●zoetrope ぐるぐると、それは回り続ける環であった。 その血統から王であると刻まれた兄、利口にもそれを受け入れた二人目の兄。 納得がいく訳がないではないか! 握りしめた紙がぐちゃぐちゃになる、それでも表情は変わらぬままに、青年――凪聖四郎はにこやかに「イナミ」と自身の側近を呼んだ。 「きっと、君は馬鹿だと言うだろうか。日本を手に入れたいだなんて馬鹿な願望だと言うだろうか」 「いいえ、きっとそれも紫杏様は『素敵』だと仰ってくれるでしょう」 「ならば、兄に勝てると、思うかい?」 側近が口を閉じる。イエス・ノーのどちらとも取れぬ沈黙は幾度も繰り返した事だろう。 世界は確かに単純だ。 力がある物が、その力を使って潰し、壊し、屠り、そして生命を繰り返す。この身に流れる血が統べる者の血だと言うならば、己が『兄』の立つ場所に立てる可能性だってあるだろう。 「さて、紫杏を迎えに行く用意をしようか。そろそろ『直刃』の皆も黙ってはいないだろう?」 「ご機嫌ですね、『プリンス』」 何処か、馬鹿にした様に言う継澤イナミに聖四郎は楽しげに手をひらひらと振った。 『凪のプリンス』。凪ぐだけでは意味を為さぬ彼にとっての蔑称であるとしてもイナミはあえて呼び続けるのだ。 彼等が向かうのは聖四郎の恋人『六道紫杏』が使用していた研究所後に踏み込んで、聖四郎はくつくつと咽喉を鳴らして嗤い続ける。 そこに居た霞に聖四郎は手を伸ばす。ぼんやりと光りを放つソレが異界の者であることが判る。 『――お前は?』 「やあ、アザーバイド。俺は凪聖四郎だ。少しね、手伝ってくれないか? 君へ餌はたらふく食わせてやるさ。俺は目的のために君を利用したい」 霞がその言葉に『ほう?』と小さく声を漏らす。 凪聖四郎は己の目的のためにアークを圧倒しようとしているのだ。 彼の目的は『一番』になることだ。 自身の存在を、『直刃』という己の子飼いの存在を知らしめる。 その為に、彼はアザーバイドをも利用しようというのだ。その手段に己の恋人が残していった『置き土産』を使うのだ。キマイラを取り込んでアザーバイドは楽しげに膨らんでいく。 その異形は肉の塊へと膨らんでいき、手を伸ばし更に餌をと求め始める。 「後で街で生者を喰らわせてあげよう。どうだい? 君の望むことだろう。 さあ、アザーバイドの君。俺と共に『箱舟』と遊んでみないかい?」 「……『プリンス』、何をなさるおつもりで?」 ――少しばかり、遊びに行こう。君も暇潰しは必要だろ? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月30日(金)22:49 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● ぐるぐると廻り続ける輪廻は己の血統を表して居るかのようで嫌気がさした。 小さな隙間からのぞきこんだ世界は、同じ顔をして、ゆっくりと動いていく。 メリーゴーランドに乗り続けるだけの自分が目を開ければ、周囲はいとも容易く顔を変えているのだろう。 「――なんて、可愛らしい『喩え話』をした所で、君は笑いもしないのだろうね、イナミ」 手にしたCreative illness。『雨靈』と名の付けられたブレスレットのチェーンを縛り付けた英霊聖遺物。それを手にした男がくつくつと咽喉を鳴らして笑い続ける。 「俺が欲しいのは何だろうか。地位か、力か、それとも……」 その言葉に誰も答えはしない。六道紫杏の研究所のあった場所。今はその主もおらず人気もなく静まり返った場所に何かが唸る声が響き渡る。 「……聖四郎様」 ――凪聖四郎は『恋人』の置き土産を手に凶行を行おうとしているのだ。 彼が『恋人』――『六道の兇姫』六道紫杏に手渡したアザーバイド『混沌の使者』のデータ。彼が支援し続けた魔術結社『ハーオス』の実験時に手に入れたデータだ。そのデータは六道紫杏の手によって改良されて彼女の研究結果(キマイラ)の内部に組み込まれる事になった。 アザーバイドの強力な力の一部分を得たキマイラ達はリベリスタとの戦いでその多くの姿を失くしてしまった。 無論、この『研究所』の主が国外に逃亡するに至った事件から早くも半年経つのだから、『キマイラ』の存在が忘れられているとしてもおかしくは無い。 だからこその好機なのだ。忘れされれし場所と姿を消した主。 誰もがこの場所を訪れるとは思わぬ事だろう。だからこその『チャンス』なのだから。 「拓馬、イナミ。良いかい? 俺達は『紫杏からのプレゼント』の結果を見ようではないか」 虹色に煌めく瞳が細められる。その言葉に溜め息をついたイナミは視線を細めた。 相対した事のある殺気を感じる。揺らめく魔力は何をも呑み喰らわんとする蛇に似ている。 「……――来ました」 只一言。その言葉に楽しげに笑いだす烟月がどくり、と脈打った。ジジ、と小さく音を立て電鞘抜刀の電磁コイルが反応する。収められる葬刀魔喰が魔力を発し揺らめけば、『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)がその俊足を生かして滑り込んでくる。 「やあ、継澤君。残念ながら、一身上の都合で『先手』は他に譲る事になった」 「『らしく』ないですね。閃刃斬魔」 直刃――聖四郎の子飼いであり、彼の為の私兵――のフィクサードたる継澤イナミがじ、と剣を構えて滑り込んだ朔を見据えている。 長い髪を揺らす彼女の背後、速度を身につけた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)がセインディールを手に真っ直ぐにイナミへと近寄った。その『通り名』を表す様に彼女の振るう切っ先が残す蒼銀の軌跡。 「……それでは、私の相手は貴方ですか? 『蒼銀』!」 「手始めに私達を――とでも思っているのですか? それは……舐められたものですね」 セインディールの切っ先を受け止める厭世の櫻。西洋の片手剣がぶつけられたのは古風な雰囲気を思わす日本刀。 リベリスタが攻めてくる様子に最後列でくつくつと笑う聖四郎の前にずるずると大きく育った身体を揺らしてアザーバイドが繰り出した。 「もうっ、何とデートしてるんですか? ……逢いたかった。やっと逢えましたね? 聖四郎さん」 にこりと微笑んだ『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が白翼天杖を手にし仲間達へと翼を与えていく。 天使や翼をの意匠を施した白い杖は今はペンキで塗りつぶされる。それはカミサマへの意趣返しか。 己が少女として時を止めた事への――その『時』への怒りを込めての項どうか。海依音は赤いシスター服をはためかせに淑女の笑みを浮かべている。 「今日の私は素敵な女性ですよ? なんたってカミサマの愛を皆さんにお渡ししようと思ってますから」 「海依音さんの回復は1万GPかかるけれど、聖神の息吹と神の愛はセットで1GPになるのです。セット価格偉大だわね」 冗談を含みくすくすと笑った『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は言葉や語調は楽しげではあるが、その目は笑わない。 海依音の前に立たエナーシアはPDWにマウントしたタクティカルライトで烟月を映した。その姿は修羅場を経験し続けた何でも屋であっても『気持ち悪い』と言いたくなってしまう代物だ。観察眼を働かせ、周囲の状況、及び『アザーバイド』のデータを解析するエナーシアが小さく溜め息をついた。 普段はEMP(エナーシア・マジ・プリティ)と称したくなる可愛らしいかんばせに今浮かぶのは呆れの表情に他ならない。 「男の人はカッコつけたがりよねぇ。身を立ててから、誰からも憚られないほどになってからと考えたがる」 聖四郎の肩がぴくり、と揺れる。その言葉に反応した様に竜潜拓馬は直ぐに前線へと滑りこんだ。速度に特化した彼の先手を取るのは難しい。彼をブロックする筈であった『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)ではなく、朔の前に立った拓馬がじ、と女の顔を見ている。 だが、朔の興味は拓馬には向いていない。己の闘争本能を真っ直ぐにぶつけられるイナミに向けられるがまま。 そうは言ってられないのだろう。朔に向けてまっすぐに拓馬のナイフが振り翳された。薄い刃が朔の魔剣にぶつけられる。 観察する様に雷慈慟は逆凪陣営を見詰める。青年の涼しげな横顔は前回、こうして出逢った時と変わらない。 自立心のある若者が、自身の存在証明のために立っていたのだとそう思っていたが――これではただの悪党だ。 「成程、恐山の縁者か……」 「ふと思ったんだが、聖四郎。君が恐山なら『山』聖四郎君なのか? 聖四郎という名が苗字に合わないが」 茶化す様に告げる雷慈慟に続き、朔が思い付いた様に告げた。聖四郎の意識を逸らす事が出来たその言葉に敵でありながらも慣れ慣れしく、友人に語りかけるかのように聖四郎は柔らかく笑う。 「ふむ…山四郎と名乗れば良いのかな? 所轄の刑事みたいだね」 そうですね、と答える事もないままに『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は目を細めて聖四郎の顔を見詰めている。 直刃、幾度も彼等と見える機械のあった悠月は聖四郎の為だとアーティファクトを奪いに現れたフィクサード達へと戯言交じりに告げたのだった。 ――破滅願望とは変わった趣味ですね。 あの時、彼の部下である男はまだ幼さの残る顔に不安を浮かべて悠月を眺めていた物だ。 冗談にせよ何にせよ、『黄泉の狂介』程は壊れていないと悠月は想っていた。だが、こうしてアザーバイドを連れ、己の自己顕示欲の為に真っ直ぐに動き続ける様は危うくも思えてしまう。 「……彼は、何がしたいのでしょうね」 ● 靡く髪は其の侭に、怒りを浮かべるでもなく、『正義』を見据える様に細めた紫の瞳に笑みを浮かべて『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は肉体の制限を外した。己の生命力は全て戦闘力に変えていく。これは、己の運命が世界の為に在る物だからという証明だろうか。 「……御機嫌よう。以前お会いした時もそう言えば……『紫杏』絡みの一件でしたね」 囁く様に怜悧な瞳を細めてノエルはその美貌を歪める。Convictioは『正義』を貫く銀騎士の為の武器だ。 奇縁であると彼女は称した兇姫の遊戯。人の出会いは古今東西奇妙なもので繋がっている物だ。ノエル・ファイニングが追い求める絶対正義の中に、不要な要素として存在する凪聖四郎や彼の恋人は勿論のこと、世界を護るべきには『存在してはいけない』者が触れ合わなければどちらも幸せであるかもしれない。 だが、それを繋ぎ合せる糸が其処には存在しているのだろう。 「君は銀騎士だったかな? ミス全殺しともよばれてるそうだね――ああ、いや、兄が『通』なものでね」 アークには面白い人材が多いよ、と馬鹿にするように告げる男の張り巡らせるバリア。反応しながらも彼女の視線はこの世界を崩壊に導く一番の敵へと向けられている。 一歩踏み出すノエルに向けて攻撃せんとする存在に咄嗟に反応したのは『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)だった。薙ぎ払う様にその腕を振り翳す。紅蓮の炎は旭の腕から全ての物を焼き払わんと放たれる。仲間を巻き込まぬ様にと気を付けるその攻撃に巻き込まれたのは逆凪のダークナイトだ。 「お嬢さん、よく凪様と遊んでる方だよね」 「……それがなぁに?」 何も、と囁くダークナイトの視線が旭に逸れている隙に鼠は滑り込んだ。ダークナイトの目の前でにぃ、と笑った『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)がダークナイトの往く手を塞ぐと共にLoDを握る指に力を込める。 観察眼を凝らしながら、竜潜拓馬に視線を注ぐ。彼が戦いで握りしめていた事のある『五香の精』というアーティファクトの有無を確かめる為だろう。リルが観察する傍ら、背後より浮かび上がった『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)がBadhabh Cath越しに見据えながら、烟月を縛り付ける。その動きを止めんとする嶺の攻撃を受け、烟月は楽しげにその手を伸ばした。 『美人に遊んで頂けるのは光栄だ』 「肉の塊が喋ると言うのは何処か気色悪く感じますね?」 白氷乙女を揺らし、氷を思わす銀の瞳が嫌悪感をちらつかせる。天女の羽衣を改良した装いは嶺の体を包み込んでいる。 リベリスタの布陣の中で、嶺が安心して居たのは己の手の内を知られていない事だろう。聖四郎達と戦うリベリスタ達は何れにしても知己が多い。それは相手の得手不得手を知りながら己の得手不得手を晒して居ると同等であると彼女は考えているのだろう。 それは、彼女がアークのオペレーターとして培ってきた能力だ。 (イナミさん達とは一度手合わせしましたが、この中では比較的ですが顔を知られていないのは行幸ですね……) 無論、速度を武器に戦う事が得意であった拓馬の動きを先に止める事が出来るとは思わない。だが、雷慈慟には賭けがあった。周辺に漂う『気配』を確認すべく高所に放った梟。 ファミリアーを使用したソレで周囲の観察を行う雷慈慟ではあるが、飛び回る梟に聖四郎が不自然に思わぬ筈がないのだろう。ちらり、と視線を向ける彼の視線が『梟(じぶん)』に注がれている嫌悪に雷慈慟の背筋にぞくり、と何かが走った。 「酒呑君、此処は君に譲ろうか」 「すまないな。役者は不足が常の世だ。納得してくれ」 朔が一手下がる。その隙間に滑り込む雷慈慟が黒の書を手に拓馬の往く手を遮らんとすれば、彼のナイフが光りの飛沫を上げて斬りかかる。 「やっぱり、聖四郎さんって素敵な殿方ですね? そうは思いませんか。竜潜君」 「ああ、勿論だとも」 形良い唇を吊り上げて、海依音は逆十字の幻想纏いを揺らす。結わえた髪を揺らし、『少女』に似合わぬ大人の笑みを浮かべてアーモンドを想わせる茶色の瞳を細めて微笑んだ。 「でも、遠恋なうじゃない! もー! 折角の婚活チャンスだと思ったのにっ」 悔しい、と言う様に海依音が杖を振り翳す。浮かび上がった彼女は戦場を見詰めている。未だ攻撃の始まったばかりの戦場で彼女が烟月へと矢を放てば楽しげにアザーバイドは笑い声をあげ続けた。 『美人の餌(オネエサン)ばかりで嬉しいもんだぜ。なァ、其処の男より俺にしとかねぇ?』 「お生憎様。海依音ちゃん、カミサマが示す運命だとか赤い糸は信じてないんですが、お金は信じているんですよね」 くす、とい笑って、海依音が身体を捻れば、入れ替わる様にエナーシアの弾丸が降り注ぐ。周辺のキマイラから漂う『ただならぬ気配』に反応し、弾丸は全てに降り注ぐ。BlessOfFireArms(銃火器の祝福)を捧げていく。 「貴方もカッコつけたがりなのでせう? そんな恰好じゃPrinceにはなれないのです」 くす、と笑うエナーシアの弾丸は後衛位置で聖四郎やアザーバイドを支援するホーリーメイガスをも狙い撃つ。彼女を庇うように布陣するクロスイージスが唇を歪めた。 じ、と冷える様な黒い瞳を細めた悠月の瞳は聖四郎に注がれている。彼が張り巡らせたバリア――『魔力障壁』は今までの物と比にはならない。 「……凪聖四郎。貴方のその障壁、『外部因子』が働いているようですがどれ程の物なのでしょう?」 「ふむ、俺ばかり『不思議な術』を使っていては、君を退屈させるかい?」 雷撃は周辺のキマイラの残骸を焼き払わんとする。如何に食ったのか。その細胞が烟月の中に入り込んでいるのか。 そして、彼の障壁に新たな力を与えた『雨靈』というアーティファクト。それによって強化された障壁がどの様な効果を与えているか。 「退屈だなんて。とても、興味深いです。――一つ、神秘の探究と参りましょうか」 彼の『悪夢』が兄を蝕むか。ぐるぐると回り続ける蛇は自身の頭を呑み喰らい輪を作り続ける。 ゾエトローム(回転騙し絵)はその血統が故に兄に勝てないのだと苦しむ弟(せいしろう)の様ではないか! 「天下に己が名を、才覚を示したい……これも先日からの続き、『貴方の証明』の一環ですか?」 「我がPrinceは何時だって高みを望んでいるのだろう。君はそれを何と評する?」 セインディールがぶつかって、イナミはそれを避け渾身の力を込めて剣を振るう。生と死を分かつ切っ先を受け流す芸術的な剣戟。 両者共に譲る事は無かった。力で押すか、それとも――……。 「未だ未熟な私達程度の背中を見ている様では届く先等、たかが知れていると思いますけど」 リセリアの言葉にイナミが反応する。兄に勝てるのかと、聖四郎が冗談めかして聞いた言葉に側近ながらイナミは同意する事も否定する事も無かった。 リセリアの言う『未熟な私達(リベリスタ)』を追い求めているだけでは、それ以上の存在には届かないだろう。彼女が最初に口にした『手始めに』というのはリベリスタの実力を下に見てか、或いはソレが越えれなければ自分の力足らずを認識するとでも言うのか。 「君は聡明だ。『蒼銀』。だから私は君が好ましい。改めて名乗らせて頂こう。 剣士はそうして正当な戦いを行うのだろう? 私はイナミ。『直刃』の継澤・依浪。この剣は全ては己が主の為に」 「先日見ていたのです。貴女と蜂須賀さんの戦いを。腕を、上げましたねイナミさん」 自分だって、研鑽を積んだ。継澤イナミはリセリア・フォルンにとって不足は無い。セインディールを握り直す。 「プリンスの思惑など私には関係ありません。今日は私の相手をお願いします。負かせてみろ、とそう言いましたね?」 「無論――……覚えていてくれて光栄だ」 ならば――今度こそ、勝たせて頂こう。 「リセリア・フォルン。――参ります、継澤イナミ!」 くつくつと笑うイナミは中性的なかんばせに笑みを浮かべる。性別を感じさせない何処か子供が玩具を見つけた楽しげな笑みにリセリアは目を細め、踏み込んだ。 彼女等を見詰めながら、朔が牙を見せる。金色の瞳は何処か獣を想わせた。ぎらり、と輝くソレが闘争本能を抑える様に瞬きを繰り返す。 「……本当に『らしくない』ではないか。済まないが倒れてくれないか? 私にとって君は邪魔だ」 『可愛い餌(オジョウサン)はお好みじゃないかい?』 肉の塊のラブ・コールに答える気はない。触手が朔の頬を掠める。燃える様な痛みを与えられる。鞘で受け止めて、彼女が身体を反転させれば、白いコートをはためかせたノエルが顔を出す。 「素敵なラブコールですが、わたくしは生憎お答できませんから」 Convictioが害悪に突き刺さる。ノエルは正義(せかい)の為に戦っていた。運命は世界の為。槍は世界の敵に。 己の運命の輪こそが其処には存在する。皮肉な運命は己をすり減らしながらも戦う事を望んでいるのだ。 ――憎しみも怒りも、すべて捨て去った。固執する世界(はこ)の中身は何処か。 『激しいな、美人サン!』 「ええ、餌として喰らいたいならばわたくしの攻撃を頂いてはくれませんか?」 くす、と唇を歪めるノエル。攻撃手として優秀なノエルを庇う朔が露出した肌から流れる血を拭い笑う。吸血鬼は血等恐れないのだと言う風に、彼女は微笑んだ。 両者共に烟月へ近付く中で、不安げに瞳を歪めた旭が「聖四郎さん」と小さく呼んだ。血色を目にして、どくん、と心の臓が脈打つ音を聞いていた。 赤色は好きだけど、嫌い。身に纏う赤いドレスだって好きだけど嫌いな色。 「聖四郎さん、わたしね、紫杏さんとの幸せを応援したいの。でも、欲深な願望を止めたい」 「何時だって君はそうだね」 今までだって何度も声を掛け続けた。羨ましい恋物語。幸せな恋を望むのは『女の子』だったら、当たり前だろう。 旭は魔力鉄甲を嵌めた掌に力を込める。俯き気味、浅く息を吐きながら睨みつける眼前。溜め息と言葉か喉に絡みつく。 「……言葉であなたの望みが止まらないのは分かったの。じゃあ、あとはぶん殴って止めるだけ」 「お嬢さんには似合わぬ言葉だね」 くすくすと笑う聖四郎に旭は鮮やかな緑の瞳を細めてぎ、と睨み付ける。地面を蹴り赤いハイヒールが柔らかい土に食い込んだ。フリルが波打ち、撃ちだされる蹴りは真っ直ぐに烟月へと放たれる。切り刻む様なソレは旭の意志表示だ。 どちらも本当の気持ちで、どちらも達成したいことだから。 仲間達が口にし続けた聖四郎への制止の言葉。自分が口にするには重たく感じるのはなぜだろうか。 ――きっと、しあわせってのは自分で作り出すものなんだ。 「……だから、今はあなたを止めるよ、聖四郎さん」 ● 「直刃の親玉ッスか。初対面ッスね。……凄く、面白そうな人ッス」 踊り子の衣装を揺らし、ダークナイトに対して、凍てつく痛みを植え付ける。踊る様に身体を揺らすリルが見据えても拓馬はアーティファクトを所有しては居なかった。 だが、念には念を入れて『ただならぬ気配』に意識を向けるリルの視界に止まったのは背後で魔力の障壁を張りながらリベリスタを静観する構えの男だ。 柔らかな表情はリルが見るに『フィクサード』である様には思えない。優男はそれなのに底知れぬ恐怖を感じさせるのだとリルは身構えた。 (――さながら蛇の尾を食う蛇ッスけど、北欧神話なら神を喰らう大狼ッスか) 元・フィクサードであるリルは様々なフィクサードを見てきた。その中でも何処か不思議な雰囲気のする聖四郎という男は『面白そう』であれど、リルにとっては未だ刃の立たぬ相手だ。 出来るうならば其処に噛みついてしまえばいい。鼠は猫を噛めばいい。だが、今はその時ではないとぐ、とLoDを握りしめる手に力を込めた。 「イナミさん、モテモテッスね? 約束したイナミさんの技をリルは欲しいッス」 「継澤さん、何時の間にそんな人気になったんだ?」 「……さあ?」 判りませんが、と返すイナミの声に聖四郎が楽しげに笑っている。其れだけを見るならば唯の仲の良い集団でしかないのだが、彼等が連れるアザーバイドが、周辺から漂う『僅かな気配』がその場の緊張を解く事が出来ないと知らせている。 キマイラの死骸を傷つけるリルに続き、浮き上がった嶺が夜行遊女を揺らす。浮かび上がる事は射線上狙われる可能性が増えると言う事だ。 「天の魔女の舞、ご照覧あれ!」 けれど、嶺は顧みない。自分が使える技は何だって使う。状況を見極める為に浮き上がる嶺の気糸が聖四郎を狙う。障壁は攻撃を弾き、集中を究めずとも仕える様になった彼の手は嶺へと向けられる。 周囲に展開される魔法陣。魔術師の弾丸は――神秘を追い求める男の得意とする業は嶺の胴を撃ち抜いた。 「っ――この程度……天の恵みの強運を。私は天の魔女(アプサラス)。まだ戦えます」 鶴を思わす羽を広げる。ふわ、と浮かび上がったまま嶺が目を凝らす。 強大な敵にだって負けるわけがない。海の魔女(セイレーン)にだって、負けないと強い意志をもっていた。自分は戦わねばならない。 傷つく嶺の体を癒す様に吹き荒れる神の加護。信仰者の仮面を被って、そのフリをしただけの海依音はくすくすと黒い天使を振るっている。 「あは、カミサマカミサマ、カミサマ!」 呼び続ける。長い髪が海依音の頬を撫でる。柔らかな女の頬に付いた傷を癒す様に、神はその時ばかり笑っていた。痛みを遠ざけて、己の体へと力を与える。 神の加護? 無慈悲な癖に――気まぐれに、カミサマは海依音に癒しを与えていく。 「カミサマ、貴方の気まぐれは今日もワタシを蝕むわ。貴方に祈っても肝心な時には役立たないのに!」 その言葉に込められた悲痛を耳にしながらエナーシアが銃を握る細腕に力を込める。何かがあれば海依音を庇う様に近接に存在するエナーシアの紫の瞳が細められ、溜め息が混ぜられた。 無論、海依音の言葉を耳にしているのはエナーシアだけではない。雷慈慟は黒の書の頁を指で捲る。一頁、思考の奔流を思わせるそれが千切れ、幾つもの文字が溢れだす。 思考がキマイラの肉片を撥ね退けんと広がった。拓馬が羽を揺らし浮き上がらんとするそれを抑える様に気糸が張り巡らされる。 「安い言葉の応酬を望んでいる訳でもないだろう」 「どういう意味だ?」 拓馬の視線が雷慈慟に注がれる。安い言葉を上辺だけで述べるのは簡単だ。己を示すには一番の言葉であれど、考えずに発する言葉には何ら意味もない。 この場所に容易に踏み込まれる事も、事後処理としてキマイラの死骸を残して居た不手際もこの際は問題では無い。 チェスの駒(せいしろう)が己の意志で動いているこれこそが意味ある行為であるのだから。 「聖四郎。君は以前、自身をこう言ったな。兄の庇護を受けて好き勝手踊らされているチェスの駒……と」 「……それがどうかしたのかい?」 じ、と水色――水面を揺らめかせ虹色に煌めく瞳を男は雷慈慟に向ける。リベリスタ達に相手にされず、手傷を負う事のない聖四郎は前線で戦うイナミや雷慈慟にブロックされながらも攻撃を続ける拓馬よりも余裕がある存在だったのだろう。 言葉を交わす余裕がある相手であるならば、こうしてコミュニケーションをとればいい。その思惑が何であるかを見極めればいい、唯それだけなのだから。 「そんな事は如何でも良い、関係無い、お門違いだ。君だ。君自身、君だけに、自分は最初から話をしている」 「まるで女性を口説く様な歯の浮く事を君は言う。俺はそんなに魅力的かい?」 茶化す様にくつくつと笑う聖四郎に雷慈慟は何の表情も映さない。 蠢く烟月へと嶺の気糸が絡み付き、ノエルの攻撃が加えられていく。続き、旭は炎を纏った腕で真っ直ぐに烟月を殴りつけた。 「ね、わたしは聖四郎さんを止めるけど、しあわせになるい方法はひとつじゃない。 欲しい物全部、手に居れた人しかしあわせになれないなら、一握りもいなくなっちゃう」 幸せってなんだろう。好きってなんだろう。恋ってなんだろう。 いつだって追い求めてはいたけれど、答えは何処にも無くて、大切な『あの子』なら知っていたのだろうか。 「……欲しい物が全部なくったってお互いが居て好きならしあわせになれるよ。 だから、わたしは貴方の望みを絶つ為に殴るし、必要があれば――殺す、かもしれない」 「君は俺と紫杏の恋が叶う事を望んではくれないのかい?」 そう言っていただろうと告げる聖四郎に旭は『殺す』という言葉をもう一度口にする。何時だってロマンスは上手くいかない。 「わたし、しあわせになってほしいっておもう。それでも、紫杏さんと別の幸せ見つけれくれるよーにも願ってるの」 我儘でしょ、と旭は笑う。烟月が声を上げ、餌を求める様に伸ばす手を跳ねのけて旭は潜り込む。 彼女を支援する様にエナーシアの弾丸が烟月の手を撃ち抜いた。幸せ、ラブロマンス。何れにしたってエナーシアは呆れの色を浮かべるだけだ。 「その似合っていない余裕ある振り、自分自身を騙すためなのです?」 「……君達リベリスタはどうやら恋愛事(ラブロマンス)に口を突っ込むのがお好きなようだね」 「少女は誰だって秘め事を好むもなのでせう」 そうでしょう、とライトに照らされた紫の瞳を細めてエナーシアは笑う。流れる金髪を掠める烟月の放つ瘴気。海依音が喰らわぬ様にと気を使い身体を反転させながら持ち前の超直観で攻撃を的確に避けようと注意を計る。 「向こうが『身を立ててから』と言っていたのもあるのでせうけど……でも、私は余裕の振りをかなぐり捨ててその下を見せてる時の方がかっこいいとおもうけどね、あの時みたいに」 くす、と笑うエナーシアがじ、と目を細める。烟月の生体反応の所為か、背後に存在するキマイラの破片に何らかの影響が現れたのだろう。銃を構えたまま、エナーシアが視線を送れば、聖四郎は楽しげに笑いだす。 『ただならぬ気配』はそれこそ『ただならぬ』物だ。敵性反応が現れる可能性だってロケーション的に十分判断できる。だからこそ、リベリスタ達は周囲のキマイラの死骸に気を使っていたのだろう。 アザーバイドはボトム・チャンネルのものではない。だからこそ、気を配る必要があるとリベリスタ達は踏んでいた。 「予想、的中ってやつなのだわ」 呟くエナーシアの声に頷く様に悠月は雷撃を振り翳す。未だ手の内を見せぬ聖四郎に神秘探究を続けながらも悠月は笑い続ける。 長い髪を揺らし、現れる何らかをも消し炭にせんと雷は天より降り注いだ。月の光の剣は雷を反射し柔らかい光を放つ。 攻め立てられる事に焦りを覚える烟月の攻撃が次第に激しくなっていくにつれ口数が減る聖四郎に悠月はゆっくりと首を傾げた。 「――焦っていらっしゃいる? 凪聖四郎」 囁く様に、悠月の告げる言葉に聖四郎がじ、と彼女を見据える。才気あふれる若者がそれを誇示する事は古今の東西を問わずして有りがちな事だ。特に珍しくは無くとも、駆け足でその階段を登ろうとするその様は『才気あふれた青年』の様には思えない。 「逆凪黒覇とて、あれ程の力を以ても未だ世界の頂点には届いていない」 それは、日本には七つの柱がある事を告げているのだろう。そして、その黒覇に『八柱目』とも称されたアークを踏み台にせんとする聖四郎へのある意味での勧告だ。 日本においてさえ、唯一の頂点足り得てない兄さえ越えられぬ男に日本の『唯一』になれるのか。 「お姫様を助けるにしては、あまり良い方法ではなさそうですね? 王子様」 くす、と笑う嶺の言葉に聖四郎がそうだね、とCreative illnessを握り直す。お伽噺は何時だって『お伽噺』であるからそう称されるのだから。 ● 避ける様に身体を揺らし、真っ直ぐに切り込んでくる拓馬に雷慈慟は身体を捻り避けんとする。梟の声を聞き雷慈慟は周囲を把握せんと論理回路を展開させ続けていた。 拓馬が避ける事が得意であれど、雷慈慟も同様である。そこにゆっくりと翳した指先が四色の光を撃ち込んだ。悠月の放つ四色が拓馬の翼を狙い撃つ。 「知って居たか。役者として不足して居ようと、戦いは利口にすればその差すらも埋められる」 言葉を交わしながら雷慈慟の告げる声を耳にして、刃を握り直すイナミがリセリアへと剣を振るう。 その様子にざわ、と心が揺らめく朔は小さく笑みを浮かぶ。流れる髪を切り裂く烟月の攻撃。ノエルの代わりに攻撃を受け続ける朔は運命を代償に立ちあがる。 彼女の目的は継澤イナミその人と戦う事だ。聖四郎もアザーバイド『烟月』も彼女にとっては舞台の装置でしかない。主演は彼女とイナミ。その二人だけだ。 「凪君、この戦いが終わったら継澤君を貸してはくれないか? いつも君の遊びに付き合ってるのだ。たまにはこちらからの挑戦に応じてくれても良いだろう?」 フェアな戦いがしたい。邪魔をするならば敵味方関係なく殺し切る。その意志を金の瞳に灯した朔に聖四郎が「イナミ」と呼び掛けた。 「……戦うというのも、良いでしょう。ですが、此処を『簡単』に乗り切れるだなんて考え、捨てるべきです」 厭世の櫻がセインディールに打ち付けられる。構え方を変え、桜吹雪を生み出すが如き動きは其の侭に貫いた。 リセリアが目を開く。だが、剣が刺さったままに、リセリアは踏み込んでセインディールを振り下ろす。ぎゅ、と日本刀を握りしめ、掌から溢れる血など気にしない。 「私は貴方しか見ていません。――倒しきって見せる!」 ぎ、と睨みつけるリセリアの言葉に応える様にイナミの気持ちは高まっていく。 リセリアとイナミの戦いを余所に攻撃を一手に受け続ける烟月が叫び声を上げている。餌を求める様に伸ばす手は前線で戦うリルの元へと向かっている。 「全く、リルは美味しくないッスよ?」 LoDが音を鳴らし、踊る様に地面を蹴る。身体を反転させながら、リルはダークナイトと越えて多角的な攻撃を烟月に与えていく。 支援する様に嶺は攻撃を繰り広げるが、聖四郎の魔力の障壁は嶺の攻撃を全て弾いてしまう。あからさまに自身を狙う攻撃に聖四郎は反撃する様に手を伸ばす。 「――ッ、まさか」 嶺が目を開く。持ち前の超直観が告げていたのだろう。此処からが勝負だと言う様に、聖四郎の繰り出す『悪夢』は悠月が望んでいる物だ。 「あなたの『悪夢』は私達すら呑み潰せない。――もっと時間をかけて力を蓄えてもよいのではないですか?」 「それは如何だろうね」 笑う聖四郎に身構える嶺へと繰り出される十三月の悪夢。彼が編み出した技を見て、リルの背筋が震えた。 悠月の知的探究心を満たさんとするその攻撃に、彼女が小さく舌舐めずりをする。 ――嗚呼、それを望んでいた。 「いいえ、私達を呑み潰せない。己が才を頼みに、駆け足で強大な兄を越えんとする様を焦りと呼ばずして何と呼ぶのです?」 悠月の言葉に聖四郎の視線が強くなる。じ、と見据える聖四郎に悠月はくすくすと笑って手を伸ばした。 嶺の翼が痛みを覚え、ゆっくりと地面に落ちる。彼女は運命を燃やしながら、立たなければと懸命に足に力を込める。浮かび上がる事で攻撃を受け続けた嶺を癒す海依音がくす、と笑って聖四郎さんと名前を呼んだ。 「現地妻、作る気ないですか? ワタシ、海依音ちゃんと申します。お見知り置きを」 「……いいや、申し訳ないけど、俺は紫杏一筋なのでね」 あら、と海依音は瞬いてにこりと微笑んだ。恋人の名を告げれば海依音は表情を変える。どこか悩む様に唇を歪め、微笑んだ。 「じゃあじゃあ、黒覇さんに、貴方のお嫁さん、今回も素敵な女傑だったとお伝えいただけるかしら? ――つまり貴方に勝つ、ということです」 「ハハ、強気な女性も嫌いじゃないが、俺には生憎、紫杏が居るのでね。 そんな言葉は兄さんに直接伝えてくれるかい? 俺が言うよりときめきが高いだろう?」 茶化す様な言葉を繰り広げる間にも、戦いは続いていく。烟月が伸ばした手が朔の体を薙ぎ払い、ダークナイトが動きだした所へとリルが凍てつく痛みを与えていく。 悠月と雷慈慟の攻撃が前線で遊撃し続ける拓馬に与えられる。彼の体が落ちていく。吹き飛ばす様に思考の濁流が周囲に吹き荒れた。 「再度言おう聖四郎。やはり君は浪漫主義のお姫様だ。癇癪は碌でも無いと思案するが」 『王子様』とは言い切れぬ。何かが欲しいと言うロマン主義の『お姫様』は欲しい欲しいと手を伸ばすだけ。 戦闘を続けるリセリアを癒す様に海依音の癒しが吹き荒れる。攻撃を得意とする癒し手は簡単に落ちやしない。 エナーシアが痛みを堪えて小さく笑えば、海依音は唇を吊り上げて、くすくすと笑った。 「ね、聖四郎さん、ワタシのような魔女がお兄さまの奥さんになるなんて刺激的でしょう? 存外子供っぽい貴方を六道のお姫様が好きになったのはわかるわ。女は可愛い男には弱いものよ」 彼女の言葉に同意する様にエナーシアの弾丸が降り注ぐ。烟月が最後の力だと言わんばかりにその腕を伸ばして旭の体を引き摺り倒した。 「ッ――いた……!」 旭の声を飛び越える様に、ノエルが飛びこむ。その眸緩く笑っている。瞬いて、Convictioの切っ先が烟月の体へと突き刺さった。 『アガガガガガガッ!!!』 くす、と笑ってノエルは再度、騎士槍を振るおうとする。彼女を庇う朔が膝をついたのを確認し小さく笑ったイナミが「また」と言葉を掛ける。 それで終わる訳にはいかないとリベリスタ達は奮闘した。雷慈慟が力を与え、黒の書を捲くり声を張る。 逆凪フィクサードのマグメイガスが傷を付き、リセリアが真っ直ぐに剣を振り下ろした。 「イナミさん、私は貴女を殺しません。情けでは無く、殺す為に戦うという訳ではないからです。 ――それに、更に強くなるなら此処で終っては勿体無いでしょう」 言葉を掛け、緩く微笑んだリセリアにイナミは剣を降ろす。一歩下がるイナミを確認し、リセリアはセインディールを構えたままに聖四郎へと視線を送る。 「……側近を死なせてまで此処での戦いに固執する必要など無いでしょう」 「そうだね。所で、そろそろ俺は『烟月(おもちゃ)』に飽きてしまったんだが、君達にあげよう」 告げて、ホーリーメイガスにイナミへの回復を頼む聖四郎は背を向ける。その背を見詰めて海依音が「お兄さまによろしく」と楽しげに告げた。 烟月は最早瀕死状態だ。周辺から呼び寄せた『キマイラの死骸』に何らかを憑依させたものを動かす余力はあるのだろうか。烟月が声を上げてノエルへと掴みかかる。 咄嗟に滑り込んだ朔が力を込めて押しのければ、烟月は楽しげに笑い始めた。 狂った様に笑うその声をバックにエナーシアは銃を構え、対象を撃ち抜いていく。 「花の命は短くて、パンは常にバターを塗った側を下にして落ちるのだわ。 服に着られて逢いに行けないじゃ本末なのですよ? Princeさん」 エナーシアの言葉を受けて、聖四郎は笑った。余裕ぶった顔をして、服に着られたままでは意味がない。 けれど、それを知って居ても追い求めたくなるのは。 「――若さ、ですか」 悠月が雷を振らせながら囁く。悠月の方が幾つか年下であれど、聖四郎も二十代の中盤と言う未だ年若い青年である。 彼が力試しとして使った道具(アザーバイド)はリベリスタ達によって倒されんとしている。聖四郎への対応は少なくとも言葉を持って彼を制する事が出来たのだろう。 「……それでは、また。次は本気を出そう。戦うのを楽しみにしているよ」 微笑む聖四郎を見据えて、ひらひらと手を振る海依音が微笑んだ。ノエルの瞳は真っ直ぐに烟月に注がれる。 手を伸ばし、キマイラ特有の生命力を使い攻撃を繰り広げる烟月へとエナーシアの弾丸が降り注いだ。 尻尾に結ばれたカンテラが揺れる。死を刻みつけるようにリルが踊れば、烟月が手を伸ばし叫び声を上げる。 『~~~ッ!』 「――さっさと死んでいただきましょうか。貴方は私の『世界』には不要な存在ですから」 傷を負いながらも最後、真っ直ぐに突き立てられた槍によって溶ける様に烟月は消えていく。 「しかしまあ、これほど様々な騒動を起こす者に『凪』という名は、実に皮肉でありますね?」 囁いて、笑うノエルの声が静かにその場に響き渡る。 残るのは、周辺に散らばったキマイラの欠片のみ。その他には何も残っては居なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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