●背徳の断罪者 とある県境に位置する高山の麓。流れるせせらぎをバックミュージックに、川の袂の廃屋から男の声がする。 「あぁ良い夜だ……ここはまるで、ニッポンの山と清流によって演出された自然のミュージアムだな。そうは思わないか、ブラザー……!」 真っ黒なサングラスを掛けた白人の大男はそう言って、大仰に芝居がかった身動ぎをしてみせる。 「……お前らの目的は何だ……どこの差し金だ……?」 グラサンの男に『ブラザー』と呼ばれた男。木組みの椅子に縄で縛り付けられた男はそう吐きすてる。高い鼻はひしゃげ、目蓋は腫れ上がった酷い顔を見るだけで、これが陰惨な私刑の後であることが容易に判る。 その問いに答えるのは、まるで罪人のような相貌をした着流しの男。 「愚問だな。お前は、組織の『裏切り者』。我々は、お前が砂掛けてきたボスに雇われた『殺し屋』。この二つの関係性から導かれる帰結は必然にして単純明快――背反に対する粛清だ」 眉一つ動かさず着流しの男は述べ連ねる。ニヤニヤ笑みを浮かべながら大男はズカズカと歩み寄り、椅子に括り付けられた男に覆いかぶさるようにして立つ。 「HAーHAHA。なー、ど腐れウォップさんよぉ? 今時、マフィアが組織のカネ盗んで高飛び――あまりに時代遅れすぎてジョークにしても出来が悪すぎるんじゃねぇか? バレねぇ程度に上前撥ねて猿山の大将気取ってりゃよかったものを、このザマだ。ただの『チンピラ風情』がノータリンな癖に欲出した結果が、このザマ。ホント憐れで惨めで救いようのない愚か者だよなぁ、お前」 「……ただの『殺し屋風情』が説教か? 崇高で高邁な思想も信条も持たず、カスみてぇな小金の為に人を屠殺し続ける下衆が? 俺に? ハ、さっさと地獄に堕ちろや木偶の坊。あと顔を近づけんじゃねぇ、蛙くせぇんだよ、お前」 シチリア訛りの怨み文句と一緒に、男は自身を見下ろす大男に唾を吐きかける。しかしそれも軽く避けられ、瀕死の男はそのままに椅子ごと蹴り飛ばされる。一方の謗りを受けたグラサン男はまるで意にも介していない様子で、胸ポケットから紙煙草を取り出す。 「ミスズー。コイツのマヌケな死に面を撮る準備はできたか?」 『ミスズ』と呼ばれた少女。口汚い罵り合いが飛び交う中、彼女はずっと背後で慌しく動き回っていた。場に不釣合いなセーラー服を着た少女は、何も言わずに親指を立てる。 「オゥケー。そろそろ始めるか――トウシロ、そいつの口に猿轡だ。ピーチクパーチク五月蝿いし、なにより舌噛み切られて早々死なれると、面倒だ」 「承知した」 着流しの男『トウシロ』は無感情にそう応えると、手際よく倒れる男に猿轡をし、肩の上に圧し掛かる。 「おーおー、いい目だ、人を射殺さんという眼光だ。悪趣味だと思ってんだろうが、これはクライアントの要望だ。今後裏切りなんて幼稚な事を他のファミリーが考えられなくなるように、徹底的に、無慈悲に、残虐に、『嬲り殺せ』ってな。こんな醜男のスナッフフィルムなんて俺は頼まれても見たくねぇが、ボーナス欲しさに撮影はさせてもらうぜ」 あくまでビジネス。そう言いながら、彼はこの極限状況をひどく楽しんでいるかのようだった。飄々とした言葉は続く。 「あと、そうだな。マトモな思考が残ってる間に話しておこうかね。確かにお前の言うとおり、俺達は『人でなし』の人殺し集団だ。だが俺らに丸っきり思想がないかっていうと、それはウソになる」 そこで男を押さえつけていたトウシロが、これまでの冷ややかさと打って変わった、確かな感情を伴った声色で問う。 「お前、この地に逃げてくるまでに――かつての仲間、部下だった者達を、何人殺めた?」 その言葉が発せられた瞬間、空気はピタリと凍りつき、その間紫煙は室内に充満していく。 「俺達『サンシー』は最低最悪な人でなし集団だけどな。絶対に、仲間は裏切らねぇ。殺しなんて堅気じゃない稼業背負っときながら、独りで塵芥な娑婆世界を生きる勇気も、俺たちゃ持ち合わせちゃいねぇのさ。だから、仲間殺しの大馬鹿野郎には、たっぷりとお灸を据えてやるのさ」 不気味なほどにずっと陽気に喋っていたグラサン男が、低く凄味を利かせた声で嗤う。男は煙草の火を靴底で揉み消しながら、嗤う。 「ま、夜は長いんだ。死なない程度に休憩挟みながら、死ぬまで死なせてやるぜ。せいぜい何度もイって、愉しんでってくれや」 ●キラー・タスク 「――以上が、殺し屋フィクサード集団『三屍(サンシー)』についてアークが集められた情報です。今回日本にやってきた三名は個人能力も高く、実戦経験も豊富な危険極まりない相手です。しかしこのまま危険因子を野放しにしておく訳にもゆきませんし、付け入る隙も十分にあります」 夕方。特務機関アーク本部のブリーフィングルームに集まったリベリスタらに基本資料を配り、一通りの説明を終えてから『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はそう締め括った。和泉の終始緊張した面持ちを見るだけで、今回の任務の危険性は室内にいる全員に伝わるというもの。 「大きな付け入る隙は、こちらの掌中に主導権がある事です。三人の日本での宿泊拠点を突き止めました。近畿の港湾地区にある高層ホテルです」 潜伏地の捕捉。それはつまり相手方に奇襲を仕掛ける事が可能、ということだ。 「ホテルの上から五階までは抑えましたし、従業員も全て抱き込みました。作戦前には人は寄り付けないようにこちらで手配しますので、一般人への被害は今回考慮なさらなくて大丈夫です。ただ、戦況不利と判断すると逃走される恐れも出てきますので、それには何らかの先手を打っておいた方がよいかもしれません」 待機地点、攻撃対象、追撃時の対応などは事前に特別申し合わせておく必要があるようだ。 「今回の相手はプロの殺し屋です。手加減憂いは一切なく、敵対する者を殺しに掛かってくるでしょう。そして見誤って欲しくないのは、今回の作戦目的は『三屍実働部隊の撃退』です。二名以上を倒せば部隊は機能不全となるはず……だから、くれぐれも無茶はしないで欲しいです。皆さんの元気な顔をまた、見たいですから」 責務感と感情が綯い交ぜになった複雑な微笑を浮かべ、オペレーターはリベリスタらを力強く見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:鳥居太陽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月26日(火)21:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●開幕劇 「このホテルの中央管理室に連絡を入れて、私達の突入と同時に防火扉を閉めるように手配しておいたわ☆ だからそれまでは、この優雅な空間を楽しみましょ♪」 夜。25階。既に酒気を帯びている『World Is For Me』銀 美華(BNE002600)はそう言い残してフラフラと新たなお酒を求めて行ってしまった。 「休暇中のリベリスタを演じる、ねぇ……しかしこの階からのエグゼクティブフロアは、ホテルの中でもさらに別次元だな。本来、俺みたいな人間が来るべき場所じゃないのかもな」 外の散策を終えて合流した『捜翼の蜥蜴』司馬 鷲祐(BNE000288)は自嘲交じりに言う。 「違う世界への入り口なんて、案外すぐそばに転がってるのかもしれない。だから私達は、帰るべき世界を見失わないよう、燭台片手に暗がりを歩いていかねばばなりません。司馬さんも、だから――」 「……決めてやるさ。でなければ最速の名折れだ」 『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)はじっと鷲祐の眼を見据え、そして苦笑した。 「……ごめんなさい。貴方の顔を見れば、聞くまでもない事だった」 作戦の為に身を挺す選択をとる鷲祐の決意は固い。むしろ、 「……ふーむ。それにしてもホントに良いホテル……殺し屋ってやっぱり儲かるのかしら?」 そう言って笑みを浮かべるセルマの顔の方にこそ、よっぽど強い恐怖心を覚える鷲裕であった。 30階。三屍が宿泊する部屋のちょうど真上は、屋上のプールの浄化設備が置かれた薄暗い部屋だった。 (……今なら全員がリビングにいるな。不審な動きはないし、もう少し様子を見てから全員に突入指示を出すとしよう) 透視で真下の様子を視ていた『深闇に舞う白翼』天城・櫻霞(BNE000469) はそう思案を巡らす。その隣で身を屈める『機鋼剣士』神嗚・九狼(BNE002667) にも筆談でその旨は伝えられた。 ここは敵と最も接近した危険な地点である。偵察に潜む二人は汗を流しながらも涼やかな顔を崩さない――というか、ポンプなど熱を発する機械が近くにあるためか、この部屋は実の所、猛烈に暑い。発汗作用は精神的な辛さというより、肉体的な辛さから来るものであった。 じっと、ムンムンとした蒸し暑さに耐える二人。ふと、櫻霞はここに来るまでの絢爛なホテルの様子や、屋敷に残した恋人の面影を思い出した。それからまた、九狼の方を見遣る。 (……おい、なんだその虚ろな目は……あぁ、そうだな……このツケはいずれ払ってもらう。そしてこのやり場のない想いは、闘争にぶつけるんだ) 物静かな男二人の瞳に闘志が宿った瞬間であった。 29階。バーカウンターに兄妹のような男女二人組が隣り合って座っていた。 「……ん。モノマさん、どうしたんですか。なんか身震いしてませんか?」 「い、いや、なんでもない、はずなんだが……」 二人組の正体は、普段とは違う華やかな装いに身を固めた『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)と『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)だった 。 「夜景も綺麗でステキな場所ですよね。こーんな大人な雰囲気だと、なんだかわたし居るだけで酔っちゃえそうです」 「はは。楽しんでくれてるなら何よりだよ、お姫さん。その格好もよく似合ってて綺麗じゃねぇか」 一片の邪気もないモノマの笑みと賛辞に舞姫は頬を紅潮させる。 「もう、からかわないでくださいよー……プライベートだったら、もっとよかったになぁ」 一方、バーの対極の位置では『深闇を歩む者』鷹司・魁斗(BNE001460)が一人酒を愉しんでいた。 「ノイリープラットの王道なドライ・マティーニか……悪くない。氷のカットの仕方やレモンピールのスクイズも、単なる格好付けって事でもないらしいな。まぁ伊達で大層な店構えてる訳では、なさそうで」 オリーブの実を齧りながら魁斗は手元の携帯を見遣り――そして不敵な笑み。 魁斗がモノマらに目配せをする。モノマがそれに無言で応じて手をかざすと、他の客は続々とバーを出ていった。 束の間の安息はたった今、終ったのである。 ●恐れを知らぬ男 29階。三屍が居るスイートルーム前にはリベリスタらの姿があった。 最前に出たモノマがガントレットを腕に顕現させ、炎を纏った拳で扉をぶち破る――が、同時に鳴り響く一発の破裂音。 部屋奥から『兇弾』が放たれた。振りぬいた拳の前進運動を反作用に、腹部に攻撃が直撃したモノマは遥か後方へと吹っ飛ぶ。 「ぐっ……! 俺に構うな、行けっ!」 モノマが呼吸を整わせ回復を図る間に、残った人間が部屋内部に飛び込む。 リビングには三名の男女――サングラスの大男、ラウル・クーヴは入り口の丁度真正面にあるソファに腰を下ろしている。向かって右方に着流しの痩せ男、斐伊川 刀士郎は立つ。その左方に立つセーラー服の少女、音瀬 美鈴はその場に在る人、物体、挙動の全てを逃さんとばかりに黒い眼を大きく見開いている。 「さぁ、始めようぜ……!」 堰を切って魁斗が魔力で編まれたカードを繰り出す。ラウルの左腕が切り裂かれて血が噴出すが、それを意にも介さぬ様子でラウルは口角を吊り上げる。 「ようこそウスノロども。ったく……オカマ野郎が手配したここを嗅ぎ付けられたのは予想外だったが、大所帯で真正面から着やがるとは礼儀正しい奴らだな。汚ねぇと罵られようが、本気で裏をかくつもりならRPGでもファウストでもケツにぶち込んでくれりゃよかったんだぜ?」 「――なるほど然りだな。では、これならどうだ」 外から男の声がしたかと思えば、次の瞬間三屍の背後の窓が叩き割られる。窓を突き破って現れたのは櫻霞と九狼。 「挟撃か。美鈴」 斐伊川が無感動に呟く。その刹那、既に振り返っていた音瀬が手をかざす。暴力思考による空間干渉。 収束するエネルギー。終息にバースト。耳をつんざく炸裂音――窓の付近一帯を焔が呑み込み、爆風に櫻霞ら二人の身体は攫われた。 この寸刻に、撃鉄は既に起こされていた。リベリスタらの最後尾で込められた弾丸。引き金は引かれ――敵目掛けて弾け跳んだ鷲裕が、斐伊川に組み付く。 眼にも留まらぬ速度でもつれ合った二つ分の影は、先刻の爆破で開いた孔から外へ飛び出す。地上百メートル超の中空へ。 そう、これは、三屍の強力な連携を阻止するための、鷲裕決死の突き落とし。 「ハハッ。おいおいマジか正気かマザーファッカー……!? 日本のリベリスタは平和バカで呆けてると聞いてたが、こりゃ相当クレイジーな野郎が紛れ込んでいたもんだな。いいな滾るね疼くぜ。素敵な宣戦布告だ。いいぜ、こっちもそろそろおっぱじめようや。戦争だ開戦だ、戦端の幕は切って落とされた……!」 ラウルは取り出したサブマシンガンを掃射しながらベッドルームの方へ音瀬と共に後退を始める。 だがその後退を許さず、舞姫が銃弾の網を掻い潜って距離を一息に詰める。 「逃がしませんよ」 縦に振られた日本刀は銃身に受け止められるが、矢継ぎ早に放たれる二の太刀三の太刀は着実にラウルの身体を苛む。 音瀬が短剣を持ってそれに割って入ろうとするが、桜霞が気糸でその動きを留める。 「貴様らの思い通りにはさせん」 「うざってぇ……ソイツがジャミング役か。ミスズ、スイッチだ」 肯いた音瀬は得物を白い仕込み杖に持ち替え、即時反転して櫻霞に銃弾を放つ。さらにそれにより生まれた一瞬の隙を突いて音瀬の気糸が舞姫の腕に絡みつく。 連撃が止まるとラウルは舞姫の腹に前蹴りを入れる。不意に食らった重い一撃に思わず舞姫が後退すると、ラウルはバックステップで再び距離をあける。 入れ替わりにラウルに接近した赤ら顔の美華が上段蹴りを放つ。 「今度の踊りのパートナーは姉ちゃんか。悪かねぇ」 こめかみにマトモにもらってよたつく身体を立て直しながら、ラウルはニタリと笑う。 「ふふ、それじゃあこのステキな玩具も私に下さらないかしら☆」 美華は関節を外してラウルの左脇下のホルスターへと器用に手を伸ばし、拳銃を奪う。 「ばーん☆」 シュボ。 「あら?」 ――拳銃型のライターだった。 「バーカ。切り札はギリギリまで隠しておくもんなんだよ」 ケラケラ嗤いながらラウルは背面に腕を回して、傷だらけのコルトSAAを取り出す。 ――乾いた破裂音。至近距離から銃撃を食らった美華は後方へすっ飛んでいく。 「きゅう……」 「チッ面倒かけんじゃねーよ」 それを受け止めた魁斗は気を失った美華を抱きかかえながら毒づいた。 その間にラウルはベッドルームへ転がり込み、反対のリビング寄りの方で音瀬は櫻霞と戦線復帰したモノマと交戦していた。 残りのメンバーが追撃の為にベッドルームに足を踏み入れようとするも、そこでラウルの静止の声があがる。 「コイツは常套過ぎて飽き飽きした脅し文句だが、便利なモンなんでね――つーわけで、『全員動くな。動けば撃つ』」 「残念ながら、その命令に従う義理はないな」 九狼はそう言って構わず進もうとする。 「だから待てっての。下手に動けばさっきの姉ちゃんの頭をぶち抜く。いくら頑丈にできてるエリューションでも、戦闘不能で無防備な輩の脳天に風穴あける事くらい、できるんだぜ? 庇い立ても無駄だ。コイツはそういった面倒なのを無視する代物だ」 ラウルはそう言いながらベッドルームを出ていく。セルマは横を通り過ぎる男に投げかける。 「ベッドルームへの入り口は一つ。後退は時間稼ぎだった訳ね」 「そういうこと――でだ、こっちからの要求は一つ。白髪の兄ちゃんに質問がしたい」 ラウルがリビングの中心に戻ってきた。 「……なんだ。殺し屋に興味をもたれるような――」 「だめだ、声を出したら……!」 櫻霞の言葉を咄嗟にモノマの声が遮る、が―― 「ありがとよ。俺は射的に自信がなくてな」 ラウルの言葉の後、放たれる三発目の弾丸。撃たれた櫻霞の身体は宙に浮いて、ダイニング奥の壁面へ叩きつけられた。 その衝撃に一瞬持っていかれそうになるが、櫻霞は吐血しながらもなんとか気を保った。 「ミスズ、復帰の時間を与えるな!」 間髪入れずに放たれたトラップネストが櫻霞の全身を捕らえる。 「ジャミングが相当、嫌らしいな……あんたらのカラクリが、『弱点』が、ハッキリ見えてきたぜ」 「は、抜かせ……! だからどうしたって言うんだよ」 モノマの言葉に対して、初めて苛立ちの感情を顕わにするラウル。 「こういうことだよ……!」 モノマはそう叫ぶとマントを音瀬の顔に被せる。そのまま眼の辺り目掛けて手首を払う。 「――!」 虚を突いて目潰しされた音瀬が明らかな苦悶の呻き声をあげる。 「コイツ、クソ餓鬼が――!」 ラウルがフランス語の悪口を喚き散らしながら、音瀬の腕を掴んで窓の方へ走る。その進行方向を遮る様に舞姫が立ちふさがる。 舌打ちをしながらラウルが撃鉄が起こす。撃たれた四発目の銃弾は舞姫の右脇を抉るが、彼女は何とか持ち堪える。 「私の正義は、お祖父ちゃんに鍛えてもらった剣は、殺し屋なんかの兇弾に屈しはしない! 覚悟……!」 猛々しい咆哮をあげながら肉迫した舞姫が、刀を袈裟懸けに一閃。ラウルの胸部から腹部に掛けてが深々と刻まれる。 「ククッ……そうかい、そうかよ。お前の太刀筋はジジイ仕込みか。なるほどそりゃ、えげつねぇ――が、いい気になるなよ? 俺たちも、ここでタダでやられっちまうと、あのクソジジイに後でこっぴどく仕置かれるんでな」 ラウルの上半身から大量の血が放射状に飛び散る。慌てて音瀬が脱力するラウルを抱きかかえる。 「離れろミスズ。そろそろ『奴』が帰ってくる。お前らも身構えろ、『大雨注意報』だ」 その数分前。ホテル外の駐車場。鷲祐は朦朧とする意識の中、着流しの男の姿を視界に留める。 「蛮勇もここまでいくと恐ろしい。なにせ、あの局面で『彼女が落とされていたら我々の完敗』だった」 鷲裕は自身の身体が冷たい地面の上に伏している事実に気付く。 「君の速さは大したものだ。だが敵に組み付き、動きを止めたらダメだな。長所が死ぬ。長く剣の道を歩んできた者は自らの短所もよく弁えている。俺の『技』は、その短所を補う為に編み出された」 そう述べた斐伊川は自らの無骨な掌を見る。 「最後の忠告だ。君は何故、自分の死を疑わなかった? 退路も、救援も、命を捨てる気概も持ち合わせず、なぜ俺と対峙し続けた? 殺し屋を舐めているのか?」 暗闇に銀の煌き。火血刀の切っ先が倒れる鷲裕の腿を貫く。血液が吸い取られる感覚を、混濁する意識の中で鷲裕は感じ取った。 「己の身を矢庭に危険に晒す浅慮な者に、運命はいつまでも味方してはくれない」 つと刀を抜き去る。 「だが俺は君を殺さない。闘争と死の狭間で、殺し殺され三千世界を遮二無二生き続けろ」 血塗れの斐伊川はそう言うとホテルの方へと戻っていった。 ●野獣死すべし 29階。リベリスタらは当惑していた。 まず、瀕死のラウルから離れた音瀬が、天井にJ・エクスプロージョンを放った事に。 次に、大量の水が流れ込んできて室内を水浸しにした事に。 セルマの手によって回復した櫻霞が言った。 「上階の屋上プールの機器を破壊したのか……」 最後に、鷲裕と闘っていたはずの斐伊川が、天井から現れた事に。 「待たせた、ラウル、美鈴……ボロボロだな」 「ケ、あのトカゲ野郎にガスガス刻まれて傷だらけのテメェが言うな」 「こんな状況下にあっても、逃げないのですね。仲間を裏切らないって貴方達の信条、とても立派で好感が持てます」 セルマが哀しみの色合いを含めた声で言う。 「何、ただの腐れ縁だ」 斐伊川はラウルと音瀬を蔽うように刀を構えて立つ。足場を水に捕られて誰もが次の動きに窮している中、九狼がすっと前へと歩み出た。大太刀に手を掛け、低姿勢で身構える。 「――面白い。俺の『技』に挑むか」 呟き一つ。姿を消す斐伊川。 ここまでは九狼の目算通り――攻撃のタイミングを見計らって半回転。遠心力と全身の膂力を用いて、回転する勢いのままに薙ぎ払う渾身の下段斬り。 全力で振り切った太刀筋の行方はー― 「――見事だ」 斐伊川を捉えた。 「後の展開を無視した技とも言えぬ無様な賭けだ。動きは読めたが姿は見えちゃいなかった。満身創痍だってのに大した体捌きだよ」 斐伊川が仰向けに倒れると血と水の交じり合った飛沫が宙に舞った。 ラウル、斐伊川は戦闘不能。音瀬は戦意喪失――勝負は決した。 誰にもそう思われる局面。突如として鳴り響く五回目の発砲音――が、弾丸は何者も捉えず、見当違いの所に着弾する。 「チ、やっぱり俺じゃダメだな。アメコミヒーローみてぇにはいかねぇか。ほら、ミスズもいつまでも俺のお下がりじゃ、満足できねぇだろ。やるよ」 ラウルはそうぼやくと、傍らでうなだれる音瀬に投げやりに拳銃を渡す。 「おい、あんた……やっぱり目が……」 モノマは薄々感付いていた。 「バレねぇように、ハッタリかましてきたんだがね。ま、夜中にこんなモン掛けてるだけでも十分、不自然なんだけどよ」 そう言って男はサングラスを外す。双眸には大きな横一文字の傷痕。 「肉親の仇討ちにやって来たガキにやられた痕さ。俺の銃使いとしての命運は、そこで尽きた。ま、何が云いたいかってぇと――」 「我らはそもそも、この少女無しでは『三屍』として機能しない。だからこの娘を教育し、守ることが俺達のもう一つの使命だった――行け、美鈴。君の帰路に邪魔な物は取り去っておいた」 寝そべったまま斐伊川が鞘に収めた火血刀を音瀬の方へと投げる。 「清く正しい殺し屋なら、正面から正々堂々と、だ。お前の銃と剣の師からの最後の教訓だ。そのために、最後の弾は残しておいたんだからな」 《ピィスメィカー》は障害物を無視する。千里眼を持つ音瀬が持てば、それはつまり下階にいる人間をも人質に取れる事を意味する。故に、リベリスタらは安易に手を出せない。 拳銃と日本刀を携えた少女は、部屋を幽鬼の如く去っていく。表情には一抹の哀しみの陰り。緋色に変色した瞳には明確な殺意を抱いて。 「あー坊主、火、持ってねぇ? あのヤギの姉ちゃんに俺のライター盗られててな」 胡坐をかいて座るラウルは眼前のモノマにそう言いながら胸ポケットを漁る。出て来たのは水を被った紙煙草。それを見て彼は残念そうな顔をするが、結局フニャフニャの煙草を咥えたまま体を横たえる。 「なぁ、あんたらはこれで満足なのかよ?」 何処かやりきれない気持ちに駆られたモノマは問い掛ける。 「さぁてな。まぁ、俺達も好き放題に暴れ過ぎた。焼きが回ったのさ――あーあ、死ぬときゃ腹上死って決めてたんだがなぁ。最期の仲間がジジイにオカマにガキに、そこにくたばってる変な坊主。ホント、ツいてねぇ殺し屋人生だったぜ」 「ふ、たとえ運命に好かれはしなくとも、俺達はまだ愉しめた方さ。年端もいかぬ少女を我々の世界に引き入れるしかなかった事には気が引けるが――君達も足を取られて泥濘に沈みこまぬよう、せいぜい気をつけることだな」 二人の狂った殺し屋はニヒルな笑みを浮かべながらそう答えると、静かに息を引き取った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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