● 小さな水音を立てて気泡がゆっくりとサニー・シー・ブルーの水面へと浮上していく。 少しうすぐらい館内はダスク・グレーのカーペットが敷き詰められ、幾何学的な模様が水の流れを形作っていた。 目をみはる。先にあるのは視界いっぱいに広がるオイルサーディンの群れ……。 くぅ。 他方を見れば、ホタテの美味しそうな匂い。 彼方を見れば、伊勢えびのぷりぷりとした桜色。 くぅ。 「おや、これはこれは腹ペコのお嬢さん、レストラン『アクアリウム』へようこそ」 丁寧にお辞儀をしたのは、体長2mはありそうな巨大なマンボウ。 レストラン『アクアリウム』のオーナー、マリン・ブルーだった。 「当店自慢の海の幸を、ご所望ですか?」 お嬢さんと呼ばれた夢見が言葉を発する前に、マリン・ブルーは手をいっぱいに広げて数多くのご馳走を近くのテーブルへと並べていく。 さあ、と促されて椅子に腰掛けた少女の目の前には、新鮮なお刺身、焼き魚、和え物にマリネやイカの唐揚げ。 どれも、色彩豊かな旬の魚料理ばかり。 「さあ、どうぞ召し上がって下さい」 いただきます、と手を合わせて綺麗な赤みを帯びたお刺身を醤油につけて一切れ口に運ぶ。 ―――ガリッ。 痛みに目をあけると、そこは寮の自室だった。 美味しそうな、料理が、無い!!! なぜ、ここで目が覚めたの!? もう少し、あとほんの少しで食べられたのに。 バンバン!!! ベッドに突っ伏して、悔しさのあまり夢見は二度寝の現実逃避を開始した。 ● 「情報収集は完璧です」 『碧色の便り』海音寺 なぎさ (nBNE000244)の海色の瞳が何時より力強く語りかける。 なぜだろう、悔しさと誇らしさが合わさった様なオーラを感じるのは。 「あ、すみません。えっと、海で美味しいご馳走を食べませんか?」 正しくは今宵、海辺に現れるアザーバイド、マリン・ブルーの開くレストラン『アクアリウム』への招待だ。 マリーゴールドの太陽がスマルトの青に染められる頃に『アクアリウム』は海辺に出現するのだという。 「これ、場所と簡単なメニューが書いてある招待状です」 イングリッシュフローライトの髪を揺らし、とびきりの笑顔で手渡すなぎさ。 今日は少しだけ特別な日だから、いろんな人とお話がしたい。 「よかったら、来て下さいね。とても美味しいと思いますから!」 けれど、何よりあの美味しそうなお刺身を絶対食べるのだと珍しくテンションが高かったのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月02日(金)23:27 |
||
|
||||
|
● マリーゴールドの赤とスマルトの青が混ざる黄昏時。 泡沫のペール・アクアが音を奏でながら浜辺に出現した。 それは、至福のひとときを垣間見せるアザーバイドのトワイライトマジック。 「レストラン『アクアリウム』へようこそ!」 オーナーのマリン・ブルーがマンボウの出で立ちでリベリスタを招き入れる。 最初に海の異空間に足を踏み入れたのは、ラピスラズリを纏った修道女とユニコーンの白を掲げた折れぬ剣。 リリと風斗がゆっくりとサニー・シー・ブルーの光にライトアップされたアクアリウムの前へと誘われる。 「わ……すごく綺麗なお店です」 教義と共に人生を送ってきた彼女の事である、アクアリウムや海という物に触れる機会等無かったのであろう。だから、風斗は彼女を此処に連れ出した。 どこまでも青く、揺蕩う波、生ける魚。初めて見る光景にリリは目を奪われる。 「見ていると、時間を忘れそうです……癒されますね」 ラピスラズリの瞳に映る海の色が水面で漂うマンボウを視界に入れた。 「あ、あのお魚……可愛くないですか?」 「……マンボウ、可愛い、のか?」 風斗自身もこのようなアクアリウムは初めてでリリの一挙一動に共感を覚える。 それが少し楽しいのだ。 料理にしても日本食の作法(といっても風斗自身きちんとした作法を知ってる訳ではないが)を一生懸命教える。 何故なら、彼女が沢山の料理を嬉しそうにペロリと食してしまったからである。 出てくる物を端から。 「……結構食べますね。どこにそれだけの量が収まるんだ……」 「……お、驚かせてしまいましたか? 私、結構食べる方で……」 急に恥ずかしくなったリリの頬がオパール・ピーチに染まって行く。 「大丈夫。もっと頼もうか?」 「は、はい!」 自然と溢れるリリの笑顔に風斗の頬も緩んだ。 この笑顔をもっと見ていたいな。 ふと、過ぎった小さな心の色に風斗は恥ずかしさという歯止めを掛けて。 妹のデートをチラチラ観察しているのは、ロアンだった。 ……最近、彼と仲が良いのかな? 大変気になるご様子である。 「なぎさちゃん、いつも有難う、お疲れ様。妹も僕も、随分お世話になってるね」 「いえ、こちらこそ、いつもお世話になってます」 刺身とワインを飲みながらロアンはなぎさと席を共にする。 「なぎさちゃんにはだいぶ先の話だけど、一緒に欲しくなる組み合わせなんだよね」 「そうなんですか。素敵ですね」 「君には、こちらのオレンジジュースを。もちろん搾りたてストレートで」 「はい!」 みかんはなぎさの好物である。ケーキは後ほど。 「乾杯しようか」 グラスが重なる音色を響かせて、赤とオレンジの水面が揺れていた。 「本当は、君みたいな小さな女の子は、神秘や戦いに関わって欲しくはないんだけど……だから、何かあったら、いつでも頼って欲しいな。これでも一応君よりもお兄さんだし、ね?」 「はい! よろしくお願いします!」 にこりと笑って、アクア・ティントの泡沫が水面に昇っていく。 「はいぱーおなかがすいたのです!!!」 「そと、あつかったのです! おとなしくするですよ、はいぱー馬です号!」 太陽の色を背負ったイーリスが愛馬と共にレストランへと入ってきた。 イーリスなりの神妙な顔つきで席に座ると、愛馬もいななきを、はないきを抑えカーペットの上に足を曲げた。 「ぷはー! このいっぱいが! いきかえるのです!」 氷水をゴクゴクと飲み干した彼女はそのままの勢いでオーナー、マリン・ブルーに話しかける。 「まんぼう!」 「はい、どうされましたか? 私、オーナーのマリン・ブルーと申します」 「まんぼうのおさしみ! おねがいしますです!」 マリン・ブルーの瞳に陰りが落ちた様な。 「そんなかおをしないでほしいのです。ほしいのはマリン・ブルーさんの身では、ないのです……!」 「うまー(私は飼い葉を一杯)」 「かしこまりました」 其処にはキョロキョロと辺りを見回す馬と太陽の笑顔の少女が居た。う、うまー。 その彼女を一瞥するのは月を纏う少女イーゼリットだ。 目立って煩い妹は苦手だから、一人で静かに海の幸のパエリアを頂く。 サフランと白ワインの香り、鮮やかで綺麗な色合い。 海老と魚、ムール貝とハマグリに。イカは食べ慣れてないけれど一口ぱくり。 「ふうん。なんだか変な感じだけれど、味は美味しいのね」 なんとなくアイスティーを一口。不味かった訳ではないけれどお口に合わなかったご様子。 トマト、パプリカ、タマネギの甘み。オリーブオイルに微かなニンニクの香り。 「レモンはぎゅっと、沢山かけて召し上がって下さい」 「ありがと……おいしい。こうすると、爽やかな味になるのね」 ふうん、これがスペイン流なのね。と言いつつぱくぱくと口に運ぶイーゼリット。 月の彼女を見つめるのはパフェをモグモグしているグラファイトの黒。那由他だ。 「うーん、やっぱりイーゼリットさんは可愛いなー。お魚よりも彼女を食べたい気分ですよー。うふふふ」 エメラルドの視線の先、ドーン・ミストの月の少女の背に悪寒が走る。 「や、なぎささんお久しぶりですね」 碧色の少女の座るテーブルに移動した那由他。 「お誕生日おめでとうございます。一つ年を重ねて、お綺麗になられましたね」 「あ、ありがとうございますっ!」 照れるなぎさにとっても素敵ですよと言葉を紡ぐ那由他。 「でも、貴女位の年なら。もっと我儘になっても良いんじゃないですか?」 「……我儘ですか?」 「私はずっと気になっているんですよ。貴女は我慢しているんじゃないか。ちゃんと泣いたんだろうかって?」 まあ、そんな様子を想像して悦に浸ったりもしましたけど。くすくす。 「折角の誕生日です。こんな日位、意地悪な私に我儘の一つでも言ってみませんか?」 「あ、えっと……。じゃあ、来年もお祝いしてくれますか?」 大切な人が突然居なくなる怖さをよく知っているから。来年も居る保証なんて無いから。 だから。小さな我儘。儚い約束。 ロッテ嬢と魚介料理を嗜みに……来た筈だったのだが。 竿を持ちながら。雷慈慟は思った。 「お~釣ったの食べてる人いる~! あれやりましょ! 雷慈慟様、釣って食べよ!」 釣りなどしたことのない彼にとって良い機会だったから。 「やってみよう」 「わたしの狙いはサバちゃんですぅ! 塩サバにして食べるです!」 「サバ……と言うのは美味いのか」 「……サバちゃん釣れない……雷慈慟様も全然ですね」 生簀だと言うのに、なんという釣れなさ具合だろう。雷慈慟は思った。 「ねえ~知ってます? マンボウって食べれるらしいですぅ。寄生虫いっぱいなのに、怖いですぅ……」 マンボウ…? 先日ロッテ嬢に聞き及んだ何故生存しているのか解らない程脆い生物か。雷慈慟は思った。 「食べれ……寄生虫満載? 食べるのか 何故……」 その時、ロッテの竿に何かが掛かった。サバである。 「……んお!? サバちゃん1匹釣れたぁ!!」 隣を見ると、雷慈慟の竿も引いている。 水面を飛ぶ魚影。巨大すぎる黒い影。 「マ!! マグロ!!!」 「アレがかの有名な マグロか……!」 -1時間後- 汗だくになりながら、マグロを釣り上げた雷慈慟とロッテ。 「すっげ~!! 大収穫ですぅ! 早く捌いてもらいましょ! お腹ぺこぺこですぅ……」 「……漁師の 凄さを 思い知る ばかり だ」 「おやおや、なんと! これは美味しそうな酒ですね」 マリン・ブルーに清酒「三高平」を差し入れ、自身の酒を持ち込んだ快は水面の見える場所を選んでテーブルについた。そこは、オープンキッチンにも近い場所。 目の前のなぎさに食前酒代わりの冷やし甘酒を注ぐ。 夏バテ防止にも効く甘酒は新田酒店特製なのだ。 「お誕生日おめでとう、乾杯」 「乾杯。お祝いありがとうございます!」 快がマリン・ブルーにオーダーしたのは日本近海で取れる鯵。 刺身ではなく「なめろう」で頂くのだ。 葱に紫蘇、生姜等の薬味。それから麹味噌と日本酒を乗せ、包丁で粘り気が出るまで細かく叩く。 それを常磐色の大葉の上に盛りつけて。 透明度の高い綺麗な白身、鱸は洗いで江戸前。身の締まった間八を厚切りの刺身で。 葛打ちした鱧の吸い物は黒椀の中で花を開く。 「なぎささんもどう? マンボウの刺身は白身で美味。肝和えも楽しめるよ」 「マンボウ……美味しそうです」 チラリとマリン・ブルーへと視線を向ける二人。 ● 「なぎさ、お誕生日おめでとう」 フランシスカは祝いの言葉や仕事には慣れたのかとなぎさに問いかけた。 「ありがとうございます。仕事にはまだ不慣れですが頑張ります!」 「しかしあれだね、ここのお魚って凄く美味しいね。なぎさは何が好き? わたしは全部好き!」 「私も全部好きです」 「お魚だけじゃない、この海老もぷりぷりしてて美味しいね。刺身もいいけどお寿司も美味しいよね」 「はい!」 幻想的な色合いのアクアリウムで和やかに過ぎていく二人の時間。 最高だね。とフランシスカとなぎさは笑顔になった。 突然の通信で呼び出されて来たのはアークの神速、司馬鷲祐。 「海依音め一体なんなんだ。いきなりAFで緊急通信とは。対アザーバイド……!? まさかな」 踏み入れる幻想色のレストランで彼を迎えたのは【誕生日会】に集まったメンバー。 一通りのメニューを食べ終えた鷲祐の目の前に運ばれたのは「わしすけ君おめでとう」とプレートの乗った生クリームたっぷりのケーキだ。 「……っあ。そうか……誕生日か」 鷲祐のムーンストーン・シルバーの瞳が大きく見開かれて嬉しさが滲む。 「……ありがとう。この歳になって、こんな機会をもらえるなんてな。それもこんな綺麗な所で……」 「知り合ってそんなに長くないのに、わしすけ君とはずっと前からお友達のような気がするのは不思議ね 新しい一年もよろしくね」 「僕はアークの初期からいたから付き合い長いほうだけど、逆に色々ありすぎてあっという間だった感じがするね」 海依音と悠里の口から溢れるのは祝福の調べ。 鷲祐の家が燃えたことも懐かしいと境界線の篭手はスパニッシュ・オレンジの瞳で頷いた 暖かい気持ちに鷲祐の瞳に熱いものがこみ上げる。 それを眼鏡を直して押しやった彼。 「オーナー、場所を借りるぞ!」 照れ隠しにマリン・ブルーへと視線を向けた。 「どうぞ、存分にお楽しみ下さいませ。このケーキは貴方様にご用意したものですから」 ワインの赤に揺蕩う光を追えば、重なるグラスの綺麗な響きに酔いしれる。 『ワタシ』になっても未だ誕生日を祝う気持ちが残っていたのかと海依音は思った。 否、この仲間たちだからこそこんなにも心が踊る。 「ワタシにも大切なモノができたということかしら」 「海依音さんの誕生日はいつだっけ? えーっと、今28だったっけ?」 彼女の視線が突き刺さる。 何故だろう。無性に財布の中身が気になるのは。――悠里は財布の中身を確認した。 「海音寺も、誕生日おめでとう。こんなに機会が重なるなんて、なかなかない。一緒に祝われよう。うん」 「ありがとうございます!」 一緒にケーキを食みながら笑顔で返すなぎさ。 其処に紛れるのは日本酒を持った快だ。 辺りの人々を巻き込んで、気持ちがひとつになっていく感覚。 「ところでケーキのプレートに書いてる名前間違ってない?」 とは悠里の口。 「すまない火車。ついてきてくれて」 不安げな表情で火車を見つめるレンの頭の中には兄である設楽悠里のキラキラした衣装と天使に捧げた歌が流れている。 あぁ……先日のギラギラ悠里がまだ根深いか。 「お……?おう……飯も食えるみてぇだし。ソッチの方も頂くと……おい聞いてるか?」 「早速ユーリを発見した」 発見……するだろうなそりゃあ。隠れたレンが背伸びしつつ兄の様子を伺っているのをメニューを見ながら一瞥する火車。 「レンは何食うよ?……レン?」 「……。」(チラチラ 「ヘーイ 注文良いか? えーとここにある奴大体一通りと。あーワインは……白? じゃあソレ」 はぁー…たまには魚料理も良いな! ワインは……うーん? 良く解らん! レンそっちのけで料理と酒を食らう火車。 「あれは何をしているんだろう?」 ワイワイと騒ぐ兄の仲間たち。 「しょりゃーオメェ……見たまま誕生会じゃれぇの?」 ……なるほど! バースデーパーティーだったのか! パロット・グリーンの瞳が驚きと安堵に満ちていく。 「あれもただの催し物だったのか! それは安心した。やはり火車についてきてもらって正解だった!」 「そぅかしょうか しょりゃよらったな」 「ありがとう火車。……安心したらなんだかお腹がすいてきた」 くぅ。となったお腹を抑えて、レンはオーナーに声をかけた。 以前に誘われたクラシックのお礼にと小町をアクアリウムへ招待したグレイ。 「……誘われただけで放置しておくのは如何なものかと思ってな」 「えへへーお友達を誘うのに理由なんていらないのですよう。お誘いありがとーなのですっ」 にっこりと小町が微笑みかける。 「シチュエーション的には、悪くないだろう?」 少し薄暗い館内ダスク・グレーのカーペット。サニー・シー・ブルーの水面に、テーブルを彩るキャンドルライト。 「きれーよねえ、すてき……!」 目をキラキラ瞬かせる小町にグレイはメニューを渡す。 「小町は何か食べたいモノはあるか?」 「食べたいもの。うーんと、うーんと……新鮮ですから、やっぱりお刺身かなっ! ごはんとお味噌汁も欲しいとこです。あとあと、デザートは必須だとおもうです……!」 マリネと海の幸のスパゲティ、刺身の定食に後から出されるデザート。 小町は小さな口一杯に頬張りながら嬉しそうに食べている。 グレイはしばし考えて言葉を紡いだ。 「……そうだな。他に友人などは出来たか」 まるで年頃の娘を持った父親の様な質問だなと自嘲しながら小町の瞳を見つめる。 「学校のおともだちはできたです。アークのおともだちはまだグレイさんがおんりーわん! お父さんですか?」 「いや、質問が保護者みたいだった。トークに慣れていなくて申し訳ないな」 「じゃあ父兄さんの兄のほーですねっ! ふふふー。優しいおにーさんでこまちうれしーのよう」 和やかな時間が過ぎていく。 琥珀とフィリス。二人の祝いになぎさは感謝の言葉を伝える。 「フィリス、今日は海の幸が盛り沢山だぜ! 色々食べてみ?」 刺身や寿司、日本料理を一通り。 「今日は海の幸が大量…いや、しかし頼み過ぎではないか?」 次々と運ばれてくる料理に驚きながらも楽しいとフィリスは笑う。 「そしてお勧めはコレ!」 伊勢海老どーん! 「ほう、それが伊勢海老と言う物か。中々巨大な奴だな、ロブスターとも違うようだが……」 「海老大きいだろー、ナイフで切って食べればいいんだぜ」 器用に殻を割ったフィリスは感嘆の声を上げた。 食事の席でも、何処に居てもカラミティの少女は絵になる。それが幻想的な空間であれば尚の事。 ――綺麗だなぁ。 「おお、沢山身が詰まっているぞ。食べごたえも中々ある……と、何をジッと見ているのだ、浅葱」 「あ、やっ、何でもないよ!」 頬が染まって行くのが自分でもわかる。その様子にフィリスは不思議そうに首をかしげた。 「うむ、美味しいのだぞ? 浅葱も食べるが良い。なんなら、私が食べさせてやろうか?」 「……!?」 ふふ、と微笑んで悪戯な笑みを見せる彼女。フリーズする彼。 「く、それは是非次の機会に……フィリスの手料理で、膝枕付きでなっ!」 必死に逸る鼓動を隠しながらウィンクをする琥珀。 俺を動揺させるとは面白いじゃねーか、今に見てろよ。と意気込むのだ。 「蜜柑ポン酢って、知ってます?」 煌めくアクアリウムを眺めながら隣に座る光介がホリゾン・ブルーの瞳でなぎさを見つめた。 しかも、なぎさの好きな蜜柑の話。 蜜柑の搾り汁を、醤油とお酢、少しのみりんと溶きあわせ。 「これで鯛のお刺身なんかを食べると……」 魚のとろみが活きるのですよ。と光介が笑う。 「わぁ! 食べたいですね! あ、オーナーさん、蜜柑とみりんありますか?」 醤油と酢は手元に並んでいるから、その2つを持ってきて貰い、蜜柑を搾るなぎさ。 思ったより力がいるらしく、苦戦している彼女に光介は気がつけば、近づいていた。 なんだか、おっちょこちょいな妹をフォローする兄みたいに。自然に。 「もぅ、お兄ちゃん、手伝って……あ、す、すみません!」 ここに居るのは兄では無かったのに。自然と口からこぼれた兄という言葉。 恥ずかしくて、居た堪れなくて、涙がこみ上げる。 ――わかってる。 家族のかわりにはなれやしない。お互いに。 仮初の相互依存? ううん、それでも、いまは。 「大丈夫ですよ」 光介は項垂れたイングリッシュフローライトの髪を優しく撫でた。 「お誕生日おめでとうございます。来年も言わせてくださいね」 居なくなったりしないから。此処から見守ってる。 いまはこの距離感が、何より自然に思えるから。 ● 「なぎさちゃんのお誕生日! あれー? 居ないなー!」 まずは軽く腹ごしらえしとこっ! 壱也の声が微かに聞こえた水面の向こう。 今日も千里眼で羽柴ちゃんの居場所をちぇきらう☆な葬識は隣に居る陣内に話しかける。 「ねね、阿久津ちゃん、アレ俺様ちゃんたちの指定席だよね。いかないとだね! お姫様が待ってる!」 「そりゃーもーモチのロンでしょーよー♪ ちゃんとエスコートしなくちゃだわー★」 「お寿司とー、いせえびとー、ホタテの浜焼きとー、あとー」 「そうそう、エビは大きいのにしてあげてねー。うにとかかにとかいっとく?」 「話によるとー深海魚も中々淡白で美味しーって話ーだーぜー♪ あー焼きモノもいっとくー?」 「え? わたしそれ注文してな……」 いつでもとなりに殺人鬼ー。いつでも隣に泥棒がー。包んで挟んで逃がさない! 「う、うわあああああでたあああああああ! またナチュラルに三人できたみたいな雰囲気だして! きてないからね!?」 ホタテ到着。葬識が奪取。壱也の口にぶち込んで。 「羽柴ちゃんと俺様ちゃん達の仲でしょ! ほらあーん☆」 「あ、それわたしのホタ……むぐ!?」 ひぎゃー! あつい!! 「熾喜多さ…! それ熱!!! 熱!」 ヨロヨロ壱也。隣の陣内寄りかかる。 「がっついたらアカンよー? 料理は逃げなー……おっとぉー?」 あーまた義腕もぎったー。 「ギャー!! 腕!!」 もうばかー! 今日はなぎさちゃんのお祝いに来たんだからー! 火傷の壱也を担いでわっしょい★ むかおう。羽柴神輿だおまつりわっしょい☆ 片肩羽柴、引っ掛けわっしょい★ 「なぎさたん!」 呼び止められたなぎさが振り返るとそこには新進気鋭バンドBoZのギタリストが居た。 「俺だよ俺! アークの少女のみんなのお兄ちゃん、結城竜一だよ!」 「あ、えっと」 「誕生日おめでとう! プレゼントはもちろん持ってきたよ! かわいいなぎさたんにピッタリな青シマパンだよ!」 手渡された縞パンをどうしたものかと悩む少女。 「あ、ありがとうございます」 「よーしよしよし! 今日もなぎさたんはかわいいなあ。さあ、お兄ちゃんの膝の上に乗ってゆっくりとするといいよ!」 ポンポンと自分の膝を叩く竜一。向かいの席に座るなぎさ。 「さあさあ、何食べる? いろいろあるね! 刺身に寿司に焼きものに……」 竜一が海の幸に彩られたメニューを目で追っていく。 「うな……、……うなぎだと……!?」 ……串打ち三年、割き五年、焼き一生。……こんなところで、うなぎが食えるとは……。 いまや、うなぎの枯渇は社会問題にすらなっているというのに。 去年の倍ほどの値段で市場に出回っているのだ。 「うめえ……」(もぐもぐ) 「うなぎ……」(むしゃむしゃ) 「うめえや……」(がつがつ) 「はい、なぎさたんも! あーん!」 差し出された箸を竜一の口に押し戻したなぎさ。竜一はそれすらきゃっきゃと喜んだ。 恭弥はなぎさに誕生日の祝いとはじめましての挨拶を。 「始めまして、私は最近このアークにやってきた紳士の廿楽恭弥と申します。以後お見知りおきを」 「ありがとうございます。はじめまして。海音寺なぎさです」 可憐な乙女のバースデイという特別なイベントならば、例え初対面で有っても、お祝いに来る……それが紳士と言う物です。 カーニバル・レッドのメッシュが入った黒い前髪をキザったらしく払い上げ。 「アークで活動するにあたって、今後お世話になると思いますしね。良い機会なので挨拶も兼ねて、と思いまして」 その少し個性的な口調に笑顔になったなぎさへ恭弥は言葉を続ける。 「しかし、14歳でお刺身とは通ですね。お刺身も良いですけど蟹さんとかも如何ですか」 ここは紳士的な私にお任せ下さい。と蟹の殻を剥いて手渡す恭弥。 「ありがとうございます! 蟹も美味しいですね!」 「シーフードレストランって素敵ですね♪ メニューが好きな物ばかりで幸せ一杯なのですわ」 にぱぁとしたとびきりの笑顔で櫻子は櫻霞に向き直った。 「んー、流石猫因子持ちと言うべきか。魚が好きだね、俺の恋人様は」 純白のテーブルクロス、意匠の豪奢な椅子を真横に並べて当然の様に寄り添い座る二人。 少し悩ましげな彼女はパラパラとメニューを捲った後、刺身盛り合わせとカクテルを注文。 「櫻子は櫻霞様と一緒に食べれる盛り合わせにするのですぅ♪」 まるで犬かと思う程にノクターンの尻尾をふりふりと震わせる。 「刺身だけだと足りなくなるだろ?」 そう櫻霞は蟹のボイルとピザにワインを頼んだ。 「蟹はこっちで取ってやるから、適当に摘め」 テーブルに並べられた海の幸に櫻子は目を爛々と輝かせる。 彼が蟹を解しながらチラリと視線を流せば醤油を付けずに刺身を食べる彼女の姿。 「醤油無しとは珍しい」 「ふにゃ? お醤油はつけないほうが甘くて美味しいのですけれど……変ですか?」 可愛く小首を傾げながら自分を見つめる櫻子に櫻霞は微笑みを返す。 「いや。こっちも美味しいぞ」 解した蟹を口に運んでやりながら、櫻霞はワインを傾けた。 「ああ……忠告しておく飲みすぎるなよ、アルコール弱いんだから」 「にゃぅ~、ふわふわなのですぅ♪」 時既に遅し。櫻子の前には半分になったショートグラス。 「だから飲みすぎるなと言っただろうに、遅かったな」 苦笑いしつつも擦り寄ってくる恋人の頭を可愛いと撫でる櫻霞だった。 「なぎささん、お誕生日おめでとです」 ストロベリーわんこのそあらがなぎさを呼び止める。 「ありがとうございます!」 忙しい時期ではあるが記念日ぐらいは楽しく過ごしたい。 「お刺身好きですか? あたしも好きなのです」 サニー・シー・ブルーの水槽で泳ぐ魚を眺めながら、二人は楽しげに会話を弾ませる。 「あたしこういうの結構平気な方なのですよ。むしろあそこで泳いでる子を美味しくいただきたいのです」 (´・ω、・`)じゅるり。 なぎさの目の前に現れたのはサーモンやタイで作られた花の形をしたお刺身。 そあらがマリン・ブルーに頼んで可愛く盛りつけてもらう。 「わぁ! 可愛いです!」 後からくるケーキはなぎさに内緒のサプライズプレゼント。 びっくりする顔が見たくて心がソワソワ、尻尾がパタパタ。可愛らしい光景であった。 美味しいツマミとお酒があるなら……。ルヴィアさんを誘うしかありませんわね。 杏子は青赤の瞳に笑顔を写して。 「さぁ、今日も気が済むまで飲みましょう」 「食えるときに食っとくのは重要だよなー」 テーブルの向かいに座った二人は伊勢海老とビール、イカの唐揚げ、マリネと頼んでいく。 「あ、伊勢海老はお刺身でお願いしますね」 「オレは姿焼きで」 マリン・ブルーがテーブルに料理を並べれば、直ぐ様ルヴィアの手が伸びた。 「いやはやアーク様々、あー海老が美味い」 殻を豪快にはずして伊勢海老に齧り付くルヴィア。 「……流石ルヴィアさん、ワイルドですねぇ。あ、此方のお刺身も召し上がります?」 物凄い勢いでで飲み進め食べ進め。 「ほれ食った食った、まだ行けるだろ? 酒でも娯楽でも、潰れねぇ程度に羽目外しときゃいいのさ」 他愛のない会話が心地よくて。気兼ねない二人の間合いがとても楽しい。 「お酒は楽しいですね、ルヴィアさんとの飲むのは好きですわ」 「あっはは、お前さんと飲むのは良いわー。何せハイペースでいけるしなー」 杏子のホワイト・レドの尻尾が嬉しげにゆらゆらと揺れていた。 アクアリウムの揺らめきは幻想を作り出す。 水面の向こうに長い黒髪が揺れた気がした。けれど、それは照明の影。 ――あの子はこういうのは好きだったのかな? 青色の水槽に手を付いて、夏栖斗は金色の瞳を伏せる。 思っても詮の無い事が頭から離れない。 一緒に夏を過ごしたかった。 それでも、彼の肩に乗っている期待や命の重さは計り知れない。 それを彼も理解している。 だからこそ、アンニュイな心を見せない様に笑顔で夢見に話しかけた。 「誕生日おめでとう、正夢になったんだね」 「ありがとうございます!」 「どう? アークにきて慣れた? ここにはいろんな人がいて楽しいよね」 「皆さん、優しいです」 彼女の誕生日が幸せであるようにと夏栖斗は願う。 揺らめく水面。アドリアティック・ブルーに彩られて、あひるの瞳に煌めく。 彼女の隣にはBoZのボーカルBuddaこと焦燥院フツだ。 「……綺麗」 二人が座ったのはアクアリウムが一望できるボックス席。並んで座れるタイプのものだ。 ――アレだな、こういう、ちょっち暗い場所ってドキドキするな! だって、大好きな彼女が隣に居るのだから。 「フツ、まず何から食べようか……! 折角だから、普段お高くて食べれない奴……伊勢海老に、蟹と……鰻! スタミナだよ! それから、お刺身も食べて……」 あれもこれもと注文するあひるは、はっ!と気づいてフツを見つめた。 「うーん、欲張りすぎ……?」 「全然欲張りなんかじゃないぜ。オウ、オレもガッツリ食べるからな!」 にっこり笑顔で出てきた料理を堪能する二人。 「なあ、あひる。伊勢海老って、ホントにプリプリしてるんだな……後、ホントに甘いんだな。大げさだなァって思ってたが、マジだったのか……感動したぜ。」 「プリプリの伊勢海老……! す、すごいね……大きいし、新鮮」 「カニも足一本がデカイしウマい!」 「ひぇぇ……蟹! これも身がぎっしり……こんなの、食べたこと無いね……!」 「ウナギもふわっふわだ! ふわっふわ! あと分厚い! ほら、ここすげえウマそうだぜ、食べてみ。あーん。な、とろけるだろ」 舌でとろける感覚を味わいながら美味しいと頷くあひる。 全てを平らげ、寄り添いながら水槽を眺めていたフツがあひるに声をかける。 「ここ来て、ホントに良かったぜ。スタミナもついたし、帰りはあひるをおんぶして帰ってやろうか、ウヒヒ」 「貴重な体験、楽しかった…! 今のあひる、すごく重たいけど……じゃあ、お言葉に甘えちゃお!」 「えい!」 きゃぁきゃぁとはしゃぎながら、ジェイトの天使とその恋人は夜の帳に消えていった。 ● じゅるり……。 「これはもう食べまくるしかない☆」 前菜にマリネ☆ 貝のオイル焼き☆ サラダっ☆ ブイヤベースとかおいてないかな?? 「あと、伊勢海老! 蟹さんも食べたい!! ピザも食べる☆ 食後の締めはジェラートとハーブティーで☆」 エンバー・ラストの瞳をキラキラ瞬かせて海の幸を堪能する終。 「マリネいい酸味☆ サラダも美味しい! 貝の身ぷりぷり☆ 伊勢海老と蟹さん超甘い!!」 もぐもぐと頬張りながら、幸せの世界に浸る終。 「このブイヤベース……貴方がネ申か…。ピザうまー(>▽<)」 柚子のジェラートを食べおわり、ご馳走様でした!と手を合わせる終。 そして、終がオーナーに頼んでいたサプライズケーキがそろそろ届く頃。 否、終だけではない、そあらやロアン此処に居る人々の祝福が届けられる。 『お誕生日おめでとう・いつも有難う』のメッセージチョコプレートはロアンのアイディアだ。 「改めておめでとう」 「ハッピーバースデー☆」 「ハピバースディ♪ なぎささん」 そこへ、【羽柴】のメンバーが乱入。神輿で担がれた壱也がワッショイ! なハイテンション。 「なぎさちゃ~ん! お誕生日おめでと~!」 「お誕生日おめでとう~☆」 「はぴばすでー★」 「皆さん、ありがとうございます! 嬉しいです!」 海色の瞳から流れる粒の波をぐしぐしと擦って、笑顔で言葉を紡ぐなぎさ。 幻想的な色彩が織りなす、アクアリウムの世界で祝福に囲まれて幸せを感じたのだ。 賑やかなパーティも終り。今は、静かな宵闇に思い思いグラスを傾ける時間。 夜の海が見えるテラスになぎさを呼んだのは亘だ。 「ふふ、ゆっくりとこの景色とデザートを堪能するのもいいかなと」 用意されたチョコミントを手に取り、テラスの縁で海を眺める二人。 「料理もとても美味しかったですね。なぎささんはどの海の幸がお気に入りですか?」 「私は、海の幸なら殆ど好きですね。自分が海の名前だからでしょうか」 イングリッシュフローライトの髪が海風に揺れる。 他愛のない話を紡ぎ、言葉をかわしていく青と碧。 「私は余った布とかで、小物を作ったりするのが好きです。たんぽぽ園に居た時は年下の子供達に作ってあげてたんです」 「そうなんですか。可愛いですね。自分は大空の散歩が好きなんです」 「ああ、その羽根! 素敵ですよね」 「ありがとうございます。今度、一緒に行きましょう」 「はい。是非!」 しばしの会話を終えて、なぎさがアクアリウムへと戻る。 「いってらっしゃいませ、とても充実した時間でした。またお話しましょうね」 「はい。ありがとうございました」 手を振って、またと海色に瞳でサヨナラをした。 「コーディさん」 「ああ、すまない。邪魔したつもりは無かったのだが」 海が見えるテラスからちらりと見えたヴァルカンの翼とヘルメス・ブルーの髪。 盛大なパーティの間は隅で見守っていようと思っていたから。 もう、すっかり外はミッドナイト・ブルーの夜空に幾千の星が瞬いている。 「いえ、大丈夫ですよ」 「誕生日おめでとう」 「ありがとうございます!」 「フォーチュナの仕事は辛い事も多いだろうが、その道行に幸があらん事を願っている」 手を差し出す様に言われたなぎさの手に落ちたのはロケットペンダント。 写真や小さな物なら入れておける、飾りの少ないシンプルな作り。 「わ、良いんですか? ありがとうございます。大切にしますね」 海色の瞳がキラキラと輝いて手のひらの宝物をぎゅうと握りしめた。 何か大切な物や写真を入れて、忘れずにいてほしいと願って、コーディはこれを選んだ。 ――想いや記憶というのはきっとここぞという時に力になってくれるものだと思うから。 この瞬間の思い出はなぎさにとって大切な記憶になるだろう。 いつ、失うか分からない事を知っているから。なぎさはその時を大切に想うのだ。 今日という一日を、一緒に過ごしてくれた人たちが居る。 この、サニー・シー・ブルーの水面が揺れるアクアリウムで。 それは幻想的で、忘れがたい思い出になるのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|