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<Donnergott>雷霆、咆哮轟く鋼夜<Ritterkreuz Bajonett>


 祈りを捧げよう。
 勝つ為の祈りを。
 声の限りに讃えよう。
 我らが身を巡り続ける気高き紅を。その、はじまりを。
「あー、あー、我が敬愛するブレーメ曹長殿。此方、ヨナタン・イェシュケめで御座います」
『あいよ、ご苦労さんヨナタン。お前の敬愛するブレーメだぜ。――さて、お前に一つ頼みたい事があるんだが』
「なんで御座いましょう我が敬愛するブレーメ曹長殿。私めで宜しければ如何なる事でも」
『良い子だ。嗚呼、そんな良い子の所に『悪い方舟』が来てやがるぜ。だから好きにすればいい。お前さんのやりたいように散々やって、“勝て”ばいい。……良いね?』
「了解致しました。私め如きでは微力でしょうが、悪いものは出来得る限り退けましょう。嗚呼どうか、皆様の血が無駄に流される事がありませぬ様に」
『そうさ、勝った奴が正義なんだから。頑張れよう。――Sieg Heil!』
「Sieg Heil、どうかどうか御武運を」
 ぶつり、と通信が途切れた。丁寧に丁寧に。上官から賜った通信機を仕舞い込んで。青年は満面の笑みを浮かべて背筋を伸ばした。
 大事な大事なお仕事だ。敬愛すべき上官達の勝利の為に。ひいてはこの血の証明の為に。ささやかな自分の力を全て注ごう。
「嗚呼、嗚呼。愛おしく尊いアーリアの血よ。その始祖よ。今日もどうか私めの祈りをお聞き下さいませ。嗚呼、どうかどうか」
 祈りを聞き届けたまえ。首元で揺れる、華奢な十字を指先で弄んで。青年はただ一人、来訪者を待つ様にその先へと視線を投げた。

 目の前の手がバイクのハンドルを握り直すのが見える。恐らく先程の通信が最後だったのだろう。相手は――彼の部下だろうか。轟音と風の音で聞き取り切れなかったそれを思う最中、不意に振り向くブレーメ曹長の顔。
「少尉ーもうじき着きますよお! バイク酔いしてませんかあ!?」
「……君、俺を気遣う気持ちがあるのならもう少し丁寧な運転を心掛けられないのか」
 張り上げられた声に、返した自分の声は酷く砕けた調子ながら不機嫌に響いた。押さえる帽子は風にはためき、揺れ続ける車体は決して乗り心地は良くはない。その原因とも言うべきブレーメはけれど、酷く楽しそうに笑うばかりでその運転を改める気配はさらさらなかった。
 否。彼はそう言う男だった。やりたいようにやるのだ。こんな不平不満が無意味である事等とうの昔に知っていた。
「速いのって気持ちいいですよねえ!」
 常と変らぬへらへら笑い。思わず深い溜息が漏れて。君は阿呆かね、とでも一言苦言を呈そうとしたけれど――残念ながら急ブレーキ。劈く様な音と共に揺れは止まり、巻き上がる砂煙。もう一度、振り向いた彼と目を合わせた。
「さっ、着きましたよ少尉。貴方はあっち、俺はこっち。急がないと、美味しい所を部下共に持って行かれちまいますぜ!」
 軍服を正す。指先が指し示す先。部下が待つ戦場を思って、アルトマイヤーは大仰にその肩を竦めて見せる。
「……随分と素敵なドライブだったな、まぁ……精々派手にやるとしよう。ほかならぬ君からの『面倒事』なのだから」
「そこいらの夫婦よか付き合い長いですからね俺達って。で――調子は如何なもんで?」
「俺――否、私が其処までか弱く見えるかね? やれると言ったならやれる、問題無い」
「そうでないと。『アルトマイヤー・ベーレンドルフ』ならそうこないと。へへへへへ」
 肩。其処にある僅かな痛みと共に頭を過るあの日の回想は一瞬だった。勝ち続けねばならない。痛みを思う暇があるのならば、敗北に足を取られぬようその背筋を伸ばせ。
 片手で敬礼を捧げた彼に合わせて、手を上げた。にやりと笑う顔。つられて僅かに口角を上げる。
「Sieg Heil! ――どうか御武運を、Mein Lieblingsleutnant」
「其方こそ。……くれぐれも、返り血以外で血みどろになってくれるなよ、ブレーメ」
 分かってますよう。笑い声と共にエンジンひとつ。一気に加速していく背へと、敬礼を崩した手がひらりと振られた。


「緊急事態。悠長に説明している時間が無いわ、今日の『運命』聞いて」
 大量の資料と共に席について『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)はリベリスタを見回した。
「親衛隊よ。……近頃頻発してた『怪電波によるノーフェイス事件』の詳細を突き止めたの。親衛隊は一連の事件を『Donnergott作戦』と呼んでるわ。
 幾らでも補填の効く一般人を『材料』にして使い捨ての兵隊を作るのと同時に、事件によってアークへの『嫌がらせ』を図ってる。ほんっとうに良い性格してるわよね。
 で。この前は分からなかった電波の『発生源』……言わば『電波塔』の場所を見つけたのよ。こっち見て」
 電波中継車と、一般人の発狂・ノーフェイス化の促進。強引かつ合理的な手駒の確保方法の原因は、モニターに示された6つの点にある其処に存在していた。
「全国六か所。他の場所はメルちゃん、断頭台サン、数史おじさま、望月チャン、丸や……ローゼスさんが担当してくれてる。あたしらが対応するのは此処ね。
 この『電波塔』さえ壊せれば事件を食い止められるうえに、親衛隊の戦力を削ぐ事も出来る。こっちにとって利点があるなら、あっちには損しか無い訳よ。
 当然、奴らは此処を護ってるでしょうね。だから、あんたらにはそれを掻い潜った上で電波塔の破壊を行い、存在するだろうノーフェイスも始末してきてもらわないといけないの」
 厄介事ばかりだと、フォーチュナは短く溜息をつく。けれど、もう一つ。面倒事は重なるのだ。
「『Zauberkugel』アルトマイヤー・ベーレンドルフ。彼が、増援としてこの戦場に来る。大体1分弱後にね。……対応はしてもらわなきゃいけないけど、忘れないで。
 頼む仕事は電波塔の破壊とノーフェイスの始末だけ。必ず、無理をしないで帰って来て頂戴。話は其れだけ」
 資料が置かれる。立ち上がったフォーチュナは僅かに視線を落として。気を付けて、と、短く告げた。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年07月25日(木)22:52
殺伐するぞー。
お世話になっております、麻子です。以下詳細。

●成功条件
アーティファクト『電波塔』の破壊
ノーフェイスの殲滅
リベリスタが死亡しない

●場所
郊外、取り壊された病院跡地。足場が不安定だが遮蔽物は一切存在しない
時間帯は夜、月明かりで視界は良好
遮蔽物が存在しない為、一切の事前準備・付与は不可

親衛隊ユニットA
●親衛隊『真紅殉教』ヨナタン・イェシュケ
メタルフレーム×クロスイージス。白髪碧眼。軍服の胸にロザリオを下げた信仰者然とした青年。アルトマイヤーの部下
凡そ20代半ば。信仰し敬愛するのはアーリアの血、そしてその始まりである為、仲間の血を流させない様に努める
イージスRank3スキルまでから幾つかと
EX:盲信シュライエン(神味全付/物防・神防御上昇、反射)

アーティファクト『wahnsinnig』
十字架型短剣を先に付けた鎖。遠距離攻撃を可能とする事に加え
これを使用するすべての攻撃に『BS魅了、呪縛、致命のうちどれか一つ』をランダムに付与する

を所持

●親衛隊×4
ホーリーメイガス他不明。前衛3、後衛1

●ノーフェイス『バウアー』×6
フェーズ2が1体、フェーズ1が5体
・滅多刺し:近。連、流血
・抉り出す:近。ブレイク、失血
・寄って集って押さえ込む:行う者が多いほど成功確立UP。麻痺
・自爆:物防無、必殺
>基本武装
・対戦車カタール:CT補正高め。稀に[弱点]を攻撃に付与
・精神防護ヘルメット:怒り、魅了、混乱のBS無効

●アーティファクト『雷神電波塔』
全長50m。一般人に作用する特殊な怪電波を発し、洗脳・発狂させ革醒を促す。
巨大な分、相応の耐久。

●アーティファクト『Metzelei』×2
据え付けのロケット砲。使用者は都度変わる
常時遠複の射程を得るが扱いは通常攻撃となり、使用時は命中にマイナス補正+反動あり

親衛隊ユニットB(開始から5T後に出現)

●親衛隊『Zauberkugel』アルトマイヤー・ベーレンドルフ
ジーニアス×スターサジタリー。すらりと背の高い優男。階級は少尉
無駄を嫌う完璧主義者かつ合理主義者
サジタリーRank3までのスキルから複数+戦闘指揮Lv3

EXP:Scharfschützenabzeichen
狙撃手の誉れ。『攻撃を外さない』限り毎回命中上昇。外すと初期値に戻る。
EX:Schiessbefehl
一弾の無駄さえ嫌う告死の銃声。必殺及びCT上昇に加え『溜める程にスキル効果が増す』事以外の詳細不明

アーティファクト『Henker』
戦車装甲さえ貫通する威力を持つライフル。
常時遠2貫の射程を得る(EX及び複数射程スキルは除く)

アーティファクト『真鉄の牙』
『鉄牙狂犬』の戦闘データを組み込んだ銃剣用仕掛け刃。一度だけブレーメ・ゾエのEXアクティブスキルが使用できる

を所持

●親衛隊×3
プロアデプト以外不明。支援型多め

※なお、親衛隊は全員がアーティファクト『最適化システム』を装備
BSやブレイク、ノックバックが効果を発揮するには150%HIT以上が必要

●自律型戦闘兵器『Ameise』×8
予め組まれたプログラム通りに動く自律式ロボット。高さは1m程度。数は黄>赤=黒
三ツ池公園で解析した神秘データに基づき、性能は向上、外見に変化は無し
それぞれに通常の戦闘ユニットと同じ戦闘ルールを適用します
『精神無効』『電撃系BS(感電、ショック、雷陣)を持つスキル及び攻撃のダメージ1.5倍』

黒:毎ターン前方でショットガンを放つ。近複。ブロックも可能。この個体達は他に比べ耐久に優れる。
黄:毎ターン神秘エネルギーを傷付いた味方へと放出する(遠範/HP・EP回復/WP上昇)
  回復不要であれば外部チャンネルの病原体を詰めたアンプルを敵へ投擲(遠複/ダメ0/BS死毒、麻痺)
赤:毎ターン対神秘炸裂弾(遠範/BS業炎)を敵へと投擲する。

●Danger!
ガンマST『<Donnergott>霹靂、牙を剥く鉄夜<Ritterkreuz Bajonett>』と同時参加は出来ません。
このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。


以上です。ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ホーリーメイガス
来栖・小夜香(BNE000038)
ソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
覇界闘士
★MVP
設楽 悠里(BNE001610)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
ナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
ソードミラージュ
紅涙・いりす(BNE004136)
スターサジタリー
衣通姫・霧音(BNE004298)


 軍靴の音は一つたりともずれなかった。沈黙と整然と。ただ只管に戦場へと駆け抜ける只中。男は不意に、その手を通信機へと宛がった。
「此方、アルトマイヤー・ベーレンドルフだ。――諸君、如何かね?」
 僅かに聞こえるノイズは一瞬。打てば響く様に入る通信音と共に、まず耳に入ったのは重く響く金属の唸り。そして、湿った裁断音。
『Jawohl.此方ベンヤミン・シュトルツェ。隻眼隻腕の戦姫含めた敵勢力と交戦中。隊員に大きな損害は未だ無し』
「それは何よりだ。君の手腕ならば結果の心配はいるまい。その調子で無事に帰ってきたまえよ、ベンヤミン」
 続いて、通信音。鳴り響く雷撃と、微かに聞こえる風の音は癒しのそれだろうか。
『イェンス・ザムエル・ヴェルトミュラー曹長であります。Ameiseが一機撃破されましたが、他は未だ健在です。ですが、敵もなかなかに守りが堅い。ホーリーメイガスの回復量が厄介ですね』
「ほう、是非とも崩して見せてくれたまえ。我らより優れた相手など居ない事を、君なら証明できるだろう? イェンス」
 再度通信音。激しく吹き荒れる烈風は恐らくは全力が齎す刃持つそれだ。それにかき消されない声が、ノイズを乗せて耳に届く。
『こちらヴェラであります――これは中々敵も攻撃的な編成な様で。バウアーが少々減っております。ま、劣等から作り出した駒屑が減った程度。“損害なし”です』
「素晴らしい。敵の攻勢が激しいのなら、その倍を返せば良い話だな。――手駒の減りは気にするな、派手にやりたまえよ、ヴェラ、ハンネ」
 通信音はまだ続く。鼓膜を震わせる重低音は、恐らく戦場の只中へと撃ち込まれた砲撃だろうか。
『フリードリヒ・ダンジェルマイアです。どうやら彼らは短期で決着を着けようとしているようですな。砲撃による攻撃を行っておりますが、未だ敵勢力は健在です。どうやら隠し玉があるようで、それ次第、といったところでしょうか。現状だけでならば、何一つ問題はありません』 
「隠し玉、か。全く方舟は底が知れない。だからこそ面白いのかもしれないが……しかし何よりだ、その調子で頼もう、フリードリヒ」
 そうして最後。耳を劈く様なエンジン音。ご機嫌な鼻歌交じりのそれに溜息を漏らした。
『あ? 俺? ああ、バイク最高ですよ少尉。今度一緒に海いきません?』
「君は……嗚呼もうこれも聞き飽きただろう。そうだな、君が無事で夏が涼しくなるのなら考えよう」
 小さく聞こえた笑い声。そうして通信終了。開戦直後の戦況は上々だ。実に実に悪くない。さあ精々派手にやろうか。覚える高揚感を吐き出すように、男は低い笑い声を立てた。


 煌々と辺りを照らし出す満月の下。戦場となるべき場所を一気に駆け抜けたのは暗色の影だった。接敵に合わせて敵がその体制を整え切る前に一直線、バウアーも親衛隊員も何もかも気に留めず『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)は信仰者然とした男の目前で止まって、その刃を真っ直ぐ向けた。
「面白い破界器を持っているな。小生にくれよ」
「我が敬愛なる少佐殿から賜った品ですので、申し訳ありませんが」
 嗚呼やはり何処まで行っても犬気質。国家の――この場合は理想の犬か。嗚呼なんてつまらない奴らだろうとグレーの瞳が細められる。食い殺しがいなどこれっぽっちも無いつまらないイキモノ。まぁ仕方が無いと視線を戻した。血のにおいはしない。微かに感じる火薬のにおい。神経を研ぎ澄ませて戦場を認識するいりすを遠目に捉えながら。
 宙を打つ真白い翼。ふわりと僅かに足が地面を離れて。眼前に掲げた十字架に額を寄せた。紡ぐ。もうずいぶんと馴染んだ詠唱を。この指先から髪の一筋まで。余す事無く強烈に通い巡る魔力を今此処に。祈りを終えた来栖・小夜香(BNE000038)は緩やかに、その黒い瞳を前へと向けた。
「仲間の血を流させない、か……」
 その感情には覚えがあった。癒し、守り、支える事。自分の出来る精いっぱい。誰一人失わず癒し続ける事を自分の役目と決める少女と、信仰者の目的は敵味方を超えて全く同じものだ。だからこそ。譲れない。この身が血に伏すその瞬間まで途切れぬ癒しを仲間へと。
「頼りにしてるよ。……僕に出来るのは仲間を信じて自分の役目を果たす事だ!」
 紫電一閃。敵陣只中に飛び込んだ『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)の手甲が、目を焼く程に白く煌めいた。高圧の電流と研鑽された掌打の演舞。激しく爆ぜる踏破が触れた敵を傷付けて、けれど悠里の身にもその雷撃は弾き返される。盲信シュライエン。既に一度施されていたそれが己を傷付ける事くらい、悠里は知っていた。
 一気に敵を傷付ければその分傷付くのは自分だ。けれど、だからなんだと言うのか。自分の後ろにはそれさえ癒してくれる仲間が居るのだ。傷付いたって諦めなければいい。仲間を信じればいい。頼ればいい。そうして全員で、帰ればいいのだ。
 何一つ問題無い。それに追随する様に。かちり、と引かれた引金と鼓膜を震わせる発砲音。けれど、弾丸は戦場を駆け抜けない――否。誰もが感じたのは唐突に水分を失い乾き行く周囲の空気。そして、痛みさえ感じる程の熱。
 天を向いた銃口に応える様に。降り注ぐ紅蓮の焔が戦場を灼熱で彩る。凄まじいまでの威力と命中精度は、やはり己の事も傷付けはするけれど。『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は喉を焼く熱を吐き出す様にひとつ、鈍い咳を吐き出した。
 その瞳に揺らぎはない。迷いはない。ただ只管に平静。考えない。削ぎ落としたい恥辱も、その機会の事も。今は外に追いやれ。今この時、龍治は他のどんな人間よりもともすれば兵器よりも優れた『砲台』なのだ。余計な思考は捨てろ。成すべき事だけを成せ。戦え。ただ目の前の邪魔な敵を撃ち払え。
「……さあ、その身を以て知れ」
 この手に握る火器の威力を。其の声に、僅かに目を細めたのは『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)。己に仕える鷹の視界を頭の中に。最も的確な戦闘配備。その中で自分が立つべき場所と為すべき事。それだけを頭の中に描き出す。答えは酷くシンプルだ。
 踏み込み、目前の敵を抑え。その隙間、滑り込むように割り込ませた身体を捻って道を阻むバウアーへとその掌を押し付ける。研ぎ澄ませ。今何より正しい答えを。考えろ導き出せ選び取れそして、叩き付けろ!
「――反撃の一矢を打たせて貰う!」
 痛手だった。流石は腐っても前時代を駆け抜けた兵卒だとでも言えば良いのか。その手腕は相当のものだったけれど。黙ってばかりいるはずはない事くらい向こうも知っているのだろう。勿論だ。これ以上やらせはしない。これ以上の被害は許さない。
 さあ此処からが方舟の反撃だ。開けた道を示して、仲間を鼓舞するようにその足が前へと踏み出された。


 後ずさりしたくなるような。戦場に爆発したのはそんな、苛烈すぎる程の闘気だった。触れれば切れそうな程の闘争心。絶対的な存在感。それはまさしく『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の手にある力の強さを示しているようだった。
「リベリスタ、新城拓真。親衛隊、貴様らの思い通りにはさせん!」
「流石拓真だね、勿論、僕だって思い通りにはさせないよ!」
 相棒の声と共に差し出された拳に刃を掲げた。これ以上は許さない。蹂躙も、略奪も、そうして勝利さえも。拓真自身が信じる道を阻むのだから、徹底的に打倒し片付けるだけだ。そんな彼の横合い、ふわり、と黒い髪が宙を舞う。
 刃が描く軌跡は流麗で、けれど巻き起こる太刀風は激しすぎる程に鋭利。目前のバウアーを巻き込み深々と割いて、けれど風の刃はその血を纏わない。代わりに舞う血霞が着物を濡らすのを表情一つ動かさぬまま見遣った『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)は、未だ此処に居ない少尉を思う。
 あの日問われた誇りの在り処。その答えは必ず今日告げよう。刃を握り直す彼女を、そして戦場全体を。その瞳で余すところなく見回しながら、『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)の手から伸びたのは黒い糸ではなく、練り上げられた気糸。蜘蛛の糸の様にふわりと広がったそれはけれど敵を一度絡め取ればもう離さない。
「まおがんばります、みなさまが無理しすぎないように……!」
 小さな手で出来る事は決して多くないけれど。それでも精一杯を願うのは決していけない事では無い筈だから。届け届けと少女はその手を伸ばす。その少し先の地面を、踏んだのは黒い革靴。すらりと伸びた指先を追うように僅かに見えたのは紫と、鮮やかすぎる紅だった。止まらぬ足が齎す堕落の誘い。さあ堕ちてくればいいとそれは哂うのだ――同じ、所まで。
 インバネスが降り注いだ鮮血を弾いて地面へと落とす。否定は恍惚で、肯定は痛み。嗚呼何たる自己矛盾。表情一つ動かさぬまま足を止めた『it』坂本 ミカサ(BNE000314)は全く厄介な事だと肩を竦めて見せた。
「……到着する迄に、どこまで出来るかが勝負って訳だ」
 まあ精々『善戦』するとしよう。誰か来ようと何が起きようと、するべき事も出来る事も変わらない。そんな彼の後ろから、放たれたのは豪雨の様な鉛玉。巻き込めるだけの敵を、そして電波塔を巻き込んだそれが凄まじい音を立てて炸裂する。小夜香と龍治。護るべき二人の前に確りと立って。『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は僅かに、後ろを振り返る。
 理解されない感情なのかもしれないけれど。彼女にとって龍治を、愛しい相手を護る事には大きな意味があるのだ。譲れないだけのものが。それを、理解して欲しいだなんて想いやしないけれど。跳ね返る爆炎で負った傷を拭いながら、木蓮は気を取り直した様にその銃を構え直す。
「さて、こないだの仕返しといくか!」
 彼を傷付けるものはひとつ残らず撃ち抜いてやる。そんな彼女の言葉と裏腹に、戦況は完全に五分だった。持てる全火力を傾けるリベリスタの攻勢は苛烈だけれど、敵は此方を傷付けるよりもただ只管に耐え忍ぶ様に防御に徹するのだ。厄介この上ない。舌を打ちたくなるような状況の中で、戦闘は激化していく。


 交えた刃によって傷ついた傷を、意にも介さぬまま。男が両手を組み合わせるのが見える。英霊の、言い換えるのならその愛しき『祖先』の力を加護として纏うそれ。次に願うのは一体何か。いりすは面倒そうに肩を竦めた。
「――祈れよ。家畜に信じる神がいるならば」
 戦場に響いたのは、凛と澄んだ天上の調べ。祈るように組まれた腕から流れ落ちる鎖が音も無いのにしゃらしゃらと音を立てる。嗚呼、嗚呼と、声が聞こえた。
「嗚呼どうか御加護を。我が敬愛せしアーリアの祖先よ。どうかどうか私めに託宣を。力を。嗚呼、どうか」
 只管に只管に。祈る先は神では無くやはりその血なのだろう。齎される神々の黄昏は、此処ではアーリアの平穏とでも言えばいいのだろうか。つまらない奴だと低く笑ったいりすの刃が煌めきを帯びる。零れる飛沫は眩く、太刀筋は流れる様に軽やかで。
 幻惑を誘うそれにさえ瞳を動かさぬ信仰者は、その攻撃を受けながらも微動だにしなかった。下がらない。悲鳴を上げもしない。けれど此方を傷付けもしない。嗚呼本当に。
「犬っころが、小生とはこれっぽっちも合わないだろうな」
「私めの戦いは貴方がたの誰と刃を交える事でも無いのでございます。我が愛しき戦友達を護り支える事なのでございます」
 何とでも言え。信仰者は穏やかに微笑む。狂気だ。其処にあるのは狂信だ。それが正しいと信じるのだから。もうそれ以外の答えなど要らない。欲しくない。求めていない。護れるのならばそれでいい。高貴で愛おしく素晴らしい、この血が。
 誰より忠実でありながら誰より忠誠心に欠けるのだ。良い趣味だな、と血を吸う刃の上で踊る紅を拭う。澄んだ空気が髪を揺らした。うたうように紡がれていく癒しのことのは。それに応える様に、激しく吹き荒れたのは清涼な風だった。
「癒しよ、あれ」
 指先絡む十字架に、その瞳に、僅かに名残る神聖術の白いきらめき。どんな脅威もどんな痛みも撃ち払うだけの力を今此処に。清らかな祈りの声はまさしく強力なリベリスタの戦線を支え続けていると言って過言では無かった。
 そして、もう一人。真っ黒に塗られた表紙。それが音も無く開いて、激しく捲れていく使い込まれたページ。写された禁書が魔力を帯びる。目を伏せる。繋がる、仲間の精神。ブーストされた己の魔力を精神力を練り上げて、その手を頁へと叩き付けた。
 削れゆく精神力を支える策士の手腕。疲弊の大きい仲間を余す事無く支え激励するそれの残滓を払い落とし、雷慈慟は先程から感じていたモノを確信へと変える。『それ』に気づいたのは勿論、彼だけでは無かった。
「……来るぞ! 気を抜くな、此処から先もすべき事は何も変わらない!」
「――此方だな」
「はい、後ろです、みなさまお気をつけて!」
 耳を澄ませ続けた龍治が、視線を動かし続け即座に下がったまおが指し示す先。後方から悠然と現れる、黒衣の影。即ち挟撃。電波塔は倒れておらず、バウアーも未だ半数ほどは残っている戦場に。リベリスタが最も忌諱していた『それ』は現れたのだ。
 耳を穿つ発砲音。煌めきを帯びた魔弾は敵を決して逃がさない。ぱっと鮮血を散らせたのは木蓮だった。癒しはあれど傷は浅くない彼女の膝が崩れかけて、けれど何とか運命がそれを支える。痛む肩を押さえて、苦々しく来たか、と呟いた。
「御機嫌よう、諸君。これはこれはお揃いで、私もやりがいがあると言うものだ!」
 機械の兵隊を従えた狙撃手が、日常の挨拶でもするかのように酷く軽く、その手をひらつかせて見せた。


 痛かった。熱かった。一気に苛烈さを増した親衛隊の攻撃から、支えねばならない2人を護る為。その身を挺し続けるまおの瞳を運命の残滓が過る。痛い。苦しい。じわじわ滲む血が止まらない。でも大丈夫。大丈夫だと自分に言い聞かせた。
「……まおはこっちでがんばりますから、電波塔折っちゃってください」
 やるべき事がある。自分には出来ない事があって、けれど自分にしか出来ない事もあるのだから。この身を挺すことでそれが叶うのなら、幾らでも。深呼吸。まだやれる。しっかりと地面を踏みしめて前を見据え直した。もう、誰も失わない。
 真っ直ぐな視線に、僅かに向く蒼い色。それを目に留めながら、振るった刃が放った不可視の斬撃は一直線に電波塔へ。僅かに軋んだそれへと向いた少尉へと、霧音はねえ、と声をかけた。
「お久し振りね、アルトマイヤー」
「ああお嬢さん、確かに顔を合わせた記憶はあるんだが……」
 生憎よく覚えていない。酷く皮肉気に笑う唇。嗚呼、そう言えば『どっちつかず』の君かと紡がれる声にも特に表情を動かさず、記憶に残っていたなら幸いだわと吐き捨てた。じりじりと。リベリスタの足が移動していく。少尉が来てからの行動は決まっていた。
 攻撃をしながらも、出来得る限り撤退を意識する事。凡その目星をつけた其方に動く事は簡単だけれど。挟まれた現状では真逆に下がる事は叶わない。その上、遠距離から敵を狙い撃つ術を持たない者は一切下がる事が出来ないのだ。
 思う様にいかない位置取りを気に留めつつ、ミカサの指先が目前のバウアーへと深く突き刺さって、けれどそれは一度で止まらない。続け様にもう一突き。プロテクターごと肉を抉り取ったそれに崩れ落ちるそれを其の儘地面へと倒して、ミカサはレンズ越しに少尉を見遣った。
「折角、見ていてくれると言ったのに……不甲斐ない所をお見せしたね」
「覚えているよ坂本ミカサ。不甲斐ないも何も、私に負けるつもりはないのだから当然だ……しかし、君の誇りは『理解』した」
 実に素晴らしいものだと思うがね。淡々と返される言葉はまさしく男の性質を表していると言えた。敵であろうと味方であろうと。誇りを、言葉を、そうしてそれを支えるだけの力を示せるのならば。この男はそれを否定しないのだ。美学主義者は他者の美学を否定しない。
 今日もまたその力を示してくれと笑う男の声を聞きながら、振り向かない拓真が向かわんとするのは電波塔の下。しかし、混在したバウアーが、兵隊蟻がその道行を阻まんと身を乗り出すのだ。ならば。振り抜かれた刃から放たれるのは斬撃では無く、轟音立てる鉛の雨。
 爆ぜる火薬が己にも跳ねて。傷が増えて、眩暈にも似た感覚を感じた。それに追い打ちをかける様に伸びて来たバウアーの腕が拓真に絡み付く。行動を阻害するのかと思えば、その目的は其処に無かった。触れたその腕が熱を帯びる。振り払って、けれど目前で破裂する人体。凄まじい熱量と破片が拓真を傷付け、その膝を折ろうとするけれど。
 彼は、それを許さない、振り下ろされ地面につきたてられた刃が、震える程に力を込めて。立ち上がって、燃え飛ぶ運命の音を聞いて。もう一度。その刃を真っ直ぐに目前へと向けた。
「──我が道に立ち塞がる障害は打ち砕く。それがどの様な存在であろうともだ!」
「その決意、その覚悟、非常に崇高なものでありましょう。しかして新城拓真、誰が為の力、貴方様の向かう先は何処?」
 その力は誰が為のものか。他が為か。それとも――我が為か。如何して今そうまでして刃を振るうのかと問われた時、人は迷わず答えを告げられるのだろうか。負けたくないのならばそれは自分の為で。悔しいのなら自分の為で。護りたいからだと言ってそれが自己満足でないと誰が言えるのか。本当に自分の為でない力など存在するのか。
 それを尋ねる様に、信仰者はその日はじめて笑った。あなたのしんじるものはなんでしょう。囁く声は毒の様だった。


 踏み込んだ靴が土を蹴り上げた。圧倒的な移動力。兵隊蟻と猟犬の只中で、爆ぜ踊る雷撃はもう幾度目なのか。脅威とも言うべきその威力を叩き付けられた蟻の回線がショートし激しく火花を散らす。出来れば相手にしたくないけれど。
 彼らを放置すれば、仮に全ての依頼を達成したとしてもこの命を狙う手は減らないのだから。悠里は迷う事無くその身を、最も死を運ぶであろう男の目につく場で躍らせたのだ。
「僕が居る限り、好き勝手はさせないよ」
「嗚呼これは恐ろしい。君のそれは本当に厄介だよ設楽悠里」
 淡々と返す男。彼への怒りは未だ色鮮やかだ。ぶつけてやりたい。殴りつけてやりたい。けれど、今がその時でない事も悠里は知っている。必要以上に敵を削る必要は存在しないのだ。未だ片付いていない現状を、なんとかしなければ。
 それを考慮に入れながらも。霧音は、少尉に声をかけずにはいられなかった。あの時。この男は、自分に問うたのだ。其処にある誇りを。一体何を誇れるのかと。それを示す様に、刃を構えた。
「……私の誇りは、この刀。貴方から見ればどっちつかずだとしても」
 刃が届く限り護ると決めた、出来る限りを護ろうとした少女が居た。その誇りを表したこの刀こそ、否、その意志を継いで、自分でも仲間を護りたいと思うようになった、自分自身の誇りなのだと。
 変化を知った少女は告げる。男は何も言わずに、ただその言葉に耳を傾ける。深く、息を吸った。振るう刃が放つ斬撃は目で追わずとも正確無比に電波塔を撃つ。
「刃を交える剣士ではなく、一射に賭ける射手でもない。他ならぬこの霧音の誇りよ!」
「そうか。だが私はそれを誇りだとは思わない。その刃は借り物だ。君が何処の誰にその意志を託されたのかは知らないが、それは本当に君のものかね?」
 つまらない。その唇は溜息交じりにそう呟く。本当に護りたい気持ちが自分のものなのなら、継いだ意志等もう必要ないだろう。もう居ない少女と霧音は別の人間だ。記憶と言う特別な運命で繋がっただけで。それに感化されただけだと言うならなんと脆いアイデンティティしか持っていないのか。
 軍靴が地を踏む。今までも淡々と射撃をするばかりだった彼の手が取り出す銃剣用の刃。それを、ライフルへと取り付けて。
「体術は不得手なんだが――まぁ折角だ、君は『自分』にでも倒されてくれたまえよ」
 ゆらり、ゆらり。
 踏み出した一歩は視界に捉えきれない。何時の間にか距離を詰めていた男の――否、『自分』の顔が目の前で口角を釣り上げて哂った。一気に血の気が下がる。寒い。重い。暗い。澱むそれは死の予感だ。
 『出会えば必ず死んでしまう』。後ずさる事も許さぬまま突き出された刃が深々と霧音の紅い瞳を抉り其の儘地面へと叩き落す。返り血を避けた『男』の足もとにばしゃり、と広がる赤と、それに沈む黒い髪。そして、かしゃん、と軽い音を立てて砕け散る銃剣用の刃。
「靴が汚れるな……やはり苦手だ。さて、次に行こうか」
 視線を外す。そんな彼を視界に収めながらも、けれど。攻撃に移る訳にはいかないまおの頭上から、飛んで来たのはロケット弾。狙いは間違いなく、龍治だ。それを悟った少女の行動は早かった。間に合わない? 手が届かない? そんなの認めない。
 何が何でも庇うのだ護るのだ、自分のお仕事だ。痛くない怖くない大丈夫。投げ出す様に射線に飛び出した。そのまま龍治を地面に引き倒す。炸裂した弾丸の破片が大量に降り注いで。けれどその一つさえも、彼には触れさせない。
「……荒苦那、」
「大丈夫、です。……まおは、他の方が倒れる方が、今は怖いです」
 目の前で誰かが死ぬかもしれないだなんて、もう考えたくない。だから少しくらい痛くても。固く固く龍治の服を握ったまま意識を飛ばしたまおを、其の儘地面に横たえて。龍治の火縄銃が構えられる。集中しろ。イメージしろ。この敵全てを屠るだけの精密射撃を。
「恥辱は、雪がねばならん。だが……今はまだ、だ」
 狙撃手と視線が交わろうと、冷静さは失われない。ぴたりと止まった銃口が火を噴いた。持てる限りの全力。猛る神の怒りを表した灼熱が、戦場の脅威を焼き払う。凄まじい爆発音。奪い取れなかったロケット砲さえも逃さず破壊した爆炎の痛みを、龍治もまた味わう事になるけれど。
 嗚呼厄介だ、と低い声が耳を擽る。それに対して誇る事を、龍治は是としない。
「この程度、何と言う事ではない。……さて、まだまだ行くぞ」
 まだまだ限界などほど遠い。一気に数を減らしたバウアーを睥睨して、龍治は再びその銃口を前へと向け直す。自分を護る手に報いる方法など、これ以外には存在しないのだから。


 戦闘は未だ終わりを見せなかった。残るバウアーは最も強いそれだけ、蟻の数も削れている。けれど、電波塔は健在だ。煤けひびの入ったそれは倒れてはくれないのだ。誰も失わないと固めた守りと撤退の方策は決して悪いものでは無く。
 けれど、あと少しが足りないのだ。その只中で、不意に。寒気を覚えたのは木蓮だった。たった今弾丸をばらまいた自分を狙う手か。否、そうでは無い。高められる集中を感じた。狙い撃とうとしているのだと、悟った。誰を? 間違える訳がない。龍治だ。
 手が届かない。足掻いたって届かせられない。あの弾丸が死を予感するものである事を、木蓮は知っている。嫌だ、と首を振った。その手を伸ばす。彼に。そして、運命に。
「2人で帰る為に、俺様に力を貸してくれよ……っ」
 けれど。運命の女神は微笑まない。その手は重ならない。奇跡は容易く起きてくれやしないから奇跡なのだ。それこそ、その命を捨てる覚悟を決めていない人間に等、気まぐれな彼女は視線さえくれやしない。だが、奇しくも。その声に反応したのは魔弾の射手自身だった。
「2人で。2人でか、これは傑作だ! 君達の仕事は君達全員が共に帰る事が大前提だと思ったのだが違うのかね!」
「きっとこの気持ちをわかっちゃくれないだろうけどな、俺様にとっては龍治を守る事は大きな意味を持つんだよ!」
 護りたいと願う事の何がいけないのか。その声にも笑って、その銃口が木蓮を向く。全力を注ぐ告死の魔弾。その瞳が含む色は明らかな嘲笑だった。引金が押し込まれる。一直線に駆け抜ける弾丸が、ひとつのずれも無く木蓮の胸を撃ち抜く。
「愛も恋も私は尊いものだと思うのだがね。……自分達の事しか見えないのならば君の愛とはこの場においては酷く無意味で安いものだ」
 意識を失い崩れ落ちる木蓮に掛かる冷やかな声。じわじわと削られていく仲間の状況を見遣りながら、いりすは大して意にも介さぬままに戦闘行動を続行する。零れ落ちる黒。溢れて滲むそれは己が身を削るけれど構わない。目前のヨナタンを、残ったバウアーを。巻き込んだそれで喰らい尽くすのだ。嗚呼不味い。味気無い。つまらない駄犬の味だ。
 その視線が僅かに流れて捉えるのは、悠然と立つままの男。一人だけ毛色が違う様に見えるあの男ならどうだろうか。興味は尽きないのだけれど、今は未だその時じゃない。
「まぁ楽しみはとっておこう。順番待ちもあるしな」
「っ……これで終わりだ!」
 抉り取られた横腹を押さえる。大量の血。意識を失いそうな拓真の振るう全力。まさしく生死を別つであろうそれが、生き残ったバウアーへと叩き落され――絶命。動かなくなったそれを確認する間もなく、今度は襲って来た親衛隊に拓真の傷は抉られる。
 限界だった。前線を崩さぬために戦い続ける彼の身体はこれ以上の闘争に耐えられない。それでも足掻く様に手を伸ばして。力を失った身体が地面に伏せる。4人だ。あと一人までならいけるだろうか。電波塔は倒れていない、だから、あと少し。
 けれど。
「――撤退しましょう」
 小夜香は首を振った。あと一人。分かっている。けれど、聞こえたのだ。辛うじて意識を取り戻した霧音が、これ以上は駄目だと呟いたのが。逃げられなくなったら終わりだ。それを、よく知る人間は他にも居る。退こう。その決断を下した癒し手はけれど、悔しくて堪らないと拳を握った。
 死だ。深追いすれば待つのはもう二度と戻れない暗闇だ。そこに向かう仲間の背を押してはいけない。押す訳にはいかない。どれ程悔しくても。自分は護らねばならないのだから。
 其の声に従う様に、撤退方向に走った悠里の拳が冷気を帯びる。力一杯殴り付けて足を止めて。その手が拓真を引き摺り起こした。背負い上げる。道を開ける人間はそう多くは無いのだから。同じく前に出た雷慈慟の手が、再び帯びる物理の思考奔流。荒れ狂うそれを集めて集めて。
「道を拓く! 走れ、振り向くな、足を止めるな!」
「そうだね、生きてさえいれば挽回できる」
 その道を抜ける様に。倒れたまおを抱え上げたミカサが走り抜ける。可能な限り足掻いたけれど、これ以上は駄目だ。誰か一人でも欠ければ負けだ。いいや、もしそうじゃなくても。ああやって誰かを失う所なんて、もう見たくないから。
 一気に撤退へと走る彼らを、けれどやはり、アルトマイヤーは見逃さない。集中は足りないけれどまぁ良いだろうと、向けられる銃口。
「もうお帰りかね? 私はまだまだ足りないのだが――さて、今回は如何しようか」
 獲物を追うように距離をつめながら。集中を高める男は笑う。さあ。さあさあ如何するのか。逃げ切れると思うのか。酷く楽しげな声を聞きながら、リベリスタの逃避行は始まった。


 じわりと滲む血が戦闘服を濡らしていく。境界線。自分こそが。生と死の境目に立って仲間を護る為の。これ以上何も失わない為の。震えそうな手に力を込めた。拳を握って。真白い其処に刻んだ文字を小さく呟く。
 力は必要かもしれないけれど。何かを護りたいのならそれ以上に必要なのは勇気だ。そして。何もかも護って己も生きたいのなら。求められるのは諦めの悪さなのだろう。だから。悠里は寒気にも似た死の気配を感じても、その足を引かなかった。
 銃口が此方を向いている。狙いは間違いなく自分だ。当然だ、これだけ派手に動いているのだから。まだ下がれば間に合うだろう。逃げる事も出来るだろう。けれど、それで誰かが狙われるなら、下がらない。
「……撃てよ! 僕は此処だ!」
 固めた拳で胸を叩いた。下がらない。耐え切って見せる。運命の加護はもう無いけれど。それより強く悠里を支えるものがある。
 己の全てを捧げても良いと、自分の為に祈った手がある。
 まさしくその身を挺して己の命を賭して、自分達を護った手がある。
 視線を上げて真っ直ぐに前を見た。境界線を踏み越えるなと、何時だって自分はその手を引き摺り戻して貰ってばかりだ。だから今度は、その役割は自分の手に。狙撃手の口角が上がる。驚異的な集中力。研ぎ澄ませた命中イメージ。高められ続けた精度。今出せる最高値を、全て此処に。
「覚悟はいいかね、設楽悠里。今生の別れは済ませなくても?」
「そんなの必要ないね、どんなに怖くても、辛くても、僕は諦めることだけは絶対にしない!」
 宜しい。酷く楽しげな囁きと共に耳を劈いた鉄の咆哮。駆け抜ける死の魔弾は悠里の胸を間違いなく、貫いたのだ。血が溢れる。拓真ごと崩れ落ちる。嫌だ、と首を振ったのは小夜香だった。
 助けて、と祈る。誰も彼も失いたくない喪わない為にどうかどうかこの手に癒しを、誰よりどんなものより、死さえも超越する癒しを。祈って祈って。けれど運命は笑わない。嗚呼、と震えそうになる声で、けれど癒しを齎した。
「――大丈夫、生きてる、よ」
 酷く掠れた声だった。駆け寄った雷慈慟が引き起こせば、血に塗れながらも確かに意識を残した悠里がその目を細める。耐え切ったのだ。彼は文字通り自分の手で、その境界線にしがみついた。安堵する間もなく駆け出したリベリスタを、けれどもう、男は追わなかった。
「嗚呼、不思議な気分だ。殺してしまう方がずっと合理的だろうに、もう一度君達との邂逅を望む私が居る」
 電波塔は護り切れた事だ。ならば、次を楽しみにするのも悪くない。去っていくリベリスタの後姿を見据えながら、狙撃手は一人、そのライフルを背負い直した。


 エンジン音が聞こえる。此方に一直線。
「あ。いたいた――Ho,Suesse!」
 ブレーキ音。すぐ傍で止まってへらりと笑う下士官の顔に。返したの皮肉気な低い声だった。全く以て酷い呼び名で呼んでくれるものだ。
「……何時から私は君の特別になったんだね、ブレーメ曹長」
「あはは。ご無事で何より、アルトマイヤー少尉。お迎えに参上致しました」
「ふむ。……迎えに来るのならばもう少し身なりに気をつけたまえよ、その傷は如何したんだね、全く本当に君は無頓着すぎる」
 いたるところが傷だらけ。顔の右は赤に染めて、返り血塗れで。もう何度目の溜息かわからないそれと共に、何時もの様にハンカチを投げつけた。真っ直ぐ顔面にクリーンヒット。此方の心配も知らないで。苛立ちと安堵を込めたそれに、下士官は気付くのか気付かないのか。
「で、結果は」
 変わらぬアルトマイヤーのその声に彼は「あはは」と笑う。額に宛がったハンカチをじわじわ赤く染めながら、あっけらかんと。
「逃げられました。電波塔も潰れましたし。あー、ツイてねえや。そっちは?」
「此方も大差無い大差ない――嗚呼、塔は辛うじて残っているぞ。残念極まりないとすれば、彼らが一切私の相手すらしてくれなかった事だな」
「少尉、そりゃ『高嶺の花』って奴ですよ。そうそうさっき連絡が入りましてね、イェンスとこは防衛に成功したみたいですが……やられましたね、他は。あーあ。オジャンですよ、雷神作戦」
 唯一残った塔も既に場所が割れている。放棄するしかないだろう。けれどその割にはこの男は何も普段と変わらない調子を保っているのだ。全く。小さく肩を竦めた。
「方舟は勝った勝ったと諸手を上げてる頃でしょうが。勝負はまだ付いちゃいねえ。
 それに……ま、こんな日もあるさ。なぁに最終的に俺等が奴等の咽を食い千切ればいい話です。そうでしょう、少尉?」
「嗚呼、その通りだ。死んでいないのならば負けていない、とは君の論だったかね。……いやはや、私までそう思う日が来るとは実に意外で……しかし悪くない」
 らしくない。吐息にそんな言葉を混ぜて、指先で未だ戦闘の熱が残る愛銃を撫でる。嗚呼、あの技で傷でもついたら如何しようかと思ったが問題無く一安心だ。
「はあ……帰ってクリスティナ中尉に報告しねえとな~。『リヒャルト少佐がブチギレないよう上手いこと伝えて下さいね』って言っても聞いて貰えますかねえ?」
「さあ、彼の麗しの中尉殿のお気持ち等私の様な者では察しかねるな。まぁ、精々温情に期待しようじゃないか」
 吐いた皮肉を分かっているのか。ブレーメは常と変らぬ調子で「俺を叱るのは少尉だけで十分ですもの」なんて嘯くのだ。食えない奴だ。示されるままに、後部座席を跨ぐ。
「じゃ、帰りましょ。説教される時は、一緒に怒られましょうねえアルトマイヤー少尉!」
「…………嗚呼、実に面倒だ。君の頼みを聞くと必ずと言っていい程面倒な目にあっているのは気の所為かね……」
「ははははははははは。さあどうでしょ?」
「しっかり掴まってて下さいねえ」と笑って。ブレーメはハンドルをぐっと回す。嗚呼、また残念なバイクの旅か。溜息をついた。

 エンジン音が、遠退いて行く。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
お疲れ様でした。

理由はリプレイ内に込めたつもりです。
バウアー殲滅には非常に十分な火力があったと思います。
作戦・条件の擦り合わせが少々甘いかなと感じました。

MVPは、素晴らしい覚悟を見せてくれた貴方に。
その心の強さは運命を引き寄せたと麻子は思います。活躍も素晴らしいものでした。

奇跡を願う事は自由だと麻子は考えています。
但し、どうか命を捨てる覚悟を決めた上で。
誰にも優しい奇跡なんてものはそうそう起こりません。

ご参加有難う御座いました。ご縁ありましたら、また宜しくお願い致します。