●凍てつく沼地を砕く影 人里離れた山中に、一つの沼があった。 水深は浅く、しかしながら広大な面積をもつ沼は一種の湿地帯ともいえる場を作り上げ、鬱蒼と茂る植物が、風になびき静かに音を奏でていた…… その沼の平穏を乱す存在、それは夜に現れた。 月光の中、カエルが、そして鈴虫が合唱し、自然のオーケストラを奏でる中、沼地の中央、水中に大きな影が出現。 直後、そこを中心として水面が次々と凍りつき、沼地に生息していた生物全てを巻き込み氷の世界を作り出す。 突然の環境変化。奏でられた生物の鳴き声は消え、直後に響くは氷を砕く破砕音。 沼地の中央から鎌首をもたげ、姿を現したのは巨大な竜。 手足と翼を持たず、大蛇、若しくはワームタイプの竜に分類されるその竜は、碧鱗を月下に晒し、奇妙な歓声をその場に響かせる。 直後、その叫びに呼応するかの様に氷が砕け、透き通った氷の音と共に、沼地から四つの鎌首が姿を現す。 それは、碧鱗の竜を一回り小さくし、茶色の鱗を纏った同型の竜。 沼地を凍てつかせた竜が、その頭部を下ろし行動を開始する。 氷りついた沼地、その氷を砕きながら泳ぐように縦横無尽に動き回れば、残る4体も同様に、破砕音を響かせながら沼地を泳ぐ。 数十分後、沼地に静寂が取り戻される。 だが、そこには生物のオーケストラは戻らず、無残に引き倒された植物の残骸が、汚らしく水面に浮かぶだけだった…… ● 「古臭いドラゴン、っていうのかしら。ワーム、って呼ばれる形をした竜のエリューションビーストが出たの。今回は、それの討伐が目的ね」 真白・イヴが、集ったリベリスタに対し淡々と説明を開始する。 今回、彼女が察知したのは沼地に出現した、ワームタイプのドラゴンだ。 広大な沼地を氷りつかせ、その中を泳ぐように移動、同型の竜と共に破壊の限りを尽くし、その沼地はもう見る影が無いようである。 「人里離れた場所の沼、ってのが救いね。でも、いつ人が立ち入ってくるか分からないから、早めに始末して欲しいの。 場所は地図を作ってるし、湿地帯みたいになってる。それに、この間暴れたみたいだから、その痕跡が直ぐに見つかるわ」 人払いの必要性は無く、目標地点への移動もリベリスタならば問題は無い。 あるとする障害は夜間に出現する為に明度の低い中の戦いになる事と、水深が浅いとはいえ、沼地での戦闘、移動に少々不都合が出るという事か。 「で、出現する竜だけど。攻撃手段とかは纏めて置いたからこれを見て。 数は全部で5体、リーダーが碧鱗、他は茶色い鱗でちょっと体が小さいから、直ぐに見分けが付くはずよ。 あと、どの竜も泳ぐように動くから、移動を妨害するのは難しいわね……最低でも二人、できれば三人じゃないと確実には止めれない」 自由自在に動く、巨体を持った竜。 移動に関しては、相手の側に圧倒的優位があるということか。 「攻撃パターンはちょっと特殊ね。リーダー以外は最初、手近な相手を狙うわ。で、リーダーは沼地を氷りつかせてからが本番ね。 全体を攻撃したり、他の竜が攻撃している相手を狙ってくる。自分だけを狙う相手には、最初反撃しないのよ。 で、自分の体力が3割ぐらい減ったら、攻撃を変更、自分を狙ってる相手に反撃しながら、配下も呼び寄せて一人を集中攻撃してくるの」 自身の体力がトリガーとなり、攻撃パターンを変更する竜。 何らかの対策をしなければ、戦況が不利に動く可能性もあるだろう。 「情報はこんなところね。全体的にタフだし、数も多いからかなり厄介だけど……このまま放って置いたらフェーズも進むし、人里まで降りてこないとも限らない。 だから、察知できた今が一番の好機なの。それじゃ、任せたわよ」 そこまで伝え、イヴは纏めた資料をリベリスタに手渡し説明を終了。 強力な竜との戦いへ、一行を送り出すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月09日(金)22:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●CETUS-chapter1 泥の散乱した荒れ地を、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)はゆっくりと匍匐で進んでいた。 ここはいわゆる広い沼のふちに当たる場所で、竜が暴れた影響か木や草は平らに撫でられ泥っぽい地面に混ざり込んでいる。 こういった場所は夏場に虫がわきやすく湿気が強いこともあって都会育ちならまず近寄りたくない場所のはずだが、今は虫の声ひとつ聞こえてこない。どころか、泥は奇妙に氷結し、踏むたびにざくざくとかき氷のような音をたてた。 「この暑い時期に涼しさをありがとうだわ。まったく……」 汗をぬぐい、銃にマウントしたマグライトで手元を照らすと双眼鏡を用意。沼の中心に焦点を合わせた。 同じくスコープを覗き込む『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)。 「だからって生命が死滅するほどの極寒状態はやりすぎよ」 「だな、サイケデリックは勘弁だ。何事も程々がいい」 僅かに身体を起こした姿勢でサングラスをつまむ『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)。 なぜ彼らが沼地でこんな姿勢を維持しているのかと言えば。 「あれね……」 伸縮式の望遠鏡を覗く『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)。 レンズの先には、巨大な蛇……というよりは、頭部だけ異常に作り込まれた蛇のような怪物があった。 「あれ、ドラゴンなの? イメージと違うんだけど」 「水……というか、氷や土のなかを進むようですし、モグラやミミズみたいですね」 なんだか気持ちが悪い、ともらす『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)。 「『ワーム(みみずモドキ)』でしたっけ? 冬に遅刻した間抜けだが早すぎた馬鹿だか知りませんが、さっさとひからびて死ねばいいものを」 術符を札束でも数えるかのようにぱらぱらとめくりながら点検する『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)。 その横で四条・理央(BNE000319)がおちかけた眼鏡を指で直した。 「ドラゴンでいうワームタイプっていうのは蛇型をさす言葉だよ。主にはギリシャ神話に出てくるドラゴンがそれに当たるかな」 「ギリシャ神話にドラゴンなんていたかしら?」 「あっちは明確に表記しないからね。大地に伸びる巨大な蛇だとか、洞窟に巣くう多頭の蛇だとか、怪物や神っていうカテゴリーにあるみたい。確かこの状況に一番近いのは、ペテルギウス・アンドロメダ神話で有名なケートスかな、猪の顔をした大蛇って説があるの。でもあれは海の怪物だったし……」 「ああ、あの投石で死ぬやつね」 「石化されて沈んだやつじゃ?」 「まあどのみち、生きている竜などただの災害。伝説になるのは滅びた後です。死んだドラゴンだけがいいドラゴンですよ」 『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)はそう言うと、理央に目配せをした。頷く理央。 「それじゃあ例の神話みたいに、引きつけて撃っちゃおうか」 ●CETUS-chapter2 およそ二百メートルはあるという沼地は既にある程度氷結をはじめており、水表に至ってはほぼ氷で覆われていた。初戦は浅い沼である。殆ど泥で出来ている以上凍り付くのも早かろうというもので、碧鱗の氷砕竜(以降、氷竜と表記する)が首を突き出している沼中央は地中深くまで凍り付き、軽い独壇場となっていた。 それは茶鱗のワーム(同じく茶竜と表記)も同じで、しばし自分たちだけの沼を楽しむかのようにうろうろとしていた。 そんな中である。 突如として宵闇を照らす巨大な炎に、茶竜の一匹は目を剥いた。 なぜかと言えば、炎は空を駆ける龍(この場合日本や中国の伝承にあるドラゴンをさす)の如く一直線に飛来したかと思うと、自らの足下で激しい爆発を起こしたからである。 茶竜が驚きのあまりひっくり返ったのは言うまでも無い。彼らは炎の出所を求めて彼方を見やれば……。 「ハーイ、火の龍が遊びにきてやったわよ!」 中空に魔法の翼を広げ、どっしりと腕組みをしたミリーの姿がそこにはあった。 随分と離れた距離である。氷竜が放つオーラの範囲内ではあるものの、近い相手を噛むか巻くかしかできない茶竜たちにとってはもはや雲に手を伸ばすがごとき距離である。 茶竜たちは牙を剥き、憎き異物を喰い千切らんとばかりに全力疾走を開始した。 その必死さたるや、のっそりと動き始めた氷竜を置き去りにし、防御も回避もかなぐり捨てての有様である。 「きたわね!」 一方こちらはミリー側。 守護結界を展開した理央は翼でバックダッシュをかけながらも槍を翳して見せた。 「打ち方はじめ! 追いつかれるまでの二十秒でせめて一匹は潰そうねっ」 「了解。当てやすい的ですね、生ゴミに捨てるのが面倒そうです」 護符を変化させた影人を理央のカバーにつけると、諭はどこからともなく二十五粍連装機銃を引っ張り出すと続けて作った影人と一緒になって迎撃を開始した。 一番先頭にある茶竜が射撃を浴びて僅かにのけぞりを見せた。 諭の隙を補うよう、小刻みに位置を移動しながら乱数軌道で射撃をしかけるエナーシア。 彼女の指先が凍結しそうになったが、勝手に解けて消えていく。 「私は平気だけど、オーラの凍結が邪魔ね。理央、できるだけ速度を落として、初めのうちはブレイクイービルを絶やさないで。オーラの範囲外に出るのはまず無理だけど、茶色いのを相手してる間だけはそっちの方がいいはずだから」 「わかってる。まずは手数を維持したまま茶色を減らすことに集中するんでしょ。ダメージは彩花君が自己管理してくれるから、ね?」 「ご親切に再説明どうも」 彩花は自らの身体を鋼のように硬質化させると、全方位対応の構えをとった。 かっと目を見開く。 想像できるだろうか? 五体もの巨大な蛇が自分めがけて高速で蛇行してくる姿が。 全長十メートル。大きさでいえば電信柱が意志を持って襲いかかってくるようなものである。 彩花はふうと息を吐きつつ両腕を前へ突き出すと、激しいジャンプと共に急接近してきた茶竜の顎上下を手で掴み、ぐりんと捻って払い落とす。 続いて両サイドから回り込むように、そして挟み込むように繰り出された二体の顎を自由落下によって回避。すると頭上で衝突した茶竜へ幾重にもわたる気糸が絡みつき、鱗をへし折らんばかりに締め付けた。彩花のものでは、勿論ない。 では誰か? 「まずはお前さんからだ。ご退場願おうか」 鉅はどこか気だるそうに五指をきりきりと握り込んでいく。 それに連動し、まるで見えない巨人の手があるかのように茶竜はぐちゃりと潰された。 が、安心はまだまだできない。 彩花は落下目標地点であんぐりと口を開けた茶竜を目視。急激なカーブをかけて回避するが、彼女のすぐ後ろでばくんと顎が閉じるのを感じた。 空圧で身体が微妙に揺さぶられる。その隙に彩花の周囲を茶竜の胴体が巻き込んだ。 「ジャンプで噛みつくだけでなく絡みつくこともできたのですか。器用ですね」 防御姿勢へ移行。蛇の多くがそうであるように、獲物に巻き付いて骨を折ってしまおうという魂胆だろう……が。 「巻き付く相手を間違えましたね」 彩花がやったことと言えば、目を瞑り、身体を棒のようにして、重力に身を任せた……だけである。 それだけで茶竜はずどんと地面(正確には氷面)に叩き付けられた。 茶竜は目を剥いて悶絶した。 そんな竜の顔面にざくりと刀を突き刺す生佐目。 「あっ、そういえばあなたの体重……」 「乙女の体重には触れないでくださいな」 「失敬」 生佐目はニヤリと笑うと、漆黒の光を放ちながら茶竜の身体を額から順に切り裂いていった。 追いついてからそう経っていないというのに既に二匹の仲間が殲滅されてしまった事実に茶竜たちは焦りや恐怖に似た目をした。 いや、もしかしたら後悔や絶望の目だったのかもしれない。 だがもう遅い。 「暗闇を切り裂く月の輝きを――」 フォーム・アルテミスを発動したミュゼーヌが、茶竜の一体めがけてマスケット銃を発砲。その一発だけで茶竜の頭がはじけて飛んだ。 バーを引いて弾倉を回転。身を回転させながら発砲した。 中空を、まるで意志があるかのようにカーブしながら飛び交う弾丸。と同時に、生佐目はつい先程顔をぶつけ合い、今度こそ彩花を食い物にしようと襲いかかった茶竜たちめがけて漆黒の光を放った。 ウナギの串焼き、と表現したら分かりやすいだろうか? 茶竜たちはそれぞれの身体や頭を一筋の光に貫かれ、複雑怪奇に跳ね回る弾丸にも貫かれ、周囲を包囲しはじめた諭の砲撃に晒され、鉅の気糸で強制的に身体を折り曲げられたかと思えば、おもむろに殴りかかってきたミリーの炎でいっぺんに焼かれるはめになったのだった。 「ふう……さて、そろそろラスボスね」 微妙に息のある茶竜の頭を何気なく撃って射殺しつつ、エナーシアは振り向いた。 振り向いて。 凍り付いた。 ●CETUS-chapter3 先述したが、エナーシアに凍結は効かない。どころか何も効かないので、氷はみるみる溶け、溶けきらぬ分は砕けて落ちた。 とはいえ瞬間的に周囲の空間を凍結されればそれ相応の肉体ダメージがあろうというもので、一瞬意識がとびかけた。 「あの竜、やっと追いついてきたわね」 すとんと茶竜の死体の上に着地するエナーシア。 眼前にはエメラルドのような鱗に覆われた巨大な氷竜が聳え立っていた。そう、聳え立っていたと表現するほかない光景なのだ。 そして聳え立った竜はまるで地獄の灯台がごとく氷のブレスを吐くという。 「まったく、口からろくなものを出しませんね。そんなオモチャのクーラーのようなやつには、人形遊びがお似合いですよ」 ずらり、と氷竜を囲む諭の影人。 四五口径四一○粍連装砲、五○口径一四○粍単装砲、四○口径一二七粍連装高角砲。それぞれ複数基を構えた影人たちが一斉に砲撃を開始……しようとした途端。 氷竜は天を轟かす程の怒声を発した。 突如として沼地の水は凍り付き、壊れた噴水のようにあちこちから水流が吹き上がった。それだけならまだいい。上がった水流はたちまち凍り付き、巻き込んだ者たちを瞬間凍結してしまうのだ。 諭の影人たちが一斉に巻き込まれていく。無論それだけではない、エナーシアたちもまとめてである。 顔を庇って叫ぶエナーシア。 「理央!」 「大丈夫だよっ」 諭の影人に守られていた理央は素早く印を結んで天使の福音を召還。回復弾幕を張り始める。 既に凍り付いた茶竜の死体から飛び立つエナーシア。 「動ける戦力は一斉攻撃! どうせ鱗は硬いんだから、目や口を狙って!」 「はいはい仰せのままに!」 かろうじて凍結を免れた諭の影人が一斉砲撃。それに併せてエナーシアは螺旋状に飛びながら銃撃を叩き込んだ。 そんな彼女とは逆方向へぐるぐると回りながら飛ぶ鉅。 一見、次々と吹き上がる水流をよけているようだが、よく見れば彼が気糸を氷竜へ巻き付けているのがわかるだろう。あまりの巨体と抗体性能がゆえに攻撃力以外のものは見込めないが、逆に言えば攻撃だけならちゃんと通るということだ。 武器を持った手でサングラスを直す鉅。 「そろそろか。せーので引くぞ」 「いいわよ、せーの……!」 氷竜の足下へ着地した鉅が、ぐんと気糸を引っ張った。 変な位置に急激なエネルギーがかかったからか、身体を折り曲げられる氷竜。 そこへ、高くジャンプしたミリーが火龍を発射。周囲の氷がたちまち蒸発し、むっとした水蒸気がたちこめた。 「ほんと寒いってのよ! もう!」 たちこめるスモークの中、もう氷竜の声は聞こえない。ブレスがやんだのだ。 飛行状態でゆっくりと接近する生佐目。 「やったか……?」 「あっそれフラグじゃ」 と言うが早いか、生佐目の足下から突然氷竜が現われた。それも、口を全開にしてだ。 想像してみるがいい。全長一五メートルという巨大な化け物が、自分の真下であんぐりと口を開いている光景を。 「――ッ!!」 声を上げる暇も無く、ばくんと喰われる生佐目。 「ちょっ、生佐目が食べられたー!」 「あんな台詞吐くからだ馬鹿!」 あわや生佐目は死んでしまったか? 誰かが思ったその時。 「セオリー(伝説)ならば」 ぶつん、と氷竜の頬から刀が突きだした。 「口内抉りは竜の弱……あっ、これミステリー小説のネタバレになりますね。伏せましょう」 氷竜の頬を内側からぶち抜いて、生佐目が外へと飛び出してきた。 目を剥いて首を振り回す氷竜。 この痛みが分からないならば、巨大な口内炎を内側からつつかれ、ついには頬まで貫通した状態を想像してみるがいい。もだえ苦しまなければ嘘である。 が、いつまでも暴れられては迷惑というもの。 「月光冴える素敵な舞台をありがとう。でもこの銀盤を制するのは、私たちよ」 こん、と氷竜の額に鋼の足が置かれた。 誰あろうミュゼーヌのおみ足である。 そして突きつけられるマスケットの銃口。 「――黒銀円舞曲」 盛大な破裂音と共に氷竜の額が爆砕し、大きく身体をのけぞらせる。 そこへ彩花が突っ込み、えぐられたばかりの頬を両腕で掴んだ。 「私の前で頭を出したのが運の尽き。そんなに氷がお好きなら、思う存分お食べなさい」 彩花は自重を加えて地面へ飛行。氷竜の頭を無理矢理地面へ叩き付けた。 氷竜はビクンと身体を痙攣させ、そしてすぐに……静かになった。 後日談ではない。 氷竜の死体が横たわる沼地には、むっとした暑さが漂っていた。 それまで沼を支配していたかのように広がっていた薄氷も今や溶け、どろっとしたぬかるみばかりになっている。 「草だの木だの虫だのを好き勝手にかき混ぜたかと思えば、自分が死んだら周囲は泥だらけですか。迷惑な生ゴミですねぇ……」 胸元を開いてぱたぱたと風を仰ぎ入れつつ、諭は心底嫌そうに言った。 「それはそうと、この死体はどうするんです。人があまり近寄らない場所とはいえ、放置はできないでしょう」 死体の上に腰掛けて言う生佐目。 「これも氷みたいに溶けて消えてくれればいいんですが」 「よし、じゃあ燃やしましょ!」 同じく死体の上であぐらをかいていたミリーが膝を叩いて立ち上がった。 立ち上がってから……暫く黙り、そしてもう一度座った。 「どうやって?」 「アテがあったんじゃないのかよ」 既に煙草を吹かして休憩モードに入った鉅が振り返る。 「だってミリーはエネルギー切れだし、仮に火龍で焼くにしても骨以外全部焼くような火力じゃないわ」 「そんなものを放たれたら味方まで焼けますよ。まあ、そうですね……折角その辺が穴だらけになったことですし、埋めますか?」 氷竜が飛び出してきた穴を指さす彩花。 理央が首をこきりと鳴らした。 「それこそ神話みたいな落とし方だね。あともう暫く翼の加護ができそうだから、皆でぐいぐい引っ張る?」 「ま、妥当よね。変に手をかけたくないし」 エナーシアは翼の加護を受けると、氷竜の顎辺りを掴んで引っ張り始めた。 ミュゼーヌもまた同じように引っ張っていたのだが……。 「ねえ、ふと思ったんだけど、言ってもいい?」 「どうぞ」 「この氷竜、最初地面から這い出てきたのよね?」 「らしいわね」 「地中でエリューション化したってこと?」 「…………あ」 なんだか嫌な想像をして手を止めるエナーシア。 が、その時には皆の力で氷竜は穴へと押し込まれ、すっぽりと穴を埋めるようにしてずるずると沈み込んでいった。ライトで穴を照らしてみる。 浅い沼の下。 黒いぽっかりとした穴が、どこまでも深く続いていた。 竜の声は、もうしない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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