●鉄の巨塔 暗闇の中、一つの鉄塔が聳え立つ。まるで天を突くかのように立つ塔の周りには、時代錯誤な軍服に身を包む集団がいた。完全に統率の取れた動きで、無駄な話し声も、意味のない動作も、何一つありはしない。まさに、完成された軍隊と言えよう。 「いやはや、実に見事なものだね。これが現代に召喚された『雷神』の、その姿と言うわけか。 ところで、君。アドラー伍長の方は、その後どうなったか連絡はあったかね?」 普段、片時もフリードリヒから離れず、傍らに立つ副官。しかし今は、その姿はない。 仕方なくフリードリヒは、近くを歩いていた軍服の男に声をかける。 「はっ。最後に受けました定時連絡以降は、何も通信は入っておりません。最後の定時連絡では、敵勢力と交戦が予想される、とのことでした」 「そうかね、ご苦労。まぁアドラー伍長ならば心配はいるまい。 ふむ、そうか。連中め、なかなか良い勘をしているじゃないか。アドラー伍長が交戦ということは、この『雷神』の存在を、少なからず気付いたものがいるということだな」 闇夜を切り裂く鉄の塔を見上げ、フリードリヒはいつもの笑みを浮かべる。見た目はただの鉄塔だ。但し、その存在意義は大きく違う。 「となると、ここに攻め入ってくるのも時間の問題か。どうやらこの厳戒態勢も徒労に終わるということはないようだ。 ゾエ曹長殿から直々に賜った作戦だ。本腰を入れて当たるとしようか」 ●一転攻勢 「今回アンタ達に集まってもらったのは、他でもないわ!」 バン、と手に持った資料を机に叩きつけ、『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)が集まった面々を見渡す。 「ちょっと前からアタシ達に散々迷惑かけまくってくれちゃってる、あの親衛隊たちの件よ! 奴等が引き連れてるノーフェイスと、一般人を操ってる電波の出所が判ったのよッ!!」 手元の資料を一枚捲れば、そのままその内容が書かれていた。 「奴等の陰湿で陰険なやり口もこれまでよ! さすがのアタシでも、罪のない一般人が操られてるのは、忍びなかったわ。 けどね、けど、そんな悩みも今日までよッ!! アンタ達、これまで以上に気合い入れなさいよ!」 「具体的に、どんな感じなんですか?」 資料に目を通しつつ、一人が手を上げる。 「電波の発信源は、全部で六箇所。と言っても、アンタ達はアタシが案内する一箇所を落とせばいいわ。 他の五箇所については、名古屋、響希、数史と、あと、ぎろりん、もっちー……あ、ギロチンとグラスクラフトのことよ。愛嬌あっていいでしょ? とにかく、その五人が別部隊を派遣しているはずだから、アンタ達は気にしなくていいわ」 個性的な呼び名で紹介しているが、別部隊を派遣して、一挙に六箇所を叩くと言うことか。 「その六箇所の電波塔で悪さするのを、奴等『Donnergott作戦』なんて言ってるみたいよ。和訳して『雷神』。よく言ったモンね。 だけどもう、あんな連中に振り回される必要はないわ! 今までずっと後手後手に回ってたけど、それも本日、この時までよ! 奴等の泡を食って慌てふためく姿が目に浮かぶようだわ、ざまぁみなさいッ!」 一息に言い切り、高らかに笑うローゼス。どうやらこれまでの、起きた事件に対しての対処しか取れないことに相当鬱憤が溜まっていたようだ。しかし、それは彼らリベリスタとて同じことだった。強い決意を秘め、力強く頷く。 「本件の目標は、アーティファクト『雷神電波塔』の破壊よ。当然、敵勢力による妨害が予想されるわ。 相手も本気でしょうから、くれぐれも油断と無理は禁物よ。最悪、撤退も視野に入れなさい。危なくなったら、即転進すること」 意外にも真面目な面持ちで、ローゼスは最後に一言付け加えた。 ●操り人形の王 「定時連絡となります。ゾエ曹長殿。こちらの部隊は問題なく展開されています。 ただ、どうやら敵勢力がこちらの電波塔に気付いた様子であり、程なくして交戦が予想されます。なかなかどうして、敵もやるものですな」 『はいよーフリードリヒ、毎度ご苦労さん。まあ、想定内さ。その上で――“勝て”ばいい。無様に負け<死な>なきゃ良い。いつだってそうさ。そうだろ?』 通信機越しから聞こえてくる、ブレーメのいつもの口調に、フッと口元が緩む。 「了解しました、ゾエ曹長殿。しかし、毎度のコトながら大変なことをさらりと仰いますな。 最悪の場合を想定し、万一の際は部隊の撤退も考えていますが?」 『まあ、俺は構わんぜ? それで“勝てる”んならな』 あっけらかんとした言葉に、先ほどよりもはっきりと、喉を鳴らして笑うフリードリヒ。 「そのお言葉、胸に刻みつけておきますとも。では、定時連絡を終わりとします。ゾエ曹長殿も、どうかご武運を」 『あはははは。そう言う訳で……Sieg oder tot! 宜しく頼んだぜえ。Ende!』 ザッ、と僅かなノイズを残し、通信機が沈黙する。椅子から立ち上がり、そのまま大きく伸びをするフリードリヒ。 雲に隠れていた月が、その隙間から一筋の光条を漏らす。鉄塔を照らし、辺りを警戒する為の無粋なライトの光とは全く別種の、優しく冷たげな光だ。 そういえば、アドラー伍長は無事だろうか。ふとフリードリヒが考えるが、すぐに首を振る。 (彼女の事だ、何も心配はいるまい。 せいぜいこちらも頑張って、アドラー伍長が驚くような戦果をあげさせてもらおうか) 彼にとっての勝利。最重要視するのは、勿論軍としての勝利だ。 だがそれが叶わぬ時でも、彼女の無事を確認し、共に在る事も、彼の中では重要な“勝利”と言えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月24日(水)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●神への謁見 荒れ果てた荒野、とまでは行かないが、朽ちた工場跡に、彼らは居た。 見据えるその先には、無骨な『雷神』の姿が見える。 「バウアーをどうやって確保してんのかと思ったら、こんなもんがあったのか。 悪の組織らしい、最悪な兵器だぜ」 目を細めて鉄塔を眺める『スーパーマグメイガス』ラヴィアン・リファール(BNE002787)。時刻は夜だが、十分に視認できた。 その横で『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は肩を震わせている。 「あーこれ駄目なやつだわ! 電波塔とか怖ッ!!」 何も知らない人を操り、手駒にするアーティファクト。確かに、寒気のする代物だ。 「でも……親衛隊の……電波による…ノーフェイス化促進。それの……根源が……はっきりした……以上……『雷神』は……確実に壊さないと」 それは静かで、消え入りそうな声だった。けれど、その言葉に乗せられるエリス・トワイニング(BNE002382)の意志は強く、毅然としたものと言える。 「うふふふ……『雷神』ですか」 その時、場にそぐわないような楽しげな声音が聞こえた。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)だ。 鮮やかな紅の修道服に身を包んだ彼女は悪戯っぽく、遥か先に布陣する猟犬の群れを見る。 「雷神という神を信仰するならその信仰ごと叩き潰して差し上げましょう」 ちゃらり、と音を立て、彼女の持つ逆十字が揺れる。 「わしすけ君、ここは貴方の舞台よ、その力十全に果たしてください。 ワタシはソレをフォローします。出来ないなんていわせないわ」 『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)に向かい、海依音は優しく厳しく、言った。今回の作戦の核となるのは、他ならぬ彼なのだ。海依音の言葉と共に、小さな翼が皆に宿る。 彼女に向かい、鷲祐はニヤリと不敵に笑う。 「舞台か。……なら海依音。アクトレスとして、場を暖めてくれよ」 「うむ、やはり来たね。いやいや、私は本当に彼らを侮っていたかもしれんな」 真っ直ぐに『雷神』へと向かってくる八人の男女。彼らを見つけたフリードリヒは、困ったように笑った。 「さて、となると、やることは一つだな。 総員、彼らを迎撃だ。簡単に攻め入られてしまっては、アドラー伍長に合わせる顔がないからな」 『Jawohl!』 彼らとて、無策に突進をかけてくるワケではあるまい。しかし、こちらも歓迎の準備はできている。 ●神を砕く その身に稲光を纏い、鷲祐は戦場を駆ける。その究極に高められた速度は、まさに神速の一言に尽きるだろう。 「ふむ……。『電撃戦』は、我々のお家芸なのだがな」 「無骨で頑丈もお家芸か? 性能劣悪を追加した方が良さそうだが。ガラクタ作ってご苦労なことだな」 フリードリヒの呟きに、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が切り返す。その言葉を聞き、思わず吹き出すフリードリヒ。 「ははっ。面白いな、お嬢さん。よろしい。性能が劣悪かどうかは、その身を持って確かめてくれたまえ」 その言葉と同時に、群がるように兵士達が迫る。なんとしても、この壁を乗り越えなければならない。 迫る幽鬼の如き兵隊。猟犬の指示一つで壁になり、人を殺め、己の命さえ惜しまず武器にする。 そんな兵士達に、そんな猟犬のやり口に『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は激しく憤りを覚える。彼らが跳梁跋扈すれば、また悲しみが生まれるに違いない。 「そのウドの大木圧し折って、三ツ池公園に行かなきゃいけないんだよ、俺達は! だから――其処を、退けぇぇぇっ!」 辺りに轟く快の声。己を鼓舞する為、仲間に力を与える為、彼は叫ぶ。『守護神』の通り名は、伊達ではない。 快の声が響き渡る戦場で、バウアーの眼前には黒い鎖の濁流が迫っていた。 「はじめっから全力で行くぜ! 滅びのブラックチェイン・ストリーム!」 どかどかと、ラヴィアンの手から放たれた鎖がバウアーに突き刺さる。だが、意思なき彼らも、ただの木偶の坊ではない。手にした鋸の刃を持つナイフを振り回し、彼女の肌を切り裂く。 「全く、公園が落とされて早速の『効率的な行動』ですか。けれど、軍靴の歩みはここで止めます」 呆れたように呟き、真紅の修道女は空を舞う。そのまま群がる兵隊を見下ろし、彼女は小さく祈りを捧げた。 降り注ぐ審判の光。灼かれる兵士達。バウアーが苦しげに身をよじる。快や鷲祐と切り結んでいた猟犬も、苦々しげに海依音を睨んだ。 そんな一同から僅かに下がった位置で、エリスは戦況を冷静に見ていた。当然、決して怠けているわけではない。彼女こそ、鷲祐とは別の意味で、この作戦の要となる存在なのだ。 彼女の癒しの力がなければ、如何な歴戦のリベリスタと言えども倒れてしまうだろう。敵を討つ術に長けてはいないが、仲間を癒し救う事は彼女の誇りなのだ。その想いを胸に、彼女は自らの魔力を高める。 そのエリスの横を異形のシルエットが駆けた。その身体から闇を滲ませ、それを自らの武器にしてバウアーへと踊りかかる。底知れぬ闇がバウアーを薙ぎ、絶望がその身を蝕む。 「いひひ。道作りはお任せあれ~青トカゲ☆」 「ああ、頼りにしている!」 刃を交えていた猟犬を蹴り飛ばし、魅零の言葉に応える鷲祐。そう。彼の為の血路を開く事が作戦の第一段階なのだ。 その時。突如として場違いなほど大きな拍手が響く。 「いやはや、見事なものだ。君達の、その連携力はなかなか高い水準にあるね。先の戦闘で、罪もない一般人を屠った動きと言い、実に見事だよ」 音の主はフリードリヒ。楽しそうに笑いながら、彼らを嘲る。そんなフリードリヒに、凛とした、よく通る声が届いた。 「御機嫌よう、また会ったわね。 貴方が何を言おうと、羽衣は今日も何も躊躇わない。お仕事に邪魔なお人形は壊すだけよ」 『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)だった。美しい翼でふわりと舞い、フリードリヒを真っ直ぐ見る。 「ああ、先日お会いしたお嬢さん――羽衣君だったか、御機嫌よう。君の放つ雷撃に討たれ、散らされた傀儡も多くいたねぇ」 まるで羽衣の反応を楽しむように、フリードリヒも羽衣を見る。 「ねえフリードリヒ? 操り人形は彼らかしら、それとも貴方?」 操り人形。『雷神』に呼び起こされて親衛隊の指示通りに動く彼ら。しかし、フリードリヒもまた、国と軍規に縛られた存在であるのかもしれない。僅かに、本当に少しだけ、フリードリヒの視線が羽衣から外れた。けれど、それも一瞬の事だ。 「私を操り人形と言うのならば、君達はどうだね? 君達こそ、弱者と言う枷をはめられ、規律と言う柵の中で生きているのではないか?」 手にした特異な形状のライフル。その歪曲した二本の銃身が、同時に火を噴く。これ以上の問答は不要と言う事だろう。獲物を狙う狡猾な蛇のような軌跡を描き、羽衣を捉えた。その身を焼く激痛に、羽衣の愛らしい顔が歪む。 更にバウアーの手にした手榴弾が放られる。身構える魅零だが、手榴弾からは爆圧は発生しない。代わりに、大量の煙が吹き出る。どうやら煙幕弾のようだ。 「げほ、なんだこれ!」 視界の多くが煙で埋まり、攻撃の目標が取りづらい。しかし、それは相手も同じなのではないだろうか。 怪訝に思う魅零だが、その耳に妙に甲高い音が聞こえてくる。 次の瞬間には、轟音と共に周囲に炎が撒き散らされた。これが、聞いていた迫撃砲の威力か。圧倒的な熱量を受け、魅零の身体が転がる。爆風が煙を払った間隙を縫い、エリスから癒しの息吹が届くが、それでも負った傷は大きかった。 「敵も味方もカンケーなしかよ!」 バウアー諸共爆炎に巻き込まれたラヴィアンも悪態をつくが、その言葉通り、バウアーも炎に巻かれている。相手も手段を選んでいられないと言う事だろう。それだけ、必死なのだ。しかし、それはリベリスタとて同じ事。なんとしてもこの任務を遂げねばならない。更なる悲しい被害者を出さない為に。そして、自らの勝利の為に。 『雷神』は、厳かなその姿のまま、彼らを見下ろしていた。 ●雷鳴果てる時 すぐ傍のバウアーが勢い良く弾け跳び、ラヴィアンの小さな身体が宙を舞う。途切れかける彼女の意識。しかしそれでも、彼女は手にした黒鎖を操った。鎖の先端が、別のバウアーに突き刺さり、縛り上げる。鷲祐に迫る猟犬には、海依音が神罰を下し、魅零がその闇で敵を薙ぎ払う。 「てめーらがノーフェイスにした人の怒り、纏めて俺が倍返しだぜ!」 「やらせないといったでしょう?」 「あんたら、強いんでしょ~? 強者が敗北する姿、魅零ちゃん見たいなァ~!」 そして開かれる、神の御許へと続く道。瞬間、鷲祐の目が見開かれ、鋭い眼光が『雷神』を射抜く。 「行くぞ神速。本当の『神風特攻』を見えてやろう」 「ああ! 頼もしいな――今宵は『守護神』が憑いているッ!!」 鷲祐が駆ける。激しく地を蹴り、文字通り目にも留まらぬ速度で。群がり、押し止めようとする猟犬に鋭いナイフを見舞う快。開いた道を、閉じさせるわけには行かない。 「ふむ? 先ほどから薄々勘付いてはいたが、やはり彼が隠し玉だったか。 ……あの速度、止められはしまい。悔しいが、お手並み拝見とさせてもらおうか」 その後は、我々の手番だな。小さく付け加え、フリードリヒは愛銃を構える。その言葉の通り、鷲祐の姿を捉える事は誰にも出来ない。フリードリヒの機械化した右目も、空しく残像を見るだけだ。 「なんだか知らんが、破壊させてもらう……ッ!」 鷲祐の身体が更に加速する。手する短剣が風を切る音さえ、既に辺りには衝撃波として伝わっていた。その彼が、真っ直ぐに災厄を撒き散らす神へと向かう。 「行け、神速!」 「夏の蝉ならまだ風情があろうに、煩い電波を撒き散らす屑鉄は昇天あの世行きだな。頼むぞ、鷲祐」 「お願い……鷲祐……行って……」 「行っけー! 全力全開だー!!」 「キャハハ! 倒してしまえ、そんなものー!」 「鷲祐、お願いね。貴方ならできるわ」 「わしすけ君、さすがです。この舞台の主役は、やはり貴方に他なりませんね」 仲間が彼の背中を見守り、兵士達もまた彼の動向に息を呑む。 しかし、その仲間の声は彼には届かない。 彼は既に、音すら追いつけない神速の領域に踏み込もうとしているからだ。常識などで彼を縛る事はできない。彼が、彼の速度こそが、今この瞬間のルールだ。 限界を超え、その領域に踏み込んだ瞬間、彼の視界が割れ、その断片が周りに漂う。異常なまでに静かで、あり得ないほど研ぎ澄まされた感覚。 そこは既に、厳かなる神の足元だった。きらきらと舞う断片が光を帯び、まるで竜の鱗のように輝く。先ほどまでの怒号が嘘のように、その空間は静まり返っていた。 そこでただ唯一、色を持ち、意志を持つ神速の剣士。音のない世界で、彼が自らの指を――弾く。 刹那、煌く竜の鱗が飛び荒ぶ。竜の無慈悲なる洗礼を受ける『雷神』。それまでの静けさを払うかのように響き渡る、軋む金属音。見れば、『雷神』を支える支柱の一つが真っ二つに斬られていた。 「雷など、遅い」 彼を捉えるには、稲妻さえ力不足だ。 『雷神』は、既に半壊している。先ほどの鷲祐の一撃が大きな呼び水となり、戦線を押し上げられてしまったのだ。だがそれは、仕方のないことと言えた。鷲祐に対する対応に手を割くあまり、他のリベリスタへの防御が甘くなってしまったのだ。 しかし、再び鷲祐の一撃を喰らっては、『雷神』は一溜まりもないだろう。そうそう幾度も放てる斬撃ではなかろうが、それでも無視はできない。 結果として、鷲祐と、彼をフォローする快には夥しい量の傷が入れられていた。その眼差しだけは折れることのない刃のようだが、立っているのも辛そうである。 それは彼ら二人のことだけではない。やはり数が違いすぎた。迫るバウアーの凶刃、猟犬の力の奔流、降り注ぐ爆撃。さらに、フリードリヒの正確な射撃。 「少々やんちゃが過ぎるのではないかね? お灸を据えなければならないな」 轟く銃声。打ち抜かれるラヴィアンとエリス。悲鳴すらかき消されるほどの、激しい戦闘音。少女の身体が、汚れた地面に横たわる。 リベリスタも、ただやられているワケではない。バウアーを薙ぎ、猟犬を叩きのめし、フリードリヒを射る。 「お人形遊びをしましょう? 羽衣がお歌を歌ってあげるから。精々壊れるまで楽しく踊って頂戴ね」 苦々しい顔で戦場を見るフリードリヒの耳に、少女の声が届く。振り返るまでもなく、美しい翼の乙女がそこにはいるのだろう。 「……羽衣君か。君のその瞳は、何を見据え、何を見通しているんだろうね。私としては、それに興味が尽きないよ」 背中越しの声は、いつもの余裕の声音。眼下には、苛烈を極める戦闘が繰り広げられている。起き上がったエリスに、再び敵が迫る。それを止める為、肉薄する海依音。飛び交う弾丸、弾ける魔力。バウアーが倒れ、リベリスタも膝をつく。 「羽衣は、何も難しく考えてなどいないわ。フリードリヒ、貴方は何を想っているの?」 「……何を想っているのだろうね、私は」 何故か寂しげに呟き、そして――振り向きざまに変幻自在の銃弾を放つ。羽衣も自らの周りに魔方陣を展開し、魔力による砲撃を行った。フリードリヒの背後には、半壊の神の姿が見える。 フリードリヒの身は魔力に灼かれ、その魔力は『雷神』をも貫いた。だが放たれた凶弾は、羽衣の美しい両の翼を朱に染める。堪らずその身を地に墜ちる、翼の乙女。 倒れた羽衣から視線を外すフリードリヒ。その眼差しは、再び戦場へと向けられる。放たれた迫撃砲による砲撃を、捨て身の覚悟で猟犬諸共受け止めるラヴィアン。なんと潔い、高潔なる精神だろう。バウアーなら使い捨てに出来たが、同志は別だ。互いに倒れるが、地に臥したラヴィアンの身を魅零が戦場から離す。彼女なりに、仲間を気遣っているのだろう。 「……まったくゴミを押しつけられても困るんだが。怪電波ならば自給自足でラリれば良いものを。それとも、既にラリったあとか?」 どさり。軍服の男が倒れ、その後ろからユーヌが悠然と歩み寄る。倒れた男は、猟犬の命綱たる癒し手の男だ。 「これは不味い。彼が倒れたとなると、非常に不味いね」 しかし、神は健在だ。そして彼らも疲弊しきっている。まだ勝敗は判るまい。 「駄犬は尻尾を巻いて、とっとと国へ帰ったらどうだ? ガラクタ遊びも、もういいだろう?」 投げ込まれる閃光。身構えるフリードリヒだが、激しい閃光、そして轟音がその身を包む。怯むフリードリヒ。 そんなユーヌに、再び猟犬の刃が迫る。動けないフリードリヒを守ろうと、彼らも躍起なのだろう。数多の傷が、瞬時に刻まれる。更に迫撃砲が、至近距離で放たれた。 「……ッ!」 迫撃砲の爆炎が辺りを焼き尽くす。猟犬も迫撃砲も紅蓮に塗れ、ユーヌもまたその身を炎の舌で舐め上げられる。それでも、吹き飛びながらその身を立て直すユーヌ。 その時だった。再び鷲祐の神速の刃が唸り、竜鱗を撒き散らす。軋み、唸る『雷神』。まるでそれは、『雷神』の断末魔のように、夜空に響き渡った。巻き上がる轟音、舞い上がる砂煙。地を揺るがしながら、神はその身を地に横たえた。 「おや、これはいかん。敵ながら見事な作戦だ、またも私の完敗のようだ。この借りは、必ず返させてもらおう。 総員、撤退だ」 静かに宣言するフリードリヒだが、その顔はさすがに悔しさが滲んでいた。 ●戦士の休息 「やったぜ、ざまーみろ! 地獄で懺悔しな!」 「キャハハ! 強者ぶってるのが負けるのを見るのって、サイコー☆」 速やかに撤退した親衛隊。その姿が遠くに小さく見える。それを見ながら、ラヴィアンと魅零は手を叩いて喜んでいた。 ラヴィアンの負った傷は深く、魅零の肩を借りてやっと立っているような状態だ。けれど、その顔は満足げに笑っている。 その二人を横目に、エリスと羽衣が海依音とユーヌの怪我を治癒していた。さすがの手際の良さで、その場には暖かな光が満ちている。 「これで……もう……大丈夫だから」 「ありがとうございます、エリス君」 「ああ、大分楽になったな。助かった」 味方を癒す戦い。それに特化した術を持つ彼女は、間違いなくこの戦いでの影の功労者と言えるだろう。 「そこの二人も、羽衣が治してあげる。こっちにいらっしゃいな」 未だに遠くの猟犬を見て笑っている二人に、羽衣が優しく声をかけた。 「なんとか、終わったか……」 「ああ。本当に、なんとか、な」 圧し折られた『雷神』の足元に、二人の戦士がいた。先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、二人の言葉は静かに響く。 横たわる『雷神』の姿はどことなく生き物の死骸のようにも見えて、何故だか物悲しげに見えた。 「怪我の方は?」 快が鷲祐に問うが、それを聞く彼も傷だらけだ。大きな怪我はエリスに治癒してもらっているが、それでもくたびれて見える。 「ああ、まあな。いや、そうだな……怪我の消毒をしたいところだ」 「? 治療ならエリスがしてくれたが……」 その言葉を遮るように、鷲祐が言う。 「怪我をしたら、やはり『消毒』をしないとな。今夜、お前の店は空いてるか?」 なるほど、『消毒』か。快が笑う。 「ああ、勿論大丈夫だ。大歓迎だよ」 二人の戦士は、こつん、と互いの拳をぶつけた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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