同一性。
「損なわれるのは何なんでしょうね」
 主観的なものに答えはない。誰も『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)には応えない。
「損なわれるのは自分ですか」
 それこそ、そう感じた本人であったものはとうのとうに損なわれている。
「其れはそんなに素晴らしいのですか」
『母子手張』秋月・仁身(BNE004092)は、まったく別の感想を抱いていた。
「……母さん? いやいや、母さんはもうここにいる。ずっと僕と手を繋いでるじゃないか」
 フォーマルスーツの女性。人間と大きく離れた頭部。嗚呼、そうかもしれない。共感はできないが。
「でも、本当にそっくりだな、許せないくらいに。その顔をこれ以上増やすのはご遠慮願いますよ。本物じゃあないと分かっていても甘えたくなってしまいますからね」
 ひとつ、風が吹いた。昼間の格好ではやや肌寒さも感じる風だ。身震い。実感。引き締まる。身体の中にすきま風が吹いたような感触。自然と意識が、ひとつどころへ傾いていく。

●海馬サスペンダー
 き昨日の仕事、どこまでやったっけ。嗚呼まったく、いつもいつも終わりようもない分量を押し付けてくれるものだ。出会いも何もありゃしない。まったくく、仕事ばかりで残業代は渋るくせに。おかげげで、美味しいのだからいいけれど。これ、なんだっけ。桃色。

 それを確認しての思いは、ひとまずのところ安堵であった。
 鳥頭。複眼。人間の口。それがふたつ。ふたつ。
 だから増えていないと決めつけるのは楽観がすぎるかもしれないが、少なくとも現時点で相手取る必要はないようだ。
 嫌悪感のわく外見。気持ち悪い。そうは思うが戦意の萎えることはない。害虫を潰す感覚と同じだ。嫌うことは、躊躇を消してくれる。
 だから、それの片側が口を開き、発した言葉は助長させた。
 つややかな唇。呪いの言葉。それを、
「ぜすすまりあ」
 よりにもよって。

●親切心
 最近、仕事に集中できない。悩み事があるとかそういうのではない。体調うううもすこぶる快調だが意識の飛そういえば駅前に美味しい喫だからあの部長ったらい月が綺麗オレンジ色複数種のねえそうだきい楽しい綺麗美しいそうだねえ、こっちにおいでよ。

 さあ、日常を装おう。
 うさぎは標的に肉薄すると同時、自分の異変に気づいていた。頭の隅、どこかもやのかかったような感触。わずかだが、微々たる速度だが、それは確かに度を増している。広がっているのだ。首筋がかすかにこそばゆいのはあれと同じ羽毛のせいだろう。だから。
「引き締まってると良いですね、痩せマッチョから普通マッチョ位で」
 少し大きめの声で、好みの異性なんてものを口にした。仲間の返答もそれだ。戦うことなんてほっぽった、修学旅行みたいな会話。肉体と連動することはない。他愛無いそれも、殺伐としたこれも、どちらも日常風景。今更逸れたりはしない。
「女性の胸ならサイズより形ですねえ」
 馬鹿馬鹿しい。自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。下らないし俗っぽい。でも、だからこそ。
 視界が多い。右眼が双眼になったか。関係ない。いいから武器を叩きつけろ。
「でもそれより大事なのは腰から脚の線ですよ!」
 絶対に、損なわせるものか。

「どうやら取り越し苦労だったみたい」
 戦闘開始から十数秒。杏は周囲に意識を張り巡らせていたものの、それを解いていた。ことをしらぬ誰かが巻き込まれる可能性はないだろう。万が一ここに行き着いたとして、その頃には戦闘などとうに終わっている。殲滅したか、余計に増えたか。自分に起きた異変から逆算し、そう判断していた。
「まー、あんまり期待してなかったけど、意味無いみたいね」
 耳栓を放り捨てる。一応はと試していたのだが、こうなれば五感を遮るハンディにしかなりはしない。
「いやー、でも揉みごたえあるサイズは必要でしょ」
 聞こえた会話に適当に割り込んだ。大丈夫。通じている。自分はまだこれじゃない。
 これ。なんて気持ちの悪い。まったくもって、なんなのだ。鳥頭のくせに、名残みたいに口だけ残しやがって。
「昔から言われる『妖怪』って言うのはエリューションなのかもしれないわね。そうだと思えば、なんてことわ無いわ。明日の給料の種よ」

 マズルフラッシュ。
 椿の放つそれは、夜闇に眩しい閃光を放ち、次の瞬間には鳥頭へと着弾していた。だが、ダメージの有無よりも自身に起きる変化に意識を向ける。
 蝕まれる感触。だがそれは、慣れ親しんだ自己犠牲のそれでしかなく、先程から身に起きている人間ではない何かに変わるそれではない。安堵する。どうやら自傷では進行しないらしい。
 再び標的を定めた。狙うのは一撃目と同じ対象だ。今や四重となった視界で狙いを定めるのは難しい。この後よりはずっとマシなのだろうが。
 意識して、唇の端を釣り上げた。なんて気持ちの悪い。目を開いているだけで酔いそうだ。これはこれで、貴重な体験ではあるが。
「きりえれいぞ」
 それが自分の口から出たものだと気づいて、首を振った。発声テスト。あー、あー。大丈夫、まだ話せる。
「そらやっぱり何いうても甲斐性第一とちゃうか!」
 戦闘とはまるで関係のない日常会話。声を張り上げた。誰よりも、自分に聞こえるように。

「余所見しないでよ。どこ見てるのか分からない癖に」
 火力を叩き込んでいない側のもう一体。その注意を惹きつけておくのが、エレオノーラの役割であった。
 顔に羽毛のかかる感触。気が散って邪魔なので抜き取ってしまいたいのだが。顔に生えた指を切り捨てた時のことを思い出す。痛覚神経。勝手に動き出しやしない以上、ある程度は放置するべきだろう。
「……これ以上羽はいらないのよね」
 まして、背中ではなく顔になど。
 瞳を動かせないことから察するに、機能的にはもう虫のそれに近いのだろう。肥大化はしていないので自己嫌悪には陥らずに済んでいるが、それも時間の問題か。
 首を回さねば写らないはずの仲間が見える。だいたいが同じ状況だ。自分と大差はない。
(これはこれで便利……じゃないってば)
「貴方達にとってその姿、素晴らしくて素敵なんでしょうけど」
 胴体を蹴り、押し返す。それを拒否の意志というように。
「押し付けがましい好意なんて、迷惑なだけよ?」

「いやはや、羽毛はひととつで十分なんんだが」
 小烏は思わず自分の喉を抑えていた。仲間の視線もこちらを向いている。皆にも聞こえたのなら、今の乱声は聞き違いではないのだろう。
 呪いの進行。言動の乱れ。自分が他の何かに変わっていく実感。嫌悪感。残された時間は少ない。これがいずれ快楽のそれに移り変わった時、自分もこの歪な鵺のようになるのだ。
 ぞっとする。一体が倒れた。どちらがオリジナルで、どちらがコピーだったのかは知れない。ただ、倒れ動かなくなったエリューションが、死んでもひとの顔を取り戻さないことが自分を不安にさせた。
 戻るのだろうか。自分は、これからも半端な化け物から戻れないのではあるまいか。だが口にはしない。不安は伝播する。恐怖は感染する。だからそれを形にしない。声に現さない。代わりに、平静を装うのだ。
「呪いと祝いは似ているな。ああ何、ただの独り言さ」
 それが、どう聞こえたかは考えないことにした。

 涼子が拳を振り下ろす。
 早く、早く、早く、早くと。一心不乱に殴りつける。肉薄。友人よりも近い距離。避けられないが、躱されもしない。只々暴力を振るい続けられる距離。
 人間を殴る感触。それに今更戸惑うことはない。鳥の頭。ここまで奇怪ではないが、知った顔に居ないわけでもない。羽毛をつけた仲間は少なからず居るものだ。昆虫眼の友人は見当たらないが。それに、いくら変わっても戦う最中、自分の顔を鏡で眺めたりはしない。
 視界にいたっては、最早完全に人間のものではない。だが構わない。これがこれで、慣れれば合理的だろう。
 だが、自分が自分でなくなってしまうことだけは嫌だ。この他の何かに変わっていく言いようのない不安感が、着々と薄れつつある実感が堪らなく恐ろしい。
 私は私。どれだけちっぽけで、弱くて、ひどくても。それに悩み、苦しみ、葛藤する日々があったとしても。
 この自分だけは、譲りたくない。譲れないのだ。

 異様な光景だった。
「やっぱぱりがいけんんよりmoなかかみgaないと」
「それででででさいていげんのかおだtiはひつようでしょ」
「ぜすすまりあ」
「あるいは外宇宙的な年齢制限を気分がいい気分がいい」
「きりえれいぞ」
 酷い悪夢のようだと、存人は思う。思うのだが、そこに嫌悪感が伴わない。伴わない事実が、もっと恐ろしい。大丈夫だと、言い聞かせる。自分が自分であるのだと。名前確認。首藤存人。大丈夫、大丈夫、まだ大丈夫。
 他の仲間も焦っているのか、回復、補助よりも攻撃手が増えている。早く、早く。倒さないと、倒してしまわないと。自分達もこれになってしまう。そうなることがとても素晴らしいように思えている事実が、恐ろしい。恐ろしい。
 損なわれていく。損なわれていく。自分が失われていく。否、自分が自分のまま他のものに混ぜられていく。溶けこんで、色が変わる。だから。早く早く。これいぜすすまりあじょうそこなわれるまえに。

 鳥の頭で、虫の眼球で、外れた声音で。会話している。日常を演じている。祈りの言葉を交えながら。異様の垣根を潜りながら。それは狂った光景だった。同じ声で同じ姿で殺し合っている。戦い続けている。
 その中で、その最中で、仁身はひとり声を上げた。
「この程度、本物の母さんの視界の方が! 見てきたものの方が! もっとすごいさ!」
 それが果たして本当にそう発音できたのかは知るところではない。だが、少なくとも本人はそう信じていて、言い聞かせるつもりがないのなら独白と同じであるのであり、つまりはどうでもよいことであった。
「でも、まあ、母さんの味わった苦しみを少しでも体験できるって言うのは悪くはないかな。そこは感謝してますよ」
 見下ろす姿勢。見下ろした先。視線の向こう。鳥頭。フクロウ。フクロウがフクロウを見下ろしている。
 足を上げる。狙いを定める。勢い良く踏み下ろす。これでおわり、これでおわりである。
「勿論、殺しますが」
 ぐしゃり。

●日常とか
 ああかみさま。

 まず、視界がもとに戻った。重なって見えていたそれがクリアになり、ひとの眼球を取り戻したのだと知れた。
 顔に触れる。大丈夫、ひとのそれだ。発声テスト。問題ない。安堵する。確信のない以上不安ではあったが、やはり討ち倒してしまえば元に戻れるらしい。完全にああなってしまえば、不可能なのだろうが。
「……暫くトンボはまじまじと見たくないわ」
 帰り道、仲間のひとりがそう口にした。あの後、注意深く探索したものの、他に同じ個体は見当たらなかった。戦闘中に他所で増えられては敵わない。が、まあ懸念は懸念で終わるらしい。
「ねえ、あなたもそう思うでしょう?」
 月も沈んで、街灯だけが頼りの夜道。遠くで虫の鳴き声が聞こえる。涼しい。今日はよく眠れそうだと気持ちを日常に戻しながら、君は彼にこう答えた。
「ぜすすまりあ」
 了。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
我こそは戻れなかったという猛者募集。