●夏だ! 海だ! 「しおひがってきてくれ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタたちに、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は開口一番告げた。 「しお……ひが?」 「そう、SHIO-HIGARIだ」 机に並ぶ、カラフルなプラスチック製バケツと熊手8セットを親指で示し、NOBUは微笑む。 「千葉県のとある海岸に、いちご貝のE・ビーストが出現する。いちご貝――別名ツメタ貝とも言うな」 モニターに映し出されたのは、ファンシーな名前とはかけ離れた貝の姿だった。 紫褐色の巻き貝から、びろびろと長く円形に伸びた体。 カタツムリのようににょっきり飛び出した目。 ……グロテスクとも言えるその姿に、一部の女性リベリスタが顔を青ざめさせる。 「元々は酸性の粘液でアサリに穴を開け、中身を食っちまう肉食の貝なんだが……エリューション化した奴らは貝の大きさだけでも約3m、人間までも食おうとするのさ。潮干狩り客に被害が出る前に、これを退治してきてほしい」 運良く、E・ビーストの出現が予知された日は、早朝に干潮となるようだ。 その時間帯ならば、一般人の目を憚る必要もないだろう。夜に行動を活発化させるエリューションは砂の中に隠れているが、これを熊手などで砂を掘って探し出し、倒すのが今回の任務だという。 「人が集まる時間になれば、併設されているバーベキュー会場も開くらしい。任務中に採れた普通の貝を、そこで味わってきてもいいかもな」 NOBUに見送られ、リベリスタたちはバケツ&熊手片手に、房総の海を目指す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:鳥栖 京子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月15日(木)22:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 繰り返す波の音。 風に乗って届く、潮の香り。 「海なのじゃー!」 清楚なワンピースの水着にふわりと羽織ったパーカー、白いリボンがついた麦わら帽子。避暑地の令嬢のような装いで、『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は砂浜へ足を踏み入れる。 夜明け前の空は、濃紺から青、淡いオレンジへと色を変えるグラデーション。潮の引いた砂は、裸足にひんやりと冷たい。 「わーっ、私、潮干狩りって初めて!」 『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)も、初・潮干狩りへのドキドキを押さえきれない様子で駆け出した。 「えへへー、いちご貝ってどんな味なんだろ? バーベキューも楽しみだし、私頑張っちゃうよっ」 見渡すかぎり続く広大な潮干狩り場に一般人の姿は無く、リベリスタたちの貸し切り状態だ。瑠琵が符を砂浜に放てば、高度な術で作り出された式神『影人』が一人、また一人と起き上がる。 「ハマグリとアサリはこっち、普通のいちご貝はあっちなのじゃ!」 「ディアナ、セレネ、出番だよっ!」 主の命に従い、バケツと熊手を手にいそいそと砂浜に散らばる影人。瑠琵のEPを癒やすべく、楽しげにくるくる飛び回るフィアキィ。はしゃぐ80代女子2人に、巨大な調理器具やクーラーボックスを抱えた仲間たちも続く。 「みんなカワイイ! とっても似合ってるよぉ♪」 女のコたるもの、夏しか楽しめないファッションにワクワクしてしまうのは当たり前。仲間の水着姿を、『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)は瞳を輝かせて褒め称えた。 当の真独楽が身に纏うのは、コバルトグリーンのベビードール風水着。スリットからちらりと覗くおへそや太ももから、少女らしい色香が漂う。 「しおひがって出てくる位だから、深い所にはいないだろうし……これで当たんないかなぁ?」 ビキニタイプのえっちな水着に小麦色のしなやかな肢体を包んだ『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)は、男性的とも言える無造作な仕草で、杖を砂浜にざくざく刺していく。 「いつ出てくるかわかんないんじゃ、楽しくしおひがれないし」 任務を達成するだけでなく遊ぶ気も満々なのは、少なからず仲間たちも同じだ。 「えへへーこまち貝だいすきっ。 どかーんって倒して、海岸の食物連鎖の頂点にたつです……!」 表情もきりりと、砂の様子を観察しながら熊手でほりほりするのは『水睡羊』鮎川 小町(BNE004558)。彼女はスクール水着にパーカー、鼻緒にひつじさん付きのカラフルなサンダル姿。 「巨大いちご貝ちゃん、出ておいで~」 真独楽も、某コモド系男子が全裸で無いのを確認すると、安心して熊手で砂を掻き出した。 「素っ裸でもいいんだが。まぁどこから怒られるか、わからんのでな」 白から青に色調を変える膝丈の水着、鍛え上げられた素肌にはシルバーアクセサリー。『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は軽く手足を振ってほぐすと、ぐっと砂を踏みしめる。 「何故砂の中に居るか。眠るためだ。ならばどうすればいいかは――道理!!」 迸る蒼い雷光の如き速さで、鷲祐は砂浜を疾走した。立ちのぼる砂煙の後に残った、吹っ飛ばされた貝たちを、影人がせっせと種類別に拾い集めていく。 「くそ、あちぃ……」 大型熊手を片手に、額にはりつく赤銅色の髪を払うのは『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)。水着姿の仲間たちの中、彼一人は露出の極めて少ない普段どおりの服装で居る。脳裏に刻み込まれた過去の記憶が、腹部を晒すことに対して、強い拒絶を抱かせていた。 「一時期平気だったんだが、最近どうも酷くなってんな……」 汗を拭いながら、熊手で砂を広く浅く浚い、E・ビーストの居場所を探っていく。――と、その時。 「……ん? うわっ――」 ぶしゅーーーーーーーーーー!!! 砂浜からまるでクジラの潮吹きのように、勢いよく海水が噴き出した。そして続いて現れる、巨大な紫褐色の巻き貝、その周りにぬめぬめと広がっていく外套膜。 探していた、巨大エリューションいちご貝を掘り当てたのだ。 「でけぇ☆」 空色の翼で低空飛行しながら、とらはいちご貝を見下ろす。こんなに食いきれるかな……という余計な心配で、こみ上げてくる変な笑い。 「わぁ、大きい! コレが今日の私たちの……ご飯っ!」 ルナも興味津々でいちご貝を見上げる。 1体のE・ビーストが砂浜に姿を現せば、離れた2箇所からも、海水が空に向かって高く噴き出し――同じような巨大いちご貝がのそのそと這い出してきた。 「確かに名前とあまり合ってないにしても、可愛いと思うのだけど……ここまで大きくなったら駆除も止むを得ないわね」 『箱舟きょうえい水着部隊!』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は、称号に違わぬ黒の競泳水着の上に、肩を露わにした白の浴衣風水着を合わせている。結い上げた髪、襟元から覗く白いうなじも眩しく、身軽なバックステップで敵との距離を計れば、浴衣の裳裾や袖は風を孕んでふわりとふくらむ。 「――せめて最期は、美味しく頂いてあげませう」 ● 「よりにもよって、見た目がアレないちご貝が巨大化とはのぅ」 瑠琵は影人にバーベキューの用意をしておくよう命ずると、漆黒の大型拳銃を構えた。 「では、狩るか」 小山ほどもある3体のいちご貝は、てらてらと光る茶色い体からカタツムリのような長い目を伸ばし、彼らの眠りを妨げた小さな人間たちをじっと見つめる。 「ったく……どこの野生の王国だ、これを殺して食えって」 鷲祐が1体の抑えにつきながら雷光をその身に纏い、その速度を究極の領域まで高めれば、カルラもまた別の1体につき、全身の反応速度を上げる。 「悪気があって人を襲おうとしていたワケじゃないんだろうけどぉ……」 最後の1体の抑えに回ったのは真独楽だ。夜明け前の淡い光に伸びた影が、主人を援護すべく、ざわざわと蠢き出した。 「ゴメンね、残さず食べてあげるから許してねっ!」 「ひゃああ、ほんとにおっきいですねえ!」 いちご貝に向かって砂浜を駆ける小町は……ナイアガラバックスタブを見舞おうとして、一瞬戸惑う。 「貝の背後ってどっちですか? あと首ってどこでしょう……んーと、わかんないからとりあえず殴るですっ」 ガントレットの弱点を抉る一撃が、ぶよぶよしたいちご貝の体にすぶりと埋まる。ダメージは与えられているのだろうが、確かに防御力を誇るだけあり、貝は苦痛を感じた気配も見せない。 視界の高さを活かして3体全てを捉えた風の渦が空色の翼から生じ、ぬめる粘液を凍りつかせると――続けて雨のように降り注ぐは炎の弾丸。打ち据えられたいちご貝の巨体が、もうもうと砂煙をあげつつ砂浜を滑っていくのに目を丸くしつつ、ルナは仲間たちを励ます。 「食材に負けるなんてことは許されないよ、皆!」 「……防御力はどちらも高いけれど、弱いのは神秘攻撃のほうみたいね」 敵の能力を解析したのはエナーシア。 「ならば――これは効く筈じゃな」 瑠琵がその細い指を向ければ、E・ビーストは闇の貴族に逃れる術もなく生命力を吸い取られる。 しかし、いちご貝たちもやられてばかりでは居なかった。のっそりと巨体を動かし、茶色い体をびろびろと側にいた真独楽へ伸ばす。 「に゛ゃーーーーっ!!?」 多くの戦闘を経験してきたリベリスタが多く、配置に気を配っていたため、範囲攻撃に複数が巻き込まれることは無かったが……真独楽の小柄な体は、貝の外套膜にすっぽり呑み込まれてしまう。 「ま、まこにゃん!!」 ブリッツクリークの効果で回避を高めていた鷲祐は、自らに伸ばされた貝の体を何とかかわした。しかしもう1体のいちご貝が、既に涙目の小町をゆっくり呑み込んでいく。 「ふ、ふわあああん!!?」 「……世の中、食うか食われるかだなぁ……」 精神的なダメージのほうが大きそうな敵の攻撃を前に、とらは思わず呟いた。 ● 「貝の弱点とかどこだよって気もするが……やってみるさ」 カルラが幻影と共にいちご貝に近接し、鉄甲で強かに外套膜を殴りつける。 「ちょっと大人しくしててねっ!」 別の1体を、真独楽の全身から放たれた気糸が縛り上げた。柔らかな体が切れそうなほどに締めつける気糸の呪縛に、E・ビーストは身動きが取れなくなる。 戦闘が開始した時に比べ、空は少しずつ明るみ始めていたが……未だ防御力の高いいちご貝は3体が健在だった。しかし効果的な状態異常や良く考慮された配置のおかげで、いちご貝は回復も叶わず、リベリスタたちの受けた傷も比較的浅い。 とらの攻撃に体を凍りつかせ、緑色の血を滴らせた1体に、小町はびしいっと指を突きつけた。 「こまち、あなたを倒してもっと強くなる!」 消えるような速度で接近し、渾身の力を込めた殴打。いちご貝の体から血が更に噴き出し、砂浜が緑の液体で染まる。 ぬらりと伸ばした触覚のような目から出た光線に、直線上に居たカルラとルナが貫かれたが、それで攻撃の手を緩めるリベリスタでは無い。 「焼き加減は大事っ! ドカーンと行くよ、ドカーンとっ!」 ルナが空に手を差し伸べると、召喚された火炎弾が豪雨のように降り注いだ。炎に炙られ、少しずつ削られていくいちご貝の命を、瑠琵のエナジースティールが無慈悲にむさぼる。 「あら、共食いなのだわ……」 鷲祐に魅了されていた1体が仲間の上にのし掛かり、呑み込んでいるのを呆れたように見やると――エナーシアは鮮やかな手捌きで愛用の銃を取り出し、恐るべき速さの連射でE・ビーストを撃ち抜いていく。 ぱん、と長く伸びた目が爆ぜた。ぶるりとその体を震わせると、遂にカルラが抑えについていたいちご貝1体が、動かなくなる。 「残り2体! まけないのようっ」 次の標的に向かって無言で駆け出したカルラに、小町も続く。 「生きるために戦ったり食べたりしなきゃいけないのは、人も一緒だもん」 カルラの連続攻撃に麻痺したいちご貝を身軽な動きで捉えると、真独楽は鋭い爪で死の刻印を刻みつけた。きらきらと冷気をリボンのように纏うフィアキィが舞い踊り、緑色の血や体液に濡れたE・ビーストの体を氷で覆っていく。 そのとき、最後の抵抗のように、いちご貝が透明の粘液を大量に吐き出した。 「とらは食べても美味しくないよ?」 粘液の酸に肌を灼かれながらも飄々とした態度は崩さずに、とらは翼を羽ばたかせ、風の渦を生み出す。 降りかかった粘液を悠々とかわした瑠琵が、退屈を滲ませるほどの余裕で指先を向ければ、いちご貝の命は、幼子の姿の吸血鬼に全て吸い尽くされた。 最後の1体をエナーシアの早撃ちが貫くと――集中を重ねていた鷲祐がE・ビーストに向かって跳躍する。 「いいかげんに落ちろ! つーかこの竜鱗で! この場で捌き終えてくれるッ!!!」 圧倒的な速さによって打ち砕かれた“音速の壁”の破片が、鱗のように燦めきながら刃となり、敵を完膚なきまでに切り刻む。使用者のEPの殆どをも喰らい尽くす超必殺の一撃に、強靱な貝殻は音を立てて砕けたのだった。 ● 「夏だ! 海だ! バーベキューだーーっ♪」 平和になった海岸に、真独楽の元気な声が響く。 「たのしいくっきんぐのお時間っ。 ふつーの人たちが来る前に、このおっきい貝どーにかするです!」 小町はうきうきと、持参した手鍋や調味料を並べた。 生まれたての朝日に照らされた、金色の砂浜。米・パスタ・酒など炭水化物(液状含む)に特化した鷲祐を始めとして、仲間たちも肉や野菜、飲み物をたくさん持ち込んでいる。戦闘中に影人が整えておいた調理場で、リベリスタたちは食事の支度に取りかかった。 流れるような手早さで下ごしらえをしたのは、エナーシアとカルラだ。砂抜きをしたいちご貝を、大釜で煮立てた後一旦取り出し、胆と外套膜を手慣れた様子で取り除いて、手頃な大きさに切っていく。 エナーシアがそのいちご貝を使って作ったのは、採れたてのアサリやハマグリと一緒に煮込み、貝の旨みをぎゅっと凝縮させたスープスパ。わさびを添えたいちご貝の刺身も、大皿に美しく盛られている。 「…………」 カルラはいちご貝のぶつ切りや肉・切った野菜を、職人のように黙々と金串に刺していた。彼の見よう見まねで、ルナと真独楽もバーベキューの用意を手伝う。 「ことことこっとん♪ おいしくなあれー♪」 ふわり漂う、家庭料理のほっとする香り。小町が作るのは、厚めにスライスしたいちご貝の煮付け。 「味付けは醤油・砂糖・みりん・日本酒・生姜。二度茹でで、じっくり時間をかけて煮込むのじゃ」 瑠琵は、いちご貝を佃煮にした(実際に煮込むのは影人だったが)。 「わらわ今、口を開けたハマグリに醤油垂らす作業で忙しい」 焼きハマグリで早速一献。旨みたっぷりの汁を湛えたつやつやの身に醤油が垂れれば、食欲をそそる香ばしい芳香が広がる。 「食おうぜ」 こちらも清酒「三高平」を呷りながら、鷲祐が皆に呼びかけた。 彼の用意したメニューは、いちご貝のバター醤油焼き・塩麹焼き・ステーキ風。3種の貝を鉄板の上で酒蒸しにしたものに、夏野菜と魚介の司馬風パエリア、殻付きアサリのペペロンチーノ、そしてハマグリ丼。 仲間たちの作った料理と合わせれば、何とも贅沢なフルコースの完成だ。 「おいしーいっ! 潮干狩りって、こんなにおいしくて楽しいんだね!」 スープスパを口にしたルナが、感激した声を上げた。 「小町ちゃんの煮付けもおいしい! 他の種類の貝も、もっともっと、しおひがって食べてみたいかも!」 料理を褒められた小町は、嬉しそうに胸を張る。 「えへへ、おかーさん直伝の、優しい甘さが自慢ですっ」 リベリスタたちの料理の腕前もさることながら、爽やかに吹き抜ける潮風と高い空も、食事の美味しさに一役買っているようだ。文字通り山のようだった皿の上の料理も、面白いほど綺麗に平らげられていく。 「食べる方はマカセロー、証拠隠滅ーー!」 ビキニ姿であることも気にせずに、とらはいちご貝のステーキにかぶりつく。風呂敷に包んだタッパーには、NOBU用土産の薄味いちご貝の煮付けも確保済みだ。食べ物が絡む依頼に参加しすぎて、なんだかすっかり手慣れている。 「きっと美味しくお腹いっぱい食べられるために、巨大化したんだ。ううんわからないけどきっとそう。ありがとう、ありがとう!!」 「カルラも焼いてばっかりいないで食べなよぉ。無くなっちゃうよー?」 バーベキューの食材を焼くのに没頭していたカルラは、真独楽の言葉にはっと顔を上げた。今まで食べてないことに気付かなかったらしい。 「お腹いっぱいになったら、海で遊んだり、お昼寝したりもできるよねっ! お仕事頑張った分、満喫しちゃお♪」 夏の太陽は、刻々と眩しさを増していく。もう少ししたら、この砂浜も訪れる多くの人たちで賑わうだろう。 真独楽の提案に、異論のある者などいる筈も無く――リベリスタたちは顔を見合わせ、笑顔で頷いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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