● あたしの友達の友達の話なんだけど。 女の子――小学生くらいで関西弁だったんだって――「その噂話、うちも知っとるよー」って近寄ってきたんだって。 「それな、最後に『グレさんグレさん助けて下さい』 って言うといいんや。そうすると、小さな女の子が世界にとって悪い物を倒してくれる」 って、すっごいドヤ顔で言うんだって。 「ただし、お礼を言わないと自分も襲われるから、注意せないかんで」 なにそれ、って突っ込む前に、その子、いなくなったんだって。 で、その子の足首に灰色の長い髪が絡み付いてたんだって。 ● 怖いものに追いかけられた。誰かがずっとついてくる。 コンビニはおろか、街灯さえもまばらな田舎道だ。 「神様仏様トイレの花子さん、助けてくれるなら誰でもいいよ。そうだ。グレさんグレさんたすけて下さい!」 ネットで見たおまじないを思い出してとなえてみる。 『かまへんよー』 柔らかな怪しい関西なまりの少女めいた声が応じる。 それから程なく、背後からついてくる怪しい気配が消えた。 「助かった?」 誰も答えない。当たり前だ。誰もいなかったのだから。気のせいだったのだ。そんなへんなもの、いるわけがない。空耳、気のせい。 『なんや、ちゃんとお礼を言ってくれはるかと思ったのに、あかんよー』 ドスンと何かにぶつかった。 灰色の髪に浴衣ドレスを着た、小学生くらいの女の子。 『うち、あんたを襲わんとあかんようになるやろー』 悲鳴。暗転。 翌日、その場所で、彼女は「お礼も言えない悪い子です」と顔に落書きされて事切れているのを発見された。 ● 「まあ、そんなことになるんじゃないかと皆も思ってただろうけど」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、なんともいえない顔をしている。 ホームパーティー中に、一緒のテーブルに着いた誰かが盛大にテーブルの上のものを床にぶちまけたときの顔だ。 「E・フォースが発生しております」 ブリーフィングルームのあちこちでため息がこぼれる。いけない、。こんなことでは、幸せが逃げる。 「という訳で、お察しのことと思いますが、E・フォース・識別名『グレさん』の討伐をお願いします」 『グレさん』 とあるリベリスタは、苗字の表すとおり触媒体質の血筋なのかもしれない。 かつて『縛鎖姫』の基となった彼女が閉鎖空間に救う都市伝説のE・フォースに対抗するため、保険として意図的に流した噂から生まれた、出来立てほやほやの都市伝説。 討伐なんて穏やかじゃない。穏やかじゃないが――。 「世界にとって悪いものを倒してくれる、とても善性エリューションですが、エリューションはエリューションですし」 なぜか四門の口調がやけに抑えた敬体だ。 「それに、あの、とても、けじめとか落とし前とか礼儀というか仁義に厳しい、きっちりした性格で」 かりかりという破砕音が、どんどん加速していく。 ペッキを食べる振動でストレスを発散させないと説明も出来ないほど追い詰められているのだ。 「もちろんこれはアーキタイプにオヒレハヒレムナビレにエラまでついたまったく別物です間違いありません噂って怖いよねあはは俺なら必要に迫られてたからって絶対やだとにかく夏のちょっと役には立つけど怖い噂ってニーズに合致しちゃったもんだからあれよあれよとネットを介して広がっちゃって三週間でこの体たらく人の噂は七十五日とか言ってられないんだよ夏休み終わっちゃうよというかこの調子で更にうわさが拡散しちゃったら目も当てられないよお礼言わない人間なんて山のようにいるんだよそのたびにアーク起因の神秘性殺人事件とかだめ絶対!」 四門、ノーブレス。 「なんで、『お礼を言わないと、召喚者を襲う』 なんて属性をくっつけたのか。なければ、もうちょっと穏便な方法もあったのに――」 うめく四門。 必然性はどこにあったの。どうして。教えて、創造主。 「でもでも! 都市伝説は放置すると、いつまでもいつまでも百年たっても尾を引きます。速いうちに根こそぎ! 負の遺産を子孫に残してはイケナイ」 実際、百年前から続いている都市伝説の案件も終わっていない。 「という訳で、この女の子が殺されないようにした上でグレさんを呼び出して、倒してきて」 ですが、残念なお知らせがあります。と、四門は声のトーンを落とす。 「『グレさんは世界にとって悪いものを倒してくれる』ので、現時点結構チートに強いです。ですので――」 四門は、人数分ノートパソコンを机の上に並べ始めた。 「作戦決行日まであと一日ありますので、皆が実行しやすくて説得力のあるグレさんの弱点をネットに流して」 中身は皆の得意不得意があるから相談の上。と、四門は笑う。 「その上での戦闘をお勧めします。グレさんが人を全殺しにしちゃう前に、落とし前つけてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月30日(火)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 『髪の毛がグレイだからグレさん』 『14,5年前、世界の敵を見たとき、髪の色が抜けて死んでしまった』 E・フォース『グレさん』は、不安定な存在だ。 もはや、創造主の手を離れてしまった。 いや、そもそも創造主は、それに握れる手が生じるとは思ってもいなかったのだ。 ● 日本の夏の夜は、じっとりと暑い。 風もなく澱んだ熱が、街灯もまともについていない道路で若い女の子の後を付回す行動に駆り立てるのだ。 「おにーさん」 『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)は、人懐こい笑みを浮かべてたっていた。マイナスイオン。 変質者よ、心得よ。のぞきみるものは、自分ものぞきみられていると言うことを。 「もしかして最近噂の不審者さん……?」 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は、にひっと笑った。 「え――」 まごつく不審者の言い訳も聞いている暇も有らばこそ。 みぞおち一発ノックダウン! 琥珀は怪我をさせないように細心の注意を払った。もう、普通の人間じゃないのだ。適当に殴ったら、殺してしまう。 「変質者でも殺されちゃうとかわいそうだもんな。身代わりになるぜ」 いつの間にか、死神の業を背負った琥珀は脱力した男を路肩に転がした。 死神だからこそ、死なせない加減も見極められるのだ。 「サングラスで前見える?」 終はそんな事を聞く。 「暗視持ってきた」 つかず離れず女子高生を追いかけ始める。 ● さて、話は約一日前にさかのぼる。 冷房のいささか効きすぎたブリーフィングルームの一つで、パソコンの作動音と、キーボードをたたく複数の音が延々と続いている。 「コピペ、コピペ、こっちもコピペ」 「ごく普通の女子大生の椿さん、十三代目を継いでもらえませんか」集団・紅椿組サイバー担当『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)も、組長(予定という名の要望)が都市伝説になったのではかなわないので、持てる力を振る活用して、噂の結節点と思しきサイトにそれっぽい文面を絨毯爆撃投下している。 (まさかここまで大事になるとは思っていなかった私) そもそも、世界の敵と戦ってくれる『グレさん』は、噂から派生したE・フォースに対抗するために流した噂なのだ。 同じ依頼に参加していた彩歌もこの展開は計算していなかった。 (でも、紅椿組の電子戦担当としてはこういう時に働かなかったら何してるの、って感じだし、本気を出しましょうか) 情報の流れを計算し、より効果的な拡散を。 (女子高生を中心に広がってる、ってなると幾つかの閉鎖的なコミュニティで連鎖的に拡散してそうで面倒ね。既に噂のある所がいいだろうし、そこで見慣れない・匿名で書き込んで怪しまれない所中心に) 「あ、携帯なに使ってんのー? 番号交換しよ」 実際に街にでている者もいた。 『アカイエカ』鰻川 萵苣(BNE004539)は、どこぞの女子高の制服を着ている。 (地味な子とか、大人しそうな子とかなら番号交換持ちかけられたりすると断れなかったりして。一応僕も年頃の女子なので、出来たら仲間の噂を広めるのも手伝ったりします) 近しい人と話す繋がり。アバター同士でおしゃべりするものもあれば、ネットの仲間と話すつぶやき。 萵苣はそこに目をつけたのだ。 (でも地元の仲間とおしゃべりする今のアプリで広めるってのが面白いかも知れません。知り合いから知り合い、拡散式に広まっていくこのアプリは結構恐ろしいものがあります) 「ハンドルネームは、『レタス』 っていうんだよ」 ● それから約一日。琥珀が不審者の身代わりになった頃。 萵苣はスマートフォンの画面を見つめている。 「噂はスケールの大きい伝言ゲーム。事実を捻じ曲げられて噂を流されるのは困りますからね」 噂の監視、修正に余念がない。 「いや、事実とちゃうから」 潜伏しながら突っ込まざるを得ない椿は割りと忙しい。 昨日から気の休まる暇がない。 『ねぇ知ってる? グレさんってね何処か気が抜けてておっちょこちょいなんだって。だから肝心な時手元が狂ったりこけちゃったりするんだって』 「あ、それなら攻撃ファンブルになりそうでええな」 『でも、普通の人はそれでも殺されちゃうから怖いよね』 「あかんやん!」 椿が突っ込む。一般人は殺されてはいけないのだ。噂でどじっ娘が発動しても、これでは変質者と女子高生が危うい。 「あ、ごめんなさい。それ流したの私です。怖くないといけないと思って、つい」 慧架が自己申告。 まあ、攻撃させないようにすれば問題ない。 『グレさん見た目が幼い女の子みたいだけど実はお姉さんなお年頃なんだって。だから大人のお姉さん扱いされると喜んでデレちゃうんだって』 「それなら、おとなしくなりそうでええな」 『でもヤンデレにデレられると、殺されるのかな?』 「あかんやん!」 慧架が怪談風味にしたところが引っかかっている。 都市伝説は面白がってもらえないと拡散しない。 しかしそこばかりに留意すると、都市伝説が活性化してしまうのだ。 「修正修正、今から間に合うか微妙だけど」 萵苣がスマホを忙しくたたく。 「グレさんグレさん椿さんとそっくりなのかな? 椿さんみたく可愛いとなるとちょっと躊躇しちゃいますねぇ。でも、グレさんを倒さないと椿さんがアレですし仕方ないですよね」 ね。という慧架に、椿はうん。と、頷いた。 ● 話は一日前にさかのぼる。 「依代さんってグレさんのお母さん?」 これから電車に乗って、都内の繁華街に噂を撒きに行く『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)が悪気なく言った言葉に、『グレさん』依代 椿(BNE000728)は、ぴきんと硬直する。 E・フォースの雛形になったものをお母さんと称すなら、E・フォースの『グレさん』は、第二子だ。 (これで二体目やないか……っ!!) 咥えはするものの普段はつけないタバコの火をつけようとしている椿に、智夫はぴゃっと飛び上がった。 「ご、ごめんなさい。噂になってたのでつい――」 涙目で謝られて、意固地になる椿ではない。 「かまへんよ。……まぁ、自分で撒いた種や、きっちり自分で刈り取ってこか」 という訳で、動画撮影なのだ。 ネットにグレさんの弱点動画を流すのだ。三高平公園でロケなのだ。 なんか人だかりが出来そうだけど、そっとしておいてやって欲しいのだ。変に写ると台無しだし。 「都市伝説といえばアタランテもそうだよね。人々が噂をするのはその噂が魅力的だから。怖い話は苦手でも、つい惹かれちゃうの」 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は、対アタランテ戦のためにも都市伝説から派生するエリューションの法則を見極めたいと張り切っている。 「グレさんグレさん遊びましょー!」 噂では、「グレさんグレさんたすけてください」だし、三高平には神秘防御が張り巡らされている。万が一にも『グレさん』は来ない。 「来たでー」 小学生くらいの灰色の髪の和ゴスの女の子。噂どおりだ――って、椿以上に『グレさん』な外見の現実存在がいるだろうか。いや、いない(反語) 「えっえっ? ほ、本当に召喚できた? え、えっと、そこに見える木までかけっこして遊びましょう!」 本当に召喚できちゃった事に焦りつつ、とっさに遊ぶ項目でかけっこを指定。という、筋書きだ。 椿、事前の打ち合わせを思い出す。脚本、演出、セラフィーナ。 『私は一般人程度の速度で目的地の木まで逃げ切り。椿さんには転んで涙目になってうろたえているグレさんを演じて貰うね』 あの、もうとっくに二十歳を超えているですが、聞いてますか、13歳。今あなたの心に直接話しかけています。でもハイテレパスないから通じないのだ、残念! (恥ずかしくても我慢我慢……) やるしかない。自分を解き放て。――いや、隻眼隻腕までは解き放たなくていい。 「実はうち、運動苦手なんよ。病弱だったし……」 そう言う椿、否、『グレさん』に、セラフィーナ、内心ガッツポーズ。 (グレさんは運動音痴のどじっこの萌えキャラという印象にして、動画撮影終了です) 「適度にノイズ・砂嵐を混ぜてそれっぽくして動画投稿サイトに流すね。タイトルは『グレさん召喚してみたよ』 だよ!」 「そか。そかー。やっぱ、投稿しはるんかー」 恥ずかしくても我慢。 「てっきり、グレさんがばっさばっさと悪人を倒すどうか作るんだと思ってた」 篠ヶ瀬 杏香(BNE004601)はあてが外れた顔をしている。 「ガチでぶん殴られて瞬殺されるつもりだったんだけどね」 「強さ強調したらあかんやん」 「じゃ、手伝えるのは、動画の編集や配布か。萌えやネタを前面に出して拡散狙おう」 「萌えとかいらん!」 ● そういう工作を済ませての現地入りだ。 こうして待機している間も、全員AFやスマホで拡散・書き込みに余念がない。 「敵の敵は味方って言うけど、昨今の状況を見るにどう考えても嘘よね」 彩歌はそう呟く。 不審者撃破の報に、リベリスタは立ち上がる。 「じゃあ、世界の敵の敵の敵になりに行きましょう」 女子高生の表情がどんどん追い詰められていく。 すでに不審者は畳んではるか後方なので何の危険もないのだが、琥珀は女子高生の足音に自分の足音を重ね、振り向いたら、わざと音をたてつつ即座に隠れる演出を加えていた。 (この背徳感、ちょっと癖になりそうだな) 琥珀の夏のアルバイトは、お化け屋敷で決まり。 かもしだされる怪しい気配に、女子高生の緊張は限界突破した。 「グレさんグレさんたすけてください!」 女子高生はそう叫んで、しゃがみこんでしまった。 その背に振ってくる小学生の声。 「かまへんけど、あんたお礼はいうてくれはらへんのん?」 ギャーッ!! 悲鳴。暗転。続きは15秒。チャンネルはそのまま。 「そこの君、何かあったかい!?」 たまたまそこに車で通りかかった振りをした伊吹が女子高生に声をかける。 「おばけ、『グレさん』が出た……」 あわあわと腰を抜かしている女子高生を車に乗せて走り去る。 「人に悲鳴あげられるんはショックやわ――」 女子高生をかばう心積もりしていた椿は、排気ガスの匂いをかぎながらちょっと切なくなってしまった。 伊吹は最寄のコンビニ近くまで女子高生を連れて行った。 「ここまでくれば大丈夫かい?」 動揺が収まった女子高生が不振がる前。 交番などに連れて行ったら、任意の事情聴取されてしまうであろう伊吹の精一杯の手段だった。 だって、ジャストタイミング過ぎるし、なんでこんなとこ縁もゆかりもない静岡の人が車で走ってるのか不審でしょうがないし、黒いし、サングラスだし。 後は、おうちの人に迎えに来てもらうといいよ。 リベリスタ、割と切ない稼業だよね。 ● 囮役の琥珀の前に、灰色の髪の得体の知れない小学生が現れた。 ――と思った途端に、琥珀はマウントポジションを取られていた。 電光石火のタックルを食らったのだ。後頭部が痛い。 萵苣がこんな噂を流していた。 『グレさんが人を襲うのって本当は抱きついて押し倒してくるって意味なんだって。お礼を言えない悪い子におしおきするっていう意味で』 「あんた、世界に仇なす悪い子か。なら、うちもなぐらなあかんようになるんやけど」 琥珀の腹の上でぎゅっと握った『グレさん』の拳に青い燐光が走っている。 それは、椿の声にとてもよく似ていたが、椿のイントネーションではなかった。 『グレさん』は、椿ではない。 「怪しげな関西弁を話す小学生」という言葉から想起されるなんちゃって関西弁。 「多数の人が共通して持つ概念が受肉し、その通りの存在になる。すごい事、ですね」 『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)は、感嘆の声をあげる。 「……世界を壊しさえしなければ」 どんなにいい存在でも、世界を壊すなら倒さなくてはならない。 それが、崩界の敵の仕事だ。 椿は、こんな噂を流した。 「グレさんはな、いきなり襲ったりはようしません」 分かった風な得体の知れない小学生が言う。 「グレさんの義理堅いんや。ちゃんとやっつける相手がほんまに悪いもんかちゃんとみてからやっつけるんや。お礼だって怖くて忘れてるかもしれへんやろ、もう大丈夫やって声かけて、そんでもお礼をばっくれるような恩知らずだけお仕置きするんや」 まるで本人に聞いたようにものを言う小学生は、にっと笑って雑踏の中に消えていった。 いわずと知れた椿本人だが、いきなり話しかけられた女子高生達の方はその背中を写メにとってネットに上げる。 『本物降臨』 のタグがついた動画は、その日だけで爆発的に増えた。 智夫は、こんな噂を流した。 女子高生への浸透が早かったのは、制服を着て行ったからだろう。ちなみに智夫は現在制服を着ないお年頃だ。名誉女子の技量をフルに発揮したとだけ言っておこう。 『幼稚園を卒業する頃、友達が犬に噛まれたらしいんだけど……友達を助ける時に犬を手で殴って追い払ったから、助けてってお願いした時は、悪い相手を手で殴って追い払うんだって』 確かに拳だ。拳ではあるが、これで殴られたら腹から背中まで突き抜ける。 流した噂を発動させるトリガーが足りない。 得体の知れない神秘存在に対するときの態度は二つ。 一つは舐められては終わりと丹田に力を込めて威嚇する。 もう一つは――。 「「「グレさんグレさん、お疲れ様です! グレさんグレさん、毎度お世話になってます!」」」 背後からそんな野郎の斉唱が聞こえてくる。 我慢できなくなった椿は、怒鳴った。 「なんや、それ!?」 「『グレさん』には、礼儀正しく☆」 「なんて言ったら許してくれるかわかんないしっ!」 お礼を言って許されるのは召喚者であって、攻撃対象の回避方法は定かではない。 智夫が懸命に上目遣いをキープしているのは、伊吹が『グレさん』は三白眼の子は友達に似ているので襲わない。上目遣いも効果ありという本人起因の噂を流したからだ。 「グレさんグレさん遊びましょー!」 椿赤面の動画ネタは、甲斐あって浸透していた。 結果:グレさんにどじっこ属性発生。(ただし、威力は一般人はファンぶっても殺せる程度) 何とか戦えるレベルまでに下がったものの、それでも結構痛い。 「あ、『グレさんグレさん、ママが来たよ!』」 終が叫んだ。 彩歌はこんな噂を流していた。 「グレさんは病弱な少女の霊で、生前友達が少なく、外に出ようとする度にお母さんに叱られるのでお母さんが苦手でした」 終はこんな噂を流していた。 「グレさんのママは躾に厳しい人でどんな理由であっても人に手を上げようとするとめちゃくちゃ怒るらしい。だから『グレさんグレさん、ママが来たよ!』 って唱えると暫く硬直して動けなくなっちゃうみたい」 その二つはは結構浸透していた。なぜなら、『ふらいんぐばっふぁろ~』柳生・麗香(BNE004588)がこんな補足を流していたからだ。 「なぜなら、怒るとグレコローマンな技をつかってくるからです。背後に回られるとしゃがんでビビります」 なにそのギャップ。でも先の抱き付きがプロレス技と結びついて、浸透。日本女子のレスリング、世界最強や。 という訳で。 「背後をとれーっ!」 「ローリン、ローリン!」 「ついでに高い高いもしちゃえ!」 「あぁあっ! あんまりひどいことせんといて。倒すのは仕方ないけど、なんというか、いけずはせんといてあげてー!!」 椿の悲鳴が夜道に響いたが、誰も聞いちゃいねえ。 「――あんたらにやらせるくらいなら、うちがするー!!」 結果:『グレさん』に、BS『麻痺』発生。皆で速やかに各々の最強技発動。 夜空に火柱やらキラキラやらサイコロやら絞首縄やら蜘蛛の糸やらが飛び交った。 ● 「やっぱり本物のグ……椿さんの方が可愛いと思いますよー」 慧架は、椿に精神的フォロー。 「夏のホラー特集より清涼感ある任務だったな。スリルがたまんないね」 そう言う琥珀の顔はいい感じに真っ青だ。変な癖がついていないことを祈る。 「グレさん、ありがとうね☆」 そう言う終に、椿は自分に言っているのか消えたエリューションに言っているのか問いただそうとして、やめた。 「勝手に生み出して勝手に消して……申し訳ないことしたわ……」 ぽつんと言った言葉が存外響く。 椿は、落とし前の重さを感じていた。 一度放たれた都市伝説は、それがエリューションに変わるかどうかは別にして、簡単には消えない。 ネットのどこか、噂話のどこか、誰かの記憶のどこかで、ひっそりと存在し続けるのだ。 「再発生時の事を考えて噂を1つ流そうと思うんだけど☆」 終はそういって、リベリスタに提案した。 十四台のAFから流された最後の噂。 『グレさんはママに怒られたからお礼を言って貰えなくても人は襲わなくなったんだって。でもね、お礼言わないと顔に落書きされちゃうんだって』 「願わくば、人を殺さんで済む、無害で安心できる都市伝説にならんことを……やね」 それが、創造主の、ママの、唯一の願いだった。 ちなみに、椿出演の『グレさん』動画はうっかり消すのを忘れている内に再生数殿堂入りしてしまうのをこの時点のリベリスタは知る由もなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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