● ――水平線に、陽が落ちる。 青い空も、エメラルドグリーンの海も、白い砂浜も。 全ては夕闇に染まり、やがて紺碧のグラデーションに変じる。 満天の星のもと、人々はまだ眠らない。 南の島の夜は、始まったばかりだ。 ● 「灯篭流しとか、皆でどうかな」 宵の口、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はリベリスタ達に向かってこう言った。 アーク本部ではスーツ姿がお馴染みとなっている彼だが、今は浴衣に身を包んでいる。 数史は集まった面々の顔ぶれを眺めた後、詳しい説明に移った。 「この近くに、川があるんだけどさ。そこに色とりどりの灯篭を流すんだ。 本来だとお盆の送り火の一種だけど、地域によっては願い事をする所もあるみたいだから」 そこまで告げて、黒髪黒翼のフォーチュナは一瞬、複雑な表情を覗かせる。 つい先にも、アークは『親衛隊』と壮絶な戦いを繰り広げたばかり。一連の事件で命を落としたリベリスタも、決して少なくはない。 運命に愛された革醒者であっても、戦い続ける限りは常に死と隣り合わせだ。 重くなりかけた空気を変えるように、数史は再び口を開く。 「あと、花火も打ち上げよう。手持ちのやつも各種揃えてあるから、遊びたい面子も遠慮なく」 灯篭流しのエリアと少し離れた場所を確保しているため、こちらは賑やかにしても問題ない。 勿論、川辺で花火をのんびり観賞するのも自由だ。 「川を流れていく灯篭と、打ち上げ花火……ですか」 その場に居た『Eile mit Weile』フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264) が、きっと綺麗でしょうね――と呟く。 数多の光に、それぞれの想いをのせて。 静かに、あるいは少し賑やかに。この長い夜を、過ごしてみようか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月10日(火)22:58 |
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● 時間には少し早かったのか、花火はまだ始まっていなかった。 特等席を選んで、五月とフラウはレジャーシートを敷いた地面に腰を下ろす。 二人とも水着の上に一枚羽織ったきりの格好だが、いつも通りに手を繋げば暖かい。 この数か月は何かと慌しかったけれど、それでもこうやって夏を満喫出来るのはアークの福利厚生が充実しているという証明だろうか。 組織力を駆使してバカンスの段取りをつけた司令代行と、この場の発起人たる黒髪黒翼のフォーチュナに内心で感謝しつつ、フラウは空を見上げる。 「花火は好きだ。キラキラ輝いててとっても素敵なのだ」 隣で声を弾ませる黒猫の少女を、そっと顧みて。 どんな華が咲くだろうかという問いに、それは後のお楽しみっすよね、と悪戯っぽく返す。 彼女が望むように、自分や五月の色が夜空に花開けば素敵だろうけど――。 刹那、視界の隅に光が煌めく。 「おっ、始まったっすかね」 再び天を仰げば、大輪の花火。 所狭しと咲き誇る華たちを眺めて、自然に溜息が漏れる。 思い出したようにフラウが「たまや」と声を上げれば、五月は後で手持ち花火をやろうと目を輝かせ。 「沢山の色が出る花火も良いが、オレは線香花火がいいな」 「どっちが長く続くかってのは定番っすけど、実際楽しいっすからね」 そんなやり取りを交わすフラウの手を、ぎゅ、と強く握る。 「また、見よう」 告げられた言葉に、フラウは迷わず手を握り返し。 「約束だ」 と、大きく頷く。考えていることは、きっと同じだ。 二人で見る景色は、何時だって――こんなにも素晴らしいのだから。ずっと、君と一緒に。 極彩色の火花が踊る空の下、囁くようなせせらぎの音にそっと身を委ねて。 そあらは川辺に佇み、流れる灯火の群れを眺める。 (……もう、十四年にもなるですか) ナイトメア・ダウン。両親が居なくなってしまった、あの日。 毎年、墓参りを欠かしたことはないけれど。偶には、趣向を変えてみるのも良いかもしれない。 祈りを込めて、灯篭を順番に流す。父と母――そして、共に戦い、散っていった仲間達のために。 淡く色づいた光の一つ一つを見送りながら、願い、誓う。 灯篭の数が、これ以上増えないように。 友が望んでやまない“優しい世界”に、少しでも近付けられるように。 その頃、雷音は快を伴って河原を歩いていた。 金魚柄の浴衣に身を包んだ少女の半歩後ろを、白地に絣の浴衣を纏った青年が続く。 水面を流れては通り過ぎる灯篭たちを前に、雷音は足を止めて。 これまでの戦いで亡くした大切な人の数だけ、新たな火を浮かべていく。 「最近、少しは笑えるようになってきたんだ。……ゆっくりだけど、少しずつ」 灯篭に宿る炎は、死者の魂を映しているのだろうか。 一度そんな風に考えてしまうと、遠ざかる灯りが去り逝く人の後姿のように思えて。 「す、すまない」 言ったそばから零れ落ちる涙を、浴衣の袖で拭う。 寂しかった。ただただ、寂しかったのだ――。 今にも消え入りそうな呟きを聞き、快は雷音の頭をぽんと撫でる。 「……そうだね、俺だって寂しいよ」 口に出すか、出さないかの違いはあったとしても。皆、同じ感情を胸に抱いているのだろう。それを彼女一人に言わせるのは、卑怯だ。 そう思うゆえに、快は言葉を紡ぐ。率直に、真摯に。 「泣きたくなったら、泣いたって構わないと思う。泣いた後に、もう一度笑うことができるんだから」 優しい声と、掌の熱に励まされて。雷音は、再び顔を上げる。 何度経験しても、慣れることはない。慣れてはいけない。それでも。 「ボクは幸せな人間だと思う。最近、実感したんだ」 雷音に頷きを返して、快もまた、流れる灯篭を見やる。 遺された者が涙に暮れてばかりいては、彼らも決して喜ぶまい。 でも、笑うことを忘れなければ。偶に思い出して泣くくらいは、きっと許してくれる筈。 「だから――また明日、笑おう」 妹と相棒の背を横目に、夏栖斗は水の入ったバケツを持って駆ける。 今は、悲しいことを忘れて騒ぎたかった。行きがけに会った那雪と四門、フツを誘って、より賑やかな方へ。 「花火すっげー!」 その先では、蒐が空に上がった花火を見て大はしゃぎ。 「あーはいはい、お前ちゃんと見えてんの?」 レジャーシートを敷く伊月は若干呆れ顔だが、少年のテンションは留まるところを知らない。 「伊月さんはよ! フツーの手持ち花火も持ってきたから!」 遊び相手が居ないと寂しいと駄々をこねる蒐のもとに、タイミング良く援軍が到着。 「ちーっす、花火まーぜて!」 真っ先に輪に加わる夏栖斗の隣で、四門が通りがかった数史に手を振った。 「奥地さ~ん、やっていきません~?」 「お、花火? やるやる……って、足痒くないのそれ」 数史の突っ込みを聞き、思わず全員の視線が四門の足元に集中する。白い素足に、ぷくりと腫れた虫刺されが痛々しい。雰囲気を出そうと、甚平を着てきたその心意気は買いたいが。 地面に立てたロウソクに火を点け、消火用のバケツを置く。 準備が整った後、那雪は手持ち花火を一本手に取った。 「えと……この棒みたいなのに、火をつければいいの……?」 花火といえば打ち上げ花火しか知らないので、遊び方がいまいち分からない。 すかさず、フツが横からフォローを入れた。 「おっと、そのヒラヒラした紙はただの飾りだから、点火する前にちぎるらしいぜ」 教えられるまま先端を千切り、そろりと火をつける。 「あら、すごいの……」 目を丸くして花火に見入る那雪の傍らでは、蒐がピストル型の花火に点火。 「俺、カッケーポーズとるから見ててな!」 空の花火をバックに少年漫画的ポーズを決めるも、伊月に生温かい笑みを向けられ。 「あ、うん、カッコ悪かった……?」 修行の成果(+渾身のドヤ顔)、あえなく不発。 気を取り直した蒐が「伊月さんもやろうぜ」と彼の腕を引っ張った時、夏栖斗が線香花火の束を高々と掲げた。 「っしゃ! 線香花火まとめてやるぜー!」 一本ずつやらないと危ないと四門が窘めるも、そう簡単には引き下がらない。 「……三本くらいならいい? パチパチするのがでっかくなるんだって!」 周囲の面々に尋ねつつ色々な種類を試していた那雪が、不意に顔を上げた。 「え? これ、まとめてやるのが礼儀、なの……?」 いっぺんに火を点けようとする彼女を見て、四門が咄嗟にバケツを持ち上げる。 もはや手段は選んでられぬと水をぶちまけようとしたその時――砂利に足を取られた。 「ちょ、大丈夫か!?」 横倒しになったバケツが転がる横で、数史が転んだ四門に手を貸す。 那雪はその様子をきょとんと眺めていたが、やがて納得したように頷いた。 「あぁ、危ないから、だめなのね……。ん、一つ賢くなったの……」 「お線香より、こっちの方がいいよ。ね?」 立ち上がりつつ、夏栖斗と那雪にお勧め花火を差し出す四門。 ともあれ、体を張った訴え(?)が聞き届けられて何よりである。 そんな一幕を挟みつつ、のんびりと花火に興じる一同。 「川辺でやる花火ってのも、趣深くていいもんだな」 フツがしみじみと呟いた直後、ひときわ華やかな花火が夜空を飾った。 「すごい、わね……」 思わず見惚れる那雪の後ろで、伊月はレジャーシートに腰を下ろす。 次々に打ち上げられる花火は音も光も派手だが、こうして見ると悪くない。……それどころか、なかなかに楽しいとすら思える。 「数史さんは花火好きですか?」 持参した飲み物を振る舞いながら、数史に問う伊月。 首肯する年長のフォーチュナに、彼は軽く肩を竦めてみせた。 「――俺は、あんまり見た事も無くて」 「こっちも最近だよ。こうやって、楽しむ余裕が出来たのはね」 二人の視線の先には、負けじと玩具花火を設置していく蒐らの姿。 「噴出花火もロマンだよねー。みんなは、どんなの好き?」 一押しのスターマインを手にした四門の声で、川を眺めていた夏栖斗はふと我に返った。 緩やかに流れる灯篭の列。その一つが、どうか“彼女”に届けば良い。 「上も下もきれいなの見られるってお得だよな!」 今は、笑おう。そうすれば、きっと安心してくれる筈だから。 既に燃え尽きた手持ち花火と、咲いては散る空の花を交互に見て、フツは思う。 ほんの数瞬に全ての輝きを込めるからこそ、花火は美しい。 でも。いのちは――綺麗な散り様など、追求せずも良いのだ。 「……みっともなくても、消えちまうよりはいい」 河原に座したまま、数多の光に照らされた水面を眺める。 それは、彼岸と此岸の境界を思わせるような、どこか不思議な光景だった。 浴衣を着込み、手には揃いの団扇を持って。祥子は義弘に寄り添い、天を仰ぐ。 腹の底から響くような轟音も、花火と思えば心地良くて。 「やっぱり、夏の夜は花火だよな」 感慨深げな恋人の言葉に、笑って頷きを返す。 「あたし、打ち上げ花火大好きよ。一番好きなのはね……」 何と説明しようかと彼女が小首を傾げた時、まさにその花火が上がった。 鮮やかに弾けた後、無数の星が音を立てて零れ落ちてゆく。 そう、あれよ――と告げて、彼女は義弘を振り返った。 「キラキラ瞬くのが好きなんだ。ひろさんは?」 「俺は、そうだな……シンプルだが、大きな音と共に花開く、そんな花火が好きだな」 いかにも彼らしい答えを聞き、祥子の口元も自然と綻ぶ。 視線を地上に移すと、川をゆっくり流れていく無数の灯篭が目に留まった。 「淡く光ってキレイね。花火よりも、温かくて柔らかい感じ」 空の華も、地上の灯も。ここに来られなかった人達のもとまで届けば良い。 祥子の考えていることが伝わったのか、義弘がおもむろに彼女を抱き寄せた。 「どこかの花火大会は、災害で亡くなった人達の魂を鎮めるために始まった、と聞いたことがある――」 囁くと同時に、祥子とこうして共にあれることの幸せを思う。 「……また来年も、一緒に見にこようね」 愛しい人の温もりを感じ、その指に自分の手を絡ませながら。 祥子はずっと、輝く光を見詰めていた。 ● ――折角の機会、どうせなら手作りで。 そう思い、終が拵えた灯篭は二つ。 花弁の形に切り抜いた桜色の和紙を貼り、きらきらと輝くラインストーンで飾ったもの。 翼を広げ羽ばたく影絵風の鴉を、佇む一匹の兎が裏側から眺めているもの。 いずれも、『工作系は得意』という言葉に恥じぬ仕上がりだ。 「さすが、オレ☆ ……良い出来でしょ? 見てるー?」 一つずつ両手で掲げた後、流れる川に二人分の灯篭を託す。 それらが光の列に加わったのを見届けた後、彼は声のトーンを落とした。 「あのね、ほんとはね。こんなの作りたくなかった。寂しいよ」 誰かが居なくなった隙間は、簡単には埋められない。 もう大丈夫、心配しないで――いつか、そう言える日が来るのだろうか。 川辺に立ち、眼を閉じる。 瞼の裏に蘇ったのは、鮮烈にして凄惨なる赤い記憶だった。 全身を濡らす返り血は、自分の半分も生きていないだろう若人のもの。 一瞬にして吹き飛ばされた身体は、原型すら留めず無残に散った。 奥歯を噛みしめ、喜平は拳を強く握る。 決死隊として戦いに臨んだ彼らの選択を、悔やみたくはない。 それでも、心は軋む。叫びたくなる。 プレインフェザーが隣に居てくれなければ、とうに潰れていただろう。我ながら、女々しい。 気を落ち着かせてから、おもむろに口を開く。 「――よし、流そう」 彼に頷きを返した後、プレインフェザーは水面を滑り出した灯篭の一つに囁いた。 「この人を守ってくれて、本当にありがとう。……どうか、安らかに」 纏っているのは、喜平が去年にくれた浴衣。 二人で過ごす今日は、死んでいった彼らの犠牲の上にあるのだと知っている。 (……あたしも、酷い奴だな) 気にならないと言えば、嘘になるけれど。その“覚悟”に、泥を塗るような真似はしたくないから。 心からの感謝と、幾許かの後ろめたさと。そして、誓いを込めて。二人は、ともに灯篭を見送る。 彼らが信じた明日を守る。彼らの分まで勝ち続ける。それが、手向けになると信じて。 灯篭が大分小さくなった頃、喜平はそっとプレインフェザーの肩を抱く。 彼女の存在が、言葉が、どれだけ支えになっていることか。 「すまんな、付き合わせて。でも……有難う」 その一言を聞き、プレインフェザーは返答の代わりに彼の手を取った。 願わくば。この人と出来るだけ長く、一緒に居られますように――。 今年の盆は、『迎える』より『向かう』気配を濃く感じていた気がする。 流れゆく灯篭を眺める火車の隣には、神妙な面持ちで佇む黎子の姿。 逡巡の後、彼女は長らく胸に秘めていたことを打ち明けた。 「――私は朱子から少し、記憶を受け継いでいます」 妹が遺したのは、戦いの経験と知識。そして、“大切な人”と過ごした思い出。 「気づいてました?」 「……気づくか、んな事」 対する火車は、そうとしか言えない。 革醒者が、誰かの記憶を継ぐ。そんな話は、確かに聞いたことがあるけれど。 だが、どうして今になって。 彼の視線を受け、黎子は僅かに目を伏せる。 「言えなかったのは、少しの嫉妬があったのと……怖かったからです」 告げてしまえば、自分を通して朱子を見てしまうのではないか。 それに乗じて、自分は朱子の代わりを演じるのではないか。 「……自分のことばかりですね」 自嘲気味に零した黎子を前に、火車は混乱したように呟く。 「ホント、なんだってんだ……。朱子の代わりとか……そんなん、全然知らねぇよ」 最愛の人と瓜二つである黎子に、思うところが無かったわけではない。 でも。でも――朱子が、姉である彼女に記憶を遺したのなら。 「朱子はオメェに気が付いたんだな。……家族を、見つけてったんだな」 それだけは、少し救われる思いがする。 少し間を置いて、黎子が答えた。 「私は、鳳黎子です。『お前』じゃなくて、黎子ですよ」 過去に縛られた想いを解き、そっと水に流して。 彼の視線を、今度は真っ直ぐ受け止める。 「……じゃ、明日もどっか一緒に行くか? 黎子」 「はい、宮部乃宮さん」 もう二度と、後悔したくないから。 アロマキャンドルの芳香が漂う中、青年と少女達は花火に興じる。 「見てみて、ねーさま、設楽さーん」 次々に色を変えていく花火をくるり回してリンシードが駆ければ、糾華は「気をつけるのよ」と声をかけて。それぞれの手元に咲く小さな華たちの姿に、思わず目元を和ませる。花火は、少人数で落ち着いて楽しめるのが良い。 そんな彼女らの様子を眺めていた悠里が、不意に口を開いた。 「二人とも、出会った頃と比べて笑顔が多くなったよね」 彼の言葉を聞き、少女達がきょとんと顔を見合わせる。どうやら、あまり自覚はないらしい。 「……あ、でも、確かに、リンシードはよく笑うようになったわね」 やっぱり人が近くにいるって大事よ――と語る糾華の口調は、少し誇らしげで。 「姉様は、増えたのでしょうか……私、姉様を笑顔に出来てますか……?」 一方のリンシードは、気遣うように彼女の顔を覗き込む。 大丈夫だよ、と太鼓判を押す悠里の表情は、明るい。 知り合った頃、あまり笑うことがなかった彼女らが目に見えて変化していることが、彼にとっては嬉しかった。 「やっぱり、友達……特に子供が楽しくなさそうだと、気になるからね」 ちょっと年寄り臭いかな、と零す悠里に、糾華はそうね――と澄まして答える。 十以上も歳が離れているのだから、ある程度は仕方ないと思うけれど。ここまではっきり『子供扱い』されると、少し面白くないわけで。 「悠里さんにとっては子供かもしれないけれど、レディ扱いするのも甲斐性っていうのよ?」 糾華がささやかな反撃を試みると、悠里は一本取られたといった風に笑った。 おもむろに両腕を伸ばし、少女達の頭を同時に撫でる。 「二人だけじゃなくて、みんながどんな大人になるか楽しみだよ。 それまで……ううん、ずっと死なないでね」 偽らざる気持ちを告げた彼に、糾華とリンシードは揃って怪訝な顔を向けた。 「それは、ちょっと……面白い冗談ですね……」 死なないでも何も、この中で誰より無茶をやらかすのは悠里ではないか。 「……僕ってそんなに危なっかしく見える?」 うーんと首を捻る彼を見上げ、リンシードは言う。 「そんなに心配しないでください……私達は、大丈夫です」 護るべき人がいる限り、消えるつもりはない。そう、約束したから。 「悠里さんこそ、死なないでね」 少女達を安心させるように、悠里は一つ頷いて。 彼女らが素敵な大人になるその日を、そっと胸に思い描いた。 河原の外れ、大きめの石に腰を下ろして。翔太はひとり、空を眺める。 仲間と騒ぐのも良いが、今夜はのんびり過ごしたい。ここからでも、花火はよく見えるから。 小さな石を握って缶コーラを傾けるうち、数史とフェルテンが揃って通りがかる。 「何だ上沢、こんな所で見てたのか……って、おい」 足元に置いた缶ビールを目敏く発見して、眉を寄せる数史。 「違う違う、俺のはこっち」 翔太は飲みかけのコーラを示すと、二人に缶ビールを手渡した。 「落ち着いて飲むのもいいだろ。――フェルテン、こないだはサンキューな」 「こちらこそ」 礼を返した後、フェルテンは翔太の掌にある石に気付く。 それは、先日の依頼でE・フォースが彼に残した虹色の結晶。 「せっかくだから、アイツらにも見せてやりたいなって」 石を掲げた翔太の視線の先で、花火が弾ける。 橋の袂で待つ彼らにも、想いはきっと、届くだろう。 ● 一通り、花火の設置を終えて。 竜一は仁王立ちのまま、浴衣姿の少女達を振り返る。 「よーし。ミーノや、準備はいいな」 答えるのは、着火用ライターを大事そうに抱えたミーノ。 \よーいおっけー!/ 河原に、ずらり並んだ花火。その点火という大役を仰せつかったミーノは、見るからに嬉しそうだ。 うむうむと頷き、竜一がすぅと息を吸い込む。 「火を放てーーーーーー!」 昇り竜の浴衣に身を固めた彼の号令と同時に、ドラゴン花火が次々に炎を吐く。 明らかに先の台詞が言いたかっただけだろうと突っ込みたくなるが、まあそれは置いておこう。 「ふははははは! 噴き出しまくってるぜ!」 「ぉょ~~~~きれ~~~~っ」 大はしゃぎで花火の間を駆け回るミーノを、リュミエールが捕まえる。 「クルクル回るのはイーガ、ハメ外して危ない目ニアウナヨ」 ミーノの尻尾や、お気に入りの浴衣に焦げ目でもついたら、一大事だ。 「ま、火がついても川に飛び込めばいいだけさ! HAHAHA!」 玩具花火を手に暴走する竜一を見て、神速をもって鳴るリュミエールの血が騒ぐ。 \たーまーやー!/ 駆ける二人が織りなす光の乱舞を眺め、ミーノが楽しげに声を上げた。 同じ頃、ユーヌはミリィを伴い手持ち花火に興じる。 「大きな打ち上げ花火も良いですが、これも素敵ですよね」 年少の友人に頷きを返した後、ユーヌの胸にふと悪戯心が芽生えた。 「……手に持ってると、くるくる回したくなるな?」 花火を手にしたまま立ち上がり、宙に円を描く。 「って、ゆ……ユーヌさん!?」 勢いに乗って『ARK』の三文字を書く彼女を前に、ミリィが目を剥いた。 「楽しいのかもしれませんが、振り回すのは危ないっていうか……っ!」 慌ててストップをかけられ、ユーヌも素直に反省。 「む、ちょっとはしゃぎ過ぎたか」 翼に当たって、焦がしても面倒だ。 心持ち控えめな動きで、今度は一筆書きをなぞる。 「さて、何に見える?」 止めようとしていたミリィも、そう問われれば思わず考え込んでしまって。 「……もう。本当に気をつけて下さいね?」 などと言いつつ、いつしか図形当てに夢中。 傘や三日月、五芒星に六芒星―― 「九字を切るのは……なんか違うな」 どこか愉しげなユーヌの様子に、「ちょっと面白そうかも」なんて思ったりもする。 ミリィが誘惑に負け、一緒になって花火を振るうようになるまで、そう時間はかからなかった。 周りを巻き込む心配もないことだし、度を越さなければ大丈夫だろう。 「あ、少し楽しいかもです」 「似顔絵でも描けたらいいが、流石に無理かな」 試行錯誤を繰り返しつつ、少女達は闇に火花を走らせる。 不恰好でも構わない。作品を鑑賞するのは、互いの他に居ないのだから。 夜の闇を照らすが如く、極小の炎が踊る。 赤から青に、青から黄に。時間とともに色を変える火花は、眺めるだけで楽しい。 ぴょんと飛び跳ねれば、それは煌く光の尾のように伸びて。 「スケキヨさん見てみてー!」 無邪気にはしゃぎながら、ルアは恋人の名を呼ぶ。 花と蝶を描いた短めの浴衣は、小柄な彼女によく似合っていて実に眼福だ。 思わず、スケキヨは感動に胸を震わせる。 夏の夜、色とりどりの光を従え跳ねる少女は妖精か天使か―― 否、悪魔であっても構うものか。こんな素敵な子に、心奪われるなら。 「――そうだ」 ふと思い立ち、スケキヨは花火のセットを探る。 「? スケキヨさん、それなあに?」 気付いたルアが、彼の手元を覗き込んだ時――しゅるりと飛び出したのはねずみ花火。 「ひゃわわぁ!!」 驚きのあまり、スケキヨの長身にしがみつくルア。 「……おや、ビックリし過ぎちゃったかな?」 「もう、もう! スケキヨさんめっ」 ぽかぽかと叩くと、彼は悪戯っぽく笑って。 「ビックリした姿も可愛かったよ」 御免よと彼女を抱きしめ、頭を撫でる。 そっと頬に口付ければ、ルアも照れたように笑った。 締め括りは、傍にぴったり寄り添い線香花火。 夏らしくて綺麗だね、と囁くスケキヨの隣で、ルアはそれぞれの手元を交互に見て。 「くっつけたら大きくなるかな?」 花火を合体させてみるも、あえなく落としてしまう。 肩を落とすルアを、スケキヨはよしよしと慰め。 「フフフ、花火はまだあるよ。また挑戦しよう?」 と、優しく微笑みかけた。 天を仰げば、満天の星。 「やっぱ都会と違って、夜もきれいだねー! 星いっぱい!」 こんなところで花火が出来るなんて贅沢だと壱也が言えば、しのぎは「久しぶりだなあ」と呟いて。 消火用のバケツを地に置いた真澄の傍ら、唐辛子柄の浴衣を着たコヨーテが歯を見せて笑う。 「暑くなくて良かったなッ、浴衣気持ちイイッ」 彼の前には、浴衣を纏った美女たち三者三様の艶姿。 溌剌さが魅力の壱也は淑やかに、女盛りの真澄は黒地に蜻蛉柄の浴衣でいっそう垢抜けて。 適当に選んで買ったと語るしのぎも、抜群のスタイルを惜しげもなく披露している。 両手に花どころか、まさに花づくしだ。 「何だろうね、浴衣って普段着ないのにこういう場だとしっくり来るっていうか」 「やっぱり落ち着くもんだよ。それに……涼しいしね?」 しのぎと真澄が言葉を交わす一方、壱也はお気に入りの浴衣を褒められてご満悦。 「えへへ。コヨーテくんもすごく似合ってるよ! かわいい浴衣!」 それぞれの装いを一通り愛でた後、コヨーテが持参のビニールバックをここぞと持ち上げた。 勿論、中には大きめの玩具花火がぎっしり詰まっている。 「折角だしド派手なのがイイだろ? みんなで最強の花火探そうぜッ!」 まずは小手調べと、しのぎがねずみ花火を手に取った。 「知ってる? ねずみ花火って水中でも消えないんだよ!」 見ててね――と花火を放り、川面に火花を走らせる。 大仰に驚くコヨーテの視界に、今度は小さな落下傘が映った。 「おおッ、パラシュート落ちて来たッ!」 「誰が取れるか競争だー!」 はしゃぐ壱也とコヨーテを横目に、「二人とも子供だね」なんて嘯いていたしのぎも、いざ風向きが変わればたちまち争奪戦に加わって。 仔犬のようにじゃれつつ、次はロケット花火だの何だの大騒ぎである。 「おや、ふふ……あんまり足を開くんじゃないよ?」 そんな三人を見守る真澄が選んだのは、シンプルな線香花火。 派手さには欠けるが、次第に形を変えていく火花はこれはこれで趣きがある。 ささやかな華を手元に咲かせ、この夏を振り返るのも乙なものだろう。 遠くから聞こえる喧騒に、思わず口元を綻ばせながら。ニニギアは一人、川辺を歩く。 足を止めて思うのは、旅立ってしまった命のこと。 戦いの中で逝った仲間と、依頼で犠牲にしてしまった人々と。 そして――ナイトメア・ダウンのあの日に守れなかった、家族も同然だった修道院の子供達。 心の傷は、今も消えない。 年月とともに、鋭さは失われていったけれど。時折、こうやって胸を締め付けてくる。 「忘れてないよ」 灯篭を川に浮かべ、小声で囁く。 緩やかな流れに身を委ねる光の列を眺めるうち、悲しみは少し和らいで。 ふと人の気配を感じて振り向いた時、缶ビール片手に立ち尽くす菫と目が合った。 かなり飲んでいるのか、割と足元が危うい。 「……酔払いの戯言を聞いてくれるか」 介抱が必要かと悩みつつもニニギアが頷くと、菫は隣に座って語り始める。 「私がアークに来る前、最後に占ったのは馴染みの客だったよ。 死霊術師に、喧嘩売ってくるってなぁ……」 菫はいつものように水晶球を覗いたが、そこには彼の客の“結末”しか映らなかった。 怖くなり、外れてほしいと心から願ったけれど。運命を塗り替えるだけの力は、どちらにも無くて。 かくて――“結末”は的中した。 あの時、占わなければ。未来は、変わっていたのだろうか? 「あいつは、私を恨んでいるかな……」 膝に顔を埋めた菫の喉から、嗚咽が漏れる。 「うっ……気にすっでね、おらぁ飲み過ぎただけだ……」 その気持ちを共有するかのように、ニニギアは黙って彼女に寄り添っていた。 さあ、花火を楽しもう――と勇んで来たものの。 親友から手渡されたのは、束になった線香花火。他には、ちょっと見当たらない。 「もう少し派手なやつはなかったのか……?」 「ここでは、こゆのの方が似合いますって。偶にはまったり楽しみましょ」 うさぎに促され、風斗も漸く腰を落ち着けた。 「まあ、派手なのは空を見れば済むことか」 一本を手に取り、ロウソクの炎で火を点ける。 牡丹に松葉、柳から散り菊へと姿を変えていく様は、線香花火ならではの美しさ。 消えゆく火を幾つも見送りながら、風斗は長く息を吐く。 「……ダメだな。なんだか、世の中の存在すべてが儚いみたいな考えに陥っちまう」 この空の下、夏の夜を満喫している筈の友人達。 先に待つ戦いでは、果たして何人が欠けるのか……。 不吉な想像を追い出すべく、強く頭を振る。 そんな風斗の顔を眺めていたうさぎが、ごく小さな声で呟いた。 「……貴方は変わりませんね」 初めて出会ってから現在に至るまで、実に色々なことがあったけれど。 彼は徹底して“楠神風斗”のまま、些かもブレやしない。 こちらは、そんな彼に焦ったり迷ったり、振り回されてばかりいるのに―― 腹いせに頬を弾いた時、反動で花火の玉が落ちる。 直後、風斗が唐突に立ち上がった。 「よし、うさぎ! 帰り道は走るぞ! 少しでも鍛えるんだ!」 護りたいものを護ると、いつも通りの決意を固めた彼を見て。 うさぎはロウソクを吹き消し、珍しく――薄闇の中でごく淡い微笑を浮かべる。 「この朴念仁め」 ――こんなにも、近くにいるのに。どうして、この手は…… 捜していた背中を、漸く見つけて。永遠は、小走りに近付く。 「奥地様」 声をかけると、数史は肩越しに振り向き。 水着にパーカーを羽織った彼女の姿に、少し目を見張った。 「似合いますでしょうか?」 貴方の為に着てきたとは言えなくとも、せめてものアピール。 「……うん、可愛いよ」 不器用な賛辞も、永遠は笑って受け止めて。 そして思う。彼はまだ、この恋心に気付いていないのだろうと。 知れば、戸惑うのは目に見えている。でも――。 勇気を振り絞り、浴衣の袖を掴む。 「父様に似てると言いましたが……だから共に居るのではありませんよ?」 これだけは、どうしても伝えておきたかった。 「僕が居たいから居るのです。隣は、居心地が良いですから」 「ええと。あの、それは――」 口篭る数史を引っ張り、花火を見ようと誘う。 祈りの光と、空の花に想いを託して。彼女は、そっと微笑んでいた。 ● 人が少なくなった頃合を見計らい、フェルテンを誘って川に向かう。 緩やかに流れる灯篭の火と、空の花火を交互に見て。アーサーは、重々しく口を開いた。 「今回の戦いでも、また多くの命が失われてしまったな……」 アークのメンバー。巻き込まれた一般人たち。そして、敵手であった『親衛隊』の面々も。 「痛ましいことです」 フェルテンが、僅かに視線を落とす。 彼は自らの胸中を語りはしないが、それでも思うところはあるのだろう。 「――流そう」 灯篭を手に取り、水に浮かべる。 死を悼むのに、リベリスタもフィクサードも一般人も無い。 でも、中には複雑な思いを抱く仲間も居るだろうから。アーサーは、密やかに祈る。 旅立った先、その魂が安らかであるようにと。 次々に打ち上げられる花火も、いよいよクライマックス。 天を埋め尽くす勢いで咲き誇る大輪の華に、コヨーテ達は思わず目を奪われる。 川面を流れる灯火の群れが、まるで空の光を映したように輝いて。 「おォ……視界が全部花火になったみてェ、すげェなァ」 「きれいだねえ」 暫し全員で見惚れた後、ラストにと取っておいた大きな花火で彩りを添える。 幾許かの寂しさをおぼえつつ、しのぎはそっと空を見上げた。 「もう少しで、夏も終わっちゃうんだね」 来年も、皆とこうやって遊べたらと思う。 どこかしんみりした空気の中、壱也が明るい声で言った。 「ごみは、ちゃんと片付けて帰らなきゃね!」 存分に遊んだ後は、しっかりお掃除。何かを思い出したように、しのぎが慌てて裾をたくし上げる。 「し、しのぎさんちょっとねずみ花火回収してくる!」 「……ああ、持って来たタオルが役立ちそうだねぇ」 ざばざばと川に入る彼女の背を見送り、真澄はやれやれと笑った。 全力で体を動かした後は、締めの線香花火。これは譲れない。 「最後まで落ちないヨウニスルのもテクニックダ」 しんみりとした雰囲気の中でも、ついつい長持ちの度合いを競ってしまうのはお約束というもの。 やがて最後の火が落ちると、ミーノは長く息を吐いた。 「ほふ~……ことしもたのしかったの~~~っ」 彼女をリュミエールに任せて、竜一は率先して後片付けを始める。来年のためにも、島の美観を損なうわけにはいかない。 そんな彼を見て、リュミエールはミーノを促す。 「掃除クライシヨウゼ。次キタトキ、汚れてたらイヤダシナ」 「らいねんもまたくるのっ!」 ミーノは屈託なく笑うと、竜一らに倣ってゴミを拾い始めた。 花火が終わったからか、先程まであんなに流れていた灯篭も大分まばらになりつつあった。 河原に座ったまま、ウェスティアは亡き仲間達に思いを馳せる。 戦いである以上、犠牲は避けられないと理解しているけれど。 それでも、見知った顔が欠けていくのは辛くて悲しい。 (面白い人達ばっかりだったから、あっちでも騒がしくしてそうだけど……) そんな仲間達の姿を思い描き、薄く笑みを浮かべる。 やがて、最後の一つが目の前を通り過ぎた。 その灯りが完全に見えなくなってから、ウェスティアは漸く立ち上がる。 「皆、お疲れ様だよ。――またね」 それは別れの言葉ではなく、再会を誓う挨拶。 いつか辿り着く筈のその場所で、一緒に笑い合えるように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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