● 自由に泳いでみたかった。魚の様に水の中を自由自在に。 この足が尾びれになって、すいすいと泳いでいければ良いだなんて、人魚姫が聞いて呆れる願望を持っていた。 「人間誰しも水に憧れると思いませんか? だって、生まれる前は母の羊水にどっぷりと浸かってたんですから。その中に戻りたいって言う気持ちだってある意味では間違いではない。僕はそう思うのですよ」 鳥を思わせる翼を背に少年は扇動者を気どる様に両手を広げて話し続ける。 人々が行き来する時間帯。がたがたと震える女はビルの上で少年を見上げている。汚れた鋏が少年の両手でかち、かちと鳴り続ける。 「丁度、貴女は良い『水』を持っているから、その水に浸っている子が羨ましいと思うのも間違いじゃないでしょ?」 良いな、羨ましいな、と笑う少年の声の後、暫くの絶叫。抉る音。 暫く立てば消える騒音に少年がぺちゃと、手を突っ込み恍惚の笑みを浮かべた後、飽きたのか、立ち上がり身動きを取らなくなった体を。 とん、と。 果実が崩れる様な音がして、響き渡る絶叫に可笑しそうに笑って姿を消した。 ● 夏場の食中り等、腐った物を食べたのかと言いたくなるが、『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の云う『食中り』は『嫌な予知』の事を指す。 「……食中りの中の食中り。もう食中毒よ! ってなわけで、黄泉ヶ辻です」 黄泉ヶ辻。日本フィクサード集団主流七派のうちの一派であり、尤も気色悪い事件を起こす集団だ。閉鎖的故に『何を内包するか』判らない彼等の起こす事件は世恋にとっては大体が『食中り』なのだが。 「黄泉ヶ辻のフィクサード。外見は少年だけど、実際は良い歳のオトナでしょうね。 最近よく起こされてる猟奇殺人への対処なの。被害者は女性。皆、腹を開かれてビルの上から投げ捨てられてる」 顔を顰めて世恋は「腹の傷で即死レベルだけれど、悪趣味ね」と囁いた。 実年齢よりも幾分か幼く見えるかんばせは青ざめて困った様に指先が資料を行ったり来たり。 「犯行理由は『魚になりたい』から。母の羊水に浸りゆっくりと揺蕩う存在が許せないのだそう。 被害者が女性ばかりなのはその理由ね。ターゲットを選んで、ビルの上へ誘拐、其処で人知れず犯行起こし好きなだけ腹の中を弄繰り回した後に、飽きたら投げている。其処まで判ってるわ」 小さく嘔吐く世恋は目を逸らし、それから、と資料を差し出す。 「此方、今回の現場になる場所。急行すれば一般人を助ける事が出来るわ。なので、彼女を助けてほしい。 フィクサードの名前は……そうね、本名は判らないけど、エンゼルフィッシュと名乗ってるそう。種族はフライエンジェでジョブはマグメイガスね。 あと、彼を支援するフィクサードが二人。水草と水泡と名乗ってるらしいわ。其々のパーソナルデータは資料を参照してね?」 そこで、瞬いて、世恋は「『遺伝子のさかな』」と告げる。 「『遺伝子のさかな』。彼等の持っているアーティファクトで、フェイトを得ない人間の羊水を集めることで何らかの効果を齎すと言われる君の悪い物よ。そのアーティファクトの保護をお願いできるかしら? 渡しておくと『変なこと』が起きるかもしれない……ソレも含めて、どうぞよろしくね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月12日(月)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 地面を蹴りながら高層ビルの扉を開いた『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)はその速さを生かして真っ直ぐに敵陣へと飛び込んだ。 濡れたように感じる明るい色合いの髪を広げ、意識なく横たわる女の傍に立っていたフィクサードは古びた鋏を咄嗟に彼女へと向ける。 短いスカートが広がり、九つの尻尾がふわりと揺れる。色違いの瞳が見据えたのは『エンゼルフィッシュ』と名乗る魚になりたい等とのたまい、凶行を行い続けるフィクサードであった。 ミラージュエッジの先が鋏とぶつかって、リュミエールが口角をあげる。 「ヨォ、変態。魚類ニナリタイッテカ? なら、一人デ誰にも迷惑カケズヒッソリとなればイイ」 「……君は?」 幼さを残すかんばせ、小さな少女の体躯を見詰めるエンゼルフィッシュの目の前へと更に滑り込み蔵守 さざみ(BNE004240)がぎ、と睨みつける。魔陣甲を嵌めた掌を翳し、倒れた女の体を庇う様に立つ彼女は持ち前の直感を駆使し、エンゼルフィッシュの横顔を見詰めていた。 何処か幸が薄層にも見える端正な顔立ち。気色悪い思想と合致行かせるようなべっとりと濡れた様な黒髪。少年はへらへらと笑ってさざみを見詰めている。 「魚になりたいんですって?」 「何を勿論のこと」 「……母体回帰したいだけにみえるけど。まあ、どうでもいいわね」 ふい、と視線を逸らし、脳内で『彼』の情報を組みたてる傍ら、動き出したのは水草だ。体内で循環する魔力に気付き、さざみが視線をあげ、『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)へと視線を送る。Flawless Peristeriteが彼女の髪飾りとして揺れている。薄氷の瞳を細め、Badhabh Cath越しに視線を送った嶺がとん、と地面を蹴った。 「ヒトは母親の胎内で魚から人間へ深化をし、羽毛とは鱗から進化したもの。こう考えると、貴方の考えにも合点がいきますが」 緊張した面立ちは、この面々の中で尤も『成熟した女性』に見える嶺だからであろう。中性的なかんばせはその緊張を浮かべながら敵を捉えて離さない。 「君の考えは素晴らしい! 僕も実にそう思いますよ」 「まあ、『君』と考えがあっても誰も喜ばないんだけれどね」 呆れ半分、無原罪の法衣をはためかせ、地面を蹴った『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)はさざみの背後に横たわる女性の体を抱き上げる。意識のない彼女を抱き上げるその様子に咄嗟に反応したフィクサードを――そして、『水中伝達』を握りしめた仮面のこどもが前進する。 「おっと、それ以上は許せませんな。所で何故この方を選んだので? 妊娠されてるんですかな?」 仮面の子供達の目の前に立ったのは『仮面の怪人』である。魔力銃を向けたままに『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)はじ、と目を凝らし一気に仮面のデュランダル、水泡へと詰め寄った。 「勿論のこと。エンゼルが『彼女』が良いって言うから!」 「ふむ、尚の事、皆さんの事を放置するわけにはいきませんのう。子供の命まで奪ってる訳ですからな」 九十九へと注がれる視線の中、鮮やかな紫の瞳を細めた『箱舟きょうえい水着部隊!』エナーシア・ガトリング(BNE000422)がアーティファクトの所有位置を見極める。 「杏樹さん、彼のあのブレスレット――あれがアーティファクトなのだわ。それからエンゼルのブレスレット。あれも」 「OK、さっきからやけに魚臭いからな。さっさとやってやろう」 風情のない『蛍火』だと告げながら、錆ついた白が水喰い虫を受け止める。受け止め、弾き返した後に、身体を反転させながら、盾の下から顔を出す魔銃バーニー。 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の唇がつり上がる。何処に行けば彼女を護り尽くせるか。 まずはここだ――! 「Oh! いっつくーる!」 『永遠を旅する人』イメンティ・ローズ(BNE004622)が両手を打ちあわす。杏樹の焔が蛍を燃やす中、魔法の眼鏡――Dark Steal.を付けたイメンティが援護射撃を撃ち続ける。 一人の銃の使える一般人と、リベリスタ達に嬉しそうにエンゼルフィッシュは笑って鋏を鳴らした。 ● 抱きあげた時、女性の体の軽さにロアンの手が小さく震える。腹の中に存在するであろう新たな命に気遣った運搬を補佐する様にイメンティが彼への射線を塞ぎヘッドギアを指で弄る。 「にんげんさんはおなかの中で小さき人を育てるとですねー。生命の神秘。おなかの中に木が生えとるとですかねー」 首を傾げたイメンティにからからと笑うエンゼルフィッシュ。余裕そうな彼の目の前で髪伐を構えたまま、リュミエールが戦闘態勢を整えた。体の中を伝達する電気信号。 (誰ヨリモ何ヨリモ速ク動こう――私は私の望みの為に全てを進む。 サァ世界ヨ加速シロ私ハ誰ヨリモ速いノダカラ――!!) リュミエールを狙う様に鋏が彼女を掠めていく。体を引き、避けるリュミエールの姿があった所、直線状に立っていたさざみが周囲の魔力を取り込みながらエンゼルフィッシュを睨みつけていた。 「貴方もマグメイガスなんでしょう?ふふ。貴方の在り方、しっかり見せて頂戴よ」 「これは、面白い」 笑ったエンゼルギッシュを見詰めて小さく溜め息をつくエナーシアが構えたPDW。マウントしたライトが周囲を照らし続けている。成程、妄執と言うのは気色悪さも感じる。 「確かに、『食中り』と云うのも判る事だわ。無いもの強請りを隠しもしないHentaiさんは取り急ぎ御退場願いませうか」 「エンゼル、彼女、一般人じゃない?」 水草がエンゼルフィッシュに声をかければ、エナーシアがにんまりと笑う。ステルスを駆使した彼女の外見は何処かで聞いた事がある――『アーク』の銃を持った一般人? 「とんでもない。私は唯の『銃が扱える程度の一般人』なのです。疑わしきは罰せずなのだわ」 ひらひらと手を振って、回避動作を行うべく盾を張るエンゼルフィッシュを見詰めている。彼女の狙いは唯一つ。その狙いを支援する様に水喰い虫が彼女に襲い掛かる事無きよう弾丸が飛び散り続ける。 「その仮面、お似合いですな? 私の物も中々オススメではありますが」 「水草には似合いそうにないから」 遠慮する、と言いながら握りしめた細身の剣で九十九の弾丸を受け止める。軌道を逸らした其れが水泡の腕を貫き赤く染まる。くすり、と笑いながら、嶺は女性を抱えて走るロアンへと視線を送る。 あと少し、だと認識し、頭の中で組み立てられる超頭脳演算。組み立てるのは『敵』を如何に効率的に倒すかというオペレーターとしての意識だ。 「虫さんいっぱーいですね! 怖かったとですね。今お助けするとですゆえ、暫く我慢してぷりーず」 イメンティがそう声を掛けた時、ロアンの抱えていた女がふわり、と意識を浮上させる。其れに気付き、より一層足を速めた彼へと噛みつこうとする虫をその身で受け止めてイメンティはにこりと微笑んだ。 「イメでもついたての変わりはできるとですよ。にんげんさんを抱えたふれんず、はやく!」 『柔らかき身』であれど、刹那でも時を稼げればいい。そんな彼女の意志を感じてか、足早に彼女の背後をすり抜けたロアンは高層ビルの屋上に繋がる扉――先ほど自分たちがこの場所に訪れるに至った場所へと入り、扉を閉める。 殺戮を望む音と、救うた為の戦闘の男が交差する。溜め息をつき、彼女を下ろしたロアンが視線を向ければ、丸い女の瞳と目があった。 「……気が付いた?大丈夫?」 ふるふると振るえる彼女の首に自身が下げていた十字架を架ける。唯の飾りだと思っていたとしても、信仰者(いもうと)に神を思いやる気持ちがあることを証明するだけの『玩具』であっても。 「最近何かと物騒だよね。怖かったね、もう大丈夫だよ。ほら、神様もついてる」 「……っ」 何時もは理不尽な神様でも、今日くらいは優しくったって良いだろう。心の支えだって必要だろう。 「大丈夫、ちょっとあいつら何とかしてくるから、じっとしててね。あとで、返して貰いに来るから」 そう言い残し、扉を開く。女の向ける視線にロアンは目を細めて優しく笑った。 九十九をすり抜け、水草の前に立った杏樹は目の前の小さな仮面を見詰めている。 屋上から外への飛び出しを防ぐように立っていた杏樹の焔は神々の怒りを表す様に地へと降り注ぐ。 「魚になりたい。水中を自由に泳ぎたい。その気持ちは理解してやろう。手段を間違えたな」 せせら笑う様に告げる杏樹の胸元で古びた十字架が揺れる。焦げ跡の付いたソレは信仰の証でなく、誓いを示している物だ。神様が理不尽だと言う事は彼等の行いで良く分かる。産まれてくる筈の新しい命さえも邪魔をして、阻害して――それで。 「許せるものか」 拳を固め、杏樹の橙の瞳に焔がチラついた。彼女に往く手を遮られながらも回復を行おうと手を翳した時、嶺がくすりと笑った。 彼女が放つ気糸には水草の術を阻害する能力を兼ね揃えている。前線のアタッカーであり、事実上アーティファクトを握りしめている水泡の支援を行えず地団太を踏む水草の目の前を通り過ぎる弾丸と四色。 エンゼルフィッシュが其れを受け止め、杏樹の弾丸が打ち砕いた先に輝きながら貫く魔曲・四重奏。 「本音を云えばね? この依頼、貴方以外眼中にないわ。そこにいる水草も水泡もどうでもいい。 勿論、アーティファクトだって、どうでもいいの……貴方。そう、私は貴方と戦うことだけが目的でここにいる」 宣戦布告は、ある意味で『さざみ』らしいとも言えた。蔵守の家は世界や人身よりも己の目的を第一としている。近年では数少ない物の、排出された革醒者である彼女の思想がそれであるのもまた頷ける。他の仲間と協力したうえで、彼女は己の目的を告げる為に赤い瞳を細めてじ、と笑った。 「とことんまでやり合いましょう?」 ● 噛みつこうと口を開く水喰い虫。距離が開かぬ様にと水草と水泡の間は20mに保たれている。故に、『攻撃』するには丁度良い。至近距離で撃ち込まれた弾丸に、仮面が割れる。 「おおっと、大事な仮面を割りましたかな?」 「あのさ、そうおもうなら」 しないでよ、と告げながら振り下ろされる剣。シューターでありながらも、避ける事にも特化した九十九は掠める切っ先に笑いながら仮面の奥で唇を釣り上げた。 「あてんしょんぷりーず! 本日はところによって凍える寒さになるとです」 にこりと笑ったイメンティが指し示す先、フィアキィが氷精と化して虫達を捕まえた。其処に振りそ添いだ杏樹の弾丸。無力化されていく蛍達にイメンティが視線を送ったのは『水下の泡沫と揺らぐ緑の君』の二人だ。 名前を呼ばぬ彼女らしい詩的な呼び掛けにエンゼルフィッシュが楽しげに笑い続ける。相対したリュミエールが振るう刃。そして、さざみの攻撃。両者の物を受け流す事も出来ず受け続けるエンゼルフィッシュを狙い撃つ嶺の気糸は『遺伝子のさかな』を止め具としている紐を狙い撃つ。 「っと、危ないお嬢さんだ」 「どちらが危ないのでしょうか?」 嘲る様な笑いをその美貌に浮かべた嶺を狙おうとする攻撃。滑り込んだエナーシアの銃はそれを受け止め、反射的に弾丸を撃ち込んだ。 全体へと連射される弾丸に『一般人』であるかどうかを悩ましげに首を傾げたままのエンゼルフィッシュ。割れた仮面に、別々の顔を見せる水草と水泡を見詰めながら、逃げる様に、エナーシアが体を反転させた。 「銃が扱える程度の一般人の私に容易く落とされるとか弱敵ねぇ、この虫」 「一般人? 水草! 彼女、今、自分の事一般人っていった! 彼女、欲しい!」 はいはい、と肩をすくめる水草にエンゼルフィッシュが楽しげに笑い続ける。出来うる限りエンゼルフィッシュの射線に入らぬエナーシアは「変態……」と紫の瞳で睨みつける。 至近距離で撃ち込まれたマジックブラストにリュミエールの体が貫かれる。前線で戦う彼女は尻尾を使用し変則的な攻撃を繰り広げる。その開いた隙間をさざみの四色の光が貫かれる。彼女の望むエンゼルフィッシュへの行動阻害は叶わない。無論、その攻撃を避ける能力に特化したエンゼルフィッシュであるからこそであろう。 「ほら、私も『女』。血飛沫位なら上げてあげるわ」 腹を切られたとて手足が動けるなら問題ない。膝を折るなら運命を代償にすればいい。ただ、それだけなのだから。 リュミエールが体を捻り、攻撃を喰らい続かせる。体を守る様に護りを固めるが、彼女の膝ががくがくといふるえた。 「速度ニ狂い落チロ。ホラ、お前、魚ナンダロ? 地上ニイルンジャネエヨ! 空気の中で溺死シロ」 ただ、水に憧れるだけなら水中呼吸だってあっただろうにと告げる言葉にエンゼルフィッシュは首を傾げて周囲を焼き払わんと地獄の炎で彼女の体を燃やしていく。 弓矢がひゅ、と飛ぶ。援護する様なイメンティにより、水草が唸り声をあげる。その声を受け止めた九十九が至近距離で引き金を引いた。 その銃弾が肺を貫き、血がぼたぼたと滴り落ちる。声を張り上げる彼の背に刻まれた刻印にぴたり、とその動きを止めた。 「さあ、懺悔の時間だよ」 只一言。それを耳にした瞬間に膝を付く水草。癒しを呼ぶように水泡が手招く事を許さぬ様に、嶺の気糸が襲い来る。 ぱりん、と割れた『水中伝達』にロアンの足が其れを踏みにじる。全員を皆殺しにしたい。女性の敵は殺さなくては。 もしも、自分の妹が狙われたら、等と交錯する思考でロアンが睨みつけたのはへらへらと笑いながら立っている鋏を手にした少年であった。 「魚になりたいだって? 六道辺りに頼んで、キマイラにでもして貰ったら?」 一歩、踏み出した。そんなに泳ぎたいなら血の海に沈めてやればいい。水泡が広める閃光に動きを止めて、エナーシアが弾丸を打と込んだ。 自身を癒す事も出来る水泡を狙い続ける中で、杏樹が指先をくい、と折る。揺らめかせる妖光に水泡の足ががくがくと震えた。 「女性の羊水を集めてどうする気だ。胎内に戻れないなら、『胎内』を作ろうっていう気か?」 何にせよ気味が悪い。水子を集めて育てるとでも言うのか、と杏樹が毒づけば、ナイスアイデアと楽しげにエンゼルフィッシュが告げる。 何れにしても戦う事を楽しむかの如き様子の少年に杏樹の苛立ちが強いのは確かだ。神々を偏愛する訳ではないが、命を大事にすると言う事は大切だ。信仰者たる彼女は理不尽な神が作った箱庭に落とされ続ける命を守るために引き金を引き続ける。 「今日は素敵なお嬢さんが多いね? 君達は水に憧れた事はない?」 「残念だけど、無いのだわ」 その支援を行う様に神秘の閃光を放ち続ける水泡にエナーシアは「水はお好き?」と問いかけた。 名に『水』と持つ仮面を付けていたホーリーメイガスは何故聞くのかと首を傾げる。エナーシアが決して憧れる事のない『母の羊水』。それは偏執的な意味では無く、自身が目にした事も無くその姿さえも想像できない『母親』像を問いかける様でもあった。 「母たる者の身の内はみだりに触れてはならぬ禁忌。生まれ変わるご予定なくば、どんたっち!」 慣れぬボトムの言葉を使いながら微笑むイメンティに「そーりー」と真似るように不思議な発音で告げるエンゼルフィッシュが楽しむ様に笑い続ける。 後衛位置に居る彼が逃げようと翼を広げ、地面を蹴る。一気に詰め寄って、手を伸ばす杏樹の体が床を擦れた。 「絶対、逃がさない!」 その手は袖を掴む。掴んだままに両の足が屋上から離れても杏樹は気には止めない。屋上の上、飛びあがる少年が撃ち込む魔力に杏樹が避け、地に足を付いた所へと立ち替わる様にエナーシアの弾丸が彼の腕へと撃ち込まれた。 『遺伝子のさかな』をアクセサリーとして付けていた左手がその弾丸を受け止める。親指が吹き飛び、ソレごと止め具が外れていく。 至近距離に走り込みイメンティがキャッチすれば、傷ついたリュミエールがぎ、と睨みつける。 「だから――逃がさないっていったろ? 懺悔して赦されるだなんて思うなよ?」 たん、と事件を蹴り飛びあがり、ロアンの振るったクレッセントが伸ばされる。届かずとも、牽制にはなったのであろうか、今までは笑っていたエンゼルフィッシュの表情が一点する。 恐怖と何処か恍惚に歪んだ表情に「黄泉ヶ辻だな」と一言吐き出すロアン。続くエナーシアも今まで相手にした黄泉ヶ辻を想いだし合点が言った様に頷いた。 翼を持ち、飛びあがる事が出来る彼を追う事が出来る嶺がぎ、と睨みつける。逃げようとするエンゼルフィッシュが背を向けた其処に走り込み、撃ち込まれる九十九の弾丸が羽根の付け根を狙う。 「外道め、今度は自分たちが落ちる番ですぞ」 ぼたぼた、と真下に立っていたエナーシアに振る雨は血色だ。拭いながら「変態め」と悪態をつく彼女に手傷を負った少年の体が屋上から落ちていく。 一般人の事を心配する様に嶺が背後を振りかえる。小さく開いた扉の隙間から覗く彼女の首でロアンの十字架が揺れていた。 「生まれ来る命に祝福を。母たる人に祝福を」 何処か歌う様に呟いたイメンティの声に小さく頷き、嶺がゆっくりと彼女の元へ向かっていく傍ら、 「……そう」 じ、と見据えるさざみが手を伸ばす。置き去りにされた親指一本を見詰めながら、彼が落ちていく先を――翼ある彼が逃げて行く先を見詰めて、拳を下ろした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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