●殺人鬼の作法 少女は殺人鬼であるべきだ。 あの日、あの時、あの人に。最早顔も声も名前だって思い出せないあの人に。教えてもらった大切な言葉。何もかも忘れてしまっても、それだけは覚えている。絶対に、覚えている。 ずっと、違和感があったのだ。皆と話していること。皆と同じ物を食べていること。皆と同じ空気を吸っていること。皆と同じ世界に生きていること。 とても、とても違和感があった。何もかも信じられなかった。同じ生き物だなんて到底思えなかった。だからある時、ついうっかり、自分のことを隠し忘れて。 殺してしまった。殺してしまったのだ。嗚呼、可哀想に。なんて不幸なクラスメイト。うっかり殺人鬼に出会ってしまっただなんて、不幸にも程がある。 「ねえ、そう思いません?」 私は、思い出話を聞かせていたその人に、相槌を求めた。 返事がない。ただの屍のようだ。なんて情けない。情けないぞ一般人よ、ちょっと殺されたくらいで死ぬとは何事じゃ。 「いやいや、それにしたって貧弱すぎますよあなた。たかが雨で滑って転んで顔からアスファルトにダイブしつつ後頭部に鉄骨降ってきただけじゃないですか。かもーん、かもんばっくいっぱんのひとー」 返事がない。ただのうんまあ死んでる。まあ死ぬか、殺したし。 「ううむ、自分から声をかけておいて先に死ぬなんてナンパの風上にも置けないやつ。レディをエスコートできなきゃモテないんですよー」 そんなアダルトな付き合い知りませんけどねー、少女だし。 そう付け加えて、少女は背中を見せる。どこにとは、誰も問わないが。それでもどこへかは決まっている。否、何をしにかが決まっているのか。 決まっている。殺しに行くのだ。彼女は、殺人鬼なのだから。少女は殺人鬼であるべきなのだから。 適当な決め台詞でも考えながら一歩、二歩。そこで、不意に立ち止まる。 「忘れてました。死体隠さないと、ですよね」 その声は、連続して落ちてきた鉄骨の群れ音に掻き消された。 男の死体は砕け、潰れ、原型を留めず。何かの泥水と紛れて流されていく。 「今日は調子がいいですね。5人はいけそうですよ!」 えいえいおー。 ●預言者の技法 「殺人鬼のフィクサードが現れたの」 ブリーフィングルームに集まった彼らに向かい、少女はこの上なくわかりやすい概要を伝えた。 殺人鬼。殺人鬼である。非常にセンセーショナルな単語であり、それは悲劇が風化すれば都市伝説のひとつともなりかねない。 そういった、ある種良心に逆らえばエンターテイメントとも言い表せるであろうそれ。だがしかし、リベリスタたる彼らからすれば、一種の日常にも他ならなかった。 「夜な夜な、ヒトを殺して回ってる。でも、どうしてそれをしているのかわからない。楽しいから、なんてふうにも見えなかった」 無論、非日常ではないとして、それが軽視してよいものとは等号されない。むしろ、一番の厄介事と言っても良い。なにせ、彼らが守るべき対象を、ストレートに削いでいくのだから。 「あいてはひとり、でも油断はしないで。みんな、無事に帰ってきてね」 それでも、誰かが戦わねばならないのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月05日(月)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●処刑人の方法 運が悪い、というステータスは本当にどうしようもないものだ。個人の技能で行いうる何もかもを根こそぎに否定して超特急に振りかかる災難。道が混んでいた。朝のおにぎりが腐っていた。予定していた日に限って休館日だった。帰り道に殺人鬼と出会った。そんな感じ。 夜というものに、慣れすぎてはいけない。恐ろしいというものをただそのままに感じ取る本能を曇らせてはならない。恐怖とは警告である。暗闇に感じる不安は偽物ではない。そこには紛れもなく化け物が、悪辣が、殺人鬼が、少女が、存在しているのだから。 「殺人鬼……も久しぶり、だね」 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が言うに事実、一年近く音沙汰のなかった騒動である。懐かしみたい相手でもないが、感慨のないわけでもない。 「いい加減決着を、というのはわかる……けど、手を抜いていい相手、でもない。いつも通り、全力で闘い、を楽しもう」 相手は少女、殺人鬼であるのだから。しかるに。 「生き死に、はそれこそ運命、にでも任せればいい」 「ああうん、久しぶりだな。ここんとこ、まともに戦闘を愉しめた記憶ないし。殺したり殺されたりしようぜ、いやっふぅ」 『群体筆頭』阿野 弐升(BNE001158)の動機は至ってシンプルだ。それが何であるのか何が目的なのか何を考えているのか何がどう違うのか何がどうなっているのかなどどうとでも良い。それは付随物だ。戦うという先に行き着くであろうおまけにすぎない。 「こんなに月が綺麗だから、愉死い夜になりそうだ」 「む、殺人鬼の少女ですか。何だか久し振りな気がしますのう」 『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)も、過去に出会ったそれらを思い返す。理解できず、共感できず、不条理で、非論理的で、否人間的な彼女たち。正しく殺人鬼。あるいは正しく少女。そうとしか表現しようのない連続性。 「いい加減、この事件も原因を突き止めないと被害が増えるばかりですな」 それら全てをひとつと見るのなら、過去に例のない数に及んでいる。 「最初にある前提は何なんだ?」 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は思考するが、全てが過程に過ぎず打ち消された。集めた情報が、少なすぎるのである。コミュニケーションは難く、手を取り合うことは不可能。そうなれば、自ずと進展は牛のそれとなる。殺人鬼が先か、少女が先なのか。それとも、それらも全て同じ事なのか。もしくはまったく別の。きっかけ。指向性。 「だったらその意味は……?」 「ああ、また『少女』か。『少女』という奴は厄介だ。俺には全く理解不能な存在だ」 『無銘』熾竜 "Seraph" 伊吹(BNE004197)は思う。所謂『殺人鬼』、それだけのカテゴリであれば無数に相手をしてきた。中には極々稀に理解できなくもない奴だっていた。それに含めるとするならば、今回のそれもその他大勢に過ぎないと言える。決定づけられる。少女というやつは理解し難い。だから。そう思うことにしようか。 「今までの少女たる殺人鬼とは一線を画す。って、美散がさっきからずーっと煩いんだよねぇ」 『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)の脳内でがんがんに響くその声。否、実際に響いているわけではない。受け継いだ記憶、記録。それらが自分という個の感性を超えて警告を発しているのだ。これは、違うものだ。同じで、違うものなのだと。もう一歩奥に。足を踏み入れたような。 「まぁ、出来るだけ生け捕りって事でやってみようか」 「あぁなっては目的も何もなさそうだが」 リーツェ・F・ゲシュロート(BNE004461)にはそれがわからない。いいや、誰にだってわからない。彼女は彼女らは何人にもわかりあえず笑いあえず交わしあえず思いあえることがない。理解できたのならば、それは人間よりも彼女らに近いということだろう。故に、願わくば、その行為の悪辣さを知れば良いと、願い。それならばと。 「せめて痛みを思い出してからいくといい」 「判らない。どうして人を殺したいのかなんてオレには全然判らないよ。殺人鬼なんて理解しがたい」 『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)の言も最もだ。誰も、殺人鬼の気持ちなどわからない。たとえ殺人鬼がふたり会合したとしてお互いの気持などわからない。不明確なカテゴライズ。区分けのための分類。 「でも考えなきゃ。オールO、彼女の目的、行動、次の動きを、分析して予測して、封じるんだ。さあ思考を始めよう」 さて諸君、彼女らの活動は実に久しい。少女、少女、少女。夜は誰にでも等しく恐怖である。それを恐れることに安堵しよう。それは正常なのである。それが、君の生命延長に直結しないというだけで。 ●通行者の兵法 誰かは言うだろう。それは注意すれば防ぎ得たのだと。偶然という言葉で片付けるのは怠慢なのだと。大丈夫、安心して欲しい。君のそれは怠慢ではない。れっきとした不可避の不幸である。運がなかったのだ。どうしようもなく、どうしようもない。ほら、その誰かも通り魔に殺されたんだしね。 だからこそ、それを見つけるのは実に安易なことだった。 少女。学生服。ひとりきり。殺意はない。異様さもない。夜を恐れてもいない。 つまり、決定的だった。 ●保健係の骨法 ピンチをチャンスに変えろ、なんて言うけれど。おかしな話だ。ピンチだからチャンスが来ないというのに。危機的状況とはつまるところ覆しようのない、奈落の見えた落下である。二度と復活の機会は訪れず、人はどこまでも落ちていくのだ。 「さあ、踊って……くれる?」 「そんなことして運気下がったらどうするんですか? 私、風水とか信じてませんけどねー」 天乃の張り巡らせた呪い仕込みの極糸が、殺人鬼を攻撃する。縦横無尽にもたげ、巡るその糸群れを繊細な技術で繰りながら、彼女の視線は常に一点を意識していた。その、生身ではないという右腕。飛び、跳ね、転がり。そして手にした刃物を振るう。凶刃。切り裂かれれば、天命を失うという理不尽のそれ。 「……動く、な」 「いえいえ、無理を言ってはいけません。そんなことしたら死んじゃうじゃないですかー」 殺人鬼のナイフが鼻先を掠めた。言いようのない痛みが全身を襲う。だが、それだけだ。痛いだけなら、慣れている。その程度で糸繰りを誤る筈もなく、彼女は殺人鬼の身を裂き返していた。 一瞬、見えた右腕。ヒトではない色。鈍く輝いている。それの意味するところはわかっていたが、それでも仲間を振り返らない。心を傾けるべき弱卒はいないのだから。 弐升は自分の異常を感じ取ると、そのまま自己精神だけを高ぶらせていた。極端な運の低下。自己鍛錬と作戦ではどうにもできぬ不明要素。その結果が如何様であれ悪手となりかねないのならと、彼はその身の異常が取り除かれるまで、ただ懸命に己を研ぎ澄ませている。 「意図的に偶然を起こすって、それって必然っていうんじゃねぇの。どうでもいいけど」 「ですねー、言語定義って現場じゃ意味ないですし。ところで、つったってると危ないですよ?」 眼前に殺人鬼。目前に刃物。回避しようとするが、たまたま足元に転がっていたゴミを踏みつけ、体勢を崩し、そのまま右眼を切り裂かれていた。続いて来る、斬撃とは異なる痛み。意識を局面に戻そうとするも、足を滑らせアスファルトに転がっていた。 不幸、不運。理不尽が襲う。無論、それで失意に陥ることはない。立ち上げれ。今がないなら明日を消費してでもこの時に当てろ。眼前を睨みつける。溜め込んでいたそれをぶつけるために踏み出した。 「流石にひとりじゃどうにもなりませんね。どっぺるちゃん、ゴーですよ!」 少女から右腕が消えた。その代わり、と言っていいのか。少し距離を取って、殺人鬼に瓜二つなそれが現れていた。だが、見分けはつく。同じ外見であっても、消えた腕の位置が異なっていた。 左腕のないそれ。そちらに向けて、九十九が引き金を引いていた。銃声。銃声。銃声。命中したいくつかは分体に傷を残している。それが出血ではなくヒビ割れとして表れているあたり、何もかもが本物と同じとはいかないようだった。 自信を持って引いたトリガー。しかし、その大半は的を大きく外している。 「不運によって相手を殺すとは、中々面白い技を使いますのう。目に見えないものを操る……凄いですな。それに比べて私の技は、目に見える単純な技ですのう」 それが、闘争を辞める理由になるわけもないのだが。 「ああ、今日も帰って夕食を食べるのが遅くなりそうですな。残念」 これさえも日常のように、口にしていた。 コピー体。六角神経。半自立活動するアーティファクトを、エルヴィンは抑えにかかっていた。回復性能を持つ彼といえど、ひとりのリベリスタでしかない以上は活動に限界がある。際限なく不幸を撒き散らかされては、苦戦を強いられることはそれこそ必然であると言えた。それ故、単体で戦闘に当たられる方が不都合であるとした結果であろう。事実、殺人鬼とアーティファクトの間に己を挟むことで、再合体は免れていた。 少数で倒しきれる、と自惚れているわけではない。運勢操作。その悪意が彼には通じないとはいえ、個体での戦力を無視出来るわけではないのだ。切られれば痛み、触れられれば蝕まれる。だから矢面に立ちながらも回復に専念する。自分の身を危険に晒しながらも、只々癒すという一役を遂行している。 少女の鏡写し。殺人鬼のコピー。人間のようで、人間で無いのかもわからない。もう、何人目だろうか。 「いい加減、確信に迫れると気が楽になるんだがな……」 「物騒な人形遊びだな。俺のような親父は年頃の娘の流行には疎くてな」 「大丈夫ですよ。私もおじさんの流行とかわかりません!」 死合い、殺しあう最中だというのに。まるで道端の会話みたいな返事を返す殺人鬼。その少女に向けて、伊吹は腕にはめたそれを投擲する。攻撃手段に興味を持ったのか、こちらに目を向けるオールO。だが、走りだしたそれを阻止するように仲間が間に割って入っていた。彼が無事である間は、距離を置いていて問題なかろうと判断する。 再度投擲。本体と、コピー体と。両方を狙った瞬間連打。手元が見えぬほどの速度で繰り出されたそれは、吸い込まれるように彼女らを撃ち抜いた。 仲間の負傷を感じ取り、前衛を交代する。接敵。真近に感じられる彼女の殺意。刺すようではなく、引き裂くようでもなく。絡みつく不快さだけを、言うなれば吐き気にも似た。 「一応尋ねるが、更正する気はないか?」 「何をですか? わっかんないですよー」 嗚呼、なんて厄介な。 「面白そうな玩具持ってるね、Oちゃん」 「Oちゃん? それって私のことですか?」 嗚呼、そういえばこちらがつけた名前だったっけと灯璃は思い返す。それにしても、珍しいこともあるものだ。『六角神経』と言ったか。これまでの少女たち―――シリーズでもナンバーズでもなんでもいいけれど―――の得物と言えばナイフ、もしくは素手であったはずだ。この少女もナイフは使用するようだが、積極的に特殊なアーティファクトを使用する例など初めてである。実に珍しい。一体、どこで手に入れたというのか。 剣を投擲し、右肩の接合部を狙う。再合体への予防となればと思っての行動だが、どうにも数合で破壊するには至らぬようだ。 外れた幾つかが、少女の速度に因るものか植え付けられた不運に因るものかはわからない。だが、数打ちをするつもりはない。意識を研ぎ澄まし、最適な一撃へと自分を改変する。 粘泥を全身に浴びるような不快感。只々、只々気持ちの悪さが助長する。 少女の目前で切りつけた筈のリーツェの剣は、しかし空を切り勢い余って人口床と甲高い音を立てた。 躱された、のではない。少女は上体を動かすことすらしていない。単純な、不運。しかしそれこそがこの殺人鬼の能力であり、理不尽さの象徴であった。 右肩に激痛。振り下ろされた凶刃は、鎖骨の隙間を通り、根本まで突き刺さっていた。同時に激痛。振りかかる不快感と共に思わず声を上げる。泣いたりはしない。歯を食いしばれば、膝を折らずに済んだ。 だが、次が来る。連撃。刺し貫かれる度に襲う、得も言われぬ二重の痛み。次は耐えられなかった。崩れ落ちたところ、傷口を踏みつけられる。 痛い、痛い。呼吸ができない。傷口は熱いのに、背筋は寒い。周囲を感じ取れない。視界がはっきりしない。痛い。顎が外れるほど口を開いても声が出ない。 のたうち、まわる。不幸は、続く。朦朧とする精神。酸素不足で背筋が反る。頭部に衝撃。意識を失った原因は、はっきりしなかった。 自分はきっと、この中で一番弱いのだろう。それを自負し、自意識とする真昼に油断はない。少女。それが殺人鬼と同義になった時の意味を、そこまでは知らないけれど。それでも、それが脅威とするに値するものであるのだとは、わかっていた。理解、していた。 その目をして、敵を上位たると認めるその分析眼を持ってして―――無論、比喩表現ではあるのだが―――わかっていた。決着が近いのだと。 どちらも、疲弊している。誰も彼もが息を荒げている。肩で、呼吸をしている。疲労困憊。傷害過多。どちらかに、もうすぐ転ぶのだ。 だから、今のうちに聞いておきたかった。 「ねぇ、君は何なの?」 どうして、人を殺すのか。憎いから殺すのか。楽しいから殺すのか。否、そうではないだろう。だから理解できない。これが何なのか理解できない。だから。 「君は人間なの?」 「そうですよ。そう見えません?」 あまりにも、まるで普通のそれであるかのように答えるものだから。余計にわけがわからなくなった。 ●殺人鬼の作法 だからえっと、何が言いたいんだっけ。まあいいや。 裂傷。刀傷。銃痕。焼跡。総じて重傷。つまるところ満身創痍。ここまでして、ここまで傷ついて。それでも少女は泣き言ひとつあげやしない。否、それ自体は異常ではない。そんなものはこちら側にもあちら側にもいくらだっている。そうでなければ正常ではない。そうでなければ正常でなんていられない。戦うとはそういうことだ。それを日常にするとはそういうことなのだ。 だが、それでも。それをしてなお日常のようにしているのは、異常極まりなかった。無邪気に笑顔を向けてくる。殺意のただ中にあって、殺し合いの最中にあって、雑談のように四方山話のように会話を取ることができる。それをコミュニケーションが円滑だとは口が裂けても言えないものではあったが。 だからこの日。オールOと名付けられた少女、草庭再子は日常の一風景であるかのように戦い、平常の途中であるかのように倒され、いつもの23時におやすみといった後のように。 崩れ、気を失ったのである。 かくして、事件はひとつ。大きな進展を見せる。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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