●反撃の時 「さァ、アンタたち! 今度はアンタたちの出番よ!!」 鼻息荒く『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)が集まったリベリスタを見渡した。 今度はアンタたちの出番。それは、先立って作戦に身を投じた仲間がいることを表す。 「前回の三ツ池公園の時はしてやられたけど、今回は別よ! 奴等にアタシたちの悔しさを、身を以って知ってもらうときが来たわ! 荷物が増えて、手が回らなくなるつらさを、思いっきり味わうといいわよ!」 そして高らかに笑うローゼス。なんだかテンションがおかしいことになっているが、それだけこの作戦には力が入っているという事だろう。 「アンタたちの動きとしては、三ツ池公園の対応で手薄になってるハズの大田重工埼玉工場を攻めてもらうわ。前回と逆の立場ね。今度は奴等の手が足りなくなって、きっとてんてこ舞いよ。 これ以上奴等をのさばらせるワケにはいかないわ。『穴』を使って武装強化もしちゃってるし、あのキース・ソロモンがウチまで来て宣戦布告しにくるし。ちーっとも時間が足りないわね」 そこまで言い、ローゼスは真面目な面持ちになる。 「今回の戦いで、ジョーダン抜きにアタシたちの命運だけじゃなくて世界が巻き込まれることになるかもしれないわ。 けど、アンタたちなら大丈夫。万全で挑むアンタたちの強さは、アタシが知ってるもの! でもそれだけじゃアレだし、無事帰ってきたら、アタシのアッツ~いベーゼをあげちゃうわ……ちょっと! どこいくのよ、まだ話の途中じゃないのよ……!」 リベリスタに時間はない。彼らは、急ぎ足でブリーフィングルームを後にした。 ●軍人の見る夢 彼の周りには、たくさんの同志がいた。皆それぞれに喜びを湛え、歓声が響き渡る。 ――ああ、そうだ。我々は、勝ったんだ。 何故こんな大事な事を忘れていたんだろう。そう、そうだ。厳しい戦いにも耐え、やっとのことで手にした勝利。『祖国』を取り返した喜び。 ――君にも苦労をかけたね。 常に自らの横に立ち、常に自らを補佐してくれた、彼女。この喜びは、彼女と分かち合うべきだろう。いや、分かち合いたいのだ。 ――……ん? 何処へ行った? しかし、どうしたことか。傍らにいるはずの女性が、今は影も形もない。何故だ? 記憶を辿る。そう、確か……作戦で別行動をして……。 周りを見渡す彼の目に飛び込んできたのは、周囲で喜ぶ同志の顔だ。 黒く深い闇が広がっている。表情がない、というだけではない。顔そのものが真っ黒なのだ。これでは喜んでいるのかどうかも判らない。 そして、彼女の姿は見当たらない。彼女は……何処に……! 「……!」 貸し与えられた居住棟の一室。うたた寝をしていたフリードリヒは、ビクッと目覚めた。ひどい寝汗をかいている。我ながら、とんでもない悪夢をみたものだ。 机の上に置かれていたペットボトルの緑茶を、渇いた喉に流し込む。劣等の作ったものにしては、素晴らしい味わいだと彼は思う。すっかり虜となってしまっていた。 「ふう……」 荒い息を吐くフリードリヒ。その時、ノックの音が届く。 「誰だね?」 「エルフリーデ・アドラー伍長です。先日行いました作戦の報告書をお持ちしました」 先ほどの夢を思い出し、一瞬だけ苦い顔を浮かべる。が、夢は夢だ。くだらない。 「開いているよ、入りたまえ」 「失礼します」 そこには、常に彼と共に在る黒髪の女性がいた。先の戦闘で負った傷の為、今は腕を吊って、軍服は羽織っているだけだ。 「こちらです、どうぞ。……軍曹殿?」 手渡された紙束を受け取り、そのまま鋼に覆われた左手で、彼女の髪を撫でる。柔らかな感触が伝わる。 「どうかされましたか、軍曹殿」 「いや……。なに、大昔の夢を見たものだから、ついな。君が私の許へ来た頃の夢だった、あの頃はよく、こうして頭を撫でてあげたじゃないか」 嘘だった。傍らの彼女が居なくなってしまう悪夢だった。だが、そんなことは言えるものか。 「ですが、今の私は幼い少女ではありません」 それもそうだ。今の彼女は、彼を補佐する冷静沈着な副官であり、一人の女性だ。氷の表情を浮かべ、眉一つ動かない。 「そうだったね、すまない」 「あ……」 だが手を離した瞬間、エルフリーデが小さく声をあげる。 「いえ、なんでもありません。軍曹殿、お怪我の方は大丈夫ですか?」 「私の方は大したことはない。むしろ君の方が大怪我ではないか。報告書は確かに受け取った、今は安静にしたまえ」 「お心遣いありがとうございます、では失礼します」 部屋を出たエルフリーデは、自らの髪を撫でた。今もまだ、フリードリヒの暖かく優しい掌の感触が残っている気がした。 (フリードリヒ……) 先ほどまでの氷の表情は溶け、抑えきれない笑みが浮かんでいる。 (何があっても私が守るわ……フリードリヒ……) 彼らが敵襲の報告を受けたのは、その一時間後のことだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月08日(木)23:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●反撃の夜 キン。と小気味の良い音を立て、『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)の手にしたライターから、煙草に火が灯る。それを深く吸い、そして深く深く、煙を吐き出す。別に、彼とて余裕の仕草でそれを行っているのではない。これは、彼なりの精神統一なのだ。 (やっとこさこっちの反撃か。色々溜まってるもんがあるし、今回は――) くゆる紫煙を追う目は、鋭く、鋭く。 (――昔に戻って戦争してやろうか) 歴戦の傭兵。幼い頃から、幾つもの戦場を渡り歩いた彼だ。その戦績や得た知識、学んだ技術、そして負った傷。それらは全て、仮初のものではない。 短くなった吸殻を、工員の休憩用に備え付けられているのであろう灰皿に投げ入れる。 普段の、どこか人を食ったような態度は消え、そこにいるのは戦場を駆けずり回る一匹の獣だった。 このふざけた戦場を制圧する為に、獣は牙を剥く。 ぼんやりとした小さな電灯が照らす倉庫内は、まるで彼らの侵入を拒むようにコンテナが堆く積まれていた。 「なんと! 迷路なのです! でもそんなの気にしません、行くですよ、ハイパー馬です号!」 『うまー!』 愛馬の背中で颯爽と言い放つ『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)。愛馬であるハイパー馬です号もまた、ヤル気充分なようで、鋭く嘶いた。 「迷路って、壁に手をついて歩けばいつかは出口にたどり着くって代物だけれど。こんな迷路はご免だわ。さっさと片づけてしまいましょう」 そう短く言い、『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)は虚空を睨む。まるで全てを見透かすようなその視線は、まさにそのまま、倉庫の奥に布陣するフリードリヒ達を見据え、その迷宮を見透かした。あとは進むのみだ。 「さぁ、行きますか」 自らに、無表情な仮面をつけながら『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が言う。任務遂行に余計な感情は不要だ。それらを押さえ込むための仮面。今この時、彼はリベリスタとして戦うのだ。 手にしたそれぞれの得物を構えなおし、彼らは迷宮へと飛び込む。この迷宮に、牛頭の魔人は居るまい。居るのは、妄執に取り付かれた猟犬だけだ。 「三ツ池公園という場所はワタシ達にとっても同じようにお荷物ですけど。まあ、世界を護るなんて御託の前にはそれも悪くはありません」 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の祈りが、仲間の背に小さな翼を授けた。その援護を受け、イーリスがコンテナに飛び乗る。シュスタイナの瞳と共に彼女が迷宮を見下ろし、仲間に道を示そうというのだ。しかしそれは、同時に敵の視線に晒されるということでもあった。 『ほう? 勇猛果敢だね、お嬢さん――イーリス君だったか。君たちの事は、少し調べさせてもらったよ。客人の事を何も知らずにいるなんて、失礼だろう? 例えそれが、招かれざる客人であったとしても』 イーリスを見上げるように、フリードリヒが言う。その姿は、まるでノイズがかかったようにボヤけ、おぼろげだった。その幽鬼の如き銃口がイーリスに向けられる。倉庫の上部にあるキャットウォークに布陣した親衛隊もまた、彼女を睨む。銃弾と魔力の砲撃が、まるで雨のようにイーリスの身に降り注いだ。 「このくらい、どうってことはありません!」 ばばーん、と自信満々に言い放つイーリス。すぐさま、『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)から暖かな光が届く。イーリスとて無策なまま矢面に立ったワケではないようだ。 シュスタイナの瞳と、イーリスの援護、そして曲がり角毎にマジックで簡素に印されるブレスのマーキング。それらのお陰か、道のりは順調と言えた。迷うことなく奥へと進む。そあらからの援護を受けてはいるが、それでもダメージが蓄積してきたイーリスを気遣い、『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)がコンテナの上へと降り立つ。 「イーリス、羽衣が代わるわ」 「なんと! 助かるのです! 敵も近づいているのです!」 身軽にコンテナから降り、イーリスはそのまま最前線へと立つ。遭遇戦を想定しての立ち位置だ。イーリスが降りる間際、コンテナの陰へと走る親衛隊の姿が見えた。程なくして交戦となるだろう。 イーリスに代わり、コンテナの上に立つ羽衣。その姿を、フリードリヒの分身が目を細めて見つめる。 『これはこれは。また会ったね、羽衣君。よくよく縁があるようだ』 「御機嫌よう、フリードリヒ。これで三回目。羽衣の答えを示しに来たわ」 『ほう? それは楽しみだ。ならばその答えとやらは、「私」が聞くべきではないな。すまないが不精なものでね、奥で待っているから、君が来てくれたまえ』 まるで友人にかけるかのような、軽い口調。しかし同時に手にした騎兵銃からの射撃が羽衣を捉える。けれど、羽衣もキャットウォークに人影が見えるや否や、その美しい指先を走らせる。瞬間、キャットウォーク上に激しい紅の炎が巻き上がった。これならば、正確に敵の位置を把握していなくても効果が得られるだろう。 畳み掛けるかのように『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)と共に居る小さな妖精が光を纏い、美しく舞う。その舞にキラキラした氷が混じった。かと思った次の瞬間には、キャットウォークには冷気が荒れ狂う。しかし親衛隊とて、それを甘んじて受けているだけではない。魔力による砲撃が行われ、一枚のコインをも射抜く射撃が一同を襲う。 そして、迷宮を駆けずり回る猟犬が、彼らに襲い掛かる。狭い通路での戦闘を想定してか、猟犬の牙は普段よりも小ぶりのナイフと、拳銃だった。出会い頭に、数多の斬撃が海依音に襲い掛かる。彼女の紅の修道服が裂け、別種の赤が舞った。が、彼女も猟犬を鋭く睨み、清らかなる浄化の炎をぶつける。灰は灰に、塵は塵に。等しく滅ぼさんと、炎が踊る。 (自身の属する世界に破壊と混乱を撒き散らそうなんて……。其処に在るという『当たり前』故なのか、それとも、初めから何一つ気にしてなんて居ないのか) 再びナイフを構え後方から現れた猟犬に、吹き荒ぶ冷気をぶつけながらファウナは想う。優しい彼女らしい考えだろう。だが、当然思い悩むだけの女性ではない。強い意志を、そのまま冷たい氷の刃へ乗せる。 (ならば――成すべきを成しましょう。この世界の為に) 時を同じくして、フリードリヒの放つ鉛弾が、まるで機銃の如く一同へと乱射された。身構える京一だったが、その身体に埋め込まれた鉛弾は数え切れないほど多く、そして重い。堪らず途切れかける意識。重くなる瞼。 が、次の瞬間、その顔には覇気が戻る。こんなところでやられてしまっては、家族を守れない。その想いが、京一を奮い立たせる。すぐさまそあらからも、暖かな祈りが届く。そして鋭く警告。 「危ないのです! 八時の方向から狙ってるのです!」 彼女の鋭い感性が、キャットウォークの動きを察知する。同時に降り注ぐ黒鎖の濁流。だがそれは、空しく地面を穿つだけとなった。シュスタイナがキャットウォークを睨み、紅蓮の炎を放つ。 少しずつ、戦況はリベリスタ側へと傾いていく。 ●フリードリヒ・ダンジェルマイア (どうやら、彼らがここまで到達するのも時間の問題だな) フリードリヒは迷宮の出口を静かに見つめる。彼らのいるこの場所は、立ち回りができるよう、多少開けていた。背後の壁面には、小さなドアが設けられている。隣接する一般倉庫へと抜ける為のドアだ。 「軍曹殿。程なくして敵勢力がこちらへ到達すると考えられます」 傍らのエルフリーデが、固い口調のまま報告する。全く、彼女はいつでも落ち着いている。少しだけ苦笑するフリードリヒ。 「判っているとも。ここまできてしまうと、幽鬼の召喚に手を割くわけにもいかないな。キャットウォークにいる彼らも呼び戻すとしよう。総力戦だ」 「了解しました、軍曹殿」 ここまでの戦闘で、コンテナの迷路を駆け回っていた部下が一人と、キャットウォークに布陣した部下が一人、倒れている。 対して、敵勢力は一人も欠けることなくこちらへ来るようだ。 (手強いな……) 誰にも見えないよう、フリードリヒは苦虫を噛み潰したような顔をした。 迷宮を踏破した勢いそのままで、赤毛の傭兵は指揮官へと踊りかかった。手にした銃剣が烈風を帯び、戦場の空気を一変させる。 「やぁ、ブレス君。君と睨み合うのも、これで幾度目か。先日は副官がお世話になったようだね」 「なに、気にするな。ついでにお前さんの面倒も見てやるぜ。ご大層な理想も信念関係ねぇ、敵は躊躇わず――殺す」 ぎしり、と軋むような音を立て、刃を受け止めていた銃床が抉られた。が、フリードリヒも距離を取りながらブレスへ正確無比な射撃を叩き込む。蹈鞴を踏むブレスだが、何度助けられたか判らない、暖かな光が彼を包んだ。同時に、そあらが親衛隊を見据える。 「愛の審判を下す時がきたのです。さおりんの怒りに変わってあたしの裁きをうけてみるといいのです」 「面倒な迷宮は抜けさせてもらったわ。悪かったわね、目が良くて」 そして放たれる魔力の弾丸。対抗すべくエルフリーデも騎兵銃を構え、撃つ。 「ねぇエルフリーデ君、甲斐性のない男を好きになってしまったら度し難いわよね。守られてる男はそれほどまでに貴方が傾倒するほどの価値があるのかしら?」 浄化の炎と共に、言葉が投げつけられる。エルフリーデを真の意味で焼くのは、その清らかな炎か、その辛辣な言葉か。 「違う! 軍曹殿は、貴方の言うような男なんかじゃないわ! 彼がいなかったら、私は薄汚い路地裏で、畜生と同じように朽ちていくだけだったもの。フリードリヒは私の全てなの!」 普段の彼女からは想像もつかないほど取り乱し、声を張り上げるエルフリーデ。その想いは、銃声に掻き消されフリードリヒに届く事はなかった。しかし、彼女が彼を想う気持ちは揺るぎないもののようだ。あまりに無垢で、純然たる想い。それが、どことなく物悲しい。 「なんと! あなたが守るものは、きっとあなたの命より大事な物です! でも! 今! 貴方達がやろうとしているのは悪いことです! 貴方達は居てはいけないのです!」 裂帛の気合と共に、イーリスがエルフリーデに肉薄する。あっ、と思った時には、既にその小柄な影は懐にいた。 そして、イーリスの持てる最高の技が閃く。手にした騎兵槍がごごごずごおおおおぐるんぐるんずがーんと唸りを上げ、エルフリーデの身を捉えた。冗談みたいに吹っ飛ぶエルフリーデ。勇者たる彼女の槍は、悪を正す為に在る。その信念は、どこまでも強く、果てしなく澄み渡る。一点の曇りもなく、ただ純粋に。 「アドラー伍長、大事無いか!」 「く……も、問題ありません、軍曹殿……!」 ブレスと距離を取り、声をかけるフリードリヒ。先の戦闘で負った傷も、まだ完治していないのだ。 (やってくれたな、イーリス君……!) ほんの少しだけ、鋭くなる目つき。手にした異形のライフルが声高に哭き、まるで意思を持つ蛇のようにうねる弾丸。放たれた二発の狡猾な蛇は、ありえないことに前と後ろから、勇者を毒牙にかけんと迫る。真正面から迫る弾丸を、手にした槍で叩き落すイーリス。さすがの腕前だが、問題は背後からの弾丸だ。完全な死角からの一撃。鋭く突き刺さる弾丸は、その小さな身体を折るのに充分な威力を秘めていた。ふらつき、膝を着く――かと思われた時。勇者の瞳に再び炎が灯る。 「倒れるわけにはいきません! なぜならば! 私! ゆーしゃだからです!」 勇者が倒れて終わる英雄譚なんて、彼女は聞いた事もない。ならば、倒れるわけにはいかないだろう。 ファウナの放つ火炎の弾丸が、親衛隊に降り注ぐ。小さな悲鳴を上げ、倒れた男は、そのまま動く事はなかった。 「ごめんなさい。けれど、私たちも負けるわけにはいかないのです」 優しく、しかしきっぱりと言い放つファウナ。その言葉に嘘はない。負ければ、世界が未曾有の危機に陥るかもしれないのだ。 リベリスタも疲労の色は濃く、怪我も決して軽度ではない。だが、親衛隊はそれ以上に疲弊し、比べるべくもなく重傷を負っている。もう、あと一押しだろう。まさにその時だった。 大量の煙幕が焚かれ、辺りを覆い隠す。これでは相手を正確に捉える事ができない。が、それは親衛隊とて同じ事だった。但し、彼らはリベリスタを正確に見つめる必要などなかったのだ。 「撤退だ、アドラー伍長。殿は私が務めよう。君は先行して、万が一敵勢力を発見した場合、それを排除してくれたまえ」 煙幕で相手の顔は見えないが、不服そうな声が返る。 「承服致しかねます、軍曹殿。殿は危険すぎます、せめて私が……」 「勘違いしないでくれ、アドラー伍長。君の身を心配しての提案ではないのだ。言った通り、経路の安全確保が君の任務だ。そちらも、それ相応の危険が生じる可能性があるだろう」 「……判りました。どうか、軍曹殿も速やかにお退きください」 「判っているとも。ここでの戦闘行為は、もう無意味だ。君に我が愛銃を貸そう。すまないがこれで、道を拓いてくれたまえ」 そこまで言ったところで、煙の奥から銃剣を手に突進をかける影が一つ。得物や体格からして、恐らくブレスだろう。エルフリーデを狙った一撃は、割って入ったフリードリヒに止められる。 「……! さぁ、アドラー伍長。宜しく頼むよ。他の者も、アドラー伍長に続くように」 「了解しました。どうか、ご無理はなさらないでください……!」 「安心したまえ。では、そちらも気をつけてな……エルフリーデ」 煙の中、ドアを開き、そして遠ざかる足音が聞こえる。これで、彼女の身は安全だろう。リベリスタとて、なんの作戦も立てずに工場に突入してきたわけではあるまい。ということは、撤退中に敵勢力とぶつかる可能性は少ないはずだ。 ゆっくりと煙幕は晴れていく。 (ああ、どうか無事逃げおおせてくれよ) ブレスの持つ銃剣の刃は、深く深く、フリードリヒの胸を貫いていた。 ●死が二人を別つまで どっ、とフリードリヒは力なく崩れ落ちた。コンテナに背を預け、ぜいぜいと肩で息をしている。流れ出る赤は止め処なく、軍服を染め、地を濡らす。他の親衛隊も倒れ、彼の荒い呼吸だけが倉庫に響く。 もう戦争は終わっただろう。ブレスが煙草を取り出し、火をつける。 「……ああ、どうだろう、ブレス君。知らぬ仲でもあるまい、最期の一服、というものをさせてはくれまいか?」 実に弱々しい声で、フリードリヒが言う。逡巡し、舌打ちと共に、火のついたままの煙草を差し出すブレス。 もう、フリードリヒが何もできないことを知っているのだ。ここから彼が何をしようと、リベリスタに対処できない事はない。ならば、最期の煙草くらいの温情はかけてもよかろう。渡された煙草をくわえ、深く吸う。 「すまないね。ああ、実に久しぶりだ。彼女が、この煙をいやがってね。以来、やめていたわけだが……」 煙草は徐々に短くなり、フィルターは少しずつ赤く染まる。ふと、思い出したように彼は羽衣を見つめた。 「おっと、危うく忘れるところだ。羽衣君、君の……君たちの答えを聞かせてくれないか。このままでは、気になって眠る事もできないからな」 くぐもった声で笑うフリードリヒ。羽衣の答え。それは先日の戦場で、フリードリヒが問うたことに対してだろう。『操り人形なのは、果たして親衛隊か、リベリスタか』。 「……羽衣が殺すのも救うのも命令に従ってるからじゃないわ。正義の味方にはなれない、この手は決して綺麗じゃない。 それでも足掻くのは……羽衣の力に、意味がある事を知りたいだけ。その為に此処に居るの。その為なら羽衣のすべては何時でも誰かのしあわせのためにあげられる。 これが羽衣の答えで、羽衣の矜持よ」 毅然と、しっかりとフリードリヒを見据え、羽衣は言う。その瞳に曇りはない。フリードリヒは、彼女の目を見つめ返す事が、どうしてもできなかった。 「ふふ……。なるほど、組織に属してはいるが、己の信条の為か。恐れ入ったよ。あぁ、だが私も矜持に従ってみた、かな」 彼のちっぽけな意地。父として、兄として、そして男として、愛する女性だけは守ると決めていたのだ。その結果、自らが朽ち、彼女が悲しんだとしても。 「フリードリヒ君、彼女を連れて二人で軍人をやめて幸せに暮らすという選択肢は貴方達にはなかったのかしら?」 悲しげに、静かに。海依音がフリードリヒに問う。言葉は優しげだが、秘められた意味はとても厳しく、フリードリヒには辛いものだった。だが、彼は親衛隊なのだ。 「そんなことはできないな。私も彼女も、祖国の為に戦う軍人なのだ……。軍人なのだよ……」 「アークが親衛隊を潰します。逃避行も夢物語ではないかもしれませんよ? なくしてから大切だと気づいても遅いのですから」 驚いたように彼女を見るフリードリヒ。が、何も言えない。言葉が出てこないのだ。海依音の厳しさ、優しさが沁みた。不思議と満ち足りていく心とは逆に、四肢は力を失っていく。 (あぁ、せめて君だけは……傷つくことなく、幸せに生きておくれ――) ――エルフリーデ。 くわえていた煙草がポトリと落ちた。赤に沈んだそれは、僅かな煙を上げ、火が消える。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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