● 「もう、まったなし」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、さっさかと資料を配り始める。 「三ツ池公園の穴、やっぱりすごいんだ。連中、革醒新兵器を強化するのと一緒に、色々新規に始めてるし」 ベキバキと噛み砕かれるペッキの破片が机に飛ぶ。 「連中に時間をやるのは百害あって一利なし。キース・ソロモンからの宿題リミットも近づいてくるし。夏休みは宿題終わらせてからエンジョイしよう」 すこぶる真面目な四門が、今までの傾向と対策。と、リベリスタの注意を喚起する。 「『親衛隊』は前回の戦いでアークという組織の脆弱性、即ち『エース』に頼りがちな戦力構成という弱点を突いてきた。即ちそれは『守るべきものを多く持つ』アーク側の泣き所を狙ってきたってこと。日本中この人数でフォローしてるんだから、穴は出来る――皆、ハムラビ法典は知ってる?」 中学一年生も習ったはず。と、四門が悪い笑みを浮かべた。 「目には目を。歯には歯を。やられたことと等倍を。敗戦の意趣返し。やられていやだったことをやり返すよ」 モニターに、違う風景が二つ映し出される。 片方は、三ツ池公園。もう片方は、工場に見える。 「こっちは、大田重工の大規模軍事工場――敵本拠と公園の同時攻撃を行います。厳密に言えば公園奪還の大作戦を陽動に、手薄になった本拠を制圧しようって訳。少なくとも本拠と三ツ池公園の二拠点を防備しなければならない『親衛隊』は以前よりも荷物を増やしていると言えるね。いやあ、守るものが多いってたぁいへん」 このフォーチュナも腹に据えかねるものがあるらしい。いつになく舌鋒がきつい。 「大田重工と主流七派との兼ね合いについても、大田重工相手はノープロブレム。七派についても本攻撃作戦において沙織さんが逆凪黒覇に大博打ぶったから」 直接電話で『呼んでもいない大物来訪、二ヵ月後の再来のお知らせ』をしたのだ。 「『そんなの知らん』とか言われたら万事休すだったけど、頭いい人は、そうなったらどうなる。ってずんずん考えてくれるからね。大企業のお偉いさんもたぁいへん」 沙織が吐いた『この場でアークが倒れた場合、キース・ソロモンの相手になるのは『勝利した』日本の神秘勢力である』というハッタリが効いたと見える。 あくまで可能性の話ではあるが、『計算の立たない最強の腹ぺこ』であるキースは、損得計算を重視する合理主義者の黒覇にとって最悪のジョーカーだ。 黒覇が『親衛隊』を介してバロックナイツの――キースの情報を収集出来るならば、却ってそれはその裏打ちになるとも言えるだろう。 「わかってるとおもうけど、アークが崖っぷちなだけじゃなくて、神秘界隈では収まらない世界平和に影響を及ぼさないとはいえないからね。第三次世界大戦とかありえない。――資料の最後のページをご覧下さい」 『万全・完全なるアークの力を示せば敵が『親衛隊』であろうとも恐れるに足りるものか。リベリスタの健闘と勝利を司令本部は確信している!』 力強い書体の下に指令本部の面々の直筆のサインがされていた。 「――確信されちゃったので、がんばりましょう。フォーチュナも脳味噌フル回転でがんばります」 では、詳細なブリーフィングを始めます。と、四門は、ぺこりと頭を下げた。 ● 日本の夏はべたべたする。 体感は最低だが、気分は最高だ。 「――上等兵。私には夢があるのだよ」 親衛隊曹長にしてオートバイ小隊実験分隊長『アステロイド』テレーゼ・パウラ・メルレンブルクは、新たな研究材料に狂喜乱舞の部下を見ながら、口元をほころばせた。 「はい、曹長」 汗を拭くためのお絞りを差し出しながら上等兵は相槌を打つ。 「私はね、再びホルテンHo229を――その改良型を空に浮かべたくて仕方がないんだ。そう、天蓋を覆うくらい大きなものがいいな」 「それは、すごいですね――」 「子供みたいな夢だろう? でも、本当に作りたいのだよ。海の中を飛ぶイトマキエイのように優雅に空を泳ぐ全翼型飛行機をこの目で見たいのだ」 曹長の目は「穴」の方角に注がれた。 「あそこから漏れ出す神秘の力があれば、そんなに遠い夢ではないと、私は思うのだよ」 相好を崩す曹長に、上等兵も微笑んだ。 「では、次はその研究に取り掛かりましょう。私もそれが見たいです」 「ああ、そうしよう」 白に、天蓋を覆うほどの鉄十字を戴いた翼を浮かべるのだ。 ● 「という訳でですね、みんなの仕事は陽動です。三ツ池公園に攻め込んでもらいます。皆ががんばればがんばるほど、大田重工を攻めるチームが楽になるし、あわよくば、三ツ池公園奪還できる。正直、そこまで欲張りたい。欲張って欲しいとあえて言います。でも、みんなの命も大事だから、やばいと思ったら、すぐに逃げてね」 四門は、理と情の天秤がグラングランと揺れているらしい。 先日煮え湯を飲まされた公園の見取り図が出てくる。 「今回は人海戦術でなだれ込むよ。一チーム二十四人。力任せにいく」 公園の地図の上に、前回比三倍の太さの矢印が引かれる。 「攻撃目標は、いろいろ開発しようとしてる実験部隊です」 はい、これ。と、モニターに出されたのは、サイドカーでメガホン片手に指揮をしている金髪美人だ。 「『アステロイド』テレーゼ・パウラ・メルレンブルグ。職業的に罵詈雑言を吐く。BSが去ってもはらわた煮えたぎるようなひっどいことを言う。それ、向こうの手だから、努めて冷静に。言い返そうとか考えてると思う壺だよ。時間の無駄。向こうはソードミラージュ+もともとの資質のチート仕様だからね。時は金なり。イニシアチブ取られたら、戦線が瓦解するよ」 べきばきべきばきと咀嚼されるペッキ。 色々思い出しているらしい。 「すれ違いざまソニックエッジかましてくバイク。分身攻撃してくるバイク。こっちの攻撃範囲外から無挙動で間合いに入ってくるバイク」 何べん反芻しても悪夢だ。と、四門は眉をひそめっぱなしだ。 「敵のソードミラージュとしての能力は上級と判断。前回投入されたのと同じ車体が三台。更に、サポートとして、こないだの『絶対走破』が一台。指揮車が一台。こっちが壊した機体を、穴からもたらされた技術で更に改良したモンスターバイクが一台。おなじく廃車にした支援用のも改良してもう一台の計七台。嬉々として再編成を進めてる」 四門は無表情でいようとしているが、イヴのようにうまくはいかない。 「連中、あの後いこいの広場に簡易拠点こしらえたみたい。連中をもう戦えないようにしてきてくれる?」 お願いします。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月07日(水)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 水気を含んだ空気は、むせ返るほど緑の匂いがする。 それに排気ガスが混ざり、潜伏しているリベリスタはとっさに咳を防いだ。 「戦争素人か、確かに前回はやられたぜ」 三ツ池公園・いこいの広場の背後に広がる森の中に身を潜めた『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)は、緑色の服を着た古の義賊のようだ。 だが、今度はそうは行かない。 ナイトクリーク、デュランダル、マグメイガス。 狙いは一つ。テレーゼ・パウラと彼女が所持しているアーティファクトのみ。 分厚い戦争巧者を打ち砕けない戦争素人ならば、自分たちの土俵で相撲をとればいいのだ。 複数で連携し、少数の高位フィクサードを狩る。 琥珀が溢れ出しそうになっている闘志を内に秘めているとするならば、『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)は、それを心中に重く凝らせていた。 (初めてわたしは殺意を持って敵と対峙する。親衛隊なんて全部いなくなればいい) 前回の攻防戦で、大事な友達を失った。 「裏から木々に隠れて行動し、敵側面・後衛側から奇襲をかけるよ。テレーゼを庇う敵をメガクラでどかすのが役目。飛ばせなくてもブロック。いい?」 サムズアップで応える者達が親衛隊を見る目は険しい。 「あと、こんなやつらにくれてやる命なんてないよ」 絞り出すような壱也の声に、その場にいた者達は息を呑んだ。 「大事にして」 それきり引き結ばれた口元から、いつもの八重歯はうかがえない。 集中していた。最高の奇襲をかけるために。闇の中で、息を潜めて。 「精鋭以外が雑魚? ふざけるな! 今回は全員で勝ちに行く。リベリスタの団結力を舐めるなよ!」 琥珀の音にならない声に、笑顔で皆が答えた。 口で勝てないなら、行動で勝つ。 ● 『アステロイド』テレーゼ・パウラ・メルレンブルクはメガホンを手にとって、サイドカーのシートに魅惑的な尻をねじ込んだ。 「上等兵。工場に通信。先行で組み上げた量産型20台、至急別所に移せ」 「はい?」 「総員、第一級戦闘配置。いやな臭いがする」 鼻をひくつかせる曹長に、小隊員は自分の愛機に走る。 曹長の勘は当てになるのだ。 「少尉にも連絡だ。とっとと害虫は駆除しないと。1匹いると30匹はいるらしいぞ。あり得ない」 通信機に向かって話すテレーゼ・パウラの表情は、スリッパ片手に台所を睥睨する熟練主婦の目つきだ。。 「さあ、やるぞ。我々には次の実験が待っている――結構見た顔がいるな。ならばデータはそろっている」 すばやく攻撃目標を告げると、彼女のオートバイ兵は戦場を構築していった。 ● 二条の魔炎が辺り構わずその触手を広げ、その後ろに控えていた軍用バイクとその乗員、そして張られた天幕を焼き尽くす。 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)と『プリンツ・フロイライン』ターシャ・メルジーネ・ヴィルデフラウ(BNE003860)の炎の饗宴だ。 故郷を一とする者が焼き払うことになったのは、巡り会わせといえないこともないだろう。 更に炸裂する閃光弾。 アークの初手はとことん派手なものだった。 「三度目の正直よ。ここが正念場。負けるわけにはいかないの」 来栖・小夜香(BNE000038)は、低い声でホーリーメイガスたちに告げる。 「でもそれより……誰一人欠ける事無く帰りましょう」 『そうですね。帰りましょう。三高平に」 小夜香は応じる声に、目を細める。 「――一人でも多く」 小夜香はその現実的な言葉にうなづきはしなかった。 誰一人欠けることなく。と言うのは、限りなく絵空事に近い言葉だった。 でも、それが小夜香の本心だった。 (上手くいけばこちらに注意を引きつけて裏側……木々に紛れて動く人達から少しでも注意を剥がせるかもしれない) 小夜香から放たれる光が戦場を明るく照らし出した。 その分、森の中に影が落ちる。 切り札を秘匿しきるのが、小夜香たちの仕事だ。 覚悟の上の行為に、テレーゼ・パウラはメガホンを口に当てた。 「諸君。看護兵の彼女に努力賞を与えてあげたまえ。そうだな、とびっきりのホローポイント弾がいいんじゃないかな。看護兵の出鼻をくじくのも我々の仕事だ」 大火力下での戦闘を支えるのは、強力な癒し手だ。 ゆえに、癒し手から倒すのが定石。それによって、前衛が萎縮してくれればなおよい。 小夜香のはらわたをぐちゃぐちゃにかき回すために発せられた親衛隊の弾丸は、その前に飛び出したナイトクリークの背を蜂の巣にするにとどまった。 「御津代から聞いてるだろ」 「来栖と、アーデルハイトをかばってやってくれ」 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は、二人のナイトクリークに告げていた。 高火力を生むマグメイガスと、戦線を支える癒し手は、敵の最優先標的になる。 半ば死にに行けと言っているようなものだ。 「弾除けは出来るけど、ぶっ飛ばされたらきついな」 「それは、俺がどうにかする」 さらりと言ってのける鉅に、ナイトクリークたちは笑みをこぼした。 「了解。じゃ、そっちもがんばれよ」 「俺があんたの盾だ。すっげえいてえ。治してもらっていい?」 軽口をたたく顔色が急速に土気色に変わる。 小夜香の目が見開かれた。 「癒しよ、あれ!」 一撃で死ぬような攻撃の中に飛び込んできてくれる。行動を間違えたらすぐに死ぬ。その期待に応えなくてはならない。 「うっわ、大盤振る舞い。はじめっから大丈夫?」 「誰一人死なせるもんですか。もう誰かを失うのは沢山なのよ」 守られている分、支えきって見せる。 「おっしゃ! あんたにかすり傷一つ付けやしねえから、俺の命を守ってくれよな!」 後衛にいる二人の奮戦を背中で感じ取った鉅は、外見が凶悪なバイクの中でもひときわ大きなバイクを見据えた。 『疾風怒濤改』 (あれをブロックできるようにしておくか。瞬撃殺を通すわけにもいかないし) 鉅は、ひときわ巨大な機体の前に身を躍らせる。 それを無慈悲な車輪が踏みしめていった。 『荊棘鋼鉄』三島・五月(BNE002662)が、代わりにその前に立ちふさがった。 「バイク乗ってる敵と戦うのは初めてですね……しかも変な特殊能力付いてますし、厄介で困ります」 「お褒めに預かり、光栄だよ」 「とはいえ、燃やしてスクラップにすれば関係ないですかね。火達磨にしてやるとしましょう」 辺り一面巻き込んで、盛大に赤い炎の火柱を上げる。 仲間を巻き込まないように位置を取る。 炎の腕を振るう覇界闘士は孤独になりがちだ。 見境のない炎は仲間を焼いてしまうので、突出しがちになる。 その背に向けて、小夜香は癒しを。ターシャは攻撃行動の効率化を。 おのおのが出来る最大限の加護を贈った。 ● テレーゼ・パウラは、戦場を支配するハートの女王だ。 その者の首をおはねという彼女のために、トランプの騎士は鋼鉄の馬を駆る。 彼女が唾棄すべき英国の児童文学に目を通しているかは別問題としても。 「ようこそ、アークの諸君。今度はずいぶん大勢で来たな。学習能力があることがわかって嬉しいぞ」 猛烈な雨の中で、人は恐怖を感じるという。 八台のバイクが放つゲリラ豪雨もかくやの爆音の中、テレーゼ・パウラの罵声は流星雨のようだ。 神秘の技と言えばそうだろうが、本心から侮蔑されているのだというのがありありとわかるところがなお腹が立つ。 「ちっくしょ、あのアマ――」 頭では分かっていても、まともにそれを見てしまったリベリスタは浮き足立ち、持ち場を離れ、テレーゼ・パウラに向けて直接殴りかかろうとするのを止められない。 テレーゼ・パウラという軍人に、自分を守るという意識はない。 陣から釣り出された哀れな犠牲者は、銃弾で貫かれるか、車輪で蹂躙されるか、カウルで斬撃されるかの運命が待っている。 「――願わくば、魂に刺さりし惑いの刺を取り除きたまえ。癒しよ、あれ」 小夜香の広範囲汎用回復奇跡が、傷もさることながらその怒りを抑えるために詠唱される。 「見ての通りボクも純粋アーリア人だ。キミらが言うところのね」 ターシャは一人ごちる。 「なのに、敗北主義者の仲間入りとは。悲しいことだ」 部下は、上司に似る。 ターシャを揶揄したオートバイ兵は、幸いレイザータクトではなかったようだが、ひどく人をイラつかせた。 「アーリア人の誇りだと? どの口でその言葉をほざく! ゴミムシが!」 毒づきながら、対オートバイ兵への防御行動の最適解をリベリスタに伝達するターシャ。 彼女に迫る刃に、気糸が絡みついて、バイクのカウルの突出角度を変える。 「計算が狂う。彼女にはもう少し働いてもらわないとね」 ターシャの顔にかかる味方の血。 守られていた。 (非力にして無銘の身なれど、ボクにできることがあるのなら全力で向かうだけさ) 次は、攻撃の最適解を伝達せんと戦闘官僚は忙しく手を動かした。 「私とターシャ君をかばってもらえるかな」 公園に突入してからすぐ。 『黄昏の賢者』逢坂 彩音(BNE000675)は、プロアデプトに提案していた。 「それが最適解ですかね」 戦闘計算者が額を付け合いながら計算し、導き出した答え。 広範囲に影響を及ぼす戦闘官僚を保持するのは当然と言えた。 「ただし、命は大事に。三割が死守線だ。その後は全力で自分を守ってくれたまえ」 ウェーブのかかった銀の髪をキラキラと輝かせながら、彩音は言った。 「誰も死なせるものか……私達は……勝つんだ!」 「どうせ単体狙いでも目立った火力があるわけでもないしな」 鉅の物言いは、どこか投げやりだ。 「不運がつくならしめたものだ。それにこれなら、怒りでテレーゼを狙わせられたとしても、他の連中へも纏めて攻撃していけるはずだし」 それでも、状況を把握し、自分を過信しない姿勢が勝利を引き寄せる。 偽りと言えども、赤い月は敵対者の運を食らって輝きを増す。 第二次世界大戦で、機械に仇なす妖精の戦闘機に対する好奇心は英米空軍を悩ませた。 時は移って21世紀の極東では『親衛隊』 の素敵なバイクに食指を動かした。 かくして、原因不明の誤作動が実験小隊を悩ませることになる。 ああ、何たる「不運」。 赤い月の更に向こうには、『銀の月』――アーデルハイトが血の赤を鎖の黒に変える呪文を唇に載せていた。 「貴族の戦は栄光にあらず。さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで。――美しきラインとドナウ、大いなるアルプス。我らが愛する祖国のために!」 長く遠征の身ではあっても、アーデルハイトは領主である。 極東にあろうとも、心はいとしき故郷に。 再び戦の影を落とすと言うのならば、全力で阻止しよう。 戒めの鎖が親衛隊の動きをつかの間封じる。 高速再生された皮膚が、毒で変色しながらぼとぼとと地面に落ちる。 戦線は二線級のリベリスタの肉の壁でかろうじて固持され、主力のリベリスタの攻防をたすけた。 それでも、リベリスタの最優先目標、テレーゼあるいは彼女が保持しているホルテン229には表からは届かない。 森の底に伏せられた切り札が動き出そうとしていた。 ● 口火は、縒りあげられた二本の魔力の奔流だった。 琥珀とナイトクリーク、デュランダルが飛び出し、辺りに瘴気を撒き散らす。 しかし、テレーゼ・パウラはけろりとしている。 「くっ、不吉のオーラを弾くだと!」 悔しげに顔をゆがめる琥珀に、にっこりと微笑んで見せた。 「すまんが、その手は効かん」 「次こそは巻き込んでやる」 「そんな暇を与えると思うかね?」 サイドカー付き軍用バイクが数え切れないほど増殖し、リベリスタ達に斬撃を繰り出す。 どこから殴られているかも分からずに、一瞬上下左右も分からなくなる。 体の表面が生ぬるく濡れていく。 ブロックしようと近接していた分、リベリスタはテレーゼ・パウラの格好の的となった。 琥珀とデュランダル、ナイトクリークは満身創痍。 アウトレンジにいたマグメイガスも、テレーゼ・パウラの氷の視線をまともに浴びた。 「レジスタンスとはこのようなものかね。なかなかおもしろかった」 琥珀は、どちらかと言えば柔和な顔立ちのテレーゼ・パウラを見上げた。 「ちっくしょ――」 「残念ながら、君達に次はない」 ずるずるとはいずる琥珀にテレーゼ・パウラは笑顔を向ける。 その死角。ひたりとサイドカーに白い手が伸びた。あり得ない場所――地面の中から。 「曹長殿!」 琥珀とデュランダルの迫真の演技。いや、恩寵を磨り潰しているのだから、もうぎりぎりなのは嘘ではない。 「親衛隊は許さない。あんたたちさえいなければ。あんたたちが!」 それでも、親衛隊も馬鹿ではない。 地面の中にたっぷりと叩き込まれた弾丸に壱也の半身は朱に染められている。 急速再生する皮膚から、ころりころりと潰れた弾頭が排出される。 壱也の渾身の刀身を、テレーゼ・パウラはメガホンで受け止めた。 しのぎを削る音に鼓膜がきしむ。 「言い様から行くと、喪中ですか。ご愁傷様」 殊勝な言葉を嘲笑と共に。 「我々の野望阻止と言う大義名分の下で、仲間の敵討ちか。よろしい。非常に人間的だ」 テレーゼ・パウラの言葉を聴いてはいけない。 「当事者に向かうのではなく、『親衛隊』 というくくりにたまたま属している私を殺すことで溜飲を下げようとしている訳だ」 夜中に思い出したら、眠れなくなってしまいそうな命をすり減らして放つ哄笑。 「あはははは。私利私欲のために無関係な人を殺す。それが冥府の柘榴の実。ようこそ、お嬢さん。血で血を洗う人外の道へ!」 テレーゼ・パウラの言葉に一貫性はない。 獲物にあわせて弾頭を変えるように、そのとき、その相手が言われたくないであろうことを言う。 テレーゼ・パウラの言葉を聴いてはいけない。 それは、魂を凍らせる毒だ。 「――とりあえず、おまえはぶっとばす」 サイドカーの中から掬い上げるようにして、壱也はテレーゼ・パウラを鋼鉄の玉座から叩き出した。 「その翼、折らせて貰うぜ!」 狙い済ませた動きだった。 テレーゼ・パウラに向けて嘘つき道化のカードを繰る琥珀が、その場で一番嘘つきだった。 テレーゼ・パウラの腹部装甲に組み込まれた黒光りするかつての飛行機の機関部の一部。 「やめろっ……」 「軍人相手にやらなきゃならない事は解ってる。虚しいな、戦争って奴は」 カードの中から這い出た道化の一撃は、実験小隊が次に見た夢の具現を待たぬまま、アーティファクトをただの鉄くずと化した。 砕けた鉄くずをかき集めても、もはや神秘の器にはならない。 「そんな。私の夢が。みんなで見た夢が」 テレーゼ・パウラの唇から漏れるうつろな声。 「わたし、決めたんだよ。おまえ達は皆殺す。大義名分とかそう言うの関係ない。おまえたちみたいな奴を生かしておくことは出来ないし、渡していいものなんか何もないから、取り戻す」 振りかざされる赤い刃。白い放電。 「もう、お前らに何もくれてなどやるもんか――!」 「総長殿っ!」 腹心の上等兵が、その上に覆いかぶさる。 たんぱく質が焦げるいやな臭いが辺りに立ち込めた。 「しっかりなさって下さい。こいつらを叩き出せば、あの大穴から再び神秘は現れます! まだ何も終わっておりません!」 「――ああ、そうだ。すまない、上等兵。そうだな、穴さえ――」 「俺さ、あんたの夢も口が悪い所も、マジで好きなんだぜ?」 テレーゼ・パウラの言葉をさえぎる琥珀の嘆き。 宙を回転するダイス。ころころとその場の運を呼んで、もっとも不幸な誰かの上で爆発する。 「でも、だめなんだわ。どうしても、あんた達の夢をかなえさせるわけには行かない。だってさ、そんなの日常じゃないだろう?」 ニコニコと笑顔を絶やさない琥珀には、バックボーンがなにもない。 だから、今とつながる昨日を大事に、今とつながる明日を望む。 そうやって積み重ねた小さな積み木を蹴飛ばすような輩はどうしても赦せない。 「ほんといやだな、戦争って」 爆裂。焼け焦げ、はじけ飛ぶ上等兵。 辺り一面血の海の中から、テレーゼ・パウラの氷の視線が琥珀を襲う。 無理が祟ったか、崩れ落ちる琥珀。 「私はそうは思わない。これは闘争だ。世界がよりよく管理されるために必要なことだ。私たちの闘争の果てによりよい世界が待っているのだ。間違いない間違いない間違いない!」 狂信。彼らにとって、彼らこそが秩序。彼らこそが正義。 世界大戦さえ、あるべき姿に至るための大いなる計画の通過点に過ぎない。 「なぜ分からない!?」 「分かりたくないよ、そんなもの」 吐き捨てるように、壱也は言う。 ぞぶりと地面に縫い付けるようにやすやすと刃がテレーゼ・パウラの腹に飲まれた。 「いいから、もう黙ったら?」 ● 神秘が消え去る気配に、オートバイ小隊は指揮官に起こったことを理解する。 そして、リベリスタも急に動きが変わったことを戦闘計算ではじき出す。 「搦め手側はうまくやったようですね」 アーデルハイトは、更なる鎖を編みなおす。 「さあ、踊りましょう。力尽きるまで」 然り。 やがて、鉄の馬の咆哮は止まり、ターシャとアーデルハイト、五月の炎が全てを火柱に変えた。 高々と上った火柱は、天高く上り、それでも天蓋の向こうには届かない愚かな人間のおごりの象徴――うち砕かれたバベルの塔のようだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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