●ボーイミーツガール 真夏でも、早朝ならば山間の集落は肌寒い。 昼は鼓膜も破らんと必死にがなるセミもまだ眠りの中で、空は徐々に白くなり、太陽の長い長い手が夜を追い払っていく。 朝早い老人とてまだ家の中での作業をしている静まり返った外が、世界と自分だけの時間のようで、リクはたまらなく好きだった。 配り終えた新聞配達の自転車を傍らに停め、リクはフェンスを乗り越えて、廃ビルへと滑り込む。 山以外高いものなどない田園地帯にニュウッとそびえる『兼松ビルヂング』は、バブルの時に成り上がって浮かれた地主が建て、案の定誰も入居せずに終わった、哀れなオフィスビルである。 都会では埋もれがちな十階建てというサイズでも、高層物件が無い田舎ではよく目立つ。 昼間は物好きな廃墟マニアや、ビルマニアなる人間がちらほら訪れては、田舎の牧歌的な光景をバックにビルをカメラに収めて、集落に金を落とさずそそくさと去っていく。 電気が通っていないビルでは、破れた窓から差し込む僅かな朝の光だけが頼りだったが、夏の朝は明るく、リクは難なく屋上へと辿り着いた。 リクは柵に駆け寄り、東を見る。 ――間に合った。 山の合間から太陽が顔を出す。 まぶしい光に包まれると、浄化され活力をもらえるような気がするから、朝日を廃ビルで迎えることは、彼の日課だった。 視線を下に落とせば、彼が住む児童養護施設『ふたば園』が山裾に見える。 ――また今日も、同じ一日の始まりだ……。 新聞配達の後は、兼松建設で働き、くたくたになったら血の繋がらない弟や妹がたくさんいる『ふたば園』へ帰る。 今は夏休みの真っ最中だから、皆うるさいくらいにリクに遊んでもらいたがる。 親に殴られ罵倒されていた日々に比べれば、随分幸せなのだろうが。 普通ではないことへのささやかなわだかまりと、田舎の中でつまらない人生が見えていること、そして少年らしい刺激を欲する心が、リクに漠然とした不満を抱かせていた。 彼がぼうっと考えている間にも、太陽はずんずんとあがり、いつの間にやら山の上に全身をさらけ出していた。 「しまった! 時間だ」 園の朝食の時間に間に合わない。 そもそも立ち入り禁止の廃ビルの屋上に立っているのを、朝早い集落の大人に見られたら何を言われるものか分かったものではない。 田舎の人間の集落間での口は軽い。そして尾ひれのつく度合いも。ただでさえ、園の子は『親なし子』として、偏見の目で見られている。 自分はいいが、年下の子まで白い目で見られるわけにはいかない。 リクは慌てて踵を返し、ビルから走り去ろうとしたが、ふいに頭上が明るくなったことに驚いて、天を仰ぎ……驚愕した。 空に穴が開いていた。 真っ白な何かを産み落とした穴は見る見るうちに消え、夏の青空に戻った。 「!!」 何かは、女の子だった。 リクより少し年下の、中学生くらいの。 天花粉をはたいたように、真っ白な肌、真っ白なワンピース、真っ白な長いさらさらの髪。 このままでは屋上に激突する、とリクは慌てて彼女を抱きとめに走った。 少女は、ふわりとリクの腕に収まる。天花粉のような、湿気を感じないさらさらした肌は、ひんやりと冷たい。 白い睫に縁取られた大きな目を、少女はゆっくり開いた。 そっと灰色の瞳でリクをとらえ、少女は淡雪のように微笑む。 リクは思わず彼女に告げる。 「たとえ、世界中が君の敵だったとしても、僕が絶対に君を守ってあげる」 だが、彼は運命に愛されなかった。 そして、彼女も。 ●感傷的ノスタルジア 帰る場所のないアザーバイドと、エリューションを討伐して欲しい、と『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE000242)は、ブリーフィングルームのリベリスタに告げた。 「崩界を憂いた、アークではないリベリスタが何人か接触しては、撃退されている。よって、うちに話が来た」 アザーバイドは美少女の形をしている。積極的に他人を害する意志は無い。むしろ、彼女自身は人畜無害だ。 「杉井リクは、そいつを『ましろ』と呼んでいる。ましろは人語を解さない。が、リクがましろを守ろうとしていることは認識しているのか、奴を援護するように動く。共依存ってやつだな」 ましろは、壮絶ともいえる癒しの力を有していて、エリューションを支援するのだ。 「リクは、普通の十七歳の男子と変わらない。話も出来る。ましろや自分に害なす者以外には何もしない。……だが、エリューションだ。放置は出来ない。しかもフェーズは2……いや力だけなら3に近いかもしれない」 リクとましろは、数度のリベリスタの襲撃を受け、田舎からの脱出を試みている。 「都会で戦闘するのは、一般人が巻き込まれるおそれがあって厄介だ。奴らが列車に乗る前に片をつけるべきだろう」 彼らは、人を避けるように闇に隠れ、無人駅の待合室で始発を待っている。 「彼らは何も悪くないのだが……いや」 闇璃は冷笑するように口端を歪める。 「運命に愛されなかったのが、罪、か」 君達は、訳が分からず怒り狂う彼らを問答無用で殺してもいいし、彼らに死を納得させ安らかに逝かせてもいい。 ただ、殺さなければ終わらない。 そんな運命だけが、君達の前に横たわっている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月11日(日)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●あの高みの上に、この上ない蔑みを撒き散らす リリ、リ……、リリ、リリ……。 鳥だろうか虫だろうか、綺麗な音がどこの田んぼからか聞こえる。それ以外は、何もない。 最終電車など日没前に行ってしまった無人駅に灯りなどあるわけはないが、天には砂金をまき散らしたような天の川が見事にかかっているし、月の形は半分だが明るい。ちらりちらりと遠くで光るのはホタルだろうか。街路灯もポツポツだが存在する。 都会を思えば暗すぎるが、田舎は田舎の光がある。 暑い盛りだが、山を吹き抜ける風があって、都会よりは涼しい。 田舎を絵に描いたような場所は、部外者の一時の旅行にならば素晴らしい場所だろう。 だが、『イレギュラー』を嫌う狭い山の中の集落で、暮らしていた彼らはきっと、辛かったろう。 「ひっどいものよね……」 遠くを見ながら、『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)は、誰に言うでもなくひとりごちた。 暗視を持つ彼女を、夜闇は何も妨げない。彼女には、田んぼの真中にそびえて目立つ廃ビルも、すぐ近くの駅の待合室の中身も手に取るように分かる。 作り付けの板のベンチの隅っこに、身を寄せ合い、隠れるように眠る哀れな二人すら、ハッキリと。 「……」 シュスタイナは黙りこむ。彼らに与える言葉が、浮かばない。本当ならば、彼女も仲間とともに、運命に愛されなかった二人を説き伏せに行きたいのに。 「運命に愛されなかったから死になさい、なんて……」 ――運命。 都合がよく、そして身勝手で、素晴らしい響きの言葉のせいで……シュスタイナは、殺さなければならない。 彼女から離れた場所で紫煙がくゆる。 戦場を待つは『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)。 自分には、耳障りの良い説得など似合わない。自分に似合うのは、破壊と死。 御龍はそう信じて疑わぬ。平穏を己の血が踏みにじったあの日から。 少し離れた所で無表情のまま、つまらなそうに石を蹴っている『』キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)は『お優しい』リベリスタの皆様に心のなかで呆れていた。 (説得とか何考えているんでしょうね……死ねと言われて素直に死ねるわけがないでしょう……) こんなもの、とっとと総掛かりで問答無用に潰してしまえばイイ。そうすればあっという間に依頼は完了、キンバレイの愛する父親のゲーム代が儲かる。 (面倒なことを……) とはいえ、『哀れな男女を説得し、安らかに死んでもらう』と夢見がちな理想へ邁進すべく張り切る面々が過半数の状況で、自分の意見を言うとますます状況終了までが長くなりそうだ。なので、キンバレイは口をつぐんで、じっとしている。 願わくば、さっさと終わって欲しい。展開は心からどうでもいいから。だって、父親の金になるから相手をしてやるだけであって、敵など虫ケラ以下だもの。 (早く死んで、おとーさんのレアカードにならないでしょうかねえ……) 無表情で巨大な胸を持て余しつつ、十歳の美少女は、敬愛するダメ親父のソーシャルゲームガチャが成功することだけを願っている。 三者三様に外で待つ中、五人のリベリスタは無人駅の待合室にいた。 ●多くの驕りの後に、力に満ちながらも (……運命様の後始末とはな) 暗い待合室で、暗視ゴーグル越しに、身を寄せ合うリクとましろを見下ろした『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は、なんとも言えない表情を作るしかなかった。 彼は投げる言葉を持たない。全ては仲間に任せた。 自分が出来ることは、エリューションとアザーバイドが逃げようとした場合、自慢の足で食い止めることだけだ。 五人もの新たなる気配を感じれば、敏感な者は目を覚ます。 「!」 リクは、いつの間にか待合室に侵入していたリベリスタを見回し、まるで犬が威嚇するかのように、顎を引き、眉根を寄せ、睨み回した。 さり気なくましろを後ろに庇い、リクはそっと立ち上がる。 「あんた達、だれだ」 真夜中に、電車も来ない待合室へ五人も来れば、警戒もしよう。 「特務機関アーク、司馬鷲祐だ」 ビクッとリクが体を震わせる。情報に疎い田舎の人間とはいえ、何度もリベリスタと戦った彼ならば、アークが何なのかは分かる。 リクがましろの腕を後ろ手につかもうとする。逃げようとするのを見て、鷲祐がいつでも走れるように足に力を入れる。 それを、 「待って!」 と少年の声が止めた。 「にげないで、話を聞いてほしい」 賢明に真摯な口調で訴える『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)を、リクが不審そうに見る。暗い部屋の中、夏栖斗の金色の瞳がリクをまっすぐ捉えていた。 夏栖斗は鷲祐を指しながら、言う。 「そのお兄さんは、君より速い。今逃げても、すぐに捕まるよ。だから、少しでいい。僕の話を、聞いてくれ」 彼は、この世の不条理を想う。 (何もしていなくても世界を壊すなんて理不尽だよな) それでも、彼は、フェイトを得ない崩界の元を断たねばならぬ。 彼のなりたい『ヒーロー』には似合わない仕事かもしれない。だが、少しでも、ほんの少しだけでも……このクソッタレな世界で、夏栖斗がヒーローたれるように振る舞うことは、できるから。 リクは迷う素振りをわずかに見せたが、周囲に人がたくさんいることに気づいて、肩を落とした。話さずに、戦わずに、この場から立ち去ることは、不可能だと悟ったのだ。 (他人に危害を加えまくっても、世界は存在を認めてる奴がいるわけだよね。二人は何もしなくても世界の敵に……) 数いる外道なフィクサードを思い返し、『アークのお荷物』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)は、世界のままならなさに言葉を失う。 無害だと保証されても彼らの逃避行を黙認できず、何を言っても結局は殺す結末しか許されぬ。 (どんな綺麗事を並べても、向こうにしてみれば理不尽でしかないんだもん) メイはただ黙って、真っ白な少女と、少女を守ろうと手負いの獣のように必死になる少年へ視線を向けた。 運命に愛された自分と、愛されなかった彼らに、一体何の差があっただろうか。紙一重の違いで、殺されることになる人々を、メイは見ていることが出来ずに俯いた。 「我が心主を崇め、我が霊は我が救い主なる神を喜び祭る。視よ、今より後万世の人我を幸いとせん」 小さく小さく祈りを捧げた修道女は、すうっとまぶたをあげた。『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の青い瞳は、今より救いを与えんとする者に向けられ、手はロザリオを握り締める。 (ただ在るだけ、想い合うだけの者……それでも世界の歪みならば、正します。……主よ、これは試練なのでしょうか) ならば、超えねばなるまい。主に仕える身として、乗り越えてみせねばなるまい。 暗黒の世界にようやく目が慣れて、『変態紳士-紳士=』廿楽 恭弥(BNE004565)は、やれやれと肩をすくめてから、足を踏み出した。 彼の式神は、外でリク達の思い出の品を探す任務に当たっているが、主人はリクの生活を知らぬ。故に、式神も何が彼の思い出の品なのかが分からぬ。ましろを元の世界に戻せるような空間の歪みも、感知できない。 彼が肩をすくめたのは、ダメ元の作戦がやはりダメで終わったことへの、幽かな落胆だった。 だが、彼の仕事はもうひとつある。 それは。 「――」 ぴくっとましろの耳が動き、灰色の瞳が恭弥を捉えた。 (どうして?) ましろの声は、小鳥が喉を鳴らすような幽かな音だった。 (これですか? はじめまして) 困惑するましろを前に、恭弥はにこりと微笑む。総ゆる言語を解するタワー・オブ・バベルを使い、恭弥はアザーバイドと意思疎通を叶えた。 「ましろ?」 リクが怪訝そうに振り返り、ましろの視線を追って恭弥を見る。 「ええ。彼女と話すことが、できますよ」 答えた言葉を聞いたリクの表情は、複雑だった。 それは、驚愕と憧憬と無念、そして嫉妬がないまぜになったもの。 そして、数拍後。 「話、あるんでしょう? 何ですか」 リクはふてくされたように、夏栖斗に水を向けた。 ●美しい嘘と敬虔な策略よ! ――長い。 いつまでもアクセスファンタズムが己を戦場へと呼んでくれず、御龍は不審げに駅を見やった。 忘れられているわけではあるまい。駅は眠り込んだように静かだ。アクセスファンタズムからは、怒鳴り合いすら聞こえてこない。 足元のタバコの吸殻は、まるで昭和の刑事ドラマの張込みシーンかのように山積みだ。 ――説得が、成功したら。 御龍は想定していなかった展開があり得ることに気づき、瞠目する。 無視していたモヤモヤした感情が噴き上がってくる。 「我は外道龍……機械のように、流れるように、冷徹に冷酷に」 自分に言い聞かせ、御龍は感情を努めて無視した。 キンバレイは待ちくたびれたか、しゃがみこんで、頬杖をついている。 待合室の外壁にぴったりと背をつけ、シュスタイナはボソボソと聞こえてくる説得の言葉を聞いている。 「……嫌な待ち時間ね。空気が重い」 説得はうまくいくかもしれない。だが、説得に成功したところで、フェイトを得ていない者は殺さなければならない。 (納得されたほうが、つらい仕事なのかもしれないわ) 死を受け入れた者を死ぬまで攻撃する方が、牙を剥いて生きようと足掻く者を攻撃するよりも心が傷つく。 (……リベリスタって、難儀な仕事ね。世界なんて曖昧なものの為に自分の心を傷つけて) 「君はもう普通の『ヒト』じゃないことは気づいてるよね」 夏栖斗の静かな声に、リクは黙って視線を逸らした。 「それはエリュ……」 「知ってる。追い掛け回してきた連中が言ってた。エリューションだって。世界の敵だって。危険だって」 そうだ、とリベリスタは首肯した。リクが問う。 「なんでだ? 僕が何したっていうんだよ! 僕が世界に何をしたっていうんですか。僕は、僕やましろを殺そうとした連中しか、傷つけてない。普通の人だって、殺されかければ反撃します。僕と普通の人との差は無いはずです」 リクの疑問はもっともだろう。 夏栖斗は静かに続けた。 「今はね。君は今記憶が途切れたり、なぜだか解らない、何かを壊したい衝動を感じたことはある?」 「ありません」 即答されたが、返答が早すぎる。破壊衝動にかられかけていることを、自分で認めたくないのがありありと分かった。 「そうか」 否定はせず、夏栖斗は穏やかに告げた。 「この先君は何もわからなくなってましろを殺してしまうかもしれない。ましろを大好きだって気持ちも喪うかもしれない」 残酷な言葉をリクの耳に突き立てた。 「! そんなの!」 夏栖斗は悲しそうにリクをじっと見据える。嘘偽りはない。夏栖斗は今までたくさんのエリューションを見てきた。 「……だから君が君であるうちに僕たちは来たんだ」 リクをリクのまま留める方法があればいいのに、とヒーローは嘆いた。ヒーローは戦い敵を破る力はあっても、戦わずに世界を平和にする方法を持たない。だから、運命の裁決を下すしかない。 自らの無力さに憤りつつも、夏栖斗は言葉を重ねた。 「逃げれば、また追いかけられる。いつまでも。いつまでも。そのうち心は死んでしまうよ。そして、ましろを好きな気持ちも死んでしまうんだ」 「う、うそだ……」 リクは泣きそうな声で呆然と呟いた。 彼らのやり取りを恭弥は逐一ましろに翻訳していた。 「いぎょうと かした かれが せかいの どくであると どうように……、いかいの そんざいは、このせかいを はかいへ みちびきます。……ゆえに このせかいに いるかぎり、にげる ばしょは ないのです。せかいの あんていを ねがうものは、われわれだけでは ありませんから」 「りくに めいわく かけたくない。かえりたい」 ましろの訴えをきいて、恭弥は、悲しそうに目を伏せ、そして首を横に振った。 「かえる みちが あれば そう したかったのですが」 真っ白な顔のましろは無表情で、しかし悲しげに言う。 修道女は、説教の如き口調で、夏栖斗の後を引き継いだ。 「確かなことは、貴方達が世界から外れてしまったということ。ただ在る事が罪、在るだけで世界を滅ぼしてしまう罪なのです」 「世界が? なんで、世界が滅ぶんです」 リクはリリにすがるように尋ねた。 ああ、今までのリベリスタは、彼らを化け物だと、存在してはならない存在だと告げるだけで、彼らがどうして存在してはならないのかは、教えなかったのだ。 「世界の歪みとなってしまった貴方達は、そのうち世界を壊してしまうのです」 崩界についてリリは簡単に教えた。 リクの顔が青ざめる。 「受け入れて下さいますか? 拒まれますか? 世界の為の死を」 「僕らが死ねば、世界は救われますか」 リリは頷く。悲壮な顔のリクに、リリは心を痛めた。 「ですが、死ねば、神の身許へ召されます。神の身許では、その罪は全て赦され、一切の災いや苦しみ、悲しみから貴方とましろ様は守られます。御使いたる私なら、貴方方をそこへ送って差し上げられます」 修道女たるリリは、己の信じる神を説く。死にゆく者に救いがあるように、死に怯える者に慰めがあるように、死後の世界はある。 がくり、とリクの膝の力が抜ける。ましろが、へたりこんだリクを庇うように抱きしめて、リベリスタ達を見回す。 「……どうした?」 鷲祐は、思わず尋ねた。 リクは泣き声で、ぽつぽつと語りだす。 「僕は、親がいません。ずっと施設で育ちました。施設には、血の繋がらない兄弟がたくさんいます。皆、親が居ないけど一生懸命頑張っている。……皆、生きてるんです。この世界で、頑張ってるんです……」 ぐずぐずと鼻を鳴らし、リクは血を吐くように叫んだ。 「僕のせいで、兄弟が死ぬのは、夢が壊されるのは嫌だ!!!」 「……そうか。お前達の力は、近い人ほど不幸にする。心が近ければ近いほど。……お前の判断は、正しい」 理知的に告げつつも、鷲祐は立ち尽くす。 なぜこんな少年が、運命に愛されなかったのだろうか。今この瞬間にも、運命に愛されたフィクサード共は、死んで当然の所業を繰り返しているというのに。 運命の気まぐれさを、鷲祐は呪った。 「……何でも言ってくれ。出来る限りを叶えたい」 リクは、言った。 「ふたば園に、園の関係者に、迷惑がかからないようにしていただけますか。それから……僕は、死んだんじゃなくて、旅に出たと言ってください。僕が死んだら、泣く子がいるから」 「約束しよう。絶対に守る」 鷲祐は頷いた。 しかし、リクは逡巡する。リクの目はましろに向いていた。 夏栖斗がそれに気づく。だから、あえて言った。 「僕らは君達を殺す……。だけど、だからこそリク、君は彼女を守れ。約束したんだろ? 世界を敵に回しても守るって。だから、守れ。僕らはこの世界を守る!」 と、夏栖斗はニッと笑ってみせた。 リクは、ようやく憑き物が落ちたかのように笑う。 「ありがとう。最後まで、やりきる。俺は、約束したんだから!」 外で待っていたリベリスタが事情を告げられ、駅に入ってきた。 口先偉大なり、と肩をすくめるキンバレイに、メイは一抹の不安を覚え、先んじて言った。 「できる事なら、二人の苦しみが少ないようにして欲しいな」 恭弥は、ましろと会話をしてから、リクに声をかけた。 「ましろさんは、貴方と一緒なら、どこにでも貴方の望む場所に行きたいのだそうですよ。貴方のしたいようにしてほしいと。……貴方の声で、言葉で、伝えたい言葉も有るでしょう。告げたいことがあるならば、伝えます」 リクは少し悩んでから、言う。 「彼女に、僕と出会ってくれて、ありがとうと」 恭弥は真摯にうなずき、ましろにきちんと伝えた。 「あの場所へ行きたいのなら急ぐぞ」 鷲祐が言い、死闘が始まる。 ●そして、焼き尽くされた魂に、空は歌う 空が白み、世界はまだ太陽を迎えておらずとも明るさを得た。 ホームに出て、空を仰いだリリは、跪いて祈りを始めた。 「私は、幸いです」 全身全霊で送った魂を、きっと彼女が信じる主は迎えて下さるだろうと信じて。 彼女の隣で紫煙を空に広げつつ、御龍は呟く。 「十字架は背負ってやる。今さら1、2本増えたところで何も変わらない」 彼女の後ろには、待合室がある。 待合室の中、重なるように倒れている二人を見下ろし、メイは呟く。 「どっちが正しいかなんて判らないけど、ボクたちが今生きてるから、ただそれだけでこの世界を選んだだけ」 ゴメンね、ともう聞いてもらえない謝罪を繰り返す。 メイの一歩後ろで、夏栖斗は俯いていた。 「呪っていいよ」 辛い道程をまた一歩進んだ。 「小さな救いが欲しかったんだ。……救いになったのかな?」 夏栖斗の問いかけは、空中に溶けていく。 改札口から外に出た恭弥は、己の胸に手を当て、目元が隠れるほどに帽子を押さえながら、 「……生きなければいけませんね、二人の分まで」 と呟いた。 彼の隣、無言で山から出てくる朝日をにらみ、鷲祐は言う。 「――朝が来る」 しかし、二人の朝は……もう来ない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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