●無機質たれ―― 無機質たれ、それが我々にとっての絶対。 感情は邪魔だ。そんな物は我々には必要無い。 プラスである事を望むな。マイナスで無い事を望め。 故にこそ、無機質たれ。全ての物よ、無機質たれ―― 『そうだ、無機質たれ。それが我々の信義にして共通の価値観。 無機質たれ、無機質たれ――クカ、クカカカカカ……!』 歪な笑い声が周囲に響く。 声の主が今いる場所は、オープン前の地下駐車場だ。日の光は無く、非常灯の僅かな光だけがこの空間を照らしている。 故にこそ目立つ。声の主の姿の“異質”が。 『そうだそうだ。無機質たれよ全ての物よ。“そうでない”と言うのなら“そうしてやろう”……まぁとにかく今はこの場を出るとしようかクカカカカカ……』 「ちょっと、そこに誰かいるの!?」 警備員だ。高い声色から察するに、女性の警備員か。 「そこの“人”! そこで何してるの! ここは立ち入り禁止で――て、えっ?」 警告の声を張り上げるが、目の前の“異質”を目の当たりにすれば驚きの感情が彼女の心中を埋め尽くす。 非常灯の照らす極小の光。そんな僅かな光だけでも相手の姿を確認する事は出来た。 形は人に似ている。しかしその体は肉では無い――機械だ。 窺える体の節々からは駆動音すら聞こえる。相手を“人間”だと思っていた彼女の思考は一瞬停止する。 「き、機械……? あ、貴方は……一体?!」 『……邪魔だ有機物如きが』 “機械”が右腕を少し離れた所に立つ女性に向けて振るう。 女性の目に映ったのは二つ。機械が行ったその動作と、その直後に自分に振り掛った“水”で―― 「き、きゃあぁあ! 何、これ!? なんで、水から、火がっ!? ああ、熱いぃぃい!」 絶叫が地下に響き渡る。 彼女は確かに見た。自分に撒き散らされた水が、自分に当たる寸前に火を吹き始めたのを。 火種なんてものは無かった。だがそれにも関わらず水は今、火を伴っている。 訳も分からず彼女は炎に包まれた。全身が激痛に襲われ、炎を振り払おうともがき続けるが、効果は無い。 『クカカカカ。そんなに不思議か?』 「喉が、焼げる! 止めで、お願い止、め……で! 消じ、で……火、をっ!」 『すまんが、ワシは火点け専門でな。まぁ何が言いたいかと言うと――』 一息。 『とっとと焼け死ね有機物』 「――ッ、ァ!」 声を挙げることすら出来ない。喉が完全に焼け爛れたのだ。 力無く膝から崩れ落ちればもはや意識も無い。それはもう、唯の灰だ。 『ふむ、どうやらワシの武器は有効の様だな。良い実験となったわクカカカカ。では――』 もはやソレは先程焼き散らした人間に対する興味は無い。 ソレが見据えるのはオープン前であるが故に閉まっている正面ゲートのシャッター。 それに対し、左手に持つ銃器の様な物を構えながら、淡々と呟いた。 『これより、現地生命体への“殲滅行動”を開始します。 “全ての物よ、無機質たれ――”』 無機質に、淡々と、淡々と―― ●水の火 「ギリシア火薬……?」 「はい、東ローマ帝国が健在だった時代に使われ、水を吸って燃え上がる事から液火とも呼ばれる物です」 そんな一言から会話を始めたのは『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)。 画面の中のアザーバイドを見据えながら言葉を紡ぐ。 「現在でもその製法はハッキリとしていないんですが……このアザーバイドが使っている“水の火”はそのギリシア火薬に近い物だと思われます」 「対策は無いのか?」 「分かりませんね……ギリシア火薬は空気に触れたら燃え始め、水に触れても燃え続けるとされています。消火器が効けば良いんですが……このアザーバイドの使う火がギリシア火薬ですら無い特殊な物という可能性は十分にありますし……」 厄介な力だ。火に対する物としてまず思いつくのは恐らく水だろう。 しかしその水を使えば被害が拡大する恐れがある。 まぁ実際の所、ガソリン等の火災でも似たような事は言えるのだが。 「ともあれ、アザーバイド“ピュロマーネ(放火魔)”はこの後地下駐車場より市街に出て、各地に放火。大規模な火災が発生する原因を作ります。相当な知能を持っているみたいで、火災はかなり効率的に行われる様子が見えました」 「……中々厄介な敵みたいだな」 「ええ、それに今いる場所がかなりまずいんですよね……」 和泉が難しい表情を見せる。 「ピュロマーネの今居る場所は……地下駐車場なんです」 「……? それ何かまずいのか? 人目に付かない場所じゃないか」 「まずいですね。ピュロマーネの主武装は火炎放射器。長時間戦闘をすると、酸欠で全滅します」 つまり、時間制限があると言う事か。 人目を気にする必要が無い代わりに、別の問題が出てきたようだ。 「ですがその後の惨状を考えると、ピュロマーネを地下駐車場から出す訳にはいきません。戦場的には不利ですが、皆様は無理を押し通して――勝利してください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月21日(木)00:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●地下駐車場 ――光が揺らぐ。地下の薄暗い非常灯が発する、僅かな光を受ける物がいるからだ。 それは僅かに動きを見せる。 手を動かし、足を動かし、まるで全身の調子を確認するかのように。 光が揺らぐ。 居るからだ、そこに。人の形をした、人では無い“物”が―― 「……いたよ皆。中央で、何か確認してるみたい」 小声で言葉を紡ぐのは、『素兎』天月・光(BNE000490)。彼女は耐火性のズボン、帽子、服を身につけ、その上で靴や手袋まで耐火性の物に身を包んでいた。 炎への対策を整え、非常口の扉で身を隠しながら鏡を通して中の様子を観察している彼女の目に映ったのは――目標の、アザーバイドだ。 「全く。なんで異世界来てまで暴れるような事するんスかね? はた迷惑ッス」 「まぁ相手は異世界の相手……思考を読むのは至難でしょう」 バスタードソードを肩に乗せて呟くのは『キシドー最前線』イーシェ・ルー(BNE002142)。 次いで『リジェネーター』ベルベット・ロールシャッハ(BNE000948)も言葉を乗せる。 そう、言葉を理解していると言っても所詮は異世界の“敵”。何を考えているのかなど分かる筈も無い。 と、その時だった。彼女達の後方から静かな足音が聞こえて来て、 「お、皆いるな。警備員のお姉さんは何とかしてきた。ちょっと強引な手段になったけどな」 一旦離れて行動していた『Small discord』神代 楓(BNE002658)が合流を果たす。彼は先程まで、ここに来る可能性のある警備員に対して動いていたのだ。 時間が無かったために少々“強引”な手法には出たが、なんとか上手くいったようで。今頃警備員の女性は簀巻きに近い状態に成っている事だろう。少々可哀想な事をした、が。 「ま、命失うよりはマシと思って欲しいな……」 「なにはともあれ御苦労様。ああそういえば扉、閉める? 結界張ったから大丈夫だと思うけど……一応、一般人の対策に」 結界を張り終えた『死神狩り』棺ノ宮 緋色(BNE001100)が顎に手を添え、考え込む様子を。 「うーん……僕は開けっ放しにするつもりだったけど」 「気休め程度でも開けていた方が良いかと。酸素が無くなったらまずいですし」 光に続いて『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)も意見を述べる。 「そう。なら開けっ放しのまま行きましょうか……さて、それじゃあ」 緋色が非常口に視線を送れば、他の皆もその意味を理解する。 つまり――時間だ、という事。準備は大方片付いた。集中力を高め、体内の魔力の循環を開始させた者も居る。 やれることはやった。なればこそ、次なる行動は唯一つ。 「行こう――これ以上、俺たちの世界で好き勝手暴れさせはしない!」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の強い意志と共に、彼らは駆けだした。 非常口の扉を開ける激しい音が鳴り響く。それは同時に、闘いの始まりも告げていた。 ●強襲 『……何っ?』 全身の調子を確認していたピュロマーネが突如として鳴り響いた音に反応する。 首を回し、視線を非常口に向けた彼の視界にまず映ったのは、 「突然ですが――失礼しますよ!」 己の懐に飛び込んできた『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)の姿だった。 彼は既に腕を突き出しており、掌底の構え。狙うは胴体か。 回避は間に合わない。で、あるが故にピュロマーネは即座に腰を落とし、座り込む体勢を作る。結果として生まれるのは、掌底と胴体の軌道間に作られる脚部の“壁”。 “壁”に衝撃が走った。 『グッ――貴様ら、何者だ……!?』 左膝を地に付け、そこを軸としてピュロマーネは立ち上がる。同時に右手に持つ火炎放射器を作動させれば、炎が走った。 「何、お気になさらず」 声が響く。と、ほぼ同時。炎の渦に円が穿たれた。 直後に届くは弾丸。炎を掻い潜り、それは機械の体である肩に命中する。 「――ただのメイドですので。……と、少し外しましたか」 モニカだ。先程の一撃は彼女の物か。扇状に布陣したリベリスタの内、後方に位置した彼女が狙ったのは武器部分。 たまたま炎が視界を遮ってしまったので少しばかり狙いからは外した様だが、結局当たりはしたので問題ないだろう。 「よろしくッス、ポンコツ放火魔さん」 続くイーシェ。バスタードソードを構えながら、彼女は地を蹴る。 軽い挨拶の様な物をピュロマーネに伝えたならば、 「んじゃ、さよならッス!」 別れの挨拶も告げよう。輝くオーラを纏い、腕部に対して剣を振るう。 『ええい……何故ワシがここに居ると分かった有機物……!』 カレイドシステムの事を知る由も無いピュロマーネは、リベリスタの強襲に対し困惑を隠せない。 しかしそれはそれ。ともかく今は撃退が優先と判断し、火炎放射器を周囲に振りまわす。前衛を自身から引き離すつもりだ。そのために振るう――が、 「ハハッ! 見下してんなよ――燃やすしか能が無いくせに!」 止まらない。光は火炎放射器の口を注意深く観察し、炎を見切った。ステップを踏んで回避し、そのままの勢いを持って接近すれば剣で薙ぐ。一撃では終わらず、連続した動きを伴ってだ。 「まだまだ……こんな物で、終わらせない!」 快が叫ぶ。十字の光を押しつけるようにピュロマーネに放てば、左腕で防御された。 構わない。防御されようと、ダメージはある。ならば何度でも撃つのみだ。 「さぁ……逃げ惑いなさい」 「俺の演奏、決して安いもんじゃないよ?」 緋色とケースからサックスを取りだした楓が同時に魔法陣を展開させる。 初めは光。次いで光が矢の形状に収束され、放たれる。正面から降り注ぐ形だ。胴に当たり、顔に当たり、直撃していく。 さらに、 「――無機質な相手に、言葉は要りませんね」 追い打ちを掛ける形でベルベットの弾丸が放たれる。魔力を込めた、貫通力の高い一撃だ。 真っすぐと標的に向かったそれはピュロマーネの胸部を穿―― 『成程、な』 ――たない。甲高い音が鳴り響き、弾丸が宙を舞った。 ピュロマーネの胸部に命中し、その装甲に“跳ね返された”弾丸がだ。 ダメージが無い訳ではない。ただ単純に、ピュロマーネの装甲が弾丸の衝撃を上回ったが故に起こった現象だ。 そして宙を舞うのは弾丸だけでは無い。 「くっ、これは――」 “水”もだった。左手の手首より放たれたピュロマーネの“水”は、ベルベットへと向けて撒き散らされ、突如として発火した。 ギリシア火薬――古代の闘いにおいて海戦で使用されたとされる液火である。 『ただの有機物ではないようだな……相当な力を持っているようだ。しかし――』 一歩踏み出せば、重厚な足音が鳴り響く。 あれだけの攻撃を受けてもピュロマーネの動きに衰えは見えない。それは、鈍重であるがために重装甲だからだ。その装甲を突き破るには、まだ至っていない。 『それだけでワシを倒せるものかクカカ!』 アザーバイド・ピュロマーネ……今だ健在。 ●有機物 「――あんまり無礼るなッ!」 ピュロマーネの挑発にも似た言葉。乗った訳ではないが、光が最初に駆けだした。 「おおっ!」 掛け声と共に幻影と共に斬撃を繰り出す構え。 敵の目を誤魔化し、剣を振り上げ、手首のスナップを利かせて振り下せば――機械の左腕に鳴り響く激突音。 『クカカッ無駄だ……!』 ピュロマーネが左腕を力任せに振るう。 取り付いている光を無理やりに振り払えば、そこに向けられる火炎放射器の口。 「そうはいきません」 ――金属同士の衝突音が響く。同時に判明したのは、光に向けられていた筈の火炎放射器が上を向いていたという事実。 地下駐車場の天井に火が走り、炎が拡散する。ピュロマーネの向けた視線の先にいたのは、 『貴様っ……』 「おや、今度は当たったのですが……武器も中々お硬い様ですね」 アームキャノンを構えていたモニカだった。再び武器を狙った彼女の銃弾は、火炎放射器の少し下に命中した。 結果、その反動で武器の口が上へと強引に跳ね上げられる形となり、炎は光で無く天井を走る事となったのだ。 『まぁいい、邪魔されても燃やし尽くせば良いだけの話だクカカカ!』 ピュロマーネは右腕を、左肩から右腰の方向へと向けて振り下ろす。僅かに遅れて続くのは炎の軌道。振り下ろされた勢いと共に、炎もまたその勢いを強めて地を広がる。 今や、地下駐車場はピュロマーネを中心として“火災”が発生していた。 「やれやれ……」 と、その時だった。周囲を包む火をかき分けて進んできた一筋の線があった――銃弾だ。 鈍い音を響かせピュロマーネの頭部へとそれは命中する。揺らぐ視界の中、銃弾が飛んできた方向に目を向ければ、 「先程から随分とお喋りですね。機械の癖に」 淡々と、無表情に告げるベルベットの姿があった。銃口が向けられているのは無論だが、ピュロマーネにはそれよりも重要な事が疑問として思い浮かんだ。それは。 『ぬっ、お前は……先程ワシの水で焼き払った筈だが――』 そこまで言って、見えた。ベルベットが身につけているマントがやけに新しい色合いを保っているのを。 焼き払った筈であるそれが何故、と言う所まで思考した所で答えに至る。 『マントで水を防いだのか! 有機物が、小賢しい真似を!』 全てを理解した瞬間、もう一つ音が響いた。 打撃音。物を殴る音であるそれが響いた個所は、ピュロマーネの背中。 「なにやら有機物だの無機物だのに拘りがあるようですが、我々はどう見えるのでしょうな?」 正道だ。ピュロマーネの背後に回り、隙を見て精度の高い攻撃を加えた彼は、率直な疑問もぶつけた。 メタルフレームである彼は機械と肉体を共有している。なればこそ、完全な“機械”である敵には自分達はどう映るのか――少々、興味もあった。 しかし返答は、 「ぐっ!」 言葉では無く炎だった。ピュロマーネは背後にいる正道へと向き直るのは流石に隙が大きすぎると判断し、火炎放射器を自身の立っている地面に向けて放ったのだ。 コンクリートの表面を滑り、炎はピュロマーネ自身を巻き込みながらも、正道へと到達する。炎を扱うが故に炎に耐性が高い物ならばこそ出来る芸当だ。 『クカ、クカカ! 燃えろ、燃えてしまえ有機物ゥ……!』 燃やす。歪な笑い声を響かせながら、炎は段々と広がりを見せていた。 地下駐車場を燃やし、火に包みながらそれはやがて酸素すら消耗させていく。 「――ッ、さっきから、本当にうるさいな……!」 少ない酸素を求めながら、声を絞り上げるのは快。 「感情は邪魔だと言いながらその高笑い、矛盾して無い? なんていうか人間臭いよな!」 再び走る十字の光。 閃光が駆けたと共に、快は言葉も飛ばして、 「そんなちゃちな炎じゃ俺は燃やせない! ご自慢の水の火はどうしたっ!」 『……やかましいわ人間如きがぁ!』 左手首をピュロマーネが振るう。その動きに追随して快に向かうのは――水の火。 だがそれは隙でもあった。前衛を焼き払う事を目的として分散させていた攻撃が、快に集中すると言う事は、 「ほらほら、余所見してるとスクラップにしちまうッスよ!」 当然他への攻撃率は低下する訳で、イーシェの接近を許す事となる。 全身のエネルギーを武器に乗せた一撃を右足へとブチ込めば、流石の重装甲にも凹みが見えて。 「今が、好機……!」 緋色が詠唱を始める。それは微風を発生させ、快の傷を癒して行く。 『クカ! だがいくら癒そうと、ワシに傷を付けれぬ事には――』 「付くだろう? いくら硬いと言っても、限度はあるだろうしな!」 ピュロマーネの言葉を遮る形で、楓もまた詠唱を始めていた。 時間は無い。だが、向こうの装甲も限界が近い筈だ。なにしろイーシェの攻撃が通じたのだから。 「無機物とか有機物とか関係ない! 君は命の輝きを甘くみた!」 声は直ぐ近くから聞こえた。どこだ、とピュロマーネが視界を巡らせる中、既に懐にまで飛び込んでいた光の姿が目に映る。 「――だから、ここで行き止まりなのさ!」 剣が振り下ろされた。 顔に、胴に、肩に、装甲の薄い部分に対して連続的な攻撃が見舞われる。 軋む。装甲が、悲鳴を挙げている。 「貴方の敗因はこんな場所に現れた事です。開けた場所であるならば……もっと優位に戦えたでしょうに」 「……本当の無機質と言う物を教えて差し上げましょう」 モニカが、ベルベットが同時に砲身を定める。 直後に放たれるのは複数の銃弾と、貫通力の高い一撃。一度はその硬い装甲に負けたものの、疲弊した今なら話は別。その弾幕は全てがピュロマーネに命中し―― 『ォ……オォ、馬鹿ナ……!』 一度は跳ね返したその攻撃に、胸部を穿たれた。破砕した金属の欠片が宙を舞う。 『ソンナ……人間如キニ、コンナ!』 「むっ、皆様そこからご退避を!」 致命傷を負ったピュロマーネ。その異変にまず真っ先に感付いたのは正道だった。 味方に退避を促す。なぜなら、その耳に聞こえたからだ。ピュロマーネの体内に響く、妙な音を。 「――自爆ッスか!」 イーシェの声が響く。そう、致命傷を負ったピュロマーネの取る最後の行動……自爆。 近場の者を撒きこもうとしている。最後の抵抗と言った所だろうか。 『セメテ……一人デモ――!』 爆発の光が、地下駐車場に満ちて――轟音が鳴り響いた。 ●無機質 「――皆、無事か!?」 黒い煙が地下駐車場を支配していた。爆発の効果自体はピュロマーネの周囲だけで起こったが、その余波は全体に及んでいた様で。 ともかく他のメンバーは無事なのかと、楓の声がまず飛んだ。 「……っ、と。メイドは二人とも大丈夫です。ご心配なく」 「奴からは離れてましたしね。それより、近くの方々は……」 モニカとベルベット。後衛として離れていた事が幸いして無傷の様だ。 「僕は、ちょっとキツイかな……でも、なんとか生きてるよ……!」 「アタシは大丈夫ッス! 快さんが庇ってくれましたッス!」 続いて光とイーシェの声が返って来た。イーシェは無事なようだが、光は少々ダメージを負ってしまったようだ。流石に前衛はダメージが大きい。 「うぐ……助かったよ正道さん」 「いえ、もう少し早く絡め取るべきでしたな……」 そして快と、正道。二人の声も聞こえてきた。快はくぐもった声を発している辺り、傷を負ってしまったのだろう。無理も無い。味方を庇っての事だ。名誉の負傷と言える。 一方の正道だが、何をしたのかと言うと――ピュロマーネが爆発する寸前、トラップネストを発動させて奴を拘束したのだ。 正確に言えば拘束出来た訳では無く、少しばかり動きを鈍らせただけだが。それでも中々の効果を発揮したようで、快へのダメージを軽減することに成功したようだ。 「そう言えば……緋色様はどこに? 先程まで私達と同じく後方に……」 「――ああ、御免なさい。私も無事よ、ちょっと面白い物が近くに転がって来たから、返事が遅れちゃったわ」 モニカの懸念と同時、煙の中から無事な姿を現した緋色――その手には意外な物があった。それはなんと、 『グ、ガガッ……!』 先程自爆を敢行したピュロマーネ……の頭部パーツだった。 無残にも首から下はコードが垂れているだけで、あの重厚な装甲は見当たらない。自爆の影響で頭部以外を全て無くしたのだろう。 意識はなんとか保っているようだ。もっとも、長くは無い様子が窺えるが。 「あらあら無様な姿ね。そんな姿になってまでこの世界に何しに来たのかしら?」 『ク……カカ。言う義理は……無いな……!』 そう、と緋色は短く切る。 ならばと続ける質問は、彼女の個人的興味。果たして、彼らには―― 「ねぇ貴方、死ぬのは怖い? 私達と同じように――死を恐怖したりするのかしら?」 『…………』 ピュロマーネの答えは、沈黙。否定も肯定もしない。 それがいかなる意味を持っているのか、現時点で分かる者は恐らく居ないだろう。 「……まぁ、とりあえず一旦ここを出よう。酸欠気味で、気持ち悪い……」 快の意見はごもっとも。未だに火は燻っており、酸素は無くなり続けている。早めに脱出するが吉だろう。 「スクラップは回収して行くッス。わからねぇままにして置くのは得策じゃねぇッスからね」 「お手伝いします。回収できれば、何か役に立つかもしれませんしな」 そう言うのはイーシェと正道。バラバラになった金属片をかき集めてから脱出するつもりだ。 これで多少敵の事が分かるかも知れない。良い判断だ。 『クカ、カカカ……どう、せ何、か……分か、って、も……有機……如きに……グッ……』 その時だった。緋色の抱えていたピュロマーネの頭部から気配が消える。 機能が停止したのか。人で言うなれば――死んだ、と言う事か。 「なんでだよ……有機物には有機物の、無機物には無機物の良さがある筈だろ」 楓が呟く。もはや完全な意味で“物”となったピュロマーネを見据えながら、 「なんでそんなに、有機物を目の敵にするんだ?」 もはや答える物はいない。 彼の呟きは地下駐車場の中で紡がれ、そして――消えた。 一つの、放火魔と共に。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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