●乱舞 水音がする。 蒸し暑い夜だった。風はなく、湿気の多い大気が停留しているようで、陽が落ちて2時間ほどが過ぎているが少しも涼しくない。超クールビス姿の真田雄一はしめったタオルで首筋を拭いた。バスを降りそこなってしまって、1停留所分戻るのがこんなに辛いとは思っていなかった。バス通りは行き交う車もなく左右に広がる林は真っ暗でなんとも寂しい光景だ。まばらに設置された街灯が頼りない弱い光を地面に放っている。 「お?」 別の小さな光が真田の顔のすぐ先を横切った。澄んだ緑色の小さな光。 「螢?」 真田はいぶかしげに首を傾げた。時期的には少しはずれていると思った。確か下の子供が螢を見るのだと大騒ぎをしていたのは1月ぐらい前ではなかったか。だが、ことさら詳しいわけではなかったので疑問はすぐに消えてしまう。 「結構長く見られるもんなんだなぁ。輝が見たら喜びそうだ」 真田は足を止め空中を舞う光を目で追いかける。家から歩ける距離なのだから、今度の休みに連れてきてやろうか。 その時、左右の林から一斉に緑の光が真田へと襲いかかった。 ●擬態 「エリューションを倒して来て」 アーク本部に集まったリベリスタ達は銀髪のフォーチュナー『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の話しに耳を傾ける。 場所は住宅地の先、宅地造成が中断され木々が切り倒されずに残っている一帯で行方不明事件が起こり始めている。 「まだ3人……でも、もっと喰われる」 イヴの見えないモノを見通す目には蛍火の様に美しく乱舞して目を奪い、無防備な人間に襲いかかってむさぼり喰うエリューション・ビーストの姿が見える。 「螢に似た光は擬態。本体はすぐ近くを流れる小川の中にある真っ黒な虫。そこから光る触角を伸ばしている」 感情をあまり見せることないイヴだが、今は少しだけ眉を寄せている。どうやらあまり見栄えの良い敵ではなさそうだ。 「普段は川底にいて、明るい間に探すのは難しいけど不可能じゃない。暗くなってからなら近くの道を獲物が歩いていたら絶対に仕掛けてくる。この虫は意地汚いから絶対に餌を無視しない」 何時どのようにしてアプローチするのかは任せるとイヴは言う。 「光と炎……虫の攻撃手段はこれだけ。でも弱くはないから油断しないで。詰めが甘いと逃げられるわ」 イヴは素っ気なく言い、リベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月26日(火)21:22 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 4人■ | |||||
|
|
||||
|
|
● 陽は暮れても少しも涼しくならない。適当に中断されたままの造成地は無造作に木々が残り、街灯もまばらでどこか閑散としたわびしい様子を呈している。思ったよりも人口が増えなかったからなのか、まだ20時を少し廻ったばかりだというのにバス通りには行き交う自動車も自転車も、当然ながら歩行者もない。だから、急ぐ様子もなくその道を歩く10人ほどの集団は一種異様な光景であったが、見る者が誰もいないのであれば咎める者も奇異に思う者もない。ただ、時折ごく小さな水音が風に乗って涼しげな音を響かせるだけだ。 「出来るだけ人が近寄らないように、追い払っておこうと思って早めに来てみたんだけど何もする事がなかったわ」 どこから見ても――やや大人っぽい仕草を好む背伸びしたがりなローティーンエイジャー――にしか見えない『ぐーたらダメ教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)が実年齢相応の口調で言う。それでも工事現場にありがちな看板などで道の封鎖は完了している。 「結界、張る必要、あったかな?」 獣の痕跡を残るやや長い耳介を振るわせながら『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)は周囲の音に留意する。黄金の瞳は一瞬後に起こるかも知れない異変を期待してか、鈍い街灯にキラキラと物騒な色に輝いている。 「犠牲者はまだ少ない……いや、家族のことを考えれば充分に多いと言えるのか……」 3つの命と単純に考えてはいけないのかもしれないとただ1人、道を歩く事なくバス停で待機することにした『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は思う。その命に連なる無数の思いもまた、エリューションは破壊してしまったのだ。生存戦争なのかもしれないが、それならばこれから狩られるのもまた覚悟の上だろう。 「じゃちょっと行って来るね。もし何か予想の斜め上をいくような事が起こったら携帯か……出なかったら……うーん、知らせに走って来て。こっちも取り込み中かもしれないし」 残る七海に手を振り『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)が言う。 「わかりました」 「あ、バス停にはいたずらしちゃ駄目だよ。私、これが終わったらバスで帰る予定なんだから」 「……わかりました」 七海よりよほど悪戯好きそうな笑顔で念を押すレナーテに2度目の了承を伝える。 「本当は戦わずに平和に穏便にとりまとめるのがいいと思うんだけどね。まぁ本物の蛍も幼虫の間はカワニナを食べるという肉食なんだけど、さすがに人間を食べるのは止めないとマズイかな」 骨惜しみ出来るのならとことんするつもりではいるけれど、今回の敵は交渉出来るほどの知性を期待出来そうにない。不承不承だが『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)も戦う覚悟をかためている。 「こんな猛暑にも愚痴ぐらいしかこぼさず働くお父さんをこれ以上犠牲にしてたまるもんか! 私は全力でニッポンの働くお父さんを応援しているぞ!」 身になじんだカクカクとした歩き方がわずかに残る『なんでもかんでも』後鳥羽 咲逢子(BNE002453)が拳を握りながら元気よく皆を先導して歩く。若くてピチピチだからというだけではなく、遠くまで見通す目を持っているからだが、その目を持ってしてもまだ淡い蛍光を捉えていない。 「まぁ……いそぐ事はないわよね。この人数でそぞろ歩きでもしていれば、そのうち向こうから寄って来るでしょう」 やや集団から遅れ気味の位置にいる『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は小声でつぶやいた。集団行動や皆に心や動きをシンクロさせるのは得意とは言えないが、リベリスタとしての行為ならある程度自分を殺して動くこともやぶさかではない。 「ぶっちゃけ、蛍ってよくよく見ると例の黒い悪魔に似てるでござるよな?」 そろそろ慣れてきて場の雰囲気を盛り上げようとしたのか、それとも重い雰囲気になりそうになるのが耐え難いのか、『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が陽気そうに声を張る。そうしていても、彼ら以外に人の気配はなく敵が近寄ってくる様子もない。相変わらず風もなく、頼りないほど暗くてまばらな街灯はぼんやりとしたややオレンジ色の光をアスファルトの路面に落としている。 「見つけた! 光が!」 咲逢子の叫びがあがると同時に一際高く水の音が響く。その時、一斉に道の左右に広がる暗い木々から蛍光の光の群れが道を歩くリベリスタ達に殺到したのだ。 ● 「偽物、きた。羊の、本気、みせにいくよ」 無数の乱舞と見えた光の奔流にも主流と支流の様に濃淡があり、その全てがてんでバラバラに移動しているわけでもない。考えるよりもルカルカの身体が蛍光をすり抜けるように動く方が早い。その動きは反応速度が亢進され更に加速されていく。同じく完璧に光を紙一重で避けきり対峙した虎鐵が身体に闘気をまとう。 「さて、時間もないでござるし、さっさとぶったおすでござるよ!」 大太刀が鞘からギラリと輝く刀身を現す。 「疑似餌で捕食なんて、面白い生態よね。もっと詳しく観察出来ないのが残念でしょうがないわ」 集団の後方にいたソラはその位置から動かず冷静に詠唱を紡ぐ。すぐにソラの身体の周囲に魔法陣が展開されそこから魔力のこもった弾丸が放たれる。光の一群がまとめて吹っ飛んだ。 「ここって……そうだった!」 無造作で奔放な智夫の赤茶の髪、その前髪の奥にひそむ黒い瞳に叡智の光が灯る。 「突っ切るよ。こっち側の木々はほんの僅かでその向こうは川だから」 左右から襲うのは敵のフェイクだととっさに智夫は判断すると、川がある筈の暗い雑木林の向かってダイブした。おおよその目測で前転すると智夫の身体は不意に落下し水に転落する。 「飛んで火に入る夏の虫のくせに速いではないか! 諸君、覇気がない割には頑張っている内薙君に続くぞ!」 さっくりと酷い事を言いながら咲逢子は風を切り裂く蹴撃で蛍光の群れを切り裂きながら、先行して川に飛び込んだ智夫の後を追い川に飛び込む。その身体には一瞬で回避しきれなかった光の攻撃に小さな傷が幾重にも重なる。 「本体いた? 見つけたら川から追い出してこっちに誘き寄せてくれない?」 光輝く守護のオーラに身体を包まれたレナーテが声を張る。住み心地が良いだろう敵の拠点で戦うよりは川から追い出した方が戦いを有利に進められるかもしれないという推理による。 「だから……急ぐ事はないわ」 エナーシアはゆっくりと灯火を置き視線を巡らせ、大きな水音を立てて智夫と咲逢子が姿を消した川のある方向へと向き直る。一筋の波紋さえ浮かぶ事のない水鏡の様な気持ちで集中する。そうしていると、敵の本体が潜む方角、その巨体までもがなんとなく掴み取れるような気がしてくるのだ。 「出ましたね」 バス停から走ってきた七海が得物を手に集中する。 「虫のくせに! 私が魔曲を一番上手く使えるんだよ!」 身体中の魔力を活性化させた『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が不満そうに言い、闘気をまとった『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)も川へと走る。 「遠慮はなしだ、全力で行く!」 「あんま固まりすぎない様にね」 繊細な両手の指が複雑な印を結び『呪印彫刻士』志賀倉 はぜり(BNE002609)が守護の結界を編み、『小さき太陽の騎士』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)がやや顔を背けながら暗い川底を指さしてみせる。 「なんかキモそうなのが川底にいるよお……」 そのシルエットは虎鐵が連想した夏の夜に出没する害虫の巨大化したものに良く似ている。 「ルカが、こっちから、回り込む!」 ルカルカの俊敏な動きは止まらない。光の攻撃を避け、智夫や咲逢子が飛んだ地点ではなく別ルートから迂回して川縁に到着する。 「見えた!」 一度として止まらないルカルカの動きには乱舞する蛍光の群れも追従出来ない。連続攻撃が川底まで突き抜け水飛沫があがる。 「あたったよ!」 後方からウェスティアの声があがり、続いてもがく敵本体の動きが川面に不規則な音と水の乱流を生む。 「ここからが本領発揮でござるよ!」 抜き身の大太刀を手に虎鐵が飛ぶ。着地点には不気味なアレに似た平べったく黒い敵本体の姿が水越しに見える。気合いに声と共に光輝く身体から無数の波状攻撃が繰り出され、頑強な甲虫に似た外皮に亀裂が刻み込まれていく。 「虎鐵! 伏せて!」 攻撃が終わったばかりで体勢の崩れた虎鐵の背後に乱舞する蛍光の群れが迫るとみるや、ソラはそれに狙いを定め叫ぶ。虎鐵が避けるのを確かめる暇はない。すぐに四方に展開した魔法陣から魔力のこもった弾丸が放たれ疑似餌である蛍光達を屠る。 「助かったでござるよ」 衝撃を避け反転し体勢を立て直した虎鐵の言葉にソラは笑う。 「気にしないで。ドンドン倒しちゃいましょう」 そのソラの視線の先ではずぶ濡れの智夫と咲逢子が奮戦している。智夫は自分が最前線で戦っている限り、敵の攻撃が後衛を狙う確率が低くなると信じていた。だから、痛くても怖くても、暗くても冷たくても色々びっしょりでも戦える。強い強い意思の力は眩く峻厳な閃光となって乱舞する光の動きを一時停止させた。 「でかしたぞ! 青年!」 頬に走る赤い血の跡をもとともせず咲逢子が飛ぶ。力強い跳躍をすると空中で旋回した咲逢子の蹴りが光の群れを蹴り倒して落とす。 だが敵もただ撃たれ斬られ倒されるだけの存在ではない。轟音と共に川底から姿を合わした敵本体の胴体部分に突然巨大な火炎が出現した。それは瞬時に周囲の空気そものもを炎に変化させる勢いで燃え盛り、ごく近くで戦っていたリベリスタ達を飲み込んでいく。消えない炎が彼らの身体にまといつき絡みあい、振り払っても消す事が出来ない。 「その攻撃は呼んでたわよ」 勝ち誇った様な余裕のある笑顔を浮かべレナーテから神々しい光が放たれる。その途端、炎は霧散しジリジリと身体を焦がす痛みも消える。更に後方からの銃の連続射撃が敵の本体と美しい光の疑似餌の双方に容赦のなく降り注ぐ。狙いを定めた無駄のない射撃は1発ごとに光を駆逐し、黒いシルエットを損なって行く。たまりかねたのか敵本体が再び水底に潜る。 「その様子だと随分と無防備な姿をさらしていたのね。堅そうなのは見かけだけ?」 エナーシアの白磁の様な頬に嘲笑が淡く浮かび、紫色の瞳が戦いの覇気に冷たく酔う。 「逃がしませんよ」 七海の弾丸は水の中まで敵を追い、羽根の付け根を狙撃する。激しく敵がもがき苦しみ、ばちゃばちゃと不規則な水音としぶきがあがる。 「今のうちにっと……」 ヴァージニアの力が傷ついた咲逢子の傷を癒す。 「これが本当の魔曲なんだから!」 更にウェスティアの4つの属性が異なる魔術を複雑に絡めて編み上げた魔光が輝き、拓真の攻撃が敵を水から追い払い、はぜりの符が動きを封じる。 「水から出したぞ」 「そろそろ綺麗な光も見飽きてきたよ」 攻撃の支援をした拓真とはぜりが横に飛び退き、他のリベリスタ達が接近して攻撃しやすいようスペースを作る。 敵本体は徐々に川から引き離され、黒光りする平べったい甲虫っぽい身体を乾いた砂利の上に晒していた。艶やかだった堅そうな羽根はあちこちに大きく亀裂や深い傷が刻まれ、明らかに弱っている。更には周囲を明るく照らす程乱舞していた蛍光はさんざんに駆逐され、もはやごく僅かな光がちらほらと舞っているだけだ。 「堅いけど、勝機はあるよ!」 ルカルカの留まる事を知らない攻勢、そして輝く虎鐵の大太刀が次々に繰り出される。 「そろそろ仕舞いにするでござるよ!」 「私が! 私が格好良く決めるの! 決めたいの!」 ソラが心の底から振り絞るように叫び、一条の荒れ狂う稲妻が敵を貫く。だが、それでも尚未練がましく敵はピクピクとけいれんするように動き、もがくようにこの場から移動しようと蠕動する。 「それは……許せないよ」 智夫が作りだした式神の鴉が敵の身体を再度貫いた。今度こそ、細い足をばたつかせ……そして黒い虫のような敵は動きを止めた。 「終わったな」 咲逢子はねぎらう様に智夫の肩を叩き、それから少し考えた後慰めるようにソラの肩をもポンポンと叩いた。 ● そろそろ22時を過ぎる。渋滞もない深夜のバス通りだ。予定を違わず程なくバスが来るだろう。 「よかった。逃がさずに済んで……」 小さく七海がつぶやく。遠き記憶の害虫退治が脳裏に浮かんだ。やはりなすべき事を為し遂げるというのは気分がいい。 「虫のくせに生意気!」 それでもウェスティアはゴキゲン斜めだ。 「撤収……の前に掃除だね」 綺麗に戦闘の痕跡を消した智夫が汗を拭う。 「皆お疲れ様……貴方もお疲れ様ね。次に生まれてくる時は、本物の蛍辺りがいいんじゃないかしら?」 バス停へと向かうエナーシアはふと足を止め振り返る。もうそこには戦った痕跡も倒れた敵の姿もないけれど。 「今度はちゃんとした蛍をみたいもんだね」 バス停へと向かいながらレナーテが言った。やはり偽物を目撃した後は本物で記憶の上書きをしたくなる。 「偽物だったけど、光は、綺麗、だったね」 「うん。あれはあれで綺麗だったけどね」 ルカルカは身体の汚れをぱんぱんと叩きながら言い、はぜりも同意する。 「あーあ……本物の蛍見たかったわねー。蛍を見ながら縁側でビールとか憧れるわ」 「季節外れでも、やっぱ本物の蛍がみたいでござるよ。さすれば写メにしかと映して……」 ソラも虎鐵も無粋で物騒な蛍もどきでは不満な様子だ。 「日本の蛍を楽しみにしていたのに……」 ヴァージニアも残念そうだ。 「……来たようだ。諸君、急ぐぞ」 バス特有のライトを感知し咲逢子が言う。 「終バスだからな」 これを逃せばその次はない。拓真が走り、続いて皆も走り出す。皆が乗り込んで走り出すと、川沿いのバス通りはすぐに闇に飲まれて見えなくなってしまった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|