●空を見上げて空を切る そびえる電波塔。それを背に、背筋をぴーんと伸ばした黒衣の兵が立っていた。今日も昨日も。何故なら『ここを護る様に』と上官に命令されたからだ。 そんな折――通信機から件の『上官』の声が聞こえて。 『――あーあー。もしもしアウグスト、俺だブレーメだ。聞こえるかい?』 「Jawohj,ブレーメ曹長ッ! こちらアウグストッ! 戦線異常ナシでありますッ!」 『いや、異常異常。緊急事態だ。方舟がそっちに向かってるっつー情報が入ってよ』 「ッ!? なんですとッ!」 『言った通りだ。俺もそっち向うからよ、それまでキチッと“お留守番”頼んだぜ?』 「Jawohl! お任せ下さいブレーメ曹長ッ! このアウグスト、必ずや貴方の為に励んでみせましょうッ!」 『……アウグスト。お前は良い部下だよ。ああ、良い部下だとも。時々イジめて泣かすけどさ、それも愛だぜ? だからさあ、俺が言いたい事はもう分かるよね?』 「Jawohl!」 言葉を続ける為に空気を吸い込んだ――アウグストは知っている。1945年。あの日。 その男は全てを失った。帰る家を家族を友人を。全てを踏み躙られた。誇りを存在価値を正義を人生を。 悪だと言われた。正義の為に命を懸けたのに。不必要だと言われた。何もかも失ったのに。 一体、脆弱な一兵士が、ただの人間が、その心が、それを受け止め許容できただろうか? 答えは、『否』。 その男は認識した。勝てばいいのだ。 その男は妄執した。勝てばいいのだ。勝者こそ正義だ。 その男は信仰した。勝てばいいのだ。勝者こそ正義だ。勝てば何も失わず、勝てば必ず幸福だ! その男の名はブレーメ・ゾエ。勝利偏執に脳を支配された『狂犬』。 「――『負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ』ッ!」 『Ja.その通り。死な<負け>なきゃいいのさ。どれだけグチャグチャに蹂躙されてドロドロにコケにされようとも、最後に敵の咽を食い千切れば良い』 勝ち負けは他人が決めるのではない、いつだって自分だ。負けを認めてしまえばそれで御終いなのだ。己が『負けた』と思ってしまった時点で敗北が決するのだ。真の敗北とは即ち、精神の敗北。 ならば。汚らしくとも。何度蔑みという糞尿に塗れようとも。何度血みどろにされようとも。何度でも這い上がって立ち向かわねばならぬ。勝利を得るまで。 屁理屈と言ってしまえばそれまで。貫き通せばある種の美学。又は偏執。強迫観念。たとえそうであろうとも。どれほど罵声が束になろうが、その生き様<正義>は汚されぬ。 『さぁ往こうぜアウグスト。戦争だ。勝利の為の戦いだ。――Sieg Heil Viktoria!』 「Jawohl! Sieg Heil Viktoria!!」 ――Ende(通信終了)。これで全員。 さて。通信機を切ったブレーメは魔改造軍用バイクのハンドルを握り直す。吹かす轟音。通り過ぎる風、景色、嗚呼このままかっ飛ばせたら爽快だろうなあ、なんて、思いながら振り返る。後ろに座したアルトマイヤー少尉へと。 「少尉ーもうじき着きますよお! バイク酔いしてませんかあ!?」 エンジン音に負けぬよう声を張り上げ、髑髏の軍帽が風圧に奪われぬ様にしている優男に笑いかけた。 「……君、俺を気遣う気持ちがあるのならもう少し丁寧な運転を心掛けられないのか」 不機嫌な声音だった。バイクの駆動音と流れる風に掻き消され、どうせ曹長にしか届かぬと砕けた口調。あはははは。ブレーメは笑い声を返す。丁寧だって? そんなもの、世界一俺に似合わぬと知っているだろうに! 「速いのって気持ちいいですよねえ!」 常と変らぬ、何食わぬ、へらへらと。背中で溜息が聞こえた。君は阿呆かね、とでも言いかけたのだろうか――残念ながら急ブレーキ。劈く様な音と共に速度は零になる。巻き上げる砂煙。もう一度、ブレーメはアルトマイヤーへ振り返り。 「さっ、着きましたよ少尉。貴方はあっち、俺はこっち。急がないと、美味しい所を部下共に持って行かれちまいますぜ!」 指をさす。それを横目に少尉は呆れた顔をしてバイクから降り、軍服を正しつバイクに跨ったままのブレーメに向き直る。 「……随分と素敵なドライブだったな、まぁ……精々派手にやるとしよう。ほかならぬ君からの『面倒事』なのだから」 「そこいらの夫婦よか付き合い長いですからね俺達って。で――調子は如何なもんで?」 微かに遣った視線は上官の肩。革醒者故にもう傷は塞がっているだろうが――それに返されるは、笑止と言わんばかりの素っ気無い物言いだった。 「俺――否、私が其処までか弱く見えるかね? やれると言ったならやれる、問題無い」 「そうでないと。『アルトマイヤー・ベーレンドルフ』ならそうこないと。へへへへへ」 望んだ答えに歯列を剥く。そうだ、何であろうと彼は紛れも無く『我が愛しの上官殿』なのだ。敗北の泥に彼が溺れるその日まで。 では、と一息。片手で敬礼を捧げて。その蒼い目をニヤリと見据えて。ブレーメは声を張り上げた。 「Sieg Heil! ――どうか御武運を、Mein Lieblingsleutnant」 「其方こそ。……くれぐれも、返り血以外で血みどろになってくれるなよ、ブレーメ」 分かってますよう。一つ笑い、ハンドルをぐっと回し。加速。加速。轟音を吹き上げて。戦場へと。 ●ヘシ折る 「緊急事態ですぞ!」 大量の資料を手に、『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)が事務椅子をくるんと回して皆を見渡す。 「親衛隊の案件です。……近頃頻発していた『怪電波によるノーフェイス事件』はご存知ですな?」 怪電波によるノーフェイス事件――それは、謎の電波中継車に乗った親衛隊が街を行き、一般人を悉く洗脳・発狂させノーフェイス革醒を促し、戦力として手駒にしてしまうという事件だ。 「どうやら、親衛隊は一連の事件を『Donnergott作戦』と呼び表しているようですな。 一般人が『材料』故に幾らでも補充の効く体の良い道具を大量生産すると同時に、このように事件を引き起こしてアーク戦力の『嫌がらせ』に近い疲弊狙い……雷神(Donnergott)というネーミングセンス然り、全く以て『素敵』な作戦でございますな。 さて、此度は遂に、件の怪電波の『発生源』を――『電波塔』の場所を、突きとめましたぞ!」 メルクリィの言葉と共に背後モニターが展開される。この国の地図の画像。点滅する光は、全部で6。 「御覧の通り発生源である電波塔は全国で6ヶ所。他の場所に関しましては、ギロチン様、響希様、数史様、ローゼス様、望月様が担当されております。 さて、この電波塔ですが。この破壊に成功すれば当然ながら件の『事件』を食い止められる上、親衛隊から『厄介な戦力』を削ぐ事が出来ます。 当然、電波塔の周りには親衛隊戦力が居る事でしょう。皆々様は、彼等の妨害を掻い潜りつつ電波塔の破壊し、かつ親衛隊戦力の中に居るノーフェイスを殲滅せねばなりません」 そして、とメルクリィは表情を引き締める。 「恐らく、戦闘から1分弱ほど経った頃に……親衛隊の追加戦力が現れます」 その者こそ、他でもない――『鉄牙狂犬』ブレーメ・ゾエだ。親衛隊の幹部であり、危険極まりない人物である。 だが。機械男は真っ直ぐに、リベリスタを見渡して。 「皆々様の任務は『電波塔破壊とノーフェイス殲滅』。無理は、いけませんぞ」 まだ親衛隊との決着が着いていない現状、いつ大きな戦いが起きてもおかしくはないのだ。胡乱な状況。けれど――だからこそ、メルクリィは笑みを、送り出す戦士達へと向けて。 「私はいつも、リベリスタの皆々様を応援しとりますぞ! ……どうか、ご無事で」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月25日(木)22:52 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●電波旋律 「Und liegt vom Kampfe in Trümmern die ganze Welt zuhauf,das――das……?」 そして闘争の末に全世界は瓦礫の中で群れをなしている。並走するエンジン音を伴奏に口ずさみ、ふと。続きが思い出せなくて。どうしても思い出せなくて。 『das soll uns den Teufel kümmern,wir bauen sie wieder auf だ。君は本当にこの歌が好きだな』 だがそれが何だというのか、我等が再び建設するのだ。通信機越しの上官は低い声で笑っていた。あぁ、そうそう、そうでした。釣られる様に口角を擡げ、笑って、歌った。 「das soll uns den Teufel kümmern,wir bauen sie wieder auf!」 気儘に歌って。気楽に笑って。いつもの様に。 そして果てには『雷神』が見える。 ●今晩は、然様なら 夜。を、駆ける。出来る限りの速度で。 「全くもって気に入らないわね、親衛隊」 幻想纏いの蝶を舞わせ、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は軽快な靴音を響かせる。その傍らには『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)が、寄り添う様に薄水の髪を靡かせていた。 親衛隊。それに三ッ池公園を奪われた事は記憶に新しい――「下手な煽りは格好が悪いな」と『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が態とらしく肩を竦める。 「奴等がそうした様に、此処は一つ、行動で示すとしよう」 「せやな。博徒にとっちゃ負けるんは日常茶飯事やけん、いちいち気にしてられん」 応え、「ただ」と続けるのは『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)。 「人生にゃ必ず勝たないかん勝負が何度か来る。そいつに勝てさえすりゃ何も失われんのさ。まあ『わしは』弱いから負けるんやけどな!」 からから笑う。さて、今日の風はどっちに吹くか。未来は誰にも分からない。 「マジ久々だわ、仕事中に倒されるの。やっぱ強いねえ」 後頭部を掻き『道化師』斎藤・和人(BNE004070)は苦笑を浮かべる。傷は全部治ったけれど、思い出すのは裂傷の記憶。親衛隊幹部の名は伊達ではないらしい。なので、ガッチガチに『固めて』来た訳でして。 「三度目の正直、頑張りましょ」 「そのつもりだよ、端からね。……この場であの筋肉デブをブチ殺せねえのはムカつくけど、まぁ」 一息。拳をゴキンと鳴らし、『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)は「今日のところはあの野郎に吠え面かかすだけで我慢するとすっか」と好戦的に歯列を剥いた。 「本当に、嫌なことばかりしてくれるよね」 それも、これも、戦いなのだと理解しているけれど。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)は魔法杖を握り直す。深呼吸を一つ。 「……だから、私は私に出来る事を。任務を達成して、絶対に皆で帰るんだからっ!」 むんっと意気込む。傍ら、対照的に黙然と祈りを捧げていたのは『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。手にしたロザリオ。親衛隊。神の下、平等である人の子を差別し、罪なき子羊を神秘に晒すとは。 「……神への反逆を重ねましたね。さあ、お祈り<戦争>を始めましょう。万軍の主にいずれ捧げる血と勝利の為に」 閉じた目を開け、見澄ます前。 「かつての第三帝国の雄に思う所は多々ございますが、能書きを垂れる時間は終わりました」 静かに、黒獅子と名付けられた術手袋をその手に被せながら。吸いつくような感触を確かめるように、その細い指をゆるりと開閉させながら。『ヴリルの魔導師』レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)の蒼睨には淵く闘志が研がれていた。 「かの旗を掲げし者が、守るべき民の居ない軍が、我が第二の故郷を蹂躙すると云うのならば。アークとして、今を生きるアーリア人として……全力を以って妨げるのみ」 見えた、鉄塔。その周りの黒い兵。戦争を始めよう。鬨の声を張り上げて。夜の空気で肺腑を満たし。 「――いざ、参らんッ!」 「来たな方舟ッ!」 応えるように一歩、アウグスト・アウアーが拳同士を搗ち合わせる。 溢れる殺意。戦場の気配に、『リコール』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)は膝がぶるりと震えるのが分かった。けれど前を、あくまでも前を。 「わたくしは弱い。無力なのは悔しいし、敗北はピーマンより苦い」 思い返せばあれもこれも。『嫌な思い出』。そう言ってしまえばそれまでなのだろう。けれど。 「それを痛いほど知っていて、泣いて喚いて乗り越えてここに立っているから、目をそらしたりなんかしてないから、だから……わたくしはあなたより弱いけど、あなたたちに勝てる」 「笑止千万片腹痛いわッ! Sieg oder tot! 『勝利か死か』ッ!」 怒号、鬨声、地面を踏み締める音。戦いの始まる音。殺し合いが始まる音。 ●カウントfünf 今から50秒。それに全てが懸かっている。 リベリスタは楔形の隊列を組んだ。一点突破。狙うは雷神電波塔。それを阻まんと吶喊して来るのは親衛隊とバウアー達。 「こんな無粋な装置に頼りきって兵士調達のつもりかしら? 無様ね、突進馬鹿のアーリア犬」 こんな物、貴方達の大好きな誇りに反する行いよ。その指先に揚羽蝶の形状の投刃『彼岸ノ妖翅』を携え、糾華が冷たい溜息と共に言葉を吐き出した。同時に放つ刃蝶の嵐。全ての敵を、電波塔も含めて襲撃する。 「誇り? 名誉? そんなもの、『勝った』後にできるのだッ!」 アウグストの大声と、エンジン音。一直線。前線にいた者をふっ飛ばしかっ飛ばしリベリスタのど真ん中。刹那に巻き起こる烈風が、リベリスタ達に襲い掛かる。或いは、その動きを麻痺させる。 「っと、お触りしたけりゃ俺を倒してみせな!」 防御に広げた双鉄扇。仲間を護り庇った和人がニヤッと笑った。その背後、護られた本人――ルナが、杖に炎の魔力を込めて。瞳に、戦う意志を宿して。 「邪魔をするなら、痛い目を見て貰うよ?」 振り下ろす。落ちる。咲き乱れるは火炎の華。土煙と爆煙と。それを耐えたアウグストに、次いで力一杯振るわれたのは打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」<散弾銃の様なもの>。防御に腕を交差させたアウグストが、その両足が、圧倒的な圧力に押しやられズザーッと地面に二本の線を刻み付ける。 「腕力×速力=破壊力<超ぶっ飛ばす!!>……的な!」 全く通り過ぎるだけのお仕事とか酷い話だ。喜平は破壊の武器を構え直しニィと笑う。どうせ陣形を崩しに来る事ぐらい分かっている。戦場は遍く想定外の楽園で、現実は究極に気紛れ屋さんなんだから。 そんな不条理の海の中、少しでも『勝ち星』を求めるのが人生博徒<ジャンクオブラスベガス>。仁太は両手にしっかとパンツァーテュランを携えて、狙う照準。運任せ。 「今回は殺しに来たって言えんから、勝ちに来たで。負けたら倍にして取り返す、それが博徒のやり方や!」 引き金を引く。ズドンッと発砲の反動が肩に響く。降り注ぐのは鉄の雨、弾丸の猛嵐。 遠距離攻撃が出来る者は塔を、只管塔を。 だが当然ながらその侵攻を親衛隊は止めようとする。楔の先端、寄っては凶器を振り回すバウアーを氷刃と暴力で斬り伏せるリンシードと瀬恋へ、気を込めた蹴撃を繰り出すヘルマンへ、アウグストと激しく切り結ぶ喜平へ、親衛隊のマグメイガス・レイザータクトが黒き魔曲と殺意の眼差しを撃ち放つ。 ならばこちらも徹底的に応戦してやるのみ。 「罪なき人々を材料? 我々への嫌がらせがために? ……斯様な物、決して存在を許すわけには参らぬッ!!」 レオポルトが構える手に、纏う術手袋に、炎の紋様が浮かび上がる。唱える呪文。それに、聖別されし双銃「十戒」「Dies irae」を構えたリリの祈りが重なった。 「――Veni,Sancte Spiritus,Et emitte coelitus Lucis tuae radium」 聖霊来たり給え、天より御光の輝きを放ち給え。鋭き蒼眼が、銃口が、雷神電波塔を睨ね付ける。さながら天に挑むバベルの塔か。だと言うならば。 「その悪しき思想ごと、徹底的に潰しましょう。――神罰執行。一切の邪悪の否定を!!」 「『炎は全てを浄化する』とは印度の炎神の神威ですが――御覚悟を。我紡ぎしは秘匿の粋、ヴリルの劫火ッ!」 轟。神秘が、荒れ狂う炎が、神の怒りが、天より激しく降り注ぐ。或いは、煉獄山より吹き上がる憤怒の炎が如く、地面より一本の火柱が咆哮を上げる。 激しい熱に風景が揺らいだ。炎の最中、まるで生きている化物の様に雷神電波塔が揺らぐ。せせら嗤っているかのように。 紅い景色の中。魔法の応酬。射撃の応酬。殴り合い、斬り合いの応酬。血が流れた。赫い景色。 邪魔をされようとリベリスタは突き進む。進める者は突き進む。数に任せて壁と成るバウアーに押されながらも。前へ。前へ! 「邪魔だクソボケェ!」 瀬恋が暴力的に拳を振るった。それはリンシードを寄って集って抑え込んだバウアーを、彼女諸共殴りつけて吹っ飛ばす。文字通り『荒療治』だがそのまま自爆に巻き込まれ御陀仏になるよかウンとマシだろう。 「……痛……」 「あー悪ぃ悪ぃ次からは気ぃつけるわ」 どろっと垂れた鼻血を拭い、体勢を立て直したリンシードは長剣Prism Misdirectionを構えた。痛かったけど死ぬよりマシ。飛び出し、振るう氷の刃。 陣のど真ん中では喜平を前にアウグストが文字通り暴れている。ヘルマンの背後。振るわれた烈風が彼の背中をザクリと裂いた。痛くて、「うぐっ」と悲鳴が口から漏れた。でも痛くて足を止めちゃいけない事は分かっていた。眼前。親衛隊のクロスイージスが放つリーガルブレードにまた血を散らし、それでも地面を踏み締めて。 「退いて下さい!」 力一杯、蹴り付けた。押し退けて。進んで。 ――何秒経った? 恐らくは30秒。 残り20秒。 たった20秒。されど20秒。 リベリスタは電波塔に到達する。 良かった――ルナは思う。ここからは『切り開く』炎の魔法ではなく回復に専念せねばどうしようもない、正にそんな状況で。 塔を、見遣った。魔術知識。深淵。リベリスタは電波塔の脆い部分を探した。分析の結果――そこに脆い部分は無い。逆に格別堅い場所も無い。兎に角泥臭く攻撃し続ける他に無いのだろう。 「辿り着いてやったぜ。ざまぁみさらせ!!」 電波塔に闘気の砲を放ちつつ、喜平が笑う。血みどろで。既に運命も散っていた。戦えそうなのは残り僅か。その一瞬まで戦い続けよう。 ヘルマンは面接着の能力で鉄塔を駆け上がる。飛行ならばその不自由さに撃墜されていたかもしれないが、彼は『飛んでいない』。走る。走る。誰にも邪魔されない場所へ。 「こんなものーーー!」 駆け上がりながら踏み付ける。それは『堅い』ものを粉砕するには最も適した技。そして相手は無機物。回避する事はない。そして彼を邪魔する者は、居ない。 「ちゃっちゃとぶち壊してやるよ糞が!」 刻まれた痛みを返す様に、瀬恋は殺意を込めた魔弾を電波塔に放つ。更に生死の蝶と暴君戦車が戦場に脅威の鉄嵐を吹かせ、リリとレオポルトが天と地から炎を呼んで徹底的に攻撃を緩めない。 電波塔が倒れるのは時間の問題だろう。確かな手応えがあった。さて、ではそれにはどれだけ時間がかかるだろうか。それはリベリスタにも分からなかった。ただただ、リベリスタは動けるならば雷神電波塔を攻め続ける。親衛隊からの猛攻に血を散らしながら。最中に喜平が、アウグストの一撃に力尽きる。 そんな時だった。 和人に護られるルナの二人のフィアキィが焦った様に彼女の肩を叩いた。「そうだね」とルナは苦い表情を浮かべる。冷や汗の感覚。その耳に届いたバイクのエンジン音。見遣った。彼方から。来た。来てしまった。牙を剥いて。へらへら笑って。ナイフを構えて。 狂犬が。 「皆――ブレーメ達が来るよ、気を付けて!!」 張り上げる声。 轟音の中。斯くして、戦場は混沌に落ちて逝く。 ●アフターsechs 「Guten Abend! お待ちかねのブレーメ・ゾエ様だぜえ?」 流暢な、されど舌で嬲る様な言い方だった。『鉄牙狂犬』。その人を食った様な。糾華は柳眉を潜め、『究極の不条理』を纏い、野卑な笑みを浮かべる男を見澄ました。 「来たわね戦争犬。ゲームの続きを始めましょう……でも、今回の仕事は貴方に用は無いの、命を置いて帰ってくれない?」 「よーう美学屋、今日も可愛いな! 独りは寂しいからお前も生首だけで一緒に来てくれないかい?」 「残念だけど、お断り。そのにやけっ面に吠え面かかせてやるわ。敗北を噛み締めなさい、戦争犬」 「わんわん。ついでにお嬢ちゃんの喉笛も噛み締めようかい?」 舌を出してけらけら笑う。その男に対し、リンシード直感した。コレは、キケン。糾華とブレーメの間に立ちはだかり。 「貴方が何度も何度もお姉様を困らせる駄犬ですね。お姉様をあんな思いつめた表情にさせるなんて……許せません」 さっさと駆除したいところだけれど、今日の所はお預けらしい。だから、と剣を突き付けた。うっそりひっそり笑みを浮かべて。 「代わりに、貴方の大嫌いな、敗北を押し付けてやりましょう……ふふっ」 「君かわいいね~名前は? 血は何色? ナイフはお好き? 自分の内臓見た事ある? ナイフはお好き?」 「またてめぇか筋肉デブ。テメェのむさいツラなんざいつまでも見たくねえんだよ」 代わりに横から飛んできた暴言。瀬恋の露骨な舌打ち。ガン付け。ブレーメと目が合った。笑ってやがった。 「女の子がそんな汚い言葉を使うんじゃありません! って俺も人のこと言えねえけどな。俺が汚い言葉を使うといっつも少尉に怒られるんだ」 君、誇り高きアーリア人なら相応の振る舞いを身に付けたまえ ってね。命令を下す様に振り下ろすナイフ。けたたましい音と共に魔改造軍用バイク『ヴィントシュトース』に乗った四人の親衛隊が飛び出した。ハンヒェンは復讐克己の記憶を仲間に思い出させ、残りは三方から襲い掛かる。狙いはルナだ。ブレーメは彼女が『回復を使ったり厄介な広範囲攻撃を使う面倒臭い奴』だと認識している。そして、『それを護るだろう存在』が居る事も。 鈍い音。撃たれたり撥ねられたりタイヤで肉を削がれたり。 「ぐっ、ふ……!」 嗚呼、効くわぁ。神経に響いた痛み。ルナを庇い、只管庇い、和人は口唇を血で濡らす。その正面に軍靴の音。顔を、上げた。 「ようブレーメ。やっと来たか、待ちくたびれたぜ?」 「Halloカズヒト。寂しい想いをさせちゃってごめんな?」 ナイフの切っ先をくるんと回して部下達に命令――コイツは俺やるから他よろしく――を下し、ブレーメが態とらしく首を傾げてみせた。「さぁどうだか」と和人は不敵に返し、一歩。前へ。ここからはルナの護りではなく、狂犬の足止めが『お仕事』。 しかし和人の前に立ちはだかったブレーメは一切の攻撃を繰り出さなかった。何故か。それを、レオポルトは理解する。アルトマイヤー少尉の『必殺技』か。同時に組み上げる、脅威の魔曲。構築される魔法陣。 「させぬッ! 神聖四文字の韻の下に――我紡ぎしは秘匿の粋、禍つ曲の四重奏!!」 放った。立て続けの四重奏。だが、駄目だ。狂犬はずんぐりとした見かけに反する身軽さを持つ。直撃には、拘束には、至らない。一瞬だけその目が魔術師を見遣る。誘う様に笑っていた。ニタリと。 一方、後衛へ切り込まんとしていたアウグストに立ちはだかるのはリリ。 弾丸と拳が交差した。 鈍い、衝撃。超絶に制限を外したアウグストの殲滅の闘気を溜めた拳がリリの腹部を強烈に捉える。 「が、ぁはッ――!」 シャッフルする視界。吹き飛ばされて、背中から電波塔の脚に叩きつけられて。弓なりに折れる身体。皮膚の下が拉げた感覚。どさりと地面に落ちる。のたうち回る程の痛さだった。耐え切れずに吐き出す胃液。血交じりで。 それでも、血と吐瀉物に塗れながらも、リリは立ち上がる。 「今はただ、貴方方の喉笛を掻き切る瞬間、審判の日の為に――最後に勝つのは、我々です」 「ぬかせ小娘ッ! 勝利は正義は我ら親衛隊の手に在るのだッ!」 思考の違いは絶対的な違い。どうしようもない違い。 しかし、戦う事『しか』方法がないのは、何処か虚しい様な――仁太は思う。それでも暴力を振るう。それ『しか』、今を切り開く方法がないから。否。ひょっとしたらそう望んでいるのやもしれぬ。破壊とは怖ろしいけれど、何処か甘美な味がして。 深呼吸一つ。今は、集中しろ。その直後、なんの不幸か吹き飛ばされたバウアーが直撃して転倒してしまう。地面を転がった。その腹を、ズドンと踏み付ける脚。「ごほっ」と強制的に肺から追い出された酸素。バウアーが、カタールを振り上げているのが見えた。 振り下ろされる切っ先を。仁太は、構える禍銃の銃口で受け止めて。拮抗。奥歯を噛み締めながら。 「……悪いな、救ってやれんで。殺す事が救いになるかは知らんけど今できるんはこれだけや」 あの塔は絶対にぶっ潰しちゃる。思い、謝り、引き金を引く。至近距離。 ずどん。 「全て、総て。薙ぎ払ってくれるわ」 親衛隊のホーリーメイガスが放つ聖神の息吹に体勢を立て直すバウアーへ、電波塔へ、親衛隊へ。糾華の放つ『境界の蝶』が空気を裂いて襲い掛かる。七色に。それに並走するのは『護る剣』を携えたリンシード。少女趣味のドレスを靡かせ、ルナやレオポルトといった後衛陣を『護る』為、迫り寄るバウアーへ時を刻む霧刃を放つ。 如何せん敵の数が多い為に全て全てから護る事は難しい――軍用バイクから放たれる弾丸が容赦なく降り注ぐ――和人がブレーメの相手に付きっ切りな今、ルナを護る者はいない。怒涛の勢いで放たれた銃弾がルナの肩を、腹を、足をブチ抜く。ガクッと体から力が抜ける。その痛みをぐっとぐっと噛み殺し。撃たれた足で凛と立ち。 覚悟は、している。勿論だ。それでも―― 「――失うのは絶対嫌なの! ディアナ、セレネ。皆に癒しを!」 舞い踊る光。躍る癒し。キラキラと。 輝きに包まれて。 未だに攻撃をせぬブレーメを前に、和人の背骨を舐め上げるのは嫌な嫌な予感だった。けれど、自分が受ける他に無いのだろう。自分が。痛いのは嫌だけど、それが一番『合理的』だ。さて、耐えられるだろうか。否。耐えてみせる。『耐えねばならない』のだ。 睨ね付ける視線の先。ブレーメが、手の中でナイフをポンと放った。へらへら牙を剥いて笑いながら。 「『待て』は性に合わないから、そろそろいかせてもらうぜ。さー受けてみな、この『逃れ得ぬ魔弾(Zauberkugel)』を!」 向ける刃は真鉄の咆哮。慈悲無く下すは射撃命令(Schiessbefehl)。カチリ。作動。射出。音速を超えた銀色の刃が、暴力装置が、研ぎ澄まされた殺意が、和人の装甲を容易く貫き、その下の肌を、肉を、血管を、神経を、骨を、臓腑を、運命を。 「…… ッ ぐ!」 貫かれた胸の穴。噴き出す血潮。天国が一瞬見えた様な気がして、和人は不敵に口角を吊る。せり上がる赤が口唇を濡らした。 「これで終わり……とか言わないでよね? 面倒だからって俺から逃げたりとか有り得ないよね?」 テメーの相手は俺だろ? 一歩。踏み出し。ズタズタの手でズタズタの得物を構え。霞むな視界。ふらつくな脚。まだ『仕事中』だろうが。キッチリ最後までやりきらないと駄目だろうが。 「来いよ、犬ッコロ」 ああ、痛いのは嫌なもんだ。血を流すのも、倒れるのも。 その塔は予言師が告げた通りの耐久性だった。けれど、雨垂れ石を穿つと言葉がある様に。 「うらあーー!」 塔上部。ヘルマンの土砕脚がズドンと塔に突き刺さる。破壊の気は塔中に巡り。めきり。軋んだ音。めきりめきりめきり――そんな音と共にヘルマンの視界も揺らいでゆく。何故か。それは。遂に。塔が傾き、倒れ始めているから。 「わぁああああ!?」 やばい。潰される。下敷きになる。そう思って、咄嗟に跳んだ。随分高い位置だけれど。大丈夫、革醒者なら悪くても捻挫で済む筈―― 凄まじい音を立てて塔が倒れてゆく。 親衛隊が驚愕の声を上げていた。 土煙。 そして、雷神は『倒れ伏す』。 痛い。 跳んで、落ちて、誰かと激突した。ヘルマンはぐるぐるになった視界を頭を振ってハッキリさせ、己が地面に転がっていた事に気が付いた。前を見た。同じように、尻餅をついた人物が。 アウグストが。 「き、貴様ァーッ」 塔を壊され敵に落下のクッションにされ、余程悔しいのか。涙目で睨め付ける。けれどヘルマンは恐れを隠し、睨み返して。戦闘態勢を取りながら。仲間から聞いて面白かったからこれだけは言ってやろう。 「やーいランドセル野郎! 友達百人できるかなー!」 「……ッ! ぐんぬぅうあああうあうあああああッ! 天使の羽とか言うなアアッ!」 「そこまで言ってないでしょ、この背筋ぴーん! ばか!」 言葉だけなら小学生の口喧嘩だが、物理的なやり取りは紛れもなく命の遣り取りで。交差する拳と脚。殴って、蹴って、形振り構わず。 同刻、戦場に響いたのはその場に不釣合いな程の大爆笑だった。 「あーーははははは面白えーっ! 見たかよ今の! ああ、派手なのはいいなあ大好きだ!!」 ブレーメは腹を抱えて笑っていた。アウグストが馬鹿やってるのがウケたのもある。アイツ後で虐待<おしおき>してやろう。その手のナイフは全てが赤い。返り血。振り返った。立ちはだかった瀬恋へと。 「てめぇ……」 ちら、と瀬恋は目線をやる。その先には血溜まりの中に意識を失った和人。視線を戻し身構えた。狂犬はへらへらしながらナイフをくるくる回していた。 「オラ、かかってこいよ筋肉デブ」 「中年太りかな? 昔は痩せてたんだぜ~」 言いながらの猛加速。背後。唖然を切り裂く瞬撃が瀬恋の背中に突き刺さる。その黒い髪を掴み、耳元で笑いながらぐりぐりと抉り回す。弄ぶ様でいながら殺す気満々。 「ぐ……!」 力量の差は知っている。けれど、それでも『やる』のが坂本瀬恋という人間だった。倒れるものか。ドラマでも運命でも何でも使って足掻ききってやると牙を剥く。狂犬へ。 親衛隊の猛攻を受けながらも一つの目標を達成したリベリスタの次なる目標は、バウアーの殲滅だった。しかし先ほどからずっと、運命を代価に戦い続けるリベリスタの攻撃に、バウアーはその数を減らしていた。 けれどここで、遂にリベリスタ達を癒し続けていた回復の光がルナの意識と共に途切れてしまう。正念場だった。残された時間は、短い。更にリベリスタとは違い親衛隊にはホーリーメイガスが二人いる。崩せるか、この壁を。否。崩さねばならぬ。 銃火。空から振る火矢。祈りの声と、ドイツ語の罵声。 弾幕。戦場を彩る暴君と蝶。機関砲が回る音。 剣閃。鏡操り人形と電波人形の刃が互いの肌を深く裂く。 格闘。二人の機械人間。拳が顔面を、蹴りが腹を撃ち抜く。 獣性。牙を剥いた二つのケモノ。修羅と狂犬が暴力を撒き散らす。 狂宴。それらを、レオポルトは深淵を宿す目で見澄まして。 「我が血を触媒と以って成さん……我紡ぎしは秘匿の粋、黒き血流に因る葬送曲」 唱える、魔法。時間をかけて構築する術式。 「喰らえ我が怒り、ヴリルの奔流をーッ!!」 裂帛の声と共に戦場をのたうったのは夜より暗い鎖の雪崩。バウアーを飲み込み、砕き、無慈悲なまでに引き千切る。 血の華と死が咲き乱れる戦場で。背中合わせの二人の少女。 「……リンシード」 「はい、お姉様」 目を合わせずとも。糾華とリンシードは自らを取り囲むバウアーへ同時に踏み出し、ステップを踏み。まるで舞踏。ドレスをひらりと靡かせて、髪をふわりと揺蕩わせ。時の霧と切裂きダンス。首を刎ねる。触れる事を赦さぬ様に。 切り開いた。 残す所はフェーズ2が二体。傷だらけのリベリスタには限界が近付いている。血だらけだ。ギリギリだ。もう、いつ、誰が倒れてもおかしくはない状況。 そんな中、仁太は愛する銃を握り直す。自分は、弱い。そう思う。だからこそ力を合わせて戦うのだ。自分は一人じゃない。仲間が居る。そして『彼女』が、『ここ』に居る。 「……『わしら』は強いで?」 笑んだ口角。引いたトリガー。ドカンと爆発音の様な『独断演説』が響き渡り、引き寄せた豪運に弾丸は脅威の螺旋を描き、飛び、立て続けに二発。一発は脳天に。一発は心臓に。バウアーが血潮を上げて崩れ落ちる。 「これを終焉と致しましょう。灰燼と帰せよ!」 仁太の弾丸に巻き込まれタタラを踏んだ最後の一つへ。レオポルトが翳す掌。展開される魔法陣。吹き上がる火柱が轟と天に。飲み込まれた最後のバウアーが、炭化死体となって崩れ落ちる。 ――任務完了。 リベリスタ達は一斉に目を合わせた。撤退を。もう戦闘は無理だ。危険だ。これ以上は。 走り出す。進撃した方とは逆の方へ。進撃した時と同じように陣を組み。 かくり。首を傾げた。狂犬。目の先に血達磨の瀬恋。まるで刃の森を走らされたかの如く。ドラマで凌いだ。何度でも。 「チッ……」 苛立つが、撤退だ。飛び下がる。ブレーメはそこに居る。見逃すのか? 否そんな筈はない。 身構える。身構えた。 ……来る。 にげるなよ、と唇が動いた。 迫、る。二重の歩く者。 逃げろと手を伸ばした仁太は垣間見る。あれは小細工でもマヤカシでもない。ただただ殺す。68年分の殺意の妄執。相手が死の直感に己の面影<ドッペルゲンガー>を認める程に。 覚えて使うなど。それはブレーメという男の生き様そのものの技。至難の業。 血。 瀬恋の咽へ。ナイフが刺さる。ぐりっと回され。くしゅっと絶って。そのまま首を刎ねようと。刎ねていたのだろう。瀬恋に運命の寵愛がなければ。 「……っがは、ぐ」 蹴っ飛ばして無理矢理引っこ抜く。焼き変えた死の運命。胸糞悪いったらありゃしない。仲間の牽制射撃に紛れて瀬恋は駆ける。血を吐きながら。 「逃がすかッ!」 同刻。速度に乗ったアウグストの拳がヘルマンの頭部を撃ち抜いた。吹き飛ばされる。藁屑の様に。視界が回り過ぎて、意識が回り過ぎて、脳が震えて、吐き気すら覚えた。口から零れるモノが悲鳴か血か反吐か息か認識できない。全部かもしれない。立てない。いや立つのだ。運命を投げ捨ててでも。無理矢理にでも。立った。身体が悲鳴を上げている。息を、吸い込んで。 「気付いてないんですか? もうずっと負けたままなことに。負けた戦いにはもうどうやったって勝てないのに」 下がりながらヘルマンは親衛隊をキッと見遣った。「はあ?」と片眉を上げたブレーメと目が合い思わず「ひっ」と恐怖が漏れたけれど、牽制射撃を繰り出す仁太がその言葉を続ける様に声を放つ。 「負けを認めるからこそ、強くなれる。あんたらも負けたからこそ今のあんたらがあるんやろ? 負けと向き合うのもまた一つの強さぜよ。そこから学んで、次に繋ぐ。死ななきゃ、本当には負けんのさ。 わしらも公園での戦いで負けて、失った。もう誰も失わせたくは無い、悔しさをばねに強くなるんや!」 「……何言ってんのお前等?」 パンツァーテュランより放たれた弾丸が頬を掠めようと、ブレーメは表情一つ変える事なく。 「何の話だ? 分からねえよう、嗚呼、嫌だ嫌だ負けるのは嫌だ。ははは。上から目線の知ったかぶりで。『うんそうだね』とでも言って欲しいのかい? ウンソウダネ。言ったぜ。ほら。満足か。満足かあ!? あ゛!!?」 唐突。寸の間だけ覗かせたのはへらついた上辺の奥。が、それも一瞬。すぐさま白々しいまでに飄々としながら。 「お前さん達の『考え』と俺の『考え』は違う。『違う』から罵って、殺してでも分からせようとする。『戦争』をする。そうだろ? いつだって『自分』が正しくて『相手』が悪いのさ。 てめえ等の『妄想』通りにしたいなら皆殺しにしてみろよ、焼き尽くしてみろよう、奪い尽してみろよう! 三光作戦みてえにさあ!」 げらげらげらげら……はぁ。 「……戦争なんか無かったらこんな事にはならなかったのにね? でも戦争は起きるのよね。仕方ないね。そゆことで宜しく」 おどけるように出した舌でナイフをべろりと舐め上げて。 それは、撤退を始めたリベリスタ達に対する『タダで逃がすか』という宣戦布告。 エンジン音。 ●嵐の様な夜だもの けたたましい音、音。 トラックが二つ、走っていた。リベリスタを乗せて。一つはヘルマンが、一つはレオポルトが運転している。撤退の為に用意した物だ。一先ずは作戦通りに全員漏れなく乗っている。 その後ろに追い縋る軍用バイクが四つ。親衛隊を二人ずつ乗せて、繰出すのは追撃射撃。 飛びゆく弾丸。それを迎え撃つは、それぞれの車上に立ったリンシード、糾華。窓から身を乗り出し銃を打ち続けるリリ、仁太、瀬恋。 「――抜けますか、躱せますか、この神の魔弾を」 リリは引き金を引く。引き続ける。撃たれた地面が土を爆ぜさせる。応戦するように放たれた機関砲。だがそれは、糾華がその身を犠牲に車を守り。小さな呻き声。睨む視線の先。ハンヒェンが運転するバイクの後部座席、部下の肩に片足をかけ立ったブレーメがゲラゲラ笑っている。 「ヒャッハー! いいぞいいぞう! 速いのは気持ち良いなあ! はははははッ」 Hinein! 突っ込め。命令を下すと共に加速。アウグストと共に。 躍りかかって来る。アウグストの拳。それを、リンシードは剣で受け止めて。車上。交差する視線。 「これを破壊される訳には、いきません。 お姉様には、悲しい顔をして欲しくありません……必ず……一緒に、私達の日常に帰ります……!」 虚ろな瞳に、決意を込めて。撥ね上げる刃に、力を込めて。振り落ろす。 銃声は絶え間ない。 激しい激しい戦闘音。 時折車が大きく揺れるのは、親衛隊からの攻撃か。 何処まで逃げれば猟犬共は追跡を止めるのだろう? 分からない。けれどもアクセルを踏み続ける他になく。 ヘルマンはぐっと前を見澄ました。 刹那。 『ばん。』 それはフロントガラスを外から叩く音だった。掌で。額で。 覗き込んでいた。上から逆様。ナイフを咥え、額を押し付け、片手で硝子を叩いて。 めだけがいようにわらってじいっとなかのにんげんをのぞきこんでいるへらへらと 「う うわ うあああああああああああっ!!?」 恐怖のあまり、叫んだ。限界まで見開かれたヘルマンの視界、そこに、ブレーメが。きゅぅうう。硝子に触れた手が滑ると付いていた返り血が赤い線。ナイフを振り上げていた。 同時。瀬恋も動き出す。構える銃指。斯くして。音。鼓膜を劈く。硝子が割れる。ナイフと弾丸。車内に滑り込む風。と、狂犬。瀬恋は顔を顰める。その、顔に。 すぱり。 何か冷たい感触が、瀬恋の顔の右半分に、縦一直線に、深く深く、走った。 右の視界が暗い、否、赤い。血。痛み。 深く、斬られたのだと、知った。 「ぐ、ッうぅあああこの野郎ぉおアアッ!!」 噴き出す鮮血。迸る激痛。緊急事態だと脳が叫ぶ。半分の視界で捉える、ナイフを持った狂犬。掴みかかる己の手。狭い車体の中だ。逃れられまい。つーか逃がすか。掴んだ。胸倉。その額に、ゴリッと押し付ける――最悪な災厄。笑った。修羅の如く。 「ハッ。これなら、回避もクソも、ねえだろ?」 慎重も、計算も、洒落くせえ。やる時はいつだって『殺る気』全開で。 「こんのクソ駄犬がぁブッ殺してやる!! あの世で後悔しやがれやぁぁああああああ!!」 渾身の、一撃。 零距離の大爆発<ギルティドライブ>。 衝撃に車の窓硝子が吹き散り飛ぶ。衝撃波。 ぐらり。 ブレーメの身体が確かに揺らいだ。 けれど―― 「痛いじゃないか、ははは」 硝煙の中から。瀬恋の髪を掴み返した手。の、主。右の額を弾丸に大きく斬られたブレーメが。奇しくも瀬恋と同じように顔の右半分を血だらけにしながら。へらへら平然。ボタボタ血液。寸の間。間隙。紙一重で躱したのか。 キルゾーン。舌打ち。ナイフ。血飛沫。 「――~っ!」 ばしゃっ、と。必死で運転していたヘルマンの顔に、見開いた眼の視界に、血がかかる。生温かかった。リリはリンシードは荷台だ。ルナは力尽きて意識を失っている。瀬恋は、今。ああ。ああ。ああ。どうしたらいい。自分はここで死ぬんだろうか。冷や汗が吹き出した。怖かった。どうすれば。どうしたら。 けれど、ナイフに貫かれた瀬恋はまだ、ブレーメを掴んだ手を離しておらず。血を吐きながら、見た。血だらけの右の顔。ヘルマンを。 やれ。やれ。今しかない。今しか。今だ! 言葉なき言葉。気が付けばヘルマンは叫んでいた。ぶっ飛べ、と言っていたのかもしれない。もう良く分からない。アクセルを踏んで居たその足で、力一杯。瀬恋が掴んだブレーメを、蹴る。蹴った。飛ばされ、ドアをブチ抜き、――車外に放り出される軍人。目が合ったような気がした。ニヤニヤ笑っているその目と。 刃と拳。速度に乗った風の中、車の上、リンシードが構えた剣の先にはアウグスト。互いに血。肩で息。言葉は無く。 何か大きな音が車内で聞こえた。リンシードの胸に一抹の不安が過ぎる――だが、今は、こいつだ。 しかし戦いの時間は唐突に終わりを告げる。ばぎっ、と車のドアが壊れて。放り出された人影。驚き見遣る。ブレーメだった。 「そ、曹長ッ!」 轟。エンジンを吹かせ、アウグストは上官が地面に叩きつけられる前に彼を受け止めに跳んだ。それを切欠にリベリスタを乗せた車はぐんと速度を上げる。 「次の戦場で見えましょう。次こそ必ず殺してあげるわ、戦争犬。ダンスは次回のお楽しみね」 「Auf Wiedersehen,曹長殿! 機会があればまたお逢い致しましょうぞ!」 靡く銀髪を書き上げる糾華と、彼女が乗る車の運転席から顔を出したレオポルト。前者はひらりと手を振り、後者は不敵な笑みで別れを告げて。 それに、アウグストに抱えられ地面への激突は免れたブレーメはへらりと笑って手を振り返したのだった。 「Bis dann」 またね。 ●夜が明けたら朝が来る 乗り捨てていたバイクに乗って、エンジン音を響かせて。 「あ。いたいた――Ho,Suesse!」 彼方に見える、施条銃を担いだ黒衣の兵に呼びかけて。ブレーキ。停止。へらりと笑う。返ってきたのは皮肉気な低い声だった。 「……何時から私は君の特別になったんだね、ブレーメ曹長」 「あはは。ご無事で何より、アルトマイヤー少尉。お迎えに参上致しました」 「ふむ。……迎えに来るのならばもう少し身なりに気をつけたまえよ、その傷は如何したんだね、全く本当に君は無頓着すぎる」 溜息の視線。その先のブレーメは顔の右を真っ赤に染めて、返り血塗れで。再度の溜息と、顔面へ容赦なく投げ付けられるハンカチと。回避もキャッチも出来ずにブレーメの顔面にブチ当たった。ああ、コイツ、『外してないな』。へらりと笑う。心配しているならハッキリ言えば良いものを。 「で、結果は」 変わらぬアルトマイヤーのその声に彼は「あはは」と笑う。額に宛がったハンカチをじわじわ赤く染めながら、あっけらかんと。 「逃げられました。電波塔も潰れましたし。あー、ツイてねえや。そっちは?」 「大差ない――嗚呼、塔は辛うじて残っているぞ。残念極まりないとすれば、彼らが一切私の相手すらしてくれなかった事だな」 「少尉、そりゃ『高嶺の花』って奴ですよ。そうそうさっき連絡が入りましてね、イェンスとこは防衛に成功したみたいですが……やられましたね、他は。あーあ。オジャンですよ、雷神作戦」 唯一残った塔も既に場所が割れている。放棄するしかないだろう。が、事態と吐いた言葉に反しブレーメは常と全く変わらぬ様子だった。気楽に伸びを一つ。その傍らでアルトマイヤーはただ小さく肩を竦めた。 「方舟は勝った勝ったと諸手を上げてる頃でしょうが。勝負はまだ付いちゃいねえ。 それに……ま、こんな日もあるさ。なぁに最終的に俺等が奴等の咽を食い千切ればいい話です。そうでしょう、少尉?」 「嗚呼、その通りだ。死んでいないのならば負けていない、とは君の論だったかね。……いやはや、私までそう思う日が来るとは実に意外で……しかし悪くない」 らしくない。吐息にそんな言葉を混ぜて、アルトマイヤーはその指先で未だ戦闘の熱が残る愛銃を撫でる。黒く輝くそれは、持ち主とお揃いで傷一つない。 「はあ……帰ってクリスティナ中尉に報告しねえとな~。『リヒャルト少佐がブチギレないよう上手いこと伝えて下さいね』って言っても聞いて貰えますかねえ?」 「さあ、彼の麗しの中尉殿のお気持ち等私の様な者では察しかねるな。まぁ、精々温情に期待しようじゃないか」 しれっと放たれた皮肉。に、くつくつ笑い、ブレーメは何食わぬ調子で「俺を叱るのは少尉だけで十分ですもの」と付け加える。そのまま目で示すのはバイクの後部座席で。 「じゃ、帰りましょ。説教される時は、仲良く一緒に怒られましょうねえアルトマイヤー少尉!」 「…………嗚呼、実に面倒だ。君の頼みを聞くと必ずと言っていい程面倒な目にあっているのは気の所為かね……」 「ははははははははは。さあどうでしょ?」 笑い飛ばして、上官が座った事を確認して、「しっかり掴まってて下さいねえ」と笑って。ブレーメは血を流しながら、ハンドルをぐっと回した。 エンジン音が、遠退いて行く。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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