●赤いべべ着た可愛い金魚 「ねえねえ、金魚作りませんか?」 色々抜けた第一声を発し、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は笑った。 机に置いたのは、プラスチック容器に入った水を泳ぐ赤い金魚……を模したゼリー。 「これは市販品ですけどね、こんな風に中に金魚のゼリーとか寒天の入った涼しいお菓子を作ろう、って催しがありまして。暑い日が続きますし、気分だけでも涼しくなりませんかという」 赤い金魚はイチゴ味、白い金魚はミルク味。ほんのりソーダの味を付けたゼリーをまず三分の一くらい注ぎいれて、固まった所で泳がせる。このまま望みの分量を注いでもいいし、少しずつ違う色を重ねて冷やし固めることで綺麗なグラデーションも作れる。 元がゼリーや寒天なので、味の変化を付けるのも難しくはない。 オレンジジュースのゼリーで金魚を作り、ナタデココや四角く切ったメロンゼリーを周りに浮かべれば夏らしい元気な色合いになる。 はたまた、梅の甘露煮の間にしそジュースで作った金魚を泳がせて、梅味の寒天液を注げば甘すぎない爽やかな味わいに。 笹に似せた細切りにした抹茶味の寒天に、黒蜜味の黒金魚。透明な寒天で周りを包めば、まるで清流を泳ぐ様にも見えるだろう。 「金魚自体は型を使って固めたり、型抜きを使ったり……後は自分で切って作ってもいいらしいですね。寒天とゼリーだからあんまり細かくはできないらしいですけど、自分だけの金魚ってのもいいと思いません?」 更紗――まだら模様の金魚は少し作るのが難しいけれど、混ざってしまったって桃色の可愛い金魚ができあがる。少しくらい予定と違ったとして、自分だけの金魚はそれだけで十分特別なもの。 「金魚の型とか食材とか、諸々は全部準備してくれてますので大丈夫ですよ。ね、ほら、涼しそうでしょう? 一緒に行きませんか?」 ぼく一人じゃ寂しいじゃないですか。 ね、と首を傾げて、ギロチンは金魚を掌に乗せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月02日(月)23:13 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 33人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 夏を泳ぐ、涼やかな金魚。 やはり定番、赤の苺金魚と黒の葡萄出目金を底に浅く敷いたソーダゼリーの上に浮かべた未明は、楽しげにじっと見詰めるオーウェンに視線を向けた。 「そっちも作れば良かったのに」 「いや、どんな物を作り出して来るのか興味があってな」 笑う二人の『いつも』はオーウェンが作る事が多い。普段はついつい自分が先導して手を動かしてしまうのだが……そう考える彼の視線は、抹茶の水草の位置をスプーンで調整する未明の横顔に。そんなオーウェンの視線を感じながら、未明もこれは『たまにはこっちが作って食べさせたい』と言った事を覚えていてくれたのかしら、と考える。料理が苦手な訳ではないから、これくらいは作った内には入らないのだけれども。 冷やし固めた器を取り出せば、少し柔らかめに作ったゼリーは本物の水面のようにふるり震える。甘い物は苦手ではなかったはずだけれど。様子を窺う未明に、オーウェンはいつもよりずっと美味しく感じる、と目を細める。あーん、と未明から差し出されたスプーンを口に運んで、甘い、と呟いてからオーウェンは一つニヤリと笑った。 「口移しで食べさせてくれるのならば尚更良かったのだがな?」 「……余った寒天、喉に詰めるわよ」 形も色も違う、様々な金魚のように。個性ある者が集えば、作るものも全く違う。 金魚祭りのメンバーは、宛ら本物のお祭りを楽しむように賑やかにそれぞれの水中を描いていた。 「わーい、金魚作るぞー!」 「金魚を作る、って何かと思ったけどゼリーなのね」 「何だかちょっと難しそうですね。私も上手に作れるでしょうか?」 軽く拳を上げるフランシスカに笑い、シュスタイナとミリィは顔を見合わせ頷きあう。シュスタイナが選んだのは赤い金魚と透明な寒天。オーソドックスな夏の姿。 一方ミリィが選んだのは、赤と白の更紗で……。 「あぁ!? ま、混ざっちゃいました……」 先に聞いていた通り、うまい具合に斑で留めるのは難しい。けれど桃色のそれも可愛らしい、と視線を動かした先には――死んだ目をした赤白斑の金魚と、腕を組んで眺めるユーヌ。 「目玉とかリアルな方が何か面白いと思ったんだが」 器用な彼女は斑だけでは飽き足らず、チョコレートを嵌めて出目金風にしたのだが。リアル風なので若干怖い。しかしユーヌは頷いて、今度は黄色の寒天で向日葵を切り出し始める。普通の少女的にはオッケーらしい。 「これからお前の名前は、金太だ!」 彼女の隣で、真っ赤な金魚を前に指差して宣告するのは竜一だ。正に夏祭りの小学生男子の如きネーミングだが、飾り付け自体は繊細である。透明と紫、メロンの緑。グラデーションを描くそれの最上段は、黒い蜜が広がる夜空。きらきらと金粉を散らせば、金魚が夜空に上っていく様だ。 「金太よ……宇宙(そら)に至りて竜となるのだ……」 「おお。りゅーにゃんの金太輝いてるね、凄い気合入ってる」 ふっ、とポーズを決める竜一に頷きながら、フランシスカは己の金魚に最後の雫を流した。金魚の色は、透き通る黄色。これだけでは寂しい、と薄い水色のゼリーを流し込めば、水中を泳ぐ金魚が光を通して煌いた。 「金魚を作るって面白いわね」 糾華はそう呟きながら、金魚の帯となる部分をそっと平たいスプーンの先で掬って淡青の水面に浮かべた。黒の混じった白出目金。優雅に広がる金魚の尾は、黒い蝶々にも似て。傍らには葉っぱを散らし、透明なゼリーで流れを作る。 「うん、金魚も楽しいけど、ここはちょっと変化球かな」 快が底に沈めたのは、梅酒の梅。池の底の石のように、けれどここに浮かべるのに緑の金魚は少しイメージに合わないから……小さなナイフと爪楊枝を使って作るのは、小豆の目玉を持ったカエル。梅味の池から覗くカエルは、金魚ではないけれど、夏らしい光景に違いはあるまい。真剣な顔で、けれど楽しそうにカエルを覗かせた快にシュスタイナが微笑んだ。 「……普段は戦場で厳しい顔を見るのが多いから、こういう穏やかな時間が愛おしいなって思うわね」 「ああ。――こういう時間をどれだけ過ごせたかで、生死の境で踏みとどまれるかどうかが決まる」 穏やかな時間を重ねて、自分たちは生き残っているのだと。数多の死線を潜り抜けた彼は笑う。だから、この愛しいひと時を大事にしたいのだと。 「……ふふ。こういう気持ちになるなんて不思議だわ」 「よしよしシュスカたん、涼しげなのが完成したね」 笑うシュスタイナと快の間ににゅっと出現した竜一が、その頭をぽふぽふ軽く叩いた。視線を向ければ、皆思い思いの金魚が目の前に。ミリィの桃色金魚も、カットフルーツとナタデココの間を可愛らしく泳いでいる。 「ね、食べる前に皆の金魚を写真に撮っていい?」 「うんうん、いいよー。みんなの並べて撮ろうー」 レースのカーテンを抜けて柔らかく差し込む陽光に照らされた金魚は、どれもきらきらと煌いていて。並べた金魚を撮った写真は、ユーヌの待ち受け画面に夏の間鎮座する事だろう。 完成品の金魚を見て可愛い、と笑ったひよりは、楽しげに笑う講師に手順を教わりながら集中して金魚を作っていた。目指すは三つ尾の更紗。けれど赤と白が混ざり合ったパステルの部分も、何より愛おしい。 「……は。あ、後片付けも考えないと」 じいっと手元だけを見詰めていた顔をふと上げれば、使い終わった調理器具が幾つか積み重なっている。気を付けよう、と頷いたものの、やっぱり意識は作るほうに集中してしまう。 ピンクと乳白色のグラデーション、ミルク寒天の花の間を遊ぶ二匹の金魚。白勝ちの子と、赤勝ちの子がお互いに顔先を向けて、仲良く泳ぐその姿。 ピンクではなく青のグラデーションの中を泳ぐ二匹もできてから、ひよりはようやくふう、と息を吐いた。綺麗にできたけれど、食べるのはまだ先。お土産にして、一緒に食べるのだ。 「喜んでくれるといいなあ」 見せるその瞬間を考えて、ひよりは顔を綻ばせた。 「金魚絵師みたいなことを食べ物で演るのねぇ」 本物と見紛うような、美しい金魚。あのレベルであったら勿体無くて食べられないだろうが――エナーシアが取り出したのは、見事な緑の金魚だ。わざとらしいまでの鮮やかなメロンソーダの色。 「ネオンキンギョの蛍光体液はあまり人体に良くない! と云う感じなのだわ」 うん、と頷くエナーシアの感覚は若干何か違うような気もするが、この金魚が鮮やかな事は間違いない。 ネオンキンギョを派手さで相殺しないように、シンプルに黒蜜を薄めた寒天で満たし、創るのは水中の夜景。 どこか幻想的、或いは近未来的にも見えるその光景を、エナーシアは満足げな表情で写真の中に閉じ込めるのだった。 ● 赤、黒、白、斑……。 様々な色の金魚が踊る中、俊介はででーん、と自分の作った金魚を前に出した。 「抹茶で作った金魚! 緑色の金魚!! 超かっけーだろ!! 一緒に食おうぜ青トカゲ!」 「青とかげだよ。っていうかおいおい真緑だな。マジ緑だなおい」 「だろ! 名前はそうだな、うおしゅんだ!」 「挙句名前自分から取ったのか」 漢字にすると魚しゅんらしい。魚俊じゃないのかというささやかな疑問はさて置き、青とかげこと鷲祐は自らの金魚を型から取り出した。その間にも俊介は魚しゅんを眺めてうんうんと頷いている。 「愛着沸いちゃうと食べてしまうのが可哀想になるな」 「まあ確かに愛着も沸くだろうけどな」 「……っく、俺はうおしゅんを食べれない……可愛い……」 「なら写真でも」 撮っておけ、と振り返った鷲祐が見たのは、遠慮なくスプーンを突っ込んで食べる俊介の姿。食ってんじゃねえかよ! と突っ込む鷲祐もなんのその、俊介は顔を上げて彼の金魚も食べてみたい、と口を動かした。そんな俊介の前にどん、と置かれたのは、サラダ。 レタスにトマト、アスパラやブロッコリーが詰まったそれは、間違いなくサラダだ。 「何だその顔は。ふ、一時流行ったろう、ジュレのドレッシングの応用だ」 しっかり見れば、その葉の間に泳ぐのは彩りも様々な金魚たち。醤油や鶏出汁、刻んだハーブなどが詰められたドレッシングの金魚が泳ぐのは葉の海だ。 変り種だが面白い発想だ、と講師が手を叩くのに、鷲祐は口休めに皆食ってくれ、と笑った。 金魚ゼリー自体は涼やかでも、作る本人達は燃えている。 集ったグリムハウンドの面々は、誰が一番面白かったり凄かったりする金魚を作るかで気合の入った、ただし楽しげな勝負を展開していた。 「いいですか皆さん。やるなら全力で! そして勝つのです!」 「よーし、勝負勝負~!」 「灯璃の本気見せちゃうよ!」 ぐっと拳を上げたぐるぐに、壱也と灯璃が応えて頷く。 グリムハウンドのイメージで作ろう、と決めた壱也が置いたのは、他の器よりも一回り大きなガラス容器だ。注ぎこむのは白桃ジュースのゼリー、まっさらなそこに浮かぶのは、大小色とりどりの金魚たち。賑やかなそこに流し込むのは、通常のオレンジとブラッドオレンジのジュースを混ぜて作ったグラデーション。 「まだできたばかりの小さな群れだけど、暖かくて幸せで楽しいって感じ!」 イメージは、暖かな灯火。 似た暖色系のゼリーを使ってはいるけれど、夏栖斗の真っ赤な金魚はトマト味。タバスコだって目一杯入ってる、甘くないスパイシー金魚だ。 「苺だと思ったら大間違い! って感じでね!」 見た目で楽しい、食べて楽しい。そんな金魚。こういうのは、妹が好きそうだ。思いながら、少し離れた場所で金魚を作る雷音の姿を見つけて夏栖斗は笑う。お土産に持って帰れば、きっとびっくりするだろう。目を瞬かせる妹の姿を想像すれば、もっと楽しくなってきた。 「この上に水草を浮かべて、と」 金魚鉢の底には小豆。寒天で固めたそれの上に、灯璃は天突きからメロン寒天を押し出した。細く靡いて水草に見えるように神経を払いながら、違う色のゼリーを重ね、苺やみかん、杏仁豆腐の金魚を泳がせていく。上にカットフルーツの浮島を配置すれば、見た目にも鮮やかな南国風の金魚。 「これで灯璃の金魚は完成ーっ♪」 きゃっきゃとはしゃぐ灯璃の手際を眺めていたルナは、うん、と一つ頷いた。 金魚……おぼろげに覚えているのは、お祭りで見た小さな可愛い魚の事。そもそも金魚とは何か、という時点から始めなければならなかった異世界出身のルナにとって、見た目はともかくそれっぽい感じになれば十分である。問題は味だ。 「後で美味しく食べられるものの方が良いよね!」 詳しさでは勝てないだろうし、変に奇を衒うよりも美味しいのが一番だろう。透明な寒天の水中に浮かべるのは、小豆にナタデココ、カットフルーツ。型から外した赤い金魚を浮かべれば、これは美味しい、間違いない。 「親睦会のつもりで来たけど……ふふ、勝負事とあれば本気を出さざるを得ないわね」 「例え遊びでも、勝敗をつけるとなれば本気で行こう」 くすくすと笑うミュゼーヌに、唇の端を上げて応えた朔。 きゅっと三角巾とエプロンを装備したミュゼーヌは、空を泳ぐ金魚を思い浮かべた。青い空と白い薄雲。その中を泳ぐ金魚。小ぶりな金魚鉢を手に、そっと微笑むが……現実はなかなか、難しい。 「あ、あれ?」 碧い空はともかく、クラッシュゼリーが思ったように散らばってくれない。思ったよりもごちゃごちゃしてしまう。そちらに気を取られたら、今度は金魚の尾びれが切れてしまった。 料理とは、イメージだけではどうにもならないものだ。 そんなミュゼーヌを横に朔が作る金魚は、オレンジゼリー。ガラス容器にミルクの岩を沈め、まぶすのは抹茶の苔。金魚を浮かべて透明な寒天で泉を作れば、実家の仮山水をイメージした光景の出来上がりだ。 「派手さはないが、侘び寂びや風流と言ったところか」 落ち着いた色合いの、美しいそれにミュゼーヌはちらりと目をやって――切れた金魚の尾を、そっと短くした。 各々の金魚作りにいそしむメンバーを少し離れた場所から眺め、ぐるぐはふっ、と笑った。 「ふふふ、やはりスケールは大きくなくてはいけません。そう、会場全体を包むような……」 「ぐるぐさん。寒天とかゼリーの液が確実に足りないです」 「何と」 呟きを聞きとめたフォーチュナが横から突っ込んだ。盲点。 ちなみにずーんと沈むぐるぐを横にそんなギロチンが選んだのは、ミュゼーヌの金魚だった。『ほら、一生懸命作ってくれたっていうのがすっごく伝わってくるのがこう、ぼく的にヒットですね!』らしい。 作った金魚は、愛しいあの人の為に。 櫻子が底に沈めたのは、大きなタピオカ。葡萄の寒天で作った出目金と、苺の寒天で作った金魚を並べて……共に浮かべるのは、赤いハートとメロン。青いソーダの寒天を流し込めば、涼やかながら仲の良い金魚の姿。 「出目金さんも作ってみましたわ、お菓子作りは楽しいですにゃー♪」 「こういう趣向は初めてだが、どう配置するか意外と悩むな」 華やかに笑う櫻子に、櫻霞も笑みを返し。彼が作るのは、ミルクと苺の金魚二匹。淡い青のゼリーに白の金魚を、透明なゼリーには赤い金魚を。丸い寒天と細かく切った白桃で泡を表現すれば、まさしく水中を泳いでいる様。 「櫻霞様の金魚さんも可愛いですね♪」 できあがった金魚を交換すれば、そんな事を言って櫻子はじっと見詰めたまま。スプーンは持っているが、なかなか手が伸びない彼女に、櫻霞は苦笑を一つ。 「ずっと置いておける訳じゃないんだ、食べてくれないと困るな」 「はぅ~……でもでも、勿体なくて食べられないかもですにゃぅ……」 温くなると美味くない、と言う彼に焦りながらもスプーンを彷徨わせる櫻子。そんな彼女の耳元に、囁きを。 「これぐらい、また何時でも作ってやる」 この日が最後ではないのだから。日は進むし、夏もまた巡ってくる。 優しい恋人に、櫻子ははにかんだ笑みを浮かべ――水面に銀色を滑らせた。 ● 尾びれを揺らして泡をぷかぷか浮かべて、水を泳ぐ可愛い金魚。 家に住む華、月、風。可愛がっている本物の金魚を思い浮かべながら、雷音は丁寧にその姿をゼリーに写し取っていく。華は赤いゼリー、月はオレンジとミルク、風は黒蜜色。 その姿を満足げに、とてもとても満足げに見詰めるのは虎鐵だ。いつもの事だ。騒ぎこそしないが、内心はもう娘への愛で一杯である。麗しい可愛い。繰り返すがいつもの事だ。 「雷音はお菓子作りやはり上手いでござるな。やはり女の子が作るものが喜ばれるでござるよな」 「そうか? ……はっ。虎鐵。どうしよう」 首を傾げた雷音だが――次の瞬間、衝撃の事実に気付いてしまった。先の通り、この金魚のモデルは彼女が可愛がっている華、月、風の姿をしており……そうなると食べるのが、憚られる。かといって食べないのも勿体無い。板ばさみである。 「うむ……そっくりにしたのは少し失敗だったかな?」 「大丈夫でござる雷音。拙者が食べるでござるから!」 ここぞとばかりに口を開ける虎鐵。要求するところはただ一つ、あーん、である。これぞ父親の特権。何か違う気がするが特権である。周りに人がいる、と雷音にぺちぺちされてもめげない。雷音は一度視線を彷徨わせて――。 「ほら。あ、あーん」 「ああ……美味いでござる……幸せでござぁ……」 至福の時、と言わんばかりに表情で語る虎鐵に雷音は溜息。いつも流されてしまうが、もっと厳しくせねばなるまい。 「つ、次はしないからな」 「ふふん、大丈夫でござるよ。次は拙者があーんをするでござるからな」 いいサムズアップだった。 「今日は素敵な企画をありがとう、ギロチンさん!」 「いえいえ、一緒に来てくれてありがとうございます」 「ふふ、ギロチンさーん、一緒に作りませんか」 とても楽しげに笑うニニギアに、ギロチンも笑みを深くして礼一つ。亘に呼ばれて向かう姿を見ながら、ニニギアはさて、と気合を入れた。作るのも好き、食べるのも好き。だから両方楽しみ。 材料を手にニニギアが思い浮かべるのは、可愛い金魚……のはずだったのだが。 「できたぁ」 掲げた完成品に浮かんでいるのは、金魚と、鯛。あと何か鮭の切り身っぽいの。説明する必要もなく、金魚→魚→美味しい魚の連想で浮かんでしまったからだ。でもとりあえず鮭の切り身はゼリーで作るのは造形的に難しい事は分かったし、美味しそうではあるので満足である。 「自分が作るのは『空を泳ぐ金魚達』です!」 ギロチンと並んで作る亘が金魚鉢に流し入れるのは、彼が日々駆ける空の色。浮かべるのは大きな目の苺金魚に、長いヒレを揺らすレモンの金魚。愛嬌たっぷりにお腹の膨らんだ金魚はメロン。 「ギロチンさん、他におススメはあります?」 「やー、これで綺麗じゃないでしょうか。空はシンプルなのが映えますよねえ」 そんな会話をしながら乳酸飲料の白い雲を飛ばして、最後に乗せるのはコーヒーゼリーと濃い目のブルーハワイを使った、二匹の金魚。 「日本ってこういう見た目で季節感を出すのが好きよね。あたしも好きだわ」 気の持ちよう、と言ってしまえばそれまでだけれど。見た目というのは大事である。 エレオノーラの作る金魚は、爽やかなマスカットの香り。澄んだ色は、まるで翡翠のような美しい色。その金魚をミントシロップの中に泳がせて、上に苺や白桃、皮を剥いたマスカットを飾れば味も爽やかな夏の色。和風も好きだが、今日の気分は洋風だ。でき上がったそれを手に視線を動かせば、固まり待ちなのかテーブルを覗くフォーチュナの姿。ギロチンちゃん、ちょっと、と手招きし、差し出すのは匙の一掬い。 「食べる? はい、あーん」 「ありがとうございます。――あ、凄い、ぼく好きですこの味。さっぱりしてていいですね」 「……あたし、貴方がヒモでやっていけたのが何だか分かる気がするわ」 何の躊躇もなく口にして、にっこりと心底嬉しそうに応えるフォーチュナに一つ笑い。 「ね、ね、交換っこしない?」 「ええ、どうぞ」 自分のゼリーを手に、にこにことやってきたニニギアにも器を差し出しながら、エレオノーラは紅茶を口に運んだ。 「完成したら、見せるのよ……」 「うん、あとで交換だな。頑張って作ろう」 そう笑って、那雪とレンは各々の金魚を作り始める。テーマは互いのイメージ。 那雪が作るのは、赤い金魚。四角く平たいガラスの器に、淡い水色のサイダーゼリーを流し込み、金魚を浮かべ。残り半分は、夜空のような濃い青色。散らすのは、星や月の形のカットフルーツ。那雪の浮かべるレンは、静かな夜。落ち着くその姿。 レンが丸く可愛いガラス容器に流し込むのは、淡いオレンジのゼリー。赤い金魚を浮かべて、もう半分にはレモンのゼリー。明るく、けれど優しく包み込むようなその色が、レンは那雪にはぴったりだ、と思った。ナタデココと甘いフルーツを盛り付けて、一息。 できた、と呟く彼女の声に、口数が少なくなっていた事に気付く。こちらを窺う視線に、俺も今できたところだ、と頷きを返した。 気に入ってくれるかどうか。少しの気恥ずかしさを交えながら、互いの器を交換する。 受け取った那雪は、ほう、と溜息。 「レンさんにはこんな風に、見えているのね……」 ありがとう。ふわりと笑う彼女に、レンも顔を綻ばせた。 「向こうで一緒に食べようか」 「……うん。でも、可愛くて、食べるの、勿体ないのよ……?」 秘密の事のように囁き合う二人の掌には、同じ赤い金魚が泳いでいる。 「羽音、イッパイ楽しもうねぃ♪」 「うんうん、綺麗で美味しい物って、素晴らしいよね。目一杯、楽しんじゃおう……♪」 色々あった気分転換に、と誘ってくれた義姉――アナスタシアに笑い、羽音はぐっと手を握った。 羽音がライチゼリーの水中に浮かべるのは、オレンジの金魚。レモンの寒天を星にして浮かべれば、明るく爽やかな色合いに。アナスタシアがカシスゼリーの中に浮かべるのは、白と薄桃。可愛らしい色合いはミルク寒天で調整したもの。 「アナスタシアのゼリー、綺麗で素敵……♪」 「はふふ~、並ぶと更にキレイだねぃ」 できたものを二つ並べて、写真を撮ったら……お待ちかねの、いただきます。 お互いの金魚を交換して、スプーンで一口。 「どうかなあ、羽音の口に合う?」 「んー……♪ 味も、とっても美味しいよ。あたしのは、どう……?」 「ウンっ、羽音のも美味しいよぅ。レモンの味が爽やかでイイ感じ!」 羽音が彼女の髪色をイメージしたのだと伝えれば、ぱちりと瞬いてからアナスタシアは嬉しそうに笑顔を弾けさせた。 「わわっ、アリガトねぃ羽音!」 また一緒に、と告げる彼女にもちろん、と頷いて。 「……はふふ、羽音が義妹でよかった。あたし幸せ者だねぃ」 「うん。あたし達は、何があっても……ずっと、義姉妹だよ」 瞳と瞳を合わせて、掌を合わせて。確認するのは、一つの絆。 「ロアンさんは、どんな金魚が好きですか?」 「金魚と言えば……僕はやっぱり、赤白2色が好きかな」 普段とは違う作業に少しドキドキしながら壱和が問えば、ロアンは少し考えそう答えた。 二人が目指すのは更紗。赤白の、尾びれを揺らす涼しげな金魚。 イメージを具体的な形にしようと尻尾をゆらゆら揺らしながら考える壱和の隣で、ロアンは金魚にそっとブルーベリーの目を入れた。 「ラップで茶巾状にして吊るせば、ゼリーの金魚鉢ができるよ」 「ロアンさんは料理に詳しくて、すごく心強いです」 「ふふ、僕は料理男子だからね」 素直に感心した様子に頷く壱和に、ロアンもつられて楽しげに笑う。 「できたら、ロアンさんにも味見してもらえますか?」 「もちろん。僕のもどうぞ」 赤白の金魚、ブルーハワイを混ぜたサイダーのゼリーで見た目も涼やかに。結構甘いのは好きなんだよね、と言う彼に頷いて、壱和は耳をぴくりと動かしながら少しだけ甘めにシロップを調整する。 「素敵な思い出は、やっぱり形にしたいですね」 「うん、じゃあ、一緒に」 見上げて問えば、赤い目を細めたロアンはゼリーを二つ並べ。 記念に撮るのは、一緒に作った夏の思い出。 涼しげな青を泳ぐ、更紗の金魚。 ――抜けるような青空と、カーテンから漏れる柔らかな陽光の下。 色とりどりの金魚は、きらきらと泳いでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|