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<曲撃のアーク>我ガ咆哮ハ矜持ノ為ニ

●1945
 最初は自己の存在価値の証明だった。
 次は愛すべきものを護る為だった。
 正義はこの手にあり。力があり。自負があり。矜持があった。
 けれどそれは総てあの日に土足で踏み躙られた。
 吹き飛ばした筈の頭はあいもかわらず健在だ。
 戦わねばならないのだと思い知った。
 惨めで無様だとしても。
 この世界から逃げて負けを認めてはならないのだと、己の足を縫い付けた。 

●Ritterkreuz Bajonett
『Reich mir die Hand zum Scheidegruß Ade,ade,ade』
 離別の握手をしておくれ。さようなら、さようなら、さようなら。

 歌が聞こえた。教養だと自分が教えた軍歌。本当ならクラシックのつもりだった筈なのに、なんて思い返して低く笑う。此方に届いていると知らないのだろう。鼻歌交じりのそれに耳を傾けながら、ライフルを一撫で。
『……もしもしアルトマイヤー少尉? 俺がいなくっても寂しくないですか?』
「君は……もう少し真剣味を持ちたまえよ。生憎今日の私は優しくは無いぞ、取り返されれば無意味だからな」
『冗句ですよ冗句。……そちらは随分と大変なご様子で。こっちは万全ですよ、リヒャルト少佐からのご命令通り今日の俺は『番犬』でさあ。なに、いつも通り俺は『負けません』とも。我等の幸福な未来の為にも。
 ――嗚呼、ナイフをギラッギラに研ぎ澄ませておいて本当に良かった。アンタに見せられないのが残念極まりねえや、この綺麗な『牙』をね』
「何を言っているんだね。まるで此れが最後の様な言い草じゃないか――『負けない』のなら、その美しい『牙』は幾らだってこの目に焼き付ける機会はあるだろうに。それともなんだね、自信がないのかね、Treuer Hund?」
『くくく。自信? ああ、自信、ねえ。そうだなあ。……少尉、少尉』
「……なんだね、未だ話足りないとでも?」
『今、俺の手が震えてるって言ったらどうします? 死ぬのが怖いって言ったら?』
「――――らしくない。死ぬ筈がないだろう、君は阿呆かね」
『あー。あはは。俺は負ける<死ぬ>のが嫌だ。死ぬ<負ける>のが嫌だ。嫌だ嫌だ。おお怖い怖い。生娘みてえにガタガタ震えてどうしようもねえや、あはははは!』
 知っている。その軽薄な物言いの裏にある重さを。冗談めかして笑って毎日自由に酷く楽しそうに生きている男はけれど恐らく誰より臆病なのだ。こと、死と言う言葉に対しては。
 けれどそれ以上に。恐らく誰よりも。臆病なのは自分なのだろう。負けたのならば死にたかった。けれど死ななかった。死にたくなかったのかもしれなかった。負けない為の勝つ為の運命の寵愛だと信じたけれど本当は如何だったのだろうか。恐怖が無かったと言えるのか。
 死ぬのが怖い。負けるのが怖い。喪うのが怖い。自分を。部下を。友を。もう何も失いたくない。戦わなければいい? そうではない。戦わなければ喪うのだ奪われるのだ負けるのだそうして最後に残るのは、形ばかりになった無意味な矜持だけ。
 立ち向かう以外には無いのだろう。もう何一つ喪いたくないのならば。戦うだけでは何も得られないのかもしれないと思えども。矛盾も葛藤も何もかも飲み込んで、信じるのは己とこの矜持だけだ。
 そう、だから。アルトマイヤー・ベーレンドルフは疑わない。小さく息を吐き出した。
「……、問題無い。君が負ける事は有り得ない。君が俺を信じる様に。俺が君の勝利を、生存を、疑いすらしていないのだから」
『貴方はいつだって嘘を吐かない。お前はいつだってそうだ。信仰に値する。裏切らない。負けない。絶対にね。アルトマイヤー。へへへ。アンタはいつだって俺の望むものをくれるんだ。
 少尉。戦争は怖いですね、おっかないですね。
 少尉。戦争は楽しいですね。わくわくしますね。
 少尉。『勝ちましょう』。それ以外にないんですから。
 少尉。『負けないで』下さいね。俺はアンタを信じてますから』
「私を誰だと思っているんだね? ブレーメ、いい事を教えてやろう。――Was nicht ist,kann noch werden、勝利は無いからこそ掴むものだ」
『Jawohl,Jawohl,Jawohl,Mein Lieblingsleutnant! どうかどうか御武運を。Sieg Heil!』
「Sieg Heil。精々無事を祈ってくれたまえよ」

●声が枯れたのなら血を吐いてでも捻り出せばいい
 通信機を仕舞った。背負った愛銃を確かめる様に撫でる。冷たく無機質なそれは酷く手に馴染む様だった。
 方舟がやってくるのだ。此処を奪い返しに。恐らく向こうからすれば、此方の動きは既に看過できないものなのだろう。当然だ。時間を得れば得る程に。神秘を解析し己の強化を続ける我らは強くなり続けるのだから。
 何が何でも取り返すしかないだろう。そう言えば、此処には思い入れがあるとも言っていた気がする。其れならば尚の事だろう。早期決着。その為に来るであろう彼らを迎え撃てば良い。実に簡単な仕事だ。
 しかしそれにしても酷く単純すぎる気もするのだが。気の所為だろうか。囁きかける不安は長年の勘だろうか。考え込んで、けれど無意味かと首を振った。前に立つ。一斉に背筋を伸ばした部下達を見回して。アルトマイヤーは悠然と笑みを浮かべた。
「ご機嫌如何かね、諸君。既に聞き及んでいる事かと思うが――此処に、方舟がやってくる」
 此処を取り返したいのだろう。その言葉を真剣に聞く面々。そう言えば、方舟を倒した先にはあの『魔神王』がやってくるだなんて話も伝え聞いたけれど――まあ何ら問題はない。戦いが続くのは決して悪い事では無いのだ。兵士としてしか生きられない者にとっては。
 勝って勝って勝った先に何も無いかもしれないだなんて思わないで済むのだから。頭を過った顔を振り切る。
「無論、君達の任務は彼らの撃退だ。精々派手にやりたまえ。嗚呼、それと……あちらではあのドク殿が興味深い実験を行っているようでね。邪魔にならない様に」
 指先が示す先に見える仮設研究所。異様な雰囲気漂うそれから視線を外して、男は身なりを整える様に外套の前を撫でる。自分の一挙手一投足を見逃さぬように瞬きさえしない部下達の前で。男はそのライフルを背負い上げる。
「諸君。我々が必要とするものは何だね」
「『戦果』を。一人でも多く殺し、一人でも多く喪わない事を」
「諸君。我々が厭うものは何だね」
「無駄。そして、惨めな敗走」
「諸君。我々が為すべきは何だね」
「邪魔なものは撃ち、相容れぬものを殺し、嘆きでは無く『結果』を亡き友に捧げる事でございます」
「諸君。――私が求めるものは何だね」
「――『完璧な』闘争です。少尉、マリーは今日も貴方の刃に」
 打てば響く様に紡がれていく我が隊の常套句。満足げに頷いて。背筋をぴんと伸ばした。踵を揃えて。深く息を吸い込んだ。
「宜しい。では、総員配置につきたまえ。――Sieg Heil、君達の無事の帰還を祈っている」
「Sieg Heil! 誰より優れた『戦果』を貴方の元に!」
 ぴたりと揃った軍靴の音。遠ざかっていくそれを、傍に残るそれを。もう一度見遣って。少し離れる、とその足は池の方へと歩き出す。夜風は酷く生温かった。
「……Und deinen Mund zum Abschiedskuß Ade,ade,ade」
 口ずさむ。縁起でもないと笑い飛ばしたいけれど。少しだけ調子の外れた下士官の歌声を思い出した。月明かりに翳した指先。鈍く黒を零す環に唇を寄せた。

 ――そして別れの口付けを。さようなら、さようなら、さようなら。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:VERY HARD ■ イベントシナリオ
■参加人数制限: なし ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年08月11日(日)00:36
本気でやりましょう
お世話になっております、麻子です
以下詳細

●成功条件
親衛隊及び付随戦力の一定以上の撃破
(敵戦力を撤退・それと同等の疲弊状態に追い込まずアーク側が撤退した場合、自動的に失敗します)

●場所
三ツ池公園丘の上広場~芝生広場
時間帯は夜。広い戦場の為『全』スキルは効果範囲が限定されます
付近にはドクの仮設研究所が存在しますが戦場は重なりません

●戦場情報
※具体的な数は不明。各所少尉の采配によって的確に人数が割り振られます
※アーク所属リベリスタが50名程同行します
彼らは決死の覚悟で戦闘に臨みますが戦力としては大きくありません

【1】遊撃部隊
芝生広場地点。戦闘開始時点のリベリスタ初期配置
この地点の敵に対処しない場合『アーク側の重傷率』及び『撤退時の危険度』が大きく上昇
敵の数は少~中程度
構成はAmeise>親衛隊員>militant

・自律型戦闘兵器『Ameise』
予め組まれたプログラム通りに動く自律式ロボット。高さは1m程度。数は黄>赤=黒
それぞれに通常の戦闘ユニットと同じ戦闘ルールを適用します
『精神無効』『電撃系BS(感電、ショック、雷陣)を持つスキル及び攻撃のダメージ1.5倍』

黒:毎T前方でショットガンを放つ。近複。ブロックも可能。他に比べ耐久に優れる。
黄:毎T神秘エネルギーを傷付いた味方へと放出する(遠範/HP・EP回復/WP上昇)
  回復不要時は外部チャンネルの病原体を詰めたアンプルを敵へ投擲(遠複/ダメ0/BS死毒、麻痺)
赤:毎T対神秘炸裂弾(遠範/BS業炎)を敵へと投擲する。

・『militant』
アルトマイヤー直属の部下。上官の意向を反映し個性を失わない精鋭部隊
前後衛編成は6:4程度。補佐や援護に優れる隊員が目立つ
全員が自決用手榴弾:「誇りを汚す位ならば死ね」と言うアルトマイヤーの指示の証。装備時Dra値上昇
使用時は必ず死亡する(近範/ブレイク)
を所持

・親衛隊
ジョブ雑多、Rank2スキルまで使用可能

・『Scharnhorst』エルンスト・アウエンミュラー
ヴァンパイア×ダークナイト。煤けた金の癖毛に眠たげな紫の瞳の男。階級は曹長。
外見は凡そ10代半ば程度。ダークナイトRank3スキルまで使用可能。神秘寄り

『verfeuern』
対神秘戦闘向け重機関銃。常時遠範の射程を得る
改良が施され、エルンストが完全に兵装の一部となる事で移動可能
耐久上昇の効果を得る

【2】防衛部隊
中間地点。この地点の敵に対処しない場合『【3】への侵攻妨害』及び『親衛隊側の強化継続』の効果が齎される
人数は多め
構成は親衛隊員>militant

・親衛隊
防御・耐久・回復に秀でた構成

・『militant』
前述と同装備

・『真紅殉教』ヨナタン・イェシュケ
メタルフレーム×クロスイージス。白髪碧眼。胸にロザリオを下げた信仰者然とした青年
凡そ20代半ば。信仰し敬愛するのはアーリアの血とその始まりである為、仲間の血を流させない様に努める
イージスRank3スキルまで使用可能
EX:盲信シュライエン(神味全付/物防・神防御上昇、反射)

『Invasion』
戦場各地に配備された反射板及びヨナタン所持の盾で一つのアーティファクト
持主は一切攻撃不可になる代わりに『味方対象スキルの範囲を大幅に拡大』する効果を得る


【3】本隊
丘の上広場。此処に一定以上の打撃を与えない限り親衛隊は撤退しない
人数は中程度
構成はmilitant及び後述『Armee』

・『militant』
前述と同装備

・訓練用特殊障壁『Armee』
戦闘行動を一切行わない人型。壊しても2Tで復旧する
ブロック効果及び『的』の役割を担う

・『殲滅アルプトラウム』ウルリケ・クラウゼヴィッツ
フライエンジェ×マグメイガス。白に近い金髪にくすんだ蒼い瞳の少女
退廃的で少々倒錯的。命を断つ術に己の美学を見出しています。テク型。回避高め
マグメRank3スキルまで
EX:枯花ヒュムネ(神遠域/BS虚脱/ダメ0、ブレイク)

『Orkus』
全てが銀の細身の長剣。持主の神秘能力を上昇させる
また、必要分のエネルギーをチャージすれば任意で敵の攻撃を一度だけ完全に相手に返す事が可能
チャージには数ターンを要し、チャージストック可
チャージ方法は『何らかの神秘属性スキルを使用するもしくは受ける』事

・『断頭ナハティガル』ハイデマリー・クラウゼヴィッツ
フライエンジェ×デュランダル。栗色の髪にくすんだ蒼い瞳の少女。
戦闘狂ながら上官に忠実であり、バランスの良い能力を持ちます。若干神秘寄り
デュラRank3スキルまで使用

『Richtblock』
刃毀れの激しい、大斧の様な形状の武器。2本で一つ。片方の刃には丸い穴が開いている。その実態は可動式ギロチン
所有者はEX:頸斬トロイメライ(近単/BS失血、弱点/対象の部位を穴に通し、もう片方の刃で叩き潰す)を得る
また、このEXは『特定の部位狙い判定に成功した場合』のみ、一撃で相手を戦闘不能にする事が可能。ドラマ復活不可

・『Zauberkugel』アルトマイヤー・ベーレンドルフ
ジーニアス×スターサジタリー。すらりと背の高い優男。階級は少尉
無駄を嫌う完璧主義者かつ合理主義者
サジタリーRank3までのスキル+戦闘指揮Lv3

EXP:Scharfschutzenabzeichen
狙撃手の誉れ。『攻撃を外さない』限り毎回命中上昇。外すと初期値に戻る
EX:Schiessbefehl
一弾の無駄さえ嫌う告死の銃声。必殺及びCT上昇に加え『溜める程にスキル効果が増す』事以外の詳細不明

『Henker』
戦車装甲さえ貫通する威力を持つライフル
常時遠2貫の射程を得る(EX及び複数射程スキルは除く)

『Fegefeuer』
限りなく黒に近い紅の外套
内部より己の血から神秘生成された銃器を取り出す事が可能
生成時HP減少。武器の射程及び範囲・威力はHP減少量で決定される

『Blutgefäß/狂犬の妄執』
鉄十字が刻まれた黒い指輪。対になっており、装着した者同士にそれぞれの『異能』の一部を付与する
危機になるほど妄執が力を掻き立てる



●プレイングについて
以下の書式に沿っていない場合、判定が不利になりますのでご注意下さい

1行目:戦場(数字のみ)
2行目:チーム名/仲間のフルネーム+ID。1人時は【無】
3行目:フェイト使用【有or無】
4行目:歪曲運命黙示録使用【有or無】※条件付きなら5行目以降
5行目以降:自由

>例

決死隊


いくぞ~



●重要な備考
1,『<亡霊の哭く夜に>』には『<曲撃のアーク>』の冠を持つシナリオに参加しているキャラクターは参加出来ません。参加が行われた場合は参加を抹消します。この場合LP返還は行われませんのでご注意下さい(同様の冠内部であれば複数参加は自由です。冠は決戦シナリオも含みます)
2,『<亡霊の哭く夜に>』『<曲撃のアーク>』はそれぞれのシナリオ成否(や状況)が総合的な戦況に影響を与えます
 各シナリオによる『戦略点』が一定以上となった場合、大田重工埼玉工場の陥落に成功します。『戦略点』は『シナリオの難易度』、『シナリオの成否』、『発生状況』、『苦戦度合い』等によって各STの採点とCWの承認で判定されます(増減共にあります)
3,『<曲撃のアーク>』シナリオ状況によって三ツ池公園の『親衛隊』が撤退する可能性があります。又、『<曲撃のアーク>』の戦略点は半分の値(端数切捨て・マイナスの場合も同様)が最終的に『<亡霊の哭く夜に>』に加算されます


●参加条件
 当シナリオは同時に運営される『<曲撃のアーク>』 の冠のつくイベントシナリオと同時に参加は出来ません。
  同時に参加した場合、後に参加したシナリオへの参加を除外する等の措置が行われます。
 この時、使用されたLPは返還されませんのでくれぐれもご注意の上、参加をお願い致します。


●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない亡判定の可能性があります。

以上です。ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願い致します
参加NPC
 


■メイン参加者 91人■
ナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ホーリーメイガス
来栖・小夜香(BNE000038)
ソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
デュランダル
東雲 未明(BNE000340)
ホーリーメイガス
カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)
覇界闘士
大御堂 彩花(BNE000609)
プロアデプト
オーウェン・ロザイク(BNE000638)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ホーリーメイガス
シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
クリミナルスタア
依代 椿(BNE000728)
ソードミラージュ
葛葉・颯(BNE000843)
デュランダル
鯨塚 モヨタ(BNE000872)
プロアデプト
彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)
ソードミラージュ
雪白 凍夜(BNE000889)
ナイトクリーク
有沢 せいる(BNE000946)
ソードミラージュ
神薙・綾兎(BNE000964)
クロスイージス
御剣・カーラ・慧美(BNE001056)
マグメイガス
綿雪・スピカ(BNE001104)
ナイトクリーク
リル・リトル・リトル(BNE001146)
スターサジタリー
モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)
プロアデプト
メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)
デュランダル
歪崎 行方(BNE001422)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
クロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
ホーリーメイガス
汐崎・沙希(BNE001579)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
クロスイージス
雪城 紗夜(BNE001622)
クロスイージス
ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)
デュランダル
蘭堂・かるた(BNE001675)
ナイトクリーク
黒部 幸成(BNE002032)
デュランダル
降魔 刃紅郎(BNE002093)
ダークナイト
小崎・岬(BNE002119)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
ホーリーメイガス
レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)
ホーリーメイガス
ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
覇界闘士
三島・五月(BNE002662)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
インヤンマスター
御堂・偽一(BNE002823)
プロアデプト
ジョン・ドー(BNE002836)
クリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
プロアデプト
氏名 姓(BNE002967)
スターサジタリー
アイリ・クレンス(BNE003000)
デュランダル
館霧 罪姫(BNE003007)
マグメイガス
白刃 悟(BNE003017)
スターサジタリー
ユウ・バスタード(BNE003137)
クロスイージス
亞 斗夢(BNE003144)
ナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
覇界闘士
阿羅守 蓮(BNE003207)
スターサジタリー
蛇目 愛美(BNE003231)
覇界闘士
クルト・ノイン(BNE003299)
覇界闘士
翡翠 夜鷹(BNE003316)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
クロスイージス
シビリズ・ジークベルト(BNE003364)
スターサジタリー
護堂 陽斗(BNE003398)
ダークナイト
皐月丸 禍津(BNE003414)
ダークナイト
ベアトリクス・フォン・ハルトマン(BNE003433)
クリミナルスタア
禍原 福松(BNE003517)
ダークナイト
フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)
ホーリーメイガス
石動 麻衣(BNE003692)
ダークナイト
鉄 結衣(BNE003707)
ホーリーメイガス
宇賀神・遥紀(BNE003750)
デュランダル
鳳 蘭月(BNE003990)
覇界闘士
伊藤 サン(BNE004012)
覇界闘士
上杉 龍桜(BNE004064)
プロアデプト
一条 佐里(BNE004113)
ソードミラージュ
紅涙・いりす(BNE004136)
ホーリーメイガス
門倉・鳴未(BNE004188)
クリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
マグメイガス
小崎・史(BNE004227)
ホーリーメイガス
ライサ ラメス(BNE004238)
ナイトクリーク
浅葱 琥珀(BNE004276)
レイザータクト
アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)
スターサジタリー
衣通姫・霧音(BNE004298)
ナイトクリーク
纏向 瑞樹(BNE004308)

ロリーナ・シンクレア(BNE004312)
ホーリーメイガス
キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)
マグメイガス
フィリス・エウレア・ドラクリア(BNE004456)
デュランダル
竜ヶ崎 恋(BNE004466)

音羽 征一郎(BNE004471)
ミステラン
鯨塚 ナユタ(BNE004485)
スターサジタリー
鴻上 聖(BNE004512)
スターサジタリー
三影 久(BNE004524)
ホーリーメイガス
レディ ヘル(BNE004562)
インヤンマスター
赤禰 諭(BNE004571)
プロアデプト
椎名 真昼(BNE004591)
覇界闘士
十凪 律(BNE004602)
   


『アイゼルネです。そっちの状況はどうかしら? 一応報告するけど、大砂場の正面にてアーク勢力を発見。敵も自動砲などで武装している模様。これから直ちに迎撃に入るわ。それではまた後でね』
「嗚呼、悪くはないなアイゼルネ。君ならば迎撃も余裕だろう、いい結果を聞けるのが楽しみだな」


 もう何度この地を踏んだのか。本来この場所が持つ意味を失って。血と魔力で塗り潰された三ツ池公園は、それでも、方舟のメンバーにとっては特別な場所だったのだ。この戦場に立つ者それぞれに此処への想いがあり。この先の敵に思う事がある。
 だからこそ。此処を取り返し、敵を打ち倒す為に。まずは道を切り開かねばならないのだ。裂帛の呼気と共に、空気を切り裂く闘気。ぐるりと回された竜の爪の先まで。一気に駆け抜ける雷撃は恋自身の事さえも傷付ける程の威力を秘めていて。けれど、それに表情を変える事も無くその手は目の前の蟻を叩き壊す。
「大人数相手は苦手なんだがそうも言ってられないな、道を切り開くとしようか」
 普通では無くなったのだからと刃を握ったけれど。この力を遣う事で守りたいのは日常だ。普通でないからって普通を望んではいけないなんて事は有りはしないのだから。滴り落ちて来た血を拭い取って。手の中の武器を目の前に向ける。
 さあ、始めよう。そんな彼女の前方。纏う漆黒は形無き無数の武器。同じ色の髪を舞い上げる夜風と共に、ベアトリクスは静かに進軍する。すらりと伸びた背。二槍で敵の攻撃を凌ぎながら、凛と澄んだ声を張る。
「回復や仲間を庇う事に重点を。後ろはお任せします」
 短い指示。遥か先に向かう者、同じ戦場で戦う者。酷く非力でけれどそれでも命を捨てる事を覚悟した同じリベリスタ達に気を払い、作戦の指示を行ったのは彼女のみ。しかし、まさにそれがあまりに前のめりになった戦線を辛うじて支える事になった事を彼女が知るのはまだ先の話なのだが――
「よーし、張り切ってお片づけするぞー☆」
 そんな声も、地を踏み切る足音さえも置き去りに。掻き消えた長身が次に現れたのは、防御を固め癒し手を守らんとする騎士の目前。唐突に現れた彼に、目の前の瞳が見開く。まずは一撃。飛び散る鮮血。膝を付いたそれの目の前で、けれど終の足は止まらない。
 空気中の水分が凍て付いて行く気配。舞い上がった鮮血はその形を保ったまま、高い音を立てて地面に転がった。優しげな笑みを絶やさないその口角がすうっと上がる。
「はいはーい、このままゆっくりおやすみなさい☆」
 巻き込めるだけ巻き込んで。一気に凍り付かせる時さえ切り裂く神速の刃。それが齎した冷気の煽りを感じながら、ベアトリクスもその槍を握り直す。騎士の象徴が帯びる禍々しい黒が示すのは、告死の呪詛。躊躇いなく突き出されたそれが、親衛隊の腹部に大穴を開ける。じわり、広がり蝕む呪いがその命を絶ったのを確認して。
「……彼らの妄執は未だ健在なのですね」
 呆れたように囁いた。嗚呼全く。親の過ちの責を子が負う道理は無いけれど、仕方が無い。同じ血が流れているのだから。祖国の恥は、この手が雪ごう。そんな彼女の前方、見知った顔と共に戦場に立つ彩花は酷く険しい表情で周囲の敵を睥睨した。
「戦争まで仕掛けて公園を占拠しておいて何をするかと思えば……こんな下らない玩具作りとは呆れるわね」
「まったくですね。これならファーストフード店のやっすいプラスチック製の玩具の方がまだ多少マシなガラクタですよ」
 彩花の唇から漏れた溜息に続くのは何時も通り淡々としたモニカの皮肉。彼女達の目的は単純明快、最前線の味方の援護と、先へ進む味方の支援だ。その為には道を開き癒しを絶やさない事が恐らく最善。鮮やかなアイボリーに纏わる爆ぜる雷撃が、其の儘敵へと叩き付けられる。焦げるにおい。爆ぜるそれが誘爆を起こそうと彩花の演舞は止まらない。
 それに続く様に。降り注いだのは鉛玉の豪雨。少女の姿には余りに不似合いすぎる物々しい銃――否、砲と呼ぶべきであろうそれを抱えたモニカが敵の状況を確かめるように視線を動かす。出し惜しみは無しだ。癒しや守護の術がないのならば攻勢こそが最大の防御。
「まあ結果的には同じようなもんですよね、多分」
 そんな凄まじい火力を操る彼女に迫る、全てを貫く魔力砲撃。しかし、モニカはその手を止めない。寸での所でするりと割り込む影が、その身を以て魔力を遮る。小さく、咳き込む音がした。しかし、その影、メリュジーヌの口元に浮かぶのは笑み。
「んふっ、支援と狙撃は援護の華。縁の下の力持ち。なんてねっ!」
 枯渇する魔力を支えながら、モニカを庇う事も忘れない。出来る人に頑張ってもらう為なら、自分の身を盾にする事等厭う気も無かった。唇から零れ落ちる血を拭う。気を抜けば痛みに気を失いそうな彼女へと、齎されたのは清廉な癒しの烈風。
 夢幻泡影。美しくも儚いそれを例える名を負う着物が、神聖術の名残を纏って淡く煌めく。祈りを捧げるように掲げられた杖を下ろしたシエルは、そっと溜息を零してその目を細める。
「私『達』の形作る回復箱は癒すだけじゃありません。1人では到底無理なれど、皆様となら……」
 癒し護り、先への道を作る事が出来る。そう、信じて疑わない。共に来た仲間の背を、しっかりと見据えて。癒し手の戦いはまさにここからが正念場だった。


『此方ベンヤミン・シュトルツェ。南門にて接敵、迎撃に移行。厄介なのを数名確認――全て落として切って散らしましょう。経過報告は追って。以上』
「君は何時だって必ず戦果を持ち帰る。勿論今回も信じているよ、ベンヤミン」


 熱風が肌を舐める。すぐ傍で炸裂した手榴弾の爆炎に跳ね上げられてサングラスが地面へと転がり落ちるのを目で追いながら、それでも彩歌は表情一つ動かさない。ただただ研ぎ澄まされた思考。演算処理。集中して集中して。差し出した指先から一直線に伸びる気糸が駆け抜ける位置は脳が弾きだした最も有効な射線。
「……そうね」
 囁く程の声。穿たれた蟻が軋みを上げる。また爆炎の名残が、彩歌の白い髪を舞い上げる。硝子玉の瞳が幾度か瞬いて、視界を塞ぐ髪を押さえる様に手が添えられた。
 負けるのは怖い。そして、失うのはもっと怖い。覚えのある感情だった。そして、それを実感しない為に、自分は此処に立つのだとも思っていた。戦う理由はそれぞれなのだから。この手にあるそれが、怖いからで何が悪いと言うのだろう。震えを覚えそうな感情はけれどその背を支える強い願いでもあるのだ。
「私も逃げない、負けない、真っ直ぐ――撃ち貫く」
 足を退けば負けるのなら。背を向ければ失うのなら。この目はただ只管に前を見据えればいい話。襲い来る敵を払い除けて。その足はまた一歩先へと進むのだ。
 怖い、と思うのは決して彼女だけでは無かった。目元を覆う布越しに。先を見据える真昼の唇が囁く恐怖。狙撃手。ああ、とても恐ろしいものだともう一度呟いた。彼に自分は見えるのだろうか。嗚呼きっと見えるのだろう。自分が彼を見ている様に。僅かに竦みそうになる足に力を込めた。怖い、だなんて。思っても逃げないと決めたから。
「オレは出来る事をする。微力だって判ってるけど……負けたくないんだ」
 さあ、思考を始めよう。出来得る限り視界に収めた敵の位置を仲間に伝えながら、その指先が選び取るのは敵を絡め取る毒の網。考えろ。考えて考えて考え抜け。何の為の思考だ。今此処で使わなかったら何の意味も無いのだから。敵は何故其方に動いた。何故其処に居る。何故あそこに――
「――下がって、自爆だ!」
 張られた声は仲間に届いたのだろう。寸での所で身を引いた姿に僅かな安堵の息が漏れる。戦況は、決して五分とは言い難いものだった。最前線へと向かう仲間が多すぎる。遊撃手相手とは言え、決して十分な戦力が其処に残ったとは言い難かったのだ。
 ベアトリクスの指示によって散らばった多数のリベリスタ達の実力も決して高くはない。だからこそ、継続戦力とするのならば常の注意が必要だったはずなのだが――それが十分であったかと言われれば、答えは否だった。人が死んでいく。血溜まりが広がる。空気が、澱んでいく。
 けれど一閃。目を伏せようとも視界を焼く、真白い閃光が戦場を駆け抜ける。人の足をも鈍らせる可能性を持つそれは、這いずる蟻には脅威だった。爆ぜる回線。ショートし動きを止めるそれらを視界に収めながら、鳴未は震えそうになる手にきつく力を込めた。
 死なせない為に来たのだ。自分に出来る事をする為に此処に居るのだ。未熟なのかもしれない。力は足りず、手は届かないのかもしれない。己の命さえこの手では完璧に守れるとは言えず。けれど、そんなのは『知ったこっちゃねぇ』のだ。
「やる事やらねぇで後悔なんてしたくねーんスよ!」
 怖い。けれどそれは、死ぬ事がではない。此処で怯えて足を退いたとして。その自分の姿を想い後悔する事が何より怖いのだ。だから下がらない。震えの収まった指先が放つ破邪の矢が敵を刺し貫いた。丁度良い。耳元のイヤホンが歌うのも、戦いに似合いのハードロックだ。
「……死ぬつもりも毛頭無いんスけどね!」
 そんな彼の声に応える様に。只管真っ直ぐに叩き付けた拳で敵を殴り蹴倒し締め上げて。龍桜は荒い息を吐き出した。まさしく正念場。鍛え上げられた身体の出せる全力を振るい、けれどもはや満身創痍と言うべき彼女が此処に踏みとどまっていられるのは純粋にその意志の強さだった。此処が正念場。やらねばならない。
「存分に……マット界のドラゴンの猛威を焼き付けるが……いい……!」
 しかし、それも長くは続かない。飛んで来た異世界の病魔。身を溶かすそれに容易く意識を断ち切られた彼女と同じく、それに巻き込まれながらも行方の足は止まらない。軽やかに駆け抜け、最も敵が蔓延る地点でストップ。二振りの刃が擦れ合いきりきりきり。その狭間からじわりと滲む、漆黒。
 密やかにけれど鮮やかに。喰らい尽くす闇で進軍を続ける都市伝説は止まらない。なぜならばこの公園もまた街の一部なのだから。街は都市伝説の領域だ。
「さて、取られたものは取り戻さないとデスネ」
 言葉が空気に溶けきる前に刃――否、最早斧とでも呼べばいいだろうか。肉を突き破り骨を叩き折り其の儘切断する威力を込めた包丁が目前の親衛隊を叩き伏せる。少女の擦り抜けた後に残るのは鮮血の足跡のみだ。叩き斬る。刻む。通り魔系都市伝説型愛され少女は伊達じゃない。
 足は止まらない。雑魚の処理は自分の担当だ。味方の刃を敵陣深くに届ける為なら捨石でも何でもやってやる。
「――手段は問わず、必ずここを奪回してやるデス」
 その為ならばさあまだまだもっと沢山断って抉って刻んで切り伏せよう!


『イェンス・ザムエル・ヴェルトミュラー曹長であります。現在、多目的広場にて敵勢力と交戦中。今回も派手な撃ち合いになりそうですが、現時点で隊員に損害無し。引き続き迎撃を行います』
「了解した。其の儘損失を出さぬよう全力を尽くしたまえ。君なら敵を打倒できると私は信じて疑わないよ、イェンス」


 とんだワーカーホリックだと、男は笑った。前向きに前のめりに死に絶える。遠まわしな集団自殺だとでも言うのだろうか。嗚呼反吐が出る。
「夢見がちな乙女擬きの思考回路で……相も変わらず鉄仮面ですか?」
 お情け程度の涙の仮面でもつけたらいい。そんな皮肉を向けた諭と無数に作られた影人へ目掛けて降り注いだのは、全てを焼き尽す業焔の矢。式は燃え尽き、しかし彼の身は傷一つ負わなかった。長大な杖を翳して。まさしくその身を盾にして防いだヘルの背があったからこそ。
 ぐらり、と視界が回る。とっくに運命の加護は燃えていた。声も立てぬ女は其の儘膝をつき、細く息を吐き出した。誇りとは戯言だ。エゴだ。自己満足だ。言葉を変えるのならば弱きものが強く生きる為の道しるべであろうか。けれどそれは、自分が背負う使命と比べれば些末な事。
 祈る時間も情けも必要ない。運命に愛されながらそれ以上を望めなかったのならば、その代償は死。そして、自分の役目はこの世界の守護と――混沌を退ける力あるものを守る事。それは果たした、と地に伏せる彼女を見遣りながら、海より拾い上げた砲塔を抱え直す。
「心中相手は紙切れがお似合いでしょうにね、誇りも何も無価値に死になさい」
「命じられるままに世界の敵とやらを葬り続けるお前らと私達に何の差があると言うのか。まあいい――死出の旅の見送りを頼むよ」
 押し付けられた塊は手榴弾だろうか。それを確かめる間も無く、凄まじい爆発音が辺りに轟いた。
 月明かりを弾いて零れた七彩の名残を引いて。敵陣を切り裂いた未明の後ろに迫りくるのは、ショットガン携えた黒い蟻。しかし、それが彼女へと銃弾を放つよりも早く。飛び込むのは金。冷気を帯びた足が其の儘目前のそれへと叩き付けられる。
 音を立てて凍り付く、機械の身体。それを視界に収めながら。未明の背後に立ったオーウェンは薄ら笑みを浮かべる。
「さて、これが俺たちのコンビネーションである」
 そして未だ終わらない。次の一手を。その指先が示すのは手榴弾構えた親衛隊。強かに手首を撃った気糸によって緩んだ手から、するり。ピンの外れた手榴弾が零れ落ちるのを、彼も彼女も決して見逃さない。
「――今だミメイ。かっ飛ばす時間である」
「今時そういうのは流行らないのよ――っ!」
 最も己の手に馴染む様になった刃が、高い音を立ててそれに叩き付けられる。敵陣まで一直線、跳ね飛ばされた手榴弾が炸裂するのを見届けながら、未明は緩やかに首を振った。死にたがりはお呼びじゃない。そう、敵も味方も、だ。
 失う必要はないのだ。命を賭けても守りたいものは、結局は賭けなくても守れるものなのだから。死んでまで守っても、死ねば其処で終わってしまうのだから。再び此方に向かってくる敵を視認する。僅かに足を下げれば、ぶつかる背中。この背だけ見ていればそれで良い。
 そんな二人の前方。放り投げられたアンプルを、わざとその身で受けた姓はそれでも表情一つ変えずに濡れた前髪を雑に払った。この程度、この身には何の脅威も齎さない。其の儘手に握った己の墓が示すのは、無数に蠢く蟻達の『足』。
 幾重にも伸びる気糸に貫かれ機動性を損なうそれらを視界に収めながら、小さく、時代は変わったのだと呟いた。最早祖国の人々からすら忌諱され、凱旋を待つ者も讃える者もいないのに。その手に勝利を収めて、何を覚えられるのか。満たされない喝采願望はあんまりにも空虚だった。
「悪あがきだね。……亡霊の未練は断ち切ってやるよ」
 例え何かを守りたいのだとしても。もう彼らの存在理由はこの時代には存在しないのだから。
 前線を押し上げていくリベリスタの只中で。
 怖い。戦争は怖いのだ。怖い怖い怖くて仕方ない。でも、怖いから斃すし嫌いだからやっつけるのだ。死にたくなければ殺さないと。覚悟を決めた伊藤の足が軽やかに踏み切られる。放たれた斬撃は一直線にエルンストへ。
「こんばんは。僕は露西亜人でもアーリアでもない人間でもない伊藤さんです」
 ご挨拶はこのくらいで。それでは皆さんいざ勝負。そんな彼と共にやってきたアンドレイが、戦闘最適化の術を周囲へと振りまく。伊藤が自分の盾として動いてくれるのならば。自分はただ只管に矛としてあるべきなのだ。
 さぁ戦争だ。大胆不敵痛快素敵超常識的且つ超衝撃的に勝利を! 首を刎ねる事を心待ちにする断頭台の刃が月光を鈍く弾く。
「Здрасти、また会ッたな。勝利の為に今宵こそソノ首頂コウカ」
「黙れよイワン、お前の顔だけはもう二度と見たくなかったんだけどな!」
 張り上げられる声。飛んで来た猛毒の病原菌は身を蝕むけれど。それを撃ち払う術が此処にはあるのだ。駆け抜ける破邪の閃光。確りと仲間を支える紗夜が笑った。親衛隊。ゲームでは大抵敵として出て来るアレのことか。
 嗚呼、実に敵らしい敵だ。外に出てくるのも悪くはない。嗚呼素晴らしい、分かりやすい、目的も明快。良いね、とその唇がつり上がる。
「時代錯誤なその使命、叩いて砕いて押し潰していこうじゃないか!」
 自分一人の手では届かなくとも、仲間が居るのなら役にも立てる。そんな彼女の前方で、只管に敵を吹き飛ばす蘭月は敵の顔を見詰めて酷く気分が悪いとその眉を跳ね上げた。余計な戦闘を行わなかった彼には未だ少しだけ余裕が残っている。
 此処からは全力。邪魔な敵は払い除け、少しでも多くの手を曹長へ。曹長の銃口が此方を向く。ぞわ、と覚える寒気。嗚呼、『撃って』くる。注意を払い続けたからこその予感に任せて声を張った。
「――来るぞ、散れ!」
 散開する仲間の中心。降り注いだ病原菌は猛威を振るい切れずに掻き消える。そのすぐ傍でエルンストと相対した瑞樹は、ただやれやれとその首を左右に振った。従える漆黒の大蛇がそれに合わせて鎌首を擡げる。見知った姿とは、随分と変わってしまった少年が此方を見ていた。
「随分とずんぐりむっくりになっちゃったね。それ、重くないの?」
「前より随分と楽だね、まぁ――劣等如きにつけられた傷が憎くて憎くて仕方ないけど」
 憎々しげに吐き出される声は何処か機械的な無感動さを含んでいるようで。其れには応えぬままに、此処まで齎し続けた呪いの名残を純白の刃から振り落とした。此処で頑張れば、他がその分楽になるのだ。ならば。
 存分に暴れさせてもらおう。ふり抜いた刃から伸びるのは操り人形の細い糸。敵を縛り上げ動きを縫い止めるそれはエルンストの足を止めるには至らない。ならば、もっと集中を。精度を研ぎ澄ませ。
「エルンストさんこんばんは☆ 折角だしオレと――」
 そんな彼女の目前に現れた長身。直後叩き下ろされたのは二振りのナイフ。硬いものがぶつかり合う高い音。跳ね上がる腕をそのままに、終の足はさらにもう一歩内側へと踏み込む。
 振るわれる刃が裂く空間。一気に温度を下げる空気。絶対零度の霧が周囲を舞う。其の儘一閃。僅かに覗く肌が裂けて滲んだ血がそのまま凍り付く。苦しげに歪む顔にひらひら手を振った。
「――あーそーびーまーしょ☆」
 軽やかな動きと共に迫る終の声。
 それを遠くに聞きながら、キンバレイは霞み行く意識を辛うじて己の下へと引き戻していた。傷が痛む。息が苦しい。どれだけ癒し手を守ろうとしても、それを為せるメンバーは多くはない。故に、疲弊し始めた少女はそれでもその手に力を込める。
「しんえーたいなんか怖くないのです! おーみどーのシャチョーさんの方がよほど悪辣なのです! わかったら地獄で反省してくるのですー!」
 劣勢を跳ね除ける様に。齎された癒しの術。それが仲間の傷を癒したかどうか見届ける間も無く、すぐ近くで炸裂した魔術にその意識は刈り取られる。既にメリュジーヌとモニカはその意識を失っていた。そろそろか。チームの撤退条件を握る沙希は、目前で危機に晒される見知らぬリベリスタへと直接語り掛ける。
(――退路を案内するわ)
 其の儘背後に全力で抜ければ恐らくは。そんな指示に従い何とか危機を脱した姿に、小さく息を吐き出す。死人は、見たくはなかった。癒しだけでは無く出来る限りの危機回避を。神経をすり減らす警戒を怠らぬ彼女を厄介と判断したのだろう。親衛隊が此方に迫る。身構えかけて、その目前で刃を受け止めた姿に目を細める。
「……皆で無事に帰る、これが最低条件なんですから」
 尽くせる限りの最善を。只管に仲間の無事の為に動いていた慧架の膝から、力が抜ける。庇い、戦い、遮り。前衛としての役目をほぼ完璧に果たし続けた身体は既に限界を超えていた。意識を失い崩れ落ちかけた身体を、シエルの手が咄嗟に支える。視線が交わった。撤退だ。頷き交わして、彩花を振り返る。
「下がりましょう。気を付けて!」
 この戦場を癒す事は出来なくなるけれど。命を失わない為に。判断を下した彼女達は、血のにおいを濃くするばかりの戦場を一気に駆け抜ける。


『こちらヨハン・ハルトマン少尉、現在的勢力と交戦中だ。問題?そんなものはない。……私は貴殿らのようなただの軍人とは違うのだ、我が神秘の業を疑うか!? 他人の心配などしている暇があればそちらの防備を固めておきたまえ!』
「これはこれは、まさか勝利を疑う訳ないではないか、ハルトマン少尉殿。私も精々笑われぬよう戦果を示そう、では、後ほど」


 吐き出した血が、艶やかな青をべったりと濡らす。地に沈みかけた身体を引き摺り起こして、アイリは剣を支えにもう一度前を見据え直す。視界が揺れる。癒しを求めようとして、周囲にそれが存在しない事に眉を寄せた。
 この戦場で最も回復に秀でたリベリスタ達は、既に傷付いた仲間と共に戦場を離脱していた。微かな癒しこそ時折齎されるものの、護られぬままそれを振るう弱者を親衛隊は見逃しはしない。倒れ伏し命を失う姿があった。それでも、逃げ出さない姿が。
「……誇りを汚すくらいなら死ぬ、だと?」
 吐き出す声は震えていた。みっともないと笑われようと逃げない。辛酸を舐めてでも泥臭く足掻いてでも勝つ気が無く。敵に背を見せ逃げてでも次を狙う気も無い。誇りの前ではそんな事も出来ないのかと笑った。ならば泥臭く死ねばいい。
 彼らは強いのだろう。れど、所詮はそれだけだ。強いだけの人間は勝てない。誇りの前では勝つ気すら霞むと言うのならば。そんな彼女が振り上げた刃を、その身で受け止めて抱え込み。瀕死の親衛隊は、何も躊躇わずに懐の手榴弾を引き摺り出す。何も分からないのだなとそれは短く告げた。
「これは温情だ。散々に辛酸を舐め、足掻く手を踏み潰され、多くの仲間を無残に失ったあの方の我らへの気遣いだ。――『痛みと絶望の淵で死ぬ位ならせめて誇りの儘に敵を殺せ』と」
 それじゃあお前もご一緒に。勝利を願ってAuf Wiedersehen! 抜かれたピンが放られて、直後炸裂する閃光がアイリの意識を容易く吹き飛ばす。しかし、その身体を確りを引き寄せてしなやかに。細い少女の足が地を蹴った。付き従う影と共に、幾重にも踏み鳴らすのは血霞舞い上げる刃の舞踏。
 敵陣を裂き走るせいるが背負うのは、既に意識を失い血に塗れた仲間だった。激しく刃を交え合う戦勝では、倒れ伏している事さえ死と隣り合わせ。
 戦いばかりに全てを傾ける仲間の為。普段は戦わないせいるが此処に立つのは、仲間を助け、世界大戦の危機を撃ち払う為に他ならない。しかし、彼女とてこの戦場では刃を向けられる人間の一人。切り裂かれた腹部から大量の血が溢れて落ちた。湿った咳。傷口を押さえて、けれどその足は止まらない。
「ボクだってアークの一員。親衛隊なんかに負けないんだから!」
 負けてなんかいられない。背に負った仲間が居る。伸ばした手が引き寄せた仲間が居る。引き摺ってでも走って走って少しでも安全なところへ。そんな彼女の様な存在の尽力は、間違いなく致命的な被害を押さえていた。しかし、殲滅は到底叶わない。元より人数の足りない戦場だ。前線へ駆け抜けていく仲間が多ければ多い程、残されたメンバーの疲弊は大きくなる。
 せめてこの場の指揮官を。そう思っても、その手は届き切らない。メインとも言うべき回復の術を持ったリベリスタは既にこの場には居らず。蟻こそ数を減らしたものの未だ自由を失わぬエルンストの攻撃が、親衛隊員の攻撃が、名も知らぬリベリスタを、傷付いた仲間を地へと伏せさせていくのだ。嗚呼。刎ねられた首が皮一枚でだらりと下がり。力を失っていくのが見えた。
 ――恐らくは、此処は長期戦になるのだろう。この先の勝敗がどうなろうと。下がる仲間の危険を少しでも減らす為、この地に残るリベリスタは戦う事を止める訳にはいかなかった。


 戦場には、盲信の絶叫が満ち溢れていた。愛おしい血が流れぬ様に。失われぬ様に。そればかりを祈り願う盲信者の声を打ち破るように。
「祖国の興亡この一戦に有り! 兵共よ武器を取れ! 鬨の声を上げよ! ――勝たねばならない戦いが、此処に有るのであります!」
 張り上げられる声。盾に示された紋様通り、戦場の仲間達へと十字の加護を齎したラインハルトがその背をぴんと張り伸ばす。この戦いは、聖戦ではないのだろう。互いの譲れぬものをぶつかり合わせる戦争だ。ただの、戦争だ。
 けれどだからこそ譲れない。趨勢はこの一戦に掛かっていると言って過言でなかった。世界大戦だなんて言う大それた危険を招かない為に。彼女の足は止まらない。只管戦場全体を見据え、崩れそうな地点へと駆け寄るその尽力は間違い無く戦線を大きく支えていた。
「此処は崩させない。境界最終防衛機構の名に賭けて!」
 活躍よりも全体の利益を。そんな彼女の後方から、降り注いだ刃は出来る限り範囲を絞っていた。まさしく蜂の巣を突いた後の惨状のように凄まじい勢いで叩き付けられる豪雨が敵を裂く。その行く末を見ながら、久は小さく舌を打った。
「好き勝手やりやがって、親衛隊共……」
 本当なら親玉を切り刻んでやりたいけれど生憎それは叶わない。力が足りないのだと、自分がよく知っていた。だから。だからこそ、今此処でやるのは地盤固め。それが、自分の出来る仕事なのだから。
 この戦場を満たす盲信は、攻撃をする背教者をことごとく叩きのめさんと牙を剥くのだ。気を払わねばならない。それを忘れない彼は酷く冷静に、この地の教祖とも言うべき敵を見遣る。
「……『真紅殉教』、お前が邪魔なんだ」
 この刃が届かないと言うのなら、他の誰かのそれが届けばいい。この戦場には、そんなアタッカーを確りと支える為の癒しの手が幾つも存在していた。弦と弓が触れ合う。澄んだ音色は甘美。まさしく福音に相応しい響きを持ったそれが、スピカの視線に応えて傷付いた仲間を癒していく。
 声かけは怠らず。出来る限り少ない手数で多くの癒しを。癒しも加護も充足し、此方より明らかに数の多い親衛隊に対応するには、一時だろうと気は抜けなかった。癒しか、それとも攻撃か。常に巡らせる思考回路は精神をすり減らして。けれど、それでも止めないのは。
「さぁ……返してもらうわよ、アークの誇りとこの公園!」
 此処が特別だからだ。そして。この先に待つ人がいるからだ。己の持てる全力を尽くそう。やれやれと、黒い髪が左右に揺れた。全く、どうしてもっと自由に生きられないのだろうか。颯の目が細められる。
 ああ全く、軍隊と言うやつはこれだから。呆れにも似た感情を飲み込んで、その足が地を蹴った。ふわりと揺れる着物の影。音もなく敵の目前に迫ってナイフを深々と突き刺した。跳ねる血。返しとばかりに振り抜かれた斧が脇腹を抉る。その痛みを押さえ込むように、手で押さえた。
「未熟者にも意地はあるのさ、小生は共にいるものたちの強さを信じて戦場へと望もう」
 さあ道を切り開け。彼女の着物を煽るように。水気を失った空気がざわめく。天を向いた銃口から放たれた弾丸を呼び声に。届く限りの敵を焼き尽す神の業焔がこの地に炸裂する。褐色の肌が、跳ね返った焔に舐められ鈍い痛みを発した。
 まぁけれど、この程度問題無い。血の滲んだ頬の傷を拭って、ユウはその碧眼を細めた。
「褐色肌に金髪碧眼。私みたいなのは何種ってんですかねー?」
 吐き出す言葉は皮肉か冗談か。その視線が見据えるのは、姿さえ見えぬほど遠い狙撃手だ。個人的に尊敬している八咫烏のターゲットらしいそれが居ると言うから来てみたのだけれど。生憎その顔を拝む事は出来ないが、自分の仕事は此処で十分に果たす事が出来そうだった。
 折角の狙撃対決を邪魔するであろう敵を、排除する。神秘の術を銃弾に込める彼女の狙いはやはり射手らしく精密で。焔に焼かれのたうつ敵もほどなくその命を失うのだろう。ユウのような、多くを一気に殲滅する術を持つ者は、ことごとく歪んだ加護に傷付けられる。それを、支える為に。
「――慈愛よ、あれ」
 祈る様な声に合わせて、舞い降りるのはまさしく神の愛情とも言うべき強烈な癒しの加護。深い傷さえ容易くなかった事にしてみせるその手腕を全力で振るいながら、小夜香は緩やかにその瞳を開く。漆黒で揺らめく、真白い光の名残。
 ヨナタン。その信仰のあり方は、出会い方さえ違えば小夜香には理解出来るものだったのかもしれなかった。血を、と謳う声が望むのは味方の生存だ。護る事だ。それを願うのは小夜香とて同じで。けれど、此処はもう、戦場なのだ。
「私は私の支えるべき人達を支え、戦うだけよ」
 此処は絶対に譲らない。運命に手を伸ばしてでも。記憶に残るあの女が、全てを投げ捨ててでも理想を貫こうとしたように。傷ついた者に癒しを、立ち上がり、戦う為の力を。救いを。切に願い祈る。
 するり、と外れた眼帯から覗いた紅の義眼。それを薄く細めながら、愛美は小さく妬ましいわ、と囁いた。盲信的に信じられる存在があるだなんて。例えそれが古臭い黴が生えた様な価値観であるのだとしても、それだけ信じられるのなら大したものだ。
「……真似したいなんて、欠片も思わないけど」
 ふわり、とゴシックロリィタのドレスが舞い上がる。乾いていく空気。皮膚がちりちりと痛んだ。直後、降り注ぐ火焔が目の前の敵を、視界に収める事の出来た反射板を焼く。燃え盛るそれの合間から此方を狙う刃が、魔術が、身を傷付ける。けれどそれでも、逃げようだなんて思いもしなった。
 全くらしくもない。親衛隊なんて関係ないのに。以前のように事前に刃を交えた事も無いのに。如何して戦場に立つのかと問われたら。理由は単純明快だ。遠い世界が、自分と顔を合わせた人間が、傷付き苦しむのが、嫌だから。あんまりにも不似合いな理由に苦く笑った。
「全く、私らしくないわ……」
 囁く声を呑み込むように。加護を希う祈りの声が響き渡る。強固な壁が破れる様は、未だ見えそうになかった。


『臨時捕虜収容所より緊急入電。サソリ型アザーバイド襲撃によりポイントDDを放棄。捕虜は別の場所に輸送されたし!』
「了解した。……実に困ったものだ。神秘に満ちた地は随分と気まぐれと見える」


 戦場に響き渡る絶叫。歓喜の叫びを上げるのだ。アーリアの血を讃えよ。勝利を疑うな。信じろ信じろ誇り高く愛しく尊い愛しい血の勝利を! 反響し戦場を満たすそれを聞くのは幾度目か。けれど、それを裂くものはリベリスタの手の内にも存在した。
 凛、と。澄み渡る空気。視線の先、盾を握り締める信仰者を示す様に、シビリズは鈍色の扇を突きつける。空気を震わせ謳うは神々の声。それは戦場全てを満たす事叶わなくとも確かに仲間を支え護る加護となる。
「絶やさんよ。神々の黄昏を知れッ!」
 そんな彼の背後。麻衣の唇が奏でるのはただ只管に癒しを祈るまじないの言葉。招かれる烈風は激しくもリベリスタの背を押す確かな癒しの力を秘めていて。癒えていく傷の様子を確りと視界に収めながら、その小さな手が魔本を握り直した。
 幼い少女の形をした顔に浮かぶには余りに不似合いな硬いいろ。それを呑み込んで、次の術を選び取るように目を伏せた。
「翼の無い私でも、背を押す事は出来ます……!」
 彼女の癒しを受けて。夜闇を切り裂く、星屑の如き光を纏う刃が戦場を駆ける。白刃に『Heaven』黒刃に『vengeance』、二つ合わせて『天罰』。己が信じる神の名の下に、只管に敵の数を減らし続ける聖はその視線を僅かに巡らせる。
 視界の端。闇に紛れる様に設置された反射板にひびが入った事を確認して小さく息をつく。自分で手伝いになるかは不明だが、出来る限りの事は出来ているだろう。確かな戦果を確かめつつ、至る所に居る軍服を見回した。
「噂には聞いてたが、まさか直接対峙することになるとはな」
 さて、何処まで力が通用するのか。その視線が捉える信仰者。自分と同種かと思えばそんな事は無く、ソレが崇めるのは自分と同じ、アーリアの血脈だ。嗚呼全く、なんと歪んだ信仰か。
「父と子と精霊の名の下に、その歪んだ信仰をぶっ潰してやるよ」
 射撃手の尽力を感じながら、確実に戦線を引き上げる事に尽力する五月は荒い息をつきながらその拳を目の前の敵へと叩き付ける。頑丈だろうと、この拳の前では無意味だと思い知らせてやろう。内側から爆ぜる肉体。鮮血を浴びて、それでも躊躇わない。
 此処が、正念場なのだ。少しでも多くの敵を殲滅する。その心情の儘に拳を震い続けて、けれど目前で、ピンを抜かれる手榴弾。殴り倒す事は叶わない。ならば。覚悟を決めて敵に突っ込んだ。其の儘、引き摺り倒す様に他の敵も抑え込んで其の儘爆発。焔が、破片が深く身を抉る。意識が遠のいた。
「ただ巻き込まれるだけなんて御免、ですよ……っ」
 どうせならみんな道連れだ。血塗れた身体を引き摺り起こして、荒く息を吐き出す。最も多くを屠るのだ。そんな彼女の様に血に塗れた人間は決して少なくはない。
「間合いが甘い!」
 吐き出す声。纏う闇と共に動いた禍津が振るう復讐者の槍が、怨嗟の呪詛を纏い突き出される。血に塗れて満身創痍。ならば共倒れだとでも言うかのように突き立てたそれは己の傷さえも抉り。
 しかしそれでも敵一人の傷を抉った彼女の意識がぶつりと切れる。そんな彼女を引き摺り戻して。
「しっかり! 無理しちゃ駄目だぞ!」
 張り上げる声。ナユタが翅有る友人と共に仲間へと齎したのは、異世界から得た力が生み出す障壁。幾度も幾度も。仲間を守る術を、癒す術を、そして、敵を撃ち払う術を振るいながら、痛む傷口を押さえる。
 痛いだとか怖いだとか、とても言ってはいられなかった。だってこの先には兄がいるのだ。格好悪い所なんて見せられない。役には立てているのだから。
「帰ったらにーちゃんに自慢してやるんだもん!」
 そのためには無事に帰らないといけない。そんな彼の横。咥え煙草を指先で摘まんで。ゆらゆらと描き出す印。仲間を蝕む脅威を払え。偽一の手が齎した破邪の閃光が戦場を駆け抜ける。吹き抜ける風に浮きそうになる学生帽をそっと押さえた。
「あっしは脇役。斬る方のお手伝いをするだけでやすが――今夜斬られ役をするのはアンタさん方でさぁ」
 悪役の常連とも言うべき彼らは、幾度も演じた事があるけれど。今日は立場が逆だ。本物のドラマを積み重ねたこの舞台で、今宵は自分も敵を跳ねる術を支える名脇役。欠けては主役は機能しない。悠然と構えた彼の和装がふわりと揺れる。
 緩々と、移り変わる夜空のいろを映した瞳が開かれる。精神を同調。与えられる力を其の儘仲間に分け与えながら、遥紀の瞳は常に誰かを探す様に動き続けていた。捉える背。少しだけ、安堵の息が漏れる。
 自分が突出しすぎる事で、誰にも負担をかけない様に。配置を気にし続ける彼を振り向いて、綾兎は圧倒的速力が生み出す残像と共に敵を裂く。互いに互いを気遣い合う。そんな中で、優れた癒しを齎し続ける遥紀を狙う手に気付くのもまた必然。
 辛うじて自分で受け止めたものの、次は如何かわからない。けれど、その次が迫る前に。
「……心配、させないでよね」
「……其方こそ、無理したら駄目だよ」
 最近無理ばかりする彼が心配でついて来たのだから。この程度何と言う事はない。刃を滑り込ませた綾兎は、覚悟を決めるように手に力を込める。絶対に引き摺ってでも彼の事は連れて帰る。
「まぁ……着いてきたからには、俺も全力で相手して貰うけどね」
 出来得る限りの敵の始末を。互いに支え合いながら、彼らもまた戦場を押し上げる。


 刃が叩き下ろされる。銃弾が飛び交う。鼻をつくのは火薬だろうか。絶叫。足音。怒声。そして酸化して行く鉄錆のにおい。すぐ隣で息絶える仲間であったものを視界の端に捉えながら。背後に癒し手を庇うシビリズは抑え切れない高揚を低い笑い声と共に吐き出した。
「嗚呼、嗚呼素晴らしいな。この戦場は実に素晴らしい、この防御重視、なんと泥沼な事か!」
 襲い来る刃を跳ね除ける。かわせぬ魔術で裂けた頬から滴る鮮血が唇を湿らせた。温い。生温い。嗚呼けれど実に素晴らしい。血が流れている。命が潰えていく。此処にあるのは生きるか死ぬかの二択だ。嗚呼。死にたくなければ抗えばいい。そうして人は生の実感を得るのだから!
「ハッハハハ! さぁ血を流せ! 狂い果てる程に闘おう! 己れらの血が尽き果てるまで!」
「嗚呼、何と言う事です。貴方は愛おしく尊いアーリアの血を無駄にするのですか。そんなにも傷を負って。嗚呼。嗚呼なんという事!」
「残念ながら貴様とは気が合わんらしいな。死合うのならば血が流れなくて如何する? 嗚呼この生温さ、実に素晴らしい!」
 張り上げる声。しかし血は失い過ぎれば戦う事さえ出来なくなる。神々の加護だけでは間に合わぬ癒しを、戦場に齎す存在があるからこその長期戦。ふわりと、金の髪が舞い上がった。
「……あたしは、あたしの仲間を守る」
 囁くようなレイチェルの声。やる事は何時も通り。望む事もシンプルでいい。そう、それだけでいい。特別はいらない。ただ癒す為の力を。護る為の意志を。その為なら、自分がどうなってもいいから。
 唇が囁く神聖術。声に応える様に吹き荒れた癒しの風が一気に周囲を吹き抜ける。血のにおいが、熱が、痛みが一気に掻き消えていく。
「みんなは守ってみせる、任せて……!」
 只管に、沈黙。物言わぬままただただ、伊吹の手から神速で放たれる白だけが、敵の命を、反射板を狙い撃っていく。冷静に戦況を見極める瞳は、己に跳ね返る痛みさえもコントロールするように素早い判断を支える。
 立ち回りは単純明快。多くの仲間を敵から護り、同時に多くを射線に含む。自分の存在が目立つのならばそれこそ素晴らしい。向かってくる敵が多ければ多い程、この拳にとっては良い的だ。
「――来い、死にたい奴は遠慮するな」
 亡霊は亡霊らしく塵となれ。淡々と吐き出される声と共に、戦線は只管に前進していく。
 傍に居られればいいと、それだけを頭に思い描いていた。背後にレイチェルを庇いながら、夜鷹は僅かに笑みを浮かべる。この翼は何時だって、彼女を守る為にあるのだから。
「存分に戦っておいで、俺が護るよ」
 囁くような声。それは、レイチェルの背を確りと支えてくれる様で。紅の瞳を前に向けた。彼が居るから戦える。確りと、移動のタイミングも合せて。少女の手が操るのは多くを巻き込む幾重もの気糸。
 優れた精度を持つからこそ、跳ね返る痛みは想像を絶するほどに積み重なる。けれど、そんなのは覚悟の上だった。
「夜鷹さん、次はこっちです……!」
 少しだけ、傷付いた自分を気遣う様に揺れる声。背を伸ばした。情けない所は見せられない。例えこの翼が汚れ折れたとしても、運命を削る事になったとしても。下がらない、一つだってその身を狙う攻撃は通さない。
 降り注ぐ花を思い出した。あの日縮まった距離と、まだ一歩を踏み出せない自分。駄目だと言いながら触れたいと震える心に、答えても許されるのだろうか。嗚呼この戦いが終わった時に。この想いを、彼女に告げても良いのだろうか。
 違う。それを決めるのは自分なのだ。痛みに遠ざかりかけた意識を、運命と共に引き摺り戻す。この想いを、届けたいから。
「絶対護り抜く! こんな所で死んでたまるか、俺はレイに伝えなければならない事があるんだ!!」
 叫ぶ。そんな彼の奮闘に応える様に、放たれたレイチェルの気糸が手榴弾を暴発させた。小さな手が、そっと。夜鷹の背を支える。互いに互いを支えるから此処に立つ事が出来るのだ。だから。それに報いるだけの敵を討ち取ろうと、唇を噛んだ。


『こちら西門付近、補給路。我がイーゴル曹長に代わりナジェージダですわ、少尉。現在西門付近よりアーク奇襲。此方への数も多く苦戦を強いられるものと判断しておりますの。他のポイントからも……! お喋りの時間は御座いませんわね。少尉、ご武運を』
「報告感謝する、ナジェージダ。奇襲か、当然ながら気を付けたまえよ。君と君の曹長殿の無事の帰還を祈ろう。其方も武運を」


 戦いに無駄だの完璧だの。理解出来ないと岬は首を振った。漆黒の闇に濡れた相棒を振るう。何もかもを喰らい死に至らしめるそれが親衛隊を喰らう様に。無理だろうと無茶だろうと叩き潰せば勝ちなのが戦いだろうに。
 理由だの難だのそんなのは必要ないのだ。出した結果が全て。それ以外には何もないのに。
「是非もねー、ぶっ潰すぜーアンタレス!」
 それに応えるように唸る焔の揺らぎの如き形状の刃。敵を跳ね飛ばし行く彼女の後ろで、史の手の中の魔導書が激しくはためく。呟く魔術の言葉に応える様に、叩き付けられた地獄の業火。辛うじて目についた反射板を軋ませ罅を入れる。
 酷く丈夫なそれを始末するのは骨が折れる。自分の実力はきっと、この戦場では大したことはないのだろう。けれど、まぁ、
「勝手させると碌なことしねーからな。御守りだ、御守り」
 そんな声が聞こえているのかいないのか。気遣う様な視線に僅かに視線を返して。何かに気付いた様にその足が下がる。相棒に崩れ落ちていた仲間を引き戻させながら下がった彼女の目前で、唐突に爆発する手榴弾。――自決だ。
 やはり、戦闘時の判断は冷静だ、感嘆にも似た感情を覚えながら、史もその手を休めず魔術を降り注がせた。
 圧倒的に多い敵。しかし、それは決して不利なだけではないと、佐里は知っている。紅い軌跡を描く刃を握って、戦線を擦り抜ける。敵に真正面から突っ込むのではない。壁に使って、巻き込む事を躊躇させる。親衛隊相手には効果は薄いものの、傷を負う可能性は確かに減っていた。
「『真紅殉教』ヨナタン・イェシュケ、討たせてもらいますよ」
 一瞬だ。一瞬で良い。隙を作れ。突き崩せ。切り付け押し込みこの防衛線を破壊しろ! その瞳が捉える状況最適解。叩き付ける刃は止まらない。裂いて裂いて道を切り開くのだ。指揮官を倒せば、士気は確実に落ちる。
 論理では読み切れぬほどに隙が無く、力で押し込める程貧弱ではない。そんな敵に出来る最も有効な手を。劣勢の中でも足を止めない事を。諦めない事を。忘れるな。前を見ろ。劣勢は容易くは覆らない。けれどだからこそ。
「――私達は勝たねばならない!」
 最も人数が必要であったはずの戦場でありながら、少ない人数。強化を失わぬ敵。そんな最悪とも言うべき状況の中でも、信仰者の戦場に立つ者は誰一人諦めてはいなかった。まさしく、取れ得る限りの最善手だったのだろう。
 傷を負い、多くの名も知れぬ命を失い、それでもリベリスタの手は、信仰者へと届こうとしていた。己の危険も覚悟の上。一心に信仰者の下へ向かう仲間を支える為に、空にさえ舞い上がり回復を齎し続けたライサは、瞳へと流れ落ちる鮮血を押さえて拭う。
「身は惜しまない。惜しむは、人を癒す力を振るえなくなる、その事実」
 世界は緩やかに滅びに近付いて行くけれど。それは、こんな方法では無いのだ。親衛隊の手では無いのだ。だから、此処は護らねばならない。そんな彼女の少し前、先を見通す瞳を凝らす福松は、突破口を開かんとそのリボルバーを掴む。
 放たれた弾丸は幾つか。硝煙のにおい。けれど、その引金が引かれた瞬間は誰の目にも捉えられない。道を拓け。撃って撃って撃ち倒しただ仲間が進む為の確かな道を。
「悪いがオレは雑種でな。お前等の血がどれほど貴いかなんて知らねぇんだよ!!」
「わからないのですか。こんなにも尊いものが。嗚呼なんと哀れなのでしょう、劣等とは如何してこんなにも哀れなのか!」
 信仰者の声が轟く。それに眉を跳ね上げたのは、フィリスだった。美しい紅のドレスが、桃色の髪が、雷撃の予兆にふわりと舞い上がる。真白い指先で、閃光が爆ぜた。
「マナよ、今こそ破壊の力となりて我が前に立ち塞がりし敵を討ち払え!」
 駆け抜ける雷撃が、敵を裂く。一気に薄くなった戦線。もう一歩。あと一手。それを見て取った伊吹の動きは早かった。前線へと足を踏み入れる。握り込んだ拳に触れた敵が跳ね飛ばされた。仕返しとばかりに切り裂かれる身を、けれど彼は厭わない。
 先往く仲間達の道を開く事が、この身の矜持。その為なら言葉も、特別な戦果も、何も不要だった。言葉よりも行動を。其れこそが雄弁に己の矜持を語ってくれる。
「俺の屍を越えて、征けッ!」
 漸く開いた道を、リベリスタが一気に駆け抜ける。


 足取りと同じ位、しゃらしゃら鳴り響くタンバリンのリズムは軽やかに。ダンスの作法を守るリルの優雅さは、その刃の鋭さを覆い隠す。魅入られる様な鮮血の舞踏。それに視線を奪われれば、待つのは血に塗れた死だ。
「血を流すのが嫌いらしいッスね。でも血に沈んでもらうッスよ。どこまでもどこまでも、リルが死出に付き合ってやるッス」 
 護りたい、と言う気持ちを知っている。けれど、その手段は全く以て添わなかった。切り斬り舞うように。その防御を崩してやろうと迫るリルの背後。ぴんと伸びた指先が招くのは、まさしく裁きの眩い閃光。
「同胞を思う気持ちはすばらしいと思います。だからといって、此方も手加減は致しません! ――審判の時です!!」
 降り注ぐそれは、敵の加護を打ち砕く力も秘めている。その閃光の中で、リルに迫る影。其れも勿論、凛子は見逃さない。危険を知らせるように、その手を引いた。寸での所で目の前を通り過ぎる刃に、リルが僅かに目を見開く。
 大丈夫。死角は自分が補えばいい。だから、確りと前を。背を押した。応える様にリルが踏み込む。この身は死神には程遠いのだろう。ならば、噂であればいいのだ。出会ってしまえば死に至る。まるでドッペルゲンガーの様な。
 死神よりも不吉な噂になればいい。未だ幼い顔が不敵に笑った。身に馴染んだ闘技は、今日も何処までも鮮やかに。破壊の意を負う手甲を身に着けた足が地を踏んだ。其の儘真っ直ぐに、突き出されたクルトの掌がヨナタンの黒衣に当たる。酷く軽い音。しかし、そのダメージは表面には現れない。
 鈍く、咳き込む音。内側から爆ぜ割れる感覚に、唇の端を伝う紅。手は届いた、ならばもう、己に跳ね返るこの痛みも、己が命ごと此方を葬ろうとする術も気には留めない。
「――潰すぞ、信仰者」
「嗚呼、嗚呼なんと残念なのでしょう。わたくしめの言葉は貴方様にも届かないとは!」
 踏み越えられぬ障壁など存在しない。己に降りかかる障害全てをこの足で踏み越えその先へ。その時訪れた日常で飲めるビールが美味しければそれでもう十分だ。そんな彼の背後。只管に周囲の敵を撃ち続けていた福松に迫る、敵の凶刃。
 かわすには遅い。身構えた彼はけれど、その白いスーツを己の血で染める事無く其処に立っていた。代わりに、ジワリと濡れていく巨大な忘却の剣。ライサの瞳を、運命の残滓が過り消えていく。
「……これは必要だから。その手で敵を討て、それだけ」
「御礼参りに来てやったぜ、有難く受け取れ!」
 短い声。そんな後衛の声に応える様に、琥珀の足が前へと踏み出す。黙示の魔剣の剣戟と共に伸びる破滅を意味する黒い影は一直線に信仰者の頭を狙い傷付ける。常からは想像出来ない殺意のいろが、その瞳にははっきりと揺らいでいた。
 薄氷の刃を前へ向ける。信仰者、その意志の強さは流石と言うべきものだけれど。自分達にもそれに負けないだけの意地があるのだ。傷など知らない。躊躇わない。此処で、退く訳にはいかない。その背を見詰めるフィリスが笑う。
 この背を見守る為に共にいるのだ。護るものがあれば頑張れるのが男の子と言うものなのだし。けれど、そんな微笑も一瞬。傷ついた彼女の視線が、クルトへと迫る大斧を見て取る。即座に動いた彼女が挟んだ盾ごと。裂かれた腕から大量の紅が真白い肌を濡らした。
 灼熱の痛み。けれど、それを厭おうとは思わなかった。これも、勝つ為の一つの布石。後悔などありはしない。力を失いかけた彼女の身体を、咄嗟に引き寄せたのは琥珀の手だった。
「その勇気と度胸は認めるが、フィリスを失ったら、俺は今後笑えなくなっちまうぜ?」
 だからそんな無理をしないでくれ。その声に応えるように、フィリスが微かに笑う。未だやれる。齎された癒しに背を押されながら、武器を構えるリベリスタの只中で。信仰者の傷は深さを増していく。ぐらつく足。それでも、彼は敵に武器を向けない。敵を相手にしない。
 ただただ。仲間を――否、自分の愛し信じる血を護る為に立つ男の前。 音も無くそこに現れたいりすは、光の欠けた瞳で真っ直ぐに信仰者を見詰める。負けっぱなしは趣味じゃない。あの手にあるであろう信仰の鎖も貰い受けてやろう。研ぎ澄ませた刃ごと、傷を抉るように、全力を叩き付けた。
 血が飛ぶ。内側から爆ぜて深まったそれから覗くあばら骨。ごぼ、と吐き出された血。それでも信仰者は敵を見ない。否、敵だけでは無いのだろう、といりすは目を細めた。
 それが本人の戦いだと言うのならば、それでいいのだろう。どうせお互い本命は別だ。愛すべきだなんて謳うものが沿う事はきっと一生有り得ない。けれど。
「お前は、以前に愛しき戦友と言ったが。お前の眼に「彼ら」は映っているのか?」
「――――は、」
 目が、見開かれる。いりすは呆れたように肩を竦めた。彼が見ているのは所詮、鏡に映った自分なのだ。陶酔し愛すべき血は己にも流れるそれで。彼が愛し護っているのは結局上司でも仲間でも無く、血なのだ。自己愛とでも、自己陶酔とでも言ってやればいいのだろうか。
 リベリスタの攻撃が殺到する。指揮官を護るように襲い来る親衛隊を押しのけて、ヨナタンへと刃が迫る。嗚呼実に滑稽。怯えたように盾を翳す姿はいりすの言葉を証明する様で。
「……命を惜しむなよ、刃が曇る」
 まぁ、お前には刃も牙も無いんだが。短い声。もう一度。迫った刃が脆くなったあばらを突き抜けて心臓を一突き。そのまま、ぐしゃり。爆ぜ割れる鮮血と共に、狂信者は地へと崩れ落ちた。湧き上がる歓喜は、けれど一瞬。
 指揮官を失おうと、この戦場には多数の敵が残っているのだ。少しでも先の戦場を支える為に。疲弊した彼らは、未だ戦い続けねばならなかった。


 本陣。総指揮の権限を持つ男が待つ戦場は、凄まじい緊張感に満ち溢れていた。最奥。其処でライフルを構えた男は只淡々とリベリスタでは無く、目の前に置かれた的を撃ち抜く。――『外さなければ外さない』。己が得たその能力を存分に高めるその動作を予期していたのだろう。
 煙霧の刃がふわりと空を切る。共に揺れる金色。一気に落ちる温度はまるで遥か遠き北の国を思わせる様で。其の儘一閃。周囲の的を一気に切り裂き凍り付かせ穴をあけたエレオノーラは、己に襲い掛かる親衛隊をまるで遊ぶ様に軽やかにかわして見せる。
 その視線が、遥か奥の狙撃手と交わった。口元に浮かぶ笑みが含むのは少女のかんばせには余りに不似合いな、挑発のいろ。
「当たる的だけ撃って誉れだなんて笑わせるじゃない。さ、遊びましょう?」
「嗚呼全くその通りなのだが――的以外でも君の様な相手を狙うよりは、ましな存在は幾らでも居るのでね、カムィシンスキー」
 非効率的だ。万に一つだろうと、危ない橋は渡るべきではないのだから。そんな彼の背後、只管己の全力を叩き付け壁を破壊していくモヨタがその剣の構えを変える。力を込めて。力一杯叩き付ければ弾け飛ぶ壁。
 効率が悪かったとしても。狙撃手の射程外に出す事が出来るのなら道も開けあんな行為を止める事も出来るかもしれない。だから。全力を振るって振るって振るわねばならないのだ。
「オイラだってこんくらいやってやるぜ、オイラの誇りは、いろんな生まれの奴らが共に手を取り合ってることだ!」
 その誇りを証明しよう。手は止めない。休まない。そんな彼と共に道を開く事に尽力していたミカサの靴が、軽い音を立てて地を蹴った。何より欠いてはいけないもの、表裏一体紙一重。その片方の名を冠した指先が与える恍惚と堕落。いざなう声がするのだ。
 堕ちてしまえば良い。ただただ甘ったるいばかりの陶酔と、微温湯の様な安寧と言う名の堕落の中に。鮮血が地面をじとりと濡らす。此処での役目は派手な活躍でも、スポットライトを浴びる事でもない。
 部隊はシンプルであるべきだ。主役は何人も要らない。ならば、やるべきは場を整える事。
「花形スタアみたいにさ、今日も余裕を見せてよ、少尉」
「ならば君も見せてくれ、ミカサ。何時か示してくれた君の誇りを!」
 其の声に応じる様に、迫り来る敵を雑に払い除ける。さあ、まだまだ仕事は終わらない。この足が止まるまで全力で。盛大に足掻かせて貰おう。僅かに笑みを浮かべた彼を振り向いて。エレオノーラの靴が地を蹴った。
 軽やかに肉薄。そして其の儘叩き付ける刃は、彼を庇う為に魔術障壁を張ったウルリケに遮られたものの。驚いた様に見開く水色の瞳に、御機嫌ようと囁いて、僅かばかりに後ろに飛び退いた。
 誰の為でもない。力とは己の為に振るうものだ。正義だの悪だのを求めれば、振るう先を間違えるだけ。それを知っているのであろう男ともう一度視線を合わせた。
「……どこにも進めやしないなら、倒れるだけね」
「生憎それを認める訳にはいかないんだ、……彼の全てなのだから」
 勝って勝って勝てば幸せになれると信じる男がいる。だから、自分もそれを信じてやらねばならない。彼が、自分を信じているのだから。
「くっ、強敵です! このスーパーサトミこれしきのことではやられません!」
 敵陣ど真ん中。簡易飛行で飛び込んだ慧美は、敵に囲まれていた。必死に武器を叩き付け抜けようとしても、一度飛び込んだ其処は擦り抜ける事も容易ではない。浮き上がれば良い的だ。
 只管に。削られていく体力。眩暈がする。運命は既に飛んでいた。足掻きとばかりに叩き付けた武器で開いた隙間を抜けようとすれば、背後から叩き付けられるハンマー。ついにぐらり、とその意識が失われて。一気に襲い来る攻撃から彼女を救ったのは、支援に徹していたジョンだった。
 彼女の手を引き後方へと放り投げてから。見える限りの仲間に一気に分け与える魔力。此処に来るまでに疲弊した仲間達にとって、戦闘を続けるための力は非常に重要な意味を持っていた。そんな彼の視線の先。只管に少尉を庇う事しかしない少女と、視線が交わる。
「ごきげんよう、一別以来、御変わり無きご様子」
「ごきげんよう? ごめんね、遊んであげられなくて」
 皮肉たっぷりの返答に薄く笑って。返すのもまた皮肉。もう、この世界での活動も幕引きだろうから。ジョンの指先がモノクルを押さえる。くすくす、と笑い声が漏れた。
「貴女も『悪夢』から覚める時を迎える必要が有ると愚考しますが?」
「だーめ。まだ、欲しいものは此処に無いもの」
 ぜったいにいや。そんな子供の様な声を聞きながら。ジョンの頭を過るのは己が命を奪った存在の顔。少女が自分の為にその死を忘れないと言う様に、ジョンも死を忘れない。けれど、其処にあるのは自戒だ。彼女とは違う。
 相容れない価値観だ。只管に攻撃を行わない少女を注視しながら、ジョンは短く息を吐き出した。


 味方の消耗を防ぎ、進路を阻ませぬこと。それが、今日の幸成にとっての忍務だった。その為に。再び相対した少女は断頭台の刃を軋ませ酷く楽しげに笑う。
「すまぬが再びお付き合い願おうか」
「ううん、貴方なら大歓迎よ! ねえねえ、フランシスカもいるの? いるのかしら!」
「来たよハイデマリー、今度こそ相手してあげられるね」
 だから存分に殺り合おう。その言葉と共に叩き下ろされるアヴァラブレイカー。滲み出した暗黒が叫ぶ怨嗟に傷付けられるのはこれで3度目だったろうか。ハイデマリーが薄ら笑う。続け様、踏み込んだ幸成の刃が再び鮮血を散らした。
 互いを血で染め合う舞踏に誘い、惹きつける。その為には何より優れた術を。研鑽された最高値を。彼女が此方を見続ける様な一手を。傷は浅くはない。けれど満足げに、心底楽しいと少女は笑うのだ。
「マリーからのお返し、受け取ってね?」
 振り上げられた刃が巻き起こす烈風。一気に駆け抜け切り裂くそれが深々と2人を裂く。それでも、幸成は足を退かない。最後まで立ち続け抑え切れないのならばこの忍務を果たしたとは言えないのだ。
 見苦しくとも何でもいい。ただ只管に。耐えて耐えて繋ぎとめて見せよう。
「この身一つで戦果を得られるならば安いものに御座るよ……!」
「そう言うの大好き! ほら、もっとマリーと遊んでよ、もっとよ、フランシスカも幸成も、マリーの相手だけして頂戴!」
 そんな2人を、そして、他の仲間を支える様に。悟は只管に歌うのだ。癒しを願って。仲間を支えられるだけの、強い強いそれを願って。自分の実力が及ばないと知っている。でも、それで諦める訳にはいかないのだ。
 こんな悪環境を弾き返せるだけの力を今この手に。少しでも、少しでも傷を癒せるように――否、それじゃいけない。
「回復させなきゃいけないんだ! 死んでも生きろ! えいえいおー!」
 絶対に諦めない。だから、今だけこの手に強い力を。全員が生きて勝とう、という願いが脆く儚いものだと知っているけれど。それでも悟は祈るのだ。その祈りを受けながら、戦場を駆けた結衣が向かったのはウルリケの下。
「鉄結衣、全力でお相手致します!」
「もー、だから、そう言うの効かないって言ってるじゃない」
 少尉を庇い続ける彼女を少しでも傷つけようと剣を叩き付けて。けれど、それは彼女には届かない。知っている。それでも、退く訳にはいかないのだ。死線を渡っているのは皆同じ。人が足りない事も知っている。だから、弱音なんて吐けない。
 出来る事は、諦めない事だけだ。だから気力でだけは負けられない。攻撃が入らなくとも、此処で止められればそれでいいのだ。その彼女を支える様に、飛んで来た弾丸。十分な集中を重ねたそれをはなった陽斗は、滲む汗を拭い目を細める。
 荷の重い戦場だと言う事くらい分かっている。けれどリベリスタとしての責務を果たしたいのだ。戦争は、数だ。だから諦めない。逃げない。誰も失わない様に。そんな彼の目の前で、必死にウルリケに抗う結衣が傷ついて行く。
 嗚呼。戦争で焼かれる世界等見たくはないのだ。この死線を押しのける。絶望なんて覆す。笑顔で帰る為に。
「どうか、どうか勝利に導いて……っ」
 親衛隊の刃が、その身を遂に伏せさせる。意識を失う少女の身体を、素早く抱えたのは陽斗だった。死なせるわけには、行かなかった。人の死は未来を奪うのだ。戦いは殺し合いで。常に、業を背負う事に他ならない。
「理解はしていても、僕は仲間の死など見たくはない」
 失う事を恐れるのなら戦うなだなんて言われても、それでも。護れるのならば守りたいのだ。どうか。この戦場に注ぐ死の運命を見逃して欲しい。そんな切実な祈りと共に、素早く後方へと撤退する。


『バイク小隊実験分隊曹長・テレーゼ・パウラ・メルレンブルクより緊急。いこいの広場にてアークより奇襲。応戦中。前回比2倍以上の人数を投入している模様。すでに公園内に浸透している模様。少尉、くれぐれも』
「有難う、テレーゼ。随分と敵は多かったようだが――此方は今のところ問題無い。愛すべき部下は失ったがね。だからどうか、君も気を付けたまえよ」
 

 実力の差。覚悟の差。それとも、警戒心の差だったのだろうか。言葉を変えるのならば、死地と呼ぶべき戦場とは誰にも等しく『優しくはない』のだろう。
「ボクだって役に立ちたいんだ! 正義の味方は負けられないっ」
 声を張り上げて、けれど。その時に感じた寒気に、斗夢は視線を動かす。鉛玉の雨を降り注がせる彼女の頭を、一直線に狙う銃口。狙撃手と視線が交わった。高められた精度が放つ煌めく魔弾が、一直線に駆け抜ける。
「さあ、君の命を貰おうか」
 音も無く避ける間すら無く。貫かれる。悲鳴を上げる暇さえなかった。眩暈。吐き気にも似たそれを追い出そうとすれば、口から一気に溢れだす鮮血。咳き込む事も出来ない。嗚呼。苦しい。でも、手を伸ばす。
「……正義の味方、は……負けない……」
 言葉は続かない。その意識はぶつりと断ち切れ失われる。未だ生温い血も身体もほどなく温度を失うのだろう。唐突に訪れた死に、リベリスタの間に走るざわめきは、けれど一瞬。悼む暇も嘆く暇も今は無いのだから。
「断頭台のお嬢さん。ハイデマリーさん。私罪姫さん。今宵貴女を殺しに来たの」
「へー、あんた如きに殺されるほどマリー弱くないわ」
 冷やかな返答。それに表情を動かしもせず。罪姫は共に来た仲間を見遣る。彼らは、既に動いていた。十分な集中を重ねて、駆け抜けた凍夜の手の小太刀が、目にも止まらぬ速度で動く。
 一瞬でいい。腕前は遠く及ばないのだろうから。一度くらいは必ず捌いて見せよう。それが、自分の仕事なんだから。
「悪いな。その刹那、貰い受ける」
「弟弟子に格好悪い所は見せたくないなあ――神道夢想流杖術、阿羅守蓮。推して参る」
 挟んだ斧ごと、少女の皮膚を裂く。僅かに表情を歪めた少女へと、次に迫るのは蓮。女の子に酷い事をするのは趣味じゃないけれど、女の子に頼まれたのならば全力を尽くさなければならない。実力が届かないのならば――その手を止めればいい。
 冷気を帯びた金剛杖を、斧を握る細腕へと叩き付ける。どんなに精強な軍隊だろうと、どれ程強い個人だろうと、支え合えねばそこまで。手と手を重ね合える強さを思い知れ。さあ、仕上げは罪姫に。そう思いかけて、けれど此方を見る少女の瞳が含む色に覚えたのは、冷たい予感だった。
 それでも、もう行くしかない。罪姫のチェーンソーが激しく唸る。首を狩る、って素敵ね、と囁いた。それを使う貴女はきっと首を駆られて死にたい人。だから手伝おう。代わりに断ち切ろう。きっと、私達仲良くなれるから。
「さあさ、愉しく殺し愛いましょう。ね、マリーさん。貴女の首頂戴な」
「――悪いけど、マリーにそう言うのって無意味よ。少尉を護る手段でしょ?」
 首も足も腕も全然部愛してあげる。そんな声と共に首へと向けたチェーンソーはけれど、傷こそつけたものの易々と断頭台の刃が跳ね飛ばす。身に纏う圧倒的武力は、その身を阻害する術を一切受け付けない。冷やかな瞳が嘲り交じりに笑った。不味い、と思ってももう間に合わない。
 身体ごとぐるりと。振り抜かれた両の刃が生み出す烈風が3人を一気に巻き込み抉り傷付ける。飛んでくる鮮血を鬱陶しそうに拭って、少女は酷く無感動にその視線を自分を止めんとする幸成へと戻す。
「喧嘩売ったんだから、勿論覚悟は良かったのよね? ま、つまんないからもう知らない」
「ハイデマリー、あんたの相手はこっち。よそ見しないで欲しいな?」
 向かってくるなら全員この手で首を刎ねてやる。酷く冷ややかな声。呼び戻されるようにその瞳がフランシスカへと向き直る。じわじわと戦線を引き上げるリベリスタ達は、ただ只管に道を広げる為に攻撃を続けていた。
「徹底攻勢にて先駆けの援護! 鉄を喰らう!」
 張り上げる声。絶対的な戦闘指揮。それが、最前線の者に届く様に動きながら。雷慈慟はその手を前方へと差し出す。演算。味方を巻き込まない、最も優れた道程を示せ。冷静に研ぎ澄ませた思考回路を今此処に。
 顕現して炸裂して其の儘敵を弾き飛ばせ! 叩き付けられたそれに道が開く。其処に割り込むように足を踏み入れる巨躯。刃紅郎の振り上げた刃に煌めく紫が、月光を弾く。其の儘一刀両断。巻き起こる太刀風が物理的圧力と共に敵を切り裂くのが見える。
「往くぞ、酒呑、ゼルマ。我らが道を切り開く!」
 敵を裂いて裂いて只々進め。王が開いた道の後ろに敵など残る筈もない。気高き踏破の後を悠然と進むのは、敵と同じ血をその身に流す古の魔女。仄かに煌めきを帯びた爪が描き出す紋様が力を帯びる。其処に乗せる、囁きの様な神聖術のことのは。
 巻き起こる癒しの烈風が、ゼルマの長い髪を舞い上げる。その影越しに見える瞳は、明らかな苛立ちと侮蔑を含んでいた。
「全く笑わせてくれる、敗戦の責も負わず同胞を見捨て、今更出てきて何をか言わんや」
 実に呆れた下郎共だ。彼らが逃げた事で、自分や兄がいらない労力を費やしたと言うのに。その分の負債は確かに此処で払って貰おう。その為に味方の背を押す彼女に迫る刃はしかし、仕舞われた白金の刃が跳ね返す。
 この刃を託した少女と、その弟が知る筈の世界が、こんなものが跋扈する世界など言語道断。思い返す様に目を細めて、そっと爪先に残る魔術を払った。
「貴様等の矮小なる大義、怒れる王の剣にて打ち砕いてくれよう!」
 刃紅郎の裂帛の声音が響き渡る。そんな彼らの奮戦の影。耳を澄ませ、目を凝らし、ただ只管に密やかに狙撃手の下へと進んでいく天乃は戦場に満ちる空気を吸い込みその瞳を眇める。
 闘争の、においだ。空気一杯に満ちる血と硝煙。嗚呼。命と運命が燃え落ちていく宴なのだ。悪くない。実に、悪くない。
「……全力で、楽しもう……っ」
 明らかに其方に目を奪われていた狙撃手へと。肉薄した所で飛び込んだ。僅かに見開かれる瞳。その身体の動きを止められずともいい、ただ、一瞬の隙を。指先から伸びる気糸が少尉を捉える――様に見えて、目前でウルリケに遮られる。
 物理的な威力のみを削ぐ障壁は、少女の身を守ってはくれなかったけれど。それでも彼女は満足げに笑う。続け様、迫ったまおの攻撃も、ウルリケを止める事は叶わない。あの指輪。あの指輪を壊せればきっともっと違うのに。手が、届かないのだ。
「まおは恐ろしいアルトマイヤー様のお邪魔に来ました。まおががんばれば、皆様がなんとかしてくれるから」
「君の覚悟は何時も尊敬に値する。が、その目論見は今のところ叶えさせてやれそうにはないな?」
 庇う事を止めないのだ。そして、その彼女を癒す手は幾らでも存在する。呪縛が解かれる。狙撃手が低く笑った。
「悪いが、私一人で戦争をしている訳では無いのでね。……さて、狙撃以外は好みでは無いんだが……『外さなければ』如何と言う事はないか」
 口角が上がる。じわり、と指先から零れ落ちる紅。それが形作ったのは――二丁拳銃。引金は二度。放たれた弾丸は、当たった瞬間に激しく爆ぜ天乃を、近くに居た征一郎を傷付ける。そして、それは一度では終わらない。辛うじてかわして見せる天乃とは違い、膝をついた征一郎の頭へと。
 もう一回。放たれたそれが、後頭部を割って爆ぜる。声も無く倒れ伏す彼を視界に捉えながら、椿は只管に集中を重ねたそれを少尉へと向ける。絶対絞首。絶対的な有罪は己に逆らったものに与えられるのだ。
「マリアさんを苦しめた罪、きっちり此処のトップに償ってもらおやないか」
 咥え煙草から煙が漂う。それもやはり、庇い続けるウルリケが受けたものの、その動きは止まる様子を見せなかった。僅かに眉を寄せる。ならばもっと高めた集中を。そんな事を想いながら、その瞳を武器へと向ける。
 狙撃手の持つ武器のなんと魅力的な事か。こと、あの外套は非常に興味深かった。己の血で作る武器とやらの性能はたった今確りと見届けた。嗚呼。叶うのならば是非あれを――そんな、彼女へと。飛んで来たのは方舟にも使い手の居る、死神の魔弾。
 避ける事を許さぬそれが、椿を深く傷つける。狙撃手が高揚感を隠さずに笑うのが見えた。
「さあ、もっと派手にやってくれたまえよ! この程度ではないだろう、もっともっと見せてくれ!」
 そんな彼へと、伸びる弾丸。音も無く近付いたそれが撃ったのはその誉れ。――嗚呼、これで3度目だ!
「いやはや、戦場とは言えもてる男は辛いねぇ。少尉殿、楽しめてるかい?」
「嗚呼、最高の気分だ烏。今日も楽しませてくれたまえよ」
 低く笑う。もう幾度繰り返したかわからない挨拶代りの砲撃が耳を穿った。


 狙撃手へと届いた手はけれど、決して戦果を挙げられているとは言い難かった。互いに互いを助け合うのはリベリスタだけでは無いのだ。丁度、悠月が己を護る障壁を利用し仲間を庇っていたように。ウルリケは決して少尉の下を離れない。
 マグメイガスにあるまじき回避能力はまさしく前衛として戦うに値するそれだった。弾き飛ばそうと全力を叩き付ける拓真の刃を傷一つ負わず受け止めて、少女は酷く楽しそうに笑うのだ。
 それでも。律はただ、まるで品定めでもするかのように少尉を眺める。アルトマイヤー・ベーレンドルフ。
「我が弟が世話になったようだね」
「嗚呼。創太か。彼は実に素晴らしい人間だった。――彼にはもう二度と勝てないのだと思うと、実に悔しいな」
 少尉の手が、肩へと伸びる。思い返す様に細められる瞳。この男を仕留めるには、仇を討つには、まだこの手の力は足りない。雷撃を纏う手を叩き付けようともこの手は届かない。
 けれど、方舟は一人では無いのだ。弟が、創太が命を懸けて守った仲間が、絶対にこの男を倒してくれる。信じていた。疑いもしない。
「さあ、古の亡霊よ。今一度君達が敗ける刻だ!」
 歯噛みする。届かない。手が届かない。嗚呼。あの日言われた言葉を思い返す。この力は誰の為のものか。答えを出そう。それを示す為に此処に居るのだ。
「我が双剣に己の誠を掲げて振うのみ! 此処に見せよう、己が覚悟と信念の一撃を!」
 戦線をこじ開けろ。全身全霊を込めて。今此処で道を作れぬのならば何のための力か。そんな友の心を支える様に。握り込まれた真白い篭手が冷気を帯びる。全力で叩き付けたそれが、遂にウルリケの足を止めたのだ。
 世界の危機とか、人類の為とか。そんな事よりもっと単純な理由で悠里は此処に立っている。だから。自分は篭手として全力を尽くす。
「この場所は優しい人達が命がけで守った場所だ。だから、返して貰う! ――僕の役目は、剣を君に届かせる事。この先は――」
「……アルトマイヤー! これ以上、貴様らの思い通りにはさせん!」
 全身全霊。双剣に込めた。嗚呼。友との絆は誰にも負けやしないのだ。今もてる全力を此処に。望む未来を、掴み取る為に! 其の儘、裂帛の気合いと共に叩き下ろす。
「行けぇ! 拓真《デュランダル》!!」
 鮮血が散る。僅かに歪む表情。しかし、それは致命傷には至っていなかった。狂犬の妄執。仲間を失えば失う程に。傷つけば傷付く程に。危機が迫れば迫っただけ。その力を増す勝利への執着心が男を護る。
 癒しの烈風が吹き荒れる。自由を取り戻した少女が少尉の下へと戻るのを知りながら。悠月は練り上げ重ねた、四色の魔術に宙を舞わせる。当てられるだけの集中は重ねた筈だ。一直線に向かったそれに傷付きながらも、再び強固な盾として其処に立つ少女は決してその場を譲らない。
「戦場に必勝は無い。アルトマイヤー少尉、敗れぬ者など居ないのです」
「そんな事、君の様な小娘に説かれずともとうの昔に知っている。――だが、これ以上の負けはもうごめんだ」
 討ち取られるわけにはいかないな。そう告げながら、その手が外套より引き摺り出すのは重機関銃。嗚呼実に趣味ではない。そんな声と共に、指を鳴らせば凄まじい轟音と共に大量の鉛玉が降り注ぐ。傷が増えていく。限界を迎えていたロリーナが、ついに耐え切れずその意識を失っても。鉛玉は避けてはくれない。
 鮮血に染まっていく身体。生者をも深く傷つけたそれの脅威を、打ち払うように。優しい声が聞こえた。招かれるのは遥か高位の力の一端。荒れ狂う、けれど何処までも優しく背を押す癒しの嵐。
 信じている。己を守ってくれる手がある事を。傷一つないカルナを護った悠里を、共に戦う拓真を、悠月を、律を、そして、仲間を。失わないだけの癒しを。淡く染まる唇は紡ぎ出す。
「私に出来る事など限られていますが……それでも大切な方を、大切な仲間たちを私のやり方で護ってみせましょう……!」
 もう、待っているだけなんて嫌だから。共に戦い共に護る為の力を。そんな彼女とは別の、英霊の凱歌が聞こえる。仲間を癒し、耐え抜く鉄壁。まさしく騎士という呼び名が似合うツァインの存在に、少尉が煩わしげにその眉を寄せた。
 此方を狙うライフルの銃口が見える。嗚呼。ならば其の儘撃って来い。駆け抜ける。放たれた弾丸は寸分違わず己の頭へと迫るけれど――直前で、剣を挟んで辛うじて逸らす。
「ハッ、アンタ腕が良過ぎなんだよッ!」
「君も中々堅牢なようで。方舟は如何してこう厄介で――心躍る相手が多いのか!」
 楽しげな声。それを聞きながら、霧音は只管にその刃を振るう。不可視の斬撃が狙うのは少尉。その手はやはり届かないけれど。何度でも。何度でも。力尽きるまで。その心にあるのは、新たな意志だった。
 戦う理由。それを、自分は彼女に縋っていたのだ。今だってそれは分からない。見つからない。でも、この手が刀を離さないのは。彼と戦いたいと望むのは。まぎれも無く自分。
「貴方にとって私はもう相手をする価値も無いかも知れないけれど」
 誇りは無いのかもしれない。けれど。戦う意志は確かにあるのだ。それは、誰が何と言っても自分のものだ。否定なんてさせない。これは、『私』の意志だ。
「――今一度付き合って貰う!」
「悪くない。君は君だと言うのならば。私は私として君の相手をしよう、衣通姫霧音」
 さあ全力を尽くしたまえ。そんな声と共に、その銃口がリベリスタへと向いた。


『アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉に緊急連絡。本隊は地上掃射砲“Schwarz strom”及びポイント、三ツ池公園パークセンターを喪失。この際方舟の工作員により通信手段を破壊された模様。揮下部隊は敗残兵を再編の後、緊急処置として埼玉工場本部に合流を果たします。Over――――――』
「――了解した。此方は現在も尚交戦中。詳しい話は後ほど工場で聞こう、其の儘無事に帰りたまえよ」


 悔しかった。あの日の覚悟の無さが。木蓮はどうしても悔しかったのだ。戦わねばならない。撃たねばならない。自分もまた、射手なのだ。固めた決意は固かった。迷いない銃口が真っ直ぐに其方を向く。
「今日はただの射手としてお前と戦う。お前を、この手で撃つぜ」
 僅かに引きはがされたウルリケを見逃さない。一直線に駆け抜ける弾丸が少尉を傷付ける。今日は君も悪くないな、と笑う唇が見えた。そして。その背を支える様に。彼女の後ろには今日も変わらず、微動だにせず。銃を構える愛しい人がいる。
 集中しろ。決して逃すな。最も適切な場所を狙え。動きを止めろ。手か。足か。頭か。何処だって狙えるのだから、迷うな。外すな。目を凝らせ。
「妄執如きに、この腕が劣る筈が無い」
 冷静に。執拗に。狙いすました弾丸は決して敵を逃さない。駆け抜けるそれが狙撃手の肩を抉る。其処は奇しくも、何時か命を懸けた青年が傷をつけた場所で。表情が歪んだ。傷を押さえる彼に、それでも龍治は表情を変えない。
 誇る事では無いのだ。己の最高を常に出せないのならば何が狙撃手か。その一瞬を逃さないからこそまさしく一撃必殺の狙撃手になれるのだろう。けれど。それでも、リベリスタは明らかに疲弊していた。
 アルトマイヤー、ウルリケ、ハイデマリー。此処のメインとでも呼ぶべき存在ばかりに傾いた戦力は、他の戦力を決して捌き切れているとは言い難い。そして、此処に来てのしかかるのは、前二つでの侵攻の遅延。
 そんな戦線で、只管に火力を叩き出す狙撃手たちが狙われぬ筈も無く。飛んでくる攻撃を、けれど庇うものは確かに存在したのだ。かるたの手が、軽やかに向かってくる敵を弾き返す。此処を狙うのは敵として当然であると分かっていた。
 精密かつ強力な狙撃を仕掛けてくるのならば、そこを崩すのは必然。それを阻害できるのならば、状況は一歩有利に進むと信じていた。そして。
 此処を狙う魔弾がどんなもので、あるのかも。それは死だ。限りなく死だ。音も無く一瞬で突き抜ける死。けれどだからこそ、かるたはそれを感じる事が出来る。目を開いた。
「死を間近に見続けてきた、私には――!」
 引金を引くのがゆっくりと見えた。己の持てる最高値を注いだ、告死の魔弾。それが駆け抜ける。狙う先は勿論こちら。止めない訳がない。止める。止めて見せる。割り込んだ身体が撃ち抜かれる。眩暈がした。ぐらり、と頽れる肢体。
 けれど、その行いは決して無駄では無かったのだ。幾度も、幾度も見たのだ。今だってそうだ。目を凝らし続けた。素晴らしき射手から学び取る絶好の機会。それを見続けた。もう頭にその術はある。後は。己のものとして『再現』するだけ。
 一弾の無駄さえ無くすその一撃を。
 命に銃口を突きつける一手を。
 見続けたそれを模倣し昇華し洗練しその成果を今此処に。
「――Schach und matt」
 放たれた弾丸が、一直線に戦場を駆け抜けた。

●Weine nicht um mich, mein Schatz, und denke
 迷いはなかったのだろう。その行動は一瞬だった。真っ直ぐに伸びた王手は正しく目の前の敵に突きつけられる筈であったのに。滑り込む、銀色の影。
「――駄目よ、このひとの最期はわたしが貰うの」
 疲弊した少女を守る障壁はもう存在せず。けれど躊躇う事無く放り出された身体の中心。脈打つそこを、弾丸が撃ち抜く。嗚呼実に運命とは悪戯好きな事だ。――背に庇った彼を模倣し生み出した一弾に、命を奪われる事になるだなんて。
 少女が笑う。してやったとでも言うように。嗚呼満足だとは言えなかった。結局欲しいものはもらえなかった。嗚呼でも、護れたのならそれでいいのだろうか。欲しいけれど欲しくなかったのだから。この人の先を繋げたのなら。
「Für das Vaterland da floß sein Blut……違うわね、」
 少尉の為に、だわ。其の儘崩れ落ちる小さな身体。それに、視線を向ける事もせず。アルトマイヤーは躊躇う事無く大量の己の血で生み出した重火器からその弾丸をばら撒く。
「退きたまえ、これ以上は無理だろう?」
 轟音。轟音。鉛の豪雨。傷ついたリベリスタを一人残らず殺し尽すとでも言うかのように。その瞳は欠片も笑ってはいなかった。
「嗚呼安心したまえよ、情けなどでは無い。逃げようと逃げなかろうと私は君達全てが死に絶えるまで引金から指を離すつもりなど欠片も無いのだから」
 リベリスタが舌を打つ。下がらざるを得なかった。これ以上戦い続けるにはこちらは余りに傷付き。敵は余りに、残っている。只の親衛隊員とはいえ、数はまさしく暴力なのだから。
 研究所のメンバーの所へ。誰が言ったのだろう。その声に従うようにリベリスタは下がる。それを追うように足を踏み出した少尉を、止めたのはハイデマリーだった。
「……下がって下さい。その傷は危険です」
 深く抉れた肩。それは、銃を撃てなくなる可能性だって残っている。致命傷ではないが、深いそれを指摘したハイデマリーは酷く不安げに少尉を見上げるのだ。水色の瞳が彷徨う。
「――では、後の指揮は君に任せよう。無事の帰還を待っている」
 短い声。常よりずっと硬いそれだけを残して、アルトマイヤーもまた戦場を離れていく。


 仲間達が下がってくる。方舟は指揮官を仕留めきれなかった。そして、此処に残存する兵全てを相手取るだけの余力も、もう残されてはいなかった。けれど。戦う事を止める訳にはいかない者が居る。
 最後方。遊撃部隊を相手取るリベリスタ達は、もつれにもつれた戦いに終止符を打たねばならなかった。此処を落とさねば、下がってくるリベリスタが更に傷を負う事になるのだ。親衛隊以外を見境無く襲撃する彼らを、倒さねば。
 そして、その光明は既に見え始めていた。度重なる攻撃がエルンストの傷を深くする。既に、ふらついている彼へと。蘭月が、全力で霊刀を叩き付ける。血が飛んだ。断罪だ。捌きの光を今此処に。
「お前らの誇りとやらが、全く理解できないよ俺は」
 崩れる機械の膝。それでも足掻きとばかりに周囲の親衛隊から放たれる魔術の残滓を、紗夜が打ち払う。これ以上は許さない。足は止めさせない。そんな戦場を見極める中で、機関銃が向く方向を目で追った伊藤は弾かれたように駆け出す。
 死なないでほしい。自分も死なないから。その身を差し出す。戦うのは嫌だ。でも挑まないといけないごめんごめんごめんなさい僕は戦争が嫌いで怖いで死にたくないから。
「だから、死んで下さい」
 僕の代わりにどうぞあの世に。悍ましい呪詛の一撃が自分の意識を断ち切るのを感じた。涙が出る。気持ちが悪い。でも、こうすれば終わるのが分かっていた。仲間が動く気配がする。
「いつかの飛行機のお返し、熨斗を付けて返すよ」
 高め切った集中は、もうその鋼鉄の身体に自由など許さない。幾度目か、瑞樹の刃から伸びた気糸がエルンストの足を縫い止める。其処に飛び込む、長身。嗚呼負けるものか決して戦う事を止めはしない。死ぬものか。死なない。勝ってやる!
 足を止めるな。それは敗北だ。後ろを向くな。それは敗北だ。決して死ぬな。其れも敗北だ。只勝利の為だけに足を動かし前へ進め。
「――御覚悟。урааа!!!」
 全身全霊魂を込めて。鮮やかすぎる断頭台の一閃が、寸分違わず最も脆い頭部を跳ね飛ばす。凄まじい爆発音が轟いて。其の儘、崩れ落ちる機械の身体はもう動かない。
 安堵が漏れる。そのまま、離脱してくるであろう仲間と共に。リベリスタ達は持ちこたえたと連絡をしてきた研究所側の仲間達の下まで下がらざるを得なかったのだ。

●Sieg Heil! Sieg Heil! Viktoria!
 ライフルを握り締める指先は酷く冷たく。其処を伝う液体は酷く生温かった。もう少し先まで行けば安全だろう。傷を癒して、少佐殿に指示を仰いで。其れから、また此処に戻ればいい。そんな思考を巡らせながら上がらない肩を押さえて。覚えるのは眩暈にも似た絶望感と、焦燥感。
 負けなかったのだ。勝ったのだ。勝っている。任された仕事はやり遂げた。何も問題はない。『戦果』は出したのだ。兵は未だ多くが生きている。何も問題はない。問題はない。ないのだ。ない、のだろうか。
 血に塗れていく銀色の髪を見た。ノイズと共に断ち切れた通信の音が耳から離れない。一度下がれと残った頼りない背が視界をちらつく。嗚呼。喪ったのだ。喪うかもしれないのだ。結局またそれは変わらない。勝利の裏に積み上げられる犠牲に幾ら『戦果』を手向けようと彼らは戻らない。
 嘆きよりも手向けをだなんて。どの口が言ったのだろうか。低い笑い声は自嘲のいろを孕んでいた。首を振って。嗚呼そうだ、と、その手が通信機を掴む。彼は何をしているのだろうか――スイッチを押した瞬間、飛び込む声はその逡巡を掻き消すには十分すぎる程の『異常』を孕んでいた。
『離せ! 兵隊なら戦え! 勝利の為に戦え! 俺は戦う! 俺はまだ戦えるんだぁあ゛ぁア゛ア゛ア゛!!』
「――何をしているんだね」
 即座に吐き出した声は震えていなかっただろうか。耳をつんざく絶叫はまるで人とは思えぬ、まさしく獣のそれで。ノイズに混じって耳を打つ酷く湿った音。暴れる音。けれど何故そこには――『足音』が無い?
『! ……アルトマイヤーか……! 分かるだ、ろ、せんそう……だぁ……!』
 滲むのは明らかな痛みだった。そんな人間の喉の奥に絡まるものが何なのかなんて兵士であれば誰だって知っている。鼻をつく鉄錆の味が競り上がる気がして、それを無理矢理に飲み込んだ。代わりに吐き出すのは溜息。そして、何時も通りの『君は阿呆かね?』なんて皮肉。
「死んだら負けだ、そう言ったのは何処の誰だったのか。それともそれを思い出す為の頭がやられたのか?」
『……。ああ……あはは。あはははは。そうだな。そうだったな。俺は。そうだ。まだ戦える。まだ生きてる。なあんだ、俺はまだ負けてないじゃないか』
 そう。そうだ。彼が死ぬ筈がないのだ彼は負けないだから死なない負けない限り死なず死なない限り負けない。勝利に、生に、戦いに喰らいついたら決して離さない。彼はそう言う男だ。だから有り得ない。きっと少し、珍しく深い傷を負っただけで。
 笑い声がする。へらへらと、何時もの様に笑う顔が脳裏を過った。そう、大丈夫だ。何も問題はない。彼は、生きている。思い込もうとしてけれど、冷静な何処かは気付いていた。通信機から聞こえる声に力が無い事を。死の気配を。
『良かったー。本当に良かった。少尉少尉。あの歌が聞きたい。Sieg Heil Viktoria。あれが一番好きなんだあ……ねえ。少尉。少尉ってば。アルトマイヤー少尉』
「そんなに呼ばなくても聞こえている。君は本当にその歌が好きだな。嗚呼何処だったか。君が好きなのは3番だったか。Es geht um Deutschlands Gloria,Gloria,Gloriaの所も好きだったな」
 通信機の向こうで、衛生兵を呼ぶ声がする。返事の無い通信機へと耳を押し当てた。 

 Wir ruhen und wir rasten nicht,Ade,ade,ade,
 Bis daß die Satansbrut zerbricht,Ade,ade,ade,

 Es geht um Deutschlands Gloria,Gloria,Gloria,

「Sieg Heil! Sieg Heil! Viktoria――ブレーメ、聞いているのかね。ブレーメ・ゾエ? 俺に歌を強請って置いて返事もしないだなんて一体どういう事なんだ? ほら、折角だ、まだ負けていないのだろう、君も歌えばいい、なあ」
『――   、』
 聞こえているのなら返事をしてくれ。そんな声に応じるのは、微かに吐き出されて止まる呼吸音だけ。
 酷く震えた声を聞いたのはきっと自分だけなのだともう気づいていた。
 歩き出す。名前を呼びながら。嗚呼早く戻ろう。彼の怪我の具合が心配だ。早く早く戻らなくては。傷はあちらで癒せばいい。此処はあの副官に任せればいい。だから。
 軍靴の音が早まる。ぽたぽたと、滴り落ちる血の跡が、月明かりを鈍く照り返していた。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
お疲れ様でした。

理由は凡そリプレイに込めた通りです。
成功条件以上を望むには足りず、其方に偏り成功条件を満たす事が疎かであった、と麻子は感じました。
難易度相応に判定をしたつもりです。

素晴らしい活躍も多々あったと思います。
どうぞ、お身体を休めて下さい。

ご参加有難う御座いました。

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ラーニング成功!
『Schach und matt』
取得者:晦・烏(BNE002858)

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追加重症
皐月丸 禍津(BNE003414)
御剣・カーラ・慧美(BNE001056)
亞 斗夢(BNE003144)
上杉 龍桜(BNE004064)