● 「ほら兄貴」 「おうさ、投げろ!」 月が黒々とした海原を照らす。 陸地からは遥か離れた海上で、世界を巡る豪華客船に並走する小船から一人の小男が放られた。 無論小男と言っても一人の人間だ。常人の膂力では幾ら力持ちが投げた所で海に落ちるのが関の山だが、その2人は投げた方も投げられた方も常人とは言い難い存在だ。 小船から見れば十数メートルは上の甲板に、小男は身軽に着地した。 小男の垂らしたロープを伝い、のそりと現れるは大男。 「あ、兄貴、俺吐きそう……」 「おい馬鹿やめろ。仕事は今からだっつーの」 小男が兄で、大男が弟、言われて見れば2人の容貌はサイズを除けば幾つかの共通点が見受けられる。 だがそのサイズの違いが2人の印象を大きく違えており、 「うぇっぷ。なーぁ、兄貴、何で荷の受け渡しなんかを俺らがやるのさ」 痩せ型の大男、弟は何処か鈍重そうな印象を、 「そりゃクリムさん宛ての荷物だからだよ。良いから行くぞ。あの人切れるとマジおっかねぇんだからさっさと動け!」 弟の尻を軽く蹴り上げた少し太めの小男、兄は神経質そうな印象を、其々受ける。 そう、この2人の兄弟は主流七派の一つ<三尋木>に属する『群れないサーカス』のフィクサードであり、今回この船に乗り込んだ仕事とは、海外からの密輸品を受け取る為だった。 取引相手はとある海外のフィクサード組織で、品目はアーティファクト1品と胎児の干物30体、そして骨董品の様な拷問器具等。 この国では手に入りにくい品々も、治安が悪く混沌とした海外の闇世界でならば入手が容易な物も多い。 彼等は積荷を受け取って早々に引き上げ、取引相手は対価を受け取り悠々と海の旅を満喫する。 ……そんな手筈になっていたのだ。 だが予想外の出来事と言うのは、何時も最悪に面倒な形を態々とってやって来る。誰にとっても嬉しくない形で唐突に。 ● 「さて諸君任務の時間だ。準備は良いか?」 集まったリベリスタ達の面構えを見回す『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)。 見るだけ見た後、皮肉気に一つ鼻を鳴らし、つまりは通常運行である。 「今晩、南の海上でとある取引が行なわれる。無論非合法な品々の取引で、片割れは三尋木だ」 主流七派が一つ『穏健派』三尋木。この国の闇を支配する7柱の中では、比較的穏健と言われる三尋木だが、それは比較対象が酷いだけの話で彼等も立派にマフィアである。 まあ確かに話が通じる分マシではあろうけど。 「だがまあ今回の問題は三尋木のフィクサードでは無く、奴等が求める密輸品にある」 逆貫の差し出す資料には、密輸品の目録もあり……、その目録の横に幾つか『革醒』の文字が入っている。 拷問器具に、干物の胎児。 苦い顔で溜息を吐く逆貫。 「所持者が居らずフェイトを共有できないアーティファクトは周囲の増殖性革醒現象を促す事がある。注意すべき基本ではあるのだが、ふむ、取引相手の組織にはそのアーティファクトの所持者たれる者が居なかったのだろう」 取引までの間なら大丈夫とタカを括ったのか、それとも他に理由があったのか。 つまりは持ち手の居ないアーティファクトの影響で他の密輸品がエリューション化を起こしたというのだ。 資料 エリューション E・ゴーレム1:ヘッドクラッシャー(頭蓋骨粉砕機) 同名の拷問器具がE・ゴーレムと化した物。宙に浮く器具。このエリューションの攻撃が100%以上でHITした場合、頭部に取り付きます。 その後頭部を締め上げ(毎ターンエリューションの手番に防御を無視した大ダメージを回避不能で与えます)、やがて頭蓋骨を粉砕します。 取り付いたE・ゴーレムを狙うには部位狙いが必要で、攻撃を外した場合取り付かれた相手に命中する事があります。 怨念の篭った品であり、頑丈な強敵。 E・ゴーレム2:スコットランドの深靴 同名の拷問器具がE・ゴーレムと化した物。宙に浮く器具。高熱を発する鉄製の靴の形をしており、宙を飛んで燃え盛る蹴りを叩き込んで来る。 更にこのエリューションの攻撃が100%以上でHITした場合、足に取り付きます。 その後足を絞めながら熱を送り続け(毎ターンエリューションの手番に防御を無視した大ダメージを回避不能で与えます)、やがて熱死させるでしょう。炎無効を持つ場合ダメージは締め付けのみで半分程度に抑えられます。 取り付いたE・ゴーレムを狙うには部位狙いが必要で、攻撃を外した場合取り付かれた相手に命中する事があります。 怨念の篭った品であり、頑丈な強敵。 E・アンデッド:渇きの胎児×5(初期段階) 干物の胎児が1mほどのサイズに膨れ上がった物。非常に乾き、水気に飢えており、生き物を見つければ喰らい付いて体液を吸い取らんとする。 その他敵単体に混乱を招く泣き声等も。 初期段階では5体だが、E・ゴーレムやE・アンデッドが場に残る限り毎ターン頭に1体ずつ増えていく。 フィクサード フィクサード1: 小柄で小太りの男性三尋木フィクサード。群れないサーカスの一員で軽業師。こっちが兄。 武器は無数のチャクラムを隠し持っており、ジョブはソードミラージュだがスターサジタリーのスキル(職専用以外)も使用する。 身のこなしが軽く、素早い。また弟と連携する事で様々な行動(弟に投擲されての長距離移動)を取る。 フィクサード2: 大柄だが痩せた男性三尋木フィクサード。群れないサーカスの一員で怪力を見世物にしている。こっちが弟。 武器は鉄柱だが余りの怪力の為に良く曲がって使い物にならなくなる為、ジョブはデュランダルだが覇界闘士のスキル(職専用以外)も習得している。 とにかく力が強く、そしてタフ。兄と連携する事で様々な行動を取る。 ……が、今は船酔い気味で能力低下中。 その他取引相手だったフィクサードが居ますが、彼は既に頭部を砕かれて死んでいます。 5ターン後にE・アンデッドとして復活し、ダークナイトに良く似た力を使うでしょう。生前よりずっと強力に。 「はた迷惑な話ではあるが三尋木のフィクサードに後始末を期待する事もできないだろう。船には様々な国の一般人が乗り合わせている。幸い現場は船底の倉庫なのでエリューションが虐殺を始めるにはまだ少しの間があるが……」 逆貫はリベリスタ達を見回す。 「現場での行動は諸君に任せよう。今回優先すべきはエリューションの撃破だ。では諸君等の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月29日(木)23:37 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● フィクサードに遅れる事ほんの僅かで船への潜入を果たしたアークのリベリスタ。 沈み行く定めの船からはネズミが逃げると言うけれど、今宵この圧迫感ある船倉で、這いずり回るはアーク、三尋木の大きな大きなネズミ達。 神秘の力で煮詰まった鍋底で、胎児が泣き、拷問器具は空を飛ぶ。 思えばその一撃を避け得たのは単に幸運だったからに他ならない。 「退けっ、このウスノロッ!」 船倉に満ちる異様な気配に、手元の光源からの光を反射したナニカに、小男は動きの鈍い大男を蹴飛ばして自分も身を翻す。 しかし大男を蹴飛ばした挙動による回避行動の一瞬の遅れは、素早さを身上とする小男を持ってしてもリカバーし切れる物ではなく、眼前に迫ったナニカ、頭部を破砕せんと生み出された拷問器具は彼の頭部を砕かんとその顎を開く。 だがその顎門が小男の頭部を飲み込む寸前に船が一つ大きく揺れる。普段ならその程度の揺れを物ともしない筈の異能の力を持つ小男は、あえてその運命の悪戯に逆らう事無く地へと転がった。 ヘッドクラッシャーからの一撃を、幸運と判断力で逃れたフィクサード。されど敵は一体のみに非ず、……小男にとっては頭蓋骨粉砕機に頭部を咥え込まれるより致命的であるかも知れない足部の拘束、スコットランドの深靴が倒れて身動き取れぬ彼へと迫る。 スコットランドの深靴、其れが何であるのかは小男も良く知っていた。何故ならその品は、よもやE化してるとは思わなかったが、彼の上役が求めた物の一つだから。 脚部を拘束して熱で炙る拷問器具、人を苦しめ傷付ける事に特化した其れは……、けれど獲物を捕らえる寸前に宙で何かに弾かれた。 微かに鼻孔を擽るは硝煙の香りは『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹( BNE000062 )の携えた魔銃バーニーの銃口から。靴型の拷問器具を弾いたのは、小さなコインすら宙で打ち抜く精密射撃、1¢シュートだ。 杏樹の瞳が、倒れたままの小男に注がれる。 「チーッス、三尋木! 穏健派らしく事を終えてぇンなら手伝いやがれ!」 その後ろから、言葉と共に『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)が展開するは強結界。不要な一般人の立ち入りを防ぐ、保険にして気休め。 そしてその一言は、更に言うならば並んだ顔ぶれは、鈍い大男は兎も角、立ち上がらんとする小男には状況を悟らせるには充分足る物だった。 「お前等、アークか!」 返答代わりに光源乏しい揺れる船底を、それでも何ら苦とせずに駆けるは『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)。 「大人しく、して」 其れは願いでなく、命令。拒絶しようともさせない、力ずくの束縛。 銃弾に弾かれたばかりの深靴に、周辺の空間から伸びた気糸が幾重にも伸びて絡まっていく。天乃が放つディスピアー・ギャロップは十重二十重に。 「で、だ。君等も献上品を少しでも多く持ち帰りたいわけだ。このままじゃ胎児がどんどんE化していく」 深靴を天乃に任せ、自身は頭蓋骨粉砕機と相対しながら『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)はフィクサード達に語りかける。 視線は、注意は、眼前のエリューションから離さない。この拷問器具が実力以上に厄介な能力を有している事は報告書に記載してあった。 頭蓋骨粉砕機、文字通りに頭蓋骨を粉砕して人を苦しめ抜いて殺すための道具。おぞましいにも程がある。 「こっちは、エリューションの始末と一般人の無事が今回の任務。競合する部分は少ない」 だからこそ、余計に三尋木へ語りかける事には意味があるのだ。 例え彼等が荷を回収する事を見逃してでも、一般人への被害が及ぶ可能性を少しでも減らす為に。 「見逃すっつってるんだ。持ち帰る荷物は多い方がクリム喜ぶんじゃね?」 言葉を引き継いだは俊介。 仲間のストレートすぎる物言いに苦笑いを一つ零し、 「今は共闘してさっさと片付けてこの状況を打開するほうが建設的じゃない? お互いにさ」 夏栖斗は共闘を口にする。 「クリムさんが喜ぶだって?」 馬鹿な。そんな事があるものか。 アークのリベリスタが何を知ってあの男を語ると言うのだ。 あの男がそんなに甘い訳が無い。取引相手側のミスとは言え100%の荷を持ち帰る事はもう不可能なのだから。 ああやだやだ怖いなクソっ。減った荷物を持って帰ったら、一体何を言われるんだろう。 「お互い、色々思うところはあるけど利害は一致すると思う。お前たちは仕事がやりやすくなる。私達は船の人間を守れる」 けれど小男は杏樹の言葉に、首を縦に振る。 実際リベリスタ達の提案は自分達に充分利があった。 寧ろフィクサードを敵と見做すリベリスタからの提案としては破格と言って良い条件だろう。 自身だけなら兎も角、大男、それも船酔いにおぼつかない弟を抱えては、リベリスタと敵対したままこの場を切り抜ける事は難しい。かといって弟を見捨てるのは論外だ。 何よりも唯一つ、絶対に回収せねばならぬ荷があった。それに比べればどこの誰が欲しがるのかも判らぬ気味の悪い胎児の干物も、クリムの趣味っぽい拷問器具も、ついでにこの国だと所持だけで捕まりそうな洋物のポルノだってどうでも良い。 クリムがファニーラビットの、娘の為に用意したあのアーティファクトだけは必ず回収せねば言われる程度じゃ到底すまない。 それに杏樹は先に手付けとして既に一度自分を救ってくれた。 小男の、兄の意を察したか、まだ顔色の青い大男が鉄柱を前にズイと一歩進み出る。リベリスタ達と肩を並べるように。 そして時を同じく、懐中電灯に照らされる奥の空間から、胎児達の鳴き声が聞こえ始めた。 さあ、では此処からが、本番だ。 ● ガサガサと、高速で這いよる胎児に光が注ぐ。 「御免ね、喉が渇いて辛いだけなんだよね。今、楽にしてあげるから」 つがえた矢は光と化して、『ココロモトメテ』御経塚 しのぎ(BNE004600)はスターライトキャノンを放つ。 干物の胎児の口は真っ赤で、水気を求めて、ぎゃあぎゃあと泣き声をあげる。あまりに気味の悪いその姿に、けれどしのぎが感じる感情は哀れみと哀しみの入り混じる複雑な物。 困った人を救う事は優しさだ。けれど優しさがそのままその誰かの為になるとは限らない。 だからしのぎは安易な救いを施さない、求めない。 望まれようが望まれまいが、彼女が示すのは『活きて行ける道』。 嗚呼、だが、もう救い等施す余地の無いこの哀れな胎児達には、活きて行ける道を示す事も不可能だ。 行き止まりで終ってしまって、苦しみしか残らぬこの子達には。 「灰は灰に塵は塵に。その魂よ、安らかに。Amen」 祈りの言葉と共に、炎が胎児を焼き払う。 杏樹のインドラの矢に胎児の泣き声はより一層激しくなり…、けれどもしのぎと杏樹、2人のスターサジタリーの射撃の波を受けても尚、胎児はリベリスタ達の瑞々しさに惹かれて光と炎を乗り越え這い寄り迫る。 渇いて飢えた赤子に飛び掛られたのは、前に出ていて拷問器具等を相手取っていた天乃と夏栖斗。 「そこの死体、厄介な化け物に変わるらしい。コイツに潰させるが、文句ねェな」 それ形式上問い掛けの形をとっては居るが、その実ほぼ断定に近い。 転がる外国人フィクサードの骸に歩み寄るは、『華娑原組』華娑原 甚之助(BNE003734)が呼び出した式符・影人。 三尋木のフィクサード達とて、その行動に特に異論は挟まない。 無論取引先との関係を考えるならば死体の破壊には思うところが無い訳ではなかろうが、更に厄介な敵が追加されるとあれば優先されるべきが何であるかは明白だ。 影人からの攻撃に、首を失った死体の片腕がもげる。 数とは力だ。 リベリスタ達の想像よりもしぶとい胎児は時間の経過と共に数を増す。 這い寄る胎児達の群れに、夏栖斗は何とか避け得たが、彼より回避に劣る天乃が喰らわれた。 飛び上がって大腿に齧り付いた胎児を、痛みに耐えつつも何とか振り払った天乃だが、大きく肉を齧り取られ、噴出した血を啜る為に更に胎児が集まってくる。 そして胎児より手強い深靴が、肉を抉られ鈍った天乃の足を捕らえて締め上げた。 足の動きを封じられ、燃やされ、更には集まる胎児達に集られる天乃。 もし此れが仮にゲームならば、並の神経の持ち主はとっくにリセットボタンを押しているだろう。いや例えゲームで無くとも、諦めにその人生を投げ出しかねない絶望的な窮地に、……けれども天乃は顔色一つ変えもせず、寧ろ集まりすぎた敵を見て攻撃のチャンスだと、その表情浮かべぬ唇を、ほんの僅かに笑みの形に歪めて見せた。 ブラッドエンド、神速で繰り出された手甲の指先が、乾いた胎児達を細切れに変える。 ● 小男の指先でクルクルと回転するチャクラムが炎を帯びる。そして杏樹の構えた銃口に収束するも熱。 同時に放たれたインドラの矢に、胎児達の渇きは尚も強まり、絶叫の様な悲鳴が轟く。 けれど容赦はしない、出来ない、すべきでない。哀れみを感じるからこそ、放つ攻撃は尚も苛烈に。 炎を追う様に放たれる強力な光の矢、しのぎの金剛杵浄弓から繰り出されるスターライトキャノンが、胎児達を塵へと変える。 アーク、三尋木、稀にしか成されぬリベリスタとフィクサードの共闘に、エリューションの発生速度を彼等の火力が上回り始めた。 しぶとくねばられはすれど、傷付いた胎児から徐々に順番に崩れて行く。 胎児ばかりでは無い。天乃を締め上げ燃やし、彼女にフェイトの使用を強いても更に離れようとしなかった深靴が、集中に集中を重ねた甚之助の突き、本来なら射撃こそが使い道であろう銃身を切り詰めたショットガンで放つアル・シャンパーニュに拠って弾き飛ばされる。 金属同士がぶつかる硬質の音が響き、靴の甲に罅が刻まれた。 頭蓋骨粉砕機を貫いたは夏栖斗の目にも止まらぬ動きが生み出す『飛翔する武技』虚ロ仇花。船底の壁を突き破りかねないその武技に、怯んだヘッドクラッシャーを夏栖斗に続いた大男の振り回す鉄柱が捉えて、後ろの壁へと叩き付ける。 戦いの天秤は徐々にリベリスタ達へと傾いていく。 人が多く乗り込んだ客船だ。目には見えずとも上に上がれば無力で喰らいがいのある獲物が無数に存在している事が感じ取れる。 炎に巻かれながら自らよりも手強い革醒者を相手取る必要は無いとばかりに、胎児が2体這い回って船底からの突破を図るが……、けれど彼等の願いは叶わない。 船底からの出口付近で渦巻いたのは思考の奔流。これ以上誰も死なせないとの俊介の想いが、物理的な圧力となって胎児達を弾き飛ばす。 俊介の回復の力の強さは転じれば、そのまま攻撃の力の強さと化す。圧力に潰された胎児の一体を見、もしもの時はフォローにと構えていた甚之助が懐に符をしまう。 神秘の力煮詰まる鍋底に、欠片たりも洩らすまいと被せられた落し蓋。 無論幾ら圧倒し始めたとは言え、胎児の泣き声は混乱を呼ぶし、拷問器具達に捕まるのが危険である事には変わり無い。 癒し手が居たとしても、運悪く相手の攻撃が集中する事で大きな被害を被る者も出た。 ……けれど、矢張り結果から言えば彼等は圧勝したと言えるだろう。敵は想定よりもしぶとかったが、それでも三尋木との共闘が成立した時点で彼我の戦力には大きく隔たりが出来たのだ。 逆に言えば、共闘が成立せねば色々と危なかったのも確かだけれど。 唯一の不確定要素になり得たフィクサードの死体も、甚之助の手で潰されている。 一応はグチャグチャにされながらもE・アンデッドと化し、動き始めはしたのだが……、両手両足を失ったボロボロの死体では起き上がる事すら出来ずに、燃やし尽くされるだけの的としかならなかったから。 ● 「しのぎさんは、しのぎさんだよ。貴方の名前は?」 戦闘が終わり、大男へと近づいたしのぎが彼の手を取り薬を渡す。 「戦闘中に渡しても飲めないと思ったから、これあげるね。小さい船で来たんでしょ? 揺れが激しいと辛いと思うから飲んでね」 彼女の言葉と思いがけぬ優しさに、視線を泳がせた大男が救いを求める様に見たのは兄である小男。 大男自身の気持ちとしては名乗りたかったが、許可なしで正体を明かせば兄に何と言われるかわからないし、それに何より初対面の人間と話すのは少しばかり気恥ずかしいから。 「あー、俺は『アライグマ』でこっちのウスノロは『ナマケグマ』だ。悪いな、ソイツは人見知りなんで勘弁してやってくれ」 弟の代わりに名乗るは、兄である小男、アライグマ。 弟のナマケグマは自分で名乗らなかった事に対して申し訳無さそうに、渡された薬を飲み下した。 そして無理な衝突を避けれた事を喜んだのは、俊介だ。 「俺三尋木好きだからさ」 そう語る彼は、嗚呼、仲間より伝え聞く噂で知る限りその言葉に嘘は無いのだろう。 そんな噂になる位、三尋木と彼がぶつかったと言う事でもあるのだけれど。 「ところで結局それなんだったの?」 夏栖斗がふと問うたのは、この騒ぎの元凶となったアーティファクトの正体。 何気ない調子を装っていても、その瞳は油断無く、探る様に。 「大方周囲の死体をEアンデッド化する破界器だろうけど、どう?」 それは夏栖斗の当てずっぽうの推論だけれど、肯定でも否定でもフィクサード達が何らかのヒントを零せば、魔術知識を持つ俊介が、その正体を判断する材料になる筈だと考えて。 例え仮に推論が当たっていようと、約束どおり見逃す事に変わりは無いが……、それでも知っておく必要はある。 自分達の判断が何を世に解き放つのかを。 「いいや違うぜ。此れは唯の武器さ。クリムさんが娘に持たせてやろうとしてる……、まあファニーラビットが使うともおもえねぇんだけどよ」 屠殺者や殺戮者と呼ばれる槍。ペルシアの王が所有したと言われる其れのレプリカ。 武器としては優れているが、力も危険度も本物とは比べ物になら無いそれだから……、死体にまでE化が及んだのは恐らく革醒した拷問器具が問題だったのだろう。 「まあ話は此の位で良いだろう? お前等には世話になったが、それでも……」 フィクサードとリベリスタが何時までも馴れ合ってはいられない。 次に出会った時、仮に殺し合いになるのなら、芽生えた情は邪魔以外の何者でもないから。 「なんかあったら次は邪魔すっからお手柔らかにな」 リベリスタの言葉にフィクサードは鼻で笑い、そして去り行く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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